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本編
69話 お風呂と戦場と その7
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「ふー、美味しいですー」
「うん、幸せー」
「ですねー」
「美味いのー」
第一次風呂部隊の四人は暖炉の前、若干距離を置かれた寝台に並んで腰掛け、湯呑を片手にぼんやりと寛いでいる、タオルを頭に巻き、その顔は上気してさらにツヤツヤと輝いていた、積年の垢が綺麗に落とされ、血行も良くなった証拠であろう、今入浴中なのは、ミナ、サビナ、ケイス、ミーンの四人となる、ソフィアが再び介助として手助けしており、何気に私が一番めんどくさい事になっているなと思いつつも口には出さない、明日以降は放っておいてもいいだろうとの思いと、やはり湯あたりの苦しみを知っている身としてはそれが何より気にかかるのであった、
「あっ、そうだ、忘れてた、サレバさんね、コミンさんでもいいけどさ」
とタロウがポンと手を叩く、
「はい、なんですか?」
サレバが勢いよく腰を上げ、カトカもキラリと目を輝かせる、どうやら今日のタロウからはもう少し何かを引き出せそうであった、
「あれ、あのリンゴのソース?あれに何か入れたって聞いたけど、どんなの?」
「リンゴのソース?」
「あっ、蒸しパンのですか?」
サレバは首を傾げ、コミンが質問を返す、
「そっ、学園で出してたやつ?あれ美味しかったね」
「わっ、ありがとうございます、そうなんです、美味しいんです」
「えへへー、タロウさんに褒められたー」
サレバがニコニコと踊りだす、全くもって落ち着きが無い、
「でね、あれってあれでしょ、特別な何か入れたでしょ」
「分かります?」
「凄いなー、流石タロウさんだー」
サレバはニヤリとほくそ笑み、コミンは満面の笑顔である、
「そうなんです、村の、というか、私の家の秘伝の粉なんです」
「うん、サレバの家の特製なんですよね」
「へー・・・まだある?」
「ありますよ、持ってきます」
サレバがダダッと個人部屋に走りすぐに戻って来た、手には小さな壺を手にしている、
「これです」
「ありがとう、ちょっと試していい?」
「はい、いいですよ、我が家秘伝の薬です、父ちゃんが持たせてくれたんです、これがあれば何でも家の味になるからーって」
サレバはニコニコと壺を差し出し蓋を外した、途端にフワリと刺激的な香りが漂う、
「うわっ、いい匂いだね・・・」
「そうなんです、カシアって呼んでます、作るの大変なんですよ」
「そうだよねー、良く手伝ってたー」
「そっか・・・」
とタロウは左目を閉じてじっくりと内容物を確認し、ゆっくりと小指を壺に差し入れると、その先に少量付いた茶色の粉を一嘗めする、
「ふふん、どうですか?」
「辛くないですか?」
二人はニコニコとタロウを見つめている、実家自慢の品である、実に誇らしげであった、
「うん・・・なるほど・・・」
タロウはこれだと確信してさてどうしたものかと腕を組んだ、
「・・・どうしました?」
「変ですか?」
二人は途端に顔を曇らせる、タロウが望むものと違ったのかと不安になったのである、カトカも不思議そうにタロウを見つめる、確かにその壺からはとても良い香りが漂っていた、甘さを感じるようなそれでいて爽やかなようなそれでいて鼻腔の奥に突き刺さるとても不可思議で心地良い香りである、
「ううん、変じゃないよ・・・うん、これね、俺の国だと、ニッキとかシナモンって呼んでいた品だね・・・」
タロウはジッと壺を見つめる、へー別の名前があったんだーとサレバとコミンは感心し、レインがピクリと反応して振り向いた、香りがそちらに届いた事もある、食堂内の面々がまた何か始まったと顔を上げた、
「でね、こっちではまだ流通してないんだよね、これ?」
「・・・はい、多分」
「うん、家で使う分しか作らないですしね」
「村でも作ってる所は少ないよね」
「サレバの所と、大きな農家くらい?他にも2・3軒あるかないかかな」
「そんなもんだと思うよ、多分・・・」
「だよねー」
サレバとコミンが顔を見合わせる、
「そっか・・・あのね、うーん、表現が難しいんだけど、うん、これ、売れるよ」
エッと二人の顔がタロウに向かい、カトカも急にどうしたのやらと眉根を寄せる、
「えっとね、この量だと・・・質もいいから・・・そうだね、場所によっては金貨一枚になるかな・・・」
エーーッと二人の叫びが食堂に響き、ガタリと腰を上げた生徒達が集まった、しっかりと聞き耳を立てており具体的な金額を明示されたら座っていられる筈も無い、
「どういう事ですか?」
唖然と言葉を無くした二人に代わってカトカが問い質す、
「うん・・・えっとね、俺がほら、いろんな国を歩いて来た事は話したでしょ」
タロウは壺に蓋をしてズリッとサレバに押しやった、他の生徒達はその壺かと視線を外す事が出来ず、しかし手を伸ばす者はいない、その辺は大変に行儀が良いと言える、
「はい、聞いてます」
「でね、とある国だと、これは香辛料っていう・・・塩とか酢とかと同じように料理に使われる調味料でね、実際ほら、サレバさんも料理に使ってたんでしょ」
タロウが問いかけると、サレバはコクコクと無言で頷いた、
「うん、この間みたくリンゴのソースに混ぜてもいいし・・・そうだな、温かいミルクにちょっとかけても美味しいんだよね、何に入れても美味しくなる・・・うん」
「あっ、それ私好きです、黒糖もちょっと溶かして、サレバの家でよく飲んでました、寒いときはそれをみんなで飲むんです、丸くなって」
コミンは自然と口を利けたようだ、サレバほどには衝撃を受けていないのであろう、
「そだね、他にもそうだな、ドーナッツにちょっとかけても美味しいし、焼き菓子に混ぜても美味しい、なにより香りがいいでしょ、甘さがあるのに爽やかで」
「確かにそうですね」
カトカが先程の香りを思い出す、匂いの記憶はすぐに朧気になるものだがその壺の香りは強烈で、すぐに思い出せた、
「うん、でね、その元になる木とその製法がかなり特殊でね、サレバさんは勿論知ってるでしょ?」
「・・・えっと、はい、その、木を切って・・・」
「あっ、それ以上は黙っていて、大事な機密」
「機密って・・・」
「そんなにですか?」
三人は改めて呆気にとられ、他の面々も目を細めている、
「うん、そこが大事でね、木もそうなんだけど作り方がわかっちゃうと価値が一気に崩れちゃう、それは現時点では不利益でしかないからね、だから、その国でもこれを生産している場所も製法も口外しないくらいに大事な秘密なのよ、だから、サレバさんもコミンさんも絶対に他人に話しちゃ駄目だよ」
タロウの剣呑な口調に二人はコクコクと頷いた、
「で、価値に関してなんだけど、そういう訳で大量には作ってないみたいなんだな、その国でもね、なんだけど、その国ではもう、これが無いと料理じゃないってくらい重宝されていてね、特に王様とかの料理では絶対必要で、庶民には手が出せない代物になってる、それはそれでどうかと思うけど、まぁ、ほら、美味しい物とか高価な物は偉い人達が持って行ってしまうものだから・・・さらに偉い人達同士で贈り合う品物としても重宝されて・・・そりゃ値段もあがっていくよね、使えば無くなっちゃう物だし・・・」
「それを、サレバさんの実家が作っていると・・・」
グルジアも参戦する、商売の話しとなれば口を出さざるを得ない、
「そういう事・・・どうだろう、サレバさんの村でこれの生産を増やす事って出来る?」
「・・・えっと・・・でも・・・どうだろう?」
先程までの威勢の良さをすっかりと無くしたサレバがコミンを伺った、コミンも、
「うん・・・生産は出来ると思いますけど・・・木は数本しかないです・・・と思います、山の奥にいけばあるのかな?危ないから入っては駄目って言われてますし・・・すいません詳しくないです・・・」
「そっか、そうだよね、うん、それは仕方ない・・・けど、うん、上手い事やれば大金持ちだよ」
タロウはニヤリと微笑んだ、場を和ませる為に優しく微笑んだつもりであったがまるで効果は無い、何も暗くなる話しでは無いのであるが二人にとっては寝耳に水どころか、まるで想像できない程に大きな話しであり、他の面々としては言わばきつねにつままれたような話しである、まさか目の前の小さな壺に金貨一枚の価値があろうとはまるで理解出来ず、さらにそれを先日の学園祭では結構な量使っている、グルジア等はこれは美味しくなると喜んでしまい、同じ大きさの壺を丸々一個消費してしまったのだ、
「その上手い事が難しそうですね」
カトカは冷静であった、この場にいる大人はタロウと自分とグルジアだけである、ユーリとゾーイはじゃんけんに負けた為、最後になるなら呼びに来てと三階に上がってしまっていた、
「そだね、流通とかが問題かな・・・一番めんどくさい所、でもそうだなー、都市国家だっけ、そっちの商人に売れれば売れると思うよ、喜んで買っていくだろうね」
「それがありますね」
グルジアも口を挟む、グルジアの生家も都市国家の商人と取引がある、故に商売にしようと思えば可能は可能であり、独自の流通網も持っている、ヘルデルの大商家は伊達ではなく、レイナウトの関係もあり大変に手広くやっていた、
「まっ、そういう訳だから、俺もね、これもそうだし他の香辛料を探していたんだよ、料理が格段に美味しくなるからね、でも、これがこっちでも採れるとなると楽しくなるね、一気に料理が変わっていくぞ」
「えっと・・・」
「その・・・」
「どうしたらいいんでしょう?」
サレバとコミンが顔を見合わせてからタロウに問いかける、特にサレバは村の発展を第一に考えて都会に出て来た孝行娘であった、もやしにしろ先程のヘチマにしろ、牛や豚にしろこれは村でも活用できると、学園に通う事、さらにはタロウと知り合った事を心底感謝していたのである、しかし、ひょんなことからこれである、どうやらサレバの村にはとんでもないお宝が眠っていたようであった、
「そだねー・・・具体的にとなると・・・まずは実家に報告して・・・生産に関して安定させて、まぁ、保存が利く品だからね、作り置きできるのが利点と言えば利点、その上で信用できる商会?を間に入れて、ほら、金貨一枚って言っちゃったけどさ、それは市場価格ってやつだから、それでもね、商会に対してはその半分でも売れると思うしね、その前にこっちの王族とか貴族とかに売り込んでもいいと思うよ、その伝手はあるからさ」
タロウはニンマリと微笑む、クロノスやらカラミッド、レイナウトらを巻き込んだ方が確実は確実である、まして別に他国に流す必要はなく、王国内で需要を作ればそれなりの高値になろう、サレバの実家が必要以上に欲をかかず、地道にやる事を忌避しなければとの条件もつくが、
「それが良いと思います、そのこちらで使う事の方ですね」
グルジアがうーんと首を捻る、他国への物資輸送はかなり難しい、何より手間と時間が恐ろしくかかり、それがそのまま原価に上乗せされるのが当然で、タロウの言う金貨一枚も恐らく流通経費が乗っかった上での価格であろうなと判断した、それはまさに正しい見解で、それと同時に都市国家の商人達の悪名を思い出す、彼等は俗に汚いと評される程の商売人で、良い噂はまったく無いが、悪い噂は腐るほどある、生家でもその点を気を付けて対応していた、
「そだね、そうなると・・・」
とタロウがどうしたものかなと天井を仰ぐ、すると、
「出たー」
ミナがタオルを頭に巻いてダダッと駆けて来た、
「あら、お疲れ、どうだった?」
タロウがニコリと微笑む、
「気持ち良かったー、メダカ可愛いー」
「あー、それは君が作ったんだろ」
「うん、いい出来だったー、えっと、飲んでいい?いい?」
「うん、どうぞ、ほれ、暖炉の前でゆっくりしなさい」
「ワカッター」
ミナは勢いそのままに湯呑を手にし、ルルが水差しを傾けた、ミナはありがとうと笑みを浮かべ嬉しそうに湯呑を煽る、
「んー、なにこれ?なにこれ?美味しいー」
「だろー?」
「うん、ミルク?リンゴ?どっち?」
「どっちも、フルーツ牛乳っていうんだよ」
「フルーツ牛乳、これ好きー」
「だろうなー」
タロウがニコニコと微笑み、ミナはニパーと笑顔を浮かべる、しかし、
「・・・どしたの?」
流石のミナも食堂の雰囲気を察したらしい、すっかりと困惑している面々にその手を止めた、
「ん、ちょっとだけ難しい話し、ほら、次の番は誰だ、今日は取り合えずお風呂が先、こっちは後でゆっくり悩もうか」
タロウがパンパンと手を叩く、そこで漸く一同の金縛りは解けたようで、それぞれにそれもそうだと動き始め、
「ほら、サレバさんも、これは大事だから、取り合えず仕舞っておきなさい」
タロウが目線で壺を差し、そうですねとやっと腰を上げる、
「うん、まぁ、何とかなるよ、大丈夫、最悪売らなきゃいいんだしね」
タロウはアッハッハと笑うが、サレバにしてもコミンにしても知ってしまった以上気にはなる、第一村の事を考えれば活用しないという答えはありえない、
「確かにそうですよね」
カトカもタロウの言葉に納得してしまった、その金額と突然の話題であった為に度肝を抜かれたのであるが、よく考えればそれほど深刻になる事では無い、少なくとも自分には直接関係する事では無かった、しかし確かに先程の香りは素晴らしいもので、料理に使われれば上質になるであろう事は想像できる、
「そうですよね」
「そだね」
サレバとコミンは何とか笑顔を浮かべて納得する事にしたようで、
「さ、次は私達だ」
「うん、行こう」
二人は仲良く自室に戻り、すぐに脱衣室へと吸い込まれたのであった。
「うん、幸せー」
「ですねー」
「美味いのー」
第一次風呂部隊の四人は暖炉の前、若干距離を置かれた寝台に並んで腰掛け、湯呑を片手にぼんやりと寛いでいる、タオルを頭に巻き、その顔は上気してさらにツヤツヤと輝いていた、積年の垢が綺麗に落とされ、血行も良くなった証拠であろう、今入浴中なのは、ミナ、サビナ、ケイス、ミーンの四人となる、ソフィアが再び介助として手助けしており、何気に私が一番めんどくさい事になっているなと思いつつも口には出さない、明日以降は放っておいてもいいだろうとの思いと、やはり湯あたりの苦しみを知っている身としてはそれが何より気にかかるのであった、
「あっ、そうだ、忘れてた、サレバさんね、コミンさんでもいいけどさ」
とタロウがポンと手を叩く、
「はい、なんですか?」
サレバが勢いよく腰を上げ、カトカもキラリと目を輝かせる、どうやら今日のタロウからはもう少し何かを引き出せそうであった、
「あれ、あのリンゴのソース?あれに何か入れたって聞いたけど、どんなの?」
「リンゴのソース?」
「あっ、蒸しパンのですか?」
サレバは首を傾げ、コミンが質問を返す、
「そっ、学園で出してたやつ?あれ美味しかったね」
「わっ、ありがとうございます、そうなんです、美味しいんです」
「えへへー、タロウさんに褒められたー」
サレバがニコニコと踊りだす、全くもって落ち着きが無い、
「でね、あれってあれでしょ、特別な何か入れたでしょ」
「分かります?」
「凄いなー、流石タロウさんだー」
サレバはニヤリとほくそ笑み、コミンは満面の笑顔である、
「そうなんです、村の、というか、私の家の秘伝の粉なんです」
「うん、サレバの家の特製なんですよね」
「へー・・・まだある?」
「ありますよ、持ってきます」
サレバがダダッと個人部屋に走りすぐに戻って来た、手には小さな壺を手にしている、
「これです」
「ありがとう、ちょっと試していい?」
「はい、いいですよ、我が家秘伝の薬です、父ちゃんが持たせてくれたんです、これがあれば何でも家の味になるからーって」
サレバはニコニコと壺を差し出し蓋を外した、途端にフワリと刺激的な香りが漂う、
「うわっ、いい匂いだね・・・」
「そうなんです、カシアって呼んでます、作るの大変なんですよ」
「そうだよねー、良く手伝ってたー」
「そっか・・・」
とタロウは左目を閉じてじっくりと内容物を確認し、ゆっくりと小指を壺に差し入れると、その先に少量付いた茶色の粉を一嘗めする、
「ふふん、どうですか?」
「辛くないですか?」
二人はニコニコとタロウを見つめている、実家自慢の品である、実に誇らしげであった、
「うん・・・なるほど・・・」
タロウはこれだと確信してさてどうしたものかと腕を組んだ、
「・・・どうしました?」
「変ですか?」
二人は途端に顔を曇らせる、タロウが望むものと違ったのかと不安になったのである、カトカも不思議そうにタロウを見つめる、確かにその壺からはとても良い香りが漂っていた、甘さを感じるようなそれでいて爽やかなようなそれでいて鼻腔の奥に突き刺さるとても不可思議で心地良い香りである、
「ううん、変じゃないよ・・・うん、これね、俺の国だと、ニッキとかシナモンって呼んでいた品だね・・・」
タロウはジッと壺を見つめる、へー別の名前があったんだーとサレバとコミンは感心し、レインがピクリと反応して振り向いた、香りがそちらに届いた事もある、食堂内の面々がまた何か始まったと顔を上げた、
「でね、こっちではまだ流通してないんだよね、これ?」
「・・・はい、多分」
「うん、家で使う分しか作らないですしね」
「村でも作ってる所は少ないよね」
「サレバの所と、大きな農家くらい?他にも2・3軒あるかないかかな」
「そんなもんだと思うよ、多分・・・」
「だよねー」
サレバとコミンが顔を見合わせる、
「そっか・・・あのね、うーん、表現が難しいんだけど、うん、これ、売れるよ」
エッと二人の顔がタロウに向かい、カトカも急にどうしたのやらと眉根を寄せる、
「えっとね、この量だと・・・質もいいから・・・そうだね、場所によっては金貨一枚になるかな・・・」
エーーッと二人の叫びが食堂に響き、ガタリと腰を上げた生徒達が集まった、しっかりと聞き耳を立てており具体的な金額を明示されたら座っていられる筈も無い、
「どういう事ですか?」
唖然と言葉を無くした二人に代わってカトカが問い質す、
「うん・・・えっとね、俺がほら、いろんな国を歩いて来た事は話したでしょ」
タロウは壺に蓋をしてズリッとサレバに押しやった、他の生徒達はその壺かと視線を外す事が出来ず、しかし手を伸ばす者はいない、その辺は大変に行儀が良いと言える、
「はい、聞いてます」
「でね、とある国だと、これは香辛料っていう・・・塩とか酢とかと同じように料理に使われる調味料でね、実際ほら、サレバさんも料理に使ってたんでしょ」
タロウが問いかけると、サレバはコクコクと無言で頷いた、
「うん、この間みたくリンゴのソースに混ぜてもいいし・・・そうだな、温かいミルクにちょっとかけても美味しいんだよね、何に入れても美味しくなる・・・うん」
「あっ、それ私好きです、黒糖もちょっと溶かして、サレバの家でよく飲んでました、寒いときはそれをみんなで飲むんです、丸くなって」
コミンは自然と口を利けたようだ、サレバほどには衝撃を受けていないのであろう、
「そだね、他にもそうだな、ドーナッツにちょっとかけても美味しいし、焼き菓子に混ぜても美味しい、なにより香りがいいでしょ、甘さがあるのに爽やかで」
「確かにそうですね」
カトカが先程の香りを思い出す、匂いの記憶はすぐに朧気になるものだがその壺の香りは強烈で、すぐに思い出せた、
「うん、でね、その元になる木とその製法がかなり特殊でね、サレバさんは勿論知ってるでしょ?」
「・・・えっと、はい、その、木を切って・・・」
「あっ、それ以上は黙っていて、大事な機密」
「機密って・・・」
「そんなにですか?」
三人は改めて呆気にとられ、他の面々も目を細めている、
「うん、そこが大事でね、木もそうなんだけど作り方がわかっちゃうと価値が一気に崩れちゃう、それは現時点では不利益でしかないからね、だから、その国でもこれを生産している場所も製法も口外しないくらいに大事な秘密なのよ、だから、サレバさんもコミンさんも絶対に他人に話しちゃ駄目だよ」
タロウの剣呑な口調に二人はコクコクと頷いた、
「で、価値に関してなんだけど、そういう訳で大量には作ってないみたいなんだな、その国でもね、なんだけど、その国ではもう、これが無いと料理じゃないってくらい重宝されていてね、特に王様とかの料理では絶対必要で、庶民には手が出せない代物になってる、それはそれでどうかと思うけど、まぁ、ほら、美味しい物とか高価な物は偉い人達が持って行ってしまうものだから・・・さらに偉い人達同士で贈り合う品物としても重宝されて・・・そりゃ値段もあがっていくよね、使えば無くなっちゃう物だし・・・」
「それを、サレバさんの実家が作っていると・・・」
グルジアも参戦する、商売の話しとなれば口を出さざるを得ない、
「そういう事・・・どうだろう、サレバさんの村でこれの生産を増やす事って出来る?」
「・・・えっと・・・でも・・・どうだろう?」
先程までの威勢の良さをすっかりと無くしたサレバがコミンを伺った、コミンも、
「うん・・・生産は出来ると思いますけど・・・木は数本しかないです・・・と思います、山の奥にいけばあるのかな?危ないから入っては駄目って言われてますし・・・すいません詳しくないです・・・」
「そっか、そうだよね、うん、それは仕方ない・・・けど、うん、上手い事やれば大金持ちだよ」
タロウはニヤリと微笑んだ、場を和ませる為に優しく微笑んだつもりであったがまるで効果は無い、何も暗くなる話しでは無いのであるが二人にとっては寝耳に水どころか、まるで想像できない程に大きな話しであり、他の面々としては言わばきつねにつままれたような話しである、まさか目の前の小さな壺に金貨一枚の価値があろうとはまるで理解出来ず、さらにそれを先日の学園祭では結構な量使っている、グルジア等はこれは美味しくなると喜んでしまい、同じ大きさの壺を丸々一個消費してしまったのだ、
「その上手い事が難しそうですね」
カトカは冷静であった、この場にいる大人はタロウと自分とグルジアだけである、ユーリとゾーイはじゃんけんに負けた為、最後になるなら呼びに来てと三階に上がってしまっていた、
「そだね、流通とかが問題かな・・・一番めんどくさい所、でもそうだなー、都市国家だっけ、そっちの商人に売れれば売れると思うよ、喜んで買っていくだろうね」
「それがありますね」
グルジアも口を挟む、グルジアの生家も都市国家の商人と取引がある、故に商売にしようと思えば可能は可能であり、独自の流通網も持っている、ヘルデルの大商家は伊達ではなく、レイナウトの関係もあり大変に手広くやっていた、
「まっ、そういう訳だから、俺もね、これもそうだし他の香辛料を探していたんだよ、料理が格段に美味しくなるからね、でも、これがこっちでも採れるとなると楽しくなるね、一気に料理が変わっていくぞ」
「えっと・・・」
「その・・・」
「どうしたらいいんでしょう?」
サレバとコミンが顔を見合わせてからタロウに問いかける、特にサレバは村の発展を第一に考えて都会に出て来た孝行娘であった、もやしにしろ先程のヘチマにしろ、牛や豚にしろこれは村でも活用できると、学園に通う事、さらにはタロウと知り合った事を心底感謝していたのである、しかし、ひょんなことからこれである、どうやらサレバの村にはとんでもないお宝が眠っていたようであった、
「そだねー・・・具体的にとなると・・・まずは実家に報告して・・・生産に関して安定させて、まぁ、保存が利く品だからね、作り置きできるのが利点と言えば利点、その上で信用できる商会?を間に入れて、ほら、金貨一枚って言っちゃったけどさ、それは市場価格ってやつだから、それでもね、商会に対してはその半分でも売れると思うしね、その前にこっちの王族とか貴族とかに売り込んでもいいと思うよ、その伝手はあるからさ」
タロウはニンマリと微笑む、クロノスやらカラミッド、レイナウトらを巻き込んだ方が確実は確実である、まして別に他国に流す必要はなく、王国内で需要を作ればそれなりの高値になろう、サレバの実家が必要以上に欲をかかず、地道にやる事を忌避しなければとの条件もつくが、
「それが良いと思います、そのこちらで使う事の方ですね」
グルジアがうーんと首を捻る、他国への物資輸送はかなり難しい、何より手間と時間が恐ろしくかかり、それがそのまま原価に上乗せされるのが当然で、タロウの言う金貨一枚も恐らく流通経費が乗っかった上での価格であろうなと判断した、それはまさに正しい見解で、それと同時に都市国家の商人達の悪名を思い出す、彼等は俗に汚いと評される程の商売人で、良い噂はまったく無いが、悪い噂は腐るほどある、生家でもその点を気を付けて対応していた、
「そだね、そうなると・・・」
とタロウがどうしたものかなと天井を仰ぐ、すると、
「出たー」
ミナがタオルを頭に巻いてダダッと駆けて来た、
「あら、お疲れ、どうだった?」
タロウがニコリと微笑む、
「気持ち良かったー、メダカ可愛いー」
「あー、それは君が作ったんだろ」
「うん、いい出来だったー、えっと、飲んでいい?いい?」
「うん、どうぞ、ほれ、暖炉の前でゆっくりしなさい」
「ワカッター」
ミナは勢いそのままに湯呑を手にし、ルルが水差しを傾けた、ミナはありがとうと笑みを浮かべ嬉しそうに湯呑を煽る、
「んー、なにこれ?なにこれ?美味しいー」
「だろー?」
「うん、ミルク?リンゴ?どっち?」
「どっちも、フルーツ牛乳っていうんだよ」
「フルーツ牛乳、これ好きー」
「だろうなー」
タロウがニコニコと微笑み、ミナはニパーと笑顔を浮かべる、しかし、
「・・・どしたの?」
流石のミナも食堂の雰囲気を察したらしい、すっかりと困惑している面々にその手を止めた、
「ん、ちょっとだけ難しい話し、ほら、次の番は誰だ、今日は取り合えずお風呂が先、こっちは後でゆっくり悩もうか」
タロウがパンパンと手を叩く、そこで漸く一同の金縛りは解けたようで、それぞれにそれもそうだと動き始め、
「ほら、サレバさんも、これは大事だから、取り合えず仕舞っておきなさい」
タロウが目線で壺を差し、そうですねとやっと腰を上げる、
「うん、まぁ、何とかなるよ、大丈夫、最悪売らなきゃいいんだしね」
タロウはアッハッハと笑うが、サレバにしてもコミンにしても知ってしまった以上気にはなる、第一村の事を考えれば活用しないという答えはありえない、
「確かにそうですよね」
カトカもタロウの言葉に納得してしまった、その金額と突然の話題であった為に度肝を抜かれたのであるが、よく考えればそれほど深刻になる事では無い、少なくとも自分には直接関係する事では無かった、しかし確かに先程の香りは素晴らしいもので、料理に使われれば上質になるであろう事は想像できる、
「そうですよね」
「そだね」
サレバとコミンは何とか笑顔を浮かべて納得する事にしたようで、
「さ、次は私達だ」
「うん、行こう」
二人は仲良く自室に戻り、すぐに脱衣室へと吸い込まれたのであった。
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Sランク昇進を記念して追放された俺は、追放サイドの令嬢を助けたことがきっかけで、彼女が押しかけ女房のようになって困る!
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シロウ・オルダーは、Sランク昇進をきっかけに赤いバラという冒険者チームから『スキル非所持の無能』とを侮蔑され、パーティーから追放される。
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そうとは知らずに、彼を追放した赤いバラは、今までシロウのサポートのお陰で強くなっていたことを知らずに、ダンジョンに挑む。だが、初めての敗北を経験したり、その後借金を背負ったり地位と名声を失っていく。
一方自由になったシロウは、新な町での冒険者活動で活躍し、一目置かれる存在となりながら、追放したマリーを助けたことで惚れられてしまう。手料理を振る舞ったり、背中を流したり、それはまるで押しかけ女房だった!
これは、チート能力を手に入れてしまったことで、無能を演じたシロウがパーティーを追放され、その後ソロとして活躍して無双すると、他のパーティーから追放されたエルフや魔族といった様々な追放少女が集まり、いつの間にかハーレムパーティーを結成している物語!
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