セカンドライフは寮母さん 魔王を討伐した冒険者は魔法学園女子寮の管理人になりました

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66話 歴史は密議で作られる その4

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正午近くになる、ソフィアはブラスとの打合せを続けていた、たも網に関してはこういう物だとソフィアが説明すると、ブラスはこれなら簡単ですね、とあっさり了解し、そのまま厨房の調理台へと話題が移る、ブラスがタロウから聞いていた案をソフィアに確認した形になり、ソフィアはなるほどと理解を示しつつ、であればと改善案を口にした、実際に水もお湯も便利に使えるようになると、やはりあーしたいこーしたいとより具体的な思いが湧いてくるもので、これはやはりそういう環境に接してみないと分らないことなのであろう、ソフィアは実に珍しく情熱的に問題に向き合い、ブラスもまた、熱の籠ったソフィアの言葉に感化されたのか実に熱心に対応した、そして、一段落着いたかなと二人は内庭へ出ると三つ並んだ樽を前にする、それには浄化槽に放り込まれた生物の一部がそのままに保管されていた、食堂にある水槽と同じ物を用意しようとカトカとサビナは興奮していたが、まだ具体的に動いてはいない、それどころでは無い状況なのではあるが、

「へー・・・スライムって初めて見たかも・・・」

「あら・・・ブラスさんも都会人なのね」

ニヤリとソフィアが微笑む、

「そう言われると・・・そうかもしれませんけど・・・森にいけばいるんでしたっけ?危ないとは聞いてますけど」

ブラスが腕まくりをして樽に手を突っ込みついでに顔も突っ込んでスライムを手にすると、楽しそうに持ち上げてしげしげと観察する、

「そうねー、これは大丈夫らしいけど、基本的には魔物だからね、近づかないのが普通だわね」

「ですよね・・・そっか、魔物か・・・」

ブラスはそう言えばとスライムを見つめ学園の授業を思い出す、魔物とそれ以外の区別は難しいと当時の講師は話していた、一般的解釈とすれば好んで人を襲うものを魔物とし、それ以外を野生動物とするらしい、しかし野生動物の中でも狼を代表として人を襲う獣は多く、では狼を魔物としていいのかどうかは解釈が別れるらしい、さらに見た目がほぼ同じである、ウサギとジャッカロープとの違いはその食性と角の有無で別けられるし、野生馬とユニコーンの違いもそうなのであるが、それぞれの後者を魔物として扱う事には誰も異議を唱えないが、前者を野生動物として区分した場合、やはり後者を魔物とするのには違和感が残る、これはブラスとしてはまためんどくさい事だなと思ったものであるが、学者達は長年議論を続けており、現状としてはその学者達がこれは魔物だと言えば魔物で、そうでなければ野生動物で有用な獣であるとなっている、しかし、ジャッカローブにしろグリーンスパイダーにしろユニコーンにしろ希少であり特殊な素材となる魔物の存在も確かで、それらは有用な魔物であり、野生動物として扱う必要があるとの意見もあるらしい、ようは学者達ですら定義を決めかねているのである、

「タロウさんがね、それは腐った物とか死んだ肉しか食べないから平気だって言ってたけど・・・まぁ、魔物は魔物だわね」

「そうなんですねー」

「そうなのよ」

ソフィアがニコリと微笑む、ソフィアとしては魔物の定義なんかまるで頭に無い、森を歩く時に襲ってくるのが魔物で、逃げていくのが獣である、その程度の認識であり、襲われたら倒し、逃げていくのは美味しい肉だとも思っている、逆だったら楽なのになーと当時のソフィアは思ったほどで、実際にゴブリンの肉や狼の肉を焼いて試した事があったが、とても食べられたものでは無かった、狼の肉はまだましであったが、ゴブリンの肉は異常に臭く固い、その上ゴブリンにはやはりちゃんとした知性がある、それを身に染みて理解している為に何とも気持ち悪く感じるのであった、世の中とはままならないものだなと若い時分に感じた理不尽の一つである、

「すると・・・そっか、これに糞尿を処理させて・・・なるほど・・・で、ヒトデとシジミが・・・」

ブラスはしかし真面目な顔でスライムを樽に戻し、別の樽を覗き込む、そうしていると職人達も集まってきた、浄化槽周りで作業をしていたのであるが、棟梁がこっちをほっぽいて樽を覗き込んでおり、また何かあるのかと興味をそそられたのであろう、

「そうね、恐らくだけどヒトデで残った細かいゴミを処理させて、さらに残った汚れをシジミが食べる?」

「そうですよね、うん、それは以前にも聞いてましたけど・・・へー、やっぱり実物を見ると大丈夫なのかなって不安になりますね・・・」

「そうだけど・・・少なくとも現状よりかは各段に綺麗になるわよ、あの汚い川に汚物を捨てるよりかは確実ね」

「そうですよね、それだけでも違いますよね」

ブラスはその場を職人達に譲ってソフィアと共に一歩下がった、職人達はブラスから簡単に説明を受け、なるほどとスライムを手にして笑い合っている、

「タロウさんがね、上手くいけばこの川で魚釣りとかできるかもねーって言ってたけど・・・」

「サカナツリですか?」

「ブラスさんはやった事ない?」

「えっと・・・すいません」

「謝らなくてもいいわよ、私もタロウさんに教えられるまではそんな事したこと無かったし、川で魚を捕まえるのは、ほら、罠を仕掛ける方が格段に楽だしね」

「そうなんですか?魚を捕まえるって事がピンときませんけど・・・」

「あー、そうよねー、折角こんなに川の多い街なのにね、それは残念だわ」

「そう・・・ですかね・・・」

「そうよー、だって、お魚美味しいじゃない」

「それはわかりますけど、高いじゃないですか」

「だから、その感覚が都会の人なのよ、魚なんてね本来川にいけばいるものなんだから、捕ってくるものなのよ」

「・・・そう言われましても・・・」

「まぁ、いいけどね、大工さんに漁師をやれってのは違うわよね」

「そうですよー」

ソフィアは微笑み、ブラスは苦笑いとなる、そこへ足場の間から見慣れない職人が顔を出しブラスを呼んだ、

「おう、今行く、あっ、お前ら、足場の解体始めてくれ、出来るところまででいいぞ」

ブラスは樽に群がっている職人に指示を出し、

「じゃ、すいません、作業に戻ります」

「はい、宜しく、あっ、終わったら顔を出して、タロウさんが何か頼みたいって言ってたわ」

「えっ、またですか?」

「忙しくていいことよねー」

ソフィアはアッハッハと笑い、ブラスは次から次へとまぁと呆れてしまうが、

「・・・そうですね・・・うん、頑張ります」

ブラスは一転顔を引き締めた、ソフィアとの付き合いは高々半年も無いが、この半年は実に充実したものであり、ましてタロウが来てからはそれがより濃密になったと感じる、少なくともこの現場はタロウのお陰で数段上質なものになったのは確実であった、

「そうね、無理はしないようにねー」

ソフィアはこんなもんかなと厨房へ戻り、ブラスも足場を潜って現場に入るのであった。



公務時間終了の鐘が響き、食堂ではタロウとブラスが額を突き合わせ、ミナがニコニコとその様子を眺めている、ソフィアは編み物を手にして一休みとなり、レインはタロウの隣で一緒に図面を覗き込んでいた、

「なるほど・・・そうか、そういう事ですか・・・」

「そういう事、宜しく頼む」

図面を見下ろしてブラスはフンフンと頷いた、

「あの椅子とはまた違うって事ですね」

「そうだね、リノルトさんに作ってもらったこれを使うんだけど、椅子のあれよりかはまだ楽じゃないかなって思うけど」

「確かに、はい、ただ・・・強度が・・・全体的にも重くなります」

「それは仕方ないね、まぁ、一度作ってみて、それから改良点を洗い出そう」

「そうですよね、はい、了解です」

ブラスは自身の黒板に書き写しつつ、綿飴を頬張った、何となく動いただけの左手であったが、

「美味しい?美味しい?」

ミナがニマニマと笑顔を向け、

「ん、勿論だ、すんごい美味しい」

ブラスが顔を上げて笑顔を見せる、

「うふふー、嬉しいー、えっと、えっと、ソフィーも食べるー?」

ミナはサッとソフィアに向かった、

「そうねー、まだ作ってるの?」

「うん、エレイン様が頑張ってるー、あと、あと、リノルトのおっちゃんもー」

「ありゃ、リノルトまだ居たの?」

「いたよー」

「さっさと帰るって言ってたけどなあいつ・・・」

「そうなのか?」

「はい、ほら、あれはあれで忙しくなってますから、お陰様で」

「そりゃ悪い事したかな?」

「いやー、それは気にしてないでしょー、あれも立派な大人ですから」

「なら良いんだけどさ」

「えっと、えっと、タロウも食べる?食べる?」

「あー・・・ミナの作ったやつなら食べたいかなー」

タロウがニヤリと微笑んだ、

「わかったー、作るー」

ミナはその勢いのまま駆け出し、

「もう・・・そんなに楽しいの?それ?」

ソフィアが呆れ顔である、

「まぁな、簡単と言えば簡単だしな」

「そっ、まぁいいわ」

「ん、で、いつ頃出来る?」

タロウは視線を戻した、

「はい、作りは普通のものと変らないので・・・あっ、そっか、底を低めにしてか・・・もしあれなら、既存の製品でも出来なくはないですが・・・いや、やっぱり強度が不安か・・・うん、ちゃんと作ります、なので・・・三日くらい頂ければと思います」

「あら、早いね」

「ありがとうございます、ですが貴族様向けの装飾とかは一切無いですよ」

「それはそれでいいよ、別に貴族様向けに作る訳では無いしね、あくまで試作品」

「そうですね、分かりました」

とどうやら打合せは終了したらしい、黒板を覗き込んでいたレインが満足そうに顔を上げ、タロウも、

「宜しく」

と呟いてスッと立ち上がった、

「あー・・・すいません、やっぱりあれですね、ちゃんとした恰好するとこっちが畏まってしまいますね」

ブラスがタロウを見上げて困った笑みを浮かべる、

「そう?まぁ・・・今日だけだよ」

タロウは適当に微笑む、北ヘルデルで仕立てたその出で立ちはまさに上級従者のそれであった、貴族のような煌びやかな衣装では無いが、質と実を高い技術で融合させ、上質であり、見る者に無自覚な権威と格を押し付ける正に貴族の従者に相応しい姿である、少しばかり気になるのはその髭面であろうか、従者ともなれば服装もそうであるがやはり身綺麗にするのが当たり前で、ブラスが知る数少ない従者はいずれも実に綺麗な顔を表に出している、

「ガーゴイルにフレスコでしょ」

ソフィアがニヤニヤとからかう、

「そんな事言ってないですよー」

ブラスが慌てて誤魔化すが、

「いや、その目はそう言っている、俺には分かる」

タロウがジロリとブラスを睨む、

「そんなー、虐めないで下さいよ」

「アッハッハ、俺もそう思うよ、だからいいのだ、そういうものだ」

タロウが高らかに笑い、ソフィアもそうよねーと微笑んだ、

「あー・・・からかわんでください」

「そうだな、気を付けるよ」

ニコリとタロウは微笑むと、

「じゃ、そういう事で」

とサッサと玄関に向かうが、ハタッと振り返り、

「あっ、カトカさんが頼みたい事あるって言ってたから待っててな」

「えっ、もう一件ですか・・・」

ブラスは実に微妙な顔となる、

「溜まってたのねー」

ソフィアがニヤニヤと微笑み、

「気の毒じゃな・・・」

レインまでもが渋い顔となった、

「いえ、頑張ります」

しかしブラスは顔を引き締め背を正した、

「おっ、いいね、若い奴はそうでないとな」

タロウは悠揚に微笑むと食堂を退室し、

「ふー・・・」

思わず溜息を吐くブラスと、苦笑いを浮かべるソフィアとレインであった。
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