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本編

65話 密談に向けて その13

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その後、タロウの姿はガラス鏡店の厨房に移った、ミナがギャーギャーうるさかったが美味しいものを作る為だとタロウはニヤリと微笑み、ミナは渋々とであるがその甘言に弄されたようで、美味しく無かったら泣くぞーと逆にタロウを脅す始末である、これにはタロウは苦笑いを浮かべるしかなく、ソフィアはどこでそんな言い草を覚えてくるのかと叱りつける有様であった、

「では、今日の料理は明日に向けての試作の意味合いが強いです、ですが、工程はまったく一緒ですから、今日もまた本番と思って取り組みましょう」

まだ午前中の早い時間である、タロウが厨房に集った面々を見渡して笑顔で語りかける、厨房にはティルとミーン、コーバとベーチェ、イフナースの専属メイドが三人、さらに専属の料理人一人が参集している、中々の大所帯であった、

「宜しくお願いします」

メイド服に身を包んだ女性達は一斉に頭を垂れ、料理人も熱の籠った視線をタロウに向けている、

「こちらこそ宜しくお願いします、で、なんですが」

とタロウは黒板を数枚取り出すと、

「段取りと人員配置から始めます、で・・・皆さんからすると、かなり珍奇な事になると思いますが、取り合えずそのまま受け取って欲しいです」

タロウはやや深刻な声音になって作業台に向かい、今日の作業の大まかな流れを説明し、役割分担を決めていく、調理そのものは料理人とタロウが中心になるのであるが、ティルとミーンは記録係兼調理補佐、コーバ達メイドは会場設営と給仕係となり、調理中はこちらもその補佐となる、

「で、ここからが、大事なのですが」

タロウは静かに耳を傾け黒板を注視する面々を見渡すと、今日提供する料理の内容について説明し始めた、これにはまず料理人が顔を顰め、他の面々も理解できないのか困惑している、タロウにしては何気に珍しい事であった、タロウの経験上工程を説明する事はあれど目的を明確にする事が無いのである、しかし今日は違うらしい、どのような料理を作るかを明示しており、それに向けての全体の段取りも合わせて説明している、

「その上で、提供する方法なのですが」

一同の不安感をよそにタロウは淡々と次の段取りを説明し始めた、さらに困惑の度合を深くする料理人と、メイド達もまたそこまでやるのかと目を見開く、

「あの・・・一度練習したいと思うのですが・・・」

ミーンがおずおずと口を開いた、ミーンとティルはタロウと面識があり、遠慮無く話せる程になっているが他の面々はそうではない、特にイフナース側の人間からすれば、噂を聞いているし、屋敷の料理にもその斬新な手法を採り入れてもいるがやはりタロウとは距離がある、ミーンが不安感に包まれる厨房内の雰囲気を察して発言するのも無理は無かった、

「そうだなー、でも、ほら、今日が練習だから」

タロウはニヤリと微笑む、

「それは先にも聞きましたけど・・・」

ミーンは険しい顔のまま首を傾げる他無かった、

「大丈夫だよ、下準備が終わったら上で実際に練習してみよう、難しい事は要求してないからね、君たちの普段の仕事の延長上にあるのは確実だから」

「厳しいですよー」

何とも気楽に答えるタロウに、ティルも悲鳴交じりの泣き言を口にする、

「そう?でもほら、明日が本番なんだし、今日で実践して慣れてしまえばね、やることは同じだよ、そんなに構えなくても何とかなるさ」

あっけらかんとタロウは言い放ち、そう言われてもなと顔を見合わせる一同である、そして、実際の調理と会場設営が始まった、タロウは厨房と二階を行き来しつつ、細かく指示を出していく、完成した形がその脳内に明確に存在するのであろう、二階の会場はあっという間にその様相を変え、厨房もやはり実際に調理が始まれば活気を帯びるもので、

「これはまた、手間ですな」

「ですね・・・」

「うん、ソフィアさんがめんどくさいって言う意味が良く分かります」

「そうだねー」

大きな鍋を料理人とティルとミーンが覗き込んでいる、ティルとミーンは用意した黒板を手にしており、事細かに調理の手順を書き付けていた、

「まぁ、それはまだ下準備だから、野菜を刻む方が大変だよね」

タロウはすでに次の工程に取り掛かっている、王城から持ち込んだ野菜を並べ、端から刻みまくっていた、

「えっと、これがスープ料理なんですよね?」

ティルが不思議そうに問う、

「そだよー」

「えっと、この具材は食べないんですか?」

「そうなるねー」

「・・・ソフィアさんの言った通りだったね・・・」

「そだね・・・」

ティルとミーンは不安そうに顔を見合わせた、ソフィアが事あるごとに口にしていた、めんどくさい上に無駄が多いとの愚痴が思い出させれる、それはソフィアの下で修行を始めた頃から耳にしており、具体的に今眼前にそれがあると思うと、なるほどと納得するしかない、

「まぁ、味は保障するからさ」

タロウはニヤニヤと微笑み、料理人と作業を代わると、

「じゃ、上見てくるから、野菜はこのまま刻んで下さい、それと鳥肉は肉挽き機を通してもらって、ここにあるのを全部」

簡単に指示を出して厨房を後にするタロウである、

「こりゃ、噂以上だな・・・」

料理人もどこか呆れた風であった、その噂がどのようなものかティルもミーンも把握していなかったが、何となく察せられるなと思いつつ、黒板を置いて包丁を手にするのであった。




公務時間終了の鐘が鳴り、商会の事務所では恒例のお茶会がたけなわであった、五十日の五日に当たる今日は商会の休日であり給料日である、話題の中心の一つは、昨日新しく作られた大麦麦芽製の水飴を使った飴である、野菜臭さが払拭され、さらに甘みも増している様子で大変に好評で、今朝からバタバタと飴を作っていたマフダとリーニーは満足そうな笑顔となるが、奥様方がヒョイヒョイと遠慮無く口に放り込むものだから慌てて取り上げ、他の奥様は新しい下着の市場調査を目にしてこれも良いわねと楽しんでいた、つまりいつもの和気藹々とした気楽な雰囲気に包まれている、そこへ、

「お疲れ様ー」

ジャネットが一番に駆け込んで来る、さらに生徒部の面々が顔を出し、従業員の殆どが揃ったようで、しかし、

「ありゃ、ミーンさんとかは?」

メイドの三人がいないなとアニタが気付いた、

「あぁ、ほら、向こうでお仕事だよ、今日はねー、ちょっと忙しいらしいんだー」

ジャネットがマフダが差し出した飴を口にして軽く答える、

「あら・・・それはまた、大変ね」

アニタはジャネットが知っているくらいだからエレインも知っている筈よねとすぐに考えるのを止めて飴に手を伸ばす、

「・・・何か違うね」

「うん、美味しくなってるような・・・」

「ホントだ、何だろ、甘みが増してる?黒糖増やした?」

「カブ臭さが無いね」

「あっ、それだ」

「そうなんですよー」

生徒達も次々に飴に手を伸ばし、マフダが嬉々として説明する、

「作り方が違うの?」

「材料がまず違いますね、タロウさんがこっちのが本来の作り方だよって言ってましたけど」

「へー」

「美味しくなってる」

「うん、美味しい」

壺を覗き込んでウンウンと頷く女生徒達にマフダはムフフと自慢げな笑顔を見せる、

「じゃ、これであれ、商品化する感じ?」

「あー、それはまだですね、カブのあれと違って原料を作るのが大変なので・・・会長と相談してました、タロウさんはモヤシが作れれば作れるだろうねーって感じでしたけど」

「モヤシって、あれでしょ、下でやってるあれ?」

「そうです」

「上手くいってるの?」

「どうなんでしょう?サレバさんとコミンさんが毎日来てますけどね、下手に手を出したら申し訳ないので私は一切関わってなくて」

「あら・・・まぁ、マフダさんは他にも色々あるからねー」

「何気に人手不足?」

「タロウさんが次から次へと言い出すからだよー」

「そこは感謝しないとでしょ」

「だけどさー、ソフィアさんに教わってた時はのんびりしてたなーって感じるくらいにバタバタしてるんだもん」

「それは言えるわね」

「だしょー」

「もう一個頂戴」

「はい、一人三個までですよ」

「えー、もっと欲しいよー」

「駄目です、ソフィアさん達にも届けないと何ですから」

「あら・・・それ言われちゃうとな・・・」

「ねー」

そこへ、エレインとカチャー、テラとオリビアが二階から下りて来た、

「はい、始めるわよー」

テラが大きく手を叩き、バタバタと席に着く一同である、

「じゃ、私は向こうに」

「はい、こちらは任せて頂いて、宜しくお願いしますね」

「はい、お任せ下さい」

テラはそのまま退室し、エレイン達が黒板の前に立つと、

「では、いつもの通りに打合せから入りますねー」

と恒例の会議が始まった、今日の議題は月に一度の下着調査の報告と学園祭への屋台での参加、飴を商品化するにあたっての意見聴取等々となる、下着調査に関しては本日の午前中にギルドに報告済みとの事で、来月一日には下着の掲示板が刷新されるとの事で、その具体的な内容は掲示されてからのお楽しみとエレインは微笑む、そして、学園祭に関してはカチャーとリーニーが中心になることが報告された、二人共に学園卒業生であり、現場を熟知しており対応もしやすいであろうからとの配慮である、その補佐として奥様方から数人が選出され、店舗の営業もある為、人員配置が仮ではあるが決定される、そして主に飴の容器について意見が集められた、こればかりは奥様方の意見が欲しいとエレインは感じており、奥様方からは実に遠慮の無い意見が飛び交う、

「こんなもんかしらね・・・」

エレインはなるほどと理解を示しながら手にした黒板へ視線を落とす、

「あっ、それと、来月からになると思いますが、飴以外の新商品も提供していきたいと考えてました、今度のはパンになります、甘味の扱いではないので、大量に安く売る形になるかなと思いますが、その際にも今まで通り対応をお願いします」

蒸しパンの存在を知っている面々はあれだなと瞬時に思いつくが、知らない面々はまた何かあるのかと唖然としてしまう、

「調理自体はそれほど難しくないですし、寮ではもう、夕飯で食べている品なので、皆さんもきっと気に入ると思います、こちらも販売方法を含めて検討したいかなと考えます、それとその調理器具ですね、ギルドでブノワトさんとも話してね、これは一家に一台欲しくなるって感じなので、泡立て器のような感じで売り出せればなと考えてます、楽しみにしていて下さい」

エレインは以上かなとカチャーに目配せする、カチャーは静かに頷いて答えとした、

「はい、以上ですね、あまり長くなっても申し訳ないからね、では給与の支払いに移ります、お疲れさまでした」

こうして定例の打合せは終わり、給与を受け取った面々は三々五々と事務所を後にする、

「さて、あ、アニタさん、パウラさん」

支払いはカチャーとオリビアに任せ、エレインも飴を口に含むと二人に声を掛ける、二人が同時に顔を上げると、

「今日はこちらで夕食を摂りましょう、予定とかは大丈夫ですか?」

やや曖昧な問いかけに二人は思わず顔を見合わせる、

「あっ、二人も呼ぶの?」

ジャネットがすぐに感づいた、

「そのつもりですが、いけませんか?」

「そんな事言ってないよー、嬉しいよー」

ジャネットは文字通り小躍りし、ケイスもニコニコと笑顔を見せる、

「ん、そういう事なので、寮のみんなと移動しますから、お二人も一緒にね」

エレインは優しい笑顔を見せ、移動するとは?とアニタとパウラは不思議そうに首を傾げるのであった。
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