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本編
65話 密談に向けて その9
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タロウが三階へヒョイと顔を覗かせると、学園長が腰を上げ大きく伸びをしている所でユーリもまた腰を上げた瞬間であった、
「あら、学園長おはようございます」
階段を上がりながらタロウが声をかけると、
「おう、タロウ殿、邪魔しておるぞ」
どこか晴れ晴れとした顔で学園長が振り向く、
「そんな、ここは学園の寮ですよ、私の方が邪魔している身分です」
困った笑みを見せるタロウであった、
「ほう・・・ほうほう・・・確かにそうかもしれんな・・・うん、正式に雇わなければならんのはタロウ殿の方じゃった、どうだ、何でも好きな学科を選んでくれ、講師職と研究室を用意しよう、儂としては建築やら農学も良いと思うが、やはり戦術科かな、ユーリ先生が手を離しておってな人手が足りんのだ」
学園長も半分冗談である事をすぐに察して乗っかったようである、
「別に手を離しているわけではないでしょ」
これにはユーリが反論する、
「そうかな?ではいつでも戻ってもらって構わんぞ」
「だから、それでは対外的にあれだからでしょ」
「それかてもう有耶無耶だわ」
「かもしれませんけど、形は大事ですよ」
「確かになー、形は大事じゃなー」
タロウが玄関から持って来たサンダルを締めている間に、アッハッハと笑う学園長とあからさまに不愉快そうであるがどこか楽しそうにしているユーリであった、
「おう、そうだ、タロウ殿、ウシとブタの件じゃがな」
学園長は冗談はここまでと一方的に話を切り上げる、
「はい、どうなりました?」
タロウがスッと立ち上がって二人に近づいた、
「うむ、片付けは終わっての、エーリクが補修を終わらせた」
「あら、エーリク先生はそっちだったんですか?」
「おう、やはりあれは現場の人間だな、嬉々としてやっておったわ、での、受け入れ体制は出来たと思うのだが、現場を確認するか?」
「そう・・・ですね、はい、数はどれほど入れられます?」
「ウシの分で10頭程度は入れられると思うが、ブタはどうじゃろな、見ておらんからな、なんとも言えん、猪と同じ程度の大きさであったか?」
「そうですね、ですが、そう言われてもって感じじゃないですか?」
「その通りじゃ、猪と言われてもな、でかいのからちいさいのまであろうしな」
「ですよねー」
と二人は笑い合い、ユーリは取り合えずこんなもんかなと次は何があったかなと今日の予定を考えている、
「ではどうする、これから現場に来るか?学園祭で披露できればと思っておっての」
「あー、そうですよねー・・・はい、では、最初に殿下の所を回ってというのは如何でしょう?良いものが完成した頃合いだと思うのですが、そちらを見てからというのは?」
「良いもの?」
学園長の瞳がギラリと輝く、
「はい、昨日ブラスさんとリノルトさんに依頼した物の作業がそろそろ終わるかなと、朝から入っている手筈なので、もしくは作業中かもしれませんが」
「・・・なんじゃ?何をやった?」
「それは見てのお楽しみ・・・いや、座ってからのお楽しみですね」
タロウがニヤリと微笑む、
「そうか・・・では、そちらから見せて頂こう、タロウ殿の誘いを断る程無粋では無いぞ」
「あっはっは、それは光栄の至り」
二人はそのまま転送室へ向かう、
「そうじゃ、あの染物な、他にどのような技術があるのじゃ?」
「ありゃ、もう目にされたのですか」
「勿論じゃ、素晴らしい品だ、ワビとサビであったか?」
「ありゃ、もうそこまで?」
と歩きながらも騒がしい二人である、二人が転送室へ入り、一人残ったユーリはヤレヤレと一息吐いた、ここ暫く本職である研究にまるで手を付けていない、王城に呼ばれたり学園祭の準備であったりと何とも忙しくなっており、折角閑職を得て研究に没頭できると思っていたのであるが見事に目論み違いであった、困ったものである、
「じゃ、今日は・・・また学園に顔を出してかなー」
とユーリも転送室へ足を向けた瞬間、その転送室から、
「あっ、所長丁度良かった」
ゾーイがバタバタと入ってきた、
「あら、お帰り、どした?」
「はい、サビナさんは?」
「個人部屋じゃない?」
「エレインさんは?」
「あー、それは分らないわね」
「ですよね、ちょっと行ってきます」
そのままバタバタと階段へ向かうゾーイである、その背後には、
「御機嫌よう、ユーリ先生」
パトリシアがニコリと満面の笑顔を浮かべており、さらに、
「こちらはそれほど寒くはなっていないようね」
「そうですわね、北ヘルデルは寒いわね、あの城は天井が高すぎるのですよ」
「そうだよねー」
と王妃二人とウルジュラが続いている、
「あー・・・御機嫌麗しゅう皆様・・・」
今日はどうやら上の人達に振り回される日であるらしい、ユーリは瞬時にその覚悟を決め頬が引きつるのを何とか抑え込むのであった。
そしてガラス鏡店の二階である、
「ほう・・・ほうほう・・・これは素晴らしい」
学園長が豪奢な椅子に尻を落ち着け、座り心地に感心する、王族の生活空間という事もありその椅子は王都でも指折りの職人が作った見事な細工の逸品である、しかしその座り心地は初めての感触であった、高級な品ということもあり尻が痛くなるような固いものでないのは当然なのであるが、それ以上に軽くその尻を押し返している感覚があり、それがより柔らかく学園長の尻を支えている、何とも不思議な感覚で、どれだけ座っても飽きることがなさそうだ、そう感じる程に心地良い、
「大したものでしょう?」
ブラスがニヤリと微笑み、リノルトとその他の職人達もやや疲れた顔ながらも満足そうに微笑む、
「おう、確かに素晴らしい、なんじゃ、これはどうなっている?」
学園長は言うが早いか腰を上げその椅子の隣にしゃがみ込む、その今にもひっくり返しそうな勢いに、
「あー、こちらに物があります、こちらで確認下さい」
ブラスが慌てて止めた、そうかそうかと学園長はブラスの下に駆け寄る、そこにあったのは無骨な鉄の枠に奇妙にねじ曲がった太い針金を渡した珍妙な代物であった、
「・・・何じゃ?これは?」
学園長が素直に問う、博識でなる学園長でさえ初見の代物で、まして何に使うか等想像しえない代物であった、
「簡単に言えばこれが椅子の座面の一番下に入ってます、底板の代わりですね、座り心地を考慮して鹿の皮で覆いまして、その上に綿とか布とかの緩衝材が入る形です」
ブラスがニコニコと解説する、
「ほう・・・ほうほう・・・」
学園長はジロジロとその代物を観察し、むぅと唸ると、
「そうか、これじゃな、この膨らみじゃ、上面に向けて緩やかに盛り上がっておる、これじゃろ、これが秘訣じゃろ」
「はい、流石学園長、その通りです、そのちょっとした盛り上がりが弾力を生んでいます、押し込んでみて下さい、かなりの力でも弾き返します」
「ほう・・・」
学園長は針金部分の中央に手を置いてグッと力を込める、しかし、針金は軽く押し込まれるだけでその手を見事に押し返しており、さらに学園長は全体重を掛けるが、まるで押し込む事は出来ずそれどころか反発する力はより学園長を押し返す有様であった、
「なるほど、これは凄いな」
「でしょう、タロウさんから聞いた時はどうなることかと思いましたが、リノルトが上手い事やってくれました」
ブラスがニヤリとリノルトを見つめると、
「俺は大した事はしてないよ、タロウさんと職人達のお陰だよ」
リノルトは疲れた顔でニヤリと微笑み返す、鍛冶職人達は何を言っているんだかと照れ笑いを浮かべた、
「そうか・・・この曲がりくねった針金が反発力になるのじゃな」
「そのようですね、その上で大人の体重を支える必要があるので針金は太く、ただし柔軟性は保ったままで、さらに本来は直接椅子の木部分に留めるそうなんですが、それでは構造上弱くなるかなと、枠を作りました、逆にそれが良かったですね、改修するのが楽でした」
「改修・・・するとここにある椅子は全部変えたのか?」
「はい、来客用の椅子は全て、なので、昨晩は寝ずの仕事でしたよ、寝ましたけど」
アッハッハとブラスは笑い、確かになと職人達も微笑む、昨日から続いた緊急の仕事を終え、やっとその緊張感から解放された所である、疲れは勿論あるがそれ以上に清々しい心持ちであった、
「なるほど・・・いやな、タロウ殿とこちらに来る際に色々話してな、余興の一つだと笑っておったが、これは余興等で済まされんぞ、椅子の革命と呼んで過言ではない」
「そうですね、俺もそう思います、後は・・・これを最初から組み入れる形で椅子を再設計する必要があるかなと思います、それと椅子そのものも重くなります、その点が少しばかり気になりますが」
「それはほら、タロウさんも良い物は重いものだからって言ってたけどな」
「良い物は重いもの?」
「はい、高級な品はどうしても材を厳選すると何故か重くなると、確かにそうなんですよね、特にこういった家具は固くて歪まない材を使うと重くなります、木質の影響ですね、さらにそれに装飾なんかをいれるもんだから余計に、なので、まぁその通りなのかなって」
「それと椅子は重い方が安定してていいぞって」
「それもあったな」
ブラスとリノルトが笑い合う、
「なるほど、良い物は重いか・・・確かにそうかもしれん」
学園長がうんうんと頷いていると、
「どうですか学園長」
タロウが何やら担いで入ってきた、ブレフトが困り顔でその後ろに付いている、
「どうしたもなにも素晴らしいな、これもあれか帝国の知恵か?」
「それは違いますね、帝国でも見なかったかな・・・そこまで詳しく見てないので何ともですが・・・で、ブラスさんね次こっち」
タロウは返答もそこそこに担いできた品をドンとその部屋の中央に置いた、昨日から続く突発的な仕事はまだ終わりではないらしい、
「これは・・・」
「へー、こんな大きい丸テーブルは初めて見ました・・・」
「あっ、そっか、テーブルか・・・」
「そっ、テーブル、でね、椅子を並べて欲しいのさ、それとブレフトさん、これに掛ける事が出来る白い布が欲しいんだが」
と振り向くタロウである、タロウが持って来たのは巨大な丸テーブルであった、王国では丸テーブルは存在するが、食卓用のテーブルとして使う習慣は無く、あってもお茶会用の小さいものが主流であった、故にその丸テーブルの大きさに一同は軽く驚いている、
「食卓に布ですか?」
ブレフトは思わず問い返す、これもまた王国の習慣には無い事であった、食卓用のテーブルに布を敷く事など無い、それはテーブルが確実に汚れるからである、貴族の食事会にしろ宴席にしろその光景は正直平民のそれと大差は無い、あるとすれば供される食事の質と量くらいのものであった、
「そうだよ、それが大事なんだ、で、リノルトさん、壺と台座を」
「はい、持って来てます」
リノルトが職人に目配せする間もなく、気を利かせた職人が木箱をテーブルの傍に持ち込み蓋を開けた、
「今度は何じゃ?」
「ふふん、まぁ見てて下さい」
タロウがニヤリと微笑む間に丸テーブルには8つの椅子が並ぶ、そしてタロウは丸テーブルの中心に木箱から取り出した昨日拝借した壺を置き、その中にこれまた陶器の何かと針金製の支えを入れる、
「何じゃこれは?」
「少々見た目はあれですがね、まぁ、これも今後これ用の品を作れば恰好は付くでしょう、では、やりますね」
タロウがそう宣言して壺に手を入れる、途端にパッと光柱が発生した、壺の中に入れたのはゾーイが作った光柱の壺である、
「おお、光柱か?」
その光は壺の中から天井に向かって真っ直ぐに屹立し、すでにその詳細を知っているブラス達はニヤニヤと得意そうに微笑むが、学園長とブレフトは何事かと目を見張った、
「はい、で、ここにですね真っ白い皿を乗せます」
タロウは無骨な針金の支えに陶磁器であろう皿を上下逆さに被せる、すると光柱は見事にその皿で照り返され、蝋燭等足元にも及ばない明るく黄色い光が丸テーブルを隅々まで照らし出す、
「なんと・・・こういう趣向でしたか・・・」
ブレフトは感嘆の声を上げた、
「はい、勿体ぶって申し訳なかったですね、どうでしょう、ブレフトさんから見て、このような明るい食事会は?」
タロウが真摯な口調でブレフトに問う、昨日からの騒動でタロウはその最終的な目的を一切口にしていない、ブレフトとしてはその指示に従うしかなく何とも不安であった、しかし、高々一両日で形になったそれは王都でも目にした事の無い光景である、
「いや、素晴らしいです・・・丸テーブルなぞどう使うのかと思いましたが・・・なるほど・・・なるほど・・・」
「あー・・丸テーブルは別の意味合いがあるのですが、まぁそれはいいとして、ブラスさんね、ちょっと座ってみて、椅子の感覚を確認したい、それと眩しくないかな?どうだろう?」
「はい、じゃ、お前らもう一仕事だ」
ブラスの指示により男達がどやどやと席に着く、こうしてタロウの考える会場づくりは着実に進んでいっている様子であった。
「あら、学園長おはようございます」
階段を上がりながらタロウが声をかけると、
「おう、タロウ殿、邪魔しておるぞ」
どこか晴れ晴れとした顔で学園長が振り向く、
「そんな、ここは学園の寮ですよ、私の方が邪魔している身分です」
困った笑みを見せるタロウであった、
「ほう・・・ほうほう・・・確かにそうかもしれんな・・・うん、正式に雇わなければならんのはタロウ殿の方じゃった、どうだ、何でも好きな学科を選んでくれ、講師職と研究室を用意しよう、儂としては建築やら農学も良いと思うが、やはり戦術科かな、ユーリ先生が手を離しておってな人手が足りんのだ」
学園長も半分冗談である事をすぐに察して乗っかったようである、
「別に手を離しているわけではないでしょ」
これにはユーリが反論する、
「そうかな?ではいつでも戻ってもらって構わんぞ」
「だから、それでは対外的にあれだからでしょ」
「それかてもう有耶無耶だわ」
「かもしれませんけど、形は大事ですよ」
「確かになー、形は大事じゃなー」
タロウが玄関から持って来たサンダルを締めている間に、アッハッハと笑う学園長とあからさまに不愉快そうであるがどこか楽しそうにしているユーリであった、
「おう、そうだ、タロウ殿、ウシとブタの件じゃがな」
学園長は冗談はここまでと一方的に話を切り上げる、
「はい、どうなりました?」
タロウがスッと立ち上がって二人に近づいた、
「うむ、片付けは終わっての、エーリクが補修を終わらせた」
「あら、エーリク先生はそっちだったんですか?」
「おう、やはりあれは現場の人間だな、嬉々としてやっておったわ、での、受け入れ体制は出来たと思うのだが、現場を確認するか?」
「そう・・・ですね、はい、数はどれほど入れられます?」
「ウシの分で10頭程度は入れられると思うが、ブタはどうじゃろな、見ておらんからな、なんとも言えん、猪と同じ程度の大きさであったか?」
「そうですね、ですが、そう言われてもって感じじゃないですか?」
「その通りじゃ、猪と言われてもな、でかいのからちいさいのまであろうしな」
「ですよねー」
と二人は笑い合い、ユーリは取り合えずこんなもんかなと次は何があったかなと今日の予定を考えている、
「ではどうする、これから現場に来るか?学園祭で披露できればと思っておっての」
「あー、そうですよねー・・・はい、では、最初に殿下の所を回ってというのは如何でしょう?良いものが完成した頃合いだと思うのですが、そちらを見てからというのは?」
「良いもの?」
学園長の瞳がギラリと輝く、
「はい、昨日ブラスさんとリノルトさんに依頼した物の作業がそろそろ終わるかなと、朝から入っている手筈なので、もしくは作業中かもしれませんが」
「・・・なんじゃ?何をやった?」
「それは見てのお楽しみ・・・いや、座ってからのお楽しみですね」
タロウがニヤリと微笑む、
「そうか・・・では、そちらから見せて頂こう、タロウ殿の誘いを断る程無粋では無いぞ」
「あっはっは、それは光栄の至り」
二人はそのまま転送室へ向かう、
「そうじゃ、あの染物な、他にどのような技術があるのじゃ?」
「ありゃ、もう目にされたのですか」
「勿論じゃ、素晴らしい品だ、ワビとサビであったか?」
「ありゃ、もうそこまで?」
と歩きながらも騒がしい二人である、二人が転送室へ入り、一人残ったユーリはヤレヤレと一息吐いた、ここ暫く本職である研究にまるで手を付けていない、王城に呼ばれたり学園祭の準備であったりと何とも忙しくなっており、折角閑職を得て研究に没頭できると思っていたのであるが見事に目論み違いであった、困ったものである、
「じゃ、今日は・・・また学園に顔を出してかなー」
とユーリも転送室へ足を向けた瞬間、その転送室から、
「あっ、所長丁度良かった」
ゾーイがバタバタと入ってきた、
「あら、お帰り、どした?」
「はい、サビナさんは?」
「個人部屋じゃない?」
「エレインさんは?」
「あー、それは分らないわね」
「ですよね、ちょっと行ってきます」
そのままバタバタと階段へ向かうゾーイである、その背後には、
「御機嫌よう、ユーリ先生」
パトリシアがニコリと満面の笑顔を浮かべており、さらに、
「こちらはそれほど寒くはなっていないようね」
「そうですわね、北ヘルデルは寒いわね、あの城は天井が高すぎるのですよ」
「そうだよねー」
と王妃二人とウルジュラが続いている、
「あー・・・御機嫌麗しゅう皆様・・・」
今日はどうやら上の人達に振り回される日であるらしい、ユーリは瞬時にその覚悟を決め頬が引きつるのを何とか抑え込むのであった。
そしてガラス鏡店の二階である、
「ほう・・・ほうほう・・・これは素晴らしい」
学園長が豪奢な椅子に尻を落ち着け、座り心地に感心する、王族の生活空間という事もありその椅子は王都でも指折りの職人が作った見事な細工の逸品である、しかしその座り心地は初めての感触であった、高級な品ということもあり尻が痛くなるような固いものでないのは当然なのであるが、それ以上に軽くその尻を押し返している感覚があり、それがより柔らかく学園長の尻を支えている、何とも不思議な感覚で、どれだけ座っても飽きることがなさそうだ、そう感じる程に心地良い、
「大したものでしょう?」
ブラスがニヤリと微笑み、リノルトとその他の職人達もやや疲れた顔ながらも満足そうに微笑む、
「おう、確かに素晴らしい、なんじゃ、これはどうなっている?」
学園長は言うが早いか腰を上げその椅子の隣にしゃがみ込む、その今にもひっくり返しそうな勢いに、
「あー、こちらに物があります、こちらで確認下さい」
ブラスが慌てて止めた、そうかそうかと学園長はブラスの下に駆け寄る、そこにあったのは無骨な鉄の枠に奇妙にねじ曲がった太い針金を渡した珍妙な代物であった、
「・・・何じゃ?これは?」
学園長が素直に問う、博識でなる学園長でさえ初見の代物で、まして何に使うか等想像しえない代物であった、
「簡単に言えばこれが椅子の座面の一番下に入ってます、底板の代わりですね、座り心地を考慮して鹿の皮で覆いまして、その上に綿とか布とかの緩衝材が入る形です」
ブラスがニコニコと解説する、
「ほう・・・ほうほう・・・」
学園長はジロジロとその代物を観察し、むぅと唸ると、
「そうか、これじゃな、この膨らみじゃ、上面に向けて緩やかに盛り上がっておる、これじゃろ、これが秘訣じゃろ」
「はい、流石学園長、その通りです、そのちょっとした盛り上がりが弾力を生んでいます、押し込んでみて下さい、かなりの力でも弾き返します」
「ほう・・・」
学園長は針金部分の中央に手を置いてグッと力を込める、しかし、針金は軽く押し込まれるだけでその手を見事に押し返しており、さらに学園長は全体重を掛けるが、まるで押し込む事は出来ずそれどころか反発する力はより学園長を押し返す有様であった、
「なるほど、これは凄いな」
「でしょう、タロウさんから聞いた時はどうなることかと思いましたが、リノルトが上手い事やってくれました」
ブラスがニヤリとリノルトを見つめると、
「俺は大した事はしてないよ、タロウさんと職人達のお陰だよ」
リノルトは疲れた顔でニヤリと微笑み返す、鍛冶職人達は何を言っているんだかと照れ笑いを浮かべた、
「そうか・・・この曲がりくねった針金が反発力になるのじゃな」
「そのようですね、その上で大人の体重を支える必要があるので針金は太く、ただし柔軟性は保ったままで、さらに本来は直接椅子の木部分に留めるそうなんですが、それでは構造上弱くなるかなと、枠を作りました、逆にそれが良かったですね、改修するのが楽でした」
「改修・・・するとここにある椅子は全部変えたのか?」
「はい、来客用の椅子は全て、なので、昨晩は寝ずの仕事でしたよ、寝ましたけど」
アッハッハとブラスは笑い、確かになと職人達も微笑む、昨日から続いた緊急の仕事を終え、やっとその緊張感から解放された所である、疲れは勿論あるがそれ以上に清々しい心持ちであった、
「なるほど・・・いやな、タロウ殿とこちらに来る際に色々話してな、余興の一つだと笑っておったが、これは余興等で済まされんぞ、椅子の革命と呼んで過言ではない」
「そうですね、俺もそう思います、後は・・・これを最初から組み入れる形で椅子を再設計する必要があるかなと思います、それと椅子そのものも重くなります、その点が少しばかり気になりますが」
「それはほら、タロウさんも良い物は重いものだからって言ってたけどな」
「良い物は重いもの?」
「はい、高級な品はどうしても材を厳選すると何故か重くなると、確かにそうなんですよね、特にこういった家具は固くて歪まない材を使うと重くなります、木質の影響ですね、さらにそれに装飾なんかをいれるもんだから余計に、なので、まぁその通りなのかなって」
「それと椅子は重い方が安定してていいぞって」
「それもあったな」
ブラスとリノルトが笑い合う、
「なるほど、良い物は重いか・・・確かにそうかもしれん」
学園長がうんうんと頷いていると、
「どうですか学園長」
タロウが何やら担いで入ってきた、ブレフトが困り顔でその後ろに付いている、
「どうしたもなにも素晴らしいな、これもあれか帝国の知恵か?」
「それは違いますね、帝国でも見なかったかな・・・そこまで詳しく見てないので何ともですが・・・で、ブラスさんね次こっち」
タロウは返答もそこそこに担いできた品をドンとその部屋の中央に置いた、昨日から続く突発的な仕事はまだ終わりではないらしい、
「これは・・・」
「へー、こんな大きい丸テーブルは初めて見ました・・・」
「あっ、そっか、テーブルか・・・」
「そっ、テーブル、でね、椅子を並べて欲しいのさ、それとブレフトさん、これに掛ける事が出来る白い布が欲しいんだが」
と振り向くタロウである、タロウが持って来たのは巨大な丸テーブルであった、王国では丸テーブルは存在するが、食卓用のテーブルとして使う習慣は無く、あってもお茶会用の小さいものが主流であった、故にその丸テーブルの大きさに一同は軽く驚いている、
「食卓に布ですか?」
ブレフトは思わず問い返す、これもまた王国の習慣には無い事であった、食卓用のテーブルに布を敷く事など無い、それはテーブルが確実に汚れるからである、貴族の食事会にしろ宴席にしろその光景は正直平民のそれと大差は無い、あるとすれば供される食事の質と量くらいのものであった、
「そうだよ、それが大事なんだ、で、リノルトさん、壺と台座を」
「はい、持って来てます」
リノルトが職人に目配せする間もなく、気を利かせた職人が木箱をテーブルの傍に持ち込み蓋を開けた、
「今度は何じゃ?」
「ふふん、まぁ見てて下さい」
タロウがニヤリと微笑む間に丸テーブルには8つの椅子が並ぶ、そしてタロウは丸テーブルの中心に木箱から取り出した昨日拝借した壺を置き、その中にこれまた陶器の何かと針金製の支えを入れる、
「何じゃこれは?」
「少々見た目はあれですがね、まぁ、これも今後これ用の品を作れば恰好は付くでしょう、では、やりますね」
タロウがそう宣言して壺に手を入れる、途端にパッと光柱が発生した、壺の中に入れたのはゾーイが作った光柱の壺である、
「おお、光柱か?」
その光は壺の中から天井に向かって真っ直ぐに屹立し、すでにその詳細を知っているブラス達はニヤニヤと得意そうに微笑むが、学園長とブレフトは何事かと目を見張った、
「はい、で、ここにですね真っ白い皿を乗せます」
タロウは無骨な針金の支えに陶磁器であろう皿を上下逆さに被せる、すると光柱は見事にその皿で照り返され、蝋燭等足元にも及ばない明るく黄色い光が丸テーブルを隅々まで照らし出す、
「なんと・・・こういう趣向でしたか・・・」
ブレフトは感嘆の声を上げた、
「はい、勿体ぶって申し訳なかったですね、どうでしょう、ブレフトさんから見て、このような明るい食事会は?」
タロウが真摯な口調でブレフトに問う、昨日からの騒動でタロウはその最終的な目的を一切口にしていない、ブレフトとしてはその指示に従うしかなく何とも不安であった、しかし、高々一両日で形になったそれは王都でも目にした事の無い光景である、
「いや、素晴らしいです・・・丸テーブルなぞどう使うのかと思いましたが・・・なるほど・・・なるほど・・・」
「あー・・丸テーブルは別の意味合いがあるのですが、まぁそれはいいとして、ブラスさんね、ちょっと座ってみて、椅子の感覚を確認したい、それと眩しくないかな?どうだろう?」
「はい、じゃ、お前らもう一仕事だ」
ブラスの指示により男達がどやどやと席に着く、こうしてタロウの考える会場づくりは着実に進んでいっている様子であった。
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