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本編
64話 縁は衣の元味の元 その15
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翌日、学生達が登園し暫くして内庭では、
「こんなもんでいいんですか?」
「いいんじゃない?」
「少量ですけど・・・」
「そう言われてもな、あくまで実験だもん、加減を見極めるのも実験のうち、最初から大量に入れたら加減が分らんでしょ」
「それもそうですね」
「うん、じゃ、漬けてみるか・・・」
とタロウが布を一枚タライに浸した、それを興味津々で見つめるミナとレインとニコリーネ、さらにマフダとリーニーにサビナとカトカ、ゾーイも参加している、かなりの大人数であった、
「青くなったー」
ミナがキャッキャッとはしゃぎだす、タロウが漬けた布はじんわりとインディゴ特有の青色に染まっていく、
「ホントだー、でも・・・」
「うん、緑っぽいね、面白い」
「確かに」
とタライをじっくりと覗き込む面々である、
「うん、じゃ、これはこのまま暫く漬けておいて、その間に」
タロウはマフダが用意した大量の手拭いに向かう、今日は朝から染物の実験であった、サビナが手に入れたインディゴの顔料を用い、マフダとリーニーを巻き込んでバタバタと動き回ってこうなっている、タロウは取り合えずとタライを三つ並べ、その一つにはぬるま湯で顔料を溶かし、もう一つには濃いめの酢の溶液、もう一つはすすぎ用の水となっている、さらに湯沸し器でお湯を沸かし、コンロを持ち出して蝋燭を溶かしていた、準備万態といった感じである、染物用の手拭いは昨日マフダが下着調査のついでに購入してきたものであった、フィロメナと共にソフィアとタロウと会談した折にタロウが明日にでも一つ面白い事をやるから手伝ってくれと言い出し、マフダもフィロメナも一も二も無く同意し、エレインも理解を示した、そしてその場で簡単に段取りを組んでいる、ソフィアも興味があるとの事で、マフダは朝から気合が入っていたのであった、そのソフィアの姿は見えなかったが、
「じゃー、どうしようかな・・・やって見せるのが早いよね」
とタロウは手拭いの一枚を手に取り、一旦濡らし固く絞るとパタパタと折りたたむ、
「何をやっているんですか?」
マフダが素直な質問を口にした、
「んー、これが面白いんだよ、俺の国ではね、ただ染めるだけじゃなくて、こうやって模様をつけるんだ」
「折っただけで、ですか?」
「そうなんだよ、面白いよねー」
タロウはニコニコと微笑みつつ手を動かし、手拭いを分厚い三角に折りたたむとそれをさらに薄い板で挟み藁紐で強く縛り付けた、
「これで完成、ま、この折り方とかはまた別でやるとして」
タロウはタライに向かいその三角の手拭いの下半分をインディゴの溶液に漬けた、
「これでいいの?」
ミナが不安そうに見上げる、
「これでいいの、全部を青くしちゃうと面白くないからね、で、漬けておいた布は取り出して・・・」
タロウは如何にも慣れた手つきで作業を進めている、タロウ自身は実験だと言っていたがどうみても経験者のそれであった、サビナもカトカも若干の違和感を覚えるが、特に口出す事は無く、まして、どうやら順調に進んでいるらしい、質問は後からゆっくりでいいかとその作業を手伝いつつ見守る事とした、
「で、こいつをね、一旦空気にさらします」
とタロウは手際よく作業を続ける、女性達は取り合えず要所要所で感想を口にしつつもその作業を観察し、最終的には、
「はい、これで完成かな?このまま干します、良い色だね・・・・」
真っ青に染色された手拭いが寒空の下、建築足場と井戸の建屋に渡された物干し紐にかけられた、おおーっと小さな歓声が上がり、
「確かに良い色ですね・・・」
「うん、すんごい、なんか、カッコいい青だ・・・」
「だねー」
とどうやら好評のようらしい、
「色を濃くするには、ここで一旦乾燥させて同じ作業を繰り返す感じだね、でも、十分良い色が出てるねー、良い染料のようだね」
「なるほど・・・顔料を増やすのは駄目ですか?」
「どうだろう、それも実験してみても良いと思うよ、ただ、少量でもしっかり色が乗っているから、増やせばいいってもんじゃないかもね」
「分かりました、要検証ですね」
カトカが黒板に刻みつける、
「タロー、こっちはー」
ミナがしゃがみこんで染料のタライを覗き込んでいた、素手で触るなとタロウに注意されており、実際に青く染まったタロウの手を見て、これは触っては駄目なのだとその両手を腹と足で挟みこんだ何ともいじましい姿である、
「そろそろいいかな」
タロウは折りたたまれた布をそっと引き上げる、染料に漬かっていた部分は緑色に染まっており、色の着いてない白色の部分にかけて徐々に色が薄くなっているように見える、
「で、これはこのまま外してしまうのね」
とタロウは押さえていた板を取り外し、ゆっくりと開いて見せた、途端、おおーっと歓声が湧き上がる、
「面白い模様ですね・・・」
「うん、四角模様になるとはな」
「確かに三角に折ったのに四角になってる」
「カッコイイー」
「青と白の色合いも良いですね」
「なんか清潔感があります」
「ふふん、面白いだろー」
タロウはしてやったりとニヤリと笑顔を見せた、タロウが手にした布には見事な斜めの格子柄が浮かんでいた、格子は青く色の乗った部分と白く抜かれた部分で構成されており、何とも涼やかで美しい、
「後はこれも同じように定着させて洗ったら干すだけだね」
「なるほど・・・染めないことで模様を作るのですね」
カトカが鋭い視線をタロウに向ける、
「そういう事だな、で、これを見ても分かるけど同じ折り方をしても全く同じ柄になることはないんだよね、漬ける時間とか、どこまで深く漬けるかとか、滲み具合とか?似たような柄にはなるだろうけどね」
「えっと、周りだけ漬けるとか出来ますか?」
マフダがソロソロと質問する、
「周りだけ?あー、あれかな、三角に折って周りだけ?」
「はい、それです」
「できると思うよ、ただ、タライだと深いし見せたように時間もかかるからね、やってやれない事はないけど大変かもね」
「・・・確かにそうですね」
残念そうにムーと押し黙るマフダである、
「あー、大丈夫だよ、何事もやってみる、これ大事、で、今やったのが板締めって言われる技法でね、三角でなくてもいいし、折り方も一定で無くても面白い柄になるよ、他には絞り染めってやつとろうけつ染めってのがあるかな」
「何が違うんですか?」
「ふふーん、それは早速やってみよう、では絞り染めから、手拭いはマフダのお陰でいっぱいあるからね、感謝して使おう、皆でやるぞ」
タロウはニヤリと微笑む、カトカとサビナはやっぱり経験があったのだなとそこで理解した、染色技法に名前までありそれをスラスラと口にしたとなれば確実である、どこでそのような事を学んだのか全く想像も出来ないが、ソフィアと一緒でどこまでも底が知れないと訝しく感じた、しかし、他の面々は素直に作業を楽しんでいる様子で、作業台に向かうと我先にと手拭いに手を伸ばす、そしてワーワーキャーキャー言いながら三つの技法に取り組みだし、サビナとカトカも色々と今更だなと思い直して作業台に向かう、やがて物干し紐には様々な柄がこれでもか並ぶ、どれも大変に面白い柄で一つとして同じものは無い、
「うふふー、可愛いねー、ねー」
ミナはたなびく自信作を見上げて微笑んだ、それはろうけつ染めで描かれた猫の柄である、ミナとニコリーネはろうけつ染めが大変に気に入ったらしい、自分で描いた柄がそのまま染まらず柄になるのである、少々手間であるが、それでもミナもニコリーネも四苦八苦しつつ描いた柄は実に微笑ましいものであった、
「確かにのう、しかし、この何ができるか分らない点も良いのだなー」
レインも自身の作を見上げて微笑んでいる、レインはレインで偶然性を楽しむ事としたようで、けったいな形に縛りまくった手拭いを染めたうえで広げてみれば、それは実に複雑な文様を描いていた、
「そだねー、どれも良い感じだよー」
ニコリーネもニコニコと微笑む、ニコリーネの作にはメダカと猫、馬に羊とちゃんとそれと分かる愛らしい絵柄が並んでいた、
「うん、どう?少しは参考になったかな?」
タロウがやれやれと腰を叩いた、タロウ自身は技法を教えた後は染色作業に専念していた、その作業はどうやっても手まで染まってしまう為で、女性達の、特にミナの手を汚すのは後々面倒だなと、汚れ仕事を買って出ていたのである、
「そうですね、やはり、やってみないと分らないですね」
サビナがしみじみと頷く、サビナは学園長の資料で知識としては染料の使い方や染物の作り方などは習得していたが、実際にその作業を目にしたことも経験した事も無い、こうしてその資料にも書かれていなかった技法であるとは言え、実際の作業を経験し、これは大変に興味深いと心持ちを新たにしている、
「そだねー、ま、次があるからね、それは明日かな?」
とタロウは作業場の端に置かれた木箱を見つめる、
「そうですね、そちらが本番ですね」
「だねー」
と二人がのんびりと打合せしていると、
「ミナー、お客さんよー」
とソフィアが勝手口から顔を出し、すぐさま、
「今度は何をやっているのだー」
レアンが駆けだしてきた、
「わっ、お嬢様だー」
ミナが叫んで駆け寄り、他の面々はエッと背筋を伸ばしてしまう、
「むっ、何じゃそれは?」
レアンも実に目ざとい、物干し紐に並んだ手拭いを見上げて叫ぶ、
「えへへー、えっとね、えっとね、ソメモノのジッケン?」
ミナが笑顔で答える、
「むっ、ソメモノ?」
「そうなの、綺麗でしょー」
「確かにな・・・待て、ミナがやったのか?」
「そだよー、あれ、ニャンコ、あれミナがやったのー、可愛いでしょー」
「むぅ・・・」
足を止めて見上げるレアンである、そこへ、
「もう、こちらでいいのですか?」
ソロソロともう一人、こちらも如何にも貴族風の女性が内庭へ出てくる、マルヘリートであった、
「どうぞ、遠慮なさらずに」
ソフィアが厨房内にいるようで、マルヘリートは遠慮ではないのだがなと不審そうな顔であったが、居並ぶ平民丸出しの面々とごく当たり前にその場に佇むレアンを見て、どういう事かしらとさらに首を傾げる、
「タロウー、あんたはこっちに顔出しなさい」
マルヘリートの頭越しにソフィアがタロウを呼びつけた、
「ん、なんで?」
「アンタにお客様よ、珍しい顔よー」
ソフィアはニヤリと微笑む、
「あら・・・うーん、じゃあ、こっちは任せていいかな?」
サビナに確認し、静かに頷くサビナに後を任せると、タロウは手を拭きながら厨房へ入る、ソフィアはサッサと食堂に入った様子で、タロウが食堂を覗くと、
「ほう・・・タロウ殿だな、懐かしい・・・」
恰幅の良い紳士が従者を連れて席に着いていた、
「えっ、あっ・・・あー、番頭さん?」
タロウは思わず甲高い声を上げてしまう、
「おう、覚えていたか」
ガッハッハと機嫌の良い笑顔となるレイナウトと顔を顰める従者、さらにソフィアはユーリを呼んできたらしい、階段から二人が姿を見せると、
「ユーリさんですな、いや、見違えましたぞ」
「えっ・・・あっ・・・番頭さんだ、どうしたのです?こんな所に」
ユーリもまた目を剥いてタロウと同じ反応である、
「それはこちらが聞きたいわ、なんだ、冒険者は引退か?」
「そりゃもう・・・えっ、どういう事?」
とユーリは困惑してタロウを見つめる、タロウは、
「あー・・・どういう事?」
とソフィアを見る、
「いや、私に聞かないでよ、取り合えずお茶入れるわね」
ソフィアはそそくさとタロウを押しのけ厨房へ入り、
「まぁいいか、お久しぶりですね番頭さん、お元気でした?」
と取り合えず席に着いたタロウとユーリであった。
「こんなもんでいいんですか?」
「いいんじゃない?」
「少量ですけど・・・」
「そう言われてもな、あくまで実験だもん、加減を見極めるのも実験のうち、最初から大量に入れたら加減が分らんでしょ」
「それもそうですね」
「うん、じゃ、漬けてみるか・・・」
とタロウが布を一枚タライに浸した、それを興味津々で見つめるミナとレインとニコリーネ、さらにマフダとリーニーにサビナとカトカ、ゾーイも参加している、かなりの大人数であった、
「青くなったー」
ミナがキャッキャッとはしゃぎだす、タロウが漬けた布はじんわりとインディゴ特有の青色に染まっていく、
「ホントだー、でも・・・」
「うん、緑っぽいね、面白い」
「確かに」
とタライをじっくりと覗き込む面々である、
「うん、じゃ、これはこのまま暫く漬けておいて、その間に」
タロウはマフダが用意した大量の手拭いに向かう、今日は朝から染物の実験であった、サビナが手に入れたインディゴの顔料を用い、マフダとリーニーを巻き込んでバタバタと動き回ってこうなっている、タロウは取り合えずとタライを三つ並べ、その一つにはぬるま湯で顔料を溶かし、もう一つには濃いめの酢の溶液、もう一つはすすぎ用の水となっている、さらに湯沸し器でお湯を沸かし、コンロを持ち出して蝋燭を溶かしていた、準備万態といった感じである、染物用の手拭いは昨日マフダが下着調査のついでに購入してきたものであった、フィロメナと共にソフィアとタロウと会談した折にタロウが明日にでも一つ面白い事をやるから手伝ってくれと言い出し、マフダもフィロメナも一も二も無く同意し、エレインも理解を示した、そしてその場で簡単に段取りを組んでいる、ソフィアも興味があるとの事で、マフダは朝から気合が入っていたのであった、そのソフィアの姿は見えなかったが、
「じゃー、どうしようかな・・・やって見せるのが早いよね」
とタロウは手拭いの一枚を手に取り、一旦濡らし固く絞るとパタパタと折りたたむ、
「何をやっているんですか?」
マフダが素直な質問を口にした、
「んー、これが面白いんだよ、俺の国ではね、ただ染めるだけじゃなくて、こうやって模様をつけるんだ」
「折っただけで、ですか?」
「そうなんだよ、面白いよねー」
タロウはニコニコと微笑みつつ手を動かし、手拭いを分厚い三角に折りたたむとそれをさらに薄い板で挟み藁紐で強く縛り付けた、
「これで完成、ま、この折り方とかはまた別でやるとして」
タロウはタライに向かいその三角の手拭いの下半分をインディゴの溶液に漬けた、
「これでいいの?」
ミナが不安そうに見上げる、
「これでいいの、全部を青くしちゃうと面白くないからね、で、漬けておいた布は取り出して・・・」
タロウは如何にも慣れた手つきで作業を進めている、タロウ自身は実験だと言っていたがどうみても経験者のそれであった、サビナもカトカも若干の違和感を覚えるが、特に口出す事は無く、まして、どうやら順調に進んでいるらしい、質問は後からゆっくりでいいかとその作業を手伝いつつ見守る事とした、
「で、こいつをね、一旦空気にさらします」
とタロウは手際よく作業を続ける、女性達は取り合えず要所要所で感想を口にしつつもその作業を観察し、最終的には、
「はい、これで完成かな?このまま干します、良い色だね・・・・」
真っ青に染色された手拭いが寒空の下、建築足場と井戸の建屋に渡された物干し紐にかけられた、おおーっと小さな歓声が上がり、
「確かに良い色ですね・・・」
「うん、すんごい、なんか、カッコいい青だ・・・」
「だねー」
とどうやら好評のようらしい、
「色を濃くするには、ここで一旦乾燥させて同じ作業を繰り返す感じだね、でも、十分良い色が出てるねー、良い染料のようだね」
「なるほど・・・顔料を増やすのは駄目ですか?」
「どうだろう、それも実験してみても良いと思うよ、ただ、少量でもしっかり色が乗っているから、増やせばいいってもんじゃないかもね」
「分かりました、要検証ですね」
カトカが黒板に刻みつける、
「タロー、こっちはー」
ミナがしゃがみこんで染料のタライを覗き込んでいた、素手で触るなとタロウに注意されており、実際に青く染まったタロウの手を見て、これは触っては駄目なのだとその両手を腹と足で挟みこんだ何ともいじましい姿である、
「そろそろいいかな」
タロウは折りたたまれた布をそっと引き上げる、染料に漬かっていた部分は緑色に染まっており、色の着いてない白色の部分にかけて徐々に色が薄くなっているように見える、
「で、これはこのまま外してしまうのね」
とタロウは押さえていた板を取り外し、ゆっくりと開いて見せた、途端、おおーっと歓声が湧き上がる、
「面白い模様ですね・・・」
「うん、四角模様になるとはな」
「確かに三角に折ったのに四角になってる」
「カッコイイー」
「青と白の色合いも良いですね」
「なんか清潔感があります」
「ふふん、面白いだろー」
タロウはしてやったりとニヤリと笑顔を見せた、タロウが手にした布には見事な斜めの格子柄が浮かんでいた、格子は青く色の乗った部分と白く抜かれた部分で構成されており、何とも涼やかで美しい、
「後はこれも同じように定着させて洗ったら干すだけだね」
「なるほど・・・染めないことで模様を作るのですね」
カトカが鋭い視線をタロウに向ける、
「そういう事だな、で、これを見ても分かるけど同じ折り方をしても全く同じ柄になることはないんだよね、漬ける時間とか、どこまで深く漬けるかとか、滲み具合とか?似たような柄にはなるだろうけどね」
「えっと、周りだけ漬けるとか出来ますか?」
マフダがソロソロと質問する、
「周りだけ?あー、あれかな、三角に折って周りだけ?」
「はい、それです」
「できると思うよ、ただ、タライだと深いし見せたように時間もかかるからね、やってやれない事はないけど大変かもね」
「・・・確かにそうですね」
残念そうにムーと押し黙るマフダである、
「あー、大丈夫だよ、何事もやってみる、これ大事、で、今やったのが板締めって言われる技法でね、三角でなくてもいいし、折り方も一定で無くても面白い柄になるよ、他には絞り染めってやつとろうけつ染めってのがあるかな」
「何が違うんですか?」
「ふふーん、それは早速やってみよう、では絞り染めから、手拭いはマフダのお陰でいっぱいあるからね、感謝して使おう、皆でやるぞ」
タロウはニヤリと微笑む、カトカとサビナはやっぱり経験があったのだなとそこで理解した、染色技法に名前までありそれをスラスラと口にしたとなれば確実である、どこでそのような事を学んだのか全く想像も出来ないが、ソフィアと一緒でどこまでも底が知れないと訝しく感じた、しかし、他の面々は素直に作業を楽しんでいる様子で、作業台に向かうと我先にと手拭いに手を伸ばす、そしてワーワーキャーキャー言いながら三つの技法に取り組みだし、サビナとカトカも色々と今更だなと思い直して作業台に向かう、やがて物干し紐には様々な柄がこれでもか並ぶ、どれも大変に面白い柄で一つとして同じものは無い、
「うふふー、可愛いねー、ねー」
ミナはたなびく自信作を見上げて微笑んだ、それはろうけつ染めで描かれた猫の柄である、ミナとニコリーネはろうけつ染めが大変に気に入ったらしい、自分で描いた柄がそのまま染まらず柄になるのである、少々手間であるが、それでもミナもニコリーネも四苦八苦しつつ描いた柄は実に微笑ましいものであった、
「確かにのう、しかし、この何ができるか分らない点も良いのだなー」
レインも自身の作を見上げて微笑んでいる、レインはレインで偶然性を楽しむ事としたようで、けったいな形に縛りまくった手拭いを染めたうえで広げてみれば、それは実に複雑な文様を描いていた、
「そだねー、どれも良い感じだよー」
ニコリーネもニコニコと微笑む、ニコリーネの作にはメダカと猫、馬に羊とちゃんとそれと分かる愛らしい絵柄が並んでいた、
「うん、どう?少しは参考になったかな?」
タロウがやれやれと腰を叩いた、タロウ自身は技法を教えた後は染色作業に専念していた、その作業はどうやっても手まで染まってしまう為で、女性達の、特にミナの手を汚すのは後々面倒だなと、汚れ仕事を買って出ていたのである、
「そうですね、やはり、やってみないと分らないですね」
サビナがしみじみと頷く、サビナは学園長の資料で知識としては染料の使い方や染物の作り方などは習得していたが、実際にその作業を目にしたことも経験した事も無い、こうしてその資料にも書かれていなかった技法であるとは言え、実際の作業を経験し、これは大変に興味深いと心持ちを新たにしている、
「そだねー、ま、次があるからね、それは明日かな?」
とタロウは作業場の端に置かれた木箱を見つめる、
「そうですね、そちらが本番ですね」
「だねー」
と二人がのんびりと打合せしていると、
「ミナー、お客さんよー」
とソフィアが勝手口から顔を出し、すぐさま、
「今度は何をやっているのだー」
レアンが駆けだしてきた、
「わっ、お嬢様だー」
ミナが叫んで駆け寄り、他の面々はエッと背筋を伸ばしてしまう、
「むっ、何じゃそれは?」
レアンも実に目ざとい、物干し紐に並んだ手拭いを見上げて叫ぶ、
「えへへー、えっとね、えっとね、ソメモノのジッケン?」
ミナが笑顔で答える、
「むっ、ソメモノ?」
「そうなの、綺麗でしょー」
「確かにな・・・待て、ミナがやったのか?」
「そだよー、あれ、ニャンコ、あれミナがやったのー、可愛いでしょー」
「むぅ・・・」
足を止めて見上げるレアンである、そこへ、
「もう、こちらでいいのですか?」
ソロソロともう一人、こちらも如何にも貴族風の女性が内庭へ出てくる、マルヘリートであった、
「どうぞ、遠慮なさらずに」
ソフィアが厨房内にいるようで、マルヘリートは遠慮ではないのだがなと不審そうな顔であったが、居並ぶ平民丸出しの面々とごく当たり前にその場に佇むレアンを見て、どういう事かしらとさらに首を傾げる、
「タロウー、あんたはこっちに顔出しなさい」
マルヘリートの頭越しにソフィアがタロウを呼びつけた、
「ん、なんで?」
「アンタにお客様よ、珍しい顔よー」
ソフィアはニヤリと微笑む、
「あら・・・うーん、じゃあ、こっちは任せていいかな?」
サビナに確認し、静かに頷くサビナに後を任せると、タロウは手を拭きながら厨房へ入る、ソフィアはサッサと食堂に入った様子で、タロウが食堂を覗くと、
「ほう・・・タロウ殿だな、懐かしい・・・」
恰幅の良い紳士が従者を連れて席に着いていた、
「えっ、あっ・・・あー、番頭さん?」
タロウは思わず甲高い声を上げてしまう、
「おう、覚えていたか」
ガッハッハと機嫌の良い笑顔となるレイナウトと顔を顰める従者、さらにソフィアはユーリを呼んできたらしい、階段から二人が姿を見せると、
「ユーリさんですな、いや、見違えましたぞ」
「えっ・・・あっ・・・番頭さんだ、どうしたのです?こんな所に」
ユーリもまた目を剥いてタロウと同じ反応である、
「それはこちらが聞きたいわ、なんだ、冒険者は引退か?」
「そりゃもう・・・えっ、どういう事?」
とユーリは困惑してタロウを見つめる、タロウは、
「あー・・・どういう事?」
とソフィアを見る、
「いや、私に聞かないでよ、取り合えずお茶入れるわね」
ソフィアはそそくさとタロウを押しのけ厨房へ入り、
「まぁいいか、お久しぶりですね番頭さん、お元気でした?」
と取り合えず席に着いたタロウとユーリであった。
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