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69話 お風呂と戦場と その24
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その頃六花商会の事務所である、
「で、こうするとこうなる」
カトカが手元の新型アバカスを子気味よく弾くと、オーッと静かな歓声が響いた、机を囲むのはカトカとレスタ、カチャーにリーニーにマフダ、さらにドリカも興味があるのか覗き込んでいた、
「凄いな・・・便利ですね」
「アバカスって呼ぶの?」
「それを検討中でした、この新型はレスタさんの発案で改良したものですから、学園長がベルメルと名付けようとか、レスタが可愛いなって興奮してましたね」
カトカがニヤリとほくそ笑み、レスタは恥ずかしそうに小さくなる、しかし、他の面々は再びヘーっと感嘆の声を上げ、
「凄いね、レスタさん」
「うん、画期的だ・・・」
「・・・大したもんだわ、こんな小さいのに・・・」
「ですねー」
特にドリカが感心している様子で、思わずレスタの頭を撫で回してしまった、ドリカにはもう少し年若い娘と息子がおり、レスタを見ているとどうしても娘のように見えてしまうのであった、実際の年齢も近いのであるが、その小柄でオドオドとした雰囲気が良く似ており、母性が先にたってしまったのである、レスタは特に嫌がる事も無くその肉厚で表面は固いが温もりに溢れた手を受け入れて、俯いて顔を隠したまま嬉しそうに微笑んでいる、
「でね、これを踏まえて・・・まずはほら、足し引きは見せたように簡単なんだけど、掛けと割り?を実際にやってみて、より実用性をね高めていきたい訳なのよ」
「なるほど・・・うん、足し引きは確かに楽ですね、すぐ理解出来ました」
「だねー、でも掛けと割りか・・・」
「実際にやってみましょうよ」
「そうね、レスタさんはどう?」
恥ずかしそうに俯いたままのレスタにカトカは微笑みかける、先程、学園から戻って来たレスタをカトカは食堂で待ち構え、アバカスの改良品を手にし、事務所に突撃したのである、無論エレインの許可はとっていた、レスタも昨晩の内にカトカから頼まれてはいたのであるが、今日のカトカはなんとも興奮気味で活動的である、もう少し静かで奥ゆかしい人だとレスタは感じていたのだが、その人物像を修正する必要があるらしい、やはりカトカも学問の徒なのである、研究もそうだが計算やら実験となると高揚するらしい、レスタは何をどうするかなどまるで考えもしないでカトカに引きづられるように事務所に入り、カトカの隣りで小さくなる他無かったのであった、
「どう?ですか?」
レスタがやっと顔を上げた、若干頬が紅潮しているのは褒められて上気してしまったからであろう、
「そっ、実際に使ってみて」
改良されたそれをカトカはズイッとレスタの前に滑らせる、レスタはまだレスタの思うように改良されたそれには手を触れていなかった、ブラスが五玉の改良品にさらに仕切りを付けたその品を届けたのは昨日の事である、昨日は日中は馴染みの顔が揃っていた為ワチャワチャと忙しく、砂時計の件もあり、さらに夕食後はタロウの講義もあった、カトカとしてはレスタと喜びを共有したいと思っていたが、その隙がなかったのである、
「はい」
レスタは薄く微笑んでアバカスをパチパチと弾く、縦長に置いた状態で、一から順に足していき、十まで数えてさらに適当な数字を足していった、そして、
「ふふっ・・・想像通りです」
ニコリと優しく満足げな笑みを浮かべる、
「でしょー、私もね、夜にパチパチやってたら気持ち良くてね、楽しいわよね」
「ですね、えへへ、嬉しいな・・・」
素直な感想が口を衝いた、
「なんか、凄いね・・・」
「うん、羨ましい・・・」
カチャーとマフダはレスタの様子に自分達とはまるで異なる才能の発露を敏感に感じ取っていたが、リーニーは単にカトカとレスタの仲に軽い嫉妬を覚えてしまった、カトカはやたらと押しに弱いと聞いており、それはすぐに嫌悪に変わるかもしれないとも忠告されていた、その為カトカに憧れ乍らもその距離は保っていたのであるが、目の前のカトカはまるでレスタの姉のような慈愛に満ちた微笑みを浮かべている、その顔もまた美しく、するとレスタに大する焦燥感と妬みが湧き上がってきたのである、いかんいかんと他者には気付かれないように軽く頭を振るリーニーであった、
「ん、じゃ、そう言う事で、掛け算なんだけどどうかな?」
「はい、それも難しくは無いですね、少し考えたんですが・・・この道具はあくまで・・・その、筆記用具だと思います」
レスタが流麗に話し出し、オッと一同は目を丸くする、
「こうして、続けて計算できるのは当然なんですが、ようは・・・数字をこの玉に代えただけで、黒板で計算するのと変わらないんですよ、だから掛けも割りも同様で、えっと、5掛ける事の7は35なので」
とレスタはパチパチと玉を弾く、
「で、35掛ける事の23とかは、805、うん、こんな感じでどうでしょう」
レスタがニコリと顔を上げると、一同はポカンとそれを見つめていた、カトカまでもが言葉も無い様子で、レスタはあれ計算が間違ったかなと手元を確認し、間違ってないなと不思議そうに顔を上げた、すると、
「待って、あなた掛け算を暗記してるの?」
「えっ?」
カトカの静かな質問に、レスタは不思議そうに小首を傾げ、
「えっと・・・ミナちゃんもこうやってましたよ・・・」
と不安気にカトカを見上げた、
「ミナちゃん?」
思いもよらなかった人物名にカトカはレスタと同じように小首を傾げてしまった、ミナは今、ニコリーネの部屋にレインと共に駆け込んで何やらやっているらしい、カトカとレスタが事務所に行くのを見て付いてきてしまいそのまま三階に駆け上がったのだ、さらにサレバとコミンは地下室に駆け込み、ルルもそれを手伝っているらしい、結局皆仕事が好きなのである、誰も仕事とは思っていない様子ではあったが、
「はい、ソフィアさんがそう教えてました、タロウさんが覚えてしまえば楽だぞって言ったらしくて・・・」
実はレスタは自然に嘘を吐いていた、レスタは三桁までの掛け算は暗唱でき、これは村で兄達の教科書を盗み見た時に覚えたものを何とはなしに想像し、こねくり回していたら身に着いたもので、しかしそれをここで口にしたらいよいよ扱いが悪くなりそうだとレスタは瞬時に察して機転を利かせたのであった、決してそうはならないと思われるがより特別扱いにはなったであろう、その自己保身と回転の早さは流石と褒める所である、さらに恐ろしい点がそれ以上の桁数の掛け算も割り算もレスタは瞬時に計算できる、問われれば解が脳裏に浮かぶのである、実際に試したことも試されたことも無かったし、本人も現時点では気付いていなかったりするのであるが、
「えっ・・・えっと、それってどういう事?」
「あのですね、一桁の掛け算ですね、1掛ける1から9掛ける9までですね、それを全部暗記するんです」
それだけですよとレスタは言いそうになって口を噤んだ、学園に入って算学の授業も受けているが、レスタにしてみればそれは児戯に等しかった、まだ最初の方だから簡単な事からやっているのであろうとレスタはそう解釈していたが、周りの反応を見るにそれでも難儀している者は多い様子で、学園の入園試験と同等かそれ以下であろうにとレスタは何とも納得していなかったりする、口には決して出さなかったが、
「そんな事出来るの?」
「・・・そこまでする?」
「でも、便利かな?」
「便利だけど、大変そう・・・」
カトカとリーニー、カチャーは学園でしっかりと算学の授業は受けており、計算に関してはそれなりだと自負しているが、レスタの弁に困惑する他なく、マフダとドリカはまるで理解できないのか不安そうに顔を見合わせていた、
「・・・でも・・・そっか、確かにね、そうかもね・・・」
とカトカが静かに頷いた、確かに自分も一桁の掛け算であれば何となく頭に浮かんだ数字で熟していたりする、特に簡単な数字、2とか5とかは印象が強く、一々5が5個だからなどと考えずとも解は導き出していた、
「です・・・よね・・・」
レスタが不安そうにカトカを見上げる、
「うん、それにそれ以上簡単にもできないしね、うん、そっか、覚えてしまえばいいんだ・・・」
「そう?ですか?」
「いっぱいありますよ・・・ね」
「たかだか99種類よ1掛ける1から9掛ける9でしょ、うん、99個だ」
「99もあるじゃないですか」
「だって、そのうち1掛ける1なんて覚える必要もないでしょ、2掛けるの所も倍にすればいいだけだし、5掛けるの所も単純よ、で半分位は同じ?2掛ける5と5掛ける2は同じじゃない」
「そりゃ・・・そう?ですか?」
「そうよ、そっか、そうなると、二桁かける一桁もすんごい楽になるわよね・・・」
「急に飛びましたね」
「だって、そうでしょ、第一商会さんならそういう桁の多い計算こそ大事でしょ」
「そうですけど・・・その時はだって、黒板使いますし」
「その黒板をこれに変えるの、その為の研究でしょ」
「・・・そっか、そういう事ですよね・・・」
「うん、でも、なんか不安になってきた・・・」
「だから、その手法を確立したいの」
カトカの口調がユーリのそれに若干似てきている、あくまで若干であるが、どうやらやはり師弟なのである、似るのも致し方ない事であろう、カトカにそれを指摘すると恐らく嫌悪感を表すであろうが、
「それは聞いてましたけどー」
「いいわ、レスタさん、まずは掛け算を覚える所から始めましょう、掛け算を覚えてしまえば割り算も難しく無いわ」
「えっと・・・それはそうでしょうけど・・・大丈夫ですか?」
「大丈夫、これはね、レスタ式アバカスとレスタ式計算方法の確立と思いましょう、きっと絶対に世の中をひっくり返します」
カトカは憤然と鼻息を荒くした、カトカも学園では才媛と呼ばれた女性である、配られた教科書は一月も経たずに暗記してしまい、講師の間違いを講義中に訂正してしまって騒動にもなった、その騒動によってカトカは講師陣に認めらる事となり、実習には参加し期末の試験を合格さえすれば何をやっていても構わないとほぼ放逐された形となる、カトカとしてはそう言われてもなと茫然としてしまったのであるが、講義から解放された事になり、その余った時間を図書室で読書に耽る事になる、どうやらそれがカトカにとっては最良であったらしい、その知識欲を満たし、また、陰で図書室の華と呼ばれる事に小さな自己顕示欲をも満たす事になる、そして、卒業間近となった頃合いにユーリに誘われ研究職を得ることとなった、実家との話し合いもあったが、今はユーリの下での現職に満足するどころか能力不足とすら感じている、それは改めて自分は賢いだけの言うなれば秀才に当たるだけで、本当の意味での天才にはまるで勝てないと自覚できてしまったからであった、ユーリはカトカから見るに天才に一歩及ばないまでも天才と呼んで良い人物であり、その発想と実行力を素直に評価している、そこに神の導きと言うべきかソフィアとタロウという異才が加わり、こちらの二人も破格と言える人物で、そして今カトカの手元に真の天才と言えるレスタが現れた、これは正に神の差配であると、カトカは静かに興奮している、
「それはまた・・・」
他の面々は今一つ理解できかねる様子であったが、カトカは尚鼻息が荒い、黒板を猛然と並べまずは何をするべきかを書き付け始めた、これにはレスタも呆気にとられてしまう、しかしカトカは手を動かしながらも考える、恐らくこれが自分の天職なのであろうと、ユーリとの短い付き合いで思い知ったのであるが、ユーリの理屈はその言葉そのままでは大変に理解しにくいもので、とてもではないが生徒達はその言葉そのものでは何も習得出来ない程に意味不明で難解なのであった、講義に関してはあくまで教科書に準拠して進める為それほどでもなかったが、ユーリがカトカに教え込んだ魔法陣の活用や空間魔法の真髄、さらにはカトカには到底扱えない高度な魔法等をそのまま講義で伝えようものなら恐らく誰も付いて来れないであろう、サビナですら音を上げたそれらにカトカはなんとか食らいつき、サビナですら理解できるようにかみ砕き、翻訳してみせた、ユーリはあーこうすれば分かりやすいのかと何とものんびりしたものであったが、サビナが泣いて喜んだのは事実である、かくしてカトカは理解した、天才の所行を理解し、一般人に理解できるものにする存在がいないと天才の才は無駄になるのだと、そしてそれが出来るのもまた才であり、自分はどうやらそれが出来るらしいと、
「ブー、怒られたー」
「仕方あるまい、当然じゃ」
「えー、でもー」
食堂にミナとレインが入って来る、ありゃと一同が顔を上げた、一気に何やら難しい雰囲気となってしまった事務所を二人の甲高い声がかき回してくれたのである、マフダとドリカは思わずホッと一息吐いてしまう、しかし、
「ミナちゃん、レインちゃん」
カトカがキッと二人を睨む、
「なにー?」
「なんじゃ?」
二人が不満そうに口を尖らせた、それは自室で創作に集中するニコリーネに邪魔だと叱責された為か、カトカの声が怒声に近い為か、そのどちらでもあろうか、
「掛け算を教えて下さい」
「エー?」
「なんじゃ?」
ミナは首を傾げ、レインの答えはまったく一緒であった若干疑問形の発音ではあるが、レスタが慌てて掛け算を覚えてしまう事を早口で説明すると、
「あー、簡単だよー、ねー、ミナ全部覚えたー」
とミナはレインに笑いかけ、
「そうだったか?少々怪しいだろう?」
「ぶー、7とか8とかめんどくさいんだもん」
「ほれ、怪しい」
「めんどくさいだけー、えっと、7掛ける1は7で、2が14で、3が21で、4が28でー」
スラスラと数字を並べるミナを大人達は唖然と見つめる、
「8は?」
「えっと、8でー、2が16、3が24、4が32、5が40、6が48ー」
「凄い・・・」
「えっ、そうやって覚えるの?」
「ミナちゃん賢い・・・」
「ふん、では二桁じゃ」
「えー、めんどいー、覚えてないー、ソフィーもそこまではいいって言ってたー」
「簡単じゃろー、やれば出来るぞ」
「でもー」
「ミナちゃん、レインちゃん」
カトカが再び二人の名を叫ぶと、
「詳しく聞かせて下さい」
勢いよく腰を上げるのであった。
「で、こうするとこうなる」
カトカが手元の新型アバカスを子気味よく弾くと、オーッと静かな歓声が響いた、机を囲むのはカトカとレスタ、カチャーにリーニーにマフダ、さらにドリカも興味があるのか覗き込んでいた、
「凄いな・・・便利ですね」
「アバカスって呼ぶの?」
「それを検討中でした、この新型はレスタさんの発案で改良したものですから、学園長がベルメルと名付けようとか、レスタが可愛いなって興奮してましたね」
カトカがニヤリとほくそ笑み、レスタは恥ずかしそうに小さくなる、しかし、他の面々は再びヘーっと感嘆の声を上げ、
「凄いね、レスタさん」
「うん、画期的だ・・・」
「・・・大したもんだわ、こんな小さいのに・・・」
「ですねー」
特にドリカが感心している様子で、思わずレスタの頭を撫で回してしまった、ドリカにはもう少し年若い娘と息子がおり、レスタを見ているとどうしても娘のように見えてしまうのであった、実際の年齢も近いのであるが、その小柄でオドオドとした雰囲気が良く似ており、母性が先にたってしまったのである、レスタは特に嫌がる事も無くその肉厚で表面は固いが温もりに溢れた手を受け入れて、俯いて顔を隠したまま嬉しそうに微笑んでいる、
「でね、これを踏まえて・・・まずはほら、足し引きは見せたように簡単なんだけど、掛けと割り?を実際にやってみて、より実用性をね高めていきたい訳なのよ」
「なるほど・・・うん、足し引きは確かに楽ですね、すぐ理解出来ました」
「だねー、でも掛けと割りか・・・」
「実際にやってみましょうよ」
「そうね、レスタさんはどう?」
恥ずかしそうに俯いたままのレスタにカトカは微笑みかける、先程、学園から戻って来たレスタをカトカは食堂で待ち構え、アバカスの改良品を手にし、事務所に突撃したのである、無論エレインの許可はとっていた、レスタも昨晩の内にカトカから頼まれてはいたのであるが、今日のカトカはなんとも興奮気味で活動的である、もう少し静かで奥ゆかしい人だとレスタは感じていたのだが、その人物像を修正する必要があるらしい、やはりカトカも学問の徒なのである、研究もそうだが計算やら実験となると高揚するらしい、レスタは何をどうするかなどまるで考えもしないでカトカに引きづられるように事務所に入り、カトカの隣りで小さくなる他無かったのであった、
「どう?ですか?」
レスタがやっと顔を上げた、若干頬が紅潮しているのは褒められて上気してしまったからであろう、
「そっ、実際に使ってみて」
改良されたそれをカトカはズイッとレスタの前に滑らせる、レスタはまだレスタの思うように改良されたそれには手を触れていなかった、ブラスが五玉の改良品にさらに仕切りを付けたその品を届けたのは昨日の事である、昨日は日中は馴染みの顔が揃っていた為ワチャワチャと忙しく、砂時計の件もあり、さらに夕食後はタロウの講義もあった、カトカとしてはレスタと喜びを共有したいと思っていたが、その隙がなかったのである、
「はい」
レスタは薄く微笑んでアバカスをパチパチと弾く、縦長に置いた状態で、一から順に足していき、十まで数えてさらに適当な数字を足していった、そして、
「ふふっ・・・想像通りです」
ニコリと優しく満足げな笑みを浮かべる、
「でしょー、私もね、夜にパチパチやってたら気持ち良くてね、楽しいわよね」
「ですね、えへへ、嬉しいな・・・」
素直な感想が口を衝いた、
「なんか、凄いね・・・」
「うん、羨ましい・・・」
カチャーとマフダはレスタの様子に自分達とはまるで異なる才能の発露を敏感に感じ取っていたが、リーニーは単にカトカとレスタの仲に軽い嫉妬を覚えてしまった、カトカはやたらと押しに弱いと聞いており、それはすぐに嫌悪に変わるかもしれないとも忠告されていた、その為カトカに憧れ乍らもその距離は保っていたのであるが、目の前のカトカはまるでレスタの姉のような慈愛に満ちた微笑みを浮かべている、その顔もまた美しく、するとレスタに大する焦燥感と妬みが湧き上がってきたのである、いかんいかんと他者には気付かれないように軽く頭を振るリーニーであった、
「ん、じゃ、そう言う事で、掛け算なんだけどどうかな?」
「はい、それも難しくは無いですね、少し考えたんですが・・・この道具はあくまで・・・その、筆記用具だと思います」
レスタが流麗に話し出し、オッと一同は目を丸くする、
「こうして、続けて計算できるのは当然なんですが、ようは・・・数字をこの玉に代えただけで、黒板で計算するのと変わらないんですよ、だから掛けも割りも同様で、えっと、5掛ける事の7は35なので」
とレスタはパチパチと玉を弾く、
「で、35掛ける事の23とかは、805、うん、こんな感じでどうでしょう」
レスタがニコリと顔を上げると、一同はポカンとそれを見つめていた、カトカまでもが言葉も無い様子で、レスタはあれ計算が間違ったかなと手元を確認し、間違ってないなと不思議そうに顔を上げた、すると、
「待って、あなた掛け算を暗記してるの?」
「えっ?」
カトカの静かな質問に、レスタは不思議そうに小首を傾げ、
「えっと・・・ミナちゃんもこうやってましたよ・・・」
と不安気にカトカを見上げた、
「ミナちゃん?」
思いもよらなかった人物名にカトカはレスタと同じように小首を傾げてしまった、ミナは今、ニコリーネの部屋にレインと共に駆け込んで何やらやっているらしい、カトカとレスタが事務所に行くのを見て付いてきてしまいそのまま三階に駆け上がったのだ、さらにサレバとコミンは地下室に駆け込み、ルルもそれを手伝っているらしい、結局皆仕事が好きなのである、誰も仕事とは思っていない様子ではあったが、
「はい、ソフィアさんがそう教えてました、タロウさんが覚えてしまえば楽だぞって言ったらしくて・・・」
実はレスタは自然に嘘を吐いていた、レスタは三桁までの掛け算は暗唱でき、これは村で兄達の教科書を盗み見た時に覚えたものを何とはなしに想像し、こねくり回していたら身に着いたもので、しかしそれをここで口にしたらいよいよ扱いが悪くなりそうだとレスタは瞬時に察して機転を利かせたのであった、決してそうはならないと思われるがより特別扱いにはなったであろう、その自己保身と回転の早さは流石と褒める所である、さらに恐ろしい点がそれ以上の桁数の掛け算も割り算もレスタは瞬時に計算できる、問われれば解が脳裏に浮かぶのである、実際に試したことも試されたことも無かったし、本人も現時点では気付いていなかったりするのであるが、
「えっ・・・えっと、それってどういう事?」
「あのですね、一桁の掛け算ですね、1掛ける1から9掛ける9までですね、それを全部暗記するんです」
それだけですよとレスタは言いそうになって口を噤んだ、学園に入って算学の授業も受けているが、レスタにしてみればそれは児戯に等しかった、まだ最初の方だから簡単な事からやっているのであろうとレスタはそう解釈していたが、周りの反応を見るにそれでも難儀している者は多い様子で、学園の入園試験と同等かそれ以下であろうにとレスタは何とも納得していなかったりする、口には決して出さなかったが、
「そんな事出来るの?」
「・・・そこまでする?」
「でも、便利かな?」
「便利だけど、大変そう・・・」
カトカとリーニー、カチャーは学園でしっかりと算学の授業は受けており、計算に関してはそれなりだと自負しているが、レスタの弁に困惑する他なく、マフダとドリカはまるで理解できないのか不安そうに顔を見合わせていた、
「・・・でも・・・そっか、確かにね、そうかもね・・・」
とカトカが静かに頷いた、確かに自分も一桁の掛け算であれば何となく頭に浮かんだ数字で熟していたりする、特に簡単な数字、2とか5とかは印象が強く、一々5が5個だからなどと考えずとも解は導き出していた、
「です・・・よね・・・」
レスタが不安そうにカトカを見上げる、
「うん、それにそれ以上簡単にもできないしね、うん、そっか、覚えてしまえばいいんだ・・・」
「そう?ですか?」
「いっぱいありますよ・・・ね」
「たかだか99種類よ1掛ける1から9掛ける9でしょ、うん、99個だ」
「99もあるじゃないですか」
「だって、そのうち1掛ける1なんて覚える必要もないでしょ、2掛けるの所も倍にすればいいだけだし、5掛けるの所も単純よ、で半分位は同じ?2掛ける5と5掛ける2は同じじゃない」
「そりゃ・・・そう?ですか?」
「そうよ、そっか、そうなると、二桁かける一桁もすんごい楽になるわよね・・・」
「急に飛びましたね」
「だって、そうでしょ、第一商会さんならそういう桁の多い計算こそ大事でしょ」
「そうですけど・・・その時はだって、黒板使いますし」
「その黒板をこれに変えるの、その為の研究でしょ」
「・・・そっか、そういう事ですよね・・・」
「うん、でも、なんか不安になってきた・・・」
「だから、その手法を確立したいの」
カトカの口調がユーリのそれに若干似てきている、あくまで若干であるが、どうやらやはり師弟なのである、似るのも致し方ない事であろう、カトカにそれを指摘すると恐らく嫌悪感を表すであろうが、
「それは聞いてましたけどー」
「いいわ、レスタさん、まずは掛け算を覚える所から始めましょう、掛け算を覚えてしまえば割り算も難しく無いわ」
「えっと・・・それはそうでしょうけど・・・大丈夫ですか?」
「大丈夫、これはね、レスタ式アバカスとレスタ式計算方法の確立と思いましょう、きっと絶対に世の中をひっくり返します」
カトカは憤然と鼻息を荒くした、カトカも学園では才媛と呼ばれた女性である、配られた教科書は一月も経たずに暗記してしまい、講師の間違いを講義中に訂正してしまって騒動にもなった、その騒動によってカトカは講師陣に認めらる事となり、実習には参加し期末の試験を合格さえすれば何をやっていても構わないとほぼ放逐された形となる、カトカとしてはそう言われてもなと茫然としてしまったのであるが、講義から解放された事になり、その余った時間を図書室で読書に耽る事になる、どうやらそれがカトカにとっては最良であったらしい、その知識欲を満たし、また、陰で図書室の華と呼ばれる事に小さな自己顕示欲をも満たす事になる、そして、卒業間近となった頃合いにユーリに誘われ研究職を得ることとなった、実家との話し合いもあったが、今はユーリの下での現職に満足するどころか能力不足とすら感じている、それは改めて自分は賢いだけの言うなれば秀才に当たるだけで、本当の意味での天才にはまるで勝てないと自覚できてしまったからであった、ユーリはカトカから見るに天才に一歩及ばないまでも天才と呼んで良い人物であり、その発想と実行力を素直に評価している、そこに神の導きと言うべきかソフィアとタロウという異才が加わり、こちらの二人も破格と言える人物で、そして今カトカの手元に真の天才と言えるレスタが現れた、これは正に神の差配であると、カトカは静かに興奮している、
「それはまた・・・」
他の面々は今一つ理解できかねる様子であったが、カトカは尚鼻息が荒い、黒板を猛然と並べまずは何をするべきかを書き付け始めた、これにはレスタも呆気にとられてしまう、しかしカトカは手を動かしながらも考える、恐らくこれが自分の天職なのであろうと、ユーリとの短い付き合いで思い知ったのであるが、ユーリの理屈はその言葉そのままでは大変に理解しにくいもので、とてもではないが生徒達はその言葉そのものでは何も習得出来ない程に意味不明で難解なのであった、講義に関してはあくまで教科書に準拠して進める為それほどでもなかったが、ユーリがカトカに教え込んだ魔法陣の活用や空間魔法の真髄、さらにはカトカには到底扱えない高度な魔法等をそのまま講義で伝えようものなら恐らく誰も付いて来れないであろう、サビナですら音を上げたそれらにカトカはなんとか食らいつき、サビナですら理解できるようにかみ砕き、翻訳してみせた、ユーリはあーこうすれば分かりやすいのかと何とものんびりしたものであったが、サビナが泣いて喜んだのは事実である、かくしてカトカは理解した、天才の所行を理解し、一般人に理解できるものにする存在がいないと天才の才は無駄になるのだと、そしてそれが出来るのもまた才であり、自分はどうやらそれが出来るらしいと、
「ブー、怒られたー」
「仕方あるまい、当然じゃ」
「えー、でもー」
食堂にミナとレインが入って来る、ありゃと一同が顔を上げた、一気に何やら難しい雰囲気となってしまった事務所を二人の甲高い声がかき回してくれたのである、マフダとドリカは思わずホッと一息吐いてしまう、しかし、
「ミナちゃん、レインちゃん」
カトカがキッと二人を睨む、
「なにー?」
「なんじゃ?」
二人が不満そうに口を尖らせた、それは自室で創作に集中するニコリーネに邪魔だと叱責された為か、カトカの声が怒声に近い為か、そのどちらでもあろうか、
「掛け算を教えて下さい」
「エー?」
「なんじゃ?」
ミナは首を傾げ、レインの答えはまったく一緒であった若干疑問形の発音ではあるが、レスタが慌てて掛け算を覚えてしまう事を早口で説明すると、
「あー、簡単だよー、ねー、ミナ全部覚えたー」
とミナはレインに笑いかけ、
「そうだったか?少々怪しいだろう?」
「ぶー、7とか8とかめんどくさいんだもん」
「ほれ、怪しい」
「めんどくさいだけー、えっと、7掛ける1は7で、2が14で、3が21で、4が28でー」
スラスラと数字を並べるミナを大人達は唖然と見つめる、
「8は?」
「えっと、8でー、2が16、3が24、4が32、5が40、6が48ー」
「凄い・・・」
「えっ、そうやって覚えるの?」
「ミナちゃん賢い・・・」
「ふん、では二桁じゃ」
「えー、めんどいー、覚えてないー、ソフィーもそこまではいいって言ってたー」
「簡単じゃろー、やれば出来るぞ」
「でもー」
「ミナちゃん、レインちゃん」
カトカが再び二人の名を叫ぶと、
「詳しく聞かせて下さい」
勢いよく腰を上げるのであった。
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※この小説は【アルファポリス】及び【小説家になろう】の同時配信で投稿しています。
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お知らせ
「転生者はめぐりあう」 始めました。
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作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。
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