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本編
64話 縁は衣の元味の元 その9
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翌日、学園生達は登園し、タロウはミナとレイン、ニコリーネを伴って工事中の風呂場に籠って何やらゴソゴソとやっている、ソフィアは静かでいいわー等と思いながら掃除道具を手にした、しかし、
「あっ、良かった、ソフィアさんいいですか?」
とエレインがヒョイと食堂に顔を出した、
「ん?どしたの?」
ソフィアは掃除道具を両手に構えて首を傾げる、
「えっとですね、タロウさんにお客様なんですが、ソフィアさんも同席して欲しいなって事でして・・・」
エレインは若干不安そうである、
「いいけど、こんな朝早くから?」
「そうなんです」
「・・・どういう事?」
「あー・・・お会いして頂くのが一番早いかなって・・・」
エレインは何ともはっきりしない様子であった、ソフィアは返事に困るが、タロウを訪ねて来たとなれば自分が断るのもおかしいわよね等と考えてしまう、
「あの・・・忙しければいいんですけど、悪い人ではないですし・・・」
「・・・どういうこと?そんなに会わせたくないの?」
ソフィアは不思議そうに首を傾けた、エレインにしては歯切れの悪い口振りである、来客程度でそこまで遠慮する事も無いのではないかなとソフィアは思う、
「いえいえ、その私としてはとても良い人だと思うんですけど、先方さんもその立場上、無理にとは言ってなくて・・・」
しどろもどろに答えるエレインであった、いよいよソフィアはどういう事かしらと首を傾げるが、まぁ何とでもなるであろうと、
「いいわよ、こっちで良ければタロウ呼んで来るけど?」
「いいですか?」
「そりゃだって、エレインさんが自ら動くお客様でしょ、そこらの三下では、あなた、動かないでしょ」
「三下って・・・別に私はそんな高尚な者ではないですけど・・・」
「はいはい、いいから連れてきなさい、さっさと済ませて掃除しないとなんだから」
ソフィアは掃除道具を階段の脇に立てかけ、タロウを呼びに浴室へ向かい、エレインはどうなるかしらと事務所へ戻った、やがて、タロウが食堂に入り、ソフィアが茶の準備をしていると、
「すいません、タロウさん」
エレインがソッと顔を出す、そしてその後ろには膨れっ面を隠そうともしないマフダが大荷物を手にしており、
「失礼します」
と朝から濃い化粧に派手な装いで極上の笑みを湛えたフィロメナが食堂に入ってきた、
「わっ、フィロメナさん・・・だったよね、どしたの?」
タロウがビクリと大袈裟に驚く、
「すいません、朝から」
フィロメナが優雅な笑みを浮かべ、マフダは実に嫌そうに義姉を睨みつけている、
「それは構わないんだけどさ、さっ、入って、座って」
タロウはこれは珍客だなー等と思いながら三人を席に座らせた、そこへ、ソフィアが茶道具を持って入って来ると、
「あっ、ソフィアさん、すいません」
マフダが慌てて立ち上がるが、それより先にフィロメナが腰を上げており、
「ソフィアさんですね、大変お世話になっております」
深々と大きくお辞儀をした、ソフィアはマフダさんまでなんだろうと思いながら、
「んー、申し訳ないですが、どちら様で・・・」
と困惑するしかない、
「はい、マフダさんのお姉さんでフィロメナさんです」
結局エレインも立ち上がって簡潔に紹介する、
「へー、綺麗なお姉さんねー」
ソフィアは素直な感想を口にした、社交辞令という訳ではない、化粧が濃いのは役者さんなのかしら、でも随分派手な服装ね等と思いつつ、そんな人がタロウに会いに来たのよねと状況を今一つ把握できなかった、
「お褒めに預かり光栄です奥様」
フィロメナはニコリと微笑む、爽やかで魅力的な笑みであった、ソフィアはほへーとその笑顔を見つめ、タロウも一体どういう事なのかなと首を傾げる、まだ正確な用向きを聞いていない、
「まっ、ほら、座って」
ソフィアは三人を座らせて茶を準備し始めた、カチャカチャと茶器の立てる音が食堂に響く、エレインは取り合えずソフィアが腰を下ろすまで待つかと状況を観察し、マフダは難しい顔で俯いている、フィロメナは目ざとくもメダカの水槽に気付いて、あれがそうなのかと若干遠いが視線を外せなくなっていた、
「で、どうしたの?」
ソフィアがタロウの隣に腰を落ち着けた、すると、
「はい、妹が大変お世話になっております」
フィロメナが勢いよく頭を下げた、タロウはそこまでする事は無かろうなと思い、ソフィアは昨日も似たような事言われたようなと既視感を覚える、そういう季節なのであろうか、しかし、ソフィアの田舎ではこういった挨拶回りは年末か年始に適当に行われる事で、まだ年の瀬と言うには一月は早いわよねと首を捻る、マフダはムーと渋い顔でフィロメナを睨みつけており、エレインは、
「えっとですね、ほら、マフダさんがこっちで働く事になったのも、ソフティーのお陰といえばお陰なのでそういう意味でも・・・はい・・・」
と助太刀になるかどうか分らない助言を付け加える、
「それは聞いてるけど、そんな頭を下げられるような事はしてないわよ」
ソフィアは何とも困った顔となった、
「いいえ、いくら下げても足りないです」
フィロメナはクッと顔を上げると、爪の手入れやら染髪やら、料理等々とその恩恵を連ね、さらに飴を絶賛し、昨日作った蒸しパンに関しても今朝朝食の場に出されたらしい、数が足りなかった為、小さいそれをさらに四つ切にしたものを食したのであるが、これは違うと姉妹全員が称賛したらしい、
「そういうわけで私たちの商売にも大変に役立っていますし、何より姉妹仲も良くなったような感じなのです、美味しい料理は家庭を明るくするものですよね、なのでこんな素晴らしい事を実践している方に御挨拶も無いでは女が廃るというものです」
と饒舌な上に真剣な瞳であった、何もそこまでとソフィアはいよいよ顔を曇らせるが、
「あー、言ってたねー、うん、思い出したよー」
とタロウがやっとフィロメナの真意に気付いて笑顔になった、以前の宴会で酒を片手にほぼ同じ事を熱弁されたなと思い出す、
「はい、ちゃんと御挨拶をしたいと思っておったのです」
フィロメナがニコリと微笑む、
「どういう事?」
ソフィアがそう言えばタロウを訪ねて来た筈よねとタロウを見つめる、
「あー、どういう事って、大した事じゃないよ、この間クロノス達と呑みに行ったろ?フィロメナさんの店だったんだよ」
「へー・・・あーそういう事か、フィロメナさんはあれ?遊女さん?」
ソフィアもやっとフィロメナの職業に感づいたらしい、
「そうなんです、先日はありがとうございました」
フィロメナはニコニコと謝意を表す、
「あっ、それであれかエレインさんは遠慮がちだったの?」
ソフィアは先程のエレインの様子にも合点がいったようで、
「そう・・・ですね、ほら、遊女さんですし・・・ソフィアさんとしてはどうなのかなって・・・」
エレインはオズオズと口を開く、
「別にあれよ、遊女さんだろうが娼婦さんだろうが構わないわよ」
ソフィアはあっけらかんと微笑み、
「エレインさんは上品な生き方してるからだけど、私はほら冒険者なんてやってたんだから、その辺も別にどうという事は無いわよ」
「そうなんですか?」
「まぁね、昔はだって遊女屋さんに呑みにも行ったし、ユーリとね、置屋さんの用心棒とかもやったわよ、女の冒険者だから重宝されてね、男だとほら店の人に手出すでしょ、その点で安心だわーって、女将さんに良くしてもらったわ」
「あー、言ってたなー」
タロウがニヤリと思い出し笑いを見せる、
「ねー、懐かしいわね、置屋さんは寝床も合ってね、お金が無いときは重宝したなー、遊女屋さんはその辺厳しいのよね、やっぱりあれかしら客層が違うのかしら?」
「そういうもんですよねー」
とフィロメナはいよいよ嬉しそうに口を挟み、遊女屋がどうの置屋がどうのと大人三人は盛り上がり、エレインとマフダはポカンと完全に話題に入れないでいた、それでもマフダは家業という事もあり、その内容を理解するのは難しくは無かったが、エレインにとってはまるで未知の世界である、そして、どういう訳だかフィロメナの家族の事に話題は移る、
「そっかー、えっ、そうなるとマフダさんが姉妹が多いってそういう事だったのね」
とソフィアがマフダに微笑みかける、
「・・・あっ、はい、えっと、そういう事だと思います」
突然話しを振られマフダは慌てて俯いた、
「別に恥ずかしい事じゃないし、負い目を感じる事でもないでしょ、立派に育てて貰ったんだから感謝こそすれね、堂々としてなさい」
ソフィアは実にさばさばとしたもので、タロウも、
「いや、逆に大したもんだぞ、お前、十何人も娘を育てるなんて、とてもじゃないが無理だろ」
「そうよねー」
「何とかなるもんですよ、何気に楽しいですしね」
フィロメナはニコニコと嬉しそうに微笑む、
「そうなの?私なんか、この寮の娘達とミナとレインで手一杯よ、そりゃみんな子供じゃなけいどさ、姦しいったらありゃしない」
「それは分かります」
「でしょー」
ケラケラと笑い合うソフィアとフィロメナである、エレインは今朝マフダと共にフィロメナが事務所に現れ、ソフィアとタロウに挨拶をしたいと言われた時にはどうしたものかと悩んでしまった、エレインとしてはフィロメナは好人物であるとは理解しているが、どうやらタロウとはその商売上で知り合ったらしく、その商売の詳細を理解していないまでも、ソフィアがどう受け取るかを不安に思ったのである、しかし、実際に会わせてみればどうという事も無い様子で、それどころかフィロメナは得意としている人心に潜り込む手管さえまったく見せていない、逆にソフィアの方が好意的な有様であった、
「そっか、そうなるとあれか、マフダさんが服を作りたいって言ってたのってお姉さん達の為なの?」
「あっ、はい、そうです・・・その、ほら、私はその・・・ちんちくりんだから・・・でも、手先は器用だから・・・」
マフダはソフィアの様子におどおどしながら商会の門を叩いた時の言葉を繰り返してしまった、
「ちんちくりんって、そんな事ないわよ、あれか、こんな可愛い妹がいればそりゃからかいたくなるか」
「そうなんですよー、料理も上手ですし、床の方はどうだかわかりませんけど、さっさと嫁に出さないとって親父とは言ってます」
エレインは床とは?と疑問に思うが、マフダは瞬時に真っ赤な顔でフィロメナを睨み、タロウは指摘するべきかと顔を顰める、ソフィアは、
「そんなもん、横になって股開いとけば何とかなるわよ、お金貰うわけじゃないんだから」
と朝も早いのに当たり前のように下品な事を言って、中年親父のようにアッハッハと笑い飛ばすと、
「でもそれを言ったら、フィロメナさんの方が先じゃないの?あなたほどの器量なら選び放題でしょ、選り好みしてる?」
「そうなんですけどー、私は仕事一筋なんです、今は、家にはもっとちっさいのもいますからねー、せめてあいつらが金を稼げるようになるまでは頑張らないとなんですよ」
「へー、じゃあ、あれ、フィロメナさんがお母さん役なの?」
「どうなんでしょう、だとしたらだらしないお母さんですよ、とても見本にはならないかなー」
「えー、どうなの、マフダさん?」
「えっと、その・・・だらしない・・・はその通りです、でも、えっと、優しくて厳しくて・・・その、えっと・・・」
言葉に詰まるマフダであった、ここは大人として褒めるべきか家族として謙遜するのが正しいのか悩んだ挙句に押し黙った、
「困らせないで下さいよー、マフダは口で生きる女じゃないんですからー」
「あら、それもそうかもね」
とアッハッハと笑い合うソフィアとフィロメナであった、マフダは赤面して俯いてしまい、エレインはこの息の合い方は一体何なんだろうと先程までの心配が馬鹿らしくなってしまう、
「あっ、で、なんですが、お礼と思いまして、こちらをお持ちしたんです」
フィロメナはこんなもんかなと話題を変えた、マフダが足元に置いていた木箱をテーブルに乗せる、それはかなり大きい箱であった、しかし、マフダとフィロメナが持てるという事は重量はそれほどでもないのであろう、
「別にいいのよ、お礼なんて」
途端ソフィアは顔を顰める、タロウも何も気を遣わなくてもといいのになと思いつつ茶を口にした、
「いいえ、これは是非受け取って欲しいのです、感謝の気持ちは言葉だけでは伝わらないというのが家訓なのです」
フィロメナはサッとその蓋を外し、ソフィアとタロウに向けて箱を傾ける、二人は随分と世俗的で現実的な家訓だなーと思いつつその箱を覗き込む、
「えっ・・・」
「こりゃまた、立派な・・・」
二人はその品を一瞥してホウと感心してしまった、
「はい、先日タロウさんの特技を拝見させて頂きまして、送るならこれだろうと・・・如何でしょう?」
フィロメナがニコリと微笑する、
「・・・私は駄目ね・・・でも、あんた好きよね?」
ソフィアがタロウを伺い、
「ああ・・・俺なら使えるけど・・・いいの?高いでしょ?そう聞いてるよ」
「勿論です、で、なんですが」
とニヤリと更なる本題に入るフィロメナであった。
「あっ、良かった、ソフィアさんいいですか?」
とエレインがヒョイと食堂に顔を出した、
「ん?どしたの?」
ソフィアは掃除道具を両手に構えて首を傾げる、
「えっとですね、タロウさんにお客様なんですが、ソフィアさんも同席して欲しいなって事でして・・・」
エレインは若干不安そうである、
「いいけど、こんな朝早くから?」
「そうなんです」
「・・・どういう事?」
「あー・・・お会いして頂くのが一番早いかなって・・・」
エレインは何ともはっきりしない様子であった、ソフィアは返事に困るが、タロウを訪ねて来たとなれば自分が断るのもおかしいわよね等と考えてしまう、
「あの・・・忙しければいいんですけど、悪い人ではないですし・・・」
「・・・どういうこと?そんなに会わせたくないの?」
ソフィアは不思議そうに首を傾けた、エレインにしては歯切れの悪い口振りである、来客程度でそこまで遠慮する事も無いのではないかなとソフィアは思う、
「いえいえ、その私としてはとても良い人だと思うんですけど、先方さんもその立場上、無理にとは言ってなくて・・・」
しどろもどろに答えるエレインであった、いよいよソフィアはどういう事かしらと首を傾げるが、まぁ何とでもなるであろうと、
「いいわよ、こっちで良ければタロウ呼んで来るけど?」
「いいですか?」
「そりゃだって、エレインさんが自ら動くお客様でしょ、そこらの三下では、あなた、動かないでしょ」
「三下って・・・別に私はそんな高尚な者ではないですけど・・・」
「はいはい、いいから連れてきなさい、さっさと済ませて掃除しないとなんだから」
ソフィアは掃除道具を階段の脇に立てかけ、タロウを呼びに浴室へ向かい、エレインはどうなるかしらと事務所へ戻った、やがて、タロウが食堂に入り、ソフィアが茶の準備をしていると、
「すいません、タロウさん」
エレインがソッと顔を出す、そしてその後ろには膨れっ面を隠そうともしないマフダが大荷物を手にしており、
「失礼します」
と朝から濃い化粧に派手な装いで極上の笑みを湛えたフィロメナが食堂に入ってきた、
「わっ、フィロメナさん・・・だったよね、どしたの?」
タロウがビクリと大袈裟に驚く、
「すいません、朝から」
フィロメナが優雅な笑みを浮かべ、マフダは実に嫌そうに義姉を睨みつけている、
「それは構わないんだけどさ、さっ、入って、座って」
タロウはこれは珍客だなー等と思いながら三人を席に座らせた、そこへ、ソフィアが茶道具を持って入って来ると、
「あっ、ソフィアさん、すいません」
マフダが慌てて立ち上がるが、それより先にフィロメナが腰を上げており、
「ソフィアさんですね、大変お世話になっております」
深々と大きくお辞儀をした、ソフィアはマフダさんまでなんだろうと思いながら、
「んー、申し訳ないですが、どちら様で・・・」
と困惑するしかない、
「はい、マフダさんのお姉さんでフィロメナさんです」
結局エレインも立ち上がって簡潔に紹介する、
「へー、綺麗なお姉さんねー」
ソフィアは素直な感想を口にした、社交辞令という訳ではない、化粧が濃いのは役者さんなのかしら、でも随分派手な服装ね等と思いつつ、そんな人がタロウに会いに来たのよねと状況を今一つ把握できなかった、
「お褒めに預かり光栄です奥様」
フィロメナはニコリと微笑む、爽やかで魅力的な笑みであった、ソフィアはほへーとその笑顔を見つめ、タロウも一体どういう事なのかなと首を傾げる、まだ正確な用向きを聞いていない、
「まっ、ほら、座って」
ソフィアは三人を座らせて茶を準備し始めた、カチャカチャと茶器の立てる音が食堂に響く、エレインは取り合えずソフィアが腰を下ろすまで待つかと状況を観察し、マフダは難しい顔で俯いている、フィロメナは目ざとくもメダカの水槽に気付いて、あれがそうなのかと若干遠いが視線を外せなくなっていた、
「で、どうしたの?」
ソフィアがタロウの隣に腰を落ち着けた、すると、
「はい、妹が大変お世話になっております」
フィロメナが勢いよく頭を下げた、タロウはそこまでする事は無かろうなと思い、ソフィアは昨日も似たような事言われたようなと既視感を覚える、そういう季節なのであろうか、しかし、ソフィアの田舎ではこういった挨拶回りは年末か年始に適当に行われる事で、まだ年の瀬と言うには一月は早いわよねと首を捻る、マフダはムーと渋い顔でフィロメナを睨みつけており、エレインは、
「えっとですね、ほら、マフダさんがこっちで働く事になったのも、ソフティーのお陰といえばお陰なのでそういう意味でも・・・はい・・・」
と助太刀になるかどうか分らない助言を付け加える、
「それは聞いてるけど、そんな頭を下げられるような事はしてないわよ」
ソフィアは何とも困った顔となった、
「いいえ、いくら下げても足りないです」
フィロメナはクッと顔を上げると、爪の手入れやら染髪やら、料理等々とその恩恵を連ね、さらに飴を絶賛し、昨日作った蒸しパンに関しても今朝朝食の場に出されたらしい、数が足りなかった為、小さいそれをさらに四つ切にしたものを食したのであるが、これは違うと姉妹全員が称賛したらしい、
「そういうわけで私たちの商売にも大変に役立っていますし、何より姉妹仲も良くなったような感じなのです、美味しい料理は家庭を明るくするものですよね、なのでこんな素晴らしい事を実践している方に御挨拶も無いでは女が廃るというものです」
と饒舌な上に真剣な瞳であった、何もそこまでとソフィアはいよいよ顔を曇らせるが、
「あー、言ってたねー、うん、思い出したよー」
とタロウがやっとフィロメナの真意に気付いて笑顔になった、以前の宴会で酒を片手にほぼ同じ事を熱弁されたなと思い出す、
「はい、ちゃんと御挨拶をしたいと思っておったのです」
フィロメナがニコリと微笑む、
「どういう事?」
ソフィアがそう言えばタロウを訪ねて来た筈よねとタロウを見つめる、
「あー、どういう事って、大した事じゃないよ、この間クロノス達と呑みに行ったろ?フィロメナさんの店だったんだよ」
「へー・・・あーそういう事か、フィロメナさんはあれ?遊女さん?」
ソフィアもやっとフィロメナの職業に感づいたらしい、
「そうなんです、先日はありがとうございました」
フィロメナはニコニコと謝意を表す、
「あっ、それであれかエレインさんは遠慮がちだったの?」
ソフィアは先程のエレインの様子にも合点がいったようで、
「そう・・・ですね、ほら、遊女さんですし・・・ソフィアさんとしてはどうなのかなって・・・」
エレインはオズオズと口を開く、
「別にあれよ、遊女さんだろうが娼婦さんだろうが構わないわよ」
ソフィアはあっけらかんと微笑み、
「エレインさんは上品な生き方してるからだけど、私はほら冒険者なんてやってたんだから、その辺も別にどうという事は無いわよ」
「そうなんですか?」
「まぁね、昔はだって遊女屋さんに呑みにも行ったし、ユーリとね、置屋さんの用心棒とかもやったわよ、女の冒険者だから重宝されてね、男だとほら店の人に手出すでしょ、その点で安心だわーって、女将さんに良くしてもらったわ」
「あー、言ってたなー」
タロウがニヤリと思い出し笑いを見せる、
「ねー、懐かしいわね、置屋さんは寝床も合ってね、お金が無いときは重宝したなー、遊女屋さんはその辺厳しいのよね、やっぱりあれかしら客層が違うのかしら?」
「そういうもんですよねー」
とフィロメナはいよいよ嬉しそうに口を挟み、遊女屋がどうの置屋がどうのと大人三人は盛り上がり、エレインとマフダはポカンと完全に話題に入れないでいた、それでもマフダは家業という事もあり、その内容を理解するのは難しくは無かったが、エレインにとってはまるで未知の世界である、そして、どういう訳だかフィロメナの家族の事に話題は移る、
「そっかー、えっ、そうなるとマフダさんが姉妹が多いってそういう事だったのね」
とソフィアがマフダに微笑みかける、
「・・・あっ、はい、えっと、そういう事だと思います」
突然話しを振られマフダは慌てて俯いた、
「別に恥ずかしい事じゃないし、負い目を感じる事でもないでしょ、立派に育てて貰ったんだから感謝こそすれね、堂々としてなさい」
ソフィアは実にさばさばとしたもので、タロウも、
「いや、逆に大したもんだぞ、お前、十何人も娘を育てるなんて、とてもじゃないが無理だろ」
「そうよねー」
「何とかなるもんですよ、何気に楽しいですしね」
フィロメナはニコニコと嬉しそうに微笑む、
「そうなの?私なんか、この寮の娘達とミナとレインで手一杯よ、そりゃみんな子供じゃなけいどさ、姦しいったらありゃしない」
「それは分かります」
「でしょー」
ケラケラと笑い合うソフィアとフィロメナである、エレインは今朝マフダと共にフィロメナが事務所に現れ、ソフィアとタロウに挨拶をしたいと言われた時にはどうしたものかと悩んでしまった、エレインとしてはフィロメナは好人物であるとは理解しているが、どうやらタロウとはその商売上で知り合ったらしく、その商売の詳細を理解していないまでも、ソフィアがどう受け取るかを不安に思ったのである、しかし、実際に会わせてみればどうという事も無い様子で、それどころかフィロメナは得意としている人心に潜り込む手管さえまったく見せていない、逆にソフィアの方が好意的な有様であった、
「そっか、そうなるとあれか、マフダさんが服を作りたいって言ってたのってお姉さん達の為なの?」
「あっ、はい、そうです・・・その、ほら、私はその・・・ちんちくりんだから・・・でも、手先は器用だから・・・」
マフダはソフィアの様子におどおどしながら商会の門を叩いた時の言葉を繰り返してしまった、
「ちんちくりんって、そんな事ないわよ、あれか、こんな可愛い妹がいればそりゃからかいたくなるか」
「そうなんですよー、料理も上手ですし、床の方はどうだかわかりませんけど、さっさと嫁に出さないとって親父とは言ってます」
エレインは床とは?と疑問に思うが、マフダは瞬時に真っ赤な顔でフィロメナを睨み、タロウは指摘するべきかと顔を顰める、ソフィアは、
「そんなもん、横になって股開いとけば何とかなるわよ、お金貰うわけじゃないんだから」
と朝も早いのに当たり前のように下品な事を言って、中年親父のようにアッハッハと笑い飛ばすと、
「でもそれを言ったら、フィロメナさんの方が先じゃないの?あなたほどの器量なら選び放題でしょ、選り好みしてる?」
「そうなんですけどー、私は仕事一筋なんです、今は、家にはもっとちっさいのもいますからねー、せめてあいつらが金を稼げるようになるまでは頑張らないとなんですよ」
「へー、じゃあ、あれ、フィロメナさんがお母さん役なの?」
「どうなんでしょう、だとしたらだらしないお母さんですよ、とても見本にはならないかなー」
「えー、どうなの、マフダさん?」
「えっと、その・・・だらしない・・・はその通りです、でも、えっと、優しくて厳しくて・・・その、えっと・・・」
言葉に詰まるマフダであった、ここは大人として褒めるべきか家族として謙遜するのが正しいのか悩んだ挙句に押し黙った、
「困らせないで下さいよー、マフダは口で生きる女じゃないんですからー」
「あら、それもそうかもね」
とアッハッハと笑い合うソフィアとフィロメナであった、マフダは赤面して俯いてしまい、エレインはこの息の合い方は一体何なんだろうと先程までの心配が馬鹿らしくなってしまう、
「あっ、で、なんですが、お礼と思いまして、こちらをお持ちしたんです」
フィロメナはこんなもんかなと話題を変えた、マフダが足元に置いていた木箱をテーブルに乗せる、それはかなり大きい箱であった、しかし、マフダとフィロメナが持てるという事は重量はそれほどでもないのであろう、
「別にいいのよ、お礼なんて」
途端ソフィアは顔を顰める、タロウも何も気を遣わなくてもといいのになと思いつつ茶を口にした、
「いいえ、これは是非受け取って欲しいのです、感謝の気持ちは言葉だけでは伝わらないというのが家訓なのです」
フィロメナはサッとその蓋を外し、ソフィアとタロウに向けて箱を傾ける、二人は随分と世俗的で現実的な家訓だなーと思いつつその箱を覗き込む、
「えっ・・・」
「こりゃまた、立派な・・・」
二人はその品を一瞥してホウと感心してしまった、
「はい、先日タロウさんの特技を拝見させて頂きまして、送るならこれだろうと・・・如何でしょう?」
フィロメナがニコリと微笑する、
「・・・私は駄目ね・・・でも、あんた好きよね?」
ソフィアがタロウを伺い、
「ああ・・・俺なら使えるけど・・・いいの?高いでしょ?そう聞いてるよ」
「勿論です、で、なんですが」
とニヤリと更なる本題に入るフィロメナであった。
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【あらすじ】ラテール伯爵家の令嬢フィリアナは、仕事で帰宅できない父の状況に不満を抱きながら、自身の6歳の誕生日を迎えていた。すると、遅くに帰宅した父が白黒でフワフワな毛をした足の太い子犬を連れ帰る。子犬の飼い主はある高貴な人物らしいが、訳あってラテール家で面倒を見る事になったそうだ。その子犬を自身の誕生日プレゼントだと勘違いしたフィリアナは、兄ロアルドと取り合いながら、可愛がり始める。子犬はすでに名前が決まっており『アルス』といった。
アルスは当初かなり周囲の人間を警戒していたのだが、フィリアナとロアルドが甲斐甲斐しく世話をする事で、すぐに二人と打ち解ける。
だがそんな子犬のアルスには、ある重大な秘密があって……。
この話は、子犬と戯れながら巻き込まれ成長をしていく兄妹の物語。
※全102話で完結済。
★『小説家になろう』でも読めます★
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屋台飯! いらない子認定されたので、旅に出たいと思います。
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2021/02/19 第一部完結
2021/02/21 第二部連載開始
2021/05/05 第二部完結
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