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本編

69話 お風呂と戦場と その10

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「報告で聞いてはいたが、これほど興味深いものとは思わなんだな」

「まったくですな・・・」

ボニファースとロキュスが浄化槽を見下ろし、その隣りでは、

「これー、スライムー、気持ちいいのー」

「触ってもいいのですか?」

「大丈夫だってー、ほらー、プニプニー」

「あー、水は汚いからな、後でちゃんと手を洗え」

「ワカッター」

「ん、で、こっちがヒトデだな」

「わっ、変な形ですね」

「なー」

とタロウとミナ、イージスが座り込んで笑っている、その隣りでブラスが手製のたも網でもって、スライムとヒトデを掬いあげ、今度はシジミだなと浄化槽に向かっていた、

「これがそうか?」

ボニファースらもその集団を上から覗き込み、イフナースとクロノスも集まってきた、正午に近くなり、王妃達が入浴後に蜂蜜でもって顔面パックを楽しんでいる頃合いで男性陣が揃って顔を出した、居並ぶ面々のタオルを頭に巻いて黄色い顔をしただらしない様子を見てボニファースは何をやっているのかと目を細め、エフェリーンとマルルースは金切声で女の世界だとボニファースを叩き出してしまった、これにはボニファースも渋い顔となってしまったが、そういう事であればとタロウは浄化槽を先に見ましょうと誘い、何とかボニファースの不興を逸らせる事に成功したようで、ミナとイージスも外に出るならと駆け出し、ブラスも顔を出した為、浄化槽の周りは一気に騒がしくなってしまっていた、

「無色の魔法石はどうなっている?」

ロキュスがブラスに問いかけると、

「はい、まだまだ全然ですね、浄化槽自体がまだ本格稼働とはなっておりませんから」

ブラスがシジミを掬いあげながら答えた、実際の所ブラスが見る限り、無色の魔法石が付着するであろう板には何の変化も無い、あるとすれば少々薄汚れたかな程度の変化で、浄化槽全体の匂いも気になるほどではなかった、つまりまだその想定した使い方をしておらず、糞便を流し込んで漸く本格運用の開始となる筈で、この視察の為に風呂は使っているが糞便の処理は始めていない、明日明後日の視察を終えてからの本格運用となる予定であるらしい、

「なるほど・・・タロウ殿もそう言っておったな・・・」

ロキュスはフンフンと頷いている、ロキュスは風呂も配管等といった建築的な観点に関しても特に興味は無い、クロノスやリンドの話しを聞く限り、やはり無色の魔法石の生成過程の調査こそがこの浄化槽の根幹であろうなと感じ、やはりユーリという人物は今後も注視していかなければならないと考えていた、寂しい事にゾーイはもうすっかりとユーリに取り込まれてしまっており、その点に於いても負い目を感じてしまっている、ゾーイにとってはそれが最も良い経験であろうと頭では理解しているのであるが、やはり悔しさはあった、一人の専門家として、同じ道の研究者として何とも歯痒い所である、

「そうですね、で、これがシジミです」

ブラスは一同の前にジャラリとシジミを転がした、お手製のたも網はソフィアが図示したものをそのまま再現したもので、急造の為かやや作りは荒く不格好であったがその用途には充分答えられる品となっている、

「ほう、これはあれかあの水槽のと同じか?」

「そうなのー、水槽のはメダカとシジミとタニシでー、これはシジミー」

「貝じゃな」

「貝ですね、それはもう、貝です、美味いですよ、これは食べない方が良いですけど」

「そうなのか?」

「そうなの?」

大人達は唖然として、ミナは嬉しそうに目を輝かせる、

「はい、俺の田舎ではよく食べますよ、シジミの味噌汁・・・スープですね、美味しいですよ、ただ、これは食べない方が良いですね、ちゃんと生きてますし新鮮ですが・・・今後の事を考えると食用とするには少し抵抗があります、もし食すのであれば湖の奥の方から獲ってきた物に限った方が良さそうです」

「それはあれか、汚い故か?」

「はい、人の糞便にまみれてますから、確実に腹を壊すでしょう、なので、湖でも街からできるだけ離れた地のシジミであれば良いでしょうが・・・これも、近くのも、勿論その辺で獲れたシジミも食すには適さないですね」

「んー・・・そういう事か、しかし、これだけで糞便が綺麗になるものなのか?」

ボニファースが疑問を呈する、タロウの説明によるとこの三種の生物に糞便やら生ごみやらを消化させ水を綺麗にするらしい、その説明だけ聞けばそういうものなのかと納得も出来るが、実際に見たその生物は実に貧弱であった、スライムは魔物に類する生物とされるが、水から上げたそれは生物であるかどうかも疑わしい程に身動きすら見せず、ヒトデとシジミとやらも何とも頼りない、

「なると思います、帝国は今でもこれで浄化してますね」

「そうなのか・・・であれば、充分なのであろうな」

「そう思います」

「するとあれか、帝国では未だに無色の魔法石を生産しているという事になるのではないかな?」

ロキュスが別の疑問を呈した、

「そうなると思います、ですが・・・恐らくですが、小さい段階でこそぎ落としているのかと、整備やら清掃と一緒に、下水道は街道と一緒で整備が不可欠ですから、こちらで見た資料にもこまめにそうするようにとの記述がありましたので、この街の地下にあるような状態は手入れをしていなかったが故の結果なのかなと思います」

「なるほど・・・そうなるか・・・」

「しかし、大量であったのだろう?この地下のそれは、少々都合が良すぎるのではないか?」

「はい、私もそう思います、ですが結果だけを見ればそう解釈するしかないですね、今のところ、なので、その点もこの浄化槽で検証していく必要があると考えます」

「確かにな・・・」

「そうなりますな」

ボニファースとロキュスは納得するしかなく、クロノスとイフナースもまだまだこれからだなと改めて浄化槽を見渡している、クロノスは事ある毎に見ていたし計画段階から報告を受けている、イフナースもその建設現場を横に見て裏山に通っていた、その目的も何をやっているのかもしっかりと理解している、故に時間がかかる検証である事も理解していた、

「ここはこんなもので、もし他に作るとしても立派な職人さんがいますからね、浄化槽本体は問題無く製作出来る事は立証できています、問題のスライムもヒトデもシジミも、近くの湖で簡単に採取できました、なので・・・小規模な浄化槽であれば再現は容易いと思います、但し、モニケンダム、この街であれば地下の下水道を整備した方が容易いかと思いますが、それは明日にでも提案しておこうと考えておりました」

「ふむ・・・伯爵がどう考えるかだな・・・」

「そうなりますね、どうしても金も人員も時間も必要なので、私としては無色の魔法石の生産も同時に出来ると考えればやらない手は無いとも思いますが・・・まぁ、そこは私が口出しできる事ではないと心得ます」

「そうだな、あまりうるさく言わないことだ、変にせっつくと逆に嫌がられるものだからな」

「はい、肝に銘じます」

「うむ」

と一行は浄化槽の下見をそこで切り上げる事とし、食堂の様子をミナとイージスに確認に走らせた、蜂蜜パックは何も珍しい事では無くなっており、ボニファースもクロノスも実は一度は体験している、実に気持ち良く爽快であった、ソフィアが伝えたそれはあっという間に王族の間に広まり、毎日では無いにしても気付けば王妃やパトリシアの顔面は黄色く滑ついていた、故に何も叩きだされるような言われは無いもので、女の世界等と言われてはさらに納得がいかなかったりする、尤もボニファースは男の世界とは明言した事は無いが、そういう雰囲気を醸し出せば女達は気を利かせて席を外すもので、そうなると先程はさっさと退出するのが男の気の利かせ方であったかと、冷えた頭でボニファースは考える、ボニファースも立派な老人と言える歳なのであるが、未だその思考は柔軟であった、大したものなのであるが、それを褒める人物もそれに気付く者も少ない、人は歳を経ると他者から褒められることも評価される事も少なくなるものなのである、立場うんぬんは関係無い、どうやら年齢と格が同期しているからこそそうなるのであろうなとボニファースは考えている、現実として、年齢を重ねれば偉くなる訳でも賢くなる訳でも無い、何も褒めて欲しい等と思ってはいないが、冷静な評価なり判定なりが欲しい事はただあり、その点を相談役には頼んでいたりする、ロキュスしかり、他の相談役しかりであった、しかし、先日タロウを相談役として肩書を預けた時に気付いたのであるが、ボニファースの周りの相談役は皆自分と同じ老人である、タロウがあまりにも若い事を他の相談役が心配した為にそこでやっと気付いた事であった、ボニファースは自分もなんのかんのと言って老人を頼っているのだなとそこでやっと気が付き、盛大に何の皮肉やらと鼻で笑ってしまっていた、

「大丈夫だってー」

ミナとイージスが勝手口を開けて大きく叫ぶ、うむとボニファースは頷いて一行は食堂に入った、すると、

「これは快適ですわね」

「そうね、何かと思って見てましたけど・・・」

「ねー、あっ、陛下、これ買いましょう、素晴らしく心地良いですわ」

「あー、それミナのー、ミナのなのー」

「そうなの?」

「ミナちゃん、贅沢だー」

「ブー、タロウが作ったのー、だからミナのなのー」

「おいおいどういう理屈だよ」

「いいのー、ミナのー」

寝台の上で優雅に微笑む王妃とウルジュラにミナはギャーギャー喚いて飛び掛かる、

「キャー、ミナちゃん怖いー」

「むー、ユラ様めー、こうだー」

「キャー、イージス君助けてー」

「えー・・・」

さらにバタバタと戯れるウルジュラとミナである、助けを求められたイージスは困惑するしかなく、しかし、王妃達が言うようにその寝台には興味があった、なにせ暖炉の前にズデンと置かれており、非常に邪魔であったのである、しかし、高貴な奥様方は特に気にする事無く席を定めた為、そう言う物なのかなとイージスらしい優等生ぶりで特に口にする事は無かった、而してこの有様である、

「あー・・・確かに気持ちいいんだよな」

「?お前さんは知っていたのか?」

「あぁ、前に来た時にな、ほれ、お前も座るなり寝ころぶなりしてみろ、全然違うぞ」

「そうなのか?」

「うん、タロウ、こいつはいつ作るんだ?」

「ブラスさん次第かな?」

「えっ、俺っすか?」

「そうか、作れ、大至急、ここに居る人数分だ」

「ちょ・・・そりゃ作れって言われたら作りますけどー、結構大変なんですから、時間頂きますよ」

「構わん、このままでは喧嘩になるからな、一人一台として・・・」

「だから、それはもう少し試してからだよ」

「何を呑気な事を言っているか、見る限り充分だろ」

「中身を見てみないと分らんよ」

「なら、見ろ」

「はいはい、あー、じゃ、ブラスさんね、取り合えず材料だけでも作り始めるか、偉いさんが御執心だ」

「そう・・・ですね、不安があるとすれば締め付けとか革の耐久性ですかね」

「そう思う、まぁ、これ見よがしに置いておいた俺も悪いんだがさ、ミナがどけるなってうるさくてさ・・・」

「別にそれは構いませんけど」

とタロウとブラスがブツブツと打合せをしていると、

「うぉっ、これはいいな」

「だろ?」

「確かに、あれかお前の所の椅子と同じだな」

「ほうほう、これは心地良い」

「ブー、ミナのー、ミナのなのー」

「はいはい、ミナー、ちょっと借りるぞー」

「うー、イース様ならいいよー」

「ありゃ、素直じゃな」

と寝台の上は男達が占拠したようで、ミナはイフナースの背中に抱きついてギャーギャー喚いている、

「そんなにいいの?」

パトリシアが羨ましそうにウルジュラに問いかけた、身重である以上無理は出来ないとお気に入りの椅子に座ったままである、

「うん、気持ちいいの、その椅子と一緒?タロウさん、これ中どうなってるの?」

「あー、はい、これもバネ仕掛けです、椅子とは違って捩じりバネをそのまま並べた感じですかね」

「ほう・・・それだけか?」

「それだけです、作りは割と単純ですね」

「そうなのか・・・うん、どこで買える?」

「ですからー」

と本題に入る前から忙しくなるタロウと、乗り遅れたと寂しそうに大人達を見上げるイージス、何をやっているのやらと冷たい視線を送るクロノスと、まぁ気持ちは分るなと苦笑いとなるソフィアとユーリ、ミーンにティルであった。
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