セカンドライフは寮母さん 魔王を討伐した冒険者は魔法学園女子寮の管理人になりました

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64話 縁は衣の元味の元 その19

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その後、一通り染物作業を満喫した一同は作業を切り上げ食堂へと移った、もう少しやりたいとレアンやミナはブーブーと遠慮無く騒ぎ立てたが、用意した手拭いが綺麗に無くなり、さらにソフィアに持って来て貰った追加の新品の手拭いもあっという間に使い切ってしまった、かなり大量に用意したと思われるそれらであったがやはり大人数でかかれば無くなるのは速いもので、その代わりに物干し紐は四本に増え、見事な群青に染まった手拭いが緩やかな風を受けてはためいている、

「あら・・・美味しい・・・」

「であろう、姉様に食べて欲しかったのじゃ」

「うふふー、でしょー」

「うむ、悪くないのう・・・」

「伯父上もお好みかな?」

「疲れた身体に丁度良い甘さじゃな、うむ、美味い」

「そうですね、それに食べ応えがあります」

「でしょー」

すっかり仲の良くなったミナとレアンとマルヘリートがドーナッツをパクついており、レイナウトもその一つを口にして目を丸くしている、

「しかし、ここ二日ほどの晩餐も素晴らしいものであったが、どういう事なのだ?」

レイナウトは心底感じていた疑問を口にした、モニケンダムに到着したのは三日前である、その翌日にカラミッドと面会し、その後ガラス鏡店を楽しみ、夕刻には屋敷で執り行われた晩餐会に出席した、その場にはモニケンダム麾下の貴族達が集まり、格式張った正式なものであったが、供された料理は悉く珍しく美味であった、さらに、ガラス鏡店でも使用した銀で作られた揃いの食器が使用され、その機能性の為か、参加者は皆妙に礼儀正しい食事姿勢であったと感じた、そしてその翌日にはカラミッドと共に現地視察として農地を周り、そのまま銀細工の職人の下へ足を運んだ、ここではレアンが案内役となり、実に得意そうにあーだこーだと講釈を垂れ、その日の夕食は食事会という形式となり、昨日よりも参加者は少なかったが、料理を楽しむという点を重視するならば、こちらの方が遥かに有意義であったと思う、

「それを聞かれると思っておりました」

レアンは得意そうな満面の笑みを見せる、その顔はここ数日ですっかり見慣れてしまった、少々鼻につく感はあれど、以前の仏頂面で何事にも不満そうであった顔の数倍良いなとレイナウトもマルヘリートも感じている、

「何を隠そう、こちらのソフィアさんに御教示頂いた料理なのです」

「ほう・・・」

「そうなのですか・・・」

レイナウトとマルヘリートがソフィアを凝視した、

「あー・・・まぁ、そうですね、御教示はしたとは思いますが・・・」

とソフィアは茶を含みつつ苦い顔で答える、他に同じテーブルを囲んでいるのは、イフナースとエレイン、タロウとレインとなる、ユーリを含めた研究所組は仕事があると言って研究所に上がり、マフダとリーニーは恐れ多いですからと逃げるように事務所へ戻っている、レアンは遠慮するなと不満顔であったが、二人の反応が平民としては当たり前であった、故に強く言う事も難しかったようである、レイナウトの従者とライニールは見事にその職分を果たしていた、つまり、テーブルには着かずそれぞれの主の背後に控えている、

「あのシロメンであったか、あれは絶品であったが、あれもか?」

「そう・・・ですね、はい」

「揚げ物もですか?」

「まぁ、はい」

ソフィアはどうでもいいのか曖昧に答える、

「それは凄い・・・いや、この歳になるとな、柔らかく食べやすいシロメンは大変にありがたいのだ、うん、マルヘリートは揚げ物であったか、パクパク食べておったな、あれも美味い代物であったが、少々キツかったな」

マルヘリートが何を言うのかとレイナウトを睨みつける、

「このドーナッツもソフィアさんから教えて頂いたのです」

エレインがニコリと付け加えた、

「そうじゃそうじゃ、での、このアメだな、これはタロウ殿に教えて頂いたのだ」

さらに付け加えるレアンであった、

「なんと・・・」

「それは素晴らしい・・・」

レイナウトとマルヘリートは同時に感嘆の声を上げた、なにしろ二人はガラス鏡店で供された飴玉の味にすっかり魅了され、さらに、領主邸でも同じ物が出されるとマルヘリートはその壺ごと所望してしまったのだ、本来であればはしたないと叱られる行為であったが、ユスティーナもカラミッドもその気持ちは良く分かると笑顔で壺にして三つ分を別に用意してマルヘリートに持たせている、而してその壺は今朝には一つが空になっていた、マルヘリートは勿論レイナウトも何となく手を伸ばしてしまっていたのである、

「喜んでいただければ嬉しいですよ」

タロウがニコリと微笑む、

「そうじゃな、実に楽しい・・・いや、正直な・・・食事など腹に溜まれば良いと儂は思っておったのじゃが・・・」

「はい、これほど、甘いものに種類も深みもあるとは・・・驚きです・・・」

「そうですね、材料はわりと似通っているのですが、その調理方法で味や食感が大きく変わるのですよね、面白いですよ、料理ってやつは」

タロウがニコニコと答えるが、ソフィアは何を偉そうにと横目で睨む、

「そうか・・・うん、そうなるとこれもあれか、主らが旅先で得た知識なのか?」

「あー・・・そうですね、半分は、もう半分は私の郷里の料理です」

「ほう・・・確か遠く離れているのであったか・・・」

「はい、もう戻ることも難しいほど遠いですね、なので、こちらに根を下ろそうと思っております」

「そうか・・・それは嬉しい、有能な者は大歓迎じゃ、この王国でも、モニケンダムでもな、どうだ、ヘルデルにも来ないか?」

「伯父上、タロウ殿もソフィアさんもモニケンダムの大事な市民です、横取りは許されません」

レアンがキッとレイナウトを睨む、

「ムッ・・・まったくしっかりしおってからに、先が思いやられるわ」

とわざとらしくフルフルと頭を振るレイナウトに一同は柔らかい笑顔を浮かべた、そして一頻り料理の事からタロウ達の旅の事など差し障りのない話題で盛り上がるが、

「そうじゃ、失礼だがイース殿はエレイン嬢の縁戚であったな、どういう経緯でこちらに?」

とレイナウトの視線が静かに厳しいものに変わった、どうやらレイナウト自ら本題に乗ってくれた様子である、

「経緯ですか?」

イフナースは三つ目のドーナッツに手を伸ばした所で、それまで特に口を出す事は無くニコニコと笑顔で場を伺っていた、

「そうですね、少しばかり大病をしまして、その療養です、医者には涼しく乾燥した地で静養するようにと言われましてね」

ドーナッツを頬張りつつ答えるイフナースである、屈託の無い人当たりの良い笑顔を見せている、が内心ではここからが一勝負かなと脳を高速で回転させていた、

「ほう・・・それで、その大病は快癒されたのかな、とても健康そうに見えるが・・・」

「はい、だいぶ・・・というかほぼ全快といってよいかと、こちらにはエレインの紹介で通うように、きっとあれですね、このように美味しく滋養のあるものを頂いたので治りも早かったのでしょう」

「それは結構、良い事だな」

レイナウトはニコリと微笑し、イフナースも笑顔で答えた、レイナウトとしては腹の探り合いのつもりであったが、この勝負ばかりはイフナースの圧勝であろう、イフナースはレイナウトの正体を把握しており、逆はまずありえなかった、

「私としてはエレインが皆様のおかげで商会を立ち上げる事となったのを何よりも嬉しく思うのです」

イフナースはさらに言葉を続ける、完全にエレインを身内とした話し方であった、エレインは何を言い出すのかとそっとイフナースを伺い、タロウとソフィアは始まったかなと片眉をピクリと上げた、

「なにせ、エレインはこちらへ放逐された身ですからね、私としても気になっておったのですよ」

「なに?」

「どういうことじゃ?」

レイナウトとレアンが同時に叫ぶ、

「あら・・・言ってなかったのか?」

イフナースがエレインを伺い、エレインは一体何を言い出すのかと口を開きかけ、しかし、相手はイフナースである、先程の小芝居の件もある、どうやらまたなにやらめんどくさい事に巻き込まれているらしいと俯くしかなった、

「失礼、この話しは無しとしましょう、ライダー家としても広言されたくない件でした」

静かに頭を下げるイフナースであった、

「いや・・・ライダー家・・・」

レイナウトがハテと首を傾げ、マルヘリートがハッとエレインを見つめる、そして、レイナウトにそっとその顔を寄せ何事か告げたようである、すると、

「なに?」

とレイナウトはマルヘリートを睨み、すぐさまエレインを見つめ、

「ライダー家はデルフトのライダー子爵家なのかな?」

しかしレイナウトは慎重であった、一応と確認し、イフナースが静かに頷くと、

「なんと・・・そうか・・・いや、エレイン嬢、イース殿、それは恥ではありますまい」

と真剣な瞳を二人に向けた、

「どういう事なのだ?」

この場でその事情を理解していないのはレアンとタロウとレイナウトの従者であった、ライニールは事前の身辺調査でエレインの事情は耳にしており、その事はレアンの耳には入っていない、ソフィアも勿論知っている、故にレアンは若干動揺し、タロウはなにがなにやらと不思議そうな顔であった、

「レアンは知らんのか?」

「だから何をです?」

「むぅ・・・いや・・・そういう事であれば、エレイン嬢、儂としてはそなたには感謝はあれど、非難することなぞ無いぞ、胸を張るべきだ」

「そうです、私も演劇でしか見ておりませんが、大変に・・・その、勇気付けられました」

マルヘリートのエレインへ向ける視線が大きく変わった、それまではレアンの友人という事で、友誼以上の感情は含まれていなかったが、今はそこに尊敬と憧憬が滲んでいるように見える、

「・・・お恥ずかしい限りです」

エレインは俯いたまま答えるしかない、

「申し訳ない、私としても子爵家の対応は間違っていると言いたかったのですが、その頃には既に病み付いておりましてね、エレインには苦労をかけたと思うのです・・・」

イフナースの言葉に芝居臭さは皆無であった、ソフィアもタロウも大したもんだと舌を巻き、二階で聞き耳を立てている軍団長二人もまた大変に呆気に取られ、その隣のユーリもどうなることかとハラハラとこの状況を楽しんでいる、

「なるほど・・・しかし、そうか・・・そうなると、儂としてもエレイン嬢の力にならねばならん、あの演劇が無ければ王都は厭戦気分であったと聞く、撤兵を進言する貴族もいたとか・・・もしそうなれば、今頃ヘルデルも魔族の支配下であっただろう・・・いや、それよりも酷いか・・・」

レイナウトの深刻な言葉にレアンは息を呑み、イフナースは笑顔を消して小さく頷く、どうやらレイナウトは現実を直視できる為政者であるらしい、ここで王国軍等必要無かった等と口にしたならば、イフナースはレイナウトを物の数に入れる必要が無いなと即断したかもしれない、

「確か、ベークマン侯爵であったか、あの一件を取り上げたのは?」

懐かしい名前にエレインは小さく頷いた、ある意味で恩人であり、ある意味でこの場にエレインがいる大元の問題となった人物である、

「そうか、会ったことは無いが策士と聞く、イース殿は面識はあるのか?」

「勿論、老獪な御仁です」

イフナースは簡潔に答えた、実際には会ったことは無いはずである、顔合わせ程度はしていると思うが、そのような相手が大半であったりもする、

「一体、どういう事なのだ?」

レアンが溜まらず口を挟む、

「レアン、以前ヘルデルに来た時に見た演劇を覚えてますか?」

マルヘリートが優しく応じた、

「はい・・・えっと、あれですよね、子爵令嬢がだらしない婚約者を一喝して、大戦を勝利に導く確かそんなお話であったと・・・」

「そうですね、それは実際に在ったお話しなのです、で、それが」

とマルヘリートがエレインを見つめる、レアンがエッとその視線に導かれエレインを見つめ、

「そ・・・そうなのか」

と叫んでしまった、エレインはどう答えるべきかと俯いたままであり、イフナースは、

「そうですね、私も演劇は拝見しておりませんが、そのように流布していると聞いております、真実半分脚色半分ではありますが、その真実の元がエレインであります、脚色の方は分かりかねますが・・・」

イフナースは一旦言葉を区切って反応を確認し、

「ですが、子爵家としては扱いに困りまして、相手もありますし、侯爵の手前もあります、どうにもその・・・難しいですよ、子爵程度では・・・なので、こうして、王国の反対側の学園に・・・私としては何とも歯痒く、しかし・・・こうして元気な上に・・・下手な貴族よりも活躍しています、大変に嬉しく思います・・・元々利発な娘でしたから、それに人に恵まれたのでしょう、有難いことです」

慈愛に満ちた瞳をエレインに向けた。
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