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66話 歴史は密議で作られる その17

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「タロー」

「うおっ、どした?」

タロウが警戒と緊張から沈黙に包まれた暗い部屋から廊下に出ると、食事会の会場からミナが顔を出して大声を上げ、その明るい声がカラミッドらの緊張を若干解き解した様子である、両肩に入った力が抜け、剣の柄に置いた手に汗が滲んでいる事を護衛達はやっと気付いた、

「ワタアメー上手に出来たー、これ、タローのー」

「おっ、確かに良く出来ているな」

「でしょー、カイシンの作なのー、エレイン様に褒められたー」

「それは良かった、貰っていいのか?」

「どうぞー」

「ん、美味いな・・・」

「ホントー?」

「本当だよ、腹減ってたからな、余計に旨い」

「えへへー、嬉しいー」

「ん、皆さんは?」

「ガンバッテルー」

「そうか、そうか」

親娘はその背後で為政者同士の睨み合いが起こっている事などお構いなしに明るく笑って食事会の部屋に入ったらしい、少しばかり女性達の嬌声がボニファースらにも届き、クロノスとイフナースはまったくと相好を崩してしまう、

「流石じゃなー」

学園長がボソリと呟いた、

「子供は良いな、クロノス、パトリシアはどうだ?」

「どうだもなにも先程も会ったでしょう」

「そうであったか?」

「何を惚けていらっしゃるのやら」

クロノスは渋い顔を見せ、ボニファースは余裕の笑みを見せる、

「ふっ、さて、では、どうしようかな」

ボニファースはイフナースの注いだ酒を一嘗めし、レイナウトを静かに見つめる、レイナウトも突然の事であった為驚きと緊張のあまりその心臓がドクドクと高鳴っていたが、それはやや鎮静化し落ち着きを取り戻すと同時にその脳髄は音を立てて回転していた、

「それはこちらの台詞じゃ、ここで会ったが運の尽きと・・・言ってやりたいがな・・・何用で御足労頂いたのかを伺うべきか?」

レイナウトは静かに睨み返す、

「何用かだと・・・呼んでも来ない配下の下にわざわざ出向いたのだ、感謝し平伏するのが先であろう?」

「感謝等とよくその口で言えるわ、北ヘルデルの件、遡れば王国併吞の件、我が一族の恩讐を忘れたとは言わさんぞ」

レイナウトは先程までの仮面をあっさりと拭い捨て、今正に王国の中にあってなお公然と反抗する一権力者の顔となる、先程までの柔らかい笑みが消え、刻まれた皺は深く、瞳はギンと音を立てて輝いた、

「覚えておるよ、忘れる事はせん、といってもお互いガキの頃の話しだし、北ヘルデルは英雄に任せるのが一番であろう、誰も魔王には勝てやせんのだ、それともマーメールのように一族郎党粛清するべきであったかな?」

「ふん、偉そうにぬかすな、このような小癪な真似をしなければ顔を出す事もできなかった男が我が主君など片腹痛い、お望みならヘルデルの全軍、全市民でもって王都を落としてやるわ」

「それは怖いな・・・どう思う、イフナース」

「確かにそれは困ります」

ボニファースはニヤリとイフナースを伺い、イフナースはわざとらしく小首を傾げた、

「・・・イフナース・・・」

「なっ・・・なんと・・・」

ここでやっとレイナウトとカラミッドはイースと呼んできた若者の正体を知った、

「・・・病で幾ばくも無いと・・・」

「・・・確かにそう・・・噂されていました・・・」

リシャルトもこれには心底驚いたらしい、まじまじとイフナースを見つめる、

「だから、こちらには療養で訪れたと申しましたでしょう」

イフナースがニコリと微笑む、公爵と伯爵を前にして余裕の笑みであった、

「いや・・・まて、それは本当なのか?」

「はい、それは本当です、こちらに来てあっという間に快癒しましてね・・・詳細は難しい上にめんどくさいので秘匿しますが、この通り、酒を楽しめるほどですよ」

先程の友好的な若者のままイフナースはグラスを傾けて見せる、

「どういう事だ」

レイナウトがギリッとイフナースを睨みつける、

「どうもこうも、こちらには特殊な病に強い女性が居るらしく、伯爵、あなたもその恩恵を受けた者でしょう?」

「なっ・・・ソフィア・・・殿か・・・」

大きく目を見開くカラミッドにイフナースは笑顔で答えとした、

「まぁ、それだけではないですが、この地は恵まれた地ですな・・・辺境にあってこれほど栄えるのも分かる気がします」

ふふんとイフナースは微笑み、

「そういう事じゃな、でだ・・・」

と挨拶はこんなものかなとボニファースが次の話題を出そうとした瞬間、

「失礼します」

タロウが戻って来た、その手には盆を乗せており、さらに数人のメイドが続いている、一同がタロウへ視線を向けるがタロウは何も臆する事なくズカズカとテーブルに近づき、新たな客人にししゃもの皿を供すると、自身は壁際に置かれた椅子をクロノスの後ろに引っ張って来て腰をおろした、さらにメイド達が護衛とリシャルトに皿を配り始める、

「何をやっている?」

クロノスが流石に問い質すと、

「腹が減ったものですから、ほら、私も護衛の皆さんも何も食しておりませんでしょ」

タロウは何とも気の抜けた顔で何やらに噛り付いた、暗闇の為に判別できないが、どうやら先程供された蒸しパンのようである、護衛達も警戒体制は維持しつつもメイド達に強引に皿を持たされてしまい、その上に鎮座する三つの蒸しパンを見つめて毒気を抜かれてしまったようだ、どういう事かと互いに顔を見合わせている、

「どうせ今夜は長くなりますよ、偉い人達は酒が入るのはまぁいいですが、それに空腹のまま従うのは鍛え抜かれた従者や護衛とはいえ愚の骨頂と言えます、いざって時に頭も身体も鈍くなります、今の内に腹に収めておきなさい、積年の恨みを晴らすのも返り討ちにされるのも腹を満たしてからでも遅くないですよ」

タロウはパクパクモグモグと蒸しパンを齧りながら殺伐とした事をだらしなく口にする、

「ふっ、それもそうだな、伯、部下に休むように伝えよ、そこの従者にもな、なに、貴殿らをどうかしようとするなら、もうそうなっている、それは伯でも分かるであろう?」

ボニファースが呆れた顔でカラミッドに伝える、カラミッドは王を前にしてタロウのこの言いようは夫婦共に肝の据わり具合が尋常では無いなと軽く混乱し、しかし、二人の言はまた尤もである、タロウは食事会の折には一切口にしておらず、それは従者達も一緒で、常であれば食事を終えゆっくりとしている時間帯であった、従者達としてはそれが仕事であるとはいえ、どうやら今夜は長くなりそうである、さらにボニファースのいう事もまた正しい、もしその気であれば、カラミッドもレイナウトもその命は無かったであろう、毒を仕込むなり後ろから首筋を切りつけるなり、やりようは幾らでもあり、その悉くが実現可能であったのだ、

「・・・確かに・・・リシャルト、タロウ殿と陛下の仰る通りだ、今夜はどうやら長くなる、しっかり腹ごしらえを」

「しかし」

「あー、足りなかったらメイドさんに言って下さい、美味いですよ」

タロウがのんびりと付け足すと、そのあまりの脱力振りにリシャルトは思わずハァーと気の抜けた声を発してしまう、

「何か違うのか?」

クロノスがタロウの皿を見つめる、

「うん、ほれ、鶏の照り焼きとカツな、それと煮た野菜を蒸しパンで挟んだんだ、美味いぞ、食べやすいし」

「ほう・・・俺にも寄越せ」

「やだよ、十分食っただろ」

「俺には無いのか?」

「確かに美味そうだ」

イフナースと静かにしていたメインデルトも参戦する、

「待て、足りなかったのか?」

「いや、十分だがな」

「うん、他人が食っていると食いたくなるもんだ」

「・・・気持ちは分かるが・・・あー、そういう訳だから、頼める?」

タロウがヒョイと首を伸ばして入口付近に控えていたメイドに声を掛けるとメイドは静かに微笑んで退室した、

「あっ、皆さんもそこら辺の椅子を使って下さい、立ったままでは楽しめないでしょう、あっ、酒は駄目だよね、リンゴのジュースを」

さらにタロウは別のメイドに指示を出し、そのメイドもまた小さく微笑んで退出した、

「やりたい放題やりおって・・・」

ボニファースがジロリとタロウを睨みつけた、タロウはニコリと微笑み、

「まぁ、今日はほら私の趣向に沿って頂きますよ、角を突き合わせていては話しが進まんでしょう」

パクリと蒸しパンを口に放り込むタロウであった。



「お嬢様下手ー」

「なにおー・・・と言いたいところだが、中々に難しいな」

「でしょー」

「そうですね、エレインさんやミナちゃんみたく丸くならないですね」

「そうなんです、タロウさんが簡単だけど難しいって言ってましたから、その通りなんですよ」

「むふふー、お姉様も下手っぴー」

「むっ、儂は良いが姉様を悪く言うでない」

「ぶー、下手は下手でしょー」

「ふふっ、そうね、下手は下手ね」

「母様まで・・・母様も下手ではないですか」

「あら酷い、ミナちゃん、レアンが虐めるー」

「むー、ユスティーナ様を虐めちゃダメー」

「ムカーッ、虐めてないわ」

別室ではワイワイとワタアメ作りで盛り上がっている、エレインの指導の下まずはエレインが作って見せ、ミナがそれに続いた、しかしミナでは足踏みが出来ず、ソフィアがミナを抱いて無理矢理足を伸ばして何とか完成させ、ミナはその出来の良さからタロウに見せるとすっ飛んでいったがあっという間にタロウと共に戻り、今度は自分のと意気込むも他の面々が先だとソフィアに窘められ、結局タロウに上げた分を取り返してすっかりと食べ尽くしてしまっている、やがてタロウがライニールに何やら告げるとライニールとタロウは退出し、ライニールは廊下で待機していた護衛達と共に軽い夕食に舌鼓を打つ事となった、それは食事会で供された具材を挟みこんだ蒸しパンであり、蒸しパンの柔らかさもさる事ながら、野菜の甘みと鳥肉の旨味、カツの歯ごたえ等々とてもまかないとして出された食事とは思えなかった、

「こういうのも偶にはいいわね・・・」

ユーリがワインを片手に回転機構に群がる女性達を眺めて一息吐いた、先程までの食事会は話題の殆どが料理の事となり、身の上話や政の話題にはならなかった、その為大変に友好的な雰囲気であり、食事会それだけを見れば上々と言えると思える、廊下を挟んだ向こうでどのような話しになっているかは分からないが、先程なにやらでかい声が響いた以外は静かなものであった、

「そうねー、ミナはもうそろそろ駄目そうだけどー」

その隣のソフィアもなんとはなしにワタアメの集団を見つめている、ミナがいつも以上にはしゃいで走り回っており、それは眠気に対抗したものなのであろう、幼児特有の行動である、必死で身体を動かし自分は元気である事を正に全身全霊でもって表明しているのであった、

「ふふっ、まぁ、今日はほら、上を使えばいいしね、楽なもんでしょ」

「そうだけどね、いっその事寝て貰った方が楽かしら」

「でしょうね・・・あっ、あっちは大丈夫なのかな?」

「やっぱり来てるの?」

「多分ね」

「それは大変だわね・・・これだから偉い人達は面倒なのよ」

「まったくね」

二人は同時に溜息を吐いた、ソフィアは昨日の打合せには参加していないが薄々と今日の本当の目的には感づいていた、タロウからもユーリからもその詳細は聞いてはいないが、王太子であるイフナースが直々に動く程の事である、戯れで食事会を催すような好事家には決して見えないし、タロウが必要以上にバタバタと動いているのにも違和感を感じていた、しかし特に問い質すような事はしていない、知らないという事が身を守る場合がある事と、知らないという事が有利に働く場合もあり、知ることが足枷になる事が往々にしてあるという事象をソフィアは悟っていた、故にのほほんと眺める事にしたのである、しかし、事此処に至ってはソフィアであれば容易に感付いた、先程の大声はクロノスのものであったし、なにより不穏な空気が廊下から滲みだしている、百戦錬磨のソフィアであれば全てとは言わずとも何かが進行中である事を察するのは造作も無い事であろう、

「で、どういう事なの?」

「何が?」

「惚けないでよ、あんたらが黙っている事には気付いているんだからね」

「・・・やっぱり?」

「簡単よ」

「でしょうね」

「で?」

「あー・・・もう少し待った方がいいかな?どうなるかまだ・・・何ともね」

ユーリがワインを舐めながら廊下側の壁を睨む、

「そっ、そんなにあれ、危険が危ない感じ?」

「うん、危険が危なくて、危機的状況・・・だったりするかな?」

「あら・・・じゃあ・・・どうしようか、田舎に逃げる?」

「それでもいいけど・・・折角こっちで落ち着いたんだから、もう少し頑張りなさいよ」

「そうだけど」

「何とかなるわよ、クロノスもタロウもルーツも動いているのよ、今回は立場の弱い冒険者って訳じゃないんだし」

「あら・・・ルーツも?」

「うん、何かゴソゴソやってるらしいわよ」

「それはそれは・・・本格的ね」

「そういう事、まっ、何かあったらアンタと私の出番だけどね、そうはならないでしょ」

「ならいいけど・・・そうね、偶には暴れてもいいかも・・・」

「・・・マジ?」

「うーん・・・どうしようかな、もう剣の握り方も忘れちゃったわ」

「嘘おっしゃい」

「嘘じゃないわよ、ほら、こんなか細い手になっちゃって」

「・・・変わんないわね」

「失礼ねー」

「・・・丸くなった?こことか」

「むっ・・・それはあんたもでしょ」

「失礼ねー」

「お互い様よ」

「まったくだわね」

女性達の楽しそうな声が響く中、二人はニヤリと微笑むのであった。
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