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66話 歴史は密議で作られる その21

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「さて、どう対応するべきかな・・・」

二つの燭台を前にしてレイナウトとカラミッドは深刻な顔で向き合った、リシャルトと護衛の一人も同席しており、従者が一人壁際に控えている、ガラス鏡店の二階の食事会と突然の密談を終え、屋敷に戻ってすぐに三人はカラミッドの執務室に集まった、屋敷内の者はメイド達も従者達も就寝している、

「あまりにも・・・突然すぎましたな・・・」

カラミッドがテーブルに広げた地図と二つの冊子を見つめて溜息を吐く、

「だな・・・挙句思いもよらなかった顔と内容だ・・・良く心臓が持ったと思うし、よくあの場で血が流れなかったと・・・まぁいい・・・こちらはこちらで対応策は練らねばならん、儂がここに来ている事が幸か不幸か分らんが・・・」

「それは幸でしょう、私では正直手に余ります」

「そうかな・・・伯であれば上手い事やったであろう」

「それは過賞というものです、何より先方・・・陛下も恐らく閣下が居ったからこその此度の会談であったかと・・・考えますが・・・」

「・・・かもしらん・・・偶然か・・・何者かの思し召しか・・・いや、それはいい、済んだことだ・・・」

レイナウトは鼻息を大きく吐き出して地図を手にした、カラミッドは従者を呼びつけ白湯を所望する、あれほど気持ちよく楽しかった酔いはとうに覚めている、しかし、脳には幾分かの影響が残っているらしく普段通りの思考力では無いなと自覚できる程であった、単に眠気もあるし異常な緊張下にあった為の疲れもある、さっさと寝台に潜り込みたい所であったが事態はそれを許さない、

「でだ、リシャルト、この地図はどこまで信用できる?」

レイナウトは一つ一つの真偽から確認する事としたらしい、地図をテーブルに置き、カラミッドの腹心に問いかける、

「はい、より詳しい検証が必要かと思います、が・・・しかし、私どもには何とも・・・」

「だろうな」

「申し訳ありません」

「いや、ヘルデルでも同じであろう、ここまで広い視点の詳細な地図はまず作れないからな・・・これもその帝国とやらの技術なのか・・・確かにこちらが野蛮と評されるのも仕方ないかもしれん・・・」

その地図はタロウが作成した地図の一部を模写したものである、しかし、レイナウトらはその事実を知らず、帝国にもこれほどに正確な地図は存在していない、無論、王国にも存在していなかった、レイナウトらにとって地図と言えば街路図を元にした街の地図と、それに不随した周辺図、それより大きいとしても精々が隣領との境界までである、その境界も曖昧なものなのであるが、王国全体を描いた地図もある事はあるが、それはあくまで都市の位置関係と敷設された大路を記したものであり、土地の形を詳細に表記したものではなかった、今目の前にある地図には街の位置はおろか大路、川、湖、果ては海と山脈、大森林と荒野が記されている、レイナウトは自領はこのような地形になっていたのかと逆に感心してしまい、カラミッドもモニケンダムは意外な位置にあるものだと認識を大きく変えている、しかしそれもこの地図が正確であればの事であった、

「学園長の説明を聞く限りに於いてはかなり正確でありましたな」

「そうじゃな、モニケンダムとヘルデル、北ヘルデル、この位置関係といい、移動期間といい・・・間違ってはいないし図上で見る限り整合性もとれていると思う」

「そうなのです、なので、この要塞、それと、その帝国の街とやら、こことの距離も・・・これは信じるしかないですが・・・街路が無く悪路でもって10日・・・そこから街路を通って5日から7日・・・でしたか、図上の距離も相応かと思います」

「うむ、そこから考えてもこの荒野全体でもってヘルデルと北ヘルデルがすっぽりと入る、図の通りであればな、これほど巨大なのか?」

「それは確かです、少なくともこの要塞があるという川、ここまでは10日を目安にしております・・・ですが・・・この要塞と敵軍とやらに関しては・・・何とも・・・」

リシャルトは顔を顰めて口を閉じた、その様をレイナウトとカラミッドは斜めに睨み、

「ああ・・・不愉快だな、あれは・・・」

「致し方ないかと・・・」

「だな」

と同時に溜息を吐き、リシャルトは自身の責任を痛感し押し黙るしかない、荒野に関してはカラミッドも警戒対象としていた、広すぎる上に荒れ地になっており、巨岩が林立している為隠れる場所も多い、蛮族の流入もあるであろうし、魔物の発生も考えられた、故に要塞が設置されていると説明された大河と湖まで一年に一度見回りをするよう冒険者ギルドに依頼を出していたのである、そしてその報告はきっかりと一年ごとに上がってきていた、結果としてはなんの問題も無く異常は見られないというもので、勿論要塞の事も他国の侵入等という大事も報告された事は無い、カラミッドもリシャルトもそれで良しとしていたのである、先の会談でまずカラミッドはその事実を口にしたのであるが、クロノスとタロウは何とも渋い顔で、

「冒険者の報告など真面目に受け取る方が間違っている、俺なら行った事にして報告書をでっち上げて、その間他の街で他の仕事をするか・・・いや、それほど真面目な奴もおらんだろうな」

「・・・遊んで帰ってくるかな・・・そんなもんだろ」

「だろうな、特に御上からの仕事だろ、どうせ舐められていたんだろう、払いも良いはずだし」

「第一、行って帰って半月・・・その間水も食料も補給できない、馬も厳しい、馬車は論外・・・となれば・・・普通は受けないなそんな仕事」

「そう思うな・・・というわけで・・・そういうわけだな・・・」

と言葉を濁してはいるが、二人はあっさりとその報告が虚偽であると断じたのである、これにはカラミッドとリシャルトは顔を赤くして反論しようとしたが、レイナウトはそれを瞬時に抑えた、レイナウトは冒険者との直接的な関わりが多く、それは大戦後期の限定された状況での付き合いであったが、彼らがいかに狡猾で狡賢く、意地汚いかを痛感している、報告書程度で終わる仕事であれば、やったと言い張って体裁のみを整え報酬を受け取る事等悪びれも無くやるであろう、レイナウトは二人の元冒険者の意見が正しいのだろうと判断した、

「一度、モーレンカンプと話し合いが必要ですな」

リシャルトが苦々しく呟く、モーレンカンプとは冒険者ギルドのギルドマスターであり、公明正大で実直な人物と評価が高く、その上派閥に与しないお堅い人物であった、故にカラミッドもリシャルトも全幅の信頼を寄せていた、やや使いづらいとリシャルトは感じてるが、それを口にする事は無かった、手駒は別に複数人確保している事もあり、現場での工作はそちらに直接指示した方が早かったのだ、

「それも、その要塞が真実であればであろう」

「ですね・・・」

「それも明日以降か・・・人選はどうする?」

「一任下さい、先代様の部下も紛れ込ませる事も可能ですが?」

「難しかろう、早馬で二日・・・到着まで最速で五日はみなければならん、準備もあるし、なにやら向こうは遊びにでも行くような口振りであったが・・・」

「そこは向こうの手に乗りましょう、こちらからは信頼できる人物を選抜します」

「うむ」

先の会合で提案された共同作戦のうちの一つとして、事実の確認があった、それを聞いてレイナウトはボニファースもまたこの侵攻を真には信じてはいないのだろうかと訝しく感じたが、タロウ曰く、

「モニケンダムからその要塞まで実際に徒歩でもって踏破し、存在を確認するのが先です、その報告書云々は置いておいて、学園長から伺った限りでは日数はかかりますが行き着ける筈だと思いますし、なにより帝国側はそれを敢行し実現させている、この報告書がその証左となります、まぁ、要塞までなので片道10日、斥候部隊を派遣するのが確実でしょう」

との事で、レイナウトはタロウ自身も疑っているのかと思わず睨んでしまった、すると、

「それと戦場の下見も必要だ、互いに数万の軍勢が対する訳だからな、あのゴツゴツとした岩ばかりの地では軍の運用は難儀だぞ、馬を使えないとなると輜重隊も人足を追加で雇う必要がある、騎士も馬を下りねばならん、そうなると勿論だが編成も変える必要がある、さらに迎え撃つにしてもこの街からはなんぼでも離れた所が理想的だ、負けるつもりは到底ないが、勝つのが当然等とは当たり前だが口が裂けても言えん、向こうがどう対応するかは興味深いが、こっちとしても準備を怠らず、何よりこの状況であれば戦場を決める事が出来るのはこちら側だ、有利を手放してはならん」

メインデルトが重い口を開いて饒舌になる、深刻な内容であるがどこか楽しそうで、レイナウトはその顔を見て思い出す、こやつは生粋の軍人であったと、前大戦時も笑顔で生き生きと指揮をとっているのを遠目に見ており、さらに息子からもあれには負けると珍しくも弱気な愚痴を聞いている、血の気の多さと王家憎しの思いに於いて右に出る者は無いと自ら公言する現公爵クンラートさえである、

「私が直々に動きたいと思うのですが」

リシャルトが神妙に進言した、

「・・・その気持ちは分かるが、往復半月だぞ・・・いや、それも問題なのか・・・」

「侵攻は年明けが目途となるとは聞いたが・・・」

「時間が無いですな・・・」

「ボニファースが急いだのも分かるな・・・」

「しかし、まずは真実であると確定するのが先」

「その作業に時を取られては意味がない」

「ですが・・・駐留に関しては難があると」

「そこだな・・・」

「はい、この騒ぎがモニケンダムだけでなく、アイスル地方及びコーレイン公爵家を嵌める策の可能性もあります」

「しかしそれであれば、今日、儂と先代様を亡き者にしてそのままヘルデルに侵攻すれば良かろう」

「それも可能でしたでしょうが、大儀がありません」

「そんなものは幾らでも捏造できよう、それこそ今日、療養中のあの息子をどうかしたと難癖でも付ければよい」

「ですが・・・いや、細かい事はよしましょう、では、向こうの掌に乗るという事で宜しいのですか?」

「だから、真実を確定してから・・・」

「それでは遅いだろうな、真実と確定してから軍を動かしたのではその特殊な地形に対応できまい、さらに戦場に布陣する事を考えれば日程としてはギリギリ・・・若しくは間に合わない」

「でしょうな・・・」

「メインデルトの口振りだと軍は準備を進めているようだが、現地に適応できなければ意味がない、他に似たような地で演習も可能であろうが、大規模なものは難しいだろう」

「そこは我々が考える事ではないでしょう、今はまず、こちらとしてもこの情報の真偽を確かめ、その上で向こうの思惑を利用する事を考えなければなりません、打てる手は打たねばどこまでも後手に回ります」

「それも確かだ・・・しかし真偽の程が分からない状態でクンラートを呼び寄せる事は出来んぞ、あれはまず王国軍に掴みかかるだろうしな」

「それはまた・・・いや、そうでしょうな」

この会合は正に喧々諤々と結論が見えなかった、同席した護衛もリシャルトの腹心として有能な人物なのであるが、安易に口を挟む事が難しく、何とか書記役として黒板に向かいその困惑した顔を上げる事は無く、控えている従者はまた、先に帰ってきたユスティーナ達との落差に驚いていた、ユスティーナらは実に機嫌良く戻り、レアンとマルヘリートもライニールを相手にしてうるさい程に姦しかった、それだけ有意義であったのだろうと主を迎えた屋敷の者は笑顔となったのであるが、それからだいぶ経って戻って来た主達はまるで葬式帰りかと思われるほどに沈痛な面持ちで、すぐに執務室に入るとこの有様であったのだ、余程の事があったのであろうと従者は察し、そしてその会話の内容からまさに重大事である事を薄々と感じ取る、そうしてその夜は蝋燭の丈が心許なくなるまで三人は意見をぶつけ合うのであった。
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