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本編
65話 密談に向けて その1
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翌日、
「では、実験を始めます」
「はじめまーす」
「今日も大変だぞー」
「タイヘンだー」
「ミナ君、君、分かっているのかね?」
「なにがー?」
「めんどくさいのだよ」
「めんどくさいの?」
「うん」
「えっと、えっと、ガンバルー」
「よし、その意気だ」
タロウがニヤリとミナを見下ろし、ミナは両手を上げてピョンピョン飛び跳ねた、昨日の今日で朝から元気だなーとサビナとカトカは苦笑いし、マフダとリーニーも微笑んでいる、今日の作業は食堂で行われる事となった、昨日のように水を大量に扱う事は無いが、汚れる事が懸念される為しっかりと全員が前掛けを着けている、何より厳密な計測が必要であるとタロウは口にしており、そうなるとやはり屋内での作業となるのは必然であった、その上内庭は内庭で騒がしかった、リノルト作の便器が持ち込まれ設置作業と配管作業が進められている、その為男達の怒鳴り声が時折響いていたりする、先日までの作業はもう少し静かだったと思われるが、どうやらリノルトの工場の職人も立ち合いに来ているらしく、人数も増えバタバタと騒がしかった、そして、ソフィアはいつも通りに掃除に取り掛かっている、そちらが済んだら合流するからとの事であった、
「でだ、まずは・・・」
とタロウは黒板を背にして木箱を取り出す、それは昨日マフダから譲り受けたフィロメナに依頼していた品である、
「あー・・・大丈夫かな・・・素手・・・まぁいいか」
タロウは一瞬躊躇して箱を開いた、中には布で包まれたなにがしかがこれでもかと詰められている、
「わっ、こんなに大量に・・・マフダさん、ありがとね」
「えっ、あっ、私は何も、義姉さんがほら・・・その・・・」
と礼を言われたマフダは口籠り俯いた、
「そんな事ないよ、いろいろあるんだろうけど、今日の実験はこれが無いとどうしようもなかったからね、皆もマフダさんに感謝するように、フィロメナさんにも感謝」
「わかったー、マフダー、ありがとー」
「そうですね、私も暫く先になるかと思ってました、感謝します」
「確かに、御協力嬉しいです」
ミナはピョンと飛び跳ね、サビナとカトカは笑顔をマフダに向けた、
「そんな・・・恐縮です・・・」
さらに赤面し小さな身体を縮こませるマフダに、リーニーはもうと笑いかけ、ニコリーネも優しく微笑む、
「うん、でだ、まずやるべき事があります」
タロウは黒板に向かうと、
「前にサビナさんには話したかな?この頂いた貴重な試料で出来る事を確認したいとおもうんだけど」
と白墨を手にして、実験計画を書き付ける、それによると試料を大枠で三種、さらに二種に別ける事、そこから効果時間の測定が必要な事、出来れば元の試料との比較を分かりやすく保存しておきたい事等々となる、カトカとリーニーはなるほど、これは錬金術的作業だなとこちらも手持ちの黒板に書き付け、サビナとレインはうんうんと頷いている、ミナとマフダとニコリーネは昨日と違って本格的だなーと、ボケーっと眺めていた、
「でだ、この分類作業を先にやってもらって、ソフィアに毛糸玉を貰ったから、これで試料を結わえて欲しいんだよね」
「分りました、それは私が」
「あっ、私もやります」
カトカが率先して手を上げ、リーニーも慌てて志願する、
「うん、じゃ、お願い、で、秘密兵器があります」
タロウは勢いよく振り返る、何事かと女性陣はその身を仰け反らせた、
「あっ・・・そんなに構えなくていいよ」
その反応の良さにタロウは申し訳なさそうに微笑むと、懐から小瓶のような代物を三つ取り出して、テーブルに置いた、それはガラスで作られたと思われる管を中心にして台座であろうか恐らく木製の装飾物が上下に付いた代物で、そのガラスの管には何やら砂が入っているようであった、
「それは?」
「初めて見るのう」
「なーにー、これー」
女性達はシゲシゲとそれを見つめる、
「ふふん、これは砂時計です」
「スナドケイ?」
ミナが首を傾げるが、カトカとサビナとリーニーはエッと驚いてその品を見つめる、
「ほう・・・なるほど、これは良いな、良いぞ、うん、良く出来ておる」
レインが早速その一つを手にして上下に振り回してその唯一の機能を実践し、
「えっ、ホントですか?」
「私もいいですか?」
「良く見せて下さい」
と興奮気味の三人と、それがどうかしたのかなと今一つピンと来ていないマフダとニコリーネであった、
「これもね、メーデルさんの所で作って貰おうかと思ってたんだけど、忙しそうでね、後回しにしてたんだ、満を持して使ってみよう」
ニヤニヤとタロウは微笑む、それはタロウの言うドワーフ、ソフィアの言う山の民の里で手に入れた品であった、ガラス鏡やガラスペン等と一緒で、タロウとしてはこれほど便利な物はないぞと興奮したのであるが、ソフィアは今一つであったらしい、それよりもやはりガラス鏡やガラスペンに興味があったようで、こちらの砂時計には無関心であった、それも仕方が無いかなとタロウは思ったものである、
「使い方わかる?」
「はい、えっと・・・えっ、わっ軽い」
「うん、それに見やすい・・・」
「そっか、こうすればいいんだ」
「だね、へー、簡単だ・・・こんな簡単だったんだ・・・なんか・・・なんだろ、変な嫉妬が・・・」
「そうね、私達お馬鹿だったんじゃないかってくらい単純で簡単ね・・・」
「ですよねー」
三人は砂時計を手にしてすぐにその仕組みを理解したらしい、軽く振ったり逆さまに置いたりとその使い方も見ただけで分かった様子である、
「そだねー、難しいのは砂とガラスの加工かな?ガラスペンが作れたなら作れると思うけど、砂がね、均一で湿り気の無い砂が必要だから、そこがちょっと気になるけど・・・台座にあたる部分とかは大工さん?よりも木工職人さんの仕事になるだろうね」
「そうですね、そうですね、これは作るべきですよ」
カトカが再び興奮し、
「はい、これは画期的ですよ、そうですよ、こういうのが欲しかったんです」
「だよねー」
「はい、学園ではすんごい苦労しました」
「だよねー」
リーニーも喜色満面で騒いでいる、錬金学科出身の二人としてはそうならざるを得なかった、王国における時間の計測は主に日時計と巨大な砂時計を用いている、日時計は言わずもがなであるが、砂時計は巨大な代物で、大人がすっぽりと入れる程の樽が付いた天秤に砂を入れ、その砂を落とす事によって時間を計測している、その為半日であるとか一日であるとか大雑把な時間の計測しか出来ず、さらに厳密なものではない、モニケンダムの街中に響く鐘の音は役所で使用されるこの砂時計と日時計を基準に鳴らされており、それとは別に学園ではより小さい砂時計で授業時間を計測していた、それでもその砂時計は大きい、とても実験室や教室に入るようなものではなく勿論緻密性は皆無である、授業終了の鐘が鳴らないなと思っていると用務員が忘れていたという事はざらにあった、
「まぁ、これはほら、短い時間しか計れないけどね、こういった実験とかでは有用・・・というか必須だよね、で、見た通りにこの小さいのが一番短くて、大きいのが一番長く計れるかな」
とタロウは説明を続けた、タロウの感覚だと最も小さい砂時計は一分前後、中くらいのもので五分、大きいものが十分である、この分という時間の単位も王国には存在しない、と同時に秒という単位も存在せず、時という単位は朧気ながら存在している程度である、その為時間関係の単位はどうしているのかとタロウは当初悩んだものであるが、どうやらその程度の短い時間を気にして生活している者はこの王国には存在せず、時間を表す日常単語となると朝、午前の早い遅い、正午、午後の早い遅い、夜、の七つ程度であった、ここに都会であれば公務時間という概念が加わり、学園であれば授業時間という規律が加わる、その為生活するだけであればそれで十分なんだなとタロウはこの世界に来て心底思い知り、それに慣れるにつれて、時間に縛られない生活とはこういうものなのだなと実感するに至っている、ソフィアが小さな砂時計に無関心であったのも致し方無い事であろう、
「ですよね、ですよね、へー、いいなー、便利だなー」
「そっか、これを使えばもっとこう厳密に記録できますよね」
二人の興奮は納まらず、ミナは不思議そうに二人を見上げ、マフダとニコリーネはそれほどかなと首を傾げざるを得ない、
「うん、でね、今回の実験ではこの短い時間が大切なのよ、そこで相談なんだけど、まずこの小さいのを基準にすると、この中くらいのは5倍、大きいのが10倍なのね、それもそれほど厳密ではないけどさ、で、この小さいのを基準にして単位を決めたいのよ」
「えっ・・・」
「そんな、大それたことを・・・」
「いいんですか?」
学園の教育をしっかり受けているカトカとサビナとリーニーは目を丸くし、そんなに大事なのかなとマフダとニコリーネは不思議そうに三人を見つめる、
「良いも悪いもさ、無いと記録できないでしょ、そういう単位ってある?」
「えっと・・・錬金術的には午前の何割って感じで表記します、午前の1割とか1割の半分とかですね」
「はい、そうですそうです」
「そりゃまた・・・想像しづらい表記だね」
タロウが首を傾げるが、それに慣れてしまっているカトカとリーニーとしては、そんな事を言われてもなと顔を見合わせるしかない、
「まぁ・・・ほら、恐らく慣れれば使えるんだろうけど・・・この砂時計であれば、この一回転を何回って感じでもう少し具体的でちゃんと時間を計れると思うんだ、だから・・・仮にだよ、1回転だから・・・1転っていう単位を仮で使ってみようか」
タロウは何となく考えていた事を提案した、こういう話題にはいつかなるであろうなと考えており、本来時間の単位はもっと論理的に決めるべきとも思うが、正直そこまで首を突っ込む気は無かったし、そこまで頭も宜しくない、正直この世界の一日が元の世界で何時間になるかも良く分かっていないのだ、この世界の基準はこの世界の人間達が決めるべき事であると思っており、下手に口出しすると恐らくあっさりと襤褸を出す事になりそうであった、元の世界ではなどと口にしようものなら何を言われ、どうなるか分かったものではない、
「1転ですか・・・」
「うん、小さいのを基準にしてね、で中くらいのが5転、大きいのが10転、そんな感じ、もっと短く計るのであれば、その1転を割合表記かな、それこそ半分とか2割とか?だから・・・1転の4割?って感じで表現するしかないかなーって思うけど、それもこの砂の量で目分量にしかならないけどね、それはまぁ仕方ないかな」
「いえいえ、それでも十分、分かりやすいですよ・・・」
「うん、確かに、でも、そうなると、この小さいのが大量に欲しくなりますよね、これが基準になるのであれば・・・」
「そうだね、だから・・・」
とタロウは再び懐に手を突っ込み、さらに三個の砂時計を取り出す、ワッと明るい嬌声が響いた、
「小さいのはね、いっぱい手に入れたんだよ、大は小を兼ねるとはいうけどさ、細かい作業の場合は逆なんだよねー」
ニヤニヤと微笑むタロウであった、
「先に出してくださいよー」
「そうですよ、あれですか、これ、それぞれちゃんと精査していいですか?」
「染物の時にも使えたんじゃないんですか?」
「そうですよ、染める時間とか計りたかったですよー」
「あれはだって、そんな厳密にやるものじゃないぞ、つまらなくなる」
「そうですけど、すごいな、色々計りたい・・・なんだろ、なんだろ、何ができるかな?」
「煮沸とか、それと反応速度とか、曖昧ですよね」
「それだね、学園でやる実験全部をやり直さないとだよ」
「そうですよ、それ必要です」
カトカとリーニーは見事に意気投合したらしい、小さな砂時計を手にしてギャーギャー騒がしく、サビナは確かになとその一つを手にしている、
「はいはい、じゃ、取り合えず単位はいいかな?これはほら後で好きなように変えればいいし、学園長あたりと相談してもいいしね、単位にしろその時間にしろ、変わったとしてもこの砂時計を基本にしている限り修正は可能だと思うから」
「そうですね、その通りです」
「タロウさん天才ですね・・・」
心底嬉しそうな尊敬のまなざしでタロウを見つめる二人に、
「あー・・・おっさんをからかうな、次行くぞ」
とタロウは顔を赤らめる、そんなタロウを女性達は追撃とばかりに遠慮無くからかい、ミナは状況が分らず砂時計を取り合えず転がして遊んでいるのであった。
「では、実験を始めます」
「はじめまーす」
「今日も大変だぞー」
「タイヘンだー」
「ミナ君、君、分かっているのかね?」
「なにがー?」
「めんどくさいのだよ」
「めんどくさいの?」
「うん」
「えっと、えっと、ガンバルー」
「よし、その意気だ」
タロウがニヤリとミナを見下ろし、ミナは両手を上げてピョンピョン飛び跳ねた、昨日の今日で朝から元気だなーとサビナとカトカは苦笑いし、マフダとリーニーも微笑んでいる、今日の作業は食堂で行われる事となった、昨日のように水を大量に扱う事は無いが、汚れる事が懸念される為しっかりと全員が前掛けを着けている、何より厳密な計測が必要であるとタロウは口にしており、そうなるとやはり屋内での作業となるのは必然であった、その上内庭は内庭で騒がしかった、リノルト作の便器が持ち込まれ設置作業と配管作業が進められている、その為男達の怒鳴り声が時折響いていたりする、先日までの作業はもう少し静かだったと思われるが、どうやらリノルトの工場の職人も立ち合いに来ているらしく、人数も増えバタバタと騒がしかった、そして、ソフィアはいつも通りに掃除に取り掛かっている、そちらが済んだら合流するからとの事であった、
「でだ、まずは・・・」
とタロウは黒板を背にして木箱を取り出す、それは昨日マフダから譲り受けたフィロメナに依頼していた品である、
「あー・・・大丈夫かな・・・素手・・・まぁいいか」
タロウは一瞬躊躇して箱を開いた、中には布で包まれたなにがしかがこれでもかと詰められている、
「わっ、こんなに大量に・・・マフダさん、ありがとね」
「えっ、あっ、私は何も、義姉さんがほら・・・その・・・」
と礼を言われたマフダは口籠り俯いた、
「そんな事ないよ、いろいろあるんだろうけど、今日の実験はこれが無いとどうしようもなかったからね、皆もマフダさんに感謝するように、フィロメナさんにも感謝」
「わかったー、マフダー、ありがとー」
「そうですね、私も暫く先になるかと思ってました、感謝します」
「確かに、御協力嬉しいです」
ミナはピョンと飛び跳ね、サビナとカトカは笑顔をマフダに向けた、
「そんな・・・恐縮です・・・」
さらに赤面し小さな身体を縮こませるマフダに、リーニーはもうと笑いかけ、ニコリーネも優しく微笑む、
「うん、でだ、まずやるべき事があります」
タロウは黒板に向かうと、
「前にサビナさんには話したかな?この頂いた貴重な試料で出来る事を確認したいとおもうんだけど」
と白墨を手にして、実験計画を書き付ける、それによると試料を大枠で三種、さらに二種に別ける事、そこから効果時間の測定が必要な事、出来れば元の試料との比較を分かりやすく保存しておきたい事等々となる、カトカとリーニーはなるほど、これは錬金術的作業だなとこちらも手持ちの黒板に書き付け、サビナとレインはうんうんと頷いている、ミナとマフダとニコリーネは昨日と違って本格的だなーと、ボケーっと眺めていた、
「でだ、この分類作業を先にやってもらって、ソフィアに毛糸玉を貰ったから、これで試料を結わえて欲しいんだよね」
「分りました、それは私が」
「あっ、私もやります」
カトカが率先して手を上げ、リーニーも慌てて志願する、
「うん、じゃ、お願い、で、秘密兵器があります」
タロウは勢いよく振り返る、何事かと女性陣はその身を仰け反らせた、
「あっ・・・そんなに構えなくていいよ」
その反応の良さにタロウは申し訳なさそうに微笑むと、懐から小瓶のような代物を三つ取り出して、テーブルに置いた、それはガラスで作られたと思われる管を中心にして台座であろうか恐らく木製の装飾物が上下に付いた代物で、そのガラスの管には何やら砂が入っているようであった、
「それは?」
「初めて見るのう」
「なーにー、これー」
女性達はシゲシゲとそれを見つめる、
「ふふん、これは砂時計です」
「スナドケイ?」
ミナが首を傾げるが、カトカとサビナとリーニーはエッと驚いてその品を見つめる、
「ほう・・・なるほど、これは良いな、良いぞ、うん、良く出来ておる」
レインが早速その一つを手にして上下に振り回してその唯一の機能を実践し、
「えっ、ホントですか?」
「私もいいですか?」
「良く見せて下さい」
と興奮気味の三人と、それがどうかしたのかなと今一つピンと来ていないマフダとニコリーネであった、
「これもね、メーデルさんの所で作って貰おうかと思ってたんだけど、忙しそうでね、後回しにしてたんだ、満を持して使ってみよう」
ニヤニヤとタロウは微笑む、それはタロウの言うドワーフ、ソフィアの言う山の民の里で手に入れた品であった、ガラス鏡やガラスペン等と一緒で、タロウとしてはこれほど便利な物はないぞと興奮したのであるが、ソフィアは今一つであったらしい、それよりもやはりガラス鏡やガラスペンに興味があったようで、こちらの砂時計には無関心であった、それも仕方が無いかなとタロウは思ったものである、
「使い方わかる?」
「はい、えっと・・・えっ、わっ軽い」
「うん、それに見やすい・・・」
「そっか、こうすればいいんだ」
「だね、へー、簡単だ・・・こんな簡単だったんだ・・・なんか・・・なんだろ、変な嫉妬が・・・」
「そうね、私達お馬鹿だったんじゃないかってくらい単純で簡単ね・・・」
「ですよねー」
三人は砂時計を手にしてすぐにその仕組みを理解したらしい、軽く振ったり逆さまに置いたりとその使い方も見ただけで分かった様子である、
「そだねー、難しいのは砂とガラスの加工かな?ガラスペンが作れたなら作れると思うけど、砂がね、均一で湿り気の無い砂が必要だから、そこがちょっと気になるけど・・・台座にあたる部分とかは大工さん?よりも木工職人さんの仕事になるだろうね」
「そうですね、そうですね、これは作るべきですよ」
カトカが再び興奮し、
「はい、これは画期的ですよ、そうですよ、こういうのが欲しかったんです」
「だよねー」
「はい、学園ではすんごい苦労しました」
「だよねー」
リーニーも喜色満面で騒いでいる、錬金学科出身の二人としてはそうならざるを得なかった、王国における時間の計測は主に日時計と巨大な砂時計を用いている、日時計は言わずもがなであるが、砂時計は巨大な代物で、大人がすっぽりと入れる程の樽が付いた天秤に砂を入れ、その砂を落とす事によって時間を計測している、その為半日であるとか一日であるとか大雑把な時間の計測しか出来ず、さらに厳密なものではない、モニケンダムの街中に響く鐘の音は役所で使用されるこの砂時計と日時計を基準に鳴らされており、それとは別に学園ではより小さい砂時計で授業時間を計測していた、それでもその砂時計は大きい、とても実験室や教室に入るようなものではなく勿論緻密性は皆無である、授業終了の鐘が鳴らないなと思っていると用務員が忘れていたという事はざらにあった、
「まぁ、これはほら、短い時間しか計れないけどね、こういった実験とかでは有用・・・というか必須だよね、で、見た通りにこの小さいのが一番短くて、大きいのが一番長く計れるかな」
とタロウは説明を続けた、タロウの感覚だと最も小さい砂時計は一分前後、中くらいのもので五分、大きいものが十分である、この分という時間の単位も王国には存在しない、と同時に秒という単位も存在せず、時という単位は朧気ながら存在している程度である、その為時間関係の単位はどうしているのかとタロウは当初悩んだものであるが、どうやらその程度の短い時間を気にして生活している者はこの王国には存在せず、時間を表す日常単語となると朝、午前の早い遅い、正午、午後の早い遅い、夜、の七つ程度であった、ここに都会であれば公務時間という概念が加わり、学園であれば授業時間という規律が加わる、その為生活するだけであればそれで十分なんだなとタロウはこの世界に来て心底思い知り、それに慣れるにつれて、時間に縛られない生活とはこういうものなのだなと実感するに至っている、ソフィアが小さな砂時計に無関心であったのも致し方無い事であろう、
「ですよね、ですよね、へー、いいなー、便利だなー」
「そっか、これを使えばもっとこう厳密に記録できますよね」
二人の興奮は納まらず、ミナは不思議そうに二人を見上げ、マフダとニコリーネはそれほどかなと首を傾げざるを得ない、
「うん、でね、今回の実験ではこの短い時間が大切なのよ、そこで相談なんだけど、まずこの小さいのを基準にすると、この中くらいのは5倍、大きいのが10倍なのね、それもそれほど厳密ではないけどさ、で、この小さいのを基準にして単位を決めたいのよ」
「えっ・・・」
「そんな、大それたことを・・・」
「いいんですか?」
学園の教育をしっかり受けているカトカとサビナとリーニーは目を丸くし、そんなに大事なのかなとマフダとニコリーネは不思議そうに三人を見つめる、
「良いも悪いもさ、無いと記録できないでしょ、そういう単位ってある?」
「えっと・・・錬金術的には午前の何割って感じで表記します、午前の1割とか1割の半分とかですね」
「はい、そうですそうです」
「そりゃまた・・・想像しづらい表記だね」
タロウが首を傾げるが、それに慣れてしまっているカトカとリーニーとしては、そんな事を言われてもなと顔を見合わせるしかない、
「まぁ・・・ほら、恐らく慣れれば使えるんだろうけど・・・この砂時計であれば、この一回転を何回って感じでもう少し具体的でちゃんと時間を計れると思うんだ、だから・・・仮にだよ、1回転だから・・・1転っていう単位を仮で使ってみようか」
タロウは何となく考えていた事を提案した、こういう話題にはいつかなるであろうなと考えており、本来時間の単位はもっと論理的に決めるべきとも思うが、正直そこまで首を突っ込む気は無かったし、そこまで頭も宜しくない、正直この世界の一日が元の世界で何時間になるかも良く分かっていないのだ、この世界の基準はこの世界の人間達が決めるべき事であると思っており、下手に口出しすると恐らくあっさりと襤褸を出す事になりそうであった、元の世界ではなどと口にしようものなら何を言われ、どうなるか分かったものではない、
「1転ですか・・・」
「うん、小さいのを基準にしてね、で中くらいのが5転、大きいのが10転、そんな感じ、もっと短く計るのであれば、その1転を割合表記かな、それこそ半分とか2割とか?だから・・・1転の4割?って感じで表現するしかないかなーって思うけど、それもこの砂の量で目分量にしかならないけどね、それはまぁ仕方ないかな」
「いえいえ、それでも十分、分かりやすいですよ・・・」
「うん、確かに、でも、そうなると、この小さいのが大量に欲しくなりますよね、これが基準になるのであれば・・・」
「そうだね、だから・・・」
とタロウは再び懐に手を突っ込み、さらに三個の砂時計を取り出す、ワッと明るい嬌声が響いた、
「小さいのはね、いっぱい手に入れたんだよ、大は小を兼ねるとはいうけどさ、細かい作業の場合は逆なんだよねー」
ニヤニヤと微笑むタロウであった、
「先に出してくださいよー」
「そうですよ、あれですか、これ、それぞれちゃんと精査していいですか?」
「染物の時にも使えたんじゃないんですか?」
「そうですよ、染める時間とか計りたかったですよー」
「あれはだって、そんな厳密にやるものじゃないぞ、つまらなくなる」
「そうですけど、すごいな、色々計りたい・・・なんだろ、なんだろ、何ができるかな?」
「煮沸とか、それと反応速度とか、曖昧ですよね」
「それだね、学園でやる実験全部をやり直さないとだよ」
「そうですよ、それ必要です」
カトカとリーニーは見事に意気投合したらしい、小さな砂時計を手にしてギャーギャー騒がしく、サビナは確かになとその一つを手にしている、
「はいはい、じゃ、取り合えず単位はいいかな?これはほら後で好きなように変えればいいし、学園長あたりと相談してもいいしね、単位にしろその時間にしろ、変わったとしてもこの砂時計を基本にしている限り修正は可能だと思うから」
「そうですね、その通りです」
「タロウさん天才ですね・・・」
心底嬉しそうな尊敬のまなざしでタロウを見つめる二人に、
「あー・・・おっさんをからかうな、次行くぞ」
とタロウは顔を赤らめる、そんなタロウを女性達は追撃とばかりに遠慮無くからかい、ミナは状況が分らず砂時計を取り合えず転がして遊んでいるのであった。
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