749 / 1,142
本編
64話 縁は衣の元味の元 その19
しおりを挟む
その後、一通り染物作業を満喫した一同は作業を切り上げ食堂へと移った、もう少しやりたいとレアンやミナはブーブーと遠慮無く騒ぎ立てたが、用意した手拭いが綺麗に無くなり、さらにソフィアに持って来て貰った追加の新品の手拭いもあっという間に使い切ってしまった、かなり大量に用意したと思われるそれらであったがやはり大人数でかかれば無くなるのは速いもので、その代わりに物干し紐は四本に増え、見事な群青に染まった手拭いが緩やかな風を受けてはためいている、
「あら・・・美味しい・・・」
「であろう、姉様に食べて欲しかったのじゃ」
「うふふー、でしょー」
「うむ、悪くないのう・・・」
「伯父上もお好みかな?」
「疲れた身体に丁度良い甘さじゃな、うむ、美味い」
「そうですね、それに食べ応えがあります」
「でしょー」
すっかり仲の良くなったミナとレアンとマルヘリートがドーナッツをパクついており、レイナウトもその一つを口にして目を丸くしている、
「しかし、ここ二日ほどの晩餐も素晴らしいものであったが、どういう事なのだ?」
レイナウトは心底感じていた疑問を口にした、モニケンダムに到着したのは三日前である、その翌日にカラミッドと面会し、その後ガラス鏡店を楽しみ、夕刻には屋敷で執り行われた晩餐会に出席した、その場にはモニケンダム麾下の貴族達が集まり、格式張った正式なものであったが、供された料理は悉く珍しく美味であった、さらに、ガラス鏡店でも使用した銀で作られた揃いの食器が使用され、その機能性の為か、参加者は皆妙に礼儀正しい食事姿勢であったと感じた、そしてその翌日にはカラミッドと共に現地視察として農地を周り、そのまま銀細工の職人の下へ足を運んだ、ここではレアンが案内役となり、実に得意そうにあーだこーだと講釈を垂れ、その日の夕食は食事会という形式となり、昨日よりも参加者は少なかったが、料理を楽しむという点を重視するならば、こちらの方が遥かに有意義であったと思う、
「それを聞かれると思っておりました」
レアンは得意そうな満面の笑みを見せる、その顔はここ数日ですっかり見慣れてしまった、少々鼻につく感はあれど、以前の仏頂面で何事にも不満そうであった顔の数倍良いなとレイナウトもマルヘリートも感じている、
「何を隠そう、こちらのソフィアさんに御教示頂いた料理なのです」
「ほう・・・」
「そうなのですか・・・」
レイナウトとマルヘリートがソフィアを凝視した、
「あー・・・まぁ、そうですね、御教示はしたとは思いますが・・・」
とソフィアは茶を含みつつ苦い顔で答える、他に同じテーブルを囲んでいるのは、イフナースとエレイン、タロウとレインとなる、ユーリを含めた研究所組は仕事があると言って研究所に上がり、マフダとリーニーは恐れ多いですからと逃げるように事務所へ戻っている、レアンは遠慮するなと不満顔であったが、二人の反応が平民としては当たり前であった、故に強く言う事も難しかったようである、レイナウトの従者とライニールは見事にその職分を果たしていた、つまり、テーブルには着かずそれぞれの主の背後に控えている、
「あのシロメンであったか、あれは絶品であったが、あれもか?」
「そう・・・ですね、はい」
「揚げ物もですか?」
「まぁ、はい」
ソフィアはどうでもいいのか曖昧に答える、
「それは凄い・・・いや、この歳になるとな、柔らかく食べやすいシロメンは大変にありがたいのだ、うん、マルヘリートは揚げ物であったか、パクパク食べておったな、あれも美味い代物であったが、少々キツかったな」
マルヘリートが何を言うのかとレイナウトを睨みつける、
「このドーナッツもソフィアさんから教えて頂いたのです」
エレインがニコリと付け加えた、
「そうじゃそうじゃ、での、このアメだな、これはタロウ殿に教えて頂いたのだ」
さらに付け加えるレアンであった、
「なんと・・・」
「それは素晴らしい・・・」
レイナウトとマルヘリートは同時に感嘆の声を上げた、なにしろ二人はガラス鏡店で供された飴玉の味にすっかり魅了され、さらに、領主邸でも同じ物が出されるとマルヘリートはその壺ごと所望してしまったのだ、本来であればはしたないと叱られる行為であったが、ユスティーナもカラミッドもその気持ちは良く分かると笑顔で壺にして三つ分を別に用意してマルヘリートに持たせている、而してその壺は今朝には一つが空になっていた、マルヘリートは勿論レイナウトも何となく手を伸ばしてしまっていたのである、
「喜んでいただければ嬉しいですよ」
タロウがニコリと微笑む、
「そうじゃな、実に楽しい・・・いや、正直な・・・食事など腹に溜まれば良いと儂は思っておったのじゃが・・・」
「はい、これほど、甘いものに種類も深みもあるとは・・・驚きです・・・」
「そうですね、材料はわりと似通っているのですが、その調理方法で味や食感が大きく変わるのですよね、面白いですよ、料理ってやつは」
タロウがニコニコと答えるが、ソフィアは何を偉そうにと横目で睨む、
「そうか・・・うん、そうなるとこれもあれか、主らが旅先で得た知識なのか?」
「あー・・・そうですね、半分は、もう半分は私の郷里の料理です」
「ほう・・・確か遠く離れているのであったか・・・」
「はい、もう戻ることも難しいほど遠いですね、なので、こちらに根を下ろそうと思っております」
「そうか・・・それは嬉しい、有能な者は大歓迎じゃ、この王国でも、モニケンダムでもな、どうだ、ヘルデルにも来ないか?」
「伯父上、タロウ殿もソフィアさんもモニケンダムの大事な市民です、横取りは許されません」
レアンがキッとレイナウトを睨む、
「ムッ・・・まったくしっかりしおってからに、先が思いやられるわ」
とわざとらしくフルフルと頭を振るレイナウトに一同は柔らかい笑顔を浮かべた、そして一頻り料理の事からタロウ達の旅の事など差し障りのない話題で盛り上がるが、
「そうじゃ、失礼だがイース殿はエレイン嬢の縁戚であったな、どういう経緯でこちらに?」
とレイナウトの視線が静かに厳しいものに変わった、どうやらレイナウト自ら本題に乗ってくれた様子である、
「経緯ですか?」
イフナースは三つ目のドーナッツに手を伸ばした所で、それまで特に口を出す事は無くニコニコと笑顔で場を伺っていた、
「そうですね、少しばかり大病をしまして、その療養です、医者には涼しく乾燥した地で静養するようにと言われましてね」
ドーナッツを頬張りつつ答えるイフナースである、屈託の無い人当たりの良い笑顔を見せている、が内心ではここからが一勝負かなと脳を高速で回転させていた、
「ほう・・・それで、その大病は快癒されたのかな、とても健康そうに見えるが・・・」
「はい、だいぶ・・・というかほぼ全快といってよいかと、こちらにはエレインの紹介で通うように、きっとあれですね、このように美味しく滋養のあるものを頂いたので治りも早かったのでしょう」
「それは結構、良い事だな」
レイナウトはニコリと微笑し、イフナースも笑顔で答えた、レイナウトとしては腹の探り合いのつもりであったが、この勝負ばかりはイフナースの圧勝であろう、イフナースはレイナウトの正体を把握しており、逆はまずありえなかった、
「私としてはエレインが皆様のおかげで商会を立ち上げる事となったのを何よりも嬉しく思うのです」
イフナースはさらに言葉を続ける、完全にエレインを身内とした話し方であった、エレインは何を言い出すのかとそっとイフナースを伺い、タロウとソフィアは始まったかなと片眉をピクリと上げた、
「なにせ、エレインはこちらへ放逐された身ですからね、私としても気になっておったのですよ」
「なに?」
「どういうことじゃ?」
レイナウトとレアンが同時に叫ぶ、
「あら・・・言ってなかったのか?」
イフナースがエレインを伺い、エレインは一体何を言い出すのかと口を開きかけ、しかし、相手はイフナースである、先程の小芝居の件もある、どうやらまたなにやらめんどくさい事に巻き込まれているらしいと俯くしかなった、
「失礼、この話しは無しとしましょう、ライダー家としても広言されたくない件でした」
静かに頭を下げるイフナースであった、
「いや・・・ライダー家・・・」
レイナウトがハテと首を傾げ、マルヘリートがハッとエレインを見つめる、そして、レイナウトにそっとその顔を寄せ何事か告げたようである、すると、
「なに?」
とレイナウトはマルヘリートを睨み、すぐさまエレインを見つめ、
「ライダー家はデルフトのライダー子爵家なのかな?」
しかしレイナウトは慎重であった、一応と確認し、イフナースが静かに頷くと、
「なんと・・・そうか・・・いや、エレイン嬢、イース殿、それは恥ではありますまい」
と真剣な瞳を二人に向けた、
「どういう事なのだ?」
この場でその事情を理解していないのはレアンとタロウとレイナウトの従者であった、ライニールは事前の身辺調査でエレインの事情は耳にしており、その事はレアンの耳には入っていない、ソフィアも勿論知っている、故にレアンは若干動揺し、タロウはなにがなにやらと不思議そうな顔であった、
「レアンは知らんのか?」
「だから何をです?」
「むぅ・・・いや・・・そういう事であれば、エレイン嬢、儂としてはそなたには感謝はあれど、非難することなぞ無いぞ、胸を張るべきだ」
「そうです、私も演劇でしか見ておりませんが、大変に・・・その、勇気付けられました」
マルヘリートのエレインへ向ける視線が大きく変わった、それまではレアンの友人という事で、友誼以上の感情は含まれていなかったが、今はそこに尊敬と憧憬が滲んでいるように見える、
「・・・お恥ずかしい限りです」
エレインは俯いたまま答えるしかない、
「申し訳ない、私としても子爵家の対応は間違っていると言いたかったのですが、その頃には既に病み付いておりましてね、エレインには苦労をかけたと思うのです・・・」
イフナースの言葉に芝居臭さは皆無であった、ソフィアもタロウも大したもんだと舌を巻き、二階で聞き耳を立てている軍団長二人もまた大変に呆気に取られ、その隣のユーリもどうなることかとハラハラとこの状況を楽しんでいる、
「なるほど・・・しかし、そうか・・・そうなると、儂としてもエレイン嬢の力にならねばならん、あの演劇が無ければ王都は厭戦気分であったと聞く、撤兵を進言する貴族もいたとか・・・もしそうなれば、今頃ヘルデルも魔族の支配下であっただろう・・・いや、それよりも酷いか・・・」
レイナウトの深刻な言葉にレアンは息を呑み、イフナースは笑顔を消して小さく頷く、どうやらレイナウトは現実を直視できる為政者であるらしい、ここで王国軍等必要無かった等と口にしたならば、イフナースはレイナウトを物の数に入れる必要が無いなと即断したかもしれない、
「確か、ベークマン侯爵であったか、あの一件を取り上げたのは?」
懐かしい名前にエレインは小さく頷いた、ある意味で恩人であり、ある意味でこの場にエレインがいる大元の問題となった人物である、
「そうか、会ったことは無いが策士と聞く、イース殿は面識はあるのか?」
「勿論、老獪な御仁です」
イフナースは簡潔に答えた、実際には会ったことは無いはずである、顔合わせ程度はしていると思うが、そのような相手が大半であったりもする、
「一体、どういう事なのだ?」
レアンが溜まらず口を挟む、
「レアン、以前ヘルデルに来た時に見た演劇を覚えてますか?」
マルヘリートが優しく応じた、
「はい・・・えっと、あれですよね、子爵令嬢がだらしない婚約者を一喝して、大戦を勝利に導く確かそんなお話であったと・・・」
「そうですね、それは実際に在ったお話しなのです、で、それが」
とマルヘリートがエレインを見つめる、レアンがエッとその視線に導かれエレインを見つめ、
「そ・・・そうなのか」
と叫んでしまった、エレインはどう答えるべきかと俯いたままであり、イフナースは、
「そうですね、私も演劇は拝見しておりませんが、そのように流布していると聞いております、真実半分脚色半分ではありますが、その真実の元がエレインであります、脚色の方は分かりかねますが・・・」
イフナースは一旦言葉を区切って反応を確認し、
「ですが、子爵家としては扱いに困りまして、相手もありますし、侯爵の手前もあります、どうにもその・・・難しいですよ、子爵程度では・・・なので、こうして、王国の反対側の学園に・・・私としては何とも歯痒く、しかし・・・こうして元気な上に・・・下手な貴族よりも活躍しています、大変に嬉しく思います・・・元々利発な娘でしたから、それに人に恵まれたのでしょう、有難いことです」
慈愛に満ちた瞳をエレインに向けた。
「あら・・・美味しい・・・」
「であろう、姉様に食べて欲しかったのじゃ」
「うふふー、でしょー」
「うむ、悪くないのう・・・」
「伯父上もお好みかな?」
「疲れた身体に丁度良い甘さじゃな、うむ、美味い」
「そうですね、それに食べ応えがあります」
「でしょー」
すっかり仲の良くなったミナとレアンとマルヘリートがドーナッツをパクついており、レイナウトもその一つを口にして目を丸くしている、
「しかし、ここ二日ほどの晩餐も素晴らしいものであったが、どういう事なのだ?」
レイナウトは心底感じていた疑問を口にした、モニケンダムに到着したのは三日前である、その翌日にカラミッドと面会し、その後ガラス鏡店を楽しみ、夕刻には屋敷で執り行われた晩餐会に出席した、その場にはモニケンダム麾下の貴族達が集まり、格式張った正式なものであったが、供された料理は悉く珍しく美味であった、さらに、ガラス鏡店でも使用した銀で作られた揃いの食器が使用され、その機能性の為か、参加者は皆妙に礼儀正しい食事姿勢であったと感じた、そしてその翌日にはカラミッドと共に現地視察として農地を周り、そのまま銀細工の職人の下へ足を運んだ、ここではレアンが案内役となり、実に得意そうにあーだこーだと講釈を垂れ、その日の夕食は食事会という形式となり、昨日よりも参加者は少なかったが、料理を楽しむという点を重視するならば、こちらの方が遥かに有意義であったと思う、
「それを聞かれると思っておりました」
レアンは得意そうな満面の笑みを見せる、その顔はここ数日ですっかり見慣れてしまった、少々鼻につく感はあれど、以前の仏頂面で何事にも不満そうであった顔の数倍良いなとレイナウトもマルヘリートも感じている、
「何を隠そう、こちらのソフィアさんに御教示頂いた料理なのです」
「ほう・・・」
「そうなのですか・・・」
レイナウトとマルヘリートがソフィアを凝視した、
「あー・・・まぁ、そうですね、御教示はしたとは思いますが・・・」
とソフィアは茶を含みつつ苦い顔で答える、他に同じテーブルを囲んでいるのは、イフナースとエレイン、タロウとレインとなる、ユーリを含めた研究所組は仕事があると言って研究所に上がり、マフダとリーニーは恐れ多いですからと逃げるように事務所へ戻っている、レアンは遠慮するなと不満顔であったが、二人の反応が平民としては当たり前であった、故に強く言う事も難しかったようである、レイナウトの従者とライニールは見事にその職分を果たしていた、つまり、テーブルには着かずそれぞれの主の背後に控えている、
「あのシロメンであったか、あれは絶品であったが、あれもか?」
「そう・・・ですね、はい」
「揚げ物もですか?」
「まぁ、はい」
ソフィアはどうでもいいのか曖昧に答える、
「それは凄い・・・いや、この歳になるとな、柔らかく食べやすいシロメンは大変にありがたいのだ、うん、マルヘリートは揚げ物であったか、パクパク食べておったな、あれも美味い代物であったが、少々キツかったな」
マルヘリートが何を言うのかとレイナウトを睨みつける、
「このドーナッツもソフィアさんから教えて頂いたのです」
エレインがニコリと付け加えた、
「そうじゃそうじゃ、での、このアメだな、これはタロウ殿に教えて頂いたのだ」
さらに付け加えるレアンであった、
「なんと・・・」
「それは素晴らしい・・・」
レイナウトとマルヘリートは同時に感嘆の声を上げた、なにしろ二人はガラス鏡店で供された飴玉の味にすっかり魅了され、さらに、領主邸でも同じ物が出されるとマルヘリートはその壺ごと所望してしまったのだ、本来であればはしたないと叱られる行為であったが、ユスティーナもカラミッドもその気持ちは良く分かると笑顔で壺にして三つ分を別に用意してマルヘリートに持たせている、而してその壺は今朝には一つが空になっていた、マルヘリートは勿論レイナウトも何となく手を伸ばしてしまっていたのである、
「喜んでいただければ嬉しいですよ」
タロウがニコリと微笑む、
「そうじゃな、実に楽しい・・・いや、正直な・・・食事など腹に溜まれば良いと儂は思っておったのじゃが・・・」
「はい、これほど、甘いものに種類も深みもあるとは・・・驚きです・・・」
「そうですね、材料はわりと似通っているのですが、その調理方法で味や食感が大きく変わるのですよね、面白いですよ、料理ってやつは」
タロウがニコニコと答えるが、ソフィアは何を偉そうにと横目で睨む、
「そうか・・・うん、そうなるとこれもあれか、主らが旅先で得た知識なのか?」
「あー・・・そうですね、半分は、もう半分は私の郷里の料理です」
「ほう・・・確か遠く離れているのであったか・・・」
「はい、もう戻ることも難しいほど遠いですね、なので、こちらに根を下ろそうと思っております」
「そうか・・・それは嬉しい、有能な者は大歓迎じゃ、この王国でも、モニケンダムでもな、どうだ、ヘルデルにも来ないか?」
「伯父上、タロウ殿もソフィアさんもモニケンダムの大事な市民です、横取りは許されません」
レアンがキッとレイナウトを睨む、
「ムッ・・・まったくしっかりしおってからに、先が思いやられるわ」
とわざとらしくフルフルと頭を振るレイナウトに一同は柔らかい笑顔を浮かべた、そして一頻り料理の事からタロウ達の旅の事など差し障りのない話題で盛り上がるが、
「そうじゃ、失礼だがイース殿はエレイン嬢の縁戚であったな、どういう経緯でこちらに?」
とレイナウトの視線が静かに厳しいものに変わった、どうやらレイナウト自ら本題に乗ってくれた様子である、
「経緯ですか?」
イフナースは三つ目のドーナッツに手を伸ばした所で、それまで特に口を出す事は無くニコニコと笑顔で場を伺っていた、
「そうですね、少しばかり大病をしまして、その療養です、医者には涼しく乾燥した地で静養するようにと言われましてね」
ドーナッツを頬張りつつ答えるイフナースである、屈託の無い人当たりの良い笑顔を見せている、が内心ではここからが一勝負かなと脳を高速で回転させていた、
「ほう・・・それで、その大病は快癒されたのかな、とても健康そうに見えるが・・・」
「はい、だいぶ・・・というかほぼ全快といってよいかと、こちらにはエレインの紹介で通うように、きっとあれですね、このように美味しく滋養のあるものを頂いたので治りも早かったのでしょう」
「それは結構、良い事だな」
レイナウトはニコリと微笑し、イフナースも笑顔で答えた、レイナウトとしては腹の探り合いのつもりであったが、この勝負ばかりはイフナースの圧勝であろう、イフナースはレイナウトの正体を把握しており、逆はまずありえなかった、
「私としてはエレインが皆様のおかげで商会を立ち上げる事となったのを何よりも嬉しく思うのです」
イフナースはさらに言葉を続ける、完全にエレインを身内とした話し方であった、エレインは何を言い出すのかとそっとイフナースを伺い、タロウとソフィアは始まったかなと片眉をピクリと上げた、
「なにせ、エレインはこちらへ放逐された身ですからね、私としても気になっておったのですよ」
「なに?」
「どういうことじゃ?」
レイナウトとレアンが同時に叫ぶ、
「あら・・・言ってなかったのか?」
イフナースがエレインを伺い、エレインは一体何を言い出すのかと口を開きかけ、しかし、相手はイフナースである、先程の小芝居の件もある、どうやらまたなにやらめんどくさい事に巻き込まれているらしいと俯くしかなった、
「失礼、この話しは無しとしましょう、ライダー家としても広言されたくない件でした」
静かに頭を下げるイフナースであった、
「いや・・・ライダー家・・・」
レイナウトがハテと首を傾げ、マルヘリートがハッとエレインを見つめる、そして、レイナウトにそっとその顔を寄せ何事か告げたようである、すると、
「なに?」
とレイナウトはマルヘリートを睨み、すぐさまエレインを見つめ、
「ライダー家はデルフトのライダー子爵家なのかな?」
しかしレイナウトは慎重であった、一応と確認し、イフナースが静かに頷くと、
「なんと・・・そうか・・・いや、エレイン嬢、イース殿、それは恥ではありますまい」
と真剣な瞳を二人に向けた、
「どういう事なのだ?」
この場でその事情を理解していないのはレアンとタロウとレイナウトの従者であった、ライニールは事前の身辺調査でエレインの事情は耳にしており、その事はレアンの耳には入っていない、ソフィアも勿論知っている、故にレアンは若干動揺し、タロウはなにがなにやらと不思議そうな顔であった、
「レアンは知らんのか?」
「だから何をです?」
「むぅ・・・いや・・・そういう事であれば、エレイン嬢、儂としてはそなたには感謝はあれど、非難することなぞ無いぞ、胸を張るべきだ」
「そうです、私も演劇でしか見ておりませんが、大変に・・・その、勇気付けられました」
マルヘリートのエレインへ向ける視線が大きく変わった、それまではレアンの友人という事で、友誼以上の感情は含まれていなかったが、今はそこに尊敬と憧憬が滲んでいるように見える、
「・・・お恥ずかしい限りです」
エレインは俯いたまま答えるしかない、
「申し訳ない、私としても子爵家の対応は間違っていると言いたかったのですが、その頃には既に病み付いておりましてね、エレインには苦労をかけたと思うのです・・・」
イフナースの言葉に芝居臭さは皆無であった、ソフィアもタロウも大したもんだと舌を巻き、二階で聞き耳を立てている軍団長二人もまた大変に呆気に取られ、その隣のユーリもどうなることかとハラハラとこの状況を楽しんでいる、
「なるほど・・・しかし、そうか・・・そうなると、儂としてもエレイン嬢の力にならねばならん、あの演劇が無ければ王都は厭戦気分であったと聞く、撤兵を進言する貴族もいたとか・・・もしそうなれば、今頃ヘルデルも魔族の支配下であっただろう・・・いや、それよりも酷いか・・・」
レイナウトの深刻な言葉にレアンは息を呑み、イフナースは笑顔を消して小さく頷く、どうやらレイナウトは現実を直視できる為政者であるらしい、ここで王国軍等必要無かった等と口にしたならば、イフナースはレイナウトを物の数に入れる必要が無いなと即断したかもしれない、
「確か、ベークマン侯爵であったか、あの一件を取り上げたのは?」
懐かしい名前にエレインは小さく頷いた、ある意味で恩人であり、ある意味でこの場にエレインがいる大元の問題となった人物である、
「そうか、会ったことは無いが策士と聞く、イース殿は面識はあるのか?」
「勿論、老獪な御仁です」
イフナースは簡潔に答えた、実際には会ったことは無いはずである、顔合わせ程度はしていると思うが、そのような相手が大半であったりもする、
「一体、どういう事なのだ?」
レアンが溜まらず口を挟む、
「レアン、以前ヘルデルに来た時に見た演劇を覚えてますか?」
マルヘリートが優しく応じた、
「はい・・・えっと、あれですよね、子爵令嬢がだらしない婚約者を一喝して、大戦を勝利に導く確かそんなお話であったと・・・」
「そうですね、それは実際に在ったお話しなのです、で、それが」
とマルヘリートがエレインを見つめる、レアンがエッとその視線に導かれエレインを見つめ、
「そ・・・そうなのか」
と叫んでしまった、エレインはどう答えるべきかと俯いたままであり、イフナースは、
「そうですね、私も演劇は拝見しておりませんが、そのように流布していると聞いております、真実半分脚色半分ではありますが、その真実の元がエレインであります、脚色の方は分かりかねますが・・・」
イフナースは一旦言葉を区切って反応を確認し、
「ですが、子爵家としては扱いに困りまして、相手もありますし、侯爵の手前もあります、どうにもその・・・難しいですよ、子爵程度では・・・なので、こうして、王国の反対側の学園に・・・私としては何とも歯痒く、しかし・・・こうして元気な上に・・・下手な貴族よりも活躍しています、大変に嬉しく思います・・・元々利発な娘でしたから、それに人に恵まれたのでしょう、有難いことです」
慈愛に満ちた瞳をエレインに向けた。
1
お気に入りに追加
168
あなたにおすすめの小説

10歳で記憶喪失になったけど、チート従魔たちと異世界ライフを楽しみます(リメイク版)
犬社護
ファンタジー
10歳の咲耶(さや)は家族とのキャンプ旅行で就寝中、豪雨の影響で発生した土石流に巻き込まれてしまう。
意識が浮上して目覚めると、そこは森の中。
彼女は10歳の見知らぬ少女となっており、その子の記憶も喪失していたことで、自分が異世界に転生していることにも気づかず、何故深い森の中にいるのかもわからないまま途方に暮れてしまう。
そんな状況の中、森で知り合った冒険者ベイツと霊鳥ルウリと出会ったことで、彼女は徐々に自分の置かれている状況を把握していく。持ち前の明るくてのほほんとしたマイペースな性格もあって、咲耶は前世の知識を駆使して、徐々に異世界にも慣れていくのだが、そんな彼女に転機が訪れる。それ以降、これまで不明だった咲耶自身の力も解放され、様々な人々や精霊、魔物たちと出会い愛されていく。
これは、ちょっぴり天然な《咲耶》とチート従魔たちとのまったり異世界物語。
○○○
旧版を基に再編集しています。
第二章(16話付近)以降、完全オリジナルとなります。
旧版に関しては、8月1日に削除予定なのでご注意ください。
この作品は、ノベルアップ+にも投稿しています。

42歳メジャーリーガー、異世界に転生。チートは無いけど、魔法と元日本最高級の豪速球で無双したいと思います。
町島航太
ファンタジー
かつて日本最強投手と持て囃され、MLBでも大活躍した佐久間隼人。
しかし、老化による衰えと3度の靭帯損傷により、引退を余儀なくされてしまう。
失意の中、歩いていると球団の熱狂的ファンからポストシーズンに行けなかった理由と決めつけられ、刺し殺されてしまう。
だが、目を再び開くと、魔法が存在する世界『異世界』に転生していた。

我が家に子犬がやって来た!
もも野はち助(旧ハチ助)
ファンタジー
【あらすじ】ラテール伯爵家の令嬢フィリアナは、仕事で帰宅できない父の状況に不満を抱きながら、自身の6歳の誕生日を迎えていた。すると、遅くに帰宅した父が白黒でフワフワな毛をした足の太い子犬を連れ帰る。子犬の飼い主はある高貴な人物らしいが、訳あってラテール家で面倒を見る事になったそうだ。その子犬を自身の誕生日プレゼントだと勘違いしたフィリアナは、兄ロアルドと取り合いながら、可愛がり始める。子犬はすでに名前が決まっており『アルス』といった。
アルスは当初かなり周囲の人間を警戒していたのだが、フィリアナとロアルドが甲斐甲斐しく世話をする事で、すぐに二人と打ち解ける。
だがそんな子犬のアルスには、ある重大な秘密があって……。
この話は、子犬と戯れながら巻き込まれ成長をしていく兄妹の物語。
※全102話で完結済。
★『小説家になろう』でも読めます★

悪役令嬢、資産運用で学園を掌握する 〜王太子?興味ない、私は経済で無双する〜
言諮 アイ
ファンタジー
異世界貴族社会の名門・ローデリア学園。そこに通う公爵令嬢リリアーナは、婚約者である王太子エドワルドから一方的に婚約破棄を宣言される。理由は「平民の聖女をいじめた悪役だから」?——はっ、笑わせないで。
しかし、リリアーナには王太子も知らない"切り札"があった。
それは、前世の知識を活かした「資産運用」。株式、事業投資、不動産売買……全てを駆使し、わずか数日で貴族社会の経済を掌握する。
「王太子?聖女?その程度の茶番に構っている暇はないわ。私は"資産"でこの学園を支配するのだから。」
破滅フラグ?なら経済で粉砕するだけ。
気づけば、学園も貴族もすべてが彼女の手中に——。
「お前は……一体何者だ?」と動揺する王太子に、リリアーナは微笑む。
「私はただの投資家よ。負けたくないなら……資本主義のルールを学びなさい。」
学園を舞台に繰り広げられる異世界経済バトルロマンス!
"悪役令嬢"、ここに爆誕!

少し冷めた村人少年の冒険記
mizuno sei
ファンタジー
辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。
トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。
優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

ぬいぐるみばかり作っていたら実家を追い出された件〜だけど作ったぬいぐるみが意志を持ったので何も不自由してません〜
望月かれん
ファンタジー
中流貴族シーラ・カロンは、ある日勘当された。理由はぬいぐるみ作りしかしないから。
戸惑いながらも少量の荷物と作りかけのぬいぐるみ1つを持って家を出たシーラは1番近い町を目指すが、その日のうちに辿り着けず野宿をすることに。
暇だったので、ぬいぐるみを完成させようと意気込み、ついに夜更けに完成させる。
疲れから眠りこけていると聞き慣れない低い声。
なんと、ぬいぐるみが喋っていた。
しかもぬいぐるみには帰りたい場所があるようで……。
天真爛漫娘✕ワケアリぬいぐるみのドタバタ冒険ファンタジー。
※この作品は小説家になろう・ノベルアップ+にも掲載しています。

異世界リナトリオン〜平凡な田舎娘だと思った私、実は転生者でした?!〜
青山喜太
ファンタジー
ある日、母が死んだ
孤独に暮らす少女、エイダは今日も1人分の食器を片付ける、1人で食べる朝食も慣れたものだ。
そしてそれは母が死んでからいつもと変わらない日常だった、ドアがノックされるその時までは。
これは1人の少女が世界を巻き込む巨大な秘密に立ち向かうお話。
小説家になろう様からの転載です!

美少女に転生して料理して生きてくことになりました。
ゆーぞー
ファンタジー
田中真理子32歳、独身、失業中。
飲めないお酒を飲んでぶったおれた。
気がついたらマリアンヌという12歳の美少女になっていた。
その世界は加護を受けた人間しか料理をすることができない世界だった
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる