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66話 歴史は密議で作られる その10

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タロウがバーレントとの打合せを切り上げて二階へ向かうと、階段前のホールで学園長とユーリ、カトカとサビナが何やら話し込んでおり、何故かレインもその輪に加わっていた、ホールには数脚の椅子が壁際に並べられており、それは伯爵の従者達の為に設えられたものであったが、五人はそんな事はお構いなしに一角を締めているようだ、

「皆さんお揃いで」

「おそろいできたのー」

「そうなのか?」

「そうなのー」

タロウに小脇に抱えられたままミナは嬉しそうにタロウを見上げる、

「おう、タロウ殿、丁度良い、主の意見も聞きたかった」

学園長が興奮した大声であった、タロウはこりゃまた何かあったのかなと首を傾げつつその集団に歩み寄る、

「これじゃ、どう思う?」

学園長は手慰んでいた五玉のアバカスをタロウに差し出した、

「・・・アバカスですか?」

「うむ、ケイスさんの発案でな、10玉のそれを5玉に変えてみたのだ、での、計算そのものは中央で行う形になる、少々不細工だがこう中央に仕切りを付けてな」

と学園長は流れるように改良点をタロウに説明し始め、ユーリとカトカとサビナはヤレヤレと一息吐いた、三人も研究所では熱心に意見を出していたのであるが、学園長の無尽蔵の活力にはまるでついていけず、エレインとソフィア達がそろそろ伺いましょうと研究所に上がってきたのを機に、この件は一旦これでと切り上げたのであった、しかし、学園長はそうはならなかったようで、こうして場所を移して話し込んでいた、しかし話し込むとの表現はやや的外れである、この場にあって三人は完全に聞き役で、学園長一人が気持ちよくくっちゃべっていたのである、

「ほう・・・これは、これは」

タロウはニヤリと微笑む、それは正に算盤であった、学園長の説明を聞く限りだと使い方としては縦向きの算盤になるであろう、その内横向きになるのかな等と思ってしまう、

「どうじゃ、使えると思うのじゃが」

学園長が鼻息を荒くしてタロウを見上げた、

「はい、素晴らしいですね、うん、実に素晴らしい」

「そう思うか」

「はい、実に理に適ってます、確かに10玉よりも9玉、さらにそれは5玉で代用できる、10進法と5進法を組み合わせた素晴らしい改良だと思います」

「10しん?5しんほう?」

タロウはニコニコと笑顔で答えるが、学園長はこれまた新しい単語が出て来たと目を丸くし、他の三人もであるが、レインまでもが不思議そうにタロウを見上げた、ミナはバタバタと楽しそうにウーウー言いながら両手を振り回してアバカスに手を伸ばす、届く事は無かったが、

「はい、10で次の位に移る計算方式・・・というよりも数の数え方と言った方が良いでしょうか」

「どういう事じゃ、それが普通であろう」

「はい、確かにそうなのですが・・・」

とタロウはウーンと少し悩んで、

「私が知る限りですが、2進数、3進数、10進数、16進数、あと、8進数かな、5進数もそうですが、まぁ、そんな感じで使い分けられているのですが、まぁ、定義次第で幾らでも増やせるような気がします、そこは数学者さんに頑張ってもらいましょう、私は門外漢なので詳しくは無いですよ」

「待て、どういう事じゃ?」

「簡単です、次の位に上がるのに必要な数・・・と定義すればいいのかな?だから、分かりやすい所だと3進数の場合は、1、2、はそのまま、3で次の位に上がるので、この場合3を表す数字が10になります、で、4が11になる」

ニコニコとやたらめんどくさい事を言い出すタロウを五人はポカンと見上げるしかなかった、

「えっと、3が10で、4が11?ですか?」

カトカが静かに問いかける、

「うん、そうだよ、じゃ、5はどうなると思う?」

「えっと・・・12?」

「正解、じゃ10は?」

「10・・・えっと、えっと」

カトカは慌てて指を折りはじめ、他の面々もうーんと悩み始める、すると、

「101じゃ」

レインが楽しそうに答えると、えっ、と大人達の視線がレインに集まる、

「せいかーい、流石レインだなー、頭いいー」

「あたまいいー」

タロウがニヤニヤと微笑み、ミナも良く分かっていないであろうが、タロウの真似をする、

「・・・確かに、101・・・ですね」

カトカがやっと計算が終わったようで、

「そうなの?」

とユーリが不安そうに確認する、

「はい、えっと、8が22で、9が100になるんです」

「それも正解」

タロウは楽しそうに微笑むと、

「そんな感じでね、10が次の位として、さっき言った数、2とか3とか16が10になるって感じだな・・・ややこしいよね」

自分で言っておいて合っているかなとタロウは首を傾げ、大丈夫そうだと顔を上げた、

「そうなるとあれか、2進数になると」

「はい1は1ですが、2が10になります、3が11、10はなんと1010です」

「なんと・・・それで計算なぞ出来るのか?」

「はい、出来ますね、数学・・・というよりも数字の表現と言った方が良いと思うのですが、面白いところですね、例えばですが、5という数字は物に例えれば5個なにがしかがあるだけです、ですよね、ですが、この5を表現するには5という数字でなくても可能なんですね、あー、なんていうか言語のようなものです、私という単語の意味は一つですが、それは他の言語では違う言葉でしょ・・・そんな感じですが、少し変な例かな?」

「いや・・・」

「うん、少し分る感じです」

ポカンとタロウを見上げる四人と、そういう事かとウンウン頷くレインである、

「まぁ、私としても10進数が一番分かりやすいですし、馴染んでいますから、それで構わないと思うんですけど」

タロウはアッハッハと笑い、

「ミナもー、たぶんそれー」

ミナがワタワタと手足を振り回す、

「おっ、ミナは理解したのか、偉いぞー」

「うふふー、でしょー」

絶対分ってないなとタロウは思う、逆に理解していたら恐ろしい事でもあった、

「・・・面白いな、それはあれか、何か実例となるものはないのか?」

学園長がアバカスの事をすっかりと忘れたようで、アバカスは彼の膝の上に寂しそうに置かれてしまった、

「あー・・・ありますね、えっと、あれです、ユーリは知ってると思うんだけど」

タロウはユーリに意地悪そうな視線を向け、エッ私?とユーリは身を仰け反らせる、

「うん、ゴブリンがそうなんですが、彼らは指が4本なんですよ、両手合わせて8本、なので、彼らは8進数で物を数えるみたいです」

「なんと・・・」

「へー・・・」

「あー、確かにそうね、4本だったわ・・・」

ユーリが壁を睨んで頬をかく、

「なんだけど、面白いのがさ、彼らは8以上の数字はいっぱいとか沢山っていう表現で切り上げちゃうんだよ」

「それは本当か?」

学園長が大声を上げ、他の3人もエッとタロウを見上げた、レインはそういう事もあるだろうなと頷いている、

「はい、なので厳密に言えばちょっと違うんですが、この場合は8とそれ以上しかないと言うべきなのかな?でもある種の8進数ではあるのでしょう、他には獣系の魔族ですね、こちらは指が3本、性格には5本なんですが、器用に使えるのが3本なので両手合わせて6かな、この場合は6進数になりますね、さすがにこちらはちゃんと次の位は活用してました、いっぱいとか沢山では無かったようです」

「そう・・・なのか・・・いや、待て、それはあれか例の大陸での話しだな」

学園長は興奮したままに大声を上げ、ユーリはそれはまずかろうと学園長を睨み、カトカとサビナは何だろうと訝しげな視線を学園長に向ける、しかしタロウは全く気にする様子は無く、

「そうですね、なので、かの大陸では実は16進数が標準です、10~15に当たる数字が単語で・・・単語?違うな、数字一文字で存在します、北ヘルデルに残ってた書類もそうなっている筈です」

と続けてしまう、

「なに?」

「そうなの?」

学園長とユーリがそれは聞いていないと目を丸くし、カトカとサビナはいよいよ何が何やらと混乱してしまう、

「なので、向こうでの買い物は結構大変でしてね・・・慣れないと値切り交渉も難しいですし、少しこう頭を使います、俺も生粋の10進数の民なので」

タロウはニコリと微笑む、

「いや・・・だろうな・・・16シンスウ・・・いや、考えたことも無かった・・・確かにそうじゃな、数字を表現する手段という訳か・・・」

「流石学園長理解が早い、これもまた文化・・・なのですが、数字の数え方に関しては私が思うに数を数えられる程に頭の良くなった種族の身体的な側面もあるようなんですよね、なので、私が知っている限りだと、ゴブリンの中には足を器用に使う種族もおりまして、彼らの足もまた4本指なのですよ、なのでそいつらは16進数が標準でした、しかし16迄は数えるようなのですが、それ以降はいっぱいで沢山なんです、面白いですよね、身体的に使える部分は使って、それ以上は知能による、文化によるのかな?彼らはそれでもちゃんと独自の生活を営んでますし、感性的な違いは勿論あるんですがしっかりと安定した暮らしを送っています」

タロウは少しばかり言葉を選んだ、王国ではゴブリンや魔族に対しての理解はまるで進んでいない、ここで変に魔族を褒め称えるような言葉は受け入れられないであろう、相手が柔軟な思考力を持つ学園長でも、付き合いの長いユーリだとしてもである、

「そうなのか、いや面白い、確かに面白い、他にはあるか?」

「あると言えばある・・・のではないかと思うのですが・・・私が知るのはその程度ですかね・・・うん」

タロウは顎先をかこうと右手を伸ばしかけ、ミナを抱えている事に気付いてアッと小さく声を上げるとソッとミナを下ろした、ミナは名残惜しそうにタロウを見上げるがすぐに学園長に駆け寄り、その膝にあるアバカスに手を伸ばす、学園長は笑顔を浮かべてそれを手渡すと、

「なにこれー、なにこれー」

ミナはその隣の椅子に腰を下ろしてジャラジャラと遊び始めた、

「あの、すいません、その話しを後程しっかりと伺いたいのですが・・・」

カトカが困惑しつつもタロウを見上げる、食事会ということもあり黒板も持ってきていない、まして、これほどに学術的な話題になるとも思っていない、アバカスの改良についてタロウの意見も欲しかったのはそうなのであるが、それ以上に興味深い事をタロウは井戸端の奥様のように気軽に口にしていた、

「ん?いいよ、別に難しい事じゃないからね、ちょっとあれだ、ややこしいっていうか、こんがらがるけどね」

「ありがとうございます」

「確かにややこしいな、しかし、常識を一旦こう、横に置くと理解できるぞ、うん、10という数字は面白いな」

「そう思われます?」

「おう、勿論じゃ、そうなると」

再び学園長の舌が回りだす、しかし、

「あら、こっちに溜まってたの?」

ソフィアがフラリと顔を出し、その後ろにはグルジアの姿もあった、

「あら、お疲れ、居たの?」

タロウが振り返り、

「ソフィー、これー、楽しー」

ミナがアバカスをジャラジャラ鳴らしながらソフィアに駆け寄った、

「こら、走らない」

「えー」

「えー、じゃないでしょ、もう、で、何してたの?」

「ソフィアさん、素晴らしい知見を得たぞ」

「知見?」

ソフィアとグルジアが首を傾げ、

「確かに・・・」

「うん、常識をひっくり返された感じ・・・」

「あんたら凄いわね、私全然理解できなかったわよ」

カトカとサビナが深刻そうに頷く横でユーリは困った顔である、

「ふふん、ユーリはもう少し勉強が必要じゃのう」

レインまでが勝ち誇った顔であった、

「まっ・・・なに、あんたは理解したの?」

「簡単ではないが、難しくはないのう」

さらにニヤリと微笑むレインに、

「むきゃー、負けてられるかー」

とユーリは叫び、しかし、

「・・・そう言えばアンタ・・・やっぱり違うわね」

とユーリはジッとレインを見つめ、レインはこれは調子に乗り過ぎたかと、

「ミナー、儂にも触らせるのじゃー」

急に子供っぽい声を上げてその場を逃げ出すのであった。
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