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68話 冬の初めの学園祭 その2

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正門玄関から学舎に入ると、巨大な玄関ホールには既に人だかりが幾つか出来ていた、

「おぉー、表も盛況であったが中も多いな」

レアンがもう少し早く来れば良かったかなとハンバーグをペロッと平らげて首を捻る、どうやらモニケンダム市民の祭り好きを見誤っていたらしい、午前の早い時間からこれほどに人が集まるのかと単純に驚いている、

「そうですね、恐らくですが、以前の光柱の一件もあります、なので、皆さんやはり興味があるのでしょう」

ライニールも驚きながら冷静に分析している、定期的に開催される祭りであればこの程度の賑わいは珍しくも無いが、つい先日広報官から突然告知され、街をあげての祭りでも無い、生徒達が家族に宣伝する事はあったであろうが、それでもこの人出はライニールにしても予想外であった、

「そうだのう、むっ、あれは全身鏡かな?」

「そのようですね、昨日エレインさんが話してました、学園に寄贈したとか何とか・・・」

「なるほど、寄贈か、うむ、それも良かろう」

「あれはなんです?」

「おっ、エレインさんの手記じゃな、あれは以前にも拝見しました、姉様にも読んで頂いた、あれです」

「あぁ、そうですね、学園で掲示してあるとは伺いましたが、なるほど、こうやって掲示していたのですか」

「はい、しかし・・・少し大きくなってますね」

マルヘリートが気付いてレアンが得意気に解説したのは正確にはオリビアの手記である、玄関ホールに掲示されているそれの前には主に女性達が群がっており、しかし、レアンが疑問を持ったように掲示板は横に広くなっている様子で、以前は壁の一角を占める程度であったのが、今は一方の壁半分を占めていた、

「あー、ガクエンチョウセンセーだー」

ミナが叫ぶと同時に走り出し、

「こりゃ」

ソフィアが慌てて捕まえようとするが手は届かない、そのままミナを追ってソフィアも学園長の元に駆け寄ってしまった、

「おう、おはよう、ミナちゃん、ソフィアさんも、朝早くからありがたい」

学園長は上機嫌で二人を迎えた、

「おはようございます、センセー」

ミナの声が玄関ホールに響く、それは来客の喧噪の中にあっさりと紛れて消えた、

「おはようございます、学園長、すいません、お忙しい所」

「なんのなんの、儂はさして忙しくはしておらん、それより朝からこんなに人が集まるとは思わなんでな、嬉しい限りじゃよ」

ホッホッホと学園長は楽しそうに笑う、

「それは良かったですけど、あっ、レアン様とライニールさんがいらっしゃってます」

「なんと?」

と学園長はソフィアの背後を伺い、その二人よりもより重要なレイナウトの姿を見付けて、

「おわっ、先代様まで・・・これは、挨拶が必要だな」

「先代様?」

ソフィアが首を傾げ、ミナは良く分からずもニコニコと二人を見上げている、

「あっ、うん、えーと、あれだ、番頭さんであったか」

「あら、あー、そう言えば食事会の折に同席されてましたね」

「そうなのだ、そうなのだ、うん、これは挨拶をしないと失礼にあたろう」

「そうですねー」

ソフィアはのほほんと答えて身を躱した、学園長は失礼と一言置いて、レアンへと歩み寄り、

「お嬢様、お越しいただきありがとうございます、何よりの栄誉と思います」

喧噪の中深々と頭を垂れた、

「学園長か、楽しみにしておったのだ、今日はお忍びだからな、接待は不用だぞ」

ニヤリと応えるレアンである、

「それはそれは、こちらとしてもありがたく、何せこの人出でしてな、賓客を満足にもてなすことも難しい有様で、明日には人員を増やす予定なのですが、本日は御容赦頂けると大変嬉しい所です」

学園長は再び頭を垂れる、明日は午前の遅い時間からカラミッドとユスティーナが来賓として招かれる事となっていた、レアンもそれに同行するものと学園長は思い込んでおり、その為本日は来賓客の対応に事務員を割り当てていなかった、

「うむ、明日はな、母上も父上も来ると仰っていた、でな、その前に一通り確認したくてな」

「そんな事を言って、早く見たい行きたいと駄々をこねていたのはレアンでしょう」

マルヘリートが何を言い出すのやらと軽くからかうと、

「むっ、姉様、それを言ってはなりませんぞ、下々の前です」

「それこそ何を言っているのです、お忍びなのだから、気にしてはなりません」

「むー・・・しかし、恰好というものがですな」

「気にしないのがお忍びですよ、ね、お爺様」

「かもしらんな」

レイナウトがアッハッハと笑い声を上げた、ブスッとレアンはレイナウトを見上げ、マルヘリートはにやりと微笑む、

「学園長、活気があって実に良いな、うん、楽しませてもらいますぞ」

レイナウトが学園長に笑顔を向ける、

「先代・・・いや、番頭殿、こちらこそ嬉しい限りです・・・あー、難しいですな」

「かもしらんな」

レイナウトはニヤリと意地の悪い笑みを浮かべる、先代公爵であるのを知ったうえで番頭扱い出来る者なぞ少ないであろう、敬語を使うべきか丁寧語で充分か、学園長をしても言葉を選びかねてしまう、その点タロウはやはり特別に無神経で、クロノスらはどちらであっても目下である、悩む必要すら無い、

「あっ、そうだ、あの掲示板はどうなったのだ?広くなったように見えるぞ」

レアンが二人の遣り取りが終わった瞬間に口を挟む、

「はい、生徒から募った手記を掲示しております、大きさは倍ほどになりましたな」

「おおっ、そうであったか、それは興味深い」

「はい、まだまだ書籍とするには数が少ないですが、面白いと思いますぞ」

「むっ、これは姉様、見逃してはなりません」

レアンはミナ顔負けに駆け出し、

「もう、レアン」

マルヘリートが慌てて追いかけ、ライニールも学園長に小さく会釈をすると二人を追った、

「ふふっ、活気があって良いな、実に楽しい」

やれやれとレイナウトは学園長に話しかける、

「恐れ入ります」

学園長は小さく答えた、周囲の客達は誰も二人を気にする事は無く、掲示物やら全身鏡を向いており、ガヤガヤとした喧噪によって二人の会話が誰かに聞こえることも無いであろう、

「お主とも少し話してみたいと思っておったのだが・・・その前にあれだな、レアンが走っていたのは主の出し物なのかな?」

レイナウトの視線の先では、レアンとマルヘリートが観衆に紛れて掲示物を見上げており、ライニールはどうしたものかと二人の後ろで気が気ではない様子で、ソフィアはミナを抱き上げてレイン共に楽しそうに見上げている、しかし、ミナは今一つなのか飽きたのかキョロキョロと視線を遊ばせており、童であればそうもなろうなとレイナウトは薄く微笑んだ、

「はい、詳細をお話しますと、今の生活を何とか残したいと思いましてな」

「今の生活とな?」

「はい、私が学生の頃にふと思ったことがありましてな、歴史書や古い巻物等を読むにつけ、はて、これを遺した者達はどのような生活をしていたのかと・・・疑問を持ちました」

「ほう・・・」

レイナウトは不思議そうに学園長へ視線を向けた、

「例えばですが、恐らく・・・うん、50年前の生活は今とさほど変わらないと思うのですよ、私が生まれた頃ですな」

「確かに・・・かもしれんな」

レイナウトは自身の生まれた頃の事を思い出す、しかし、勿論であるが生誕時の記憶等あろうはずが無く、最も古い記憶でも精々10代の頃の記憶であった、

「ですが、それが100年前、200年前、1000年前となるとどのような生活であったのか・・・それを知りたいと思ったのですよ」

「それは難しかろう」

「はい、難しいというよりも無理ですな、記録として残っているのは政治だ、戦争だ、数学だ、魔法だと・・・高尚な学問か、政の記録ばかりでしてな、民草や貴族、都会にしろ田舎にしろその生活を記したものは殆ど無いのですな」

「・・・すると、あれか、貴様はそれを残したいと?」

「はい、流石ですな、話しが早い」

学園長はニコリと微笑む、学園長から見てもレイナウトは頭の回転の早い人物であった、様々な政治的歴史的な背景やしがらみがあったとしても、聡明な人物との会話は楽しいもので、それは食事会の折にもその後の密談の折にも学園長はレイナウトから高見となるが愉悦として感じとっている、同じ感覚はロキュスやボニファース王からも感じており、ほぼ同質ではあるが方向性が全く異なるものをタロウやユーリ、ソフィアからも感じ取っていた、

「ふん、なるほど・・・そうなると俄然興味が湧くな、どのような内容だ?」

「はい、まず最初に掲示したのがエレイン嬢、御存知かと思いますが、彼女のメイドが報告書としてしたためていた手記になります」

「それは聞いたな、確か、レアンが自慢げに見せてきた」

「それですね、ただの報告書なのですが、何とも面白い内容でしてな、恐らく報告書だからこそなのでしょう、在った事、エレイン嬢の様子、つらつらとした日々の事、しかし、それが過ぎますとソフィアさんや、レアンお嬢様が登場します、勿論、掲示されているものにはレアンお嬢様の名は上げておりませんが、しかし、レアンお嬢様からは自分の名前も出してよいとは言われましたかな」

「フハッ、それは良いな」

レイナウトは思わず吹き出し破顔する、

「それから商会を設立して、ついてはその金策の相談・・・屋台の事や祭りの事、その半年程度の事が実に生き生きと活写されておりましてな・・・あぁ、エレイン嬢の兄の事も少々、最初は愚痴でしたが、最後には感謝の言葉で終わっています、それもまた妙に気持ちが良い・・・」

「ほう・・・まさに赤裸々な記録という訳か・・・」

「はい、それからこれを一例として掲示しまして、生徒から手記を募ったのですよ、目標としては集めるだけ集めて書簡に纏めたいとしましてね、で、祭りの為にその一部を掲示しております、選りすぐりの手記ばかりです」

「なるほど、しかし、それで貴様の目的に叶うのか?年若い生徒達だけであろう?街の者や田舎の者達は難しかろう」

「その通りなのです、しかし、出来る事から始めませんと、これが面白いとなればこの分野での書簡が増えるかもしれません、特に都会では暇を持て余した若者が多いですからな、その者が街を活写してくれるかもしれませんし、私のように各地を彷徨って記録を残す者も現れましょう、もう私は動き回れるほど若くはないですからな、いつかどこかの誰か・・・」

「随分と他人任せだな」

「そうですね、私の不徳なのですが弟子が居りませんでな、ロキュスのように人を集める才があればと思う事もありますが、なにぶん食わせる事も難しい、まともに食えるようになったのは最近でしてな、それまでは嫁に頼りっきりでした、男としては情けない所です、ちょっとした縁で学園長等とふんぞり返っておりますが、それもクロノス殿下のお陰でありましてな、しかし折角の権力であります、ここは生徒全員を弟子と見なそうかと・・・そう考え直しまして・・・であれば、遺せるものは遺していきたい・・・そうも考えました、そして、それがきっと100年後、200年後の誰かの元に届く・・・そうして、きっと私のように過去の見知らぬ時代の生活を思い描く酔狂な者に少しでも役に立てれば本望・・・まぁ、いずれにしろ記録として残さん事には何にもならんのですな、学者的に言わせてもらえれば歴史とは記録によって作られます、恐らくその時代の価値観でもって解釈されて・・・それが良いか悪いかは分かりません、この今の時代を悪とするか善とするかもわかりません、それはそれでその変遷も研究対象となりえますな、価値観の変遷という観点の歴史になると儂は思っております、つまりは記録と歴史とその解釈、この三つが絡み合って実に面白い・・・と思うのですが、どう解釈するにしろどう脚色するにしろ元になるものが少ないと見えない部分は空想の産物に過ぎません、あの手記がその隙間を埋める一助になれば・・・あわよくば日常を文章に残すという行為を皆が楽しめればと・・・考えた次第・・・」

「壮大だな・・・いや、面白い、もし儂に出来る事があれば協力するぞ、ヘルデルでも同様の事をやってみるか?」

「なんと、それは嬉しいですが、良いのですか?」

「まぁ、例の騒動が終わってからになると思うがな」

「確かに・・・あればかりは・・・」

「うむ、そうじゃな、その時はまたゆっくりと話したいと思う、タロウ殿もそうであったが、学園長、貴様も良いな、まったく、殿下も陛下も良い人材を抱えている、羨ましい限りよ」

「そんな、勿体ないお言葉です」

学園長は思わず深々と頭を下げた、その様子に気付く者はいない、

「ふん、まぁ良い、で、他には何かあるか?貴様から見て面白そうなものは」

「そうですな・・・実はお騒がせいたしました神殿関連なのですが・・・」

学園長はすぐに頭を上げて楽しそうに続けるのであった。
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