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本編

65話 密談に向けて その16

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その後暫くして、ブレフトが一行を迎えに来ると、一同はいよいよかと楽しみ半分緊張半分で階段へ向かった、はしゃいでいるのはミナとイージスだけである、二人は遠慮無く階段を駆け上がり、再び下りてきては再び駆け上がった、そして、

「こら、騒ぎすぎだ」

一同が階段の踊り場に差し掛かると、流石に二階で叱責する声が響く、イフナースの声であった、これはまずいとソフィアとマリアが先に上がると、

「うー、でもー」

「ごめんなさーい」

ミナは相変わらず口答えしているようで、イージスはしゅんとして俯いている、

「元気なのは良いがな、転んで怪我などしては楽しくないだろう?」

会場の前でイフナースが二人に説教である、その隣には机が置かれ、メイドの一人が黒板を手にして微笑んでいる、

「だけどー」

「まったく素直じゃない奴め、まぁ、お前さんはその程度の方がいいかもな」

イフナースはワシャワシャとミナの頭を撫で回し、イージスには、

「あまりしおらしくするな、男だったら怒られても胸を張れ」

と笑顔を向ける、途端、シャンと背筋を伸ばすイージスであった、

「うん、それで良い」

イフナースが満足そうに微笑む頃には来客のほぼ全員が二階に上がっており、三人の様子を微笑ましく眺めている、

「おう、待たせたな」

イフナースはすぐに一行へ視線を移すと、

「本日はお招き頂きましてありがとうございます」

エレインが一歩先に立って頭を垂れた、他の面々も慌ててそれに倣うが、

「何を言っている、お前さんはこっち側だろう」

イフナースは顔を顰めた、

「えっ・・・そう・・・なのですか?」

エレインが意外そうに顔を上げると、

「だろうが、明日の練習なのだ、主催者はこちら側だ、良いか、明日の食事会はエレイン嬢、君の世話になった人達と楽しむ会なのだ、君が迎える側に立たないでどうする?」

「そう・・・ですね、はい、では、どのように?」

イフナースのどこかふざけた様な叱責にエレインはどうしたものかと顔を巡らす、隣に立つマリアも確かにその通りだわねと納得し、オリビアもそう言われればそうよねと小さく頷いている、

「いいから、私の隣に、ここで客人を迎えて、中へ通すのだ、簡単だ、ニコニコ笑っていればよい」

「は、はい」

エレインはパタパタと言われた通りの場所に立つ、その二人が並んでいる様は中々に絵になっていた、二人共に長身とされる部類で瘦せ型である、イフナースの方が頭一つ分高く、共に姿勢も良い為貴族の模範と言えるほどに上品さが滲み出ていた、

「うむ、客人の皆様、お待たせしておりました、本日はささやかな食事会ですが足をお運び頂いた事感謝致します」

イフナースは恭しく一礼し、エレインもそれに合わせて優雅に一礼する、エレインとしてはいいのかなという疑問と、そういう事であれば先に言って頂ければいいのにという不満が心中に渦巻くが、ここはイフナースに合わせるしかないと引きつる頬を何とか押さえる、しかし、二人のその様に一同はまったく異なる印象を受けた、しかし、それを口にする事は無く、ジャネット等はどうやってからかおうかと口を開きかけ、それは駄目だなと強く自制する始末であった、

「ご丁寧にありがとうございます、私共も大変に楽しみにしておりました、良い食事会になるよう配慮致します」

そこで、マリアが一歩進み出て返礼する、晩餐会であればまた違うのであるが食事会の作法等あってないようなもので、マリアとしても会場に入る前に主催者からここまで丁寧に挨拶を受けた事は無い、しかし、マリアは流石に場慣れしている、礼には礼を返し、さらに友好的である事を緩やかに宣言した、

「ありがとうございます、では、こちらへ、レイモンド子爵夫人、御子息と御息女、従者が一名」

イフナースはニコリと微笑み傍に控えるメイドに客の名を告げた、メイドは何やら黒板に記すと、会場内から出て来たコーバが上品な笑顔で四人を中へ迎え入れる、

「さっ、次はどなたかな?」

イフナースは意地悪そうに微笑む、

「えっと・・・食事会ってこんな感じなんですか?」

サレバがグルジアにそっと伺う、

「・・・そう・・・でもないですね、ここまで丁寧なのは初めてかもです」

グルジアは若干混乱している、食事会と言えば、会場となる大広間に三々五々と人が集まり、主催者の乾杯で始まる乱雑なものが主流である筈である、会場に入る前から主が来客の対応までするのは経験した事が無い、そこへ、

「あー、そこまで固くならないでいいぞ」

会場からタロウがヒョイと顔を出した、

「あー、タロー、いたー」

ミナがすかさず叫んで駆け寄り、タロウはそれをハイハイと受け止めると、

「マリアさんはね貴族様だから、練習になるけど、他のはほら、難しいでしょ」

「かもな、しかし、先程の形で良いのか?」

「良いと思うよ、どう?マリアさん」

タロウが振り向くと、

「はい、歓迎されている事が良く分かりました、これは良い応対かと思います」

マリアがサッと姿を表す、どうやら中でタロウに捕まったらしい、

「そうか、子爵夫人がそうおっしゃるのであれば、良いかもな」

「そういう事、ようはね、屋敷に入った時には従者さんの出迎えでいいと思うんだけど、会場に入る前には主が出迎える?で、招待客が揃ったら主が入る形かな?晩餐会では難しい形式だろうけど、食事会ではこっちの方がいいんじゃないかな?試してみてどう?」

「悪くはないな」

「はい、食事会でもちゃんと挨拶できる事って少ないですからね、先に挨拶出来るのは嬉しいですよ、あっ、そこであれかしら初見の方とも引き合わせる事が出来るのかしら?」

「そうなります」

「なるほど、理に適ってますわね」

一同をほったらかして三人は何やら話し込んでいる、その内容は理解できるが、突然の事でもあり他の面々はポカンとしてしまった、

「あー、ごめん、じゃ、ほら、ミナから入るか?」

タロウがそんな一同に気付いたのか取り合えず足元のミナを見下ろすと、

「うん、いいよ、何するのー」

「そだなー、メイドさんの言う事をよく聞く事」

「それだけ?」

「それだけー」

「わかったー」

「よし、ミナ嬢、御案内です」

タロウが振り返り、コーバがすぐさまミナに微笑みかけて室内へ迎え入れる、

「はい、じゃ、一人ずつかな、上品にどうぞ」

タロウはニヤリと微笑みサッと室内に消えた、マリアもそのまま戻り、

「そういう事だ、さっ、では、ソフィアさん、中へ」

イフナースがこれは名指ししないと動けないであろうと一同を見渡す、皆緊張もあるがやはり慣れていないこと、さらに状況がよく理解できないと唖然と立ち尽くしたままであった、

「あっはい」

それはソフィアも一緒である、ソフィアが対応に困り立ち尽くしている状況等珍しいと言えるが、首謀者がタロウとなればそれも致し方ないであろう、そうして先に大人達が会場に入り、生徒達がそれに続いた、最後がテラであったが、それはその様式を先に知っていた為、後ろに隠れていた為であったりする、

「以上かな?」

イフナースがメイドに確認すると、メイドは以上になりますとハッキリと答えた、しかし、若干であるが頬が緩んでいる、恐らく生徒達の反応が面白かったのであろう、皆妙に緊張し、その顔は引きつったものであった、

「うん、では、エレイン嬢、私達も入るぞ」

「あっ、はい、宜しくお願いします」

何がお願いしますなのかをエレイン自身も分らなかったがそう答えるしかなかった、イフナースはニヤリと笑顔で受けると二人は会場へと踏み入る、そこでは、

「バインバインするー、楽しいー」

「こりゃ、乗るな」

「えー、いいでしょー」

「駄目、おしとやかにするの」

「おめかししてないでしょー」

「そういう問題じゃないでしょ」

椅子に乗ろうとするミナを慌てて止めるソフィアと、それを横目に見つつも確かにそうだと軽く尻を持ち上げては下ろしニヤニヤと微笑む女生徒達、イージスもジッとしてられないのかソワソワと上下に身体を揺らしており、マリアの強い視線で何とか落ち着きを見せるが、すぐに身体を揺らし始める、その様をニコニコとメイド達が見守り、タロウはニヤニヤと御満悦のようである、

「えっ・・・」

エレインはどういうことかと足を停めた、先程までの奇妙な緊張感がそこには無い、それ以上に目を引くのが純白のシーツに覆われた丸テーブルである、これから食事会をするにしてはあまりに景色が異なっている、

「好評のようだな」

「ですな」

イフナースとタロウが微笑み合う、イフナースも先程その椅子に座りその感触に歓声を上げてしまった、イフナース自身は関与する事は無かったが、この場にある椅子は全て王城から持ち込まれた一級品ではある、しかし、それは座面が柔らかく装飾と生地が豪勢なだけの代物でそれ以上でもそれ以下でも無かった、それがタロウが前からやりたかったからやらせろと強引に言い出し、ブラスとリノルトが巻き込まれあっという間に改良されたのがその場にある椅子である、その構造をタロウから説明され、イフナースはさらに感嘆するしか無かった、

「さっ、エレイン嬢、あなたの席はあちらだ、私の隣だがまぁそういう役割と思ってくれ」

イフナースはスタスタと自席へ向かい、エレインも取り合えず黙って続くしかない、するとイフナースの姿に気付いた者から再び緊張感が走ったようで、やがて室内は静まり返ってしまった、

「あー、楽しくして貰っていいのだぞ、今日はそういう会だからな」

イフナースがすぐに気付いて笑顔を見せるがそういう訳にはいかない一同である、イフナースは悠揚な笑みを浮かべ自席に着き、エレインもその隣に席を定める、

「そうだね、では、僭越ながら始めさせてもらいますね」

タロウが笑顔を浮かべてイフナースとエレインの間に立った、部屋の最奥の場所にあたり、そこが俗に言う上座になるのであろうが、丸テーブルの為にそのテーブル自体を上座と位置づけている、いよいよかと一同の視線がタロウに向かうが、どうしても背を向ける者もある、こればかりは丸テーブルの良くない所だなとタロウは思いつつ、

「御免なさいね、こっちに向くのが難しい方もいると思いますが、それは今後の課題という事で、今日はほら、参加者が多いから、始まってしまえばそれほど気にする事は無いからね」

タロウは小さく謝罪しつつ、

「では、今日はあくまで明日の練習っていう意味合いなので、分らないことがあったらすぐに聞いて下さい、明日参加される方は特にね、イース様にエレインさん、ソフィアにユーリに、研究所の御三方かな?テラさんとオリビアさんも、あっ、あとグルジアさんと」

「えっ」

とグルジアが目を見開いた、招待されている事を聞いていなかったのである、

「あー、御免ね、さっき決まったらしい、向こうさんがね、グルジアさんも同席させて欲しいんだって、番頭さんと知り合いだから?」

タロウが軽く続けるが、当のグルジアは驚いた顔のままで、さらに、

「えっと、私達もですか?」

サビナが研究所の御三方を代表して声を上げる、

「そだよー」

「その・・・聞いてないですけど・・・」

「うん、言ってない」

「えっ」

あっさりとしたタロウの返事に三人は同時に頬を引きつらせる、

「ほら、色々あるのよ、協力頼む」

タロウはどうにも事の重大性を理解しているのかいないのか、どこまでも惚けた様子で、

「ここで詳細を話してもいいけど、まだ、隠しておいたほうがいいでしょ」

と続けた、

「そういう事ね、あんたらは慣れておく必要があると思ってね」

そこでやっとユーリが口を挟み、ジロリと三人を睨む、それ以上口出しは無用であるとの視線であった、

「そっ・・・」

「あー・・・」

「先に言って下さいよー」

「・・・さっき虐めてくれたお返し?」

「それ関係無いでしょ」

「あるわよー」

「絶対無いです」

「あるの」

ギャーギャー始まる大人の口喧嘩にイフナースはまったくと微笑み、タロウも苦笑いを浮かべると、

「まぁ、ほら、これが終わったらまた打合せすると思うから、取り合えず、でね」

と強引に話しを戻すタロウであった。
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