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本編

64話 縁は衣の元味の元 その23

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その後、タロウ達が戻ってくると程無くして夕食となる、その日の夕食はそれほど手間がかかったものでは無い、しかし、蒸しパンと肉挽き機で作られた肉団子が大量に浮かぶスープは好評のようで、さらにマリアが持ち込んだ数種の野菜が煮物として提供されている、それらを堪能した後、

「あっ・・・あれが作れるか・・・」

食堂内の壁に物干し紐がかけられ、そこにはレアン達が染めた作品が干されていた、それを目にしたタロウが何やら思い出し呟いてしまう、

「なに?まためんどい事?」

ソフィアが白湯を片手に耳聡くも聞き逃さない、

「めんどくはないぞ・・・うん、簡単なもんだ、確か・・・あったな、どれ、やってみるか・・・」

タロウは腰を上げると厨房から内庭へ出たらしい、そしてすぐさま戻ると、

「ミナー、レインー、染物を幾つか使っていいか?」

と夕食後のまったりとした時間を楽しんでいる二人に声をかける、また何か始めたと食堂内は静まり返り、マリエッテの機嫌の良い呻き声とエレインの幼児言葉だけが小さく響いた、

「いいよー、どれー?」

「構わんぞ」

と二人は共に立ってマントルピースから自作を持ち出しタロウに手渡した、二人共に自分の作はちゃんと確保しており、夕食前にはそれをまとってはしゃいでもいた、

「うん、ありがと、でな・・・あー・・・まぁいいか、やってみよう」

食器を片付けて内庭から持って来た長細い棒状の木材をテーブルに置くと、バラバラと洗濯バサミを置き、ミナとレインの染物を並べると、

「取り合えずこんなかな?」

と四枚の染物を選び、木材にその端を洗濯バサミで止め付けた、その様は物干し紐に下がっている姿と大差無く、一同はまた干すのかなと首を傾げる、

「何それ?」

ソフィアが一同を代表して口を開いた、皆、満腹感もあってか静かに様子を伺っており、イージスはとても眠そうに目を擦っている、

「ん、これな、暖簾って呼んでるんだけど」

タロウはそれを棒ごと持ち上げてさてどこかなと食堂内を見渡し、ここかなと玄関と食堂を繋ぐ扉に掲げてみせる、

「こんな感じで目隠し?にするんだよ、どうかな?」

と一同を見渡すが、どの顔も今一つピンと来ていないようであった、

「ありゃ・・・駄目か?」

「うーん・・・目隠し?」

ソフィアが首を捻って暖簾を見つめる、

「そうだよ・・・あーそっか、こっちはあれだな、開き戸が多いからな、引き戸だと使いやすいんだけど・・・」

とタロウは王国と生国との文化の違いを思い出す、王国では開き戸が主流で、引き戸は殆ど見た事が無かった、あるとしても倉庫や納戸等であり、それも両引き戸が大半である、大荷物を大人数で出し入れする為の工夫なのであろう、そして住宅は基本的に片開き戸である、

「ごめん、ジャネットさんこれ持っててくれるか?」

タロウは最も近くにいたジャネットに棒を預けて壁に押さえさせると、

「こんな感じ」

と開き戸を開け食堂から出るとそっと暖簾を開くように顔を覗かせる、

「あー・・・なるほど・・・」

「確かに目隠しですね・・・」

「うん、あれだ、衝立みたいな感じ?」

「へー・・・御洒落っぽくない?」

とやっと一同はその用途と効能を理解したらしい、

「良かった、御理解頂けたか」

ニコリと微笑み暖簾を受け取るタロウである、

「こうしてね、もう少し丈が長い方がいいかもなんだけど、それはお好みかな?うん、で、外の人の目線を区切れるのね、こっちから見えないのは顔だけで誰かが来たらすぐ分かる感じ?相手側は勿論暖簾があるからこっちは見えないんだけど、緩やかな感じの間仕切りで衝立ってことだね、だから、君達の個室に付ければドアを開けておいても気にならない?それと今はもう寒いけど、夏場とかね、風が欲しいくらいに暑い時とかは開けておいてもね、良い感じなんだな、視線だけを遮れる・・・まぁ、ここは女性しか基本いないから気にしないって言えば気にしないんだろうけど・・・気にはするか・・・」

タロウはどうかなと改めて暖簾を扉に押し当て首を捻る、

「なるほど・・・それいいですね」

「うん、いいかも、いいかもです」

「それにあれだね、殺風景なドアが御洒落に見えるね」

「確かに確かに、なるほどねー、面白ーい」

と姦しくなる娘達であった、

「だからほら、今日は特に用途を決めないで適当にね、実験してみたんだけど、次染める時は目的を決めてから染めると良いと思うよ、ろうけつ染めなら名前を入れたりもできるし、こんな感じで自分の好きな柄に出来るからね、簡単ではないけどさ」

タロウの手にする簡易的な暖簾の中央二枚はミナの描いた猫とメダカの絵のそれで、それを挟むようにレインの絞り染めのそれを配している、統一感はまるで無いが、実に明るく朗らかな代物となっていた、

「でね、もう少し大きいのだとお店とかに飾ってもいいんだよ」

「お店ですか?」

「うん、お隣のお店とかはいい例になるんだけど、軒先にね、こう暖簾を下ろしておいて、注文するお客さんと商品を受け取るお客さん?それと並んでいるお客さんを明確に区切る事もできるのさ、想像できる?」

タロウがニコリと振り返る、

「・・・あっ・・・それいいかもですね・・・」

ケイスがパッと明るい顔となり、

「確かに・・・なるほど、並んでいるお客さんと注文するお客さんですか・・・そうですね、区切った方が接客しやすいかも・・・」

テラも目から鱗と驚いている、

「でしょう、そうすると注文するお客さんは落ち着いて注文できるし、受け取りのお客さんも他のお客さんと明確に区分けできるしね、正に柔らかな間仕切りっていう風に使えるんだな、見た目も柔らかくて排斥されている感じが無いでしょ、で、もう一つ面白い使い方としては、その暖簾が出ているってことは営業しているって意思表示になるんだね、まぁ、隣の店だとね、それはすぐに分るんだけど、ちゃんとした店舗?の店なんかだと開いてるかどうか分らないことがあるじゃない?」

「確かにそれありますね」

「でしょー、店舗型の店はね、お客さんを仕切る必要は無いんだけどさ、暖簾が出てれば営業中、出てないときは休み中って、そういう使い方もできるって事でね、何気に重宝するんだな」

タロウはどこか懐かしそうに微笑み暖簾を下ろした、

「いいですね、エレイン会長やりましょう、売れると思いますし、便利ですよこれ」

ケイスがエレインに訴えかけるが、当のエレインは膝にマリエッテを乗せその小さな手に指を握らせニヤついている、あっこれは駄目な状態だと皆が思った瞬間に、

「良いと思いますよ・・・どうかしら、六花商会らしい絵柄で染められればと思いますけど」

とニヤつきながら答えるエレインである、途端、ドヨドヨと食堂内はざわめいた、とうとうエレインはマリエッテをあやしながらもしっかりと思考できるようになったらしい、ここ数日で見事な成長である、

「なんですの?違います?」

皆の反応にエレインはムッと顔を上げ、

「いえいえ、正しいと思います」

ケイスは慌てて答える、

「じゃー、あれだ、ユーフォルビアのお花とお店の名前とかで染める?」

ジャネットが慌てて案を口にする、

「そうですわね・・・華やかな感じで、かつこう・・・御洒落に上品にしたいですわね」

「ならさ、ならさ、ニコ先生がいるんだもん、ニコ先生に頼もうよ」

「えっ私ですか?」

ニコリーネは自分にお鉢が回ってくるとは思わず、楽しそうに傍観していた所であった、

「それは嬉しいですけど、どうですか、ニコリーネさん、お願いできます?」

エレインがマエリッテに握られた指を小さく動かしながら問うた、マリエッテはウーウー言いながら楽しそうにエレインを見上げている、

「はい、勿論です、でも・・・一旦あれですね、下書きを作って・・・そこから選んで頂く形にしたいかな・・・」

「良かった、では、お願いしたいですわ」

「はい、承りました、じゃ、早速」

とニコリーネは腰を上げ、黒板に向かう、どうやらすでになにやら思いついたらしい、素晴らしい回転の速さと対応能力である、その辺も随分と鍛えられている様子であった、

「こうなると、次はいつやるんですか?」

ジャネットが期待に満ちた視線でタロウを伺う、

「あー・・・どうしようかね、明日はこれとは別の予定だしね・・・同時にやってもいいとは思うけど、皆が帰ってきた頃は俺は別の用件があるからな・・・だから・・・道具はあるし、材料もあるからね、布を買ってくれば出来るでしょ俺が居なくても」

タロウはどうしたもんだかと首を捻る、少なくとも今日の段階で教える事を教えたら参加者は好き勝手にやっていた、作業自体は難しいものでは無い、難があるとすれば意図した作品を作るのが難しい点と、染める作業と洗浄作業で手が染まってしまう事である、

「なるほど・・・サビナさん、私達もやりたいなー」

とジャネットがサビナへ視線を移すと、女生徒ほぼ全ての視線も同時にサビナに注がれる、さらにマリアとイージスに乳母の視線も期待に満ちたものであった、

「えっ私?」

サビナが思わず背筋を伸ばす、自分に飛び火するとは全く思っておらず自分ならどうしようかな等とボウッと考えていた所であった、

「そうですよー、首謀者はサビナ先生でしょー」

「首謀者って・・・えっ、あー、そうよねー、でも、いいの?あんたらだって学園祭の準備もあるんじゃないの?」

サビナは瞬時に機転を利かせたつもりであった、別にやりたくないわけではなかったが、何気に自分も忙しい、

「そうですけどー、ほら、折角マリアさんもイージス君もいるんだしー、今だけかもだしー、お店のノレンも作りたいしー」

ジャネットはニヤニヤとイージスを出しに使う、イージスはキョロキョロとジャネットとサビナを見比べ、うんうんと賢そうな瞳で頷いた、自分もやりたいとの意思表示であろう、

「それもそうですね・・・じゃ、どうしようかな、明日やる?早い方がいいよね」

「やったー、じゃ、じゃ、布を買ってこないとだ」

「うん、学園終わったらすぐに行きましょう」

「だね、だね、どうしようか今のうちに何描くか決めないと」

「ノレンの大きさも決めないとでしょ」

「それもあった、ニコ先生次第じゃない?先に大きさ決める?」

「だよね、どうしようかな、私部屋の前に飾ってみたい」

「それいいね、そうしよう」

「どうせだから、皆で似た感じに作ってみようよ」

「えー、そこは好きに作ろうよー、腕の見せ所じゃないの?」

「腕って、まだやったことも無いのに?」

とキャーキャーと騒がしくなり、ミーンとティルは羨ましそうな瞳でその騒ぎを傍観するしかなかった、しかし、

「あら、あんた達もやればいいじゃない」

ソフィアが二人に笑いかける、

「えっ、いいんですか?」

「だって・・・私たちはほら・・・」

二人は顔を見合わせる、

「何言ってるのよ、こういう時にはね遠慮はしないことよ、作業自体はそれほど時間がかかるものではないみたいだし、私としてもね、教える事が少なくなってきてるから、料理のお手伝いだけってのも気が引けるしね」

「でも、それはだって、そうするように言われてますから」

「そうですよ、お仕事ですもん」

「つまらない事言わないの、いい?何事も経験よ、ついでに報告しておきなさい、上の人達も報告書を楽しみにしているらしいしね」

「そう・・・ですか」

「ありがとうございます」

二人は嬉しそうに微笑む、

「じゃ、取り合えず片付けるわよ」

ソフィアが腰を上げ、やっと後片付けが始まった。
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