796 / 1,050
本編
67話 祭りを生み出すという事 その2
しおりを挟む
「おう、こっちか」
まだ埃っぽさが漂う建設中の風呂場にクロノスがフラリと顔を覗かせた、
「あー、クロノスだー」
ミナが駆け寄り、ニコリーネは振り返って声も無く壁際に身を引いた、
「おはようさん、もうそんな時間か?」
タロウも振り返り、
「おはようございます」
ブラスがビシッと背筋を正す、
「少し早いな、ほれ、こっちの打合せも必要だろ?」
クロノスはミナを抱き上げそのまま小脇に抱えた、
「むー、クロノスめー」
そのままクロノスをポカポカ叩くミナであるが、クロノスは空いた片手でそれをいなしつつ、
「ほう・・・これが風呂か・・・」
と室内を見渡した、
「少し派手だがな」
「ですね」
タロウとブラスがニヤリと微笑み、レインはその足元で自慢げに胸を張った、クロノスが来るまで五人はほぼ完成したタイル画を見上げてあーでもないこーでもないと打合せを繰り返し、何とか床に張るタイルの図画が決定し細部を詰めていた所であった、
「そうなのか?良いと思うぞ、うん、これは例の大樹だろ、好きだなお前も」
クロノスがニコリーネへ視線を移すと、ニコリーネは畏まって目を伏せた、
「まぁ、そう緊張するな、ここは城ではないからな、こいつみたいに自由にしろとは言わんがさ、そんなに固くなる事は無い」
クロノスがミナの頭をむしゃくしゃと撫でると、
「うー、やめろー、クロノスめー」
嬉しそうにジタバタ暴れるミナである、ニコリーネはやっと笑顔を浮かべて顔を上げた、
「それでいい、で、それはなんだ?」
「ニャンコー、見て分かるでしょー、ニャンコー」
「それは分かるぞ、馬もいるな」
「うん、お馬さーん」
「で、それは?」
「メダカー」
「あぁ・・・食堂のあれか・・・」
「そうなのー、えっとね、えっとね、ヨクソウにもいるのよー」
「ヨクソウ?」
「うん、あれー、お湯入れるとこー」
「どれどれ」
ミナを小脇に抱えたクロノスが浴槽を覗き込み、ミナは浴槽の縁に手と顎を乗せる、丁度良い高さであった、
「これー、可愛いでしょー」
「うん、へー、面白いな」
「でしょー、ミナとレインとニコのリキサクなのー」
「力作か」
「そうなのー」
クロノスの丸くなった背を見て、タロウはとりあえず好きにさせておくかと打合せに戻った、タロウの構想を先程まで話しており、ブラスはそれを黒板片手に聞き取っていた、以前図面を前にして行ったそれから変更点や改良点が多く出されている、タロウにしろブラスにしろ初めて作る風呂場である、タロウはある程度の知識があるとはいえ、やはり建築の専門家では無い、実際に形になって初めて気付く事もあれば、あれが足りないこれが欲しいともなってくる、
「了解しました」
ブラスがフンフンと黒板を確認する、
「うん、お願い、皿・・・なんか排水溝皿っていうらしいから俺もそう呼んでるんだけどさ、これはリノルトさんに頼んであるから確認してほしいかな、それと前にも言った金具な、それも確認頼む」
「はい、そうします」
タロウが一番気にしているのが排水溝であった、現状は部屋の隅に穴がポカリと開いた状態でそういうものだと思えば慣れるだろうが、やはり気になる、なにより何か不気味であった、それは恐らく本能的なものなのであろう、真っ黒く闇が続いている穴なのである、一目見た時は怖いと感じた、タロウでさえである、さらに構造を考えれば虫やらなにやらが這い上がってきても不思議ではないし、この風呂場を使うのは風呂の文化を持たない生徒達である、足を引っかける懸念もあり、やはり何らかで塞ぐ必要があるなと実物を目にして痛感したのだ、
「・・・じゃ、こんなもんかな?」
「そうですね、厨房の方はどうします?」
「それは任せるよ、ソフィアの使い勝手がいいようにして貰えればいいさ、下手に口を出すと後が怖い」
「あー、それありますよね」
「だろー」
二人が苦笑いで打合せを切り上げると、レインが楽しそうにブラスの黒板を背伸びして覗き込み、ミナは浴槽内に座り込んでクロノス相手にキャッキャッと嬌声を上げていた、
「あー、こっちは終わったぞ」
「おう、どれ、ほら、上がってこい」
クロノスも腰を上げるが、
「むー、引っ張ってー、無理ー」
「あん?」
「無理ー、のぼれないー」
「あー、まったく」
クロノスがよいせとミナを持ち上げ床に立たせた、ミナはニマニマと満足そうで、
「えへへー、あとはーあとは何するのー」
とタロウの足にしがみついた、
「こっちはこんなもんだ、後はお仕事、ミナはお勉強」
「えー、ミナもお仕事ー」
「駄目だ、お前最近勉強してないだろ、ソフィアに怒られるぞ」
「別にいいー」
「良くない、俺が怒られるの」
「だからいいのー」
「良くないの」
「タロウが怒られるんでしょー」
「そうだぞ」
「だからいいー」
「だから良くないの」
ギャーギャー喚きながら二人は食堂へ向かい、まったくとクロノスとニコリーネが続いた。
「で、お前さんとしてはどうなんだ?」
クロノスとタロウがガラス鏡店の二階、食事会の開かれた部屋の件の椅子に腰を下ろすと、メイドが茶を出す間もなくクロノスが口を開いた、
「何が?」
「どこまで付き合うつもりだ?」
クロノスが片目を瞑ってタロウを睨む、タロウはあーそういう事かと顎の下を人差し指でかいた、
「今回は、いや、今回もだな、お前さんには感謝するしかないんだが・・・本気で協力してくれるなら、役職に付くなり俺の傘下に入るなり明確にしてくれ、フラフラされるとこちらが迷惑だ」
「それは・・・分かるなー・・・」
「だろう?」
メイドが茶を供して引き下がると、クロノスはすぐにそれに手を伸ばし、タロウはメイドにニコリと笑顔を向けて謝意を示した、
「だから・・・どうするつもりなのかと思ってな」
「・・・」
タロウは小さく首を傾げた、クロノスはざっくばらんに口にしているが、クロノスの立場からすれば最重要事である、その言葉の通り、個人的には感謝する事はあれ邪険にする事はありえず、また友人として仲間として信頼しているし恩もある、しかし為政者であり、軍の高官としての立場となるとその信頼のみに依拠してタロウに頼り続けるのは非常にまずい状況であった、まず現状のように好き勝手に振る舞う事は本来であれば許されるはずも無く、まかり間違ってその場で首を落とされても誰も擁護しないであろうし出来ない、それが例え権力者側からの依頼事で動いている最中であってもである、タロウやかつてクロノス一派とされる他の四人に関しては王自ら伯爵相当の権威を認めているが、それであっても無礼は無礼で、ましてタロウ達の名は伏せられている、現状その正体を知っている人物が常に側にいる為に問題は起きていないが、そうでない場合や不測の事態も当然あるわけで、その際に近衛や警護の者に取り囲まれても不思議はない、そうなったとしても何とでも出来るしどうとでもなるであろうとクロノスは思っており、タロウもそう考えているがそれが引き金になってより多くの血が流れる事態は誰も望んでいない、さらに軍にしろ政治にしろその組織外の人物に発言権を与え続けるのは難しい、何らかの肩書を与え、その上で誰かの下に置く事を明文化し公表する必要がある、特に軍に於いては肩書と派閥が重要であり、政も同じことで、ロキュスも相談役というフワフワとした肩書を持っているが、それ故に王城への出入りも会議への出席も問題無く行われており、誰も異議を唱えない、やはり官僚社会にしろ軍社会にしろ何より必要なのが立場と権威を明確にする事なのであった、
「今の感じが楽でいいんだが・・・」
タロウは本音を呟いた、クロノスの事情は良く分かる、唐突であったが第三者を交えない場でこの話題を口にしたのもクロノスの仲間意識故であろう、
「それだとな、難しいのは分かるだろ、お前さんなら」
「そうだがさ」
「だから・・・せめて、ほれ、ユーリみたいな感じでもいいんだよ、王国の学園組織の一員でそこの講師なり研究員となればそれだけで身の保証になる、相談役として呼びやすいし、学園長の補佐としてであれば何処にでも呼び出せる、専門性も明確だろあいつの場合は」
「便利に使いやすい?」
「はっきり言えばそうだ、官でも軍でもいいんだがよ、何ならここの領主の下でも構わん」
「何だ、敵に回ってもいいってことか?」
「最悪な、お前を招聘するのも使うのも少しは楽になるさ、文句もあろうし反抗心があるのも分かっているが建前上公爵も伯爵も王家の下にある事には変わりない、言う事は聞かないがいつまでも逆らえる事ではない、実際税金は律儀に収めているし役人の一部は王都からの派遣だ、市民が軍役に就くのも邪魔していない、陛下もそれでいいとお考えのようでな、細かい情報も入ってきてる、真偽の程はルーツ頼みだが現時点では明確な行動は見られない、私兵の増強はあるがその気持ちは分かるしな・・・まぁ、そんなもんなんだよ」
「・・・なるほどね」
「で、どうする?」
「そう言われてもな・・・俺が適当なのは知っているだろう」
「知ってるさ、しかしだ、いつまでもフラフラしてもいられんだろう」
「別にそれは構わんぞ」
「そうなのか?」
「だって、お前・・・」
とタロウは口籠る、タロウは生きるだけなら何とでもなる事をこちらに来て思い知っていた、ソフィアとミナがモニケンダムに移った為にこちらに来ただけであって、ソフィアの田舎で畑を耕し鳥を打つ生活も悪くないと思っている、それは大変に安定しない生活ではあるし、時折贅沢をしたいと思う事もあるが、タロウの思い出す贅沢をこちらで叶える事は無理であり、自分の知識と魔法を活用すれば安定した生活は可能だよなとも考えていたりする、つまり栄達や名誉、富といったものに無関心になっているのであった、今はただミナが逞しく育って欲しいと願っており、ソフィアと静かに生きれればそれで良いかなとも考えている、
「いずれにしろ陛下もな、お前がこのまま落ち着くのであれば助けになって欲しいと仰っておられてな、それは俺もそう思う、ルーツもななんのかんのと言ってはいるが、お前がいれば遊び相手して喜ぶだろうさ、ユーリやソフィアは言うに及ばずだがさ」
「それは光栄だけどもさ」
「ルーツみたいな感じでもいいぞ、どうせならあれの下に入るか?」
「それはお前・・・あいつが嫌がるだろ」
「だろうがさ、そうすれば俺が使いやすいんだよ」
「それは分かるが・・・」
「あれだ、好き勝手にできる環境が欲しいのであればやっぱり学園に関わるか?実験目的なら学園は便利だぞ、あのハクサイとやら、美味かったな」
「・・・聞いたのか?」
「そりゃそうだろうが、新しい食い物は大歓迎だよ、イワシもシシャモも美味かったが、ハクサイの栽培にしろ、ウシだのブタだのにしろ、時間がかかるのは明確だろ、全部人任せにするつもりか?」
「・・・その道のプロに任せるのが一番だよ」
「プロ?・・・あー、なんだけ、それで金儲けしているやつって意味だっけか・・・」
「まぁ、そうだな」
「ならお前がそれになればいいだろ」
「・・・それもいいか・・・も、な・・・なら、俺はやっぱりあれだソフィアの田舎に戻って畑を耕すのが一番て事だな、他にも野菜があるんだがさ、こっちで育てられるかまだ分からんのだ」
「人を使え、上手いもんじゃないか」
「じゃあ、大農園の経営?」
「それをやっている連中を貴族って言うんだよ」
「・・・そう・・・なるのか・・・」
「そうなるんだ、今からでも伯爵位を貰っておけ、陛下が生きているうちは有効だそうだ、そしたら北ヘルデルの好きな領地を分けてやるぞ」
「あそこは寒くてな」
「文句を言うな」
「悪かったよ・・・まぁ、もう暫く待ってくれよ、俺としてもこの街は結構便利だと思い始めてきた所でね、過ごし易いし川が多い、地下のあれも興味深いしな・・・風呂もやっと出来上がるし、あれだけでも生活が大きく変わるぞ」
「・・・そうなのか?」
「おう、お前の屋敷にも絶対に欲しくなる、あー、風呂職人になるのも悪くないかな、貴族様相手に儲けられそうだ」
「それならそれでいいけどさ、まったく・・・」
クロノスは茶を啜ると、
「今回はどこまで付き合うつもりだ?」
「・・・まぁ、最後・・・俺が始めたようなもんだからな、結末は見届けるよ、明確な結末ってのも難しいが、向こうが手出しを一時的にでも諦める程度かな?」
「それは有難い、そうなると、せめてその間の肩書が欲しくなるな」
「そんなに大事か?肩書?」
「知ってて聞くな」
「・・・好きにすればいいよ」
「良いんだな?」
「それが必要なんだろ、仕方無い」
「うむ、後で文句を言うなよ」
「・・・先に相談して欲しいかな・・・」
「今がそれだ」
「いや、肩書の内容・・・」
「それは楽しみにしていろ」
「いや、それ大事だから」
「お前が決める事じゃない」
「・・・そう言われると・・・何ともな・・・」
「そういうものだろ?」
クロノスがニヤリと意地の悪い笑みを見せた、タロウはこりゃまためんどくさい肩書を背負わせるつもりだなと察するが、どのような肩書が付いたところでやる事は変わらないし、出来ないことは出来ない、大方クロノスかイフナースの相談役だのなんだの程度であろうと高を括って、
「お手柔らかに頼むよ」
めんどくさそうに受け入れるのであった。
まだ埃っぽさが漂う建設中の風呂場にクロノスがフラリと顔を覗かせた、
「あー、クロノスだー」
ミナが駆け寄り、ニコリーネは振り返って声も無く壁際に身を引いた、
「おはようさん、もうそんな時間か?」
タロウも振り返り、
「おはようございます」
ブラスがビシッと背筋を正す、
「少し早いな、ほれ、こっちの打合せも必要だろ?」
クロノスはミナを抱き上げそのまま小脇に抱えた、
「むー、クロノスめー」
そのままクロノスをポカポカ叩くミナであるが、クロノスは空いた片手でそれをいなしつつ、
「ほう・・・これが風呂か・・・」
と室内を見渡した、
「少し派手だがな」
「ですね」
タロウとブラスがニヤリと微笑み、レインはその足元で自慢げに胸を張った、クロノスが来るまで五人はほぼ完成したタイル画を見上げてあーでもないこーでもないと打合せを繰り返し、何とか床に張るタイルの図画が決定し細部を詰めていた所であった、
「そうなのか?良いと思うぞ、うん、これは例の大樹だろ、好きだなお前も」
クロノスがニコリーネへ視線を移すと、ニコリーネは畏まって目を伏せた、
「まぁ、そう緊張するな、ここは城ではないからな、こいつみたいに自由にしろとは言わんがさ、そんなに固くなる事は無い」
クロノスがミナの頭をむしゃくしゃと撫でると、
「うー、やめろー、クロノスめー」
嬉しそうにジタバタ暴れるミナである、ニコリーネはやっと笑顔を浮かべて顔を上げた、
「それでいい、で、それはなんだ?」
「ニャンコー、見て分かるでしょー、ニャンコー」
「それは分かるぞ、馬もいるな」
「うん、お馬さーん」
「で、それは?」
「メダカー」
「あぁ・・・食堂のあれか・・・」
「そうなのー、えっとね、えっとね、ヨクソウにもいるのよー」
「ヨクソウ?」
「うん、あれー、お湯入れるとこー」
「どれどれ」
ミナを小脇に抱えたクロノスが浴槽を覗き込み、ミナは浴槽の縁に手と顎を乗せる、丁度良い高さであった、
「これー、可愛いでしょー」
「うん、へー、面白いな」
「でしょー、ミナとレインとニコのリキサクなのー」
「力作か」
「そうなのー」
クロノスの丸くなった背を見て、タロウはとりあえず好きにさせておくかと打合せに戻った、タロウの構想を先程まで話しており、ブラスはそれを黒板片手に聞き取っていた、以前図面を前にして行ったそれから変更点や改良点が多く出されている、タロウにしろブラスにしろ初めて作る風呂場である、タロウはある程度の知識があるとはいえ、やはり建築の専門家では無い、実際に形になって初めて気付く事もあれば、あれが足りないこれが欲しいともなってくる、
「了解しました」
ブラスがフンフンと黒板を確認する、
「うん、お願い、皿・・・なんか排水溝皿っていうらしいから俺もそう呼んでるんだけどさ、これはリノルトさんに頼んであるから確認してほしいかな、それと前にも言った金具な、それも確認頼む」
「はい、そうします」
タロウが一番気にしているのが排水溝であった、現状は部屋の隅に穴がポカリと開いた状態でそういうものだと思えば慣れるだろうが、やはり気になる、なにより何か不気味であった、それは恐らく本能的なものなのであろう、真っ黒く闇が続いている穴なのである、一目見た時は怖いと感じた、タロウでさえである、さらに構造を考えれば虫やらなにやらが這い上がってきても不思議ではないし、この風呂場を使うのは風呂の文化を持たない生徒達である、足を引っかける懸念もあり、やはり何らかで塞ぐ必要があるなと実物を目にして痛感したのだ、
「・・・じゃ、こんなもんかな?」
「そうですね、厨房の方はどうします?」
「それは任せるよ、ソフィアの使い勝手がいいようにして貰えればいいさ、下手に口を出すと後が怖い」
「あー、それありますよね」
「だろー」
二人が苦笑いで打合せを切り上げると、レインが楽しそうにブラスの黒板を背伸びして覗き込み、ミナは浴槽内に座り込んでクロノス相手にキャッキャッと嬌声を上げていた、
「あー、こっちは終わったぞ」
「おう、どれ、ほら、上がってこい」
クロノスも腰を上げるが、
「むー、引っ張ってー、無理ー」
「あん?」
「無理ー、のぼれないー」
「あー、まったく」
クロノスがよいせとミナを持ち上げ床に立たせた、ミナはニマニマと満足そうで、
「えへへー、あとはーあとは何するのー」
とタロウの足にしがみついた、
「こっちはこんなもんだ、後はお仕事、ミナはお勉強」
「えー、ミナもお仕事ー」
「駄目だ、お前最近勉強してないだろ、ソフィアに怒られるぞ」
「別にいいー」
「良くない、俺が怒られるの」
「だからいいのー」
「良くないの」
「タロウが怒られるんでしょー」
「そうだぞ」
「だからいいー」
「だから良くないの」
ギャーギャー喚きながら二人は食堂へ向かい、まったくとクロノスとニコリーネが続いた。
「で、お前さんとしてはどうなんだ?」
クロノスとタロウがガラス鏡店の二階、食事会の開かれた部屋の件の椅子に腰を下ろすと、メイドが茶を出す間もなくクロノスが口を開いた、
「何が?」
「どこまで付き合うつもりだ?」
クロノスが片目を瞑ってタロウを睨む、タロウはあーそういう事かと顎の下を人差し指でかいた、
「今回は、いや、今回もだな、お前さんには感謝するしかないんだが・・・本気で協力してくれるなら、役職に付くなり俺の傘下に入るなり明確にしてくれ、フラフラされるとこちらが迷惑だ」
「それは・・・分かるなー・・・」
「だろう?」
メイドが茶を供して引き下がると、クロノスはすぐにそれに手を伸ばし、タロウはメイドにニコリと笑顔を向けて謝意を示した、
「だから・・・どうするつもりなのかと思ってな」
「・・・」
タロウは小さく首を傾げた、クロノスはざっくばらんに口にしているが、クロノスの立場からすれば最重要事である、その言葉の通り、個人的には感謝する事はあれ邪険にする事はありえず、また友人として仲間として信頼しているし恩もある、しかし為政者であり、軍の高官としての立場となるとその信頼のみに依拠してタロウに頼り続けるのは非常にまずい状況であった、まず現状のように好き勝手に振る舞う事は本来であれば許されるはずも無く、まかり間違ってその場で首を落とされても誰も擁護しないであろうし出来ない、それが例え権力者側からの依頼事で動いている最中であってもである、タロウやかつてクロノス一派とされる他の四人に関しては王自ら伯爵相当の権威を認めているが、それであっても無礼は無礼で、ましてタロウ達の名は伏せられている、現状その正体を知っている人物が常に側にいる為に問題は起きていないが、そうでない場合や不測の事態も当然あるわけで、その際に近衛や警護の者に取り囲まれても不思議はない、そうなったとしても何とでも出来るしどうとでもなるであろうとクロノスは思っており、タロウもそう考えているがそれが引き金になってより多くの血が流れる事態は誰も望んでいない、さらに軍にしろ政治にしろその組織外の人物に発言権を与え続けるのは難しい、何らかの肩書を与え、その上で誰かの下に置く事を明文化し公表する必要がある、特に軍に於いては肩書と派閥が重要であり、政も同じことで、ロキュスも相談役というフワフワとした肩書を持っているが、それ故に王城への出入りも会議への出席も問題無く行われており、誰も異議を唱えない、やはり官僚社会にしろ軍社会にしろ何より必要なのが立場と権威を明確にする事なのであった、
「今の感じが楽でいいんだが・・・」
タロウは本音を呟いた、クロノスの事情は良く分かる、唐突であったが第三者を交えない場でこの話題を口にしたのもクロノスの仲間意識故であろう、
「それだとな、難しいのは分かるだろ、お前さんなら」
「そうだがさ」
「だから・・・せめて、ほれ、ユーリみたいな感じでもいいんだよ、王国の学園組織の一員でそこの講師なり研究員となればそれだけで身の保証になる、相談役として呼びやすいし、学園長の補佐としてであれば何処にでも呼び出せる、専門性も明確だろあいつの場合は」
「便利に使いやすい?」
「はっきり言えばそうだ、官でも軍でもいいんだがよ、何ならここの領主の下でも構わん」
「何だ、敵に回ってもいいってことか?」
「最悪な、お前を招聘するのも使うのも少しは楽になるさ、文句もあろうし反抗心があるのも分かっているが建前上公爵も伯爵も王家の下にある事には変わりない、言う事は聞かないがいつまでも逆らえる事ではない、実際税金は律儀に収めているし役人の一部は王都からの派遣だ、市民が軍役に就くのも邪魔していない、陛下もそれでいいとお考えのようでな、細かい情報も入ってきてる、真偽の程はルーツ頼みだが現時点では明確な行動は見られない、私兵の増強はあるがその気持ちは分かるしな・・・まぁ、そんなもんなんだよ」
「・・・なるほどね」
「で、どうする?」
「そう言われてもな・・・俺が適当なのは知っているだろう」
「知ってるさ、しかしだ、いつまでもフラフラしてもいられんだろう」
「別にそれは構わんぞ」
「そうなのか?」
「だって、お前・・・」
とタロウは口籠る、タロウは生きるだけなら何とでもなる事をこちらに来て思い知っていた、ソフィアとミナがモニケンダムに移った為にこちらに来ただけであって、ソフィアの田舎で畑を耕し鳥を打つ生活も悪くないと思っている、それは大変に安定しない生活ではあるし、時折贅沢をしたいと思う事もあるが、タロウの思い出す贅沢をこちらで叶える事は無理であり、自分の知識と魔法を活用すれば安定した生活は可能だよなとも考えていたりする、つまり栄達や名誉、富といったものに無関心になっているのであった、今はただミナが逞しく育って欲しいと願っており、ソフィアと静かに生きれればそれで良いかなとも考えている、
「いずれにしろ陛下もな、お前がこのまま落ち着くのであれば助けになって欲しいと仰っておられてな、それは俺もそう思う、ルーツもななんのかんのと言ってはいるが、お前がいれば遊び相手して喜ぶだろうさ、ユーリやソフィアは言うに及ばずだがさ」
「それは光栄だけどもさ」
「ルーツみたいな感じでもいいぞ、どうせならあれの下に入るか?」
「それはお前・・・あいつが嫌がるだろ」
「だろうがさ、そうすれば俺が使いやすいんだよ」
「それは分かるが・・・」
「あれだ、好き勝手にできる環境が欲しいのであればやっぱり学園に関わるか?実験目的なら学園は便利だぞ、あのハクサイとやら、美味かったな」
「・・・聞いたのか?」
「そりゃそうだろうが、新しい食い物は大歓迎だよ、イワシもシシャモも美味かったが、ハクサイの栽培にしろ、ウシだのブタだのにしろ、時間がかかるのは明確だろ、全部人任せにするつもりか?」
「・・・その道のプロに任せるのが一番だよ」
「プロ?・・・あー、なんだけ、それで金儲けしているやつって意味だっけか・・・」
「まぁ、そうだな」
「ならお前がそれになればいいだろ」
「・・・それもいいか・・・も、な・・・なら、俺はやっぱりあれだソフィアの田舎に戻って畑を耕すのが一番て事だな、他にも野菜があるんだがさ、こっちで育てられるかまだ分からんのだ」
「人を使え、上手いもんじゃないか」
「じゃあ、大農園の経営?」
「それをやっている連中を貴族って言うんだよ」
「・・・そう・・・なるのか・・・」
「そうなるんだ、今からでも伯爵位を貰っておけ、陛下が生きているうちは有効だそうだ、そしたら北ヘルデルの好きな領地を分けてやるぞ」
「あそこは寒くてな」
「文句を言うな」
「悪かったよ・・・まぁ、もう暫く待ってくれよ、俺としてもこの街は結構便利だと思い始めてきた所でね、過ごし易いし川が多い、地下のあれも興味深いしな・・・風呂もやっと出来上がるし、あれだけでも生活が大きく変わるぞ」
「・・・そうなのか?」
「おう、お前の屋敷にも絶対に欲しくなる、あー、風呂職人になるのも悪くないかな、貴族様相手に儲けられそうだ」
「それならそれでいいけどさ、まったく・・・」
クロノスは茶を啜ると、
「今回はどこまで付き合うつもりだ?」
「・・・まぁ、最後・・・俺が始めたようなもんだからな、結末は見届けるよ、明確な結末ってのも難しいが、向こうが手出しを一時的にでも諦める程度かな?」
「それは有難い、そうなると、せめてその間の肩書が欲しくなるな」
「そんなに大事か?肩書?」
「知ってて聞くな」
「・・・好きにすればいいよ」
「良いんだな?」
「それが必要なんだろ、仕方無い」
「うむ、後で文句を言うなよ」
「・・・先に相談して欲しいかな・・・」
「今がそれだ」
「いや、肩書の内容・・・」
「それは楽しみにしていろ」
「いや、それ大事だから」
「お前が決める事じゃない」
「・・・そう言われると・・・何ともな・・・」
「そういうものだろ?」
クロノスがニヤリと意地の悪い笑みを見せた、タロウはこりゃまためんどくさい肩書を背負わせるつもりだなと察するが、どのような肩書が付いたところでやる事は変わらないし、出来ないことは出来ない、大方クロノスかイフナースの相談役だのなんだの程度であろうと高を括って、
「お手柔らかに頼むよ」
めんどくさそうに受け入れるのであった。
0
お気に入りに追加
155
あなたにおすすめの小説
異世界キャンパー~無敵テントで気ままなキャンプ飯スローライフ?
夢・風魔
ファンタジー
仕事の疲れを癒すためにソロキャンを始めた神楽拓海。
気づけばキャンプグッズ一式と一緒に、見知らぬ森の中へ。
落ち着くためにキャンプ飯を作っていると、そこへ四人の老人が現れた。
彼らはこの世界の神。
キャンプ飯と、見知らぬ老人にも親切にするタクミを気に入った神々は、彼に加護を授ける。
ここに──伝説のドラゴンをもぶん殴れるテントを手に、伝説のドラゴンの牙すら通さない最強の肉体を得たキャンパーが誕生する。
「せっかく異世界に来たんなら、仕事のことも忘れて世界中をキャンプしまくろう!」
転生受験生の教科書チート生活 ~その知識、学校で習いましたよ?~
hisa
ファンタジー
受験生の少年が、大学受験前にいきなり異世界に転生してしまった。
自称天使に与えられたチートは、社会に出たら役に立たないことで定評のある、学校の教科書。
戦争で下級貴族に成り上がった脳筋親父の英才教育をくぐり抜けて、少年は知識チートで生きていけるのか?
教科書の力で、目指せ異世界成り上がり!!
※なろうとカクヨムにそれぞれ別のスピンオフがあるのでそちらもよろしく!
※第5章に突入しました。
※小説家になろう96万PV突破!
※カクヨム68万PV突破!
※令和4年10月2日タイトルを『転生した受験生の異世界成り上がり 〜生まれは脳筋な下級貴族家ですが、教科書の知識だけで成り上がってやります〜』から変更しました
異世界転生したので森の中で静かに暮らしたい
ボナペティ鈴木
ファンタジー
異世界に転生することになったが勇者や賢者、チート能力なんて必要ない。
強靭な肉体さえあれば生きていくことができるはず。
ただただ森の中で静かに暮らしていきたい。
25歳のオタク女子は、異世界でスローライフを送りたい
こばやん2号
ファンタジー
とある会社に勤める25歳のOL重御寺姫(じゅうおんじひめ)は、漫画やアニメが大好きなオタク女子である。
社員旅行の最中謎の光を発見した姫は、気付けば異世界に来てしまっていた。
頭の中で妄想していたことが現実に起こってしまったことに最初は戸惑う姫だったが、自身の知識と持ち前の性格でなんとか異世界を生きていこうと奮闘する。
オタク女子による異世界生活が今ここに始まる。
※この小説は【アルファポリス】及び【小説家になろう】の同時配信で投稿しています。
異世界で趣味(ハンドメイド)のお店を開きます!
ree
ファンタジー
波乱万丈な人生を送ってきたアラフォー主婦の檜山梨沙。
生活費を切り詰めつつ、細々と趣味を矜持し、細やかなに愉しみながら過ごしていた彼女だったが、突然余命宣告を受ける。
夫や娘は全く関心を示さず、心配もされず、ヤケになった彼女は家を飛び出す。
神様の力でいつの間にか目の前に中世のような風景が広がっていて、そこには普通の人間の他に、二足歩行の耳や尻尾が生えている兎人間?鱗の生えたトカゲ人間?3メートルを超えるでかい人間?その逆の1メートルでずんぐりとした人間?達が暮らしていた。
これは不遇な境遇ながらも健気に生きてきた彼女に与えられたご褒美であり、この世界に齎された奇跡でもある。
ハンドメイドの趣味を超えて、世界に認められるアクセサリー屋になった彼女の軌跡。
貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた
佐藤醤油
ファンタジー
貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。
僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。
魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。
言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。
この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。
小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。
------------------------------------------------------------------
お知らせ
「転生者はめぐりあう」 始めました。
------------------------------------------------------------------
注意
作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。
感想は受け付けていません。
誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。
今日も誰かが飯を食いに来る。異世界スローライフ希望者の憂鬱。
KBT
ファンタジー
神の気まぐれで異世界転移した荻野遼ことリョウ。
神がお詫びにどんな能力もくれると言う中で、リョウが選んだのは戦闘能力皆無の探索能力と生活魔法だった。
現代日本の荒んだ社会に疲れたリョウは、この地で素材採取の仕事をしながら第二の人生をのんびりと歩もうと決めた。
スローライフ、1人の自由な暮らしに憧れていたリョウは目立たないように、優れた能力をひた隠しにしつつ、街から少し離れた森の中でひっそりと暮らしていた。
しかし、何故か飯時になるとやって来る者達がリョウにのんびりとした生活を許してくれないのだ。
これは地味に生きたいリョウと派手に生きている者達の異世界物語です。
魔力∞を魔力0と勘違いされて追放されました
紗南
ファンタジー
異世界に神の加護をもらって転生した。5歳で前世の記憶を取り戻して洗礼をしたら魔力が∞と記載されてた。異世界にはない記号のためか魔力0と判断され公爵家を追放される。
国2つ跨いだところで冒険者登録して成り上がっていくお話です
更新は1週間に1度くらいのペースになります。
何度か確認はしてますが誤字脱字があるかと思います。
自己満足作品ですので技量は全くありません。その辺り覚悟してお読みくださいm(*_ _)m
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる