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本編
64話 縁は衣の元味の元 その20
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その後、真摯な言葉が交わされた、それはエレインを慰める言葉であったり、感謝を込めた言葉であった、しかし、エレインは俯いたまま何とも申し訳なさそうにしており、イフナースはそのエレインを庇う様に言葉を返す、ミナはなんのことやらと訳が分らない様子で大人達を眺めており、レインもまた内心ではどう感じているのか分らないが、静かにドーナッツを楽しんでいる、タロウはそういう事もあるであろうなと口を挟まず、ソフィアもまた沈黙している、
「ふぅ・・・しかし・・・何ともまぁ・・・」
レイナウトは大きく溜息を吐いた、今回のモニケンダム訪問は何から何まで驚きに満ちていた、去年もこの地には足を運んでいるが、これほどまでに度肝を抜かれたことはかつてない程で、少なくとも去年の訪問ではその萌芽さえ無かったと感じる、モニケンダムは確かに栄えてはいるが、ヘルデルに比べれば牧歌的でのどかな辺境の田舎街という印象であったし事実そうであったのだ、
「そうだ・・・もし宜しければ食事会等如何でしょうか?」
イフナースが一段落着いたかなと話題を変えた、そしてこれこそがイフナースの本題である、
「・・・どういう事かな?」
レイナウトは片眉を上げる、エレインの事情は理解し、その境遇には同情するし、思う所は大であるが、だからと言ってイフナースに対する警戒心が無くなった訳では無い、その積み重ねた経験からこの若者には何かあるなと感づいている、
「はい、私としましても大事なエレインを取り巻く皆様に御礼をしたいと思っておりまして、病の内ではそれもままならず、領主様ともちゃんと御挨拶をしておりません、これも折角の縁と思います、遠方の子爵程度の屋敷ではありますが、歓待する事は可能と思います、是非、レアンお嬢様をはじめ、折角知己を得た・・・番頭さんともゆっくりとお話しを楽しみたいのです」
「・・・それは・・・」
レイナウトはジッとイフナースの瞳を見つめる、レイナウトもまた凡百の貴族ではない、公爵という立場にありながら本来主君である王家と暗闘を繰り返した傑物であった、さらに、もし魔族の侵略が無ければ正面切って戦を起こす覚悟もあり準備もしていた、そしてその意思は次代に繋げている、その好々爺とした態度と見た目はまやかしではないが一つの側面に過ぎない、
「・・・お忙しいのは重々承知しております・・・」
イフナースはその視線を正面から捉え同時に笑顔を見せる、レイナウトが見るにその笑顔は真実の微笑みであった、腹に一物ある人物はどうしても笑顔は見せても目の奥は笑っていないものである、
「イース様、それは少しばかり性急かと・・・」
エレインがおずおずとイフナースを上目遣いで伺う、やっと発した弱弱しい声であった、
「・・・そうか・・・確かにな、そう言われればそうかもしれん、いや、失礼しました、レアンお嬢様、マルヘリートお嬢様、不躾な申し出、陳謝致します」
イフナースがレイナウトの両隣を占める二人に柔らかく一礼した、二人はなんとも言葉を出せずにいる、二人としてはイフナースに対しては少なくとも悪感情は無い、まして、エレインの縁戚であるとすればそれなりに面白そうではあるなと考えてしまっている、何よりイフナースは美形であった、レアンはまだ色恋沙汰に興味は薄いが、マルヘリートにとっては偶然に出会った王子様と言った印象である、実際に王子様であったりもするのであるが、
「あら・・・それは残念・・・」
突然ソフィアが惚けた調子で口を挟んだ、
「どうかしたかな?・・・」
レイナウトがソフィアへ視線を移す、
「えっ、だって、エレインさんの周りとなると私たちもお呼ばれされるんでしょ?」
ソフィアはニヤリとイフナースに微笑みかける、
「勿論だ、そのつもりであったが?」
「でしょー、せっかく貴族様の夕食会ですもの、一生に一度あるかないかですよ、番頭さんとしても中々無いのではないですか?」
レイナウトはソフィアとタロウ、イフナースに対してはいまだ某商会の番頭のままである、
「・・・それもそうではあるが・・・」
レイナウトは目を眇める、レイナウトはタロウやソフィア、ユーリに対してはそのまま番頭としての付き合いを続けたほうが面白そうだと思っていた、エレインが評した気さくな性質はレイナウト本来の気質である、しかし、その番頭の姿は仮初に過ぎない、そこでレイナウトは考え込んでしまった、一般的な商会で成功し隠居の身である老人がこのような場で貴族の誘いを断るのは正しいのか、間違っているのかをである、まるで判断できなかった、何せ一般的な商会で成功して隠居した人物に心当たりが無かった、大抵の商人は生きている間現役であったりする、隠居するとはそのまま墓に納まる事であった、
「そうだ、実はの、母上も一度ゆっくり話してみたいと仰っておってな」
レアンが思い出したように呟いた、
「左様ですか、それは嬉しい」
イフナースが笑顔を向ける、
「うむ、母上がどうお考えかはわからないが、これも縁ではあろう、伯父上、受け入れられたらどうであろうか・・・」
「・・・そうだのう・・・」
「私も興味がありますわ、昨夜はとても楽しかったですもの、晩餐では無く夕食会となれば、堅苦しいものではないでしょう」
レイナウトの心中を知ってか知らずか孫娘までがどうやら乗り気のようである、レイナウトはイフナースへ視線を向け、この若者も大したものかもしれんなと内心で微笑み、その手に乗ってみるのも一興かと思い直す、なにしろ今回の訪問は何を見ても素晴らしい、そしてこの邂逅もまた、縁と言えるであろうなと結論付けた、
「分かりました、では・・・あー、すぐに日取りを出すのは難しいですな」
と一度振り返り、自分の従者に口を開きかけ、こちらではないかと、ライニールを見ると、
「どうだ、どうやらユスティーナ・・・様も同席されたいと申すであろう、ついでだ・・・いやそれは失礼な物言いだな・・・領主様も同席願う事は可能かな?」
「・・・はい、一度戻りましてから日取りは改めてとなりますが・・・」
ライニールはそう答えるしかない、ライニールに決定権は存在せず、相手は先代とは言え公爵である、
「そうか、イース殿、では、期日は改めて、場所はどうなる?」
「宜しいのですか?」
イフナースはパッと顔を明るくした、
「失礼しました、では、私が逗留しております屋敷に、ガラス鏡店の二階になります」
「そうなのか?」
「なんと?」
これにはレアンが先に反応した、
「そうなんです、実はあの屋敷もイース様が費用を出して頂いたのですよ」
エレインがそっとレアンに伝えた、
「そうなのか・・・いや、私はてっきり実家から融資を受けたものかと思っていたが・・・いや、よい、そういう事もあろうな」
レアンは簡単に納得するが、今度はイフナースが渋い顔となり、
「エレイン、それは言わない約束であっただろう」
とエレインを横目で睨む、
「・・・すいません、なら、私の件も口外しない約束でありました」
「・・・それもそうか・・・」
「そうですよ」
二人は存在しない約束を口にして共に渋い顔となる、見事な芝居であった、タロウはその様を横目で見て大したもんだと鼻で笑ってしまう、
「しかし、であれば話しは早かろうな、ライニール、戻り次第確認を、日取りと時間、それとそうだなこちらからの参加者もその時に」
「はい、結構です、感謝致します」
イフナースが腰を上げて恭しく頭を下げた、
「ふむ、まぁこれも良い縁となろう」
レイナウトが茶に手を伸ばすが、その茶はもうすっかり冷え切っていた、
「あ、番頭さん、淹れ直しますよ」
ソフィアが席を立ち、
「すまんな」
とレイナウトが笑顔を見せた瞬間、
「戻りましたー、ソフィアさん、肉・・・」
玄関がバタバタと騒がしくなったと思ったらジャネットが勢い良く駆け込んできた、そして、
「ワッ・・・すいません、お客様でしたか・・・アッ、イース様、御機嫌麗しゅう」
と慌てて直立不動となる、どうやら昼をとうに過ぎ、公務時間も終わった頃合いであるらしい、普段であればミーンとティルがすでに顔を出している時間なのであるが、どうやら上で止めたのであろう、ソフィアはもうそんな時間だったかと、
「あー、こちらジャネットさんです、寮生さんですね」
と紹介して茶を淹れ直す、何ともソフィアらしい適当な扱いであった、
「ほう、そう言えばここは寮であったな」
「はい、なので、生徒達が戻る時間ですね、ジャネットさんはほら元気が有り余っている娘さんですから、いつも一番なんですよ」
寮母らしい事を自然と口にするソフィアである、
「それは良いな、元気な事は良い事だぞ」
「はっ、恐縮です」
ジャネットは誰かは知らないがあからさまに貴族然としたレイナウトに最敬礼である、さらに、
「戻りました、ソフィアさん、いますー」
とどうやらジャネットと同じように急いで戻った者がもう一人いるらしい、グルジアであった、
「あら・・・ジャネット先輩どうしたの?って、失礼しました」
ジャネットの背中越しに食堂内を見渡してこちらも慌てて頭を下げた、しかし、その姿はジャネットに隠れて食堂内の者には見えていない、
「はい、お帰り、グルジアさんも今日は早いのねー」
ソフィアがレイナウトに茶を供し、レアンとマルヘリートにも如何かしらと確認すると、
「グルジア?」
レイナウトが片眉を上げてソフィアを見上げる、
「はい、グルジアさんですねー」
ソフィアがマルヘリートの茶を淹れ直していると、グルジアが隠れたままでは失礼かなとそろそろとジャネットの隣に立った、
「・・・グルジアか・・・」
レイナウトが驚愕の眼差しで腰を上げる、これには他の一同が何事かと目を見張った、すると、
「あっ・・・えっ・・・先代様?・・・」
グルジアもレイナウトを見つめて固まってしまう、
「何?知り合いなの?」
ソフィアが茶化すように言葉をかけた、ここに至ってソフィアの傍若無人ぷりはミナのそれを凌ぐらしい、その時ミナは大人達の真面目な話しにはついて来れず、静かにドーナッツを口にしていた、これで四つ目である、タロウやソフィアが何も言わない事を良い事にしっかりと楽しんでいた、
「はっ、はい・・・えっと、はい」
グルジアは何とか言葉を絞り出し、
「いや、そうなのじゃが・・・どうした?何故ここに居る?」
レイナウトはそのまま疑問を口にする、
「何故と言われましても・・・その・・・」
グルジアは言葉を濁すしかなかった、人の多い場所で話す事では無く、まして、エレインやソフィア、ジャネットがいる場で話したい事でもない、
「そうか・・・いや、うん」
しかし、レイナウトはどうにも収まらない様子であった、ソフィアは、
「じゃ、ほら、二階で話せば?人は色々あるからねー」
とグルジアに目線で階段を示す、
「あっ、はい、そうですね・・・先代様がどうしてもと言うのであれば・・・」
やはり言い難そうにするグルジアである、
「いや、どうしても・・・うむ、気にはなる、あれか・・・実家は知っているのであろうな?」
「それは勿論、ですが・・・」
とグルジアは暫し考え、
「分りました、では、ちゃんとお話出来ればと思います」
「うむ、すまんな」
グルジアは荷物を持ったまま階段へ向かい、レイナウトはソフィアに一旦確認し、従者に留まるように目配せしてその背を追った、
「ありゃ・・・何かあるの?」
タロウが首を傾げてレアンに問うと、
「こちらが聞きたいですぞ」
とレアンはマルヘリートを見る、
「さぁ・・・お爺様は秘密が多いので・・・」
マルヘリートは階段を睨んでそう答えた、
「まぁ、ほっときましょう、グルジアさんも大人だし、番頭さんも立派な人でしょ、私達が口出ししていいことじゃないかもだからねー」
とソフィアは全てを見透かしたような口で席に着く、そして、
「ミナー、それで止めておきなさいよ」
とミナを一睨みした、
「・・・やだ・・・」
ミナが小さく口ごたえすると、
「お夕飯入らなくなってもしらないわよー」
「うー・・・ワカッター」
渋々と頷くミナである、
「えっと・・・どうしたのです?」
ジャネットはなんか妙だなと思いつつ誰に聞くべきかと相手を探していたようで、
「あー、気にしないで、あっ、そうだ、今日の実験内庭に干してあるわよ、興味あるでしょ?」
「あっ、染物ですよね」
「そうよ、ミナ、教えてあげなさい」
「わかったー、ジャネットこっちー」
ミナがドーナッツを咥えたままパッと立ち上がり、
「そうじゃな、そろそろ乾いたであろうか?」
レアンがタロウに確認した、
「あー、どうでしょう、もう暫くかかるかと思いますが、手拭いですからね、風もあるから早いでしょうが・・・まぁ、すこしでも乾けば色味が変わっていると思いますよ、確認しましょう」
タロウもここは一旦場を改めたほうが良かろうと腰を上げる、
「うむ、姉様、見てみましょう」
「そうね、お腹もいっぱいになってしまいましたし」
レアンとマルヘリートも腰を上げ、ライニールとレイナウトの従者は二人に付き従う事としたようだ、そうしてどうやらお茶会は一旦一区切りとなった様子である。
「ふぅ・・・しかし・・・何ともまぁ・・・」
レイナウトは大きく溜息を吐いた、今回のモニケンダム訪問は何から何まで驚きに満ちていた、去年もこの地には足を運んでいるが、これほどまでに度肝を抜かれたことはかつてない程で、少なくとも去年の訪問ではその萌芽さえ無かったと感じる、モニケンダムは確かに栄えてはいるが、ヘルデルに比べれば牧歌的でのどかな辺境の田舎街という印象であったし事実そうであったのだ、
「そうだ・・・もし宜しければ食事会等如何でしょうか?」
イフナースが一段落着いたかなと話題を変えた、そしてこれこそがイフナースの本題である、
「・・・どういう事かな?」
レイナウトは片眉を上げる、エレインの事情は理解し、その境遇には同情するし、思う所は大であるが、だからと言ってイフナースに対する警戒心が無くなった訳では無い、その積み重ねた経験からこの若者には何かあるなと感づいている、
「はい、私としましても大事なエレインを取り巻く皆様に御礼をしたいと思っておりまして、病の内ではそれもままならず、領主様ともちゃんと御挨拶をしておりません、これも折角の縁と思います、遠方の子爵程度の屋敷ではありますが、歓待する事は可能と思います、是非、レアンお嬢様をはじめ、折角知己を得た・・・番頭さんともゆっくりとお話しを楽しみたいのです」
「・・・それは・・・」
レイナウトはジッとイフナースの瞳を見つめる、レイナウトもまた凡百の貴族ではない、公爵という立場にありながら本来主君である王家と暗闘を繰り返した傑物であった、さらに、もし魔族の侵略が無ければ正面切って戦を起こす覚悟もあり準備もしていた、そしてその意思は次代に繋げている、その好々爺とした態度と見た目はまやかしではないが一つの側面に過ぎない、
「・・・お忙しいのは重々承知しております・・・」
イフナースはその視線を正面から捉え同時に笑顔を見せる、レイナウトが見るにその笑顔は真実の微笑みであった、腹に一物ある人物はどうしても笑顔は見せても目の奥は笑っていないものである、
「イース様、それは少しばかり性急かと・・・」
エレインがおずおずとイフナースを上目遣いで伺う、やっと発した弱弱しい声であった、
「・・・そうか・・・確かにな、そう言われればそうかもしれん、いや、失礼しました、レアンお嬢様、マルヘリートお嬢様、不躾な申し出、陳謝致します」
イフナースがレイナウトの両隣を占める二人に柔らかく一礼した、二人はなんとも言葉を出せずにいる、二人としてはイフナースに対しては少なくとも悪感情は無い、まして、エレインの縁戚であるとすればそれなりに面白そうではあるなと考えてしまっている、何よりイフナースは美形であった、レアンはまだ色恋沙汰に興味は薄いが、マルヘリートにとっては偶然に出会った王子様と言った印象である、実際に王子様であったりもするのであるが、
「あら・・・それは残念・・・」
突然ソフィアが惚けた調子で口を挟んだ、
「どうかしたかな?・・・」
レイナウトがソフィアへ視線を移す、
「えっ、だって、エレインさんの周りとなると私たちもお呼ばれされるんでしょ?」
ソフィアはニヤリとイフナースに微笑みかける、
「勿論だ、そのつもりであったが?」
「でしょー、せっかく貴族様の夕食会ですもの、一生に一度あるかないかですよ、番頭さんとしても中々無いのではないですか?」
レイナウトはソフィアとタロウ、イフナースに対してはいまだ某商会の番頭のままである、
「・・・それもそうではあるが・・・」
レイナウトは目を眇める、レイナウトはタロウやソフィア、ユーリに対してはそのまま番頭としての付き合いを続けたほうが面白そうだと思っていた、エレインが評した気さくな性質はレイナウト本来の気質である、しかし、その番頭の姿は仮初に過ぎない、そこでレイナウトは考え込んでしまった、一般的な商会で成功し隠居の身である老人がこのような場で貴族の誘いを断るのは正しいのか、間違っているのかをである、まるで判断できなかった、何せ一般的な商会で成功して隠居した人物に心当たりが無かった、大抵の商人は生きている間現役であったりする、隠居するとはそのまま墓に納まる事であった、
「そうだ、実はの、母上も一度ゆっくり話してみたいと仰っておってな」
レアンが思い出したように呟いた、
「左様ですか、それは嬉しい」
イフナースが笑顔を向ける、
「うむ、母上がどうお考えかはわからないが、これも縁ではあろう、伯父上、受け入れられたらどうであろうか・・・」
「・・・そうだのう・・・」
「私も興味がありますわ、昨夜はとても楽しかったですもの、晩餐では無く夕食会となれば、堅苦しいものではないでしょう」
レイナウトの心中を知ってか知らずか孫娘までがどうやら乗り気のようである、レイナウトはイフナースへ視線を向け、この若者も大したものかもしれんなと内心で微笑み、その手に乗ってみるのも一興かと思い直す、なにしろ今回の訪問は何を見ても素晴らしい、そしてこの邂逅もまた、縁と言えるであろうなと結論付けた、
「分かりました、では・・・あー、すぐに日取りを出すのは難しいですな」
と一度振り返り、自分の従者に口を開きかけ、こちらではないかと、ライニールを見ると、
「どうだ、どうやらユスティーナ・・・様も同席されたいと申すであろう、ついでだ・・・いやそれは失礼な物言いだな・・・領主様も同席願う事は可能かな?」
「・・・はい、一度戻りましてから日取りは改めてとなりますが・・・」
ライニールはそう答えるしかない、ライニールに決定権は存在せず、相手は先代とは言え公爵である、
「そうか、イース殿、では、期日は改めて、場所はどうなる?」
「宜しいのですか?」
イフナースはパッと顔を明るくした、
「失礼しました、では、私が逗留しております屋敷に、ガラス鏡店の二階になります」
「そうなのか?」
「なんと?」
これにはレアンが先に反応した、
「そうなんです、実はあの屋敷もイース様が費用を出して頂いたのですよ」
エレインがそっとレアンに伝えた、
「そうなのか・・・いや、私はてっきり実家から融資を受けたものかと思っていたが・・・いや、よい、そういう事もあろうな」
レアンは簡単に納得するが、今度はイフナースが渋い顔となり、
「エレイン、それは言わない約束であっただろう」
とエレインを横目で睨む、
「・・・すいません、なら、私の件も口外しない約束でありました」
「・・・それもそうか・・・」
「そうですよ」
二人は存在しない約束を口にして共に渋い顔となる、見事な芝居であった、タロウはその様を横目で見て大したもんだと鼻で笑ってしまう、
「しかし、であれば話しは早かろうな、ライニール、戻り次第確認を、日取りと時間、それとそうだなこちらからの参加者もその時に」
「はい、結構です、感謝致します」
イフナースが腰を上げて恭しく頭を下げた、
「ふむ、まぁこれも良い縁となろう」
レイナウトが茶に手を伸ばすが、その茶はもうすっかり冷え切っていた、
「あ、番頭さん、淹れ直しますよ」
ソフィアが席を立ち、
「すまんな」
とレイナウトが笑顔を見せた瞬間、
「戻りましたー、ソフィアさん、肉・・・」
玄関がバタバタと騒がしくなったと思ったらジャネットが勢い良く駆け込んできた、そして、
「ワッ・・・すいません、お客様でしたか・・・アッ、イース様、御機嫌麗しゅう」
と慌てて直立不動となる、どうやら昼をとうに過ぎ、公務時間も終わった頃合いであるらしい、普段であればミーンとティルがすでに顔を出している時間なのであるが、どうやら上で止めたのであろう、ソフィアはもうそんな時間だったかと、
「あー、こちらジャネットさんです、寮生さんですね」
と紹介して茶を淹れ直す、何ともソフィアらしい適当な扱いであった、
「ほう、そう言えばここは寮であったな」
「はい、なので、生徒達が戻る時間ですね、ジャネットさんはほら元気が有り余っている娘さんですから、いつも一番なんですよ」
寮母らしい事を自然と口にするソフィアである、
「それは良いな、元気な事は良い事だぞ」
「はっ、恐縮です」
ジャネットは誰かは知らないがあからさまに貴族然としたレイナウトに最敬礼である、さらに、
「戻りました、ソフィアさん、いますー」
とどうやらジャネットと同じように急いで戻った者がもう一人いるらしい、グルジアであった、
「あら・・・ジャネット先輩どうしたの?って、失礼しました」
ジャネットの背中越しに食堂内を見渡してこちらも慌てて頭を下げた、しかし、その姿はジャネットに隠れて食堂内の者には見えていない、
「はい、お帰り、グルジアさんも今日は早いのねー」
ソフィアがレイナウトに茶を供し、レアンとマルヘリートにも如何かしらと確認すると、
「グルジア?」
レイナウトが片眉を上げてソフィアを見上げる、
「はい、グルジアさんですねー」
ソフィアがマルヘリートの茶を淹れ直していると、グルジアが隠れたままでは失礼かなとそろそろとジャネットの隣に立った、
「・・・グルジアか・・・」
レイナウトが驚愕の眼差しで腰を上げる、これには他の一同が何事かと目を見張った、すると、
「あっ・・・えっ・・・先代様?・・・」
グルジアもレイナウトを見つめて固まってしまう、
「何?知り合いなの?」
ソフィアが茶化すように言葉をかけた、ここに至ってソフィアの傍若無人ぷりはミナのそれを凌ぐらしい、その時ミナは大人達の真面目な話しにはついて来れず、静かにドーナッツを口にしていた、これで四つ目である、タロウやソフィアが何も言わない事を良い事にしっかりと楽しんでいた、
「はっ、はい・・・えっと、はい」
グルジアは何とか言葉を絞り出し、
「いや、そうなのじゃが・・・どうした?何故ここに居る?」
レイナウトはそのまま疑問を口にする、
「何故と言われましても・・・その・・・」
グルジアは言葉を濁すしかなかった、人の多い場所で話す事では無く、まして、エレインやソフィア、ジャネットがいる場で話したい事でもない、
「そうか・・・いや、うん」
しかし、レイナウトはどうにも収まらない様子であった、ソフィアは、
「じゃ、ほら、二階で話せば?人は色々あるからねー」
とグルジアに目線で階段を示す、
「あっ、はい、そうですね・・・先代様がどうしてもと言うのであれば・・・」
やはり言い難そうにするグルジアである、
「いや、どうしても・・・うむ、気にはなる、あれか・・・実家は知っているのであろうな?」
「それは勿論、ですが・・・」
とグルジアは暫し考え、
「分りました、では、ちゃんとお話出来ればと思います」
「うむ、すまんな」
グルジアは荷物を持ったまま階段へ向かい、レイナウトはソフィアに一旦確認し、従者に留まるように目配せしてその背を追った、
「ありゃ・・・何かあるの?」
タロウが首を傾げてレアンに問うと、
「こちらが聞きたいですぞ」
とレアンはマルヘリートを見る、
「さぁ・・・お爺様は秘密が多いので・・・」
マルヘリートは階段を睨んでそう答えた、
「まぁ、ほっときましょう、グルジアさんも大人だし、番頭さんも立派な人でしょ、私達が口出ししていいことじゃないかもだからねー」
とソフィアは全てを見透かしたような口で席に着く、そして、
「ミナー、それで止めておきなさいよ」
とミナを一睨みした、
「・・・やだ・・・」
ミナが小さく口ごたえすると、
「お夕飯入らなくなってもしらないわよー」
「うー・・・ワカッター」
渋々と頷くミナである、
「えっと・・・どうしたのです?」
ジャネットはなんか妙だなと思いつつ誰に聞くべきかと相手を探していたようで、
「あー、気にしないで、あっ、そうだ、今日の実験内庭に干してあるわよ、興味あるでしょ?」
「あっ、染物ですよね」
「そうよ、ミナ、教えてあげなさい」
「わかったー、ジャネットこっちー」
ミナがドーナッツを咥えたままパッと立ち上がり、
「そうじゃな、そろそろ乾いたであろうか?」
レアンがタロウに確認した、
「あー、どうでしょう、もう暫くかかるかと思いますが、手拭いですからね、風もあるから早いでしょうが・・・まぁ、すこしでも乾けば色味が変わっていると思いますよ、確認しましょう」
タロウもここは一旦場を改めたほうが良かろうと腰を上げる、
「うむ、姉様、見てみましょう」
「そうね、お腹もいっぱいになってしまいましたし」
レアンとマルヘリートも腰を上げ、ライニールとレイナウトの従者は二人に付き従う事としたようだ、そうしてどうやらお茶会は一旦一区切りとなった様子である。
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