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本編

67話 祭りを生み出すという事 その1

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翌朝、

「あの・・・私必要でしたでしょうか」

そうそうに朝食を済ませ、さて今日は忙しいなとタロウが白湯を片手にボーッとしていると、遅れて朝食を終えたグルジアが深刻そうな顔でタロウの対面に座った、トレーを片付け湯呑を手にしている、その席は常ならばミナかレインの席である、二人は建設中の風呂場にニコリーネと共に駆け込んでおり、タロウの今日の仕事はまずそこから始める予定となっていた、

「・・・何もそんな暗い顔しなくても・・・」

タロウはどう答えるべきか逡巡し、この娘も美人さんだな等と詮無い事を考えてしまう、恐らく明るい顔よりも若干影がある方がより美しく見える面相なのであろう、失礼な言い方をすれば幸薄い顔と評すべきか、まぁどうでもいいかなとタロウは白湯をズズッと音を立てて吸い込んだ、

「暗い顔と言われても困るのですが・・・」

「それもそうだね、御免・・・なんかあった?」

「なにかあった訳では無いのですけど、その、昨日はほら私だけ・・・その、場違いな感じがありまして・・・」

「あー・・・そう思う?」

「はい・・・」

グルジアは苦しそうに俯いた、タロウ本人は女性間の仲の良さなぞ興味もなければ理解もできないと思っているし、先輩と後輩の関係も分からない、寮の生徒達が学園で何をやっているのかも特段気にしていない、つまり他人の関係に関しては無関心であった、そのようなもの気にしても仕方が無い事で、仲が悪い事は見れば分かり、逆に仲が良さそうに見えて悪い場合もある、男性もそうであるが女性もまた裏では互いに何を言ってるかなぞ分かりはしない、人間関係とはそういうものだと割り切っている、而してグルジアがこれほど悩むほどにエレインやテラと仲が悪いのかなとタロウはまずそこが気になった、しかし、グルジアの後ろではエレインが食事中で、先程までテラもグルジアの対面で食事をしていた筈である、つまり自分が懸念した人間関係から来るものではなさそうだなと推察し、するとその言葉通りに昨日の食事会で自分が空気同然だった事を気に病んでいるのであろうか、となると、

「気にしなくていいよ、ほら、昨日のは番頭さんの顔を立てる為に同席して貰ったようなもんだしね、番頭さん楽しそうだったでしょ」

タロウは簡単に答えた、

「それはそうですが、私何も・・・その、してないですし、話しても無いですし・・・」

「それでいいんだよ、番頭さんだっていいお年だけどさ、だからといって馴染みの無い顔ばかりじゃ、緊張するさ、それは若くても年寄りでも変わらないしね・・・昨日は特に領主様と番頭さんを接待するような形になってたからね、そういう経験は無い?商会の娘さんなんでしょ?」

「それは・・・分かります・・・けど・・・その・・・はい・・・」

タロウが何の感情も無くスラスラと答えるのを聞いてグルジアは逆に印象を悪くしてしまう、ようは昨日の自分は花瓶に活けられた花のようなもので、単なる賑やかしであったのだ、グルジアとしては依頼があった為に断ることも出来ずに出席し、何か出来る事があるだろうかと悩みもしたが結局何も出来ずに楽しんでしまった、楽しんだのはそれはそれで良かったと思うのであるが、グルジアも真面目な娘である、何か出来たのかもしれないと思うとその後悔が悩みに繋がってしまう、そして、相談する相手を間違えたかなと同時に思う、何となく暇そうにしていた為タロウに話しかけてしまったのであるが、よく考えれば男性に相談する事では無く、本来であればエレインかテラ、テラであれば似たような境遇であるし大人でもある、相談相手として相応しかったであろう、さらにどうにもタロウもソフィアも他人に興味が無い人種のようで、そういった人間は往々にして相談相手には不向きなものだ、特に精神的な部分に関してはまるで役に立たない、より具体的な内容であれば簡単に答えをくれるであろうが、グルジアが思い悩んでしまっている事は精神的な問題である、

「あー、あんたもめんどくさい娘ねー」

そこへユーリも朝食を終えて白湯を手にしてドカリと腰を下ろした、他の食事中の面々もなんとはなしに聞き耳を立ててしまっている、朝食が遅いエレインとジャネット、そこに最近加わりつつあるルルであった、

「そうですか?」

不安そうにグルジアが顔を上げる、

「そうよ、めんどくさい事この上ないわ、いい?昨日はだって、食事中も料理の話題しか無かったでしょ」

「・・・えっと、他にもその音楽とか、光柱がどうのとか・・・」

「それも料理と同じ、あの場所で、あの趣向の話し、言ってみれば昨日はね、あの環境にある事物しか話題にならなかったの、それが良いか悪いかは別にして、例えば昔話とか、武勇伝とか、そういう話題が出てくればグルジアさんも活躍できたんだろうけどね、そうじゃなかっただけ、美味しい料理と変な物に囲まれて皆で楽しんだの、それだけ」

ユーリはタンと湯呑を置いた、

「変な物って・・・」

タロウがユーリを斜めに睨む、

「変な物でしょうよ、初めて目にするものは大概変よ」

「そうだろうけどさ・・・苦労したんだぜ、ブラスさんやリノルトさんも巻き込んで」

「それはアンタがやりたかっただけでしょ」

「そうだけどさ・・・」

「だから、グルジアさんが気に病む事は無いわよ、あなたと同じくらい黙ってニコニコしてただけの人もいるんだから」

ユーリは意地悪そうにエレインを見つめ、

「そうですけどー・・・私も巻き込まれます?」

エレインはこっちに飛び火したとばかりに非難の声をか細く上げた、

「そうよー、第一昨日はイース様主催のエレインさんの恩返しなんだから」

「それはだって・・・お題目じゃないですか・・・」

「そのお題目が大事なの、明確な目的が無いと領主様と食事なんてできないものよ、グルジアさんも商会の娘なら分かるでしょ、本来であれば代理の人が来て誤魔化される事が多いんだから、そっちのが普通でしょ、相手は伯爵様なのよ、同席できただけでも光栄に思いなさい」

ユーリらしからぬ言葉である、本心では絶対にそう思っていないなとタロウは目を細め、エレインはあの場で一番格が高いとしたらイフナース様だよね等と考えるが、若干こんがらかる、エレインも領主が伯爵位である事は当然理解しており、件の番頭さんが先代公爵である事も内々に耳にしている、そしてイフナースは王太子である、そうなると、公爵と王太子はどちらが上で、しかし昨日の時点ではこの二人は自身の立場を明確にしておらず、そうなるとやはり領主様が一番高位に当たるのが正しい筈で、しかし、自分はイフナースの立場を知っており、つまりこれはどうなのかしらとスプーンの動きが止まってしまった、貴族らしいめんどくささである、

「それもそうですが・・・」

「だから気にする事ないの、美味しい料理を食べて最後はみんなでワタアメ作って、楽しかったでしょ」

「それは・・・まぁ、はい・・・」

「それで充分なのよ、ミナなんか走り回ってただけなんだから、それでいいの、そういう事」

ユーリは湯呑を煽る、

「まっ、そうだね、そういう事だよねー」

タロウはニコリと優しい笑みを浮かべた、やっとグルジアの気にする所も理解できた、少なくともグルジアは番頭さんが先代公爵である事を知っているが、それを練習後の打合せでも口にする事は無く、その場でもあくまで番頭さんとして扱っている、恐らくその負い目もあるのであろう、秘密にしている事が心苦しくなっているのだ、挙句、食事会で自分が利用される事は一切無く、また自分から口を開く事も無かった、いてもいなくても良かったと考えてしまい、不安感が生まれたのであろう、過ぎた事であってもである、いや、だからであろうか、

「はー・・・」

グルジアは気の抜けた溜息を吐いてしまう、

「もう・・・グルジアさんが気に病んだところで仕方のない事よ、あの後、男共は男共で盛り上がったらしいからね、いい気なもんよね・・・」

「盛り上がったって・・・それでもいいけどさ」

タロウが口をへの字に曲げた、適格な表現ではないからだ、しかし終始険悪であったとはとても言えないのでこの場はそれで良しする、

「そうなんですか?」

エレインが嬉しそうにスプーンを口に運ぶ、

「そうらしいわよ、まぁ、男の世界もあれば女の世界もあるの、そういうものでしょ、一々そんな事気にしてたらね、いい女にはなれないわよ、私みたいなね」

「なんだそれ?」

「なによ、文句ある?」

「ある、いい女の定義が曖昧だ」

「私がいい女の代表よ」

「それは主観に過ぎる」

「当然でしょ、私の主観なんだから」

「いや、そこは客観に徹するべきだ」

「それこそ難題よ、客観的に判断できる存在等無いわ」

「・・・そこはほれ、ミナかレインか・・・あー・・・イージス君とか?マリエッテちゃんとか?」

「子供には分からないでしょ、私の魅力は」

「魅力?」

「魅力よ」

「あのな、昔聞いたところによるとな、人は生まれた時から美醜を判断できるらしいぞ、でな、とある実験でな・・・」

ユーリとタロウが睨み合って、何やら複雑な話題になっている、何を言ってるんだかとジャネットとルルは苦笑いで二人を見つめ、エレインも呆れ顔となった、当のグルジアも若干毒気が抜けたようである、その表情を覆っていた影が薄れたように見えた、

「つまり、美女と美男ってのは生まれたての赤子でも判別しているって事が分ったんだ、生まれたての赤子だぞ、それはつまり・・・」

「めんどくさい実験ね、それにね、いい?いい女ってのは見た目の良し悪しじゃないのよ」

「いや、それは重要で大事な要素だ、美女の定義にもよるが、人を惹き付ける魅力を持つ者を美女、美男と定義した場合、いい女の第一条件として必須項目と言える、他人に愛されてこそのいい女、いい男だろ、お前さんのいう魅力と俺の考える魅力が違うのは分かるがな、ただ美形なだけでは魅力では無く、あれは特殊能力だ」

朝から何を理屈っぽい事を言っているのやらと、女生徒達は呆れてしまう、

「あん?何よ、私にその魅力が無いって言うの?」

「・・・うん」

「あんたねー、自分の事を棚に上げて何言いだすのよ」

「正直な意見、それに俺は自分の事をいい男だなどと一度も言ったことは無いし、思ったことも無い」

「ムカッ、私が私をどう評価しようが私の勝手でしょ」

「それはいい、前向きで上昇志向なのは良い事だ、しかし、それを他人に押し付けるのは宜しくない」

「押し付けてないでしょ」

「それは違う、相手は生徒だぞ、先生の立場にあるお前が自分はいい女だなどと言ってみろ、否定する事も難しい」

「そんなもん、冗談だと思って聞き流すでしょ」

「その知能も無い人間は多いぞ、それに立場が絡むとな、人はまず立場を基にして判断するもんだ、挙句相手は子供だぞ、親や教師の言う事は正しいと思い込むものでな」

「あのねー」

ユーリの口調がいよいよ険悪になった瞬間、

「こら、いつまで食べてるの」

ソフィアが食堂に顔を出す、あっと食事中の三人は忙しくなり、ユーリとタロウがオッと振り返る、まったくとソフィアはすぐに厨房に引っ込んだ、

「ふふっ、すいません、愚痴を聞いて頂いて」

グルジアがやっと笑顔となって腰を上げた、昨晩寮に戻ってから何となく悩んでいたのである、眠れなくなる程の事では無かったが、朝起きて顔を洗って朝食を済ませても何ともモヤモヤと感じていた形の無い靄が若干ではあるが払拭できたような感がある、二人の仲の良い掛け合いは見てるだけで面白かった、口を挟もうとは思わなかったし出来なかったが、

「そうね、あなたもそうだけど、女は愛嬌よ、笑顔が一番かわいいんだから、そう思いなさい、暗い顔よりもね、笑顔よ笑顔、それだけで得をするんだから、安いもんでしょ」

ユーリが満足そうに鼻息を吐き出す、

「センセー、私もー?」

ジャネットが嬉しそうに口を挟んだ、

「あんたはさっさと食べなさい、遅れるわよ」

「終わりましたー」

ジャネットは絶対そう言われるなと朝食を粗方片付けてからの参戦である、

「なら、準備なさい」

「はい、そのつもりです」

ビシッと腰を上げるジャネットにルルはこれはまずいと掻き込み始め、エレインもそれにつられて忙しくなる、少なくともエレインにはその必要は無いのであるが、ソフィアの手間もある、さっさと片付けてしかるべきであろう、

「やれやれ・・・そうだ、あんた今日どうするの?」

「ん?ブラスさんと打合せしてから向こうかな?」

「クロノス来るの?」

「うん、昨日も言っただろ」

「そうだっけ?」

「少なくとも午前中は一緒かな?あっ、学園も見ておきたいんだよな、学園長って暇・・・なわけないか・・・」

「あー、あの人はほら、あんたが相手であれば喜んですっ飛んでくるんじゃない?」

「それは嬉しいけど・・・学園の下見をしておきたくてね」

「なら、私でもサビナでもいいわよ、どうかしたの?」

「家畜の件」

「あっ、それもあったわね、この前話してたでしょ・・・学園見てないの?」

「それどころじゃなくってね、まだなんだよ、学園祭の前に欲しいんだろ?」

「・・・それも言ってたわね・・・」

「そういう事・・・」

「何ですかそれ?」

ジャネットがニマニマと笑顔となる、また何か始めるのかと期待に満ちた瞳であり、エレインとルルも顔を上げ、グルジアも階段に向かった足を止めてしまった、

「いろいろあるんだよー」

タロウはニヤリと微笑み誤魔化すと、

「ん、じゃ、その時に」

腰を上げるとサッサと建築現場に向かった、ミナが静かなのが若干気になる、昨日の段階で風呂場の壁の装飾は粗方終わっている筈で今日は床のタイルを決め、細部をブラスと打合せする予定であった、

「何ですか?」

ジャネットがニヤニヤとユーリを捕まえ、生徒達の視線がユーリに集まる、

「何でもないわよ、急ぎなさい」

ユーリの一喝が食堂に響き、ワタワタと動き出す女生徒達であった。
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