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本編

67話 祭りを生み出すという事 その2

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「おう、こっちか」

まだ埃っぽさが漂う建設中の風呂場にクロノスがフラリと顔を覗かせた、

「あー、クロノスだー」

ミナが駆け寄り、ニコリーネは振り返って声も無く壁際に身を引いた、

「おはようさん、もうそんな時間か?」

タロウも振り返り、

「おはようございます」

ブラスがビシッと背筋を正す、

「少し早いな、ほれ、こっちの打合せも必要だろ?」

クロノスはミナを抱き上げそのまま小脇に抱えた、

「むー、クロノスめー」

そのままクロノスをポカポカ叩くミナであるが、クロノスは空いた片手でそれをいなしつつ、

「ほう・・・これが風呂か・・・」

と室内を見渡した、

「少し派手だがな」

「ですね」

タロウとブラスがニヤリと微笑み、レインはその足元で自慢げに胸を張った、クロノスが来るまで五人はほぼ完成したタイル画を見上げてあーでもないこーでもないと打合せを繰り返し、何とか床に張るタイルの図画が決定し細部を詰めていた所であった、

「そうなのか?良いと思うぞ、うん、これは例の大樹だろ、好きだなお前も」

クロノスがニコリーネへ視線を移すと、ニコリーネは畏まって目を伏せた、

「まぁ、そう緊張するな、ここは城ではないからな、こいつみたいに自由にしろとは言わんがさ、そんなに固くなる事は無い」

クロノスがミナの頭をむしゃくしゃと撫でると、

「うー、やめろー、クロノスめー」

嬉しそうにジタバタ暴れるミナである、ニコリーネはやっと笑顔を浮かべて顔を上げた、

「それでいい、で、それはなんだ?」

「ニャンコー、見て分かるでしょー、ニャンコー」

「それは分かるぞ、馬もいるな」

「うん、お馬さーん」

「で、それは?」

「メダカー」

「あぁ・・・食堂のあれか・・・」

「そうなのー、えっとね、えっとね、ヨクソウにもいるのよー」

「ヨクソウ?」

「うん、あれー、お湯入れるとこー」

「どれどれ」

ミナを小脇に抱えたクロノスが浴槽を覗き込み、ミナは浴槽の縁に手と顎を乗せる、丁度良い高さであった、

「これー、可愛いでしょー」

「うん、へー、面白いな」

「でしょー、ミナとレインとニコのリキサクなのー」

「力作か」

「そうなのー」

クロノスの丸くなった背を見て、タロウはとりあえず好きにさせておくかと打合せに戻った、タロウの構想を先程まで話しており、ブラスはそれを黒板片手に聞き取っていた、以前図面を前にして行ったそれから変更点や改良点が多く出されている、タロウにしろブラスにしろ初めて作る風呂場である、タロウはある程度の知識があるとはいえ、やはり建築の専門家では無い、実際に形になって初めて気付く事もあれば、あれが足りないこれが欲しいともなってくる、

「了解しました」

ブラスがフンフンと黒板を確認する、

「うん、お願い、皿・・・なんか排水溝皿っていうらしいから俺もそう呼んでるんだけどさ、これはリノルトさんに頼んであるから確認してほしいかな、それと前にも言った金具な、それも確認頼む」

「はい、そうします」

タロウが一番気にしているのが排水溝であった、現状は部屋の隅に穴がポカリと開いた状態でそういうものだと思えば慣れるだろうが、やはり気になる、なにより何か不気味であった、それは恐らく本能的なものなのであろう、真っ黒く闇が続いている穴なのである、一目見た時は怖いと感じた、タロウでさえである、さらに構造を考えれば虫やらなにやらが這い上がってきても不思議ではないし、この風呂場を使うのは風呂の文化を持たない生徒達である、足を引っかける懸念もあり、やはり何らかで塞ぐ必要があるなと実物を目にして痛感したのだ、

「・・・じゃ、こんなもんかな?」

「そうですね、厨房の方はどうします?」

「それは任せるよ、ソフィアの使い勝手がいいようにして貰えればいいさ、下手に口を出すと後が怖い」

「あー、それありますよね」

「だろー」

二人が苦笑いで打合せを切り上げると、レインが楽しそうにブラスの黒板を背伸びして覗き込み、ミナは浴槽内に座り込んでクロノス相手にキャッキャッと嬌声を上げていた、

「あー、こっちは終わったぞ」

「おう、どれ、ほら、上がってこい」

クロノスも腰を上げるが、

「むー、引っ張ってー、無理ー」

「あん?」

「無理ー、のぼれないー」

「あー、まったく」

クロノスがよいせとミナを持ち上げ床に立たせた、ミナはニマニマと満足そうで、

「えへへー、あとはーあとは何するのー」

とタロウの足にしがみついた、

「こっちはこんなもんだ、後はお仕事、ミナはお勉強」

「えー、ミナもお仕事ー」

「駄目だ、お前最近勉強してないだろ、ソフィアに怒られるぞ」

「別にいいー」

「良くない、俺が怒られるの」

「だからいいのー」

「良くないの」

「タロウが怒られるんでしょー」

「そうだぞ」

「だからいいー」

「だから良くないの」

ギャーギャー喚きながら二人は食堂へ向かい、まったくとクロノスとニコリーネが続いた。



「で、お前さんとしてはどうなんだ?」

クロノスとタロウがガラス鏡店の二階、食事会の開かれた部屋の件の椅子に腰を下ろすと、メイドが茶を出す間もなくクロノスが口を開いた、

「何が?」

「どこまで付き合うつもりだ?」

クロノスが片目を瞑ってタロウを睨む、タロウはあーそういう事かと顎の下を人差し指でかいた、

「今回は、いや、今回もだな、お前さんには感謝するしかないんだが・・・本気で協力してくれるなら、役職に付くなり俺の傘下に入るなり明確にしてくれ、フラフラされるとこちらが迷惑だ」

「それは・・・分かるなー・・・」

「だろう?」

メイドが茶を供して引き下がると、クロノスはすぐにそれに手を伸ばし、タロウはメイドにニコリと笑顔を向けて謝意を示した、

「だから・・・どうするつもりなのかと思ってな」

「・・・」

タロウは小さく首を傾げた、クロノスはざっくばらんに口にしているが、クロノスの立場からすれば最重要事である、その言葉の通り、個人的には感謝する事はあれ邪険にする事はありえず、また友人として仲間として信頼しているし恩もある、しかし為政者であり、軍の高官としての立場となるとその信頼のみに依拠してタロウに頼り続けるのは非常にまずい状況であった、まず現状のように好き勝手に振る舞う事は本来であれば許されるはずも無く、まかり間違ってその場で首を落とされても誰も擁護しないであろうし出来ない、それが例え権力者側からの依頼事で動いている最中であってもである、タロウやかつてクロノス一派とされる他の四人に関しては王自ら伯爵相当の権威を認めているが、それであっても無礼は無礼で、ましてタロウ達の名は伏せられている、現状その正体を知っている人物が常に側にいる為に問題は起きていないが、そうでない場合や不測の事態も当然あるわけで、その際に近衛や警護の者に取り囲まれても不思議はない、そうなったとしても何とでも出来るしどうとでもなるであろうとクロノスは思っており、タロウもそう考えているがそれが引き金になってより多くの血が流れる事態は誰も望んでいない、さらに軍にしろ政治にしろその組織外の人物に発言権を与え続けるのは難しい、何らかの肩書を与え、その上で誰かの下に置く事を明文化し公表する必要がある、特に軍に於いては肩書と派閥が重要であり、政も同じことで、ロキュスも相談役というフワフワとした肩書を持っているが、それ故に王城への出入りも会議への出席も問題無く行われており、誰も異議を唱えない、やはり官僚社会にしろ軍社会にしろ何より必要なのが立場と権威を明確にする事なのであった、

「今の感じが楽でいいんだが・・・」

タロウは本音を呟いた、クロノスの事情は良く分かる、唐突であったが第三者を交えない場でこの話題を口にしたのもクロノスの仲間意識故であろう、

「それだとな、難しいのは分かるだろ、お前さんなら」

「そうだがさ」

「だから・・・せめて、ほれ、ユーリみたいな感じでもいいんだよ、王国の学園組織の一員でそこの講師なり研究員となればそれだけで身の保証になる、相談役として呼びやすいし、学園長の補佐としてであれば何処にでも呼び出せる、専門性も明確だろあいつの場合は」

「便利に使いやすい?」

「はっきり言えばそうだ、官でも軍でもいいんだがよ、何ならここの領主の下でも構わん」

「何だ、敵に回ってもいいってことか?」

「最悪な、お前を招聘するのも使うのも少しは楽になるさ、文句もあろうし反抗心があるのも分かっているが建前上公爵も伯爵も王家の下にある事には変わりない、言う事は聞かないがいつまでも逆らえる事ではない、実際税金は律儀に収めているし役人の一部は王都からの派遣だ、市民が軍役に就くのも邪魔していない、陛下もそれでいいとお考えのようでな、細かい情報も入ってきてる、真偽の程はルーツ頼みだが現時点では明確な行動は見られない、私兵の増強はあるがその気持ちは分かるしな・・・まぁ、そんなもんなんだよ」

「・・・なるほどね」

「で、どうする?」

「そう言われてもな・・・俺が適当なのは知っているだろう」

「知ってるさ、しかしだ、いつまでもフラフラしてもいられんだろう」

「別にそれは構わんぞ」

「そうなのか?」

「だって、お前・・・」

とタロウは口籠る、タロウは生きるだけなら何とでもなる事をこちらに来て思い知っていた、ソフィアとミナがモニケンダムに移った為にこちらに来ただけであって、ソフィアの田舎で畑を耕し鳥を打つ生活も悪くないと思っている、それは大変に安定しない生活ではあるし、時折贅沢をしたいと思う事もあるが、タロウの思い出す贅沢をこちらで叶える事は無理であり、自分の知識と魔法を活用すれば安定した生活は可能だよなとも考えていたりする、つまり栄達や名誉、富といったものに無関心になっているのであった、今はただミナが逞しく育って欲しいと願っており、ソフィアと静かに生きれればそれで良いかなとも考えている、

「いずれにしろ陛下もな、お前がこのまま落ち着くのであれば助けになって欲しいと仰っておられてな、それは俺もそう思う、ルーツもななんのかんのと言ってはいるが、お前がいれば遊び相手して喜ぶだろうさ、ユーリやソフィアは言うに及ばずだがさ」

「それは光栄だけどもさ」

「ルーツみたいな感じでもいいぞ、どうせならあれの下に入るか?」

「それはお前・・・あいつが嫌がるだろ」

「だろうがさ、そうすれば俺が使いやすいんだよ」

「それは分かるが・・・」

「あれだ、好き勝手にできる環境が欲しいのであればやっぱり学園に関わるか?実験目的なら学園は便利だぞ、あのハクサイとやら、美味かったな」

「・・・聞いたのか?」

「そりゃそうだろうが、新しい食い物は大歓迎だよ、イワシもシシャモも美味かったが、ハクサイの栽培にしろ、ウシだのブタだのにしろ、時間がかかるのは明確だろ、全部人任せにするつもりか?」

「・・・その道のプロに任せるのが一番だよ」

「プロ?・・・あー、なんだけ、それで金儲けしているやつって意味だっけか・・・」

「まぁ、そうだな」

「ならお前がそれになればいいだろ」

「・・・それもいいか・・・も、な・・・なら、俺はやっぱりあれだソフィアの田舎に戻って畑を耕すのが一番て事だな、他にも野菜があるんだがさ、こっちで育てられるかまだ分からんのだ」

「人を使え、上手いもんじゃないか」

「じゃあ、大農園の経営?」

「それをやっている連中を貴族って言うんだよ」

「・・・そう・・・なるのか・・・」

「そうなるんだ、今からでも伯爵位を貰っておけ、陛下が生きているうちは有効だそうだ、そしたら北ヘルデルの好きな領地を分けてやるぞ」

「あそこは寒くてな」

「文句を言うな」

「悪かったよ・・・まぁ、もう暫く待ってくれよ、俺としてもこの街は結構便利だと思い始めてきた所でね、過ごし易いし川が多い、地下のあれも興味深いしな・・・風呂もやっと出来上がるし、あれだけでも生活が大きく変わるぞ」

「・・・そうなのか?」

「おう、お前の屋敷にも絶対に欲しくなる、あー、風呂職人になるのも悪くないかな、貴族様相手に儲けられそうだ」

「それならそれでいいけどさ、まったく・・・」

クロノスは茶を啜ると、

「今回はどこまで付き合うつもりだ?」

「・・・まぁ、最後・・・俺が始めたようなもんだからな、結末は見届けるよ、明確な結末ってのも難しいが、向こうが手出しを一時的にでも諦める程度かな?」

「それは有難い、そうなると、せめてその間の肩書が欲しくなるな」

「そんなに大事か?肩書?」

「知ってて聞くな」

「・・・好きにすればいいよ」

「良いんだな?」

「それが必要なんだろ、仕方無い」

「うむ、後で文句を言うなよ」

「・・・先に相談して欲しいかな・・・」

「今がそれだ」

「いや、肩書の内容・・・」

「それは楽しみにしていろ」

「いや、それ大事だから」

「お前が決める事じゃない」

「・・・そう言われると・・・何ともな・・・」

「そういうものだろ?」

クロノスがニヤリと意地の悪い笑みを見せた、タロウはこりゃまためんどくさい肩書を背負わせるつもりだなと察するが、どのような肩書が付いたところでやる事は変わらないし、出来ないことは出来ない、大方クロノスかイフナースの相談役だのなんだの程度であろうと高を括って、

「お手柔らかに頼むよ」

めんどくさそうに受け入れるのであった。
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