セカンドライフは寮母さん 魔王を討伐した冒険者は魔法学園女子寮の管理人になりました

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69話 お風呂と戦場と その26

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翌朝、今日も朝から雨である、タロウはグダグダとのたうつミナを放って学園に顔を出し、家畜小屋でルカスと情報交換しそのまま荒野の施設に入った、

「おう、来たか」

ルーツがテーブルに投げ出していた足を大きく振り上げて床に叩き落とし、その膝に怒らせた両手をドンと置いた、タロウもそうであったがルーツもまた雨用の外套を着込んでおり、屋内だというのに何とも場違いで小汚い、さらにルーツのそれはビシャビシャに濡れており、滴り落ちた水滴で床は黒く変色していた、二人はまるで気にしていないが、ここにソフィアがいれば悲鳴か怒声が響いたであろう、

「どうかしたか?」

「繋がったよ」

「・・・あー、やっとか・・・」

「うん、少しばかり早いがな」

「確かに、でも・・・」

とタロウは指折り数え、

「丁度10日か?」

「だな、初日の手間と焼け跡のあれでもう少し先になるかと思ったが」

ルーツは勢いよく腰を上げると端にある転送陣を親指で差しフードを被り直した、並んで壁に設えられた転送陣は二か所起動しており、一つは焼け跡の宿舎行き、そして差されたそれが要塞のこちら側行きなのであろう、その端の転送陣は屋外に設置されている為か荒野の雨が強風に煽られ吹き込んでいた、もう片方からは男性の野太い笑い声が響いている、タロウはルーツが差した転送陣を潜った、その先は巨大な岩石に挟まれた狭い空間となっていた、足元の希少な下草は踏み荒らされた上に雨でもってグチャグチャと酷い感触で、真っ黒い泥と化してサンダルに纏わりついてくる、しかしタロウはまるで気にする素振りも無くその狭い空間をルーツの案内に従い、そして巨岩と巨岩の間から要塞を視認すると、

「おおー・・・まぁ、分かってはいたことだが・・・」

「まぁな、これで確証を得たと言っていいんだろ?」

「そう思うよ、いや、大変だったな」

「だなー・・・って、お前は何もしてないだろが」

「それを言ったらお前だってだろ」

「あんだと、俺がどんだけ気を使ったと思ってる」

「別に愛想を振り撒いたわけでもあるまい」

「だがさ・・・まぁいいや」

ルーツはタロウを一睨みして要塞へ視線を向けた、その姿は現在も監視場所としている向こう側の高台から正に鏡移しとなっていた、右にあった湖が左にあり、左に流れる大河が右に流れている、さらによく見れば要塞は大河の向こう側に建設されているようで、大河に巨大な跳ね橋が下りており、多数の軍人が蟻のように蠢いている、大河のこちら側は巨岩を掘り起こしたのであろう広い平地となっていた、あちら側と異なって天幕は張られていない、どうやらこちら側の侵攻に対する防備の為のようで、確かに巨岩がそこかしこにあっては要塞からの弓も投石も有効では無く、また軍事行動も制限されるであろう、攻める側としても有利に働くであろうが、攻められる側としても見晴らしが良いに越した事は無いのであった、

「あっ、調査部隊の連中はどうした?」

「ん、焼け跡の天幕で一休みしているよ、シームが労ってやりたいってさ」

「それは良かった、焼け跡の連中はそうでもないが、調査部隊はそれなりに酷だったろうからな」

「そうでもないぞ」

「そうなのか?」

「うん、朝飯も夕飯もやたら豪華だし、施設に戻った時は酒もあったからな、どいつもこいつも小汚いのは仕方無いが元気だぞ、太ったって笑っている奴もいたからな、そう言う事だ」

「それはまた・・・殿下に感謝だな」

「そう言ってあるよ、一生ついていきますって軽く言ってたな、どっちも」

「どっちも?」

「王国の兵も領主の兵も」

「それもまた・・・まぁいいか、で、その殿下達は?」

「そろそろ来ると思う、急ぐあれでも無いし普段通りで良いだろ今日も」

「そうか?」

「だろ、昨日の話しじゃ公爵閣下がお越しになってからが本番じゃないのか?」

「だろうがさ、まぁ・・・お前さんに任せるよ」

「任されているよ、でだ、向こうの監視所と合わせての報告になるが、連中本格的に現場対応?っていうのかな巨岩がある状態での軍事訓練を始めていてな」

「へー、どんな感じ?」

「うん、ここから・・・は見えないか、昨日も午後からやってたからな、まだかもしれんが、あれだ、やたら重そうな鎧を着こんだ兵士いただろ、あれが岩の間を進んで軽装の兵が岩の上からクロスボウって言ったか?あの変な弓を使う感じだな」

「へー・・・あれか上下で挟む感じか?」

「どうだろうな、近くで見れないから何とも言えんが弓で牽制しつつ止めは下の兵士って感じかと思うが・・・やっている事も考え方もこっちの軍と変わんねぇように見えたけどな、違うとしたらあれだ、長い梯子で巨岩を登って、その場を確保する感じか、器用な事をするなと思ってしまったよ」

「そうなんだ・・・いや、そうするしか無いだろなこの地だと・・・」

「だな・・・他にはその上の兵士が長槍を持ってたのも見えたし、下の兵士は短めの剣だな、それと鈍器?」

「先に玉と棘が付いてるやつか?」

「それだと思う、細部迄は見えなかったよ、ようはほれ狭いからなそれに合わせてだろうな」

「なるほど・・・するとあれか、連中この荒野で戦闘しようって考えか?」

「それはだって、お前が否定してなかったか?一気に攻め寄せて街を落とすんだろ」

「そう聞いてる」

「誰にだよ」

「計画書にはそう書いてあっただろ、でもなー、計画通りにいかないのが世の常だ、それを向こうさんも理解してるって事じゃないのかな」

「それは優秀だな、ましてあんな事をしている所を見ると・・・やっぱり焼け跡の平地の存在は知らない様子だな、馬も繋がれたままのようでな、ここから見ても誰も馬を使ってないだろ」

「それは良かった・・・今回のこれはあくまで向こうが先手であるっていう油断を誘うのが肝だから、あっ、向こうの斥候とかはいないのか?」

「今のところは遭遇してないし、近場でも見てない、但し周辺は勿論だが警戒しているようだな、それでも半日程度で戻ってこれる場所に限られている様子だよ、朝出た部隊が昼過ぎに戻っているのは確認している、それも毎日、一応の警戒なんだろうな」

「・・・それでは形だけだろう」

「そのようだ」

「つまり・・・こちらの動きには気付いていない?」

「そう解釈しているが・・・」

「予断は禁物・・・だが・・・」

タロウがじっくりと要塞とそこで蠢く兵士達を注視する、そこへ、

「おう、こっちか」

クロノスがヒョイと転送陣を潜って荒野に降り立った、リンドの姿もある、

「おう、大将、着いたぞ」

ルーツがニヤリと笑いかけ、

「なに?」

とクロノスは外套の前を押さえながら二人に駆け寄るのであった。



「可愛いですね・・・」

「でしょー」

「癒されるなー」

「でしょー」

寮の食堂ではフィロメナとレネイが水槽の前でゆっくりとメダカを眺めており、ミナが得意顔でニコニコと相槌を打っている、レインは素知らぬ顔で寝台に寝そべり書を開いていた、傍らの暖炉では静かに炎が舞っており、その番をソフィアから頼まれていたりもする、

「あー、待たせたかしら」

そこへユーリ達がぞろぞろと階段を下りて来た、研究所組四人全員である、サビナが木箱を抱えカトカとゾーイは黒板を大量に持ち込んでいる、皆微妙に引き締まった顔であった、

「そんな事無いです、ミナちゃんとメダカちゃんに癒されてました」

レネイがヒョイと顔を上げ、フィロメナもニコニコと楽しそうである、

「そっか・・・あら、レネイさん、今日は普通ね・・・」

ユーリが挨拶等ガン無視でレネイの変化に気付いた、確かにと後ろの三人も目を丸くする、

「普通ですねー」

レネイはニコリと微笑み、

「ほら、今日から忙しくなりそうだし、お店もお休み頂きましたので、久しぶりに素顔なんです、楽ですよ」

とその本心を明け透けに口にした、普段であれば養父であり商会の会長であるリズモンドの厳命の下、昼でも遊女としての化粧を欠かす事の無いレネイであるが、フィロメナとそのリズモンド本人が今回の諸々の研究開発に当たってレネイをその役職から解いた形となっている、それでも大規模な予約が入った際などには遊女として働くようにと言われており、今後レネイ自身が忙しくなり、さらにそれがリズモンドの商売に活かせるとなったら、そちらを優先しても良いと厳しい言葉を投げかけられている、レネイとしては正直な所遊女の仕事は自分には合っていないなと感じており、また、フィロメナのように店をまとめるような才覚も無いと自覚するに至っていた、そうなるとさっさと嫁ぎ先を探すのがリズモンドの下から抜け出せる方法なのであるが、悲しい事に縁が無かった、そうは言ってもレネイはちゃんとモテており婚姻を望む男達は選り好みをしなければ両手の指では足りないほどであったりもする、単純に本人にその気が無かったのである、もう少しなんらかの仕事をしてみたいなと薄っすらとした願望のみが存在している状態であったのだ、故にフィロメナが今回の話しを持って来た時にはレネイとしては正に渡りに船と歓喜したのである、

「そうよねー、楽よねー」

フィロメナがハーっと溜息を吐いてしまう、フィロメナは今日もバッチリと化粧済みである、鮮烈な赤い唇と頬には青色のチーク、瞼までもが薄赤く染められていた、正に遊女らしい化粧である、その化粧は蝋燭の薄明りの下でも女性を魅力的に見せる為のもので、遠方から目鼻立ちをはっきりと見せる為の役者の化粧とはまた違ったものである、王国での化粧とは女性が着飾る為のものではなく、あくまで仕事上必要だからするもので、役者は男女関係無く当たり前に顔を塗ったくっており、遊女のそれは客を幻惑する為のものと表現して良い、化粧道具そのものが高価である事と先に遊女が化粧をし始めてしまった為、貴族の子女が一緒にされては敵わないと忌避した事も化粧が一般に浸透していない原因であった、恐らく貴族社会で化粧が流行ればそれを真似する富裕層が増え、それにより化粧道具の価格も下落し、いつのまにやら平民も化粧をする事になるであろう、悲しい事であるか幸せな事であるかは判断できないが、王国での化粧文化は発展の途上にも無いのであった、

「楽だよー」

レネイがニヤニヤとフィロメナに微笑みかける、実に嬉しそうであった、

「そっかー、そうだよねー、なんか分かるわねー」

ユーリもニコニコと微笑みつつ、

「じゃ、どうしようか、大人数になりそうだからテーブルを近づけてー」

「はい、やりますね」

研究所組が動き出し、フィロメナとレネイも腰を上げた、ミナはもういいのかなと不満そうに二人を見上げる、どうやら今日は午前中から騒がしくなるらしい、二人が玄関を叩くまでダルイーと呻きながら寝台でゴロゴロとのたうっていたミナであったが、ソフィアが二人を迎え入れると、何事かとガバッと動き出している、そこへ、

「はいはい、ホットミルクよー」

とソフィアが鍋を丸ごと持って来た、大人数になる事が明確な為めんどくさくなったのであろう、

「ほんと?」

ミナがピョンと飛び跳ねた、

「ほんと、あら、テーブルくっつける?」

「まぁね、他に来るのは誰?」

「エレインさんと、マフダさんとリーニーさんですかね」

サレバが答える、

「それとタロウもねー」

「あっ、一番大事なのを忘れてたわね」

「だねー」

「忘れてもいいんじゃないの?」

「そういう訳にはいかないですよ、昨日の件もありますし」

「それもあったわね」

「昨日の件?」

「ほら、なんか煮て濃したやつです」

「あー・・・言ってたわね」

「そうなんですよ、結局教えてくれなかったんです」

「ケチ臭いわねー」

「ですよねー」

キャッキャッと楽しそうな大人達であった、そこにエレインら商会組も遅れましたと顔を出し、さらに、

「失礼します」

とアフラも顔を出した、フィロメナとレネイは誰かしらと首を傾げてしまう、ユーリが簡単に紹介したが、その装いと佇まい、上品な顔立ちはやはり別格で、これは高貴な方、それもかなり高い地位にいるなと二人はすぐに見破るも口に出す事は無かった、しかし、

「あら、アフラさんも興味あった?」

「勿論ですよ、私もですが、リシア様からは一言一句聞き逃すなって厳命されてます」

「そりゃ厳しいわねー」

「アフラさんも大変ですねー」

「なんですよー」

と何とも大人同士で気楽に笑い合っている、フィロメナはイフナースの件もありやはりエレインの周りは要注意だなと改めて背筋を正した、そして、

「うわっ、えっ、なんでこんなにいるんだ?」

とタロウが階段から下りて来た、居並ぶ面々を見つめて目を丸くしているが、手には泥だらけのサンダルを下げ、その身を包む外套は見事な濡れ鼠となっており、掃除を終えたばかりの床に雨水が滴り落ちている、

「あっ、あんたねー、外套くらい脱いできなさい」

ソフィアの怒声が響き、タロウは慌てて外套を脱ぎ丸めると玄関へ走った、フィロメナはなるほどソフィアさんは確かにタロウの伴侶なのだなと小さく微笑み、レネイはあれが噂のタロウさんかとその背を見送るのであった。
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