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68話 冬の初めの学園祭 その15

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丁度その頃学園二階の貴賓室である、昨日の食事会でも使われたその部屋にはご丁寧にも転送陣が設置されており、音も無くそれが起動すると、

「パトリシア、無理をしては駄目ですよ」

「大丈夫です、医師にも少し歩き回るように言われておりますから」

「しかしですね、祭りのただ中は駄目です、何があるか分からないのだから」

「それも分かっています、もう、子供ではないのですから」

「いいえ、子供です、いい事?あなたは私達が死ぬまで私達の子供なのです、クサンドラ姉様の遺言なのですよ、あなた達の子として生涯面倒を見てやってくれって」

「それは何度も聞いております」

「なら、言う事を聞きなさい」

「聞いてますわよ、もう、アフラ、椅子を」

姦しい女性達が慣れた様子で転送陣を潜った、続々と上品ではあるが質素と呼べる訪問着に身を包んだ御婦人方は遠慮無く室内に雪崩れ込む、

「まぁ、あれね」

「わっ、確かにこれは凄いわね」

木窓から覗く光柱に早速と飛びつく老婦人が二人、さらに、

「わー、すごーい」

「へー・・・綺麗だわねー」

甲高い声を上げる幼児が続き、その母親であろう女性も木窓を見つめて歓声を上げた、一行は言わずもがなの王妃様一行である、エフェリーンとマルルースにパトリシアが重い腹を労わりつつ続き、ウルジュラと老婦人が二人、マリアとイージス、マリエッテを抱いた乳母、さらにアフラとメイドが数名と大所帯であった、

「ホントだー、もう、昨日からなんでしょー、昨日も来ればよかったなー、暇だったしー」

「あなたはもう、大声で話す事では無いですよ、慎みというものを知りなさい」

「えー、だってさー、ねぇ、姉様もそう思うでしょー」

「そうねぇ、思わなくはないけど、二日続けて開催するとは聞いていたでしょ、こういうのはねゆっくり見れればそれでいいのよ」

パトリシアがアフラが置いた椅子にゆっくりと腰を下ろした、その椅子はタロウが改良したイフナースの屋敷の椅子である、パトリシアは殊の外気に入り、その内の数脚を自分の物にしていた、無論イフナースが文句を言える筈も無い、姉に口答えできる弟など存在しないものなのだ、

「パトリシア、ちゃんと温かくしなさい、そんな窓辺に近い所では冷えるわよ」

パトリシアを気遣っているのはマルルースである、エフェリーンも勿論気にはしているが口うるさくは無い、マルルースが事あるごとに口出ししている為で、そこに自分も参戦しては口論は激化する事はあっても収まる事は無いであろう、絶妙な役割分担と言える、実に仲の良い事でもあった、

「はいはい、分かってます」

「あなた、暖炉に火を、使えますわよね?」

マルルースがメイドの一人に声をかけ、メイドは軽くお辞儀をしてすぐに動き出した、メイドは昨晩の食事会にも立ち会っており、この部屋の暖炉の使い方も把握している、

「先に準備をさせておくべきでしたわね、少々寒いわね、こちらは・・・」

「そうね、10月に入りましたからね、ほら、ちゃんと毛布をかけなさい、いい、寒いとか冷たいとか感じる事すら障るのですよ、温かいと感じられなかったらすぐに言うんです、お腹の子供も同じように寒いと感じているのですからね」

「分かっております」

パトリシアはムッとマルルースを見上げてメイドが小脇に抱えていた毛布を受け取った、パトリシアにすれば北ヘルデルに比べてモニケンダムはまだ充分に温かい方で、先程までいた王都はさらに温かく感じた、北ヘルデルに住んで数年であるが、だいぶ寒さには慣れてきており、ましてこちらは暑いとさえ思うのであるが、それは口にはしない方が良さそうである、恐らく口にした途端王城に収監されてしまうであろう、それはそれで楽そうだなとも思うが、やはり自分の居場所は北ヘルデルであるとパトリシアは考えており、そこで生むとも決めている、

「すごいねー、マリエッテー、わかるー」

木窓の傍ではマリアが乳母に抱かれたマリエッテに微笑みかけ、マリエッテはウーウー言いながら光柱を見つめて両腕をバタつかせている、何とも頼りなく愛らしい仕草である、

「わかるのですね、マリエッテは賢いです」

イージスもマリエッテを見上げて微笑んだ、

「そうねー、でもこれだけ派手ならね、そりゃマリエッテも分かるわよ、眩しいくらいだわ」

「はい、でもこれをユーリ先生がお作りになったのでしょう?素晴らしい技術ですね」

「確かにね、でも、これだけ出来たら楽しそうよねー、何でも作れちゃいそう」

「全くです」

親子は純粋に光柱に見入っていた、寮に顔を出している間、時折耳にはしていたが実物の巨大な光柱を見るのは初めてである、これほど華やかで煌びやかな物とは想像しておらず、只々感嘆するしかない、その隣りでは、

「これは王都にも欲しいわね」

「そうかしら、王都には壁が多いですからね、影が増えるだけですよ」

「そうかもだけど、なら、数本立てればいいのよ」

「それはそれで面倒よ、誰が管理するの」

「誰でもいいわよ、上手い事使えばいいの、薪も蝋燭も使わなくてよくなるわ」

「まぁ・・・それはそうね」

「でしょう?」

「でも、孤児院の仕事が無くなってしまうわよ、蝋燭作りは大事な収入源なんだから」

「なら、これの管理に人を回せばいいだけよ、いい、何かを始めれば人手はかかるものよ、既存の仕事を奪うと想定されるなら人をそのように使えばいいだけでしょ」

「そんな簡単なもんですか」

「そんな簡単にする為に知恵を使うのでしょう」

「その知恵だって限りがありますわよ」

「いいえ、限りは無いですよ、頭を使うだけなのに限りなんてあるもんですか」

「あら、それ前に私が言ったわよね」

「そうだったかしら?」

「パウロの口癖でしたからね」

「そうかしら?」

「惚けても駄目ですよ」

「そう言うあなたが知恵を使うべきでしょ」

「勿論よ」

老齢のご婦人二人も好き勝手に騒いでいる、王妃と王女の前であるというのに知った事ではないらしい、特に咎める者は居らず、王妃もアフラもメイド達も気にしていない、そこへ、

「失礼致します」

学園長が額に汗を滲ませて飛び込んできた、その背後にはユーリの姿もある、すると、

「パウロ、出迎えも無いとはどういう事ですか!!」

先程の老齢のご婦人が学園長の顔を見るなりその名を叫んだ、学園長はエッと足を止めてご婦人を見つめ、

「フィ・・・フィロメナか・・・フロリーナまで・・・」

額に滲んだ汗は滝と化し、驚愕に見開かれた瞳は焦点が合っていない、手足は軽く震え、背筋には汗が流れた、学園長は王妃達が遊びに来るとは聞いていた、故にある程度の段取りを付けて次は貴賓室の準備だと駆けて来たところである、しかし、来てみればすでにやんごとなき方達はそれなりに寛いでおり、さらに思いもかけない顔があった、自分の妻であるフィロメナとその姉でありロキュスの妻であるフロリーナである、

「あら、私の顔を忘れたとは言わせませんよ、何年振りかしらねー・・・」

「そうね、でも元気そうで安心したわ、ロキュスからは聞いていたから心配もしてませんでしたけど・・・」

「全くだわ、筆まめな所だけは美点だわね・・・」

二人は木窓から離れてゆっくりと学園長に詰め寄ってくる、ユーリはまためんどくさい人達が来たと瞬時に察したが、勿論口を出す事は出来ない、肩越しに二人に会釈をしてそっと室内に滑り込み、こういう事はアフラさんだわねとアフラの傍にそっと近寄ると、

「どういう事?」

と端的に問い質す、

「フィロメナ様とフロリーナ様は王妃様の御友人です、どうやらマリア様からこちらの状況を伺ったらしくて・・・確か一度いらっしゃったかと・・・」

「そうね、及ばずながらお相手させて頂きましたけど・・・えっと、大丈夫かしら?」

ユーリは三人の様子から目を離せなかった、学園長からは連れ合いの話しは数度聞いた事がある、その言葉は褒め言葉であり尊敬すらしていると感じられる内容で、しかし同時に大変に恐怖心が滲んでいるものであった、つまり苦手としているのである、そしてそれは正しくその通りのようであった、

「はい、放っておきましょう、こちらの姉妹様はそうしておくのが王国の為なのです」

アフラは実に冷静であった、慣れているのであろう、見れば王妃達もウルジュラも他人顔で光柱を見物している、

「ユーリ先生、おはようございます」

そこへ、マリアがニコニコと声をかけ、

「相変わらず素晴らしいですわね、解説等頂けるかしら?」

パトリシアもまるで気にしていないのか優雅に微笑んでいる、

「ユーリ先生ー、あれはどのような仕組みなのですか?」

さらにイージスが駆けて来た、王妃達もニコニコと笑みを浮かべて木窓に向かっており、ユーリは何だろうこの落差はと軽い眩暈を感じてしまう、なにせ、

「半年に一度は戻ると言っていたでしょう」

フィロメナが再度特大の雷を落とし、

「いや、だから、忙しくてだな・・・」

「王城には顔を出していると聞いてますよ」

「仕事で行っているのだよ、勝手が許されるものではなかろう・・・」

「あら、その程度ロキュスに言っていただければどうとでもなりますわ」

「いや、ロキュスはほら」

「陛下だって自宅に帰るなとは言わないですわよ、あの方は話せば分かる名君ですわ」

「それはそうなのだが・・・」

「いい、あなたがいない間に曾孫が三人も生まれたのです、折角存命の曾祖父がいるというのに顔も見せないで、薄情というものですよ」

「それは聞いている、しかし曾孫であろう・・・ちゃんと文は読んでおるから・・・」

「ならばこそ、無理をしてでも顔を出しなさい、その程度の権力も無いのかしらあなたには?」

「いいえ、やる気がないのですよ、きっとあれですわ、ユーリ先生やソフィアさんに囲まれて良い気分で楽しんでいるのでしょう、パウロは賢い女性が好きですからね」

「いや、それは勘違いだ、儂は賢い人物が・・・」

「嘘おっしゃい、ユーリ先生からちゃんとお話は伺ってます、あなたやっぱり長話の癖が治らないようね、学生さんにも迷惑をかけているんじゃないの?」

「それは仕方がない・・・」

「いいえ、あなたの文章力をもってすれば10語を1語にする事も出来るでしょ」

「それは少なすぎる」

「あら、若い頃のあなたなら簡単でしたわよ」

「そうね、あなたの才には心底驚いたものです」

「分かったから、いくらでも謝罪はする、ここはほら、儂としては学園長としてだな」

「それですわ、王妃様がいらっしゃるというのに迎えも用意していないとはなんたる不敬、許されませんよ」

「それは、アフラさんとも話して・・・」

「聞いております、されどです、事務員の一人、助手の一人も置いてないとは良識を疑われます」

「いや、転送陣はほら・・・」

「言い訳は結構、何よりあの転送陣はユーリ先生が開発したと聞いておりますよ、であればユーリ先生の手の者であれば隠す必要は無いでしょう」

「それは正論じゃが・・・」

「そうね、ロキュスもぼやいておりました、あいつはあれだけの人材を抱えて有効活用できておらんと、私もね先日お邪魔してその通りだと思っておりますの」

「・・・先日?それは良いが、あのな・・・」

「反論なぞ許しません」

壁を背にして学園長は姉妹二人に詰められている、にこやかでゆったりと光柱を楽しむ者と部屋の隅でギャンギャンと責め立て責められる者、常に騒がしく姦しい寮であってもこのような光景は見る事が出来ない、貴重かもしれない等とユーリは思うが、恐らくこの思考が一種の逃避行動なのであろう、

「えっと・・・あっ、そうですね、はいまずは・・・あー」

とユーリはここは逃げてしまえとイージスと共に木窓に向かい、

「説明と言われましても少し難しいです、ですが大まかな構成としましては」

と王妃達を見渡して静かに言葉を使いだす、その間も、

「その髭と帽子はなんなの?むさ苦しい」

「いや、これはだな・・・」

「そうね、王国の学園を統べる長として如何なものかしら?」

「だから、これはだな・・・」

と責め続けられる学園長と、楽しそうに気持ち良く喚き散らかす姉妹であった。
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