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本編

65話 密談に向けて その11

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その日の夕食となる、

「うー、タローはー」

「だから、今日もお仕事なの」

「うー、昨日もいなかったー」

「昨日もお仕事だったでしょ」

「うー、でもー」

「でもじゃないでしょ、ちゃんと食べなさい」

「うー」

ミナがグズグズ言いながら泣きそうな顔でスプーンとフォークを握っており、ソフィアは軽くあしらいながらパクパクと食を進めている、

「ミナっち、いらないなら貰うぞー」

見かねたジャネットがミナの前にある鶏の唐揚げにそっとフォークを伸ばすが、いつものミナであればギャーギャー喚くところであろうが、涙で潤んだ瞳をジャネットに向け、何か言いたそうにするだけであった、何ともいじましい、

「ありゃ・・・重症だ・・・」

「もう、止めときなさいよ」

ケイスがジャネットを窘め、

「そだね」

と素直に引き下がるジャネットである、今日の夕食にはマリア達も同席しており、王妃達が王城から持ち込ませた肉類があった為、大変に豪華な一席となっている、そして当の王妃達は試作とはいえ大量に作られた蒸し器を手にしてホクホクと笑顔で王城に戻っている、タロウがブラスから受け取って持って来たもので、ソフィアに試用を頼もうと思った矢先に掻っ攫われた形となる、何もそこまでとタロウは苦笑いを浮かべるしかなく、また、蒸し器そのものはそれほど複雑な構造はしていない、その為大丈夫だろうとタロウは思うが、一応とティルが使用説明の為に王城に向かい、今日はその姿は寮には無かった、

「そうだ、あんたら明日の夕食はイース様の所になるからね」

ソフィアが唐突に思い出したことを口にする、エッと一同の顔がソフィアに向いた、

「なんでさ?」

ユーリが遠慮なく問いかける、美味そうに唐揚げを頬張ったままで、

「タロウさんがね、明後日の食事会に向けて意見を聞きたいんだって」

ソフィアが興味無さそうに答えると、

「えっと、それって、その食事会と同じものを食べれるんですか?」

ルルが不思議そうに質問する、

「たぶんそうじゃない?だからすんごい豪華になるかもねー」

ソフィアは何とも無関心である、しかし、エーっと喜色に溢れた嬌声が響いた、マリエッテを構っているエレインも思わず振り返り、研究所組も目を丸くしている、

「あっ、マリアさん達もどうぞって事でしたけど、どうです?」

「私達もですか?」

マリアがキョトンとした顔である、イージスもいいのかなといった表情でソフィアを見つめた、

「はい、ほら、私もタロウも貴族様の食事会なんて経験無いですし、他のもそうですから、マリアさんの意見も欲しいとの事でした」

「そういう事であれば、喜んで伺いますけど、宜しいのかしら?イース様も同席されるのですよね・・・」

「でしょうねー」

「あら・・・どうしましょう・・・」

若干不安そうにマリアは首を捻る、なにせ相手は王太子である、夫の幾つか上の上司でもあり、寮の面々であれば友達付き合いの体を為すこともできるであろうが、自分は立場というものが大きく異なる、あくまでイースとしての付き合い方にするか王太子として接するべきか、正直マリアでは判断が付きかねた、

「大丈夫でしょ、明日はほら、ある意味で毒見役みたいなものですから、他の趣向も合わせての予行練習ですよ、なので、正式なものとは考えなくて良さそうです」

ニコリと微笑むソフィアであるが、そう言われてもなとさらに首を捻るマリアである、何より食事会そのものがその名目上正式なものでは無い、故に正式なものではない正式と捉えない食事会とは、等とつまらない事を考えてしまった、

「毒見役ってのもなー、その表現はどうかと思うわよ・・・」

ユーリが嫌そうに顔を顰める、

「そう?だって、あれよ、タロウさんの料理よ、ミーンさんとティルさんも手伝うらしいんだけど、当たり外れが凄いわよ」

ミーンが嬉しそうに顔を上げるも、

「当たり外れってさ・・・」

「そうなのよ、だから明日はそこまで期待しないようにね、当たったら凄いけど、外れたら地獄なんだから」

「そんなに酷いの?」

「えー、でも、美味しいですよ、タロウさんの料理」

「うんうん、アメとか蒸しパンとかプリンとかー」

「だよね、だよね」

「ソフィアさん、それやっかみ半分で言ってません?」

「・・・なら、いいんだけどね・・・」

ソフィアはフッと鼻で笑って遠い目をして壁を見つめる、感情の薄い横顔であった、さらにレインも確かになと頷いている、何やら二人共に痛い思いをしたのであろうか、多くを語らないその雰囲気にこれはいよいよ何かあるのかと不安になる女性達である、

「ありゃ・・・これは覚悟が必要かな?」

「覚悟って・・・」

「覚悟は覚悟でしょ、でも、当たれば大きいんだから乗るしかないでしょ」

「そんな、賭け事じゃないんだから」

「いいや、これは勝負だね、タロウさんとの」

「大袈裟だよー」

いきり立つジャネットに宥めるケイス、

「珍しい野菜とか無いかなー」

「なにそれ?」

「タロウさんなら変な野菜使いそうじゃない?」

「そうかもだけど」

「美味しかったらいいなー」

「そだねー」

どこかのんびりとしたサレバとコミン、レスタはボーっと食事会とは一体何だろうなとその様を想像しており、グルジアはまぁ食べれるものは出る筈よねと悠揚に構えている、

「ま、そんな所ね、期待し過ぎないように、だから、明日はガラス鏡店で夕食だから、あっ、エレインさん、ちゃんとした恰好しなきゃ駄目かしら?」

ソフィアがフイッと顔を戻してエレインに問うと、

「あっ、はい、あっ、でも、あれです、そんな気を使わなくても良いですよ、折角だから楽しみましょう」

ニコリと笑顔を見せるエレインに、

「そうね、楽しみましょうね」

とソフィアもニヤリと微笑むのであった。



それから、夕食と片付けを終え、マリア達がまた明日と寮を辞する、ミナは昨日ほどには騒がなかったがやはり臍を曲げており、昨日と同じく暖炉前で丸くなりそのまま寝てしまったらしい、生徒達が気にするもソフィアはほっといていいわよとミナに毛布を掛け壺の光柱の下で編み物道具を手にした、生徒達もそういう事であればとそれ以上関与せずに打合せに入る、学園祭に向けたものであった、当初の暴走気味の熱気はだいぶ落ち着いており、学園でも具体的に決まる事が決まってくるとやはり現実性が帯びてくるもので、今日あたりで決めれる事は決めてしまい、明日以降本格的に動きたいとなっている、

「ソフィアさん、新しい蒸し器はお借りしてもいいんですよね」

「いいわよー、タロウさんが量産を頼んだらしいから、ブラスさんかブノワトさんに聞いてみなさい、ちゃんと使えるからね、大したもんだわね、流石だわ」

「良かったー、じゃ、道具はそれで揃ったのかな?」

「だね、そうなると、やっぱり料理?」

「まだ試してないからね、他の娘達にも試してもらわないとでしょ」

「そだねー、時間としてはどうだろう、本番の二日前から準備だっけ?」

「もう始めてる所もあるよー、掲示型の出し物は作り始めてるみたいだったー、事務員さん達が泣いてたよー」

「それはどうなのかな?」

「学園長めー、キーって怒ってた、仕事しながら」

「ありゃ、それは可哀そう・・・」

「まぁいいでしょ、じゃ、早めに動いた方がいいよね・・・プリンとか争奪戦になるかな・・・試食の時点で」

「そだねー、なんか目に見える感じ、湯呑いっぱい用意しないとだよね」

「だねー」

と新入生組はグルジアを中心にして和やかな雰囲気である、

「屋台は借りても良いんでしょ?」

「構いませんよ、一台だけならですけどね」

「十分ださ、仕込みはどうしようかな?その場では・・・止めた方が良さそう」

「でも、足りなくなったら困りません?」

「だから、屋台では販売だけで、仕込みは裏でって感じ?お祭りの屋台の時みたく作業場所が少ないって訳では無いからね、わりと広く使えるし、お肉は裏でやった方がいいし、薄パンはその場でって感じかな?あっ商会の方はドーナッツとアメで決定でいいんです?」

「ちょっと悩んでました、今日も相談してたんですけど、アメの販売方法が今一つで」

「あー、言ってたねー、どうしようか、やっぱり藁箱?」

「それが一番安くて確実でしょ」

「アメだとどうしても粉が気になるのよね」

「あー・・・かもしれん」

「なら壺?」

「そうなるかしら、食べやすいしね、だから、どっちも選べるようにとは考えているんだけど・・・」

「革袋・・・は駄目だもんね」

「駄目ね」

「だよねー」

その隣で商会組も打合せとなった、こちらにはルルが加わっている、エレイン達古参組は何となく懐かしい雰囲気だなとどこか嬉しそうで、ルルもニコニコと意見を出している、テラとニコリーネもその輪に加わっているが特に口出しはしていない、白湯を片手に何となく楽しそうに眺めている、そして暫く打合せが続き、サレバとコミンが大きなあくびをした頃合いで今日はこんなもんかなと新入生組は打合せを切り上げ、古参組ももうそんな時間かなと腰を上げた、外はもうすっかりと闇の中である、そうして三々五々と人影が減り、食堂には丸くなって寝息を立てるミナと静かに手を動かすソフィア、レインはミナが寝たのを確認して早々に宿舎に戻ったようでその姿はいつの間にやら消えていた、

「戻ったー」

そこへタロウが厨房からフラリと入って来る、

「あら、お帰り、早かったわね」

ソフィアが顔を上げ、

「まぁね、やっぱり本職は違うね、あっという間だったよ」

タロウはニコリと微笑み手にしたルートをテーブルに置いた、

「そ、やっぱり違うもの?」

「うん、ほれ、ラインズもそうだったけど、一度聞いただけで覚えるんだよ、教える事なんて何もなかったな」

ラインズとはかつての冒険者仲間である、吟遊詩人兼冒険者で大戦の英雄譚を作る為にタロウ達と行動を共にしていた男である、

「あら懐かしい名前ね、何やってるのかしらあの人」

「あー、何か演劇に関わっているらしいぞ、クロノスが言ってた」

「へー、そうなんだ」

「適当な事ばっかり演劇にするもんだから叱りつけたって笑ってたぞ」

「そ、変わらないって事ね」

「だな」

ニヤリと思い出し笑いをする二人である、共に行動している間にもラインズは詩人らしくクロノスやユーリを主題にした物語を作っていたがその悉くが大袈裟で創作部分が多く、やり過ぎだと笑われていた、しかし本人はこの程度では金にならんと不満そうであった、

「ありゃ、今日もここか?」

タロウがミナに気付いたようである、

「そうよ、不貞腐れて寝ちゃったわ、あなた夕飯は?」

「ん、なんかあれば少し欲しいかな」

「いいわよ、ちょっと待ってなさい」

ソフィアはゆっくりと腰を上げ、タロウはミナの傍にしゃがみ込み毛布を掛け直す、

「明日の件話したわよ、マリアさん達にもお願いしたけどいいのよね」

「あっ、いいよ、ありがとう、貴族様の意見は多い方が良さそうだ」

「そうよね、それと期待しないようにって言っておいたから」

「それは嬉しい、変に期待されてもな、まぁ、楽しめるようには気を利かしているつもりなんだが」

「でしょうね」

ソフィアは薄く笑って厨房に入る、すぐに朝食用のトレーを持って戻って来た、どうやらすでに用意されていたらしい、

「レインは?」

タロウが傍の椅子に座ると、

「あー、宿舎か裏山じゃない?」

「裏山?大丈夫か?」

「心配する必要あるの?」

「・・・無いか・・・」

タロウはソフィアが差し出したトレーを受け取る、

「でしょう、時々裏山で寝てるみたいだしね、やっぱりそういう場所の方が好きなんじゃない?」

「そうなのか・・・まぁそうだろうな」

「ね、ほら、食べちゃって、私ももう眠いのよ」

「あー、悪い、あっ、浄化槽ってもう水は溜まったの?」

フォークを片手にタロウが顔を上げた、

「十分だと思うけど、どうかしら?放っておいたままね」

「そっか、じゃ、一旦確認してスライムやら何やら捕まえて入れておくよ、トイレだけでも使えるようになれば楽だろ」

「それは嬉しいけど大丈夫?まだ工事中でしょ?」

「ブラスさんには確認してある、使ってみたいって笑ってたぞ」

「そっか、そりゃそうよね」

「だよな」

そしてタロウは食事に集中し、ソフィアもまた編み物に手を伸ばす、ウーンとミナが寝返りを打ったようで、二人はその様を見てフフッと小さく微笑むのであった。
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