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67話 祭りを生み出すという事 その10

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翌朝、家畜小屋には登園した学生達が集まっており、ガヤガヤと騒がしく、しかし、それは若干の距離を空けた遠慮がちなもので若者にしては随分と礼儀正しいと思いきや、その視線の先にいる学園長と事務長、建築学科の講師であるエーリクがいた為のようであった、学生達としてはやはりエーリクは別として学園の責任者である二人は別格の存在で近寄りがたいものなのであろう、それ以上に学園長に捕まると無理難題を吹っ掛けられるか話し始めるとめんどくさいとの噂が飛び交っており、二人と学生との距離がそのまま関係性を表しているように見える、

「餌に関してはそんな感じです」

その三人の視線の先ではタロウを飼育担当になる農学科の講師達が取り囲んでいる、その中でもここの責任者となるルカスは熱心に黒板を鳴らし、

「豚には飼葉は必要無いのですか?」

と質問を投げかける、

「不要ではありません、与えれば食べます、その場合は裁断してあげると良いかと、しかし、恐らくですが、雑穀・・・そうですね、やはり安い穀物とかが良いかと思いますが、そちらを中心に、それと例えばですが、胡麻とかオリーブ等の油を絞った後のカスですね、これも充分に栄養が残っているので有効です、それと、基本的に雑食なので肉も果物も食べます、しかし、食べるからと言っても、餌代が馬鹿になりませんからね、その辺は要調整かと思います、こちらの地で用意できる餌で飼育して、どのように育つかも研究対象となると思います」

タロウは真摯に答える、質問が出るのはそれだけ真剣である事の証であった、

「なるほど、確かにそうですね、そうだ、繁殖に関してなのですが」

タロウが一方的に説明する必要も無く、ルカスは次々と必要と思われる質問を投げて来た、タロウは流石だなと思いつつ、分かる範囲で回答する、

「良い感じかな?」

それを見守るエーリクが満足そうに鼻を鳴らした、今朝一番で家畜小屋に獣が入っていると学生達が騒いでおり、どういう事かと顔を出せば、確かに見慣れぬ獣が横になっている、さらにタロウと学園長、農学の講師陣が顔を並べており、使用する事も家畜の搬入も聞いていなかった為、大変に度肝を抜かれたのであるが、家畜達やタロウの様子を見る限りどうやら馬房の改築と修繕は上手い事いっているらしく、家畜達はのんびりと大きな身体を横たえたり、小さな獣は狭いながらも柵の中で元気に走り回っている、

「そうじゃな、エーリク先生に任せて正解じゃったわ」

学園長が満足そうに微笑む、

「ふん、おだてには乗らんぞ」

エーリクはすぐさま憎まれ口を叩くが内から込み上げる笑みは抑えられない、

「ふふっ、でな、実は向こうの大きい獣な、ウシと呼ぶのだが、もう少し連れてきたいらしくてな」

「むっ・・・いっぱいであろう」

「じゃから、同じ規模で増設できんかなと思ってな」

「それは一仕事だな・・・」

「早めの方が良いとのことでな、ほれ、冬場の慣れの問題もある、どうかな?」

「どうかなって、学園長・・・やれと言われればやるし、学生の実習にも丁度良いが、しかし、馬房と同じで良いのか?」

「それじゃ、ここ数日タロウ殿が指導してくれる事となっている、それとルカスの意見も入れて設計から始めて欲しい」

「そうなるか・・・うむ、であれば・・・うむ、構わんぞ」

「宜しく頼む」

学園長がニヤリと微笑む、別途エーリクと打合せをしようと昨晩から考えていたのであった、丁度本人が顔を出した為さっさと捻じ込んでしまう、現場仕事となるとやはりエーリクは話しが速い、そして何ともうきうきと落ち着きが無くなった、タロウとルカスを捕まえたいのであろう、しかし、農学科の講師陣の邪魔をするほど子供ではない、その辺はしっかりと弁えているらしい、そこへ、

「あっ、タロウさんだ、あれ、タロウさんだ」

学生達の間からタロウの名前を呼ぶ声が響いた、オッと学園長が振り返ると、男子生徒達の間を縫って、サレバの顔が一番前の低い位置にヌッと突き出している、

「おう、サレバさんか・・・そうじゃ、農学であったな・・・」

学園長がニヤリと微笑むと学生達に近づく、先頭にいる生徒達は距離を取ろうと後退るが、後ろの生徒が壁になって動けず、すると、サレバが押し出されるように学園長の前にピョンとはみ出した、

「おはようございます、学園長」

しかし、そんな事はお構いなしにサレバは大声で朝の挨拶である、

「おはよう、サレバさん、お主どうだ?飼育にも興味があるか?」

「勿論です、あれですよね、ウシとブタですよね、タロウさんから聞きました」

「そうかそうか、では、どうしようかな・・・ほれ、もう少し側に寄って見物しなさい、あっ、農学の生徒、前に来なさい、農学で飼育する事になるからな、他の生徒は下がるように、今日は一旦な」

学園長が大声で生徒達をまとめにかかる、そろそろ一時限目が始まる頃合いであった、

「きゃー、嬉しいー」

サレバは駆け出して学園長の脇をすり抜けると豚の柵に貼り付いた、

「わっ、可愛い、これ赤ちゃん?うりぼうみたいだー」

一人キャーキャーと騒ぎ出すサレバに、続々と農学科の生徒達も続き、他の科の生徒は渋い顔で引き下がった、

「あら・・・あっ、サレバさんか」

黄色い歓声にタロウと講師陣も振り返る、

「今日はこれの観察から始めますか、学園祭の準備もありますが、少々であれば良いでしょう」

「そうですね、それと、牛の乳しぼりも、早いうちに慣れさせましょう」

「確かに」

講師陣は早速と打合せである、新しい家畜の導入は学園長から事前に通達があり、かつエーリクの改修工事にも関与していた、しかしその導入が今日になるとは思っておらず、さらに昨晩のうちに行われ、朝には家畜達が我が物顔で家畜小屋の主となっていた、これには不満の一つも言いたくなった一同であるが、タロウがその飼育に関する知識を紳士的に且つ惜しげも無く提供した事によって溜飲を下げた、そして何よりその家畜は興味深かった、タロウ曰く、牛は山羊以上にミルクの量が多いらしく、ミルクを大量生産するには山羊よりもこちらの方が適しており、豚に関しては飼育の簡便さもそうであるが多産で発育も速いらしい、王国で主流となっている鶏のようにどちらも既に家畜化が済んでいる為、人にも従順でかつ穏やかな性質でもある、王国での飼育方法や繁殖方法、病気に対する処置等々、これから確立すべき問題点は多いが、今後の発展を考えればこれほどに有益な研究対象は無く、ルカスは当然として他の講師達もその有用性と将来性に感づき目の色が若干変わっている、

「では、私もまた顔を出します、私で分かる事があればそこで」

タロウは講師陣を見渡して笑顔を浮かべた。



「昨日は酷かったぞ」

「あれは、お前が悪い」

「知るか言ってろ」

「それこそ知るか、学園長には待つように言っておいたぞ、俺は」

「俺は聞いてない」

「それこそ知るか」

「まぁまぁ、楽しかったではないか」

イフナースがアッハッハと心底楽しそうに笑い声を上げた、クロノスはムスッとイフナースを睨み、タロウは申し訳なさそうに微笑む、タロウは学園で講師陣の相手をした後、その足でイフナースの屋敷に向かった、転送陣を潜っただけで大した距離では無い、屋敷にはクロノスとイフナースが談笑しており、ブレフトが側に控えている、クロノスはタロウの顔を見るなり不平をぶつけた、昨晩の子豚を追いかけた件であろう、子豚は思った以上に逃げ出しており、闇の中ヒーヒー言いながらいい歳をした大人が駆けずり回ったのだ、文句の一つも言いたくなるのはわかる、それが自分の責任だとしてもであった、

「まったく、まぁいい、で、向こうは?」

「まだですね、調査隊の一行と思われる集団が集まっておりますので、そろそろかと」

クロノスがやれやれとブレフトに問うと、ブレフトが静かに答えた、その視線の先は木戸に向かっており、そこから正門を見下ろしているようで、その言葉の通り、如何にもな旅装に身を包んだ一団が門衛の隣でひと固まりになっている、主を待っているのであろう、

「そうか・・・で、昨日話したんだろ?」

クロノスが鼻息交じりでタロウへ視線を移した、

「ありゃ、誰から聞いたんだ?」

「ユーリだよ、公爵様が遊びに来てたってな」

「そうか、なら、あれも顔を出せばいいのに」

「めんどいんだろ」

「確かにそうだがさ」

「で?」

「でって言われてもさ・・・まぁ、うん、あれは話せるなやっぱり」

タロウは素直な感想を口にする、少なくとも昨日のレイナウトはタロウの知る番頭である所のレイナウトとそう変わりない、腹を割る覚悟等必要無く、気楽に話せる人物であり、また他者を思いやる心遣いが感じられた、人格者と評して違わない人物であるとタロウは感じている、

「そうか、他には?」

「あー・・・俺を取り込みたいらしいが、それはまぁ、取り合えずこの一件が終わってからって事にして逃げたよ」

「へー・・・」

「ほー・・・」

クロノスとイフナースがタロウを見つめる、確かにタロウ程の人物であれば手元に置きたいと思う為政者は多かろう、何かと便利で巧緻に長けている、挙句現状、明確な役職も無いし所属先も無い、王家が手をこまねいているのであれば先に手を出そうと考えるのも無理からぬことである、

「なんだよ」

「いや、お前を乗りこなせる者がいればいいがな・・・」

「まったくだ」

「あん?俺は暴れ馬か何かか?」

「違うのか?」

「・・・違わないか・・・」

「自分で言うかね」

「いや、そっちが言い出したんだよ」

「そうだがさ、そこは少々謙遜するもんだろ」

「悪く言われているのを謙遜するのか?」

「・・・それもそうか・・・」

「それもそうだ・・・」

クロノスとイフナースははて?と首を傾げてしまう、ブレフトは思わず微笑んでしまった、気の置けない者同士の適当な会話は客観的に見る限りにおいては微笑ましいもので、さらにクロノスとタロウは長い付き合いである為、それが当然なのであろうが、そこにイフナースが加わっているのがまた嬉しくもあったのだ、五年も伏していた主なのである、その若者として貴重で有意義に過ごせた筈の期間をイフナースは今急速に取り戻しつつある、ブレフトからすると若干幼い言動も垣間見えるが、しかし、その根底にあるのはしっかりとした為政者の意識であり、生まれた時からそうであるようにと厳しく教育された賜物でもあった、

「あっ、いらっしゃいましたね」

ブレフトがその優しい笑みを誤魔化すように口を開く、正門前には二台の馬車が連なっており、門衛の案内で内庭へと通されているようだ、

「そうか」

「さて」

クロノスとイフナースが腰を上げる、

「じゃ、俺は先に、ルーツも来てるのか?」

「施設の方に入られております」

ブレフトが答える、

「はい、じゃ、現地で」

タロウはそそくさと部屋の隅、衝立に囲われた転送陣を潜る、

「あっ、あいつの肩書どうするかな・・・」

その背を見送ってクロノスが呟いた、ボニファースと相談が必要と思っており、まだ明確な案も無い、本人の了承が取れた為、それで良いかと後回しにしてしまっていた、

「何だそれ?」

「ほれ、これからあいつを引き摺り回すのにさ、あったら便利だろ」

「あー・・・そういう事か、じゃ、俺の相談役でいいぞ」

「なら、俺の相談役にするよ」

「何だ、子飼いにするつもりか?」

「お前こそだろ」

「いや、俺はあいつの弟子だぞ」

「・・・それを言ったら俺もだぞ」

「そうなのか?」

「世間的にはそう呼ばれる筈だ」

「何だ、兄弟子だったのか・・・甘えていいか?」

「何だ気持ち悪い」

「兄弟子だろ?」

「世間的にはだ」

「充分だろ・・・その前に義兄様であったな」

「・・・それもそうだが」

「今更か」

「お前ね、勝手に納得するなよ」

「じゃ、ごねるか」

「女、子供じゃないんだ、止めておけ」

「それもそうだな」

二人が適当に言い争っているのをブレフトはヤレヤレと頬が持ち上がるのを必死に抑えるのであった。
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