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本編
68話 冬の初めの学園祭 その20
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その後、一行の姿は内庭へ移った、巨大な光柱が輝くその足元に広く大きな舞台と小さな天幕、貴賓席となるであろうテーブルが並んだ一画があり、観覧席となる長椅子がズラリと並べられていた、若干寂しく感じるのは見る限り急造である事であろうか、常設の芝居小屋と比べたらあからさまに雑で何とも簡素である、
「相変わらず凄まじいな」
カラミッドは舞台には目もくれず光柱を見上げ溜息を吐かざるを得ない、以前の祭りのどの光柱よりも美しいと感じる、光柱は作る毎にその姿を変化させ、より絢爛豪華となっているようで、それはそれだけ技術的な進歩であると同時に、恐ろしい程の柔軟性を持った魔法である事の証左でもあった、このような特異な技術がカラミッドのお膝元で開発された事はそれだけで誇れる事であり、と同時に学園の恐ろしさを、ついてはユーリという個人の恐ろしさを実感してしまう、結局文化を作るのは個人なのである、有象無象が集まっても個の才能に太刀打ちすらできない事もあるのであろうなと、カラミッドは光柱を見つめて達観せざるを得なかった、
「ふふん、中央のは私が、周辺のは姉様が発動させたのです」
カラミッドの思考をレアンが遠慮無くぶち破る、
「そうね、でもそれほど難しいものではなかったでしょう」
マルヘリートがすかさず窘めた、二人がやったのは土鍋に杖を翳すだけである、誰にでも出来ると言えばその通りで、褒めるべきはこの技術と下準備に勤しんだユーリや事務員達であろう、カラミッドはまったくと微笑んでレアンを見下ろした、こうして見事に取り込まれる状況となっているが、先日からの騒動で自身もまたレイナウトと共に王国側に取り込まれつつある、それは伯爵として、統治者として第一に考える自領の防衛の為であるが、しっかりと時間をかけて話し込んだ王族達は皆真摯であった、無論高圧的であったり押しつけがましい事は多々ある、しかしそれはその権威を背景にする限り当然の事であり、カラミッドも伯爵という肩書を使って人を動かすことが当たり前で、彼等は王族という権威を使って人を動かし、人を守るのである、そこに規模の大小の差異はあれ本質的な違いは無い、カラミッドとレイナウトは毎晩議論を重ねていた、共通してあるのは国土の防衛である、自国領を戦火から守る事、それが人とその生活を守る事そのものであり、為政者の第一義であったからで、王国への反抗は二の次であると二人は結論付けるに至った、つまり今回も前回の大戦と同じく王国と共同歩調をとる事を是とし、また前回のように後手に回る事無く立ち回るべく画策している、それは王国に対しても帝国に対してもである、しかしながら二人が思うに王国は公にしていない技術を多数隠し持っている、転送陣なるものはその最たるもので、あのような物を見せられたら他にも何かあるなと勘繰るのは当然であろう、この光柱にしてもその根底には戦場で編み出された魔法技術が使われているそうで、こうなってくると魔法そのものへの研究がより重要性を増してくる、二人はその研究を疎かにも蔑ろにもしているつもりは無かったが、どうやら独自に本腰を入れる必要があるなとこれも共通認識として形成していた、
「そうだな、で、昨日と少しばかり違うようだが・・・」
レイナウトは顎の先をかきながらまた別の趣向かと誰にともなく問いかける、正直その急造の舞台は邪魔っけであった、見物客達は光柱こそを見たいと足を運んでいるのであり、動線を考えれば障害以外の何者でもない、
「はい、本日は演劇を上演致します」
学園長がニコリと微笑みあっさりと次の出し物を口にした、この演劇が学園祭最後の出し物であり締めとなる、それなりに力の入った催しとなっている、
「ほう・・・それは興味深い、そうか、それで舞台があるのか」
「はい、生徒達の手になるものです、その為どれほどのものになるかは未知数ですが・・・目の肥えた皆様におかれましてはどうか御寛容頂ければ幸いと思います」
「寛容か、面白ければ些細な事は気にしないぞ、面白ければな」
ガッハッハとレイナウトは笑った、演劇鑑賞は貴族の嗜みの一つとなっている、特にヘルデルは大都会でもある為、常設の劇場は数か所存在し、各地を周り歩く旅芝居の一座も多く立ち寄る、必然的に目が肥えるもので、作品によっては台詞を諳んじることも出来る程に見飽きていたりする、
「それは楽しみです」
「ですねー」
レアンとマルヘリートは素直な笑みを浮かべ、
「演劇は久しぶりね」
「確かにな、そうか、元気になってからは初めてかな?」
「そうですね、ふふ、懐かしい」
とカラミッドとユスティーナも柔らかく微笑み合う、
「あっ、それと神殿からも飛び入りで参加致します、短い芝居と言っておりましたが・・・」
学園長がニヤリと微笑む、
「むっ、もしかしてあれか?」
レアンとマルヘリートが振り向いた、レイナウトもホウと驚いている、
「はい、恐らくは、昨日の今日で神官達も逞しいですな、早速自分達のものにしたようです」
「それは宜しくない、タロウ殿の許可が無ければならないであろう」
レアンがムッと眉根を寄せる、
「そこはそれタロウ殿ですから、先程少し話しましたが、それは良かったと笑っておりました」
「まったく・・・タロウ殿もソフィアさんも人が良すぎる、一儲けどころか一財産作れる事ばかりだ、それを惜しげも無く晒しおって」
「まったくですな、あの夫婦はやはりどこか違います」
学園長はニコリと微笑み、
「さっ、では、あちらへ、先日お話した段取りとなりますが宜しいですかな?」
さてここからが本当の本番だと口元を引き締めてカラミッドを伺う、様々な状況が重なってその意義はだいぶ薄いものになっているが、この場、この状況を作る為の仕掛けがこの学園祭の真の目的であった、その予定通りに進んでいたとすれば一悶着確実にあったなと今では思うし、事ここに至っては必要は無いかもしれないとも考えた、しかし王国側は大衆の面前で行う事に意義を見出しており、カラミッドもレイナウトもそれに乗った様子である、先日正直に話しておいて良かったと学園長は心の底から感じていたりする、
「そうだな、どれ、仕事か」
カラミッドもまたその表情を若干引き締めた、本来であれば来賓などというものは偉そうに踏ん反り返っていれば良いものなのであるが、今日この場にあってはそれだけでは済まされない、レイナウトとも昨晩話したのであるが、ここは噂を含めた人口を使い、既成事実をじっくりと広める事を目的と定めている、恐らく先方もそのつもりなのであろう、
「ありがとうございます」
学園長は小さく頭を垂れた、人の心変わりは急である、一晩経てば真逆の決断を下す者も少なくない、学園長としてはそこでやっと小さく安堵できたのであった。
そして学園内にガンガンと鐘の音が響く、同時に生徒達や講師が内庭で演劇が始まる事を告知する、昨日と同じ段取りで、またこれが学園祭の最後の催し物である事も高らかに周知された、
「おっ、やっとか」
クロノスが顔を上げ、
「そのようだな」
ボニファースがにやりと微笑む、
「さて、お仕事だねー」
とウルジュラが腰を上げて大きく伸びをした、二階の貴賓室には学園祭を堪能した王妃達が多数の戦利品を持ち込んでお茶会を楽しんでいた、大量のドーナッツ、もうその姿は綺麗に無くなってしまったハンバーグ、プリンや蒸しパンは言うに及ばず、祭りと言えばこれであろうと多種の串焼きも並び、オリビアがわざわざとお茶を淹れに来ている、いつの間にやらエレインとミーンとティルも合流しており、エレインは勿論マリエッテの傍から離れず、ミーンとティルはメイドらしく音も無く動き回っていた、今日は遊びだとすっかり油断していた二人である、気の毒と言うほかない、
「だな、まぁ、お前さんがやる事はないだろ、ニコニコ愛想よくしておけ得意だろ?」
イフナースがニヤリとウルジュラを見上げる、
「むー、兄さまが何か言ってるー、母様叱ってー」
「おい、なんでだよ」
「可愛い妹の晴れ舞台なのにー、水を差すとは駄目駄目でしょー」
「水を差すって、なんだ、随分難しい言葉を覚えたんだな」
「むかー、言って良い事と悪い事があるもんですー、人のやる気を削ぐのは悪い事ですー」
ウルジュラは頬を膨らませて折角上げた腰をドスンと下ろした、
「まぁまぁ、ほら、可愛い妹だからからかいたくなったのよ、イフナースも子供なんだから」
マルルースがニヤリと微笑む、ナッとイフナースがマルルースを睨むも、
「そうだよねー、そっかー、そういうことかー、兄様も素直じゃないなー」
「あん?お前なー」
イフナースの視線がキッとウルジュラに向かった、
「キャー、エレインさん助けてー」
サッとエレインを盾にするウルジュラである、エレインはまるでそのやり取りを把握しておらず、エッと驚くも、マリエッテに掴まれた両手を静かに揺らしている、マリエッテはブーブー言いながら大変に機嫌が良い、
「お前な、そっちに逃げるのは違うだろ」
「えー、だってさー、ミナちゃんいないしー、レインちゃんもいないしー」
「だからエレインさんなの?」
マルルースは呆れつつも微笑んでしまう、エフェリーンは何をいちゃついているんだかと茶を楽しみつつ冷ややかな視線であった、
「そういう事ー、あっ、じゃ、あれだ、マリエッテちゃん助けてー」
と今度はマリエッテの影に隠れた、
「お前な、いくら何でもそりゃないぞ」
「いや、それこそ有効であろう」
クロノスがニヤニヤと微笑む、
「そうか?」
「そりゃお前、いかにイフナース殿下でも赤子に手を上げる事はしないだろう、ある意味で最強の盾だな」
アッハッハとクロノスは笑い、
「・・・そう・・・だがさ、まったく・・・」
イフナースは思いっきり顔を顰めて黙り込んだ、
「あら・・・ムフー、勝ったねー」
ウルジュラがソッと顔を出して満足そうに微笑み、
「どうやら最強はマリエッテちゃんね、マリエッテちゃんすごーい」
嬉しそうにマリエッテの頬をツンツンとつつく、マリエッテはキャッキャッと微笑みエレインの指を離して、大きく手を振り上げた、恐らく喜びの意思表示であろう、
「ほら、仕事でしょ、しっかりなさい」
パトリシアがやれやれと口を挟んだ、ウルジュラは最初こそ威勢が良かったが見事にイフナースに挫かれた形となる、クロノスであれば何をするにも胸を張って堂々としていれば様になるが、ウルジュラとなるとその点不安であった、まして今日はパトリシアの代理としてその大任に当たるのだ、別に大した役目でもないが、それでも王家の威信というものはある、見た目だけなら十分なのであるが、どうしてもその所作にしろ表情にしろ滲み出るものはあるもので、その滲み出るものこそが気品であり威厳なのだ、
「分ってるわよー、ねー、姉様は口うるさいでちゅねー」
ニコニコとマリエッテに話し掛けるウルジュラに、まったくとパトリシアは鼻息を荒くする、そこへ、
「失礼します」
とユーリが顔を出した、その後ろには渋面のタロウもいる、恐らく学園内で捕まったのであろう、渋面であったのは先程逃げ出した事もある、再び顔を出す事に負い目があったからなのか、何とも分かりやすい男である、
「ほら、呼び出しよ」
「そのようだ」
クロノスが腰を上げ、ウルジュラも名残惜しそうにマリエッテから離れた、エレインはマリエッテを抱くとウルジュラに向かせ、
「はい、王女様にがんばってーって」
その小さい腕を取って軽く振らせる、
「わー、マリエッテちゃん可愛いー、もうー、行きたくないー」
ウルジュラの黄色い声が響き渡り、流石にそれには、
「おい」
とボニファースが叱責する、何気に王家の全員が揃ってゆっくりとしていた所である、そのまったりとした時を楽しんでもいたのであるが、役目は役目である、特に今日のそれは歴史にも残るであろう出来事であった、どこまでも奔放で遊び気分のウルジュラに声を上げてしまうのも無理からぬ事である、
「あー・・・はーい、しっかりやってきまーす」
ウルジュラはこれはまずいとそそくさと退室し、クロノスも顔を顰めて追従する、
「それでは、失礼致します」
ユーリがゆっくりと頭を垂れて扉を閉めた、
「どれ、では見物といくか・・・」
「ですわね」
とボニファースと王妃二人が腰を上げて木窓に向かう、そこからは光柱は直前にあり、その下の舞台全体を綺麗に見渡す事が出来た、見れば貴賓席にはカラミッドらが着座しており、見物客も集まっている、舞台の前の観覧席はすでにいっぱいとなっており、立ち見の姿も多くある、その内訳は来場者半分、生徒半分といったところであろうか、生徒達としてもこの演劇は楽しみにしていたのであろう、
「さて、どうなるか・・・」
「どうにもならんでしょう、これがやっと始まりですよ」
ボニファースの隣りにイフナースが並んだ、何とも冷静な意見であるが、
「そうだな、これが始まりか・・・」
ボニファースは短く同意し浅く頷いた。
「相変わらず凄まじいな」
カラミッドは舞台には目もくれず光柱を見上げ溜息を吐かざるを得ない、以前の祭りのどの光柱よりも美しいと感じる、光柱は作る毎にその姿を変化させ、より絢爛豪華となっているようで、それはそれだけ技術的な進歩であると同時に、恐ろしい程の柔軟性を持った魔法である事の証左でもあった、このような特異な技術がカラミッドのお膝元で開発された事はそれだけで誇れる事であり、と同時に学園の恐ろしさを、ついてはユーリという個人の恐ろしさを実感してしまう、結局文化を作るのは個人なのである、有象無象が集まっても個の才能に太刀打ちすらできない事もあるのであろうなと、カラミッドは光柱を見つめて達観せざるを得なかった、
「ふふん、中央のは私が、周辺のは姉様が発動させたのです」
カラミッドの思考をレアンが遠慮無くぶち破る、
「そうね、でもそれほど難しいものではなかったでしょう」
マルヘリートがすかさず窘めた、二人がやったのは土鍋に杖を翳すだけである、誰にでも出来ると言えばその通りで、褒めるべきはこの技術と下準備に勤しんだユーリや事務員達であろう、カラミッドはまったくと微笑んでレアンを見下ろした、こうして見事に取り込まれる状況となっているが、先日からの騒動で自身もまたレイナウトと共に王国側に取り込まれつつある、それは伯爵として、統治者として第一に考える自領の防衛の為であるが、しっかりと時間をかけて話し込んだ王族達は皆真摯であった、無論高圧的であったり押しつけがましい事は多々ある、しかしそれはその権威を背景にする限り当然の事であり、カラミッドも伯爵という肩書を使って人を動かすことが当たり前で、彼等は王族という権威を使って人を動かし、人を守るのである、そこに規模の大小の差異はあれ本質的な違いは無い、カラミッドとレイナウトは毎晩議論を重ねていた、共通してあるのは国土の防衛である、自国領を戦火から守る事、それが人とその生活を守る事そのものであり、為政者の第一義であったからで、王国への反抗は二の次であると二人は結論付けるに至った、つまり今回も前回の大戦と同じく王国と共同歩調をとる事を是とし、また前回のように後手に回る事無く立ち回るべく画策している、それは王国に対しても帝国に対してもである、しかしながら二人が思うに王国は公にしていない技術を多数隠し持っている、転送陣なるものはその最たるもので、あのような物を見せられたら他にも何かあるなと勘繰るのは当然であろう、この光柱にしてもその根底には戦場で編み出された魔法技術が使われているそうで、こうなってくると魔法そのものへの研究がより重要性を増してくる、二人はその研究を疎かにも蔑ろにもしているつもりは無かったが、どうやら独自に本腰を入れる必要があるなとこれも共通認識として形成していた、
「そうだな、で、昨日と少しばかり違うようだが・・・」
レイナウトは顎の先をかきながらまた別の趣向かと誰にともなく問いかける、正直その急造の舞台は邪魔っけであった、見物客達は光柱こそを見たいと足を運んでいるのであり、動線を考えれば障害以外の何者でもない、
「はい、本日は演劇を上演致します」
学園長がニコリと微笑みあっさりと次の出し物を口にした、この演劇が学園祭最後の出し物であり締めとなる、それなりに力の入った催しとなっている、
「ほう・・・それは興味深い、そうか、それで舞台があるのか」
「はい、生徒達の手になるものです、その為どれほどのものになるかは未知数ですが・・・目の肥えた皆様におかれましてはどうか御寛容頂ければ幸いと思います」
「寛容か、面白ければ些細な事は気にしないぞ、面白ければな」
ガッハッハとレイナウトは笑った、演劇鑑賞は貴族の嗜みの一つとなっている、特にヘルデルは大都会でもある為、常設の劇場は数か所存在し、各地を周り歩く旅芝居の一座も多く立ち寄る、必然的に目が肥えるもので、作品によっては台詞を諳んじることも出来る程に見飽きていたりする、
「それは楽しみです」
「ですねー」
レアンとマルヘリートは素直な笑みを浮かべ、
「演劇は久しぶりね」
「確かにな、そうか、元気になってからは初めてかな?」
「そうですね、ふふ、懐かしい」
とカラミッドとユスティーナも柔らかく微笑み合う、
「あっ、それと神殿からも飛び入りで参加致します、短い芝居と言っておりましたが・・・」
学園長がニヤリと微笑む、
「むっ、もしかしてあれか?」
レアンとマルヘリートが振り向いた、レイナウトもホウと驚いている、
「はい、恐らくは、昨日の今日で神官達も逞しいですな、早速自分達のものにしたようです」
「それは宜しくない、タロウ殿の許可が無ければならないであろう」
レアンがムッと眉根を寄せる、
「そこはそれタロウ殿ですから、先程少し話しましたが、それは良かったと笑っておりました」
「まったく・・・タロウ殿もソフィアさんも人が良すぎる、一儲けどころか一財産作れる事ばかりだ、それを惜しげも無く晒しおって」
「まったくですな、あの夫婦はやはりどこか違います」
学園長はニコリと微笑み、
「さっ、では、あちらへ、先日お話した段取りとなりますが宜しいですかな?」
さてここからが本当の本番だと口元を引き締めてカラミッドを伺う、様々な状況が重なってその意義はだいぶ薄いものになっているが、この場、この状況を作る為の仕掛けがこの学園祭の真の目的であった、その予定通りに進んでいたとすれば一悶着確実にあったなと今では思うし、事ここに至っては必要は無いかもしれないとも考えた、しかし王国側は大衆の面前で行う事に意義を見出しており、カラミッドもレイナウトもそれに乗った様子である、先日正直に話しておいて良かったと学園長は心の底から感じていたりする、
「そうだな、どれ、仕事か」
カラミッドもまたその表情を若干引き締めた、本来であれば来賓などというものは偉そうに踏ん反り返っていれば良いものなのであるが、今日この場にあってはそれだけでは済まされない、レイナウトとも昨晩話したのであるが、ここは噂を含めた人口を使い、既成事実をじっくりと広める事を目的と定めている、恐らく先方もそのつもりなのであろう、
「ありがとうございます」
学園長は小さく頭を垂れた、人の心変わりは急である、一晩経てば真逆の決断を下す者も少なくない、学園長としてはそこでやっと小さく安堵できたのであった。
そして学園内にガンガンと鐘の音が響く、同時に生徒達や講師が内庭で演劇が始まる事を告知する、昨日と同じ段取りで、またこれが学園祭の最後の催し物である事も高らかに周知された、
「おっ、やっとか」
クロノスが顔を上げ、
「そのようだな」
ボニファースがにやりと微笑む、
「さて、お仕事だねー」
とウルジュラが腰を上げて大きく伸びをした、二階の貴賓室には学園祭を堪能した王妃達が多数の戦利品を持ち込んでお茶会を楽しんでいた、大量のドーナッツ、もうその姿は綺麗に無くなってしまったハンバーグ、プリンや蒸しパンは言うに及ばず、祭りと言えばこれであろうと多種の串焼きも並び、オリビアがわざわざとお茶を淹れに来ている、いつの間にやらエレインとミーンとティルも合流しており、エレインは勿論マリエッテの傍から離れず、ミーンとティルはメイドらしく音も無く動き回っていた、今日は遊びだとすっかり油断していた二人である、気の毒と言うほかない、
「だな、まぁ、お前さんがやる事はないだろ、ニコニコ愛想よくしておけ得意だろ?」
イフナースがニヤリとウルジュラを見上げる、
「むー、兄さまが何か言ってるー、母様叱ってー」
「おい、なんでだよ」
「可愛い妹の晴れ舞台なのにー、水を差すとは駄目駄目でしょー」
「水を差すって、なんだ、随分難しい言葉を覚えたんだな」
「むかー、言って良い事と悪い事があるもんですー、人のやる気を削ぐのは悪い事ですー」
ウルジュラは頬を膨らませて折角上げた腰をドスンと下ろした、
「まぁまぁ、ほら、可愛い妹だからからかいたくなったのよ、イフナースも子供なんだから」
マルルースがニヤリと微笑む、ナッとイフナースがマルルースを睨むも、
「そうだよねー、そっかー、そういうことかー、兄様も素直じゃないなー」
「あん?お前なー」
イフナースの視線がキッとウルジュラに向かった、
「キャー、エレインさん助けてー」
サッとエレインを盾にするウルジュラである、エレインはまるでそのやり取りを把握しておらず、エッと驚くも、マリエッテに掴まれた両手を静かに揺らしている、マリエッテはブーブー言いながら大変に機嫌が良い、
「お前な、そっちに逃げるのは違うだろ」
「えー、だってさー、ミナちゃんいないしー、レインちゃんもいないしー」
「だからエレインさんなの?」
マルルースは呆れつつも微笑んでしまう、エフェリーンは何をいちゃついているんだかと茶を楽しみつつ冷ややかな視線であった、
「そういう事ー、あっ、じゃ、あれだ、マリエッテちゃん助けてー」
と今度はマリエッテの影に隠れた、
「お前な、いくら何でもそりゃないぞ」
「いや、それこそ有効であろう」
クロノスがニヤニヤと微笑む、
「そうか?」
「そりゃお前、いかにイフナース殿下でも赤子に手を上げる事はしないだろう、ある意味で最強の盾だな」
アッハッハとクロノスは笑い、
「・・・そう・・・だがさ、まったく・・・」
イフナースは思いっきり顔を顰めて黙り込んだ、
「あら・・・ムフー、勝ったねー」
ウルジュラがソッと顔を出して満足そうに微笑み、
「どうやら最強はマリエッテちゃんね、マリエッテちゃんすごーい」
嬉しそうにマリエッテの頬をツンツンとつつく、マリエッテはキャッキャッと微笑みエレインの指を離して、大きく手を振り上げた、恐らく喜びの意思表示であろう、
「ほら、仕事でしょ、しっかりなさい」
パトリシアがやれやれと口を挟んだ、ウルジュラは最初こそ威勢が良かったが見事にイフナースに挫かれた形となる、クロノスであれば何をするにも胸を張って堂々としていれば様になるが、ウルジュラとなるとその点不安であった、まして今日はパトリシアの代理としてその大任に当たるのだ、別に大した役目でもないが、それでも王家の威信というものはある、見た目だけなら十分なのであるが、どうしてもその所作にしろ表情にしろ滲み出るものはあるもので、その滲み出るものこそが気品であり威厳なのだ、
「分ってるわよー、ねー、姉様は口うるさいでちゅねー」
ニコニコとマリエッテに話し掛けるウルジュラに、まったくとパトリシアは鼻息を荒くする、そこへ、
「失礼します」
とユーリが顔を出した、その後ろには渋面のタロウもいる、恐らく学園内で捕まったのであろう、渋面であったのは先程逃げ出した事もある、再び顔を出す事に負い目があったからなのか、何とも分かりやすい男である、
「ほら、呼び出しよ」
「そのようだ」
クロノスが腰を上げ、ウルジュラも名残惜しそうにマリエッテから離れた、エレインはマリエッテを抱くとウルジュラに向かせ、
「はい、王女様にがんばってーって」
その小さい腕を取って軽く振らせる、
「わー、マリエッテちゃん可愛いー、もうー、行きたくないー」
ウルジュラの黄色い声が響き渡り、流石にそれには、
「おい」
とボニファースが叱責する、何気に王家の全員が揃ってゆっくりとしていた所である、そのまったりとした時を楽しんでもいたのであるが、役目は役目である、特に今日のそれは歴史にも残るであろう出来事であった、どこまでも奔放で遊び気分のウルジュラに声を上げてしまうのも無理からぬ事である、
「あー・・・はーい、しっかりやってきまーす」
ウルジュラはこれはまずいとそそくさと退室し、クロノスも顔を顰めて追従する、
「それでは、失礼致します」
ユーリがゆっくりと頭を垂れて扉を閉めた、
「どれ、では見物といくか・・・」
「ですわね」
とボニファースと王妃二人が腰を上げて木窓に向かう、そこからは光柱は直前にあり、その下の舞台全体を綺麗に見渡す事が出来た、見れば貴賓席にはカラミッドらが着座しており、見物客も集まっている、舞台の前の観覧席はすでにいっぱいとなっており、立ち見の姿も多くある、その内訳は来場者半分、生徒半分といったところであろうか、生徒達としてもこの演劇は楽しみにしていたのであろう、
「さて、どうなるか・・・」
「どうにもならんでしょう、これがやっと始まりですよ」
ボニファースの隣りにイフナースが並んだ、何とも冷静な意見であるが、
「そうだな、これが始まりか・・・」
ボニファースは短く同意し浅く頷いた。
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