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66話 歴史は密議で作られる その16

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そして食事会は一応の終了をみた、しかしミナは綿飴を作りたいとタロウにせがみ、レアンやマルヘリートもどうやら興味があるようで喚くミナに加勢する始末である、タロウは仕方が無いと厨房に行き、何とか回転機構を丸ごと二階に持って来た、何を始めたのかとリシャルトは警戒したのであるが、ミナとレアンが廊下に走り出て歓声でもってそれを迎えた為どうやらまた児戯に関わる事かとホッと胸を撫でおろす、

「タロー、まだー」

「はいはい、あー、エレインさんね、お願いできる?」

「はい、お任せ下さい」

旧型の回転機構と違い厨房のそれは足踏み式の品である、故に回転速度が速く、作業する人員も一人で良い、しかしどうみてもミナとレアンでは背が足りない、タロウはどちらにも慣れているであろうエレインに任せる事とした、而して回転機構の周りには女性達が集まり楽しそうに覗き込み、ライニールもそっとその傍に近寄っている、

「やれやれ、やはり女子は甘いものか」

レイナウトは口では呆れているものの何とも優しい瞳でその集団を眺める、

「そうですね・・・では、どうでしょう、私達は部屋を移してゆっくりとお酒を楽しむというのは・・・」

イフナースがカラミッドとレイナウト、学園長に静かに提案した、

「どういう事かな?」

学園長がニヤリと微笑む、学園長は友好的な賓客としてこの場にある、昨日の打合せにも参加しておらず、イフナースの他意に関してはまるで把握していない、あるとすればイフナースとカラミッドを繋ぐ役目と思っていたが、数々の目新しい料理と趣向によって、特に何をするでもなく機嫌良くこの場を楽しんでいた、

「はい、タロウさんに頂いた異国の酒がありましてね、それをゆっくり楽しむ為に別室を用意しております」

「異国の酒?」

カラミッドが片眉を上げる、何気にカラミッドも酒には目が無い、今日もエールをグラスで三杯ほど空け実に気持ちよさそうな赤い顔であった、

「ほう、それは面白そうだな」

対してレイナウトは年齢の事もあってか最初の一杯をチビチビとやっていた、酒は好きだが量は難しいのであろう、

「ではこちらへ、護衛の方も入れますので、そのように」

「うむ、では行こうか」

四人が同時に腰を上げ、タロウがそれに気付いてメイドの一人に目配せする、メイドは綿飴を気にしている様子であったがここは仕事とサッと部屋を出た、そちらの会場を整える為である、そしてカラミッドが護衛の一人に声を掛け、その一人も退室する、四人はそのまま廊下の反対側、先程の部屋とは違い薄暗く感じる程に暗い部屋に入った、そこには先程と同じ丸テーブルが置かれているが、こちらには白いシーツは掛けられておらず、また光柱の明かりも無い、灯りとしてあるのは王国では一般的な燭台で、それには五本の蝋燭が灯されていた、

「なるほど、これほどまでに明るさが違うのか」

カラミッドは思わず振り返る、

「そうですね、蝋燭の灯りが弱いのか、あの光柱が明るすぎるのか・・・まぁ、後者でしょうな」

イフナースは微笑みながら三人を丸テーブルに案内し、メイドに一声かける、メイドはすぐさまグラスと酒の入った壺、水差しと氷の詰まったボウルの乗った盆をテーブルに置いた、

「これがそうなのか?」

「はい、少々キツイ酒なのですが、素晴らしい味ですよ」

イフナースは自らグラスに氷を入れ酒を注ぐ、四つのそれを慣れた手付きで仕上げると、さらに水の入ったグラスを別で用意した、そこへ、

「失礼します」

タロウが盆を手にして入室し、さらにリシャルトと廊下で待機していた護衛が数人音も無く入室する、

「それは?」

学園長が首を伸ばす、タロウが自ら持ち込むほどの品である、何かあるのであろうと勘繰ってしまった、

「つまみとおしぼりになります、酒だけを召し上がるのは少々寂しいというものでしょう」

タロウはニコリと微笑み、それぞれの前に皿を並べた、

「これは・・・今度は干し魚か・・・」

レイナウトが嬉しそうに微笑みおしぼりを手にした、

「はい、マヨソースを添えてあります、少量付けて頂くと格別ですね」

「それは良いな」

学園長も嬉しそうに手を拭う、そしてイフナースもグラスを配ると、

「かなり強い酒です、なので、舐めるように、それと、こちらの水を交互に頂くのが悪酔いしない秘訣とか」

とクロノスから教わった事をそのまま口にして軽くグラスを掲げ口を付ける、その言葉の通りにイフナースは舐める程度でグラスを置いた、

「それほどなのか?」

カラミッドもレイナウトも不思議そうにグラスを見つめる、蝋燭の灯りの下その濃い茶色に見える液体は艶めかしく氷塊をたゆたせ、濃厚な香りがゆっくりと鼻の奥に上って染み込む、二人はその魅力に引き寄せられるように手を伸ばし口を付け、そして、

「うぉ・・・」

「これは濃い・・・」

「確かに、これほどとは・・・」

驚愕の面相となる二人と学園長もまた顔を顰めてしまう、咳き込む程では無かったが、それはイフナースの忠告通りに舐めるように舌先に乗せただけの為で、さらに唾液と混じったその酒が喉を通った瞬間その熱さに再び驚き、目を白黒とさせてしまう、

「ふふ、慣れるとじつに良い酒ですよ」

イフナースがゆったりと微笑む、如何にも酒好きのような台詞であるが、イフナースの飲酒経験はこの三人に比べたら生まれたての赤子以下であろう、

「いや、旨いぞ、うん」

「そうですな、この香りだけでも素晴らしい・・・」

「このような酒があったとは・・・」

三人はグラスを見下ろして感嘆の声を上げる、

「そうですね、お水と交互に、慣れるまでは」

イフナースは水の入った方のグラスを手にして口を付ける、なるほどと三人もそれを真似し、ゴクリと喉を鳴らした、

「これもタロウ殿が?」

カラミッドがイフナースの背後に控えるタロウを見上げた、蝋燭の柔らかい灯りがその顔を照らすが先程までの明るさに慣れた為かだいぶ暗く感じる、

「はい、遠方の酒ですが、こちらでも作れないかと画策しております、完成しましたらば是非御賞味頂ければ幸いです」

「なんと、作れるのか?」

「それは凄い」

「いや・・・タロウ殿がこれほど芸達者であるとは思わなんだ・・・」

三人はそれぞれに呆けた顔となってしまう、

「まったくです、困ったもんですよ」

イフナースはやれやれと溜息を吐いた、その瞬間カラミッドがポンと膝を叩き、

「そうじゃ、少し確認せねばならん」

真顔となってイフナースを見つめる、食事会の折りには人も多く、またその趣向と料理に引かれ最も重要な事を正していない、レイナウトもジッとイフナースへ視線を合わせた、

「何か?」

「卿の爵位と正確な名を聞きたい、ライダー子爵の類縁であったかな?」

カラミッドはテーブルに両肘をついてじっとりとイフナースを伺う、どうやらユスティーナはこの若者とレアンの縁談まで考えている様子であり、ユスティーナはそれをここ数日、言外にそれとなくカラミッドに匂わせている、カラミッドもそこまで勘の弱い人間ではない、良縁であればそれも良しとも考えていた、而して今日の様子を見るに、目の前の若者は確かに美形で礼儀正しく教養も確かのようだ、それなりの家名を背負ってもいるのであろう、子爵家令嬢であるエレインよりもその所作とエレインの態度から高位である事が察せられる、

「そうじゃな、是非伺いたい」

レイナウトも一言沿えてしまう、商会の番頭如きが口出しする場面ではないが、酔いと高揚感もあって仮の立場を忘れて口が軽くなっているようだ、

「・・・そうですね、確かに失礼致しました」

イフナースはうんうんと大きく頷く、随分と芝居じみた仕草である、これには壁際に控えるリシャルトがまず眉を顰め、思わずイフナースを睨みつけてしまう、

「しかし・・・私から申し上げるよりも・・・」

イフナースはさらに芝居じみた笑みを浮かべて振り返る、タロウは静かに頭を下げると、ゆっくりとその部屋の奥、暗がりの中にある衝立に向かった、蝋燭の灯りの下でも衝立と壁の間には大した空間は無い事は一目で判別できた、故にリシャルトも護衛達も特に気にする事は無かったが、これは何かあるのかと、その腰の剣に手を添える、

「大丈夫です、血生臭い事にはなりませんよ」

イフナースがそれに気付いて悠揚に微笑んだ、カラミッドとレイナウトはどういう事かとタロウの背中とイフナースを見比べ、学園長はすぐに感づきどうやら大仕事の一つが先に済みそうだと一息吐きつつもさてどうなることかと口元を引き締める、ここで刃傷沙汰になっては正に歴史に残る珍事となろう、まして帝国が迫っている状態では王国の存亡にも関わる、タロウやユーリが何とかしてくれるであろうが、場合によっては自分の身を盾にしてでもと、拳に汗を握った、

「どういう事かな?」

カラミッドが改めてイフナースを睨むと、

「久しいな」

衝立からタロウの前を通って紫色の影が歩み出る、さらにその後ろには巨大な影が二つ、さらに小柄な影が一つ、四つの影が大股でズカズカとテーブルに近づいて来た、

「なっ・・・」

カラミッドとレイナウトは腰を上げ、護衛達も剣を抜かぬまでも足を踏み出し警戒態勢となった、

「・・・まさか・・・」

二人は先頭を歩く紫色の人物の顔がやっと判別できた、リシャルトが駆け出して二人と先頭の男の間に立ちふさがる、

「ふん、良い部下を持っているな、が・・・何もせんよ」

男は薄暗がりの中でニヤリと微笑み、続けて、

「なんだ、主君の顔を忘れたわけではあるまい、コーレイン先代公・・・クレオノート伯に至ってはこれで三度目かな?随分と疎遠に感じるのう・・・」

「・・・陛下・・・」

「なんと・・・」

二人は蝋燭の暗い灯りに照らされたボニファースの顔をやっと認識できた、先代公爵と伯爵である二人を前にして自らが主君であると言えるのはボニファース現国王のみであり、さらにその特徴的な紫色のローブもまたその身分を証明する装いである、レイナウトはすぐにそれが本物の国王である事を理解した、大きく見開かれた瞳と眉根に深く刻まれた皺がその心中を表し、カラミッドはボニファースの言う通りに直接拝謁したのは過去に二度しかない、伯爵位を継いだ時と、大戦中のヘルデルでの御前会議のみである、故にその人物が国王本人である事はすぐには見抜けなかった、

「なんだ、礼を忘れたか?」

ボニファースが足を止めてじろりと二人を睨む、しかし二人は微動だに出来ず、リシャルトもまたその独特の圧の前で剣に手を掛けたまま硬直するしかなかった、

「陛下、御機嫌麗しゅう」

そこへ割って入ったのが学園長である、室内の静寂し冷たく張り詰めた雰囲気の中、一人笑顔を浮かべてリシャルトの隣に立つとゆっくりと頭を垂れた、

「パウロ、尽力感謝する」

ボニファースが余裕の笑みで学園長を労った、カラミッドとレイナウトの視線が学園長に向かい、リシャルトはさらにグッと下半身に力を籠めた、

「王国の存亡なればこそ、しかし、私の案は使われなかったようですな」

「そう言えばそうだな、済まない事をした」

「いいえ、結構でございます、何事も先手に負け無しと申しますれば」

「そうだな、その通りだ」

ボニファースはアッハッハとわざとらしく大笑し、学園長が再び頭を垂れる、しかし、カラミッドもレイナウトもましてリシャルトと護衛達もどうしたものかとピクリとも動けない、

「王の御前である、剣に手を掛けるとは何事か」

ボニファースの背後に立つクロノスが屋敷をも揺るがすほどの大声を響かせた、ビクリと一同は瞬時に怖気、ボニファースに向かっていた視線がクロノスに向かう、その瞬間、

「クロノス殿下・・・」

護衛の一人がクロノスの顔を知っていたのであろう、思わずその名を呟いた、なにっと護衛達がざわつく、

「ほう、知っているか、なら、分かるであろう、俺が唯一、いや、二人・・・いや、三人・・・いや、結構いるな・・・これは困った・・・」

クロノスが嬉しそうに微笑み、しかしすぐに言葉に詰まった、

「おい、締まらねえぞ」

タロウがニヤリとクロノスを小突く、

「何だよ、まぁ、そういう事だ、どうせお前ら全員でかかって来ても俺一人に勝てはせんのだ、無駄な血を流すな、今日は折角良い料理を楽しんだのだ、もう少し今宵の趣向を楽しもうとしよう」

クロノスはズカズカと丸テーブルに歩み寄り、

「むっ、タロウこれはなんだ?」

皿の魚に気付いたらしい、

「あー、ししゃもって魚だよ」

「なに?聞いてないぞ」

「言ってない」

「お前なー」

「お前の所で獲れた魚だぞ」

「そうなのか?」

「おう、鰯も美味かっただろ」

「ああ、あんな旨い魚がいたとは知らなんだ」

「まったく、これだから無粋なんだよお前は、ほれ、座ってろ、追加で持って来るから、陛下もつまみはそれで宜しいですか?」

ボニファースには敬語となるタロウに、

「あぁ、かまわん、旨いのだろう?」

「それは勿論でございます」

「任せる、ほれ、臣下の礼は特別に勘弁してやろう、座れ」

ボニファースはサッとリシャルトを避けるとイフナースの隣に座り、イフナースはグラスに酒を注いでいる、

「どうした、クロノスの言う通り、今日の食事会は素晴らしかった、あのスープは絶品だな」

「ですな」

「蒸しパンは軍でも作れましょう」

「確かにな、しかし、贅沢過ぎんか?」

「いや、大事だぞ、兵の食料こそ軍の根幹だ、何より材料はパンと変わらんと聞いた」

「そうなのか」

ワイワイと騒ぎ出すボニファースとクロノスとイフナース、そこへ、

「失礼しますぞ」

「例の酒ですな」

別の二つの影ロキュスとメインデルトがそそくさと席に着いた、ポカンと眺めるしかないレイナウトとカラミッドである、リシャルトと護衛達は未だに警戒態勢を解いていないが、

「これはまったく・・・してやられたか・・・」

レイナウトが大きく吐息を吐き出すと、

「伯爵、これはどうやら何やらあるらしい、話しだけでも聞かなければどうしようもなさそうだ」

完全に負けを認めて席に着く、

「・・・左様・・・ですか・・・」

カラミッドは小さく頷きリシャルトに控えるように伝え、自身もまた緩々と自席に戻るのであった。
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