セカンドライフは寮母さん 魔王を討伐した冒険者は魔法学園女子寮の管理人になりました

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69話 お風呂と戦場と その22

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翌朝、今日もモニケンダムは朝から雨であった、陰鬱とした厚い雲がのしかかりシトシトと冷たく小さい水塊が絶え間なく降り注ぐ、そして荒野もまた雨である、こちらは街中と違い強風も合わさって、雨は真横から新設された豪奢な天幕を遠慮なく叩いている、

「そうなるとだ、やはりこの場は戦場として使いやすいとの結論で構わないな?」

クロノスがシームの報告を要約し、シームとフォンス、その背後に並ぶ文官たちを睨みつけ、彼等は沈黙で持って肯定に代えた、

「うむ、馬の運用が難しかろうと思っていたが、問題無いようだな」

メインデルトも腕を組んで頷いている、

「だな、そこが一番気になっていたのだが、まぁ、あれを見ればな、うん」

イフナースは小さくほくそ笑む、今日朝一番で天幕を訪れてみれば、多数の軍馬が実に楽しそうに焼野原を駆け回っており、こんなに連れて来たのかと苦笑してしまった、広い焼野原を探索する為にはやはり人の足だけでは難しかったようで、シームとフォンスはそれぞれの軍から馬を拠出したようである、而してこの焼野原の地面は岩石とそれを縫うように細い泥が走っている特殊な土地である、馬の脚では少々難儀をするかと考えられたが、どうやら馬は人が考えるよりも遥かに賢いようで、泥に脚を取られることも岩石で躓く事も少ないようであった、まったく無いとまでは言えなかったが怪我をするような事もないようで、厩務官も恐らく運用は可能であるとの見解であるらしい、

「そうなると、だいぶ楽になるな」

「あぁ・・・早速騎士団を入れたい所だが」

「まだ早かろう、肝心の要塞がまだだ」

「そうだがさ、それが無くてもこの地は何かにつけて便利だぞ、軍団同士の模擬戦をやってみたいと言っていただろう」

「それはそれだ、順番を違えるな」

「確かにな」

二人の軍団長とイフナースが議論を始め、カラミッドとレイナウトはなるほどと地図を睨む、天幕には他にタロウとリシャルト、カラミッドの文官が数名、さらにルーツも軍の文官に紛れて参加している、状況を把握する為にお前も顔を出せとクロノスに言われ、ルーツはそれなら端で静かにしているよと嫌そうな顔であった、

「そうなると・・・」

レイナウトが呟くように口を開くと、クロノスらは静かになってレイナウトを伺う、

「この場所が本営として・・・この辺が合戦場になるとお考えですかな?」

レイナウトが地図を示した、地図は荒野全体を記したものではなく、焼野原の地、そのもののみの地図である、故にまだ未完成といえる品なのであるが、その全体の半分ほどは記されているようで、たかだか二日三日の作業としては予想以上の仕上がりと言えた、

「そうだな、ここら辺も同じなのか?」

クロノスがシームを伺うと、

「はい、懸念しておりました穴や大岩もありません、方向感覚を失うほどに変化が無いと報告されています」

「それほどか・・・それはそれで・・・」

「うむ、何やら目印になるような物があればと思うが」

「全く無いですね、精々が遠方の森と山・・・それも今日のような日は見通しが悪く、目印とするには難しいです、その上春先迄はこの状態が続くと思われます、迷う事が無いよう柱を立てる事を検討していました、道標としてですね」

「なるほど、それは良い策だ」

「では、ここを中心として、どのように配備するおつもりか、伺っても宜しいかな?」

レイナウトが続けて疑問を呈した、

「定石通りと考えている」

メインデルトがニヤリと微笑む、カラミッドもそうなのであるがレイナウトは軍事に疎いと専らの噂で、実際に先の大戦時には早々に息子に後を委ねている、故にメインデルトは直接関わる事が無く、その息子のクンラートとは轡を並べはしたが、終始不仲であった、王族と公爵家との不仲故にそうなっていたのであるが、メインデルトとしてはクンラートを軍人としてそれなりに評価している、中年に差し掛かっており若いとは決して言えないクンラートであるが、どうやら独特の嗅覚をしているらしく、少々無謀と思える策も機転を利かせて達成し、かつ被害も少ない、現場に於いては優秀な将であった、とある一件が起きるまでの間はとの注釈は必要であったが、

「つまり?」

「うむ、第二と第六を主軸として第八を後詰めに、これだけの広さだからな、遠慮無く展開できよう、陣は・・・」

「それは相手次第だろう?」

「その通りだ、しかし、恐らく向こうは馬は持ち込まないであろう、それだけでもこちらに一手有利と言える」

「確かにな」

「連中の装備を見るにこちらと大差は無い、タロウ殿が持ち込んだ武器も精査したが・・・うん、使えそうなものは生産に回している、便利そうだなあれは」

メインデルトがタロウに笑いかけた、タロウは確かにと頷き、そんなものまであったのかとレイナウトとカラミッドは目を丸くし、フォンスは聞いていない事実だなとタロウを睨みつけた、それ以上にいかにも平民にしか見えない男がシレッと貴族達と共に卓を囲んでいるのを不審に感じていたのだ、レイナウトとカラミッド、さらにはリシャルトとも知己であるらしく、三人はそれが当然であるかのように接している、実に不可解であった、

「それは良かった、特にクロスボウは使いやすいですよ、扱いを違えると指を持っていかれますがね」

「確かにな、あれは良い、弓と違って使いどころ次第だが、確かに良いな」

「そうか?直射しかできんだろ」

「それでもだ、あの貫通力は凄まじいぞ、連射は難しいが運用次第だな」

「石も撃てると聞いたが?」

「可能は可能ですね、但し著しく精度は下がりますし、安定しません、撃った本人が怪我をしかねませんから推奨は出来かねます」

「だろうな、それは想像できる」

「それにこの地では小石を探すのも難しいぞ」

「・・・それもそうだな・・・」

「まぁ、公爵、そういうわけだ、こちらとしては第二と第六を主とし、第八を補佐と考えている、それに加えて公、伯、それぞれの軍を組み入れたい・・・どうかな?」

メインデルトがジロリとレイナウトとカラミッドを見つめた、二人はそれを正面から受け止め、

「確かに・・・しかし、例の病もあります、どう対応するつもりかな」

「それには一計を案じている、少々雑な仕掛けだが対応は可能だ」

クロノスがニヤリと答えた、そうですかとレイナウトは受け、さてと沈思する、カラミッドはどうやらレイナウトに全権を委任しているらしい、口を出す事は無くただ静かに状況を観察しており、フォンスは何ともヤキモキとしていた、本来であればこの場にいなければならないのはレイナウトではなく、クンラートである、このままレイナウトの思惑でヘルデル軍を動かす事に承服できよう筈も無い、しかしフォンスの立場はあくまでモニケンダム軍の指揮官でありカラミッドの臣下である、カラミッドが黙している以上、自分が意見を口にする事は難しいのであった、

「・・・それは我が軍にも適用可能かな?」

「勿論だ、なに、悪いようにはしない、ヘルデルもまた我が王国だ、大事な国民だよ」

クロノスが余裕の笑みを浮かべ、イフナースは確かにと頷く、しかしレイナウトとフォンスは何とも渋い顔となってしまい、カラミッドも眉根を寄せた、その余裕が鼻についたのである、クロノスもイフナースもヘルデルを敵とは見なしておらず、ましてあくまで自国の民と配下としてしか認識していないのだ、王国に反旗を翻そうと画策し、影に日向に謀略を仕掛けていたレイナウトとしては何とも不愉快な事であろう、

「そうなるとだ」

メインデルトが言葉を継ぐと、

「改めてだが、クンラートをこちらに呼ぶことは可能かな?」

再びメインデルトが二人を睨む、

「・・・そうなるな・・・まぁ手配はしている、明後日は難しいが、三日後・・・10日であったかな?」

レイナウトが振り返ってリシャルトに確認すると、リシャルトは静かに頷いた、

「うむ、10日にこちらに来る予定だ、恐らく午後になるかな・・・」

「そうか、その頃には要塞の確認もとれよう」

「ですね、軍を動かすにも時間はある」

「だな、こちらとしても何事も早めに進めたい所であった」

「雪が降る前には軍を置きたいですね」

「確かに」

クロノスらとしてはどうやらそれが最も懸念されていた事らしい、レイナウトとカラミッドはいよいよ本格的に動かなければならないと口元を引き締め、フォンスは小さく安堵した、クンラートであればこの三人を相手にしても軍事に限れば負ける事は無い、このまま王国の好きにさせてモニケンダムに害が及ぶような事があっては一大事である、フォンスもこの数日シームと共に任に当たっていたがその警戒心を解く事は無く、シームもまた必要以上に仲を深める行動は取っていない、あくまで仕事と共同作戦を進めており、配下の兵達も粛々と任務に勤しんでいる、そしてそれは見事に図面と各種の充実してきた施設に反映され、こうして立派な天幕の中しっかりとした報告として実を結んでいた、

「あっ・・・それでだ、タロウ、あれを教えろ」

クロノスが急にタロウを睨む、

「あれですか?」

タロウは居並ぶ要人を前にして一応は敬語で受けた、

「あれだ、前に聞いた、なんだっけ、何とかバサミ」

クロノスの話題転換に今度は何事かと皆目を細める、

「何とかバサミ?・・・あー・・・トラバサミ?」

「それだ、確かほれ、獣も仕留められる罠なのだろう?」

「そう・・・ですね、はい、獣用の罠です、場合によっては熊も鹿もいけます」

「人もな」

「それはそうだけど・・・ですけど・・・」

タロウはウーンと首を捻った、冒険者時代に罠の一つとしてクロノスにはこんなのもあると話した記憶が確かにある、こちらにある罠は原始的なものが多く、大きな獣や魔物に対しては穴を掘るか物をぶつけるかしかなく、小動物に対しては吊り下げる仕掛けがよく使われていた、そこで構造は簡単で威力も高いとトラバサミの仕組みを教えたのである、実際にそれを作っている暇も伝手も無かったが、どうやらクロノスは律儀にも覚えていたらしい、

「あれを人に使うのか?」

タロウは難しい顔をクロノスに向けた、

「なんだ駄目なのか?ほれ、向こうの行動を制限する為にもな、欲しいんだよ」

どうやらクロノスはしっかりと戦の事は考えていたらしい、ここ数日一緒になって遊んでいた記憶しか無いが、やはりこいつも立派な軍団長になったのだなとタロウは溜息を吐いてしまい、慌てて咳払いで誤魔化すと、

「分かりました、簡単な図面・・・」

とタロウはアッと思い出して右目を閉じた、知識としてはあるが実際の品を見た事は無く、使った事などありもしない、仕組みについてはこんなもんだろうと当時は適当に説明している、タロウとしても朧げな品なのである、急いで記憶を掘り起こし、何かで見た文献の小さな挿絵を思い出すと、

「うん、図面は作れそうですね」

と顔を上げる、

「そうか、頼む」

クロノスがニヤリと微笑む、

「それはあれか、以前話していたやつか」

「それです」

「なるほど・・・確かに向こうの行動を制御できるであろうが、しかし、それほどに強力なのか?」

「どうだタロウ?」

「作り次第ですね、しかし、人の脚であれば粉砕する事も可能です」

ナニッ?と一同が同時に驚く、

「なので・・・俺の国では使用は制限されてまして・・・」

「粉砕?」

「はい、骨ごと砕く・・・事も可能ですね」

「どういう仕組みだ」

「ですから、ちゃんと図面を起こしますので」

「どう仕掛ける?」

「それは簡単ですね、地面に埋めてしまえば・・・あっ、でも、埋める場所が無いか?」

「岩と岩の間で充分だ」

「それもそうか・・・」

と妙な方向に向かったが、今日の打合せも何とか双方納得できたらしい、一旦打合せを切り上げるとタロウは図面を仕上げ、それを待っていた面々が同時に覗き込む、そしてその凶悪な見た目に同時に顔を顰めるのであった。
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