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本編
69話 お風呂と戦場と その25
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「あー、タローいたー」
ミナが食堂に駆け込むとタロウの姿を見付けて大声を上げた、玄関で足を拭っていたカトカ達は丁度良いと急いで食堂に入る、しかし、その足はピタリと止まってしまった、
「何やってるのー?」
「んー、何だと思うー?」
「えっと、えっと、ジッケン、ジッケンでしょー」
「実験といえば実験かなー」
「やったー、当たり?当たり?」
「ミナは賢いなー」
「でしょー」
タロウは食堂の中央で鍋から何かを掬いあげて隣りのボールに移していた、ミナが嬉しそうに鍋を覗き込む、途端、
「くさいー、これ何?臭いー」
と悲鳴を上げた、今更かよとカトカ達は顔を顰める、カトカ達が言葉も無く立ち竦くんでしまったのはその異臭故である、一目で分かったのだがタロウが何やら煮込んでおり、その獣臭さが食堂に充満していたのだ、
「えっと・・・何をされているのです?」
カトカは思わず敬語で訊ねてしまった、食堂の木窓は開け放たれており、換気は充分にされているがその匂いは抜けてはいないようで、これは夕食前に玄関も開けておかないと酷い事になりそうだなと直感する、それほどの異臭であったのである、
「んー、ほら明日フィロメナさん、あー・・・けばい方が来るでしょ」
「ケバイ?」
「あー・・・けばけばしい?」
「えっと・・・」
とカトカは隣りのレスタにどういう意味かなと視線で問いかけ、レスタも不思議そうにカトカを見上げる、その後ろのサレバとコミン、ルルは何だろうと二人の背中越しに食堂を覗き込んでいた、レインはさらに後ろでそんな生徒達の背を邪魔くさそうに睨んでいる、
「こっちでは言わないかな?けばいとかけばけばしいとか」
「知らなーい、何それー」
ミナがニコニコと問い返す、カトカはミナちゃんでも知らないのか、であれば自分が分かりようもないかしらと思うが、ミナの語彙力を基準にしてはいかんなと瞬時に考えを改める、幼児のそれを基準にするなど大人として恥ずかしい事であった、
「あー、知らないかー、じゃ、どう言うべきか・・・無難に派手とか身形が騒々しいとか?」
「派手で騒々しい?」
カトカは再び不思議そうにレスタを見下ろし、レスタはアッと声を上げ、
「マフダさんのお姉さん?」
「そだねー」
タロウはニコリと微笑みながら鍋を見詰めている、
「えっ、またそんな酷い言い方して・・・」
カトカもやっと理解してタロウを睨みつけた、
「あっはっは、でも本人も言ってたぞ、これは商売用だからこうしてるだけだって」
「それでも良くないですよー」
「まぁね、でも良くない?けばけばしいって表現?」
「・・・駄目ですよ、語感が酷いです」
「そっかー、そうだよねー」
とタロウはアッハッハと悪びれる様子も無く笑って見せた、王国では化粧をしたり必要以上に身形を派手にしている者は少ない、平民であれば夜の仕事か役者のみで、一般の女性は化粧をする事も無く身形も基本的に着た切り雀である、無論催事や祭りの時にはそれなりの御洒落を楽しんではいるが、それであっても派手な印象は薄い、そうなるとそういった装飾を揶揄する表現が無いのであろう、タロウが時折口にする擬音を伴った形容詞はこうして問い返される事があった、それは冒険者時代からそうであり、タロウは何とはなしに気を付けてはいたのである、偶々一人のんびりと鍋に向かってい為、その警戒心が見事に緩んだ故の小さな諍いであった、
「まったく・・・で、何をやっているのですか」
カトカがムッとしながら食堂へ入った、
「ん?あっ、ほらフィロメナさんが来るでしょ、だからこれも作っておきたくてね」
タロウは何とも上機嫌である、
「何作ってるのー?」
「良いものだよー」
「なにー、教えてー」
「えー、どうしようかなー」
タロウはニヤニヤしながらグラグラと音を立てる鍋から内容物をボールに移している、カトカが見るにどうやら灰汁を掬っている様子で、大量のあぶくが皿を満たしていた、
「フィロメナさんとなると、美容関係ですか?」
カトカの瞳がキラリと光り、生徒達四人はその言葉にエッと驚き、タロウを見つめる、
「そうだねー、これは便利だよー」
「便利・・・何ですか?」
カトカはズイッとテーブル越しにタロウに近寄る、しかし、テーブルの距離もあってかいつものようにタロウは怖気る事は無く、
「危ないからねー、あまり近づかないことー」
とカトカを子ども扱いする有様で、カトカはさらにムッと顔を歪ませてしまう、そこへ、
「あら、お帰り・・・ってやっぱり酷い匂いよ、すぐ終わるんじゃなかったの?」
ソフィアが手を拭いながら厨房から顔を出した、もう暫くすれば夕食の時間である、支度が一段落ついてタロウの様子を覗きに来たのであった、
「ん、そろそろかな、後はサラシで絞るだけ・・・で上手くいけばいいんだけどねー」
さらに灰汁を掬いながら答えるタロウである、
「そっ・・・あっ、ルルさん、玄関開けといて、こっちも勝手口開けておくわ」
ルルはそうですねとそそくさと玄関に向かい、ソフィアはすぐに厨房に戻ってしまった、すると玄関からの外気が綺麗に厨房へ流れ込むのが感じられる、
「で、どういう事なんですか?」
カトカは気を取り直してゆっくりとタロウの隣りに回り込むと上目遣いで伺った、
「んー、あっ、丁度良かった、これ持ってて、ミナは離れてな、危ないからなー」
どうやら本日のタロウにカトカの魅力は通じないらしい、若しくは通じていたとしても上手にはぐらかされている様子である、カトカはタロウに手渡された小振りの鍋とサラシ布を受け取るしかなく、生徒達はそれを取り囲み、ミナも行儀良く距離を取っている、レインはその異臭に顔を顰めていた、
「では、ゆっくりと・・・サラシをちゃんと持っておいてねー」
タロウは鍋を持ち上げるとソロソロとその中身をサラシに垂らし入れ、結局カトカ達は上手い事その真意を理解せぬままに手伝わされたのであった。
夕食後となる、その日はアニタとパウラも風呂を使った後で夕食を楽しみ、ミーンと共に帰途に着いた、二人は久しぶりの第二女子寮という事もあり実に楽しそうであったが、暗い顔をした者が二人居た、カトカとグルジアである、カトカとレスタ達は結局タロウの実験に最後まで付き合い、なにやら白色の粘性の高い物質を作ったのであるが、タロウは最後までそれが何であるかを明言せず、のらりくらりとからかい半分で、挙句カトカのおねだりにもまるで靡く様子も無い、それは恐らくタロウが奇妙に上機嫌であった事が原因と思われるがカトカとしては何とも納得できかねる状況で、夕食後になってもなんとも不愉快そうであった、対してグルジアも難しい顔を崩す事は無く、なにやらエレインとテラとこそこそと小声で話し込むとそれ以上は特に口を開く事が無い、仲の良いレスタが何となく気にしているが、レスタの引っ込み思案と無口が災いしレスタまでもが暗い顔になってしまっている、しかし、
「で、そっちはどんな感じになったの?」
湯呑を傾けながらユーリがカトカに報告を促した、カトカがそっち?と首を捻ると同時に、アバカスの事かと思い出し、その詳細を流麗に語り始める、カトカとしてはへそを曲げている暇なぞなかったのであった、サビナとゾーイも興味津々と耳を傾ける、そして、ユーリがソフィアにどういう事かと問い質し、ソフィアは皿を片付乍らタロウに聞いてとなって、タロウは、
「んー・・・じゃあ、簡単に教えるよ」
と黒板に向かった、そして、九九に関する事とソフィアに教えた計算方式を説明する、オリビアが以前ミナの勉強を覗いてこれは画期的だと真似していたものである、
「へー・・・便利だわね」
「ですよね、あっ・・・あのククってそれ・・・81個・・・種類です・・・かね?」
カトカが背中に冷たい汗を感じてタロウに確認する、
「ん?うん、9で9だから81個?だね・・・」
「やば・・・私99個とばかり・・・」
「あっはっは、あれでしょ9掛ける9で、10掛ける10から一引いた?」
「そんな感じです」
「まぁ、よくあるよ」
タロウがニヤニヤと微笑むも、カトカは恥ずかしそうに俯いてしまった、自信満々にそう話してしまっていたのだ、改めてタロウの短いが理路整然とした説明を聞くに至りあっと気付いて間違っていたと泣きそうになってしまう、よく考えればレスタが不思議そうにしていたようにも思える、顔から火が出そうとはこの事であろうか、
「まぁ、ミナには少し早いかなって思うけど、覚えてしまえばね、簡単だよね」
タロウはそんなカトカの内心を知ってか知らずか、のほほんと話を続けた、当のミナは風呂である、レインとルルとケイスも一緒に入浴中であった、もしここにミナがいればミナが先生なのーと狂喜乱舞していた事であろう、
「で、まぁこんな感じでね便利に使えばいいよ、計算楽になるんじゃない?」
「そうね、カトカ、ちゃんと押さえたんでしょ?」
「はっ、はい、勿論です、あっ、それとタロウさん、アバカス・・・ベルメルって呼ぶつもりなんですけど、そちらの練習方法って何かありますか?」
カトカが慌てて顔を上げた、冷や汗が肌を濡らし寒気すら感じるが今はそれどころではない、ましてタロウの意地悪が治ったようだとも思い慎重に問いかける、タロウにしろソフィアにしろユーリもそうだがどうにも素直ではない時があり、実にめんどくさいと心底感じていた、
「あるよ、えっとね・・・どうしようかな・・・一般的には普通に問題を作ってそれを解くのが当たり前なんだろうけど・・・特殊で面白いのが読み上げ算ってのがあってね、やってみる?」
タロウは右目を閉じて記憶をまさぐりつつ答える、算盤塾に通った時の記憶を思い起こすが、もう何十年も前の事である、挙句大して上達した訳でもなく、以後そこで身に着けたあれこれは見事に実生活では使われていない、多少暗算が早く無かったな程度であった、
「読み上げ算・・・ですか?」
「そっ、問題を作らなければならないんだけど、数字を読み上げていってそれをパチパチと足していくだけなんだけどね」
「どんな感じ?」
「どんな感じって・・・あー・・・えっとね」
とタロウは黒板に数字を縦に羅列すると、
「こんな感じで基本的には足していく、で、ここね、横の棒線で引き算をする感じ、で、これを読み上げる感じかな、それを聞きながら算盤じゃなくてアバカスじゃなくてベルメル?を弾く?で答えが合ってれば正解、ってそれは当然か」
タロウは自虐的に微笑んだ、
「へー・・・面白そうね」
「それって、黒板でもいいんじゃないですか?」
「掛け算とかは入らないんですか?」
「割り算も」
「んー・・・あるのかな?ほら、読み上げるから難しい計算は入らないみたいよ、一定の速度で読み上げるからね、あまりに複雑だと対応しきれないんじゃないかな・・・多分だけど、他には・・・恐らくだけど実践に即してる?」
「実践ですか?」
「うん、例えば商会とか・・・売上計上とかかな、その時はこんな感じで数字を足していって、引く事もあるよね、でも掛け算も割り算もこの答え、最終的な結果にはやる事はあるだろうけど、基本的には足し算だけで済むよね?」
どうかなとタロウがテラを伺うと、テラは確かにと頷き、エレインもそう言えばそうかもなと頬をかいた、消沈していたグルジアも顔を上げてコクコクと頷いている、その様子に気付きレスタは小さく安堵した、
「だから、この読み上げ算には掛け算とか割り算とかは入らないみたい、仕事をする上では多数の数字を使う場合には必要無いって解釈なのかもね、よくわからんけど、たぶんそんな感じ・・・かな」
タロウは首を傾げつつ答える、しかし、そういうものなのかとどうやらユーリ達は納得したらしい、そこへ、
「上がったー」
そこへミナが食堂に駆け込み、そのまま厨房に入ると、
「ミルクー」
と叫ぶ、もうすっかりと風呂上りのミルクの虜となったミナである、次は私達かとジャネットが腰を上げた、風呂の順番は当番形式で公平に決められていた、例外としてはミナとレインで、先に入れなければお気に入りの寝台で寝入ってしまうからで、寝てしまうと風呂だからと起こすのも可哀想であった、やはり最初の風呂は気持ち良く使える、今日の一番風呂はアニタとパウラであったが、それはお客様扱い故であった、そして最後はソフィアかタロウである、それも確定事項となっている、その扱いは申し訳ないと生徒達は抗議したが、最後の掃除は寮母の仕事だと行ってソフィアは頑として譲らず、タロウもまた、男一人だし、最後にゆっくり使うよとの事であった、
「まぁ、じゃ、あれだ、明日にでもベルメルだっけ、これを実際にやってみようか、それまでに問題考えておくよ」
タロウはこんもんだろうと白墨を置いた、変に話しを続けても風呂に入った者が落ち着いて楽しめないであろうとの配慮である、それほどに食堂内の面々は真面目にタロウの説明に耳を傾けていた、
「そうね、そうしてくれるとありがたいわね、あっ・・・そうだ、学園長がね、なんだっけ、なんとか芝居?」
「芝居?」
「うん、あんたが学園祭でやったやつ」
「・・・あー、板芝居?」
「それ、それの打合せがしたいとか何とかって言ってたわよ」
「それ、俺、必要か?」
「知らないわよ、神殿連中からどうしてもって頼まれたらしくて」
「へー・・・いや、別に構わないけど大した事は出来ないぞ」
「それは私の知ったこっちゃ無いわよ」
とどうやらこの場もお開きとなったらしい、カトカは今日は妙に中途半端になる日だなーと溜息を吐いてしまうも、先程の勘違いもあり心中は穏やかでない、しかしここは切り替えてタロウの計算方式をまとめるのが先だなと思考を巡らせ始め、他の面々はタロウさんも大変だなーとボヘーっと二人のやり取りを眺めているのであった。
ミナが食堂に駆け込むとタロウの姿を見付けて大声を上げた、玄関で足を拭っていたカトカ達は丁度良いと急いで食堂に入る、しかし、その足はピタリと止まってしまった、
「何やってるのー?」
「んー、何だと思うー?」
「えっと、えっと、ジッケン、ジッケンでしょー」
「実験といえば実験かなー」
「やったー、当たり?当たり?」
「ミナは賢いなー」
「でしょー」
タロウは食堂の中央で鍋から何かを掬いあげて隣りのボールに移していた、ミナが嬉しそうに鍋を覗き込む、途端、
「くさいー、これ何?臭いー」
と悲鳴を上げた、今更かよとカトカ達は顔を顰める、カトカ達が言葉も無く立ち竦くんでしまったのはその異臭故である、一目で分かったのだがタロウが何やら煮込んでおり、その獣臭さが食堂に充満していたのだ、
「えっと・・・何をされているのです?」
カトカは思わず敬語で訊ねてしまった、食堂の木窓は開け放たれており、換気は充分にされているがその匂いは抜けてはいないようで、これは夕食前に玄関も開けておかないと酷い事になりそうだなと直感する、それほどの異臭であったのである、
「んー、ほら明日フィロメナさん、あー・・・けばい方が来るでしょ」
「ケバイ?」
「あー・・・けばけばしい?」
「えっと・・・」
とカトカは隣りのレスタにどういう意味かなと視線で問いかけ、レスタも不思議そうにカトカを見上げる、その後ろのサレバとコミン、ルルは何だろうと二人の背中越しに食堂を覗き込んでいた、レインはさらに後ろでそんな生徒達の背を邪魔くさそうに睨んでいる、
「こっちでは言わないかな?けばいとかけばけばしいとか」
「知らなーい、何それー」
ミナがニコニコと問い返す、カトカはミナちゃんでも知らないのか、であれば自分が分かりようもないかしらと思うが、ミナの語彙力を基準にしてはいかんなと瞬時に考えを改める、幼児のそれを基準にするなど大人として恥ずかしい事であった、
「あー、知らないかー、じゃ、どう言うべきか・・・無難に派手とか身形が騒々しいとか?」
「派手で騒々しい?」
カトカは再び不思議そうにレスタを見下ろし、レスタはアッと声を上げ、
「マフダさんのお姉さん?」
「そだねー」
タロウはニコリと微笑みながら鍋を見詰めている、
「えっ、またそんな酷い言い方して・・・」
カトカもやっと理解してタロウを睨みつけた、
「あっはっは、でも本人も言ってたぞ、これは商売用だからこうしてるだけだって」
「それでも良くないですよー」
「まぁね、でも良くない?けばけばしいって表現?」
「・・・駄目ですよ、語感が酷いです」
「そっかー、そうだよねー」
とタロウはアッハッハと悪びれる様子も無く笑って見せた、王国では化粧をしたり必要以上に身形を派手にしている者は少ない、平民であれば夜の仕事か役者のみで、一般の女性は化粧をする事も無く身形も基本的に着た切り雀である、無論催事や祭りの時にはそれなりの御洒落を楽しんではいるが、それであっても派手な印象は薄い、そうなるとそういった装飾を揶揄する表現が無いのであろう、タロウが時折口にする擬音を伴った形容詞はこうして問い返される事があった、それは冒険者時代からそうであり、タロウは何とはなしに気を付けてはいたのである、偶々一人のんびりと鍋に向かってい為、その警戒心が見事に緩んだ故の小さな諍いであった、
「まったく・・・で、何をやっているのですか」
カトカがムッとしながら食堂へ入った、
「ん?あっ、ほらフィロメナさんが来るでしょ、だからこれも作っておきたくてね」
タロウは何とも上機嫌である、
「何作ってるのー?」
「良いものだよー」
「なにー、教えてー」
「えー、どうしようかなー」
タロウはニヤニヤしながらグラグラと音を立てる鍋から内容物をボールに移している、カトカが見るにどうやら灰汁を掬っている様子で、大量のあぶくが皿を満たしていた、
「フィロメナさんとなると、美容関係ですか?」
カトカの瞳がキラリと光り、生徒達四人はその言葉にエッと驚き、タロウを見つめる、
「そうだねー、これは便利だよー」
「便利・・・何ですか?」
カトカはズイッとテーブル越しにタロウに近寄る、しかし、テーブルの距離もあってかいつものようにタロウは怖気る事は無く、
「危ないからねー、あまり近づかないことー」
とカトカを子ども扱いする有様で、カトカはさらにムッと顔を歪ませてしまう、そこへ、
「あら、お帰り・・・ってやっぱり酷い匂いよ、すぐ終わるんじゃなかったの?」
ソフィアが手を拭いながら厨房から顔を出した、もう暫くすれば夕食の時間である、支度が一段落ついてタロウの様子を覗きに来たのであった、
「ん、そろそろかな、後はサラシで絞るだけ・・・で上手くいけばいいんだけどねー」
さらに灰汁を掬いながら答えるタロウである、
「そっ・・・あっ、ルルさん、玄関開けといて、こっちも勝手口開けておくわ」
ルルはそうですねとそそくさと玄関に向かい、ソフィアはすぐに厨房に戻ってしまった、すると玄関からの外気が綺麗に厨房へ流れ込むのが感じられる、
「で、どういう事なんですか?」
カトカは気を取り直してゆっくりとタロウの隣りに回り込むと上目遣いで伺った、
「んー、あっ、丁度良かった、これ持ってて、ミナは離れてな、危ないからなー」
どうやら本日のタロウにカトカの魅力は通じないらしい、若しくは通じていたとしても上手にはぐらかされている様子である、カトカはタロウに手渡された小振りの鍋とサラシ布を受け取るしかなく、生徒達はそれを取り囲み、ミナも行儀良く距離を取っている、レインはその異臭に顔を顰めていた、
「では、ゆっくりと・・・サラシをちゃんと持っておいてねー」
タロウは鍋を持ち上げるとソロソロとその中身をサラシに垂らし入れ、結局カトカ達は上手い事その真意を理解せぬままに手伝わされたのであった。
夕食後となる、その日はアニタとパウラも風呂を使った後で夕食を楽しみ、ミーンと共に帰途に着いた、二人は久しぶりの第二女子寮という事もあり実に楽しそうであったが、暗い顔をした者が二人居た、カトカとグルジアである、カトカとレスタ達は結局タロウの実験に最後まで付き合い、なにやら白色の粘性の高い物質を作ったのであるが、タロウは最後までそれが何であるかを明言せず、のらりくらりとからかい半分で、挙句カトカのおねだりにもまるで靡く様子も無い、それは恐らくタロウが奇妙に上機嫌であった事が原因と思われるがカトカとしては何とも納得できかねる状況で、夕食後になってもなんとも不愉快そうであった、対してグルジアも難しい顔を崩す事は無く、なにやらエレインとテラとこそこそと小声で話し込むとそれ以上は特に口を開く事が無い、仲の良いレスタが何となく気にしているが、レスタの引っ込み思案と無口が災いしレスタまでもが暗い顔になってしまっている、しかし、
「で、そっちはどんな感じになったの?」
湯呑を傾けながらユーリがカトカに報告を促した、カトカがそっち?と首を捻ると同時に、アバカスの事かと思い出し、その詳細を流麗に語り始める、カトカとしてはへそを曲げている暇なぞなかったのであった、サビナとゾーイも興味津々と耳を傾ける、そして、ユーリがソフィアにどういう事かと問い質し、ソフィアは皿を片付乍らタロウに聞いてとなって、タロウは、
「んー・・・じゃあ、簡単に教えるよ」
と黒板に向かった、そして、九九に関する事とソフィアに教えた計算方式を説明する、オリビアが以前ミナの勉強を覗いてこれは画期的だと真似していたものである、
「へー・・・便利だわね」
「ですよね、あっ・・・あのククってそれ・・・81個・・・種類です・・・かね?」
カトカが背中に冷たい汗を感じてタロウに確認する、
「ん?うん、9で9だから81個?だね・・・」
「やば・・・私99個とばかり・・・」
「あっはっは、あれでしょ9掛ける9で、10掛ける10から一引いた?」
「そんな感じです」
「まぁ、よくあるよ」
タロウがニヤニヤと微笑むも、カトカは恥ずかしそうに俯いてしまった、自信満々にそう話してしまっていたのだ、改めてタロウの短いが理路整然とした説明を聞くに至りあっと気付いて間違っていたと泣きそうになってしまう、よく考えればレスタが不思議そうにしていたようにも思える、顔から火が出そうとはこの事であろうか、
「まぁ、ミナには少し早いかなって思うけど、覚えてしまえばね、簡単だよね」
タロウはそんなカトカの内心を知ってか知らずか、のほほんと話を続けた、当のミナは風呂である、レインとルルとケイスも一緒に入浴中であった、もしここにミナがいればミナが先生なのーと狂喜乱舞していた事であろう、
「で、まぁこんな感じでね便利に使えばいいよ、計算楽になるんじゃない?」
「そうね、カトカ、ちゃんと押さえたんでしょ?」
「はっ、はい、勿論です、あっ、それとタロウさん、アバカス・・・ベルメルって呼ぶつもりなんですけど、そちらの練習方法って何かありますか?」
カトカが慌てて顔を上げた、冷や汗が肌を濡らし寒気すら感じるが今はそれどころではない、ましてタロウの意地悪が治ったようだとも思い慎重に問いかける、タロウにしろソフィアにしろユーリもそうだがどうにも素直ではない時があり、実にめんどくさいと心底感じていた、
「あるよ、えっとね・・・どうしようかな・・・一般的には普通に問題を作ってそれを解くのが当たり前なんだろうけど・・・特殊で面白いのが読み上げ算ってのがあってね、やってみる?」
タロウは右目を閉じて記憶をまさぐりつつ答える、算盤塾に通った時の記憶を思い起こすが、もう何十年も前の事である、挙句大して上達した訳でもなく、以後そこで身に着けたあれこれは見事に実生活では使われていない、多少暗算が早く無かったな程度であった、
「読み上げ算・・・ですか?」
「そっ、問題を作らなければならないんだけど、数字を読み上げていってそれをパチパチと足していくだけなんだけどね」
「どんな感じ?」
「どんな感じって・・・あー・・・えっとね」
とタロウは黒板に数字を縦に羅列すると、
「こんな感じで基本的には足していく、で、ここね、横の棒線で引き算をする感じ、で、これを読み上げる感じかな、それを聞きながら算盤じゃなくてアバカスじゃなくてベルメル?を弾く?で答えが合ってれば正解、ってそれは当然か」
タロウは自虐的に微笑んだ、
「へー・・・面白そうね」
「それって、黒板でもいいんじゃないですか?」
「掛け算とかは入らないんですか?」
「割り算も」
「んー・・・あるのかな?ほら、読み上げるから難しい計算は入らないみたいよ、一定の速度で読み上げるからね、あまりに複雑だと対応しきれないんじゃないかな・・・多分だけど、他には・・・恐らくだけど実践に即してる?」
「実践ですか?」
「うん、例えば商会とか・・・売上計上とかかな、その時はこんな感じで数字を足していって、引く事もあるよね、でも掛け算も割り算もこの答え、最終的な結果にはやる事はあるだろうけど、基本的には足し算だけで済むよね?」
どうかなとタロウがテラを伺うと、テラは確かにと頷き、エレインもそう言えばそうかもなと頬をかいた、消沈していたグルジアも顔を上げてコクコクと頷いている、その様子に気付きレスタは小さく安堵した、
「だから、この読み上げ算には掛け算とか割り算とかは入らないみたい、仕事をする上では多数の数字を使う場合には必要無いって解釈なのかもね、よくわからんけど、たぶんそんな感じ・・・かな」
タロウは首を傾げつつ答える、しかし、そういうものなのかとどうやらユーリ達は納得したらしい、そこへ、
「上がったー」
そこへミナが食堂に駆け込み、そのまま厨房に入ると、
「ミルクー」
と叫ぶ、もうすっかりと風呂上りのミルクの虜となったミナである、次は私達かとジャネットが腰を上げた、風呂の順番は当番形式で公平に決められていた、例外としてはミナとレインで、先に入れなければお気に入りの寝台で寝入ってしまうからで、寝てしまうと風呂だからと起こすのも可哀想であった、やはり最初の風呂は気持ち良く使える、今日の一番風呂はアニタとパウラであったが、それはお客様扱い故であった、そして最後はソフィアかタロウである、それも確定事項となっている、その扱いは申し訳ないと生徒達は抗議したが、最後の掃除は寮母の仕事だと行ってソフィアは頑として譲らず、タロウもまた、男一人だし、最後にゆっくり使うよとの事であった、
「まぁ、じゃ、あれだ、明日にでもベルメルだっけ、これを実際にやってみようか、それまでに問題考えておくよ」
タロウはこんもんだろうと白墨を置いた、変に話しを続けても風呂に入った者が落ち着いて楽しめないであろうとの配慮である、それほどに食堂内の面々は真面目にタロウの説明に耳を傾けていた、
「そうね、そうしてくれるとありがたいわね、あっ・・・そうだ、学園長がね、なんだっけ、なんとか芝居?」
「芝居?」
「うん、あんたが学園祭でやったやつ」
「・・・あー、板芝居?」
「それ、それの打合せがしたいとか何とかって言ってたわよ」
「それ、俺、必要か?」
「知らないわよ、神殿連中からどうしてもって頼まれたらしくて」
「へー・・・いや、別に構わないけど大した事は出来ないぞ」
「それは私の知ったこっちゃ無いわよ」
とどうやらこの場もお開きとなったらしい、カトカは今日は妙に中途半端になる日だなーと溜息を吐いてしまうも、先程の勘違いもあり心中は穏やかでない、しかしここは切り替えてタロウの計算方式をまとめるのが先だなと思考を巡らせ始め、他の面々はタロウさんも大変だなーとボヘーっと二人のやり取りを眺めているのであった。
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東にある小さな街を領地としている悪名高き貴族『ユーグ家』―古くからその街を統治している彼らの実態は酷いものだった。
本家の当主がまともに管理せず、領地は放置状態。にもかかわらず、税の徴収だけ行うことから人々から嫌悪され、さらに近年はその長男であるリーヴ・ユーグの悪名高さもそれに拍車をかけていた。
容姿端麗、文武両道…というのは他の貴族への印象を良くする為の表向きの顔。その実態は父親の権力を駆使して悪ガキを集め、街の人々を困らせて楽しむガキ大将のような人間だった。
悪知恵が働き、魔法も使え、取り巻き達と好き放題するリーヴを誰も止めることができず、人々は『ユーグ家』をやっかんでいた。
さらにリーヴ達は街の人間だけではなく、自分達の分家も馬鹿にしており、中でも分家の長男として生まれたアシック・ユーグを『無能』と呼んで嘲笑うのが日課だった。だが、努力することなく才能に溺れていたリーヴは気付いていなかった。
自分が無能と嘲笑っていたアシックが努力し続けた結果、書庫に眠っていた魔法を全て習得し終えていたことを。そして、本家よりも街の人間達から感心を向けられ、分家の力が強まっていることを。
やがて、リーヴがその事実に気付いた時にはもう遅かった。
アシックに追い抜かれた焦りから魔法を再び学び始めたが、今さら才能が実ることもなく二人の差は徐々に広まっていくばかり。
そんな中、リーヴの妹で『忌み子』として幽閉されていたユミィを助けたのを機に、アシックは本家を変えていってしまい…?
◇過去最高ランキング
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異世界でお取り寄せ生活
マーチ・メイ
ファンタジー
異世界の魔力不足を補うため、年に数人が魔法を貰い渡り人として渡っていく、そんな世界である日、日本で普通に働いていた橋沼桜が選ばれた。
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意気揚々と異世界へ旅立ち、そして桜の異世界生活が始まる。
貰った魔法を満喫しつつ、異世界で知り合った人達と緩く、のんびりと異世界生活を楽しんでいたら、取り寄せ魔法でとんでもないことが起こり……!?
そんな感じの話です。
のんびり緩い話が好きな人向け、恋愛要素は皆無です。
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