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本編

65話 密談に向けて その7

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翌日早朝となる、

「おはようございます」

オリビアがいつものように食堂に顔を出すと、今日はタロウがメダカの水槽で作業をしており、その肩には藁袋を担いだようにミナがへばりついていた、

「オハヨー」

ニマーと嬉しそうに微笑むミナと、

「あー、オハヨー」

と朝から疲れたような顔のタロウである、レインはまったくと呆れ顔で二人を眺めている様子であった、

「あら・・・あー、もしかして・・・」

オリビアはすぐに事情を察して苦笑いを浮かべる、

「うふふー、今日はタロウを捕まえておくのー」

ミナが満面の笑みをオリビアに向け、

「そうらしい・・・困ったもんだよ」

タロウがミナの胴体越しにオリビアへ笑いかける、

「そうですか・・・まぁ、気持ちは分かります」

「でしょー」

ミナは当然だと言わんばかりに両手両足をバタつかせ、

「こら、暴れるな危ないぞ」

タロウの悲鳴が響き渡る、昨晩、タロウは帰りが遅かった、なにやら先日よりバタバタと忙しくしていたが、昨日は夕食が終わっても姿を見せず、ミナは眠い目を擦りながら帰ってくるまで待つと食堂から離れなくなってしまった、それはソフィアをもってしてもレインをもってしても動かす事が出来ず、どうやら眠気も手伝ってより意固地になっていた様子である、他の面々はどうせ大人の付き合いか何かであろうと特に気にする事は無く、事情を知る大人達も何の心配もしていなかった、そして、ミナはソフィアとレインに見捨てられて暖炉の前の毛皮の上で丸くなりそのまま眠ってしまったようである、その後の顛末をオリビアは把握していないが、一晩明けたらこうであった、つい先日も同じ事があったなとオリビアは微笑んでしまう、

「危なくないー」

「危ないの、ほら、餌上げないとだろ」

「うー、タロウそっち向いてー」

「そっちってどっちだよ」

「そっち、メダカを見れるようにー」

「はいはい、こうか」

「もうちょっとみぎー」

「はいはい」

「ん、良い感じー、エサとってー」

「えっ、届かないよ」

「届くー、タロウなら出来るー」

「無茶言うな」

「言ってないー、もうちょっと下ー」

「はいはい、こうか」

「取れたー、じゃ、上ー」

「おいおい」

とミナの我がままを素直に聞き入れるタロウに、良いお父さんだなとオリビアは頬を綻ばせるのであった。



生徒達が学園に向かい、ミナはソフィアに一喝された事もあって不承不承とタロウから下りた、そして来客である、フィロメナとマフダとエレインであった、

「早速申し訳ないね」

タロウが手にしたすり鉢をテーブルに置くと、

「こんな感じで粉にして、それ以降は前と一緒だね、やってみるか?」

「やるー」

「仕方ないのう」

ミナはピョンと飛び跳ね、レインも腕まくりをして気合を入れている、その隣ではニコリーネとカトカが手伝っており、二人に任せておけば良いかなとタロウは小さく目配せし、二人はニコリと笑顔で答えた、そしてタロウは手拭いで手を拭きながら入口付近のテーブルへと三人を誘う、

「あれはなんですか?」

エレインが当然の疑問を口にした、今朝は特に何をするとも聞いていなかった、マフダも興味津々でそちらのテーブルを見つめており、フィロメナもなにかしらと首を伸ばしている、

「あー、言ってなかったね、水飴の違う作り方だよ」

タロウが珍しくもあっさりと答えると、エッとタロウを見つめる三人である、

「ほら、前はカブで作ったでしょ、こっちのが本来の作り方なんだよね」

言葉も無く、ガタリと勢いよく席を立つエレインとマフダである、

「あー・・・そんなに興奮しないでよ、カトカさんに一通り説明してるし、作り方は変わんないからさ、それはそれで後でゆっくりやればいいよ」

ノンビリと微笑むタロウに、エレインとマフダはムーと不満そうに口をへの字に曲げ、カトカがニヤニヤと二人を見つめ返した、

「なら・・・いいですけど・・・」

エレインは仕方ないかと腰を下ろし、マフダも静かに座り直す、フィロメナは何が何やらと困惑している様子であった、

「じゃ、本題の前に・・・サビナさん居たほうがいいよね、それと、お茶かな?」

タロウはそんな二人をニヤニヤと眺めつつ腰を上げた、そして、カトカがサビナを呼びに階段へ向かい、タロウが茶道具を持って戻ると、やはり三人はミナ達のテーブルに合流してしまっており、

「これはなんですか?」

「えへへー、タロウと作ったのー、モヤシと一緒にー」

「あー・・・作ってましたね」

「そうなのー、やっと乾いたのー」

「確かにカラカラだ・・・」

「虫みたいね、なにこれ?」

「大麦を発芽させたものらしいです」

「大麦・・・」

「発芽・・・」

と本題はそっちのけで熱心な女性達である、

「あー、御免ね、取り合えずこっちいいかな?」

タロウが言い難そうに三人へ声をかけると、渋々と三人は席に戻り、そこへカトカがサビナとソフィアを伴って下りて来た、ソフィアは掃除中であったが来客の予定は聞いていた、

「おはようございます、ソフィアさん」

フィロメナが知った顔だとソフィアに微笑みかけ、ソフィアも笑顔で受けた、そして、サビナの紹介をすると、

「大変お世話になっております」

と大袈裟に感激するフィロメナである、さらにカトカも一応と挨拶を交わすと、こちらには、

「失礼かと思いますが、マフダに聞いていた以上にお美しいです、是非うちで働きませんか、お店をお任せしてもいいですよ」

と勧誘する始末であった、これにはマフダが慌てて取り押さえる程で、カトカは何とも恥ずかしそうに身を縮める、

「はいはい、落ち着きなさい、今日は顔合わせに来たわけじゃないでしょ」

ソフィアがなんとかその場を収めて本題に入った、珍しくもタロウがそのまま茶を点て、サビナが昨日の染髪の試料を広げて説明に入る、フィロメナの訪問の目的は染髪に関する実験の協力である、エレインからマフダにお願いという形で依頼が入り、マフダは今朝その事をフィロメナに話したのであるが、フィロメナはもう?とその作業の早さに感心しつつ、さらに協力を依頼された事に気を良くして早速と足を運んだのであった、何とも腰の軽い対応である、

「なるほど・・・素晴らしいですね・・・」

朝からバッチリと化粧を施したその目元を厳しくし、フィロメナは試料を見渡す、先程までの興奮はどこへやらと口元を引き締め高速で脳みそを回転させている様子であった、

「どうかな?あっ、そうだ、この髪の御礼もまだだったね、御協力頂いてありがとう、見て分かる通りに有効活用させてもらいました、迷惑じゃなかった?」

タロウが自分で淹れた茶を啜りつつ笑顔を見せた、

「・・・あっ、迷惑なんてそんな、こちらこそ光栄です」

フィロメナが慌てて顔を上げニコリと笑顔を見せる、そして、

「しかし、そうなると・・・人員も必要ではないですか?」

と厳しい視線のまま対面に座る面々を見つめた、

「そうだね、商売にする事を前提で動けば今の段階から育てた方がいいと思うよ、人材は特にね、技術蓄積は結局実践が一番だからね、だから・・・昨日は奥様には悪い事しちゃったかな?残念そうだったね、まぁ・・・気持ちは分かるかな、目の前でお預け食らった感じになっちゃったしね」

「奥様ですか?」

「そうね、ちょっと悪い事したかなって感じはあるわよね」

ソフィアも軽く首を傾げる、昨日のユスティーナはタロウの説明に納得いっていない風であったが、布の買い出しを終え午後から生徒達と染物作業に入った頃にはすっかりと笑顔を見せていた、レアンとマルヘリートと共に熱心に染物に挑戦しており、その作品は前回と異なり生乾きのままで屋敷に持ち帰っている、

「そうですね・・・あっ、奥様というのは・・・」

エレインが教えるべきかなと躊躇する、どうやらマフダも伝えていないらしくそのマフダはフィロメナの隣でだんまりを決め込んでいた、

「ん、まぁ、あれだ貴族様だね、エレインさんも貴族様なんだけどさ」

タロウはアッハッハと笑いに変えた、フィロメナもそれで察したらしく、

「分かりました、確かに貴族様もこれは興味を持たれますよね」

とパッと話題を反らす、その辺の事情はフィロメナもよく理解している、知らなくてよい事には首を突っ込まない、それが貴族社会との付き合い方の一つであった、

「だね、そうなると、エレインさんとしてはどうする?商売を前提に組み立てる?」

「そう・・・ですね・・・昨日も考えてみたのですが・・・需要はあると思いますし・・・そうなると、調髪も合わせて提供したいなと思うのですよ・・・」

「調髪ですか?」

「そうなるよねー」

マフダが不思議そうにエレインを見上げ、タロウはだろうなとほくそ笑む、サビナはそこまで考えていたかとあいかわらず大したもんだと舌を巻き、ソフィアはニコニコと微笑んでいる、王国では髪を切る場合家族に頼むか、友人または近所の上手いと評判の奥様に頼るのが一般的で、これが貴族や富裕層になるとメイドの仕事となっている、それは女性も男性も変わりない、例外としては道端に筵を広げて散髪を請け負う者もいるが、それは主に男性向けの商売であり、基本的に髪を短く切るだけの雑な仕事であったりする、

「はい、ユーリ先生に髪を切ってもらった時も考えたのですが、やはり髪を弄るのは経験も必要ですが、技術も問われると思うのですよ、その点ユーリ先生はとんでもないので・・・これならお金を取れるな・・・と素直に思いました、それと一緒にするのが面白いかな・・・と・・・商売として考えるとそれがいいのかな・・・」

「ついでに洗髪もしてあげれば?」

ソフィアが軽く助言すると、

「それです、それもあるんです、ですから、髪を整える仕事として一括にできないかなって、お湯を沸かすのも手間ですし、少し想像したんですが、髪を整えて、洗って、染めて、また洗って、で乾かして・・・半日仕事ですね・・・」

「そうなるかもねー・・・大したもんだ」

タロウはニヤニヤと微笑む、タロウはエレインが実に賢い娘なのだとやっとこの場で気が付いた、周囲の協力もあったのであろうがしっかりと商会という組織を運営し、且つ立派に利益を上げている様子で、ガラス鏡等の目新しい品を取り扱えばそれもそうであろうなと高を括っていたのであるが、どうやらそれだけではないらしい、

「確かに・・・そっか・・・そうなるとね」

とフィロメナも黙っていられないと口を挟む、

「うちの子にね、一人そういうのが上手い子がいるからさ、その子に染髪の技術に関わらせてもらえないかな?マフダでもいいんだけど、なんでもかんでもマフダってのも駄目だと思うしね」

マフダがムッとフィロメナを睨むが、フィロメナはまるで意に介さず、

「それでね、遊女向けよりもまずは貴族とか富裕層向けの店を出すのがいいと思うな、サビナさんに言われたようにうちらで色々試して貰っていいからさ、でね、あのガラス鏡のお店でもいいし、あの近くでもいいと思うんだけど、こう、ゆっくりと過ごせる場所を作って、そこで半日楽しめるようなお店?ガラス鏡店みたいなゆったりとしたお店が良いと思うんだけど、そういう感じで、どうかな」

フィロメナは興奮し早口で捲し立てる、

「優雅だね、良いと思うよ」

「楽しそうね、ほら、チーズケーキとか食べながらね、ゆったりした感じ?」

タロウはニコリと微笑み、ソフィアがさらに案を口にする、

「・・・いいかもですね・・・」

エレインは視線を反らして考え込んだ、恐らくであるがフィロメナの協力を取り付け、遊女達を実験台にすればそこそこに技術も高まるであろう、その上で貴族や富裕層の奥様や御令嬢を相手にすれば売上面での心配も少ない、ガラス鏡の販促にも繋がる、

「もう・・・商売は分かりますが、その前段階ですよ」

サビナが呆れて水を差す、アッと顔を上げるエレインであった、

「そうだね、まずはフィロメナさんの協力を頂いて、どのようなサービスを提供するかはそれから考えたほうがいいかもね」

「サービス?」

女性陣の視線がタロウに向かう、

「あー・・・おもてなしとかどんな仕事を提供するか?」

「そう・・・ですね、第一・・・」

「うん、実際の染髪が上手くいくのが先だからね、これを見る限り大丈夫そうだけど、これを人の髪でやるんだよ、やっぱりやってみないとだよ」

「はい、確かにそこからですね」

「分かりました、是非協力させて下さい」

静かに頷くエレインとムンとやる気を見せるフィロメナである、マフダは話しに着いていけず不満そうにフィロメナを睨み、少し離れて耳をそばだてていたカトカとニコリーネは相変わらず凄いなこの人達はと呆気に取られつつ手を動かしていた。
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