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本編

69話 お風呂と戦場と その1

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翌日早朝、

「おう、タロウ、来たか」

ここ数日の日課に従ってタロウが荒野の施設に顔を出すと、ルーツが憤然と腰を上げた、昨日のような余裕が無く、珍しくも険しい顔である、元々痩せて無骨な顔がさらに厳めしくなっており、タロウは子供が見たら泣くな等と思ってしまうが、取り合えず、

「?なんかあったか?」

と小首を傾げた、ルーツに怒鳴られるような事は何もしていないと思われる、少なくとも昨日は気持ち良く別れた筈であった、

「あったんだよ、取り合えず来い、見たほうが早い」

ルーツは壁に並んだ転送陣の一つを作動させ、二人はそのまま荒野へと降り立った、そこには、

「うわっ・・・何だこれ・・・」

タロウは眼前に広がる光景に目を丸くし、

「だろ、なんだと思う?」

ルーツはフンスと鼻息を荒くする、

「いや・・・なんだこれ?爆発跡?」

「お前もそう思うか?」

「うん、火事の跡みたいだな・・・しかし・・・広すぎないか?」

「だよなー・・・」

とルーツはしゃがみ込んで足元の土塊を手にとった、二人の前には広く巨大な焼野原が広がっていた、真っ黒く焦げた大地が延々と続き、少なくとも見える範囲全てが黒い、単純な目測であればモニケンダムの街はすっぽりと収まるであろう、もしかしたら王都全体が収まってもおかしくない、タロウは某ドームで計算したら何個分になるのだろうかと実に詮無い事を考えてしまった、さらに驚くべきはその地には荒野特産である巨大な岩塊が見当たらなかった、恐らく存在はしていたのであろうが灰に埋もれたか薙ぎ倒されたのか、只々広い見事な平野が黒一色で広がるばかりなのである、

「でな、事の次第としてはだ・・・」

とルーツはしゃがんだまま説明を始める、要約すれば簡単で昨日の夕刻の報告でこの地の発見が伝えられたらしい、ルーツは暗がりの中確認し、今朝も一度確認に赴いたのであるがただ見ただけではその原因等分かりようも無かった、取り合えず調査隊には先に進むように指示し、調査隊は歩きやすいからとの事でこの焼け跡を縦断する事とし、ルーツもそれを許可している、その道程で何か発見する事があれば原因究明の役にも立つであろう、さらに見晴らしも各段に良い為接敵の際にも対処は容易い、ただしその場合、向こうもこちらを視認している事になる、大部隊が動いていたら逃げ帰れとルーツは厳しく言い含めていた、

「なるほど・・・うーん」

タロウは左目を閉じて足元から地平線までをゆっくりと見渡した、しかしそれで分かる事は少なかった、何より観察対象が絞れない、土を見るべきか全体を見るべきか、土だけを見れば単純な焼け跡である、荒野に僅かに生えた下草が根っこ迄燃えており、それと同時に土壌も炎で焙られたかのように焼け焦げていた、足元を少しばかり蹴り掘ればところどころに硬い部分があり、それが巨岩の天井部分であると知れた、つまり巨岩が無くなっているわけでは無く、その上部が削り取られているのである、恐ろしく巨大な力でもって、あの巨岩の構造でこのような事態になるのであろうかとタロウは首を捻る、益々以て分らなかった、

「中心部になるものも無いのかな?」

「それは分らん、調査隊の報告を待とう」

「そうなるか・・・いや、しかし、何だこれ?」

「お前でも分らんのか?」

「うん、わからん」

「ハッキリ言うな・・・」

「だってさ、こんなもんお前・・・俺だって初めて見るんだぞ」

「だろうな、いや・・・ほら、山火事?とかであればまだわかるんだがさ」

「その通りだな、焼け跡には違いなくて・・・しかし、荒野はだって焼けるようなものが無いだろ?」

「そこだよ、雑草に油を撒いて焼いたとしてもこうはならん・・・と思う」

「だよな・・・って事は魔法か?」

「そう思うんだがさ、これほどの魔法、お前さんでも無理じゃないか?」

「まずな・・・第一意味がないよ、何の為にこんな事をする必要がある」

「そう思うよなー」

「うん、まったく意図が分らん、魔法・・・だとして、なんかの実験か?」

「そうかもしれんが帝国は魔法を使わんのだろう?」

「それは確実だ」

「なら、どこの誰だよ、こんなアホウな事をするのは」

「・・・誰だろうな・・・」

とタロウは左目を閉じたまま押し黙った、

「まったく、まぁ、こっちとしてはこういうのがありましたで済ましてしまっていいとは思うが、これの原因を探れなんて言わねぇだろうな、あの大将はよ・・・」

ルーツがやれやれと腰を上げた、自分はあくまで斥候であり、今現在の生業は熟練兵士の派遣業を隠れ蓑にした情報収集である、まさかそんな自分にどこぞの学者様のような研究調査を依頼する事は無いと思うが、王族は時折常識の無い事を突拍子も無く言い出すもので、それに振り回されることにはまだ慣れていない、というよりも慣れない、

「あっ・・・」

しかしそこでタロウが両の目を見開いて口元を大きく歪ませた、

「ん?なんかあるのか?」

「・・・ある・・・と言えばある・・・いやしかし・・・」

タロウの顔から徐々に血の気が引き、

「もしかして・・・いや、それでも・・・いや、それしかないか・・・いや、まさか・・・」

とその心中では葛藤が繰り返されている、

「なんだよ、心当たりがあるのかよ」

ルーツがジロリとタロウを睨んだ、

「心当たり・・・うん、心当たりはある」

タロウが焼野原を睨んでハッキリと言い切った、

「なんだよ、これもお前のせいか」

やれやれとルーツは呆れて溜息を吐いた、まさかとは思っていたが、ここまで常識外れな奴だとは思っていなかった、何より本人が結果を把握していないとは無責任にも程がある、いくら人の居ない荒野の只中であるとはいえ、それを戯れに焼き払う必要は皆無で、その必要も無いであろう、遊びでやったにしては質が悪すぎるし、余りにも悪趣味であった、

「いや、俺のせいだが、俺がやったんじゃない・・・と思う」

「なんだよそれ?」

「いや・・・うん、これ、殿下だ」

「殿下ぁ?クロノスか?」

「いや、イフナース殿下・・・」

「はぁっ?」

ルーツの驚愕の叫びが焼野原に大きく響いた。



その頃寮である、学生達は学園に向かい、エレインも事務所に入った、ソフィアは洗い物を終えてさて掃除かしらと気合を入れた所に来客である、ライニールであった、

「あら・・・おはよう、早いわね」

ソフィアは玄関先に立つ申し訳なさそうな暗い顔のライニールに軽く驚いた、いくら仲が良いとは言えまだ公務時間前である、来客としては礼を失していると非難されてもおかしくない時間帯で、無論その程度の事はライニールは理解しているであろう、

「はい、その・・・大変に申し訳なく思っております」

ライニールはその心中を素直に口にした、

「訳あり?」

「・・・その通りでして・・・」

ライニールはあからさまな溜息を吐いた、朝早くに顔を出してそればかりか面と向かって溜息を吐くなど普通では無い、ソフィアはまぁいろいろあるわよねと思いつつ、取り合えずどうぞと誘う、ライニールは神妙に頭を下げて街路に戻った、どうやらレアンも来ているらしい、ソフィアは、

「ミナー、お嬢様よー」

と食堂に声をかけた、

「えっ、ホント?」

ミナがピョコンと顔を上げる、暖炉の前の寝台の上、すっかりお気に入りの定位置となっており、今日も食事を終えるとすかさず飛び乗って優雅に書を開いている、その前はポンポンと飛び跳ねて遊んでおり、レインにどやされていた、

「ホント、あー、それ片付けようかしら?」

ソフィアは流石にだらしないなと首を傾げた、タロウ曰くの寝台の使い心地の調査は概ね終わっている、誰も文句を言う事は無くそれどころか誰もが欲しいと騒ぎ出すほどに好評であった、他に調査が必要であるとすれば耐久性であろう、しかしそれもミナがふざけて飛び跳ねようが、ミナとジャネットが喧嘩しようが、数人が横になろうがギシギシと悲鳴は上がるが壊れるような事は無い、単に見えないだけかもしれないが、寝台として使うだけであれば充分な耐久性であると見なして構わないとも思う、

「えー、やだー、これ、ミナのー、ミナの寝台ー」

ミナがその思惑を察してギャーギャー騒ぎ出し、

「むっ、それは宜しくないぞ」

とレインまでが顔を上げてソフィアを睨みつける、どうやらその寝台の魅力に取りつかれたのはレインも同様のようで、レインもまたミナ程では無いにしてもその定位置は寝台の上になっていた、今もミナと共に書を開いている、仲の良い事であった、

「宜しくないわけないでしょ、だらしない」

「ブー、ちゃんと勉強しているでしょー」

「そうじゃぞ、快適な居場所を奪うでない」

「そういう問題じゃないでしょ、レインまで何を考えているの?寝台から下りないつもり?」

「下りているじゃろが」

「そうだ、そうだ、ちゃんと下りてるー」

「当たり前よ、もう、折角二人の部屋に運ぼうかと思ってたんだけど・・・どうしようかしら・・・」

「・・・それならいいよー」

「うむ、それは悪くない」

二人はケロッと落ち着いた、どうやら取り上げられると思ったらしい、実に意地汚く現金なもので、

「もう、まぁ、タロウさんと相談しましょう、それは試作品らしいからね」

ソフィアがフンスと鼻息を荒くすると、

「何がじゃ?」

とその背中に問いかける者があった、

「あら、お嬢様おはようございます」

ソフィアはパッと振り返り、

「あっ、お嬢様ー、おはよー」

とミナは寝台の上でボインボインと弾んで見せた、

「こりゃ、跳ねるな」

「やだー、お嬢様と遊ぶのー」

「ええい、落ち着けー」

ミナとレインがギャーギャーと騒ぐ中、レアンはまったくと腰に手を当て御立腹の様子である、さらに、ユスティーナとマルヘリートも顔を出した、

「あら、皆様でどうしたんです?」

ソフィアは心底不思議そうに一行を見つめた、寮の見学として風呂やらその仕組みやらの説明の為に招待はしているが、それは明後日の予定である、ソフィアは一瞬日付を間違えたかしらと思うが、

「ごめんなさいね、ソフィアさん、レアンがもう昨日から落ち着かなくて」

ユスティーナも辟易とした顔である、

「そうなんです、そういう事もあるでしょって言っても聞かなくて・・・」

マルヘリートまでが疲れた顔であった、

「しかしですね」

レアンは猛然と振り返った、その大声にミナとレインはどうしたのかと黙ってしまい、ソフィアにしてもまた癇癪かしらと眉根を寄せる、そして、

「ソフィアさん、どういう事か説明してほしい」

とレアンはソフィアを見上げた、その瞳は真剣なもので、感情の爆発でそうなっているようには見えなかった、少なくともしっかりと思慮があるように見える、以前のような不安定なレアンでは無いと思われる、

「えっと、まぁ、私に答えられることであれば・・・」

「うむ、ありがたい、クロノス殿下の事でな」

レアンはジッとソフィアを見つめる、ソフィアはあーそういう事かと納得し、

「うーん、となると長くなりそうねー、じゃ、取り合えずお茶を淹れましょうか・・・落ち着いてお話したいでしょ」

とニコリと笑顔を見せた、

「そうしてくれるとありがたい」

しかしレアンはどこまでも厳しい表情で、ソフィアはこうなるとさて誰にどうおっ被せようかなと悩みながら厨房へ入るのであった。
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