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本編
67話 祭りを生み出すという事 その17
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それから、ソフィアは打合せを切り上げて掃除に取り掛かり、カトカは研究所へ上がる、ブラスも内庭へ戻った、そして増築部分を含めた二階の掃除が終わるころ、ドカドカと階段が鳴りクロノスがヌッとばかりに顔を出す、
「あら、おはよう」
「おう、あれは何処だ?」
クロノスは挨拶もそこそこにタロウを探しているらしい、
「宿舎で何かやってるわよ」
「宿舎?」
「うん、なんか新しい寝台を作ってるとかなんとか、ブラスさんとやってるわ」
「ほう・・・まぁ、いい、宿舎だな」
とクロノスはノシノシと階下へ下りた、ソフィアはまったくと顔を顰め、その後ろについていく、そのままソフィアは一階の掃除を始め、クロノスは勝手口から内庭に入り宿舎へ向かった、宿舎は寒くなってきているというのに玄関が開け放たれており、ミナの叫び声が内庭にまで届いていた、
「何やってんだ?」
クロノスがそのまま宿舎に顔を突っ込むと、一階の狭い居間の中央に目新しい寝台が置かれ、それには毛布が敷かれている様子である、そして、その上でミナとレインが跳ね回って遊んでいた、クロノスはん?と首を傾げる、その軽快な上下運動が何とも奇妙に見えたのだ、クロノスの知る限り人間が取りうる動作では無く、また、寝台の上で出来る動作でも無い、
「おう、おはようさん」
「おはようございます」
タロウとブラスがニヤニヤとクロノスに微笑み、ニコリーネは一瞬畏まるが、すぐに笑顔をクロノスに向けた、先日の注意が活かされているようである、
「おう、なんだ、お前さんも忙しいな」
クロノスはブラスを睨む、ブラスはえへへと誤魔化すような笑みを浮かべ、
「クロノスだー、これ楽しいよー」
ボインボインと身体を弾ませミナは上機嫌である、レインまでがミナほどにははしゃいでいないが、笑顔で揺れに身を任せていた、何とも奇妙な光景である、
「ふーん・・・で、何だこれは?」
またかとクロノスは鼻息を荒くした、不愉快そうな顔を首謀者に向ける、
「見た通りだよ、寝台だ」
「そうだよー、寝台なのー、楽しいのー」
「えーい、揺らし過ぎじゃー」
調子良く跳ねるミナをレインが叱責するが、その声はその言葉とは裏腹に明るいもので、
「だって、楽しいんだもーん」
「気持ち悪くなるじゃろー」
「なんないー」
「なるのー」
「ぶー、嘘つきー」
「嘘では無いわー」
「そうだな、ほら、ミナ、その辺にしておけ、どうだ、クロノス、試してみるか折角だ」
タロウがニヤリと微笑む、先程完成したばかりであるが、タロウとブラスは試しており、ニコリーネとミナとレインは同時に試している、ニコリーネは結局ミナに弾き出されてしまったのであるが、それでもその感触はしっかりと体感しており、これは違うなと内から湧き上がる笑みを堪えきれなかった、
「・・・試す?」
「おう、構造は簡単なんだがな、あっ、お前ほど重い奴でも耐えれるかどうかも知りたかったんだよ」
「重いって・・・だいぶ痩せたぞ、これでも」
クロノスはムッとして腹回りに手を触れた、数か月前からパトリシアやらリンドやらにギャーギャー言われ、イフナースの療養明けの修練に付き合いつつ、軍の訓練にも顔を出し積極的に身体を動かすようにしている、ここ数日は会議だ打合せだが続き動けていなかったが一時期よりはだいぶマシになったと自分では思っていたし、全身鏡に映る姿は往時に比べればだらしないが、それでも見れるようにはなってきていた筈である、
「そういう事じゃないよ、まぁ、ほれ、寝てみろ」
「寝る?」
「寝台だ、寝るのが正しい」
「そりゃそうだろうがさ」
「うー、もっと遊ぶー、クロノス邪魔ー」
「こら、そんな事を言うんじゃない、後でゆっくり遊びなさい」
タロウはミナを抱きかかえレインも渋々と寝台から降りた、物足りなそうにあからさまな不満顔である、クロノスはレインをしてこの顔をさせる程の代物かと興味が湧く、ミナであればなんでもかんでも遊び道具にするのは知っているが、レインの正体を知る以上、その力で持って実現できない事等無いと思うが、どうやらこれはレインですら初めて触れる物らしい、
「ほれ、横になってみろ、悪くないぞ」
「そうか・・・まぁ、良かろう」
クロノスは難しい顔を崩さずにそっと寝台に腰掛ける、すると、
「おっ・・・違うな・・・」
その違いにすぐに気付いた、尻が若干沈み込み、しかし、強く跳ね返されている、イフナースの屋敷のそれと同じであった、独特の反発力が奇妙な浮遊感を生み思わず頬が綻ぶ、
「だろ?」
「おう・・・あれか、あの椅子と同じ感じか?」
「だな、こっちはもっと単純だ、あれは結構苦労したんだよ」
タロウがニヤリと微笑み、ブラスがうんうんと頷いている、
「そうか」
クロノスはそのままゆっくりと身を横たえた、寝台はギシギシとその重さに非難の声を上げるが、やがてそれは止む、そして、
「おう、これはいいな・・・悪くない・・・」
身体全体が柔らかく持ち上げられているようで、貴族の寝台のように柔らかさの下にある固い底板を感じる事は無く、その上しっかりとした安定感もあった、実に不思議な感覚であった、
「だろ?」
「うむ、うん、あれだな、これに綿入りの敷物があれば完璧だな」
「あー・・・貴族様のはそうなんだっけか?」
「そうですね、綿の入った敷物は高価ですからね、やっぱり藁を敷き詰めている俺らとは違いますよ」
「まぁな、でも、綿入れのあれは温かいだけだぞ、夏場は藁の方が快適かもしれん、どっちも経験してるから言えるがさ」
「お前さんはそうだろうがな、で、どうだ?」
「どうだと言われてもあれだが・・・うん、悪くない、悪くないな」
と言いつつクロノスは起き上がろうとはしない、子供と厳つい男性に見下ろされ、まるで病気の見舞いか棺桶にでも入ったような状況であった、しかしクロノスはしっかりと目を閉じて感触を楽しんでいる、まだ午前中の早い時間にも関わらずそのまま眠りそうな勢いであった、
「ぶー、まだー、長いー」
ミナがタロウに抱えられたままジタバタと動き出す、
「ん?あっ、そうだな」
クロノスはパッと目を見開くと上体を起こし、
「うん、良いな、なんぼだ?」
とタロウとブラスを伺う、
「まだこれからだよ、これは試作品も試作品だからな」
タロウがしてやったりと微笑み、ブラスも気が早いなーと苦笑いである、
「そう言うな、売れ」
「言われなくても売るし作るがさ、まだ改良の余地があるんだよ、もう少しバネが柔らかくてもいいと思うし、丈夫な布で包みたい、やっぱり革かな?」
「そうなりますね、ほら、天幕のあれとかも革ですからね、なので、丈夫さで言えば布よりも革ですよ」
「だよなー、でも、革だと柔らかさが無くてさ」
「そこは仕方ないですよ、後から交換できるようにします?」
「そこまで必要かな?」
「すいません、俺には何とも・・・」
「色々やってみるしかないかな・・・」
「そうですねー、藁を敷いてもいいし、綿の入った敷物を置いてみるのも必要かと思います、実際どんなもんだかやってみないとですね」
「それもそうだ・・・すると、あれか・・・エレインさんにでも頼んでみるか・・・」
「どうでもいい、作れ、で、売れ」
「分ってるよ、しかし、製作は何処に頼むかな・・・やたら複合しているからな・・・やっぱり家具屋になるのかな・・・」
「うちでもいいですけど・・・」
「大工だしな」
「そうなんですよね、家具屋とフローケルの所と、でも、家具屋でこの仕掛け作ってくれますかね?」
「俺に聞かれても困る」
「確かに」
タロウとブラスはより具体的な議論に入り、ミナはここだとばかりにスルリとタロウの手を離れると寝台に飛び乗った、
「うおっ、何だ?」
「むふふー」
ミナは嬉しそうに飛び跳ねる、しかし、クロノスを揺らすほどではないようで、クロノスは微動だにせず、
「そんなものかぁー?」
とニヤリとミナを挑発する始末である、
「むー、クロノスめー」
ミナは身を弾ませてクロノスに飛び掛かるもあっさりと捕まってしまった、
「ギャー、レイン助けてー」
「仕方ないのう」
レインも再び寝台に上り、ワーギャーと身体を揺らして遊びだす子供二人とクロノスであった。
その後、クロノスとタロウの姿は荒野の施設へ移った、クロノスがタロウをわざわざ呼びに来たのはこの為である、
「おう、どうした、朝一で来るんじゃなかったのか?」
壁に転送陣の枠が並んだ異様なその一室でルーツが顔を上げ、リンドが軽く会釈を送る、
「悪いね、ちょっと作りたいものがあってさ」
タロウはニヤリと答える、明確な時間が無い社会というものは実に気楽であった、何時に集合、何時迄に来いという概念が薄く、大体この程度でしか待ち合わせは行われない、当初その習慣に慣れなかったタロウであるが、慣れてしまえばこちらの方がより人間らしくていいかもな等と感じている、
「また変な物を作っていたんだよ、リンド、あれはいいぞ、こっちでも作れないかな?」
「難しくは無いが、簡単でも無いぞ」
クロノスとタロウが空いた席に腰を下ろすが、リンドは何のことやらと首を傾げた、
「いや、まぁいい、これが終わったらお前も見て来い、大したもんだ、それよりどうだ?」
クロノスはサッと話題を切り替え本題に入る、
「うん、今朝・・・じゃないな、昨晩の到達地点が恐らくこの辺だ」
ルーツがテーブル上に広げた地図を示した、それはタロウが渡した地図とも、先日の密談で使われた地図とも異なる、テーブルいっぱいに広がる巨大な地図であり、そこには荒野の全体図がでかでかと描かれていた、
「・・・なるほど、まぁ、そんなもんだろうな・・・しかし、十日か・・・この地図が正確であればこの距離は妥当かな?」
「まぁ、昨日は出発が遅かったからな・・・今日はもう少し先に行けると思うがさ、俺のこれもあくまで目安だよ、測量したければ工兵部隊を入れろ、そっちのが正確だろ」
「そうか?お前のあれの方が遥かに信用できると思うが・・・で、現地はどうだった?」
「あぁ、ここら辺と変わらんよ、ただどうかな・・・岩の高さは低いように見えた、実測してはいないが・・・地域差はそりゃあるだろうな、風の向きだの強さだの・・・うん、まぁ大きな変化は無かったよ」
「そうか・・・」
クロノスがフムと地図を覗き込む、ルーツの差した点を見つめ、施設を示す点と要塞があるとされる点との距離を目測している、荒野の調査隊は昨日午前の遅い時間から要塞方向、王国でも既知とされる大河と湖に向けて出立した、構成員はカラミッドの私兵五人に従者が五人、王国軍からは近衛が五人兵士が五人、さらに隊長兼まとめ役としてルーツの片腕であるヒデオンが参加していた、少々大人数であったがそれは致し方ないであろう、カラミッド側の信用を得る目的もあり、また、予定では往復二〇日の行程である、それが長くなる事はあっても短くなる事は無く、野宿には慣れるであろうが冬という事もあり荷物は増え、無論食料も水も携行しなければならない、さらに先方の兵と出会う可能性もある、そうなれば恐らく戦闘になるであろう、そういった諸々を考えるとこの構成人数は少ないくらいかもしれなかった、出発前までは、
「まぁ、連中も流石に面食らってたがさ、昨日はゆっくり酒飲んでたよ、こんなに楽なら荷物はいらんなって下に置いてあるぞ山になってる」
ルーツがニヤリと微笑む、
「だろうな、近衛にも兵にも脅しみたいな事しか言わなかったしな」
クロノスもニヤリと笑い、リンドも苦笑いである、選抜された二十人の調査隊はそれぞれの主に忠実で優秀かつ将来有望な人物であった、それも当然であろう、敵情視察と戦場予定地の下見なのである、さらに往復で二十日はかかると宣告されればその過酷さは想像に難くない、故に皆、突然の下命であったがしっかりと準備し行商人のような出で立ちで参集したのである、しかし、昨日の出発の折りにより正確な計画が伝えられた、これには皆ポカンと口を開けて唖然とし、カラミッドやレイナウトもまたそのような事が可能なのかと度肝を抜かれている、それは、荒野を夕暮れ迄東進したらその付近にある巨岩へ転送陣を設置して、当番になる者はそこに残るが、それ以外の者は施設に戻って就寝するという方法で、この部屋の壁に並ぶ転送陣はその出口として用意されたものなのである、つまり当初想定された行程は半分になり、かつ荷物もその日一日分と武装で充分、さらに天幕等も簡易的なもの一つで事足り持ち運ぶ必要も無い、挙句その気になれば自宅に戻る事も出来るという、何とも肩透かしと言える程に生ぬるい任務なのであった、
「殿下の所の朝飯食って泣いてたぞ、お前、ちゃんと飯食わせているのか?」
ルーツはさらにクロノスをからかった、夕食もであるが朝食もイフナースの屋敷から運ぶこととなっており、それはルーツの担当となっている、
「そうなのか?兵の飯はだって、決まっているだろ」
「麦がゆと漬物と干し肉だろ?」
「あー、じゃ、泣くのは分かるな、今朝のは蒸しパンだっけか?あれと、ハンバーグっていったか?あれ、美味いな」
「おい、随分豪勢だな」
「確かに」
タロウも思わず頷いた、タロウでも朝からハンバーグのような凝った料理を出されたら何事かと慌てるかもしれない、
「じゃあ、あれは、あれか、殿下のお気遣いかな?」
「かもな、あいつも太っ腹だな・・・いや、あれが食いたいだけかもな」
「それもあるな、あれは美味い」
確かにと頷く四人であった。
「あら、おはよう」
「おう、あれは何処だ?」
クロノスは挨拶もそこそこにタロウを探しているらしい、
「宿舎で何かやってるわよ」
「宿舎?」
「うん、なんか新しい寝台を作ってるとかなんとか、ブラスさんとやってるわ」
「ほう・・・まぁ、いい、宿舎だな」
とクロノスはノシノシと階下へ下りた、ソフィアはまったくと顔を顰め、その後ろについていく、そのままソフィアは一階の掃除を始め、クロノスは勝手口から内庭に入り宿舎へ向かった、宿舎は寒くなってきているというのに玄関が開け放たれており、ミナの叫び声が内庭にまで届いていた、
「何やってんだ?」
クロノスがそのまま宿舎に顔を突っ込むと、一階の狭い居間の中央に目新しい寝台が置かれ、それには毛布が敷かれている様子である、そして、その上でミナとレインが跳ね回って遊んでいた、クロノスはん?と首を傾げる、その軽快な上下運動が何とも奇妙に見えたのだ、クロノスの知る限り人間が取りうる動作では無く、また、寝台の上で出来る動作でも無い、
「おう、おはようさん」
「おはようございます」
タロウとブラスがニヤニヤとクロノスに微笑み、ニコリーネは一瞬畏まるが、すぐに笑顔をクロノスに向けた、先日の注意が活かされているようである、
「おう、なんだ、お前さんも忙しいな」
クロノスはブラスを睨む、ブラスはえへへと誤魔化すような笑みを浮かべ、
「クロノスだー、これ楽しいよー」
ボインボインと身体を弾ませミナは上機嫌である、レインまでがミナほどにははしゃいでいないが、笑顔で揺れに身を任せていた、何とも奇妙な光景である、
「ふーん・・・で、何だこれは?」
またかとクロノスは鼻息を荒くした、不愉快そうな顔を首謀者に向ける、
「見た通りだよ、寝台だ」
「そうだよー、寝台なのー、楽しいのー」
「えーい、揺らし過ぎじゃー」
調子良く跳ねるミナをレインが叱責するが、その声はその言葉とは裏腹に明るいもので、
「だって、楽しいんだもーん」
「気持ち悪くなるじゃろー」
「なんないー」
「なるのー」
「ぶー、嘘つきー」
「嘘では無いわー」
「そうだな、ほら、ミナ、その辺にしておけ、どうだ、クロノス、試してみるか折角だ」
タロウがニヤリと微笑む、先程完成したばかりであるが、タロウとブラスは試しており、ニコリーネとミナとレインは同時に試している、ニコリーネは結局ミナに弾き出されてしまったのであるが、それでもその感触はしっかりと体感しており、これは違うなと内から湧き上がる笑みを堪えきれなかった、
「・・・試す?」
「おう、構造は簡単なんだがな、あっ、お前ほど重い奴でも耐えれるかどうかも知りたかったんだよ」
「重いって・・・だいぶ痩せたぞ、これでも」
クロノスはムッとして腹回りに手を触れた、数か月前からパトリシアやらリンドやらにギャーギャー言われ、イフナースの療養明けの修練に付き合いつつ、軍の訓練にも顔を出し積極的に身体を動かすようにしている、ここ数日は会議だ打合せだが続き動けていなかったが一時期よりはだいぶマシになったと自分では思っていたし、全身鏡に映る姿は往時に比べればだらしないが、それでも見れるようにはなってきていた筈である、
「そういう事じゃないよ、まぁ、ほれ、寝てみろ」
「寝る?」
「寝台だ、寝るのが正しい」
「そりゃそうだろうがさ」
「うー、もっと遊ぶー、クロノス邪魔ー」
「こら、そんな事を言うんじゃない、後でゆっくり遊びなさい」
タロウはミナを抱きかかえレインも渋々と寝台から降りた、物足りなそうにあからさまな不満顔である、クロノスはレインをしてこの顔をさせる程の代物かと興味が湧く、ミナであればなんでもかんでも遊び道具にするのは知っているが、レインの正体を知る以上、その力で持って実現できない事等無いと思うが、どうやらこれはレインですら初めて触れる物らしい、
「ほれ、横になってみろ、悪くないぞ」
「そうか・・・まぁ、良かろう」
クロノスは難しい顔を崩さずにそっと寝台に腰掛ける、すると、
「おっ・・・違うな・・・」
その違いにすぐに気付いた、尻が若干沈み込み、しかし、強く跳ね返されている、イフナースの屋敷のそれと同じであった、独特の反発力が奇妙な浮遊感を生み思わず頬が綻ぶ、
「だろ?」
「おう・・・あれか、あの椅子と同じ感じか?」
「だな、こっちはもっと単純だ、あれは結構苦労したんだよ」
タロウがニヤリと微笑み、ブラスがうんうんと頷いている、
「そうか」
クロノスはそのままゆっくりと身を横たえた、寝台はギシギシとその重さに非難の声を上げるが、やがてそれは止む、そして、
「おう、これはいいな・・・悪くない・・・」
身体全体が柔らかく持ち上げられているようで、貴族の寝台のように柔らかさの下にある固い底板を感じる事は無く、その上しっかりとした安定感もあった、実に不思議な感覚であった、
「だろ?」
「うむ、うん、あれだな、これに綿入りの敷物があれば完璧だな」
「あー・・・貴族様のはそうなんだっけか?」
「そうですね、綿の入った敷物は高価ですからね、やっぱり藁を敷き詰めている俺らとは違いますよ」
「まぁな、でも、綿入れのあれは温かいだけだぞ、夏場は藁の方が快適かもしれん、どっちも経験してるから言えるがさ」
「お前さんはそうだろうがな、で、どうだ?」
「どうだと言われてもあれだが・・・うん、悪くない、悪くないな」
と言いつつクロノスは起き上がろうとはしない、子供と厳つい男性に見下ろされ、まるで病気の見舞いか棺桶にでも入ったような状況であった、しかしクロノスはしっかりと目を閉じて感触を楽しんでいる、まだ午前中の早い時間にも関わらずそのまま眠りそうな勢いであった、
「ぶー、まだー、長いー」
ミナがタロウに抱えられたままジタバタと動き出す、
「ん?あっ、そうだな」
クロノスはパッと目を見開くと上体を起こし、
「うん、良いな、なんぼだ?」
とタロウとブラスを伺う、
「まだこれからだよ、これは試作品も試作品だからな」
タロウがしてやったりと微笑み、ブラスも気が早いなーと苦笑いである、
「そう言うな、売れ」
「言われなくても売るし作るがさ、まだ改良の余地があるんだよ、もう少しバネが柔らかくてもいいと思うし、丈夫な布で包みたい、やっぱり革かな?」
「そうなりますね、ほら、天幕のあれとかも革ですからね、なので、丈夫さで言えば布よりも革ですよ」
「だよなー、でも、革だと柔らかさが無くてさ」
「そこは仕方ないですよ、後から交換できるようにします?」
「そこまで必要かな?」
「すいません、俺には何とも・・・」
「色々やってみるしかないかな・・・」
「そうですねー、藁を敷いてもいいし、綿の入った敷物を置いてみるのも必要かと思います、実際どんなもんだかやってみないとですね」
「それもそうだ・・・すると、あれか・・・エレインさんにでも頼んでみるか・・・」
「どうでもいい、作れ、で、売れ」
「分ってるよ、しかし、製作は何処に頼むかな・・・やたら複合しているからな・・・やっぱり家具屋になるのかな・・・」
「うちでもいいですけど・・・」
「大工だしな」
「そうなんですよね、家具屋とフローケルの所と、でも、家具屋でこの仕掛け作ってくれますかね?」
「俺に聞かれても困る」
「確かに」
タロウとブラスはより具体的な議論に入り、ミナはここだとばかりにスルリとタロウの手を離れると寝台に飛び乗った、
「うおっ、何だ?」
「むふふー」
ミナは嬉しそうに飛び跳ねる、しかし、クロノスを揺らすほどではないようで、クロノスは微動だにせず、
「そんなものかぁー?」
とニヤリとミナを挑発する始末である、
「むー、クロノスめー」
ミナは身を弾ませてクロノスに飛び掛かるもあっさりと捕まってしまった、
「ギャー、レイン助けてー」
「仕方ないのう」
レインも再び寝台に上り、ワーギャーと身体を揺らして遊びだす子供二人とクロノスであった。
その後、クロノスとタロウの姿は荒野の施設へ移った、クロノスがタロウをわざわざ呼びに来たのはこの為である、
「おう、どうした、朝一で来るんじゃなかったのか?」
壁に転送陣の枠が並んだ異様なその一室でルーツが顔を上げ、リンドが軽く会釈を送る、
「悪いね、ちょっと作りたいものがあってさ」
タロウはニヤリと答える、明確な時間が無い社会というものは実に気楽であった、何時に集合、何時迄に来いという概念が薄く、大体この程度でしか待ち合わせは行われない、当初その習慣に慣れなかったタロウであるが、慣れてしまえばこちらの方がより人間らしくていいかもな等と感じている、
「また変な物を作っていたんだよ、リンド、あれはいいぞ、こっちでも作れないかな?」
「難しくは無いが、簡単でも無いぞ」
クロノスとタロウが空いた席に腰を下ろすが、リンドは何のことやらと首を傾げた、
「いや、まぁいい、これが終わったらお前も見て来い、大したもんだ、それよりどうだ?」
クロノスはサッと話題を切り替え本題に入る、
「うん、今朝・・・じゃないな、昨晩の到達地点が恐らくこの辺だ」
ルーツがテーブル上に広げた地図を示した、それはタロウが渡した地図とも、先日の密談で使われた地図とも異なる、テーブルいっぱいに広がる巨大な地図であり、そこには荒野の全体図がでかでかと描かれていた、
「・・・なるほど、まぁ、そんなもんだろうな・・・しかし、十日か・・・この地図が正確であればこの距離は妥当かな?」
「まぁ、昨日は出発が遅かったからな・・・今日はもう少し先に行けると思うがさ、俺のこれもあくまで目安だよ、測量したければ工兵部隊を入れろ、そっちのが正確だろ」
「そうか?お前のあれの方が遥かに信用できると思うが・・・で、現地はどうだった?」
「あぁ、ここら辺と変わらんよ、ただどうかな・・・岩の高さは低いように見えた、実測してはいないが・・・地域差はそりゃあるだろうな、風の向きだの強さだの・・・うん、まぁ大きな変化は無かったよ」
「そうか・・・」
クロノスがフムと地図を覗き込む、ルーツの差した点を見つめ、施設を示す点と要塞があるとされる点との距離を目測している、荒野の調査隊は昨日午前の遅い時間から要塞方向、王国でも既知とされる大河と湖に向けて出立した、構成員はカラミッドの私兵五人に従者が五人、王国軍からは近衛が五人兵士が五人、さらに隊長兼まとめ役としてルーツの片腕であるヒデオンが参加していた、少々大人数であったがそれは致し方ないであろう、カラミッド側の信用を得る目的もあり、また、予定では往復二〇日の行程である、それが長くなる事はあっても短くなる事は無く、野宿には慣れるであろうが冬という事もあり荷物は増え、無論食料も水も携行しなければならない、さらに先方の兵と出会う可能性もある、そうなれば恐らく戦闘になるであろう、そういった諸々を考えるとこの構成人数は少ないくらいかもしれなかった、出発前までは、
「まぁ、連中も流石に面食らってたがさ、昨日はゆっくり酒飲んでたよ、こんなに楽なら荷物はいらんなって下に置いてあるぞ山になってる」
ルーツがニヤリと微笑む、
「だろうな、近衛にも兵にも脅しみたいな事しか言わなかったしな」
クロノスもニヤリと笑い、リンドも苦笑いである、選抜された二十人の調査隊はそれぞれの主に忠実で優秀かつ将来有望な人物であった、それも当然であろう、敵情視察と戦場予定地の下見なのである、さらに往復で二十日はかかると宣告されればその過酷さは想像に難くない、故に皆、突然の下命であったがしっかりと準備し行商人のような出で立ちで参集したのである、しかし、昨日の出発の折りにより正確な計画が伝えられた、これには皆ポカンと口を開けて唖然とし、カラミッドやレイナウトもまたそのような事が可能なのかと度肝を抜かれている、それは、荒野を夕暮れ迄東進したらその付近にある巨岩へ転送陣を設置して、当番になる者はそこに残るが、それ以外の者は施設に戻って就寝するという方法で、この部屋の壁に並ぶ転送陣はその出口として用意されたものなのである、つまり当初想定された行程は半分になり、かつ荷物もその日一日分と武装で充分、さらに天幕等も簡易的なもの一つで事足り持ち運ぶ必要も無い、挙句その気になれば自宅に戻る事も出来るという、何とも肩透かしと言える程に生ぬるい任務なのであった、
「殿下の所の朝飯食って泣いてたぞ、お前、ちゃんと飯食わせているのか?」
ルーツはさらにクロノスをからかった、夕食もであるが朝食もイフナースの屋敷から運ぶこととなっており、それはルーツの担当となっている、
「そうなのか?兵の飯はだって、決まっているだろ」
「麦がゆと漬物と干し肉だろ?」
「あー、じゃ、泣くのは分かるな、今朝のは蒸しパンだっけか?あれと、ハンバーグっていったか?あれ、美味いな」
「おい、随分豪勢だな」
「確かに」
タロウも思わず頷いた、タロウでも朝からハンバーグのような凝った料理を出されたら何事かと慌てるかもしれない、
「じゃあ、あれは、あれか、殿下のお気遣いかな?」
「かもな、あいつも太っ腹だな・・・いや、あれが食いたいだけかもな」
「それもあるな、あれは美味い」
確かにと頷く四人であった。
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明日を信じて生きていきます~異世界に転生した俺はのんびり暮らします~
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異世界に転生した主人公は、新たな冒険が待っていることを知りながらも、のんびりとした暮らしを選ぶことに決めました。
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一種の童話感覚で物語は語られます。
童話小説を読む感じで一読頂けると幸いです
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スキル間違いの『双剣士』~一族の恥だと追放されたが、追放先でスキルが覚醒。気が付いたら最強双剣士に~
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この世界では5歳になる全ての者に『スキル』が与えられる――。
洗礼の儀によってスキル『片手剣』を手にしたグリム・レオハートは、王国で最も有名な名家の長男。
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突如そう父に告げられたグリムは、家族からも王国からも追放され、人が寄り付かない辺境の森へと飛ばされてしまった。
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悪行貴族のはずれ息子【第1部 魔法講師編】
白波 鷹(しらなみ たか)【白波文庫】
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https://www.alphapolis.co.jp/novel/162178383/450916603
「お前みたいな無能は分家がお似合いだ」
幼い頃から魔法を使う事ができた本家の息子リーヴは、そうして魔法の才能がない分家の息子アシックをいつも笑っていた。
東にある小さな街を領地としている悪名高き貴族『ユーグ家』―古くからその街を統治している彼らの実態は酷いものだった。
本家の当主がまともに管理せず、領地は放置状態。にもかかわらず、税の徴収だけ行うことから人々から嫌悪され、さらに近年はその長男であるリーヴ・ユーグの悪名高さもそれに拍車をかけていた。
容姿端麗、文武両道…というのは他の貴族への印象を良くする為の表向きの顔。その実態は父親の権力を駆使して悪ガキを集め、街の人々を困らせて楽しむガキ大将のような人間だった。
悪知恵が働き、魔法も使え、取り巻き達と好き放題するリーヴを誰も止めることができず、人々は『ユーグ家』をやっかんでいた。
さらにリーヴ達は街の人間だけではなく、自分達の分家も馬鹿にしており、中でも分家の長男として生まれたアシック・ユーグを『無能』と呼んで嘲笑うのが日課だった。だが、努力することなく才能に溺れていたリーヴは気付いていなかった。
自分が無能と嘲笑っていたアシックが努力し続けた結果、書庫に眠っていた魔法を全て習得し終えていたことを。そして、本家よりも街の人間達から感心を向けられ、分家の力が強まっていることを。
やがて、リーヴがその事実に気付いた時にはもう遅かった。
アシックに追い抜かれた焦りから魔法を再び学び始めたが、今さら才能が実ることもなく二人の差は徐々に広まっていくばかり。
そんな中、リーヴの妹で『忌み子』として幽閉されていたユミィを助けたのを機に、アシックは本家を変えていってしまい…?
◇過去最高ランキング
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週間ランキング(異世界ファンタジー):43位
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