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本編

66話 歴史は密議で作られる その7

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その頃寮の厨房では、

「これ使っていいですかー」

「どれ?」

「玉ねぎですー」

「好きにしていいわよー」

「ありがとうございます」

「ソフィアさん、この陶器板、便利ですねー」

「でしょー」

「うちの寮にも欲しいですよー、寮母さん泣いて喜びますよー」

「そりゃだって、世の奥様方は全員そうでしょ」

「そうだけどー」

と訪問着に身を包んだソフィアが数歩離れて見守る中、ルルとアニタとパウラが厨房内ではしゃいでおり、

「よーし、やるぞー」

と籠を手にしたジャネットが食糧庫から入ってくる、やる気満々で鼻息が荒い、

「ジャネット、お肉忘れてるよ」

そこへケイスも籠を手にして食糧庫から出て来た、

「忘れてないさー、お肉はケイスの担当でしょー」

「いつ決まったの、それー」

「さっきー」

「もう、適当だなー」

「言ったもの勝ちよねー」

「あー、ジャネットの得意なやつねー」

「ジャネット先輩って、酷いですよねー、時々ー」

「なっ、なにおー」

「ルルさん、よく見てるわねー」

「それほどでもー」

「良い後輩だねー」

「えへへー」

「ムカー、お前らの方が酷いだろー」

「えー、そうですかー」

「酷いって言う方が酷いんですよー」

「・・・それってルルさんが一番酷いってならない?」

「・・・そうかも・・・」

適当に茶化し合って楽しそうな面々をソフィアはまったくと微笑んで眺めている、本日の夕食はソフィアが不在の為、生徒達で準備するとなり、であれば学園祭の準備を兼ねて色々やりたいとジャネットが言い出し、好きにすればとソフィアが許可を出した、そしてこうである、

「じゃ、肉挽き機を用意してもらってー」

「出来てるよー」

「さすがー、早いねー」

「味付けどうするの?」

「えっとねー、玉ねぎは絶対でー、お塩とー、小麦粉も必要なんだってー」

「へー、簡単だねー」

「そうなんだよー」

ジャネットが中心になってバタバタと忙しくなり、そこへ、

「あー、始めてるー」

サレバとコミンが駆け込んできた、

「お疲れー」

「モヤシはどう?」

「良い感じですー、もう少しですねー」

「えー、でもいいじゃない、あんな感じだったように思うけどなー」

「駄目だよー、もっと大きかったよー」

「うー、コミンは厳しいなー」

「サレバが適当なのー」

「食べたかったのにー」

「それは私も一緒だよ」

「だけどー」

パウラの優しい笑顔に迎えられサレバとコミンはキャーキャーと騒ぎ出す、さらに、

「お任せしますけど、しっかりお願いしますね」

と心配そうなグルジアが食堂から顔を覗かせた、グルジアもまた訪問着を纏っている、

「勿論ですよ、お任せ下さい、あねさん」

「あねさんって、調子よすぎでしょー」

「いいじゃん、あねさんって、駄目?」

「ねーさんが良ければいいけど・・・」

「じゃ、駄目」

「えーっ、そこは大人として許可しないとでしょー」

「関係ないわ、駄目」

「むー」

常と異なる状況の為か、二人もまたいつも以上にはしゃいでいる様子で、グルジアはソフィアと共にまったくと呆れた笑みを浮かべる、サレバ達もまたジャネットの試作をしたいとの案に自分達もと名乗りを上げ、ソフィアはそう言うと思ったわと拒否する事は無かった、サレバはここが実力の見せ所と興奮し、コミンはそれほど料理上手じゃないでしょと突っ込みを入れ、レスタはニコニコと嬉しそうに微笑んでいた、昨日の食事会の後、グダグダとだべっていた時の出来事である、

「あー、ちゃんと野菜も食べなさいよ・・・」

ソフィアは若干不安になって声を掛ける、

「そうですよ、先輩達はハンバーグですよね」

「そだよー」

「お野菜担当はどうします?」

「サレバっち、野菜好きでしょ」

「好きですけどー」

「サレバは下手なんで私やりますよー」

「おぉー、コミンたんは偉いなー」

「ぶー、だからモヤシー」

「まだ、小さいでしょ、あっ、蒸し器どこですかー」

やたらと元気なサレバを放ってコミンは段取りに入ったらしい、

「そこ、テーブルの下」

「ありがとうございます、サレバー、今日はどうするんだっけー」

「あー、小さい蒸しパン?」

「でしょ、次はー」

「小麦?」

「分かってるなら動きなさい」

「うー」

サレバがブーブー言いながら食糧庫に向かった様子で、

「大丈夫かしら?」

「まぁ、私達が食べるんじゃないしねー」

「そんな他人事みたいに・・・他人事か・・・」

「そうよー、私達は美味しいお料理を楽しみましょうねー」

これ見よがしに微笑むソフィアと、楽しめるかなと若干不安なグルジアである、グルジアとしては自分が招かれるとは全く思っておらず、タロウから告げられた時には何の冗談かと本気で驚いた、しかし、先代公爵の名前が出れば、そうなるのかなとも思う、昨日数年ぶりに会ったレイナウトはグルジアが知るレイナウトとその衣服は違えど変らずに親しげで快活であった、幼少の頃からの顔見知りであり、グルジアがその立場の本当の意味と重要性を知るまで、優しい伯父さんとして甘えてもいたのである、しかし、昨日の邂逅の折にはどうにもタロウやソフィアの扱いが奇妙であった、番頭と呼び対等に近い馴れ馴れしい言葉使いであった、二人は普段からそういう傾向にあるのであるが、相手は先代とはいえ公爵である、流石にそれはとグルジアは眉を顰めた、しかしグルジアはハタッと気付く、レイナウトが戦争中に実家である商会の名前とその力でもってあらゆる資材を前線に送っていた事、さらに、自らその商隊を率いていた事を思い出し、その上でレイナウトとじっくりと打合せの時間を持てた為、お互いの事情をすり合わせ、レイナウトをかつて世話になった商会の重鎮として取り扱う事とした、レイナウトはその席で、グルジアの嫁ぎ先での事を初めて耳にしたらしい、静かにその冥福を祈り、グルジアには何かあればすぐに自分を頼るようにと心強い言葉も掛けてくれた、やはりレイナウトはグルジアにとって優しく大らかな伯父さんであったのである、

「そうですけど・・・」

「あー、いいなー、あれ、あのスープは絶品ですよねー」

「そうですよー、お魚も美味しかったなー」

アニタとパウラがパッと顔を上げる、二人は食事会の後、こちらも近衛に守られて寮に戻ったのであるが、流石にそこでソフィア達のように話し込む事は出来なかった、相部屋に入りコソコソと二人だけで寂しくも盛り上がったのである、

「あっ、じゃぁさ、あの、鶏肉のテリヤキ?あれ作れないかなー」

「あー、あれも美味しかったー」

「うんうん、あのトロッとしたタレがいいよねー」

「やってみる?」

「今日はハンバーグでしょー」

「そうだけどー」

「まったく、好きにしていいけど、無駄にはしないでよ、お肉もお野菜も大事なんだからね」

ソフィアはこんなもんかなと踵を返した、ハーイと明るい声が厨房に響く、

「じゃ、どうしようかな、まだ早いわよね」

ソフィアは食堂に入ってグルジアに確認した、少々早く準備が終わってしまっている、ミナとレインには訪問着を着せ、自分もこんなもんだろ程度に身形を整えた、グルジアは流石に商会の娘である、立派な訪問着を身に着けており、それだけで育ちの良さと控え目な気品が感じられる、

「そう・・・ですね、エレインさんはさっき上に上がりました、オリビアさんと」

「そっか、それを待ってもいいわね・・・はぁ、ヤレヤレだわ・・・」

「ヤレヤレだー」

ミナが暇を持て余したのかソフィアの足に縋りつく、

「なに?」

「ヒマー」

「そうね、レインと一緒に御本でも読んでなさい」

「うー、遊びたいー」

「だーめ、汚れちゃうでしょ」

「ダメ?」

「駄目、おめかししたんだからおしとやかにするの」

「うー」

レインはすぐさま離れるとダダッと暖炉に走り、そのまま周囲を見渡してメダカの水槽に顔を近づけた、レインがまったくと書から顔を上げ、ソフィアもまた好きにさせるかと、

「さっ、グルジアさんもゆっくりしましょう」

近場の椅子を引いて腰を下ろす、

「そうですね、そうだ、あの、ちょっと聞いていいですか?」

グルジアはソフィアの対面に座り込む、

「なに?」

「あの、先代・・・じゃなかった番頭さんの事なんですけど・・・」

「どうかした?」

「えっと、私、あの、番頭さんが現場でどんな感じなのか知らなくて、なんとなく、どうだったのかなーって思って」

グルジアはこの話題は難しいかなと思いながら聞かざるを得なかった、なんともこのポカリと空いた時間が手持無沙汰な感があり、もう少し他の話題が良かったかなと考えるがやはりレイナウトとソフィア達の関係が気になってしまう、

「そうねー・・・どうだったかしら」

ソフィアはうーんと首を傾げる、ソフィアは未だその番頭が先代の公爵である事を知らず、また戦争に関しても耳に入れていない、なにもソフィアが特段お喋りだからという訳では無いが、タロウもユーリもわざわざ伝える事でも無いと現時点ではソフィアには伝えていない、

「あれね、首飾りをジャラジャラ着けた、変なおじさん?」

「ヘッ?」

ソフィアはニヤリと微笑み、グルジアは目を丸くした、

「えっとねー、正直に言うんだけどね」

ソフィアは楽しそうに微笑み、

「こんな感じででっかい金の首飾り?3本くらいかな?着けててね、当時の仲間とね、なんじゃありゃって笑ってたわ」

「・・・そう・・・なんですか?」

「そうよー、でもこっちの話しは聞いてくれるし、何より安くてね、これで商売になるのかしらって金額で食料とか下着とか、毛布とか売ってくれてね、武器の手入れもしてくれたのよ、砥ぎ師さんも連れて来て、便利だったわよ、本当に有難かったわ・・・」

「そう・・・ですか」

「そっか、実家の商会なんだっけ?」

「えっ、あっ、はい、そうです」

「じゃ、御両親にも感謝しないとね、お陰で何とか生き残ったし、番頭さんがいなかったら戦争中に飢え死にしてたかも」

ソフィアはニコリと微笑む、

「そんな、こっちは商売でやってただけですから、でも・・・そう言って貰えると商会冥利につきます、はい」

グルジアはここは商会の娘として対応するのが良いであろうと背筋を伸ばす、

「ふふっ、でね、番頭さんはどうだったかなー、商人らしくは無いわよね」

「ですか?」

「そうよー、だって、あんなに派手な人いないわよ、いくら羽振りの良い商会だって、でしょ?」

「すいません、直接一緒に仕事したことがないので・・・」

「そうなんだ、タロウもルーツ・・・これは仲間の一人ね、なんかは大丈夫か、あれって、言ってたかなー、あいつらは妙に人を見透かすもんだから、めんどくさいのよね、二人でゴニョゴニョ話してたけどその内仲良くなってたけどね」

「へー・・・」

「だから、商人としてはあれが正しいのかもね、後で思ったけど、一度見たら忘れないでしょ、派手な商人」

「・・・ですか?」

「そうよー、だって、目立つんだもん、一人だけ横に大きくてキンキラで、でも扱う品は良いし安いしね、話し好きだし大らかだし、いつもガッハッハって笑ってる感じ?何度も言うけど助けられたのは間違いないわ、番頭さんがいなかったら魔王を倒せなかったかも・・・」

「そこまでですか?っていうかそんな最前線に居たのですか?」

グルジアが別の事実に目を剥いた、ユーリやソフィアが冒険者であった事は薄々と耳にしていたが、魔王を倒す云々を語れる程に関わっていたとは初耳である、

「最前線は最前線ね、私達は冒険者でしょ、だから、軍の兵士よりも森の中の戦闘とかが得意でね、で、向こうは向こうで軍隊ってよりも魔物の集合体って感じだったから・・・まぁ、上手い事使われたのよ、上の連中に」

ソフィアは少しばかり誤魔化しながら答える、戦場での事を他人に話した事は殆ど無く、まして自ら喧伝する事も無い、今現在としては良い思い出とするにはまだ時期が早く、また、タロウやクロノスからはその詳細を語る事は戒められている、折角あらゆる栄誉を棚上げにして好き勝手に生きる道を選んだのである、当然の代償であるし、それが自分には相応しいと納得もしている、

「あの、どうだったんですか、前線って、話しでしか聞いてなくて」

「あー、長くなるしめんどいから、やだ」

「そんな事言わないで下さいよー」

「やだ、ユーリあたりに聞きなさい、あれも一緒だったんだから、っていうか番頭さんに聞きなさい、あの人なら血生臭い所は見てないでしょうしね」

「ですけどー」

急に渋るソフィアと、物足りないと喚くグルジアである、レインは聞き耳を立てていたがつまらなそうにフンと鼻息を吐き出す、そこへ、

「すいません、遅れましたか?」

エレインが着替えて下りて来たらしい、

「別に、遅れるも何も無いわよ」

ソフィアが振り返り、あっさりと話しは切り上げられてしまったようだ。
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