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本編
68話 冬の初めの学園祭 その21
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「それでは、皆々様、バーク魔法学園、学園祭に御足労頂きました事心より御礼申し上げます」
舞台に立った学園長が大きくゆっくりと頭を垂れた、生徒達と見物客の視線が集まり、来賓席と二階の貴賓室からも熱い視線が注がられる、
「この時期、今日もそうですが雨と雪が心配され、さらに寒くなって来ております、祭りと称するにはやや不適な時節、それでも尚、これだけのお客様を迎え入れられたこと神々に感謝する他無いと感激しております」
学園長のやや甲高い良く通る声が静まり返った内庭に響いている、学舎内と街道から響く見物客の喧噪や屋台の呼び込みの声、それらは未だ祭りの只中である事を感じさせ、しかしながら内庭に集った面々はどうやらこれがこの祭りの閉めの挨拶なのであろうなと理解できた、これは何気に珍しい事でもある、他の祭りであれば神殿での恒例行事の後は勝手に楽しめとばかりにほったらかしにされるもので、わざわざ祭りの終幕を告知する事も締めの挨拶等も無いのが当たり前であった、それは街全体が祭りの会場と見立てられているからで、中心となる会場で終わりを宣言したところで街全体の祭りの雰囲気が途絶えるわけでは無い事に起因する、モニケンダムの祭りとはその主催がどう主張しようがそれは二の次になってしまうもので、月に一度の馬鹿騒ぎを楽しむ為の口実でしかない、モニケンダム市民はそう解釈しており、全力で祭りに取り組んでいる、実に逞しく鷹揚で朗らかで自分勝手であった、
「・・・話しが長くならなければいいのですけど・・・」
二階の貴賓室でフィロメナが己が夫を冷ややかに見下ろした、
「そうね、どうにもあれね、気持ち良く喋り過ぎるのよ」
「ホントね、楽しそうにしちゃってまったく・・・」
フィロメナとフロリーナの辛辣な言葉にボニファースは自身の事を思い浮かべて冷や汗を感じてしまった、ボニファースもまたこういった挨拶となると長くなる、若い頃はそうでもなかったと思うし、めんどくさいと適当に手を振って終わらせた事もあるが、年を取るにつれあれもあったこれもあったとついつい話しが長くなる、どうやら老化とはそういうものらしい、挙句立場上諫める者は少なく、壇上にあっては止める者も無い、困ったものである、
「まぁまぁ、晴れ舞台ではないですか」
マルルースが優しく微笑み、
「そうね、この学園祭はとても有意義でしたわよ、お二人も楽しんだでしょう」
エフェリーンも微かに微笑む、王妃二人と老婦人は一緒に祭り見物としゃれこんだのであるが、年齢を忘れてはしゃぐ老婦人に王妃二人もつられるようにはっちゃけてしまった、同行したアフラが諫め、ウルジュラがメイドと共に距離を置くほどに目立ってしまい、これはいけないと四人は意識して自重する有様であった、
「そうですわね、それはその通りです」
「はい、エフェリーン様、マルルース様、お誘い頂きました事、心から感謝致します」
老婦人二人はそこで静かに頭を垂れた、
「何を言うの、珍しい、普段のようにギャーギャー騒がしくないと、お迎えの馬車の呼び鈴が聞こえたのかと思うわよ」
お迎えの馬車の呼び鈴とは死期を知らせる言い回しである、
「それもそうね」
「ですわね」
ヒョイと顔を上げる二人であった、
「ふふっ、あっ、終わりましたわよ」
マルルースが舞台を見つめて誰にともなく呟く、学園長の挨拶は懸念されるほどには長くなかったようで、学園長の招きによってカラミッドが舞台に立った、そして、
「皆、学園祭を楽しんだものと思う」
カラミッドがゆっくりと語りかける、学園長とは違い落ち着いた低く響く声であった、やや聞きづらいかと感じられ、それ故か見物客は皆より静まり返り集中している様子である、
「儂もゆっくりと見物させて貰った、これほどに知的で興味深くかつ目新しい祭りは初めての経験である、この光柱にしろ、新しい家畜にしろ魔法の研究にしろだ、文化の祭りとは言い得て妙・・・学園の存在とその有用性が遺憾なく発揮された素晴らしい催し物であったと感じた、モニケンダムの領主として心底感心しそして誇り高く感じられた・・・大変に嬉しく思う」
見事な誉め言葉である、見物客は確かにとウンウンと頷き、学生達は口には出さずとも心の中で快哉の声を上げた、御領主に直に褒められたのである、これほど誇らしく嬉しい事は無い、
「・・・随分と機嫌が良いな」
「まぁ、そうであろう」
ボニファースとイフナースはどこまでも冷徹であった、しかしカラミッドとモニケンダムの置かれた情勢を考えればカラミッドの言葉は正に本音であろうと感じられる、モニケンダムはどうしてもヘルデルに従属する辺境の一都市に過ぎない、そこそこ都会であるがその歴史も他の都市に比べれば短く、先の大戦時には弱兵として謗られる始末であった、糧食や物資の提供で大戦を下支えしたという事実は勿論あるのであるが、それを評価しているのは軍の高官や為政者の一部しかなく、どうしても兵を派遣し、命を落とした者達に称賛の声は集まるもので、カラミッドとしては致し方ないと口元を引き締めて耐えていた時期もある、無論、レイナウトや現公爵であるクンラートには重用されているが、巷の雑言は耳にしてしまうもので、こればかりは如何ともしがたかったのだ、しかし、その正当な評価を得られていなかったモニケンダムにあってこれほどの文化が一気に花開いているのである、光柱にしても奇妙であるが美味な料理にしても魔法に関しても建設に関してもモニケンダムにはあるが王都には存在しない物ばかりであった、それらは惜し気も無く開陳され、さらにこれからの活用にも積極的となっている、学園の存在価値が一気に高まった祭りであり、と同時にモニケンダムの、特にクレオノート家の治世がそれを支えたと言っても過言では無くその治世方針が正しかったとの証明でもある、ただ惜しむらくはその中心人物が高々数人である事であろうか、それも見事に王国側の人間である、カラミッド自ら目をかけていた人物は何とも精彩を欠いている、カラミッドはその事実もまた把握し、現実の事と受け入れるに至り、口には出さないが人材育成が次の課題だなと決意していたりもする、
「以上、あまり長くなってもな、儂も舞台が楽しみだ」
カラミッドはニヤリと微笑み挨拶を切り上げた、学園長とほぼ変わらない長さであったが、何気にカラミッドが直接市民に言葉を掛ける事は少ない、見物客達はその微笑みに拍手でもって歓声に代えた、そして、
「では、更なる来賓をご紹介致します」
カラミッドが舞台の手前に避け、学園長が中央に戻った、カラミッドが壇上から下りないのを観客は不思議そうにしており、いくつかの視線が来賓席に向かう、そちらから誰かしらが挨拶に立つものと思ったのだ、しかしその席に座る老人も御婦人方も腰を上げる事は無く、御婦人方もまた観客同様に不思議そうに舞台を見ている、どうやら知らされていないらしかった、
「学園祭の為にお越し頂きました、クロノス・アウル・ロレンシア王太子殿下、ウルジュラ・フォル・グランセドラウル王女殿下でございます」
学園長が長たっらしい二つの名前を呼びあげた、観客は一瞬ポカンとし、そして、ザワザワと騒ぎ出す、クロノスの名は王国中に知れ渡っている、それも当然であった、魔王を討ち倒した英雄であり、没落した貴族出身にも関わらず王太子にまで上りつめた傑物である、彼を主役にした演劇は数えられないほど創作され、数えられないほど上演されている、さらにウルジュラの名前も広く知られていた、生粋のお姫様であり人前に出る事はなく、その姿を見た者も少ないとされる人物で、その姉であるパトリシアと共に王国の花と評されている、
「どういうことかしら?」
マルヘリートが思わず呟く、
「そう・・・ですね、聞いてませんわね」
ユスティーナも急に何を言い出すのかと眉根を寄せ、
「ふむ、賑やかしかな?趣味の悪い」
レアンはあからさまに顔を顰めた、冗談にしては質が悪すぎる、いくら王国立の学園であるとはいえ、冗談としても言って良い事と悪い事があろう、取り上げた人物名も宜しく無い、かたや貴族平民を問わず人望熱い英雄と、かたや貴族平民を問わず憧れの人物である、
「・・・まぁまぁ・・・そうか・・・主らは初めてになるのだな・・・」
レイナウトが涼しい顔で微笑む、
「どういう事ですか?」
三人の視線がレイナウトに向かうと同時に、ワッと歓声が上がった、三人が舞台に視線を戻すと、いかにも貴族然として威風堂々とした巨漢が舞台に上がる所で、その後ろには上品な御令嬢の姿がある、そしてその側にはユーリの姿があった、
「むっ?」
レアンは首を傾げ、
「エッ・・・」
とユスティーナは言葉を無くす、その壇上に向かう二人は幾度か会っている、共に食事をした筈で、それも寮の食堂やら裏山やら、とても王族がいるとは思えない場所でである、
「盛況だな、学園長」
舞台の中央に立つとクロノスはニヤリと学園長に微笑みかけた、学園長は静かに頭を垂れる、それからクロノスはゆっくりと観客を睥睨した、不思議そうに見上げる者、口を開けて唖然としている者、事の真偽を見抜こうと鋭い視線を向ける者、様々な形でもって困惑している様が一望出来た、しかし共通しているのは皆静かにクロノスの言葉を待っている事である、観客から見れば光柱を背にしたクロノスはまさにその英雄の名に相応しく堂々と威厳に満ちており、その隣りの王女はまた楚々とした佇まいと控えめであるが美しい笑みを湛え王女とはかくあるべしと高貴な雰囲気を醸し出している、ウルジュラも黙って背筋を伸ばし、優しく微笑めばやはりれっきとした王女なのであった、
「まずはだ」
クロノスは口を開いた、ハキハキとして良く通り魂に響く重い声である、
「私が北ヘルデル領主、ロレンシア王太子である」
沈黙が降りた、それは学園長からの紹介もあり、そうなのであろうとしか答えようがない、観衆はまずその真偽をこそ知りたいと望んでいるのであるが、どうすればそれが証明できるのかまるで分らなかった、
「むっ、難しいかな?」
クロノスは首を傾げる、相手が軍団兵であればこの一言で歓声の渦に包まれる筈で、それはその状況だからこそなのであろう、今この状況にあっては、誰もクロノスの顔を知らず、さらにこのような場に英雄であるその人が姿を現すなど誰も思っていないのだ、さらに王族がモニケンダムを訪れている等という噂も話題もまったく存在していない、モニケンダムがいくら都会と称される部類の街であったとしても、流石に王族が訪問しているとなれば騒ぎになるのは必然で、勿論であるがそれだけでお祭り騒ぎになった筈である、そしてクロノスがさてどうしようかと口を開きかけると、
「確かに、英雄クロノスだ、クロノス王太子殿下だ」
観衆の中から野太い声が響いた、
「そうだ、英雄だ、お見かけした事がある、英雄クロノスだ、王太子殿下だ」
さらに別の野太い声が響いた、その二つは恐らく先の大戦の功労者であろう、クロノスの顔を知る軍団兵経験者がこの街にもいる事は当然のことである、すると観衆はザワザワと騒がしくなった、そして、
「皆の者、儂が保証しよう、この方こそ、英雄クロノス、その人である」
カラミッドが苦笑いを浮かべながら進み出て宣言した、エッと観衆の視線がカラミッドに向かい、やがてそれはクロノスに向けられる、クロノスは、
「まったく、すまんな伯爵」
とニヤリとカラミッドに微笑み、
「改めてだ、私がロレンシア王太子である」
と宣言し、そこでやっと観衆は大きな歓声を上げた、観客席に座っていた者は腰を上げ、立ち見の者達はより近くで見ようと蠢きだす、警備の衛兵達が慌てて押し留めた、なにしろその警備の衛兵達もポカンとクロノスを眺めてしまっていたのだ、危うく暴動になる所である、
「突然の事で驚かせたな、国民諸君、今日は朝からゆっくりと楽しませてもらったぞ」
とクロノスは右手を掲げ歓声を強引に落ち着かせて話しだす、
「始めはな、お忍びのつもりだったのだがな、学園長がどうしてもと言い出してな、こうして挨拶をするに至っている、それと本来であれば妻が同席する予定であったのだがな、身重でな、故に義妹と共に上がらせてもらった」
クロノスが一旦言葉を区切ると、オオッと驚きの声が上がる、身重であるとの一言がその原因であろう、それはそのまま王族待望の世継ぎの誕生を示唆するもので、慶賀すべき喜ばしい一事であった、そしてクロノスは学園長に労いの言葉を伝え、カラミッドを呼び寄せると、
「クレオノート伯、このモニケンダムの地は素晴らしいな、民は活気があり、皆肥えている、見る限り瘦せぎすの民がいない、何よりも食い物が旨い」
ガッハッハと笑うクロノスにカラミッドはゆっくりと低頭し、
「このような辺境にお越し頂いた事大変光栄に思います」
慇懃な短い言葉を返した、
「うむ、良き祭りと良き民と良き為政者に、王国も貴様を見習わねばならん」
クロノスはその太い腕をスッと差し出した、カラミッドは短くコクリと頷くとその手を力強く掴むのであった。
舞台に立った学園長が大きくゆっくりと頭を垂れた、生徒達と見物客の視線が集まり、来賓席と二階の貴賓室からも熱い視線が注がられる、
「この時期、今日もそうですが雨と雪が心配され、さらに寒くなって来ております、祭りと称するにはやや不適な時節、それでも尚、これだけのお客様を迎え入れられたこと神々に感謝する他無いと感激しております」
学園長のやや甲高い良く通る声が静まり返った内庭に響いている、学舎内と街道から響く見物客の喧噪や屋台の呼び込みの声、それらは未だ祭りの只中である事を感じさせ、しかしながら内庭に集った面々はどうやらこれがこの祭りの閉めの挨拶なのであろうなと理解できた、これは何気に珍しい事でもある、他の祭りであれば神殿での恒例行事の後は勝手に楽しめとばかりにほったらかしにされるもので、わざわざ祭りの終幕を告知する事も締めの挨拶等も無いのが当たり前であった、それは街全体が祭りの会場と見立てられているからで、中心となる会場で終わりを宣言したところで街全体の祭りの雰囲気が途絶えるわけでは無い事に起因する、モニケンダムの祭りとはその主催がどう主張しようがそれは二の次になってしまうもので、月に一度の馬鹿騒ぎを楽しむ為の口実でしかない、モニケンダム市民はそう解釈しており、全力で祭りに取り組んでいる、実に逞しく鷹揚で朗らかで自分勝手であった、
「・・・話しが長くならなければいいのですけど・・・」
二階の貴賓室でフィロメナが己が夫を冷ややかに見下ろした、
「そうね、どうにもあれね、気持ち良く喋り過ぎるのよ」
「ホントね、楽しそうにしちゃってまったく・・・」
フィロメナとフロリーナの辛辣な言葉にボニファースは自身の事を思い浮かべて冷や汗を感じてしまった、ボニファースもまたこういった挨拶となると長くなる、若い頃はそうでもなかったと思うし、めんどくさいと適当に手を振って終わらせた事もあるが、年を取るにつれあれもあったこれもあったとついつい話しが長くなる、どうやら老化とはそういうものらしい、挙句立場上諫める者は少なく、壇上にあっては止める者も無い、困ったものである、
「まぁまぁ、晴れ舞台ではないですか」
マルルースが優しく微笑み、
「そうね、この学園祭はとても有意義でしたわよ、お二人も楽しんだでしょう」
エフェリーンも微かに微笑む、王妃二人と老婦人は一緒に祭り見物としゃれこんだのであるが、年齢を忘れてはしゃぐ老婦人に王妃二人もつられるようにはっちゃけてしまった、同行したアフラが諫め、ウルジュラがメイドと共に距離を置くほどに目立ってしまい、これはいけないと四人は意識して自重する有様であった、
「そうですわね、それはその通りです」
「はい、エフェリーン様、マルルース様、お誘い頂きました事、心から感謝致します」
老婦人二人はそこで静かに頭を垂れた、
「何を言うの、珍しい、普段のようにギャーギャー騒がしくないと、お迎えの馬車の呼び鈴が聞こえたのかと思うわよ」
お迎えの馬車の呼び鈴とは死期を知らせる言い回しである、
「それもそうね」
「ですわね」
ヒョイと顔を上げる二人であった、
「ふふっ、あっ、終わりましたわよ」
マルルースが舞台を見つめて誰にともなく呟く、学園長の挨拶は懸念されるほどには長くなかったようで、学園長の招きによってカラミッドが舞台に立った、そして、
「皆、学園祭を楽しんだものと思う」
カラミッドがゆっくりと語りかける、学園長とは違い落ち着いた低く響く声であった、やや聞きづらいかと感じられ、それ故か見物客は皆より静まり返り集中している様子である、
「儂もゆっくりと見物させて貰った、これほどに知的で興味深くかつ目新しい祭りは初めての経験である、この光柱にしろ、新しい家畜にしろ魔法の研究にしろだ、文化の祭りとは言い得て妙・・・学園の存在とその有用性が遺憾なく発揮された素晴らしい催し物であったと感じた、モニケンダムの領主として心底感心しそして誇り高く感じられた・・・大変に嬉しく思う」
見事な誉め言葉である、見物客は確かにとウンウンと頷き、学生達は口には出さずとも心の中で快哉の声を上げた、御領主に直に褒められたのである、これほど誇らしく嬉しい事は無い、
「・・・随分と機嫌が良いな」
「まぁ、そうであろう」
ボニファースとイフナースはどこまでも冷徹であった、しかしカラミッドとモニケンダムの置かれた情勢を考えればカラミッドの言葉は正に本音であろうと感じられる、モニケンダムはどうしてもヘルデルに従属する辺境の一都市に過ぎない、そこそこ都会であるがその歴史も他の都市に比べれば短く、先の大戦時には弱兵として謗られる始末であった、糧食や物資の提供で大戦を下支えしたという事実は勿論あるのであるが、それを評価しているのは軍の高官や為政者の一部しかなく、どうしても兵を派遣し、命を落とした者達に称賛の声は集まるもので、カラミッドとしては致し方ないと口元を引き締めて耐えていた時期もある、無論、レイナウトや現公爵であるクンラートには重用されているが、巷の雑言は耳にしてしまうもので、こればかりは如何ともしがたかったのだ、しかし、その正当な評価を得られていなかったモニケンダムにあってこれほどの文化が一気に花開いているのである、光柱にしても奇妙であるが美味な料理にしても魔法に関しても建設に関してもモニケンダムにはあるが王都には存在しない物ばかりであった、それらは惜し気も無く開陳され、さらにこれからの活用にも積極的となっている、学園の存在価値が一気に高まった祭りであり、と同時にモニケンダムの、特にクレオノート家の治世がそれを支えたと言っても過言では無くその治世方針が正しかったとの証明でもある、ただ惜しむらくはその中心人物が高々数人である事であろうか、それも見事に王国側の人間である、カラミッド自ら目をかけていた人物は何とも精彩を欠いている、カラミッドはその事実もまた把握し、現実の事と受け入れるに至り、口には出さないが人材育成が次の課題だなと決意していたりもする、
「以上、あまり長くなってもな、儂も舞台が楽しみだ」
カラミッドはニヤリと微笑み挨拶を切り上げた、学園長とほぼ変わらない長さであったが、何気にカラミッドが直接市民に言葉を掛ける事は少ない、見物客達はその微笑みに拍手でもって歓声に代えた、そして、
「では、更なる来賓をご紹介致します」
カラミッドが舞台の手前に避け、学園長が中央に戻った、カラミッドが壇上から下りないのを観客は不思議そうにしており、いくつかの視線が来賓席に向かう、そちらから誰かしらが挨拶に立つものと思ったのだ、しかしその席に座る老人も御婦人方も腰を上げる事は無く、御婦人方もまた観客同様に不思議そうに舞台を見ている、どうやら知らされていないらしかった、
「学園祭の為にお越し頂きました、クロノス・アウル・ロレンシア王太子殿下、ウルジュラ・フォル・グランセドラウル王女殿下でございます」
学園長が長たっらしい二つの名前を呼びあげた、観客は一瞬ポカンとし、そして、ザワザワと騒ぎ出す、クロノスの名は王国中に知れ渡っている、それも当然であった、魔王を討ち倒した英雄であり、没落した貴族出身にも関わらず王太子にまで上りつめた傑物である、彼を主役にした演劇は数えられないほど創作され、数えられないほど上演されている、さらにウルジュラの名前も広く知られていた、生粋のお姫様であり人前に出る事はなく、その姿を見た者も少ないとされる人物で、その姉であるパトリシアと共に王国の花と評されている、
「どういうことかしら?」
マルヘリートが思わず呟く、
「そう・・・ですね、聞いてませんわね」
ユスティーナも急に何を言い出すのかと眉根を寄せ、
「ふむ、賑やかしかな?趣味の悪い」
レアンはあからさまに顔を顰めた、冗談にしては質が悪すぎる、いくら王国立の学園であるとはいえ、冗談としても言って良い事と悪い事があろう、取り上げた人物名も宜しく無い、かたや貴族平民を問わず人望熱い英雄と、かたや貴族平民を問わず憧れの人物である、
「・・・まぁまぁ・・・そうか・・・主らは初めてになるのだな・・・」
レイナウトが涼しい顔で微笑む、
「どういう事ですか?」
三人の視線がレイナウトに向かうと同時に、ワッと歓声が上がった、三人が舞台に視線を戻すと、いかにも貴族然として威風堂々とした巨漢が舞台に上がる所で、その後ろには上品な御令嬢の姿がある、そしてその側にはユーリの姿があった、
「むっ?」
レアンは首を傾げ、
「エッ・・・」
とユスティーナは言葉を無くす、その壇上に向かう二人は幾度か会っている、共に食事をした筈で、それも寮の食堂やら裏山やら、とても王族がいるとは思えない場所でである、
「盛況だな、学園長」
舞台の中央に立つとクロノスはニヤリと学園長に微笑みかけた、学園長は静かに頭を垂れる、それからクロノスはゆっくりと観客を睥睨した、不思議そうに見上げる者、口を開けて唖然としている者、事の真偽を見抜こうと鋭い視線を向ける者、様々な形でもって困惑している様が一望出来た、しかし共通しているのは皆静かにクロノスの言葉を待っている事である、観客から見れば光柱を背にしたクロノスはまさにその英雄の名に相応しく堂々と威厳に満ちており、その隣りの王女はまた楚々とした佇まいと控えめであるが美しい笑みを湛え王女とはかくあるべしと高貴な雰囲気を醸し出している、ウルジュラも黙って背筋を伸ばし、優しく微笑めばやはりれっきとした王女なのであった、
「まずはだ」
クロノスは口を開いた、ハキハキとして良く通り魂に響く重い声である、
「私が北ヘルデル領主、ロレンシア王太子である」
沈黙が降りた、それは学園長からの紹介もあり、そうなのであろうとしか答えようがない、観衆はまずその真偽をこそ知りたいと望んでいるのであるが、どうすればそれが証明できるのかまるで分らなかった、
「むっ、難しいかな?」
クロノスは首を傾げる、相手が軍団兵であればこの一言で歓声の渦に包まれる筈で、それはその状況だからこそなのであろう、今この状況にあっては、誰もクロノスの顔を知らず、さらにこのような場に英雄であるその人が姿を現すなど誰も思っていないのだ、さらに王族がモニケンダムを訪れている等という噂も話題もまったく存在していない、モニケンダムがいくら都会と称される部類の街であったとしても、流石に王族が訪問しているとなれば騒ぎになるのは必然で、勿論であるがそれだけでお祭り騒ぎになった筈である、そしてクロノスがさてどうしようかと口を開きかけると、
「確かに、英雄クロノスだ、クロノス王太子殿下だ」
観衆の中から野太い声が響いた、
「そうだ、英雄だ、お見かけした事がある、英雄クロノスだ、王太子殿下だ」
さらに別の野太い声が響いた、その二つは恐らく先の大戦の功労者であろう、クロノスの顔を知る軍団兵経験者がこの街にもいる事は当然のことである、すると観衆はザワザワと騒がしくなった、そして、
「皆の者、儂が保証しよう、この方こそ、英雄クロノス、その人である」
カラミッドが苦笑いを浮かべながら進み出て宣言した、エッと観衆の視線がカラミッドに向かい、やがてそれはクロノスに向けられる、クロノスは、
「まったく、すまんな伯爵」
とニヤリとカラミッドに微笑み、
「改めてだ、私がロレンシア王太子である」
と宣言し、そこでやっと観衆は大きな歓声を上げた、観客席に座っていた者は腰を上げ、立ち見の者達はより近くで見ようと蠢きだす、警備の衛兵達が慌てて押し留めた、なにしろその警備の衛兵達もポカンとクロノスを眺めてしまっていたのだ、危うく暴動になる所である、
「突然の事で驚かせたな、国民諸君、今日は朝からゆっくりと楽しませてもらったぞ」
とクロノスは右手を掲げ歓声を強引に落ち着かせて話しだす、
「始めはな、お忍びのつもりだったのだがな、学園長がどうしてもと言い出してな、こうして挨拶をするに至っている、それと本来であれば妻が同席する予定であったのだがな、身重でな、故に義妹と共に上がらせてもらった」
クロノスが一旦言葉を区切ると、オオッと驚きの声が上がる、身重であるとの一言がその原因であろう、それはそのまま王族待望の世継ぎの誕生を示唆するもので、慶賀すべき喜ばしい一事であった、そしてクロノスは学園長に労いの言葉を伝え、カラミッドを呼び寄せると、
「クレオノート伯、このモニケンダムの地は素晴らしいな、民は活気があり、皆肥えている、見る限り瘦せぎすの民がいない、何よりも食い物が旨い」
ガッハッハと笑うクロノスにカラミッドはゆっくりと低頭し、
「このような辺境にお越し頂いた事大変光栄に思います」
慇懃な短い言葉を返した、
「うむ、良き祭りと良き民と良き為政者に、王国も貴様を見習わねばならん」
クロノスはその太い腕をスッと差し出した、カラミッドは短くコクリと頷くとその手を力強く掴むのであった。
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彼女の名は、これより歴史書の一ページに刻まれることになります。
英雄の名に相応しい狂乱令嬢の、華麗なる戦いの記録。
そして、望まないまでも拒む理由もなく歩を進めた、偶像の軌跡。
狂乱令嬢ニア・リストン。
彼女の物語は、とある夜から始まりました。
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