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本編

68話 冬の初めの学園祭 その18

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その後、槍投げをしっかりと堪能した四人は正門から学舎内の見物に向かった、薄パンのハンバーグを貪り、牛と豚でギャーギャーと盛り上がり、ユーリとゾーイの代わりに壺と皿の番をしているサビナをからかう、その教室には建築科の出展もあり、タロウは見事にエーリクに捕まった、クロノス達はそれを遠巻きにニヤニヤと眺め、何とかエーリクからタロウが逃げ出すと、別の教室に移りストラウクが出展している地下下水道の概略図と市街模式図との対比をじっくりと見学する、

「これは良く出来た資料だな・・・」

「あぁ、しかしこれほどまでに巨大なのか?この下水道とやらは」

「そうだね、街と同じ大きさになるのはその機能を考えれば仕方ないさ、向こうの国ではこれが大きな街だと当たり前だよ、常にあっちこっちで土砂が運び出されている感じ?王都の三重城壁みいなもんさ、いつまでも工事していて終わりが無い・・・は少し違うな、街の拡大に伴って整備と拡張を続けているって事だな」

「街道みたいなもんか」

「それだ、そういう事」

「なるほど・・・そりゃ広くなるのも無理はない・・・しかしここまでやるのか・・・」

クロノスはウンウンと理解を示しつつ呆れ顔で、イフナースも報告書等でモニケンダムの情勢は把握している、下水道に関しても当然のように基礎的な知識は身につけていた、故にストラウクが説明する必要も無い様子で、タロウはイージスを相手にしてあーだこーだとまるで目にしたかのように下水道の仕組みとその活用について解説し、クロノスとイフナースもそれに助言する有様で、いったいこの人達はなんなのかとストラウクは目を丸くしていた、少なくとも昨日今日訪れた客達は皆半信半疑でストラウクの解説に耳を傾けており、それが必要無いばかりかストラウクの知らない情報までが飛び交っている様子で、ここでストラウクが社交的な研究者であればタロウを質問攻めにしていたであろうが、ストラウクはそういう性格の人物では無かった、故に単純に三人の偉丈夫に圧倒されていたりする、機会損失とは正にこの事であろう、

「しかし、こうなるとあれか、この街路を中心にして整備すれば俺の屋敷でも使えるって事だよな」

イフナースが図面を指し示す、

「そうなる、まぁ・・・俺の口出す事では無いが、寮のようなめんどくさい事をしなくても綺麗に使えるだろうな、建物への工事も・・・楽では無いか、水槽が必要になる・・・」

「それだがさ、あの浄化槽だったか?あれはどんなもんだ?」

「どんなもんと問われても困るが・・・うん、ほれ、明後日か?来るんだろ?」

「その予定だが」

「その時にゆっくり見ればいいよ、嫌ってほど説明してやるからさ、実物を見ながらの方が分かりやすいだろ・・・それと風呂にも入れてやる」

「それは楽しみだが・・・そんなに良いものか?風呂ってやつは・・・」

クロノスとイフナースが訝し気にタロウを見つめ、イージスもまた不思議そうに見上げている、

「勿論だ、それ以外でも良い仕掛けを作ってあるよ、お前さんは見たと思うがな」

「お湯が出るだけだろ」

「それが大事なんだ」

「それはそうだがさ、煮炊きには使わないと言っていただろ」

「だから・・・まぁ、体感するのが一番だ、口でいくら言っても分らんだろ」

「確かにな」

タロウのどこか突き放した言葉にそれもそうだとクロノスは頷く、帝国との問題が取り沙汰されて以降、タロウはことある事に風呂がなんだ、清潔がなんだと口うるさく、クロノスもイフナースもその単語を聞く度にまたかと眉根を寄せる程であった、二人にしてみれば身体を洗うのは水浴びか湯浴みで充分で、それも湯沸し器の導入によって気軽に湯浴みを楽しめるようになっている、しかしながら貴族である二人を以てしても三日に一度身体を洗えば良い方で、清潔であるかと問われれば否としか言いようが無い、タロウとしては風呂の気持ち良さを伝えるよりもまずは身体を洗うという習慣を啓蒙しようと考えたのであるが、結局周囲の習慣に流されてしまい、タロウ自身も清潔かと問われたら否であった、幸いなのは王国は広いが、その領土内は比較的に乾燥し、涼しく、夏でも無理をして動き回らなければ汗をかく事も無かった、故に身体の汚れはそれほど気にはならず、他人の体臭にも慣れてしまっている、人とはやはり獣であり、獣とは体臭を纏うものなのだ、そして当然であるが入浴の習慣の無い王国人は非常に臭う、タロウも当初は自身の匂いを気にしていたが誰もそれを指摘する事は無く、またタロウも他者のそれを指摘する事は無い、習慣とは怖いものだなとしみじみと感じるタロウであった、そして四人はそのままダラダラと歩き回り、こんなもんかなと二階に戻った、

「あら、おかえり」

「おう、中々楽しかったぞ」

春のように温かい貴賓室でパトリシアはのんびりとマリエットの乳母と子育てについて話し込み、マリエッテはダーダーとよだれに塗れた手をパトリシアに伸ばしている、その仕草もまた愛らしく、どうやらパトリシアの遊び相手としてその重責をしっかりと果たした様子であった、

「それは良かったわ・・・あら・・・タロウさん、お久しぶりね・・・」

パトリシアの瞳が怪しく光る、暇つぶしの標的が移ったようで、タロウは、

「これは姫様、御機嫌麗しゅう」

作り笑顔でゆっくりと頭を垂れた、タロウにしては珍しい丁寧な挨拶である、

「あら・・・そうね、とても楽しんでいるわよ、さぁ、こちらに座りなさい、色々と伺いたい事があるのです」

パトリシアは顎で近場のテーブルを差し、イフナースはわざわざ御指名かと特に気にする事は無く、サッサとイージスと共に窓際の席に腰を落ち着けた、しかし、

「えっと・・・あっ、すいません、所用を思い出しました・・・」

タロウはニコリと微笑みゆっくりと後退る、

「なんだ?どうかしたのか?」

クロノスが振り返った、先程までは忙しい風では無く、共に時間を気にする事無く遊んでいたのだ、それが所用等と言い出す事に軽い違和感を覚え、しかし、すぐに、

「お前・・・あー・・・ホントお前そういう所だぞ」

とクロノスは呆れた上に可哀そうな者を見る目でタロウを見下ろす、

「いや、こればかりは・・・」

よく見ればタロウは若干慌てていた、いつもの余裕に満ちた飄々とした態度は欠片も無く、口元を引くつかせ、目は見事に泳いでいる、

「まったく、まぁ、好きにしろ」

クロノスはめんどくさいとばかりにイフナースらのテーブルにズカズカと近寄り、タロウはペコリと一礼してそそくさと退室した、あっという間の出来事である、

「あら・・・やっぱり逃げられた・・・それも今日は酷いわね、面と向かって逃げ出したわ」

パトリシアはモーと不満気に扉を睨む、いつもの事とはいえ、不愉快である事には違いない、

「仕方ない、あれはああいう癖なのだ」

「ヘキって・・・なに?私とは話せない癖?失礼を通り越して無礼よ、まったく、先日は普通だったのに」

「先日?・・・あぁ、他の連中もいたからだろう、あれだ、お前さんの美しさが眩しいんだよ」

クロノスがニヤリと微笑む、自分で言っておいて歯の浮く台詞とはこの事かと背筋が寒くなった、

「あら、それはそうでしょうけど・・・」

しかしパトリシアは何を当然の事をと涼しい顔で、

「いや、そこは否定しろ」

イフナースが思わず口を挟む、

「あん?実の姉に向かって何を言うのかしらこの愚弟は」

「自分で自分を美しいというような奴は大概だぞ」

イフナースはさらに辛辣に返すが、

「何を言うの当然でしょう、世の中の真理を口にして何が悪いのかしら?美しいものは美しい、勇ましいものは勇ましいのです、事実をありのままに評価し、定義しているだけです、明確で他に答えの無い不変の価値観ですよ、ねぇ?」

とパトリシアはマリエッテに同意を求め、マリエッテはダーと答えた、

「ほら、マリエッテもその通りと言ってますよ、ねー、マリエッテは分かっているわねー」

んー、と満足そうに微笑むパトリシアにマリエッテは無邪気な笑みを浮かべて再びダーと答えた、

「おいおい・・・」

「赤子に言葉が通じるものかよ」

クロノスとイフナースは流石に目を細めるが、

「マリエッテは賢いです、なので、分かってます」

イージスがニコニコと素直な上に真摯に答えた、はぁっ?とクロノスとイフナースはイージスを見下ろすが、

「そうよねー、分かってますわよねー、子供はねー、真実を把握しているものなのですよー、大人になるとそれを忘れてしまうんですわねー」

パトリシアは嬉しそうにマリエッテを優しく抱き上げ、マリエッテはペタペタとその頬を叩いて微笑む、

「・・・まぁ、それはそれでいいか・・・」

「だな、でだ」

クロノスはドカリと腰を下ろすと、

「あの野郎が逃げちまったからだが、さっきの話し、少しやってみるか?」

「どれだ?」

「競技がどうのこうのだ」

「?お前さん乗り気ではなかっただろう?」

「そうだがさ、よく考えれば面白そうだ、直接軍の利益にはならんだろうが、戦意高揚には使える」

「それと、仲間意識の醸成だな、俺はそっちのが大事に思う」

「それもあるな、あー、すまん、黒板か、何か書き付ける物は用意できるか?」

クロノスが壁際に控えたメイドに視線を向けると、メイドは小さく会釈をし、すぐに壁際の棚から何やら持ち出した、昨日初めて使ったこの部屋の棚の中身まで把握している、敏腕メイドとはかくあるべしと称賛に値する所作である、

「すまんな」

とクロノスはメイドから黒板と白墨を受け取ると、

「まずは、槍・・・投擲だな、弓に、スリングが一般的か・・・」

とカッカッと黒板を鳴らす、

「他には円盤とホウガンとか言っていたが、円盤はまだ分かるがホウガン・・・」

「拳大の鉄の塊と言ってました」

イージスも楽しそうに身を乗り出した、

「だな、しかしそんなもん投げてもな」

「うん、円盤も・・・いらんな」

「だな、そうなると、まずはこんなもんか」

「競走が楽しそうでした」

「競走か、しかし足の速さを競うだけってのもな・・・」

「足が速いとカッコイイです」

「そうか?」

「はい、友達と追いかけっこをします、足の速い子は一番です、勝てないです」

「アッハッハ、いいな、子供らしい」

「確かに、なら、かけっこ?競走で良いか、聞く限り距離を定めて・・・短い距離と長い距離・・・違うものかな?」

「違うらしいぞ、短い距離の方がウケるらしい」

「それは聞いたがさ、あれかな?分かりやすいからかな?」

「かもしらんな、俺としては馬術を見たいな、それこそ単純な競走でいい」

「おう、それも大事だ」

と男三人が何やら真剣に顔を寄せている、パトリシアはまったくとその様子に呆れるが、その零れ落ちる内容を耳にすると、

「馬術には戦車もいれるべきよ」

と当然のように口を挟んだ、それもかなりの大声である、

「あん?あぁ、戦車か、それもいいな」

「確かに、だが配備している軍団が少ないぞ」

「いや、今は全軍団で使ってる」

「ありゃ、そうなのか?」

「うん、魔族大戦の時には使わなかったがさ、南でも西でも、中央でもあれは何かと便利でな、配備が済んだ所では有効活用しているよ」

「合戦には使えるだろうが・・・」

「戦車こそ軍団の花形でしょう、あれほど勇壮なものは他にないわよ」

「そうだな、じゃ、戦車・・・競技としてはどうかな?競走と、的当てもいけるか・・・」

「的当て・・・」

「面白そうです」

「だな・・・」

「決闘ですわ」

さらにパトリシアが大声となる、マリエッテの手を取ってニコニコと微笑みながらも口にする事は実に血生臭い、

「それが問題なんだよ」

「しかし、やってみたいし、見てみたい・・・が・・・」

「タロウも言っていただろう規定作りが難しいってさ」

「それだな、タロウ・・・・あの野郎、そう言えばなんで逃げたんだ?あいつ」

イフナースがフッと顔を上げた、イージスも不思議そうにクロノスを見上げている、

「あー・・・あいつはそういう奴なんだ、誰にだって弱点はある、そういうもんだ」

「うちの姉様がそれなのか?」

「・・・筆頭ではあろうな・・・」

「なんだ、女嫌いか?しかし、そうは見えないが・・・ソフィアさんもいるだろ」

「うん、女嫌いではないらしい・・・いや、その件は触れるな、めんどくさい」

「ありゃ・・・まぁいいけど」

「で、決闘だな、確か、殴り合いとか言っていたか」

「おう、拳を守る必要があるとかなんとか」

「剣術もです、剣術はいいと思います」

「それもな、防具をしっかりして・・・そこだな、あくまで競技だからな、後に残る怪我は困る」

「そこはすぐに治療できるように・・・」

「何を甘い事を言っているの!!」

パトリシアは突然スクッと立ち上がり、隣りの乳母がエッと驚く、

「まて、パトリシア、興奮するな」

「してないわよ、面白そうだからこっちに来なさい、男だけでゴチャゴチャと、第一何よ、腰が引けているように聞こえるわよ」

「そりゃそうだろ・・・」

とクロノスとイフナースはここで話し込む内容ではなかったなと反省しつつ、腰を上げて場所を移さざるを得なくなったのであった。
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