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本編
64話 縁は衣の元味の元 その6
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その同じ頃合いの寮では、公務時間終了の鐘が鳴ると暫くしてジャネットとグルジアが厨房へ駆け込んで来た、厨房ではミーンとティルがソフィアとマフダとリーニーから新しい料理について教示されており、二人は当然のように顔を突っ込んだ、やがてアニタとパウラ、オリビア以外の寮生も鼻息を荒くして参戦する、
「まったく・・・まぁいいけど・・・」
ソフィアは呆れるしかなかったが、まぁいつもの事ねと楽しむ事にした、しかし以前よりもその参加者が増えた事もあり厨房は何とも手狭となり、そうなると食堂に道具を持ち込んでの作業となる、これも最近では珍しくない光景であったが、そこへ、
「失礼します・・・」
来客であった、今度は誰だーとミナが玄関に走り、すぐに戻ると、
「ソフィー、ねーさん来たー、もう一人ねーさんもいるー」
と良く分からない事を叫ぶミナである、はいはいとソフィアが玄関へ向かうと来客はブノワトであった、もう一人連れているが初めて見る顔である、
「あら、いらっしゃい、どしたの?」
前掛けで手を拭いながらソフィアが二人を迎えると、
「すいません、忙しい所」
ブノワトは珍しくも恐縮した顔であり、その隣の女性もまた若干緊張している様子で、ソフィアは何か大事かしらと、
「別に忙しくはないけど・・・騒がしいわよ、それでもよければどうぞ」
二人を招き入れた、途端、
「ねーさん、チーッス」
ジャネットの明るい大声が響き、
「ブノワトねーさんだ、お久しぶりです」
と食堂内の面々が賑やかに二人を出迎えた、
「ありゃ・・・またなんか始めたの?」
ブノワトはすぐに察して苦笑いを浮かべ、隣の女性も食堂内の様子に困惑している、
「そうなのよ、まったく、この娘達はね、逞しいというか意地汚いというか・・・」
「逞しいはいいですけど、意地汚いは違いますよー」
「そうですよ、そこはがめついにしましょう」
「それ、より酷くなってない?」
「そう?じゃ、貪欲とか?」
「だから、酷くなってるってば」
「そうかなー?」
「そうでしょうよ、もっと上品にしないと、なんかないの?」
「逞しいとか?」
「それは先に言ってるじゃない」
「じゃ、やっぱり、がめついだよ、うん」
「だからー」
とギャーギャーと楽しそうに喚きつつも何やら作業を続ける女生徒達であった、
「もう・・・じゃ、2階に上がるか、ここはうるさくてかなわないわ」
ソフィアはブノワトに目配せし、二人と共に階段を上がる、そして腰を落ち着けると、
「すいません、えっとですね」
ブノワトが早速と口を開いた、
「先に、こちら、アンベル義姉さんです、えっと、兄貴の奥さんです」
と隣に座った女性を紹介する、アンベルは物珍しそうに室内を見回していたがすぐに背筋を伸ばして会釈する、
「あら、ブノワトさんのお兄さんとなると、リノルトさんね、へー、こんな綺麗な奥さんだったんだー、初めましてかな?すれ違う程度では会ってるかしら?」
ソフィアは大袈裟な笑顔を浮かべてアンベルを見つめる、
「はい、えっと、そうですね、ちゃんと御挨拶をするのは初めてで、すいません、アンベルです、夫も義妹もというかお仕事でもお世話になっております」
ゆっくりとアンベルは頭を垂れた、
「そんな事無いわよー、面倒な事ばかり言って嫌なお客でしょ、御免なさいねー」
「そんな、そんな事無いです、お陰様で家業は忙しくさせて頂いております、感謝しかないです」
アンベルは慌てて答えた、ソフィアの言葉は定型の挨拶分といって良い程によく聞く台詞であり、アンベルもまたよく使われる定型文での返しである、
「ならいいんだけどね、ちゃんと儲けてる?」
「はい、それは勿論です、って、これは違うかな?」
調子の良いソフィアに合わせてアンベルも思わず調子良く答えるが、太っ腹なお客にそう聞かれて肯定で答えるのはどうなのだろうと首を捻った、
「違わないわよ、忙しくしてちゃんとした仕事で儲けている所にはちゃんとした仕事が集まるものよ、儲けていない工場に仕事を頼む人はいないものだわ」
ソフィアはニコリと微笑む、ブノワトとアンベルはそれもそうだと笑顔を見せた、
「で、どうしたの?挨拶回り?」
ソフィアが首を傾げてブノワトに問いかける、アンベルに関しては特に聞いていないが、ブノワトはガラス鏡協会だなんだで忙しいと耳にしている、そんなブノワトがわざわざ足を運んだのである、ソフィアは何か重要な用件だろうと比較的に静かな二階のホールへわざわざ二人を誘ったのであった、
「あっ、えっとですね、挨拶回りと言えばそうなんですが・・・」
ブノワトはそっとアンベルを伺い、アンベルは、
「はい、その、改めてお礼と挨拶をと思いまして」
と口を開き、
「昨日の肉挽き機ですね、家でも使わせてもらいまして、義母と一緒に何じゃこりゃって、騒ぎになって、で、教えてもらった通りに調理しましたら・・・それこそ家中がひっくり返るくらいに騒ぎになって」
とアンベルは昨日の状況をどこか恥ずかしそうに説明する、
「あっ、使ってみた?あれすごいわよね」
ソフィアは笑顔で受けた、
「はい、だって、旦那がですね、わざわざ屑肉を買って来たんですよ、で、私も義母さんも怒っちゃって、そしたらこれを使えば美味くなるって、自信満々で言い切って、で、多分初めてじゃないかな?夕飯の手伝いしたの」
ソフィアの笑顔に助けられアンベルは早口となってしまう、昨日の興奮を思い出したのであろう、隣で聞いているブノワトはいつも冷静な義姉にしては珍しいなと驚いている、
「そっか、リノルトさんには試食無かったからね、ちゃんと伝わればいいなとは思ったけど、美味しく出来たなら伝わったみたいね」
「それはもう、はい、あんなに美味しい肉料理は初めてで、食べ終わってからまた作りました」
「あらそうなの?実はここでもね、学生達が足りないって騒ぎになってね、わざわざ追加で作ったのよ、どこも一緒ね」
「へー・・・そんなに美味しいの?」
ブノワトが思わず疑問を呈す、
「うん、言ったじゃない、絶対ビックリするよ、それも固い屑肉だよ、一番安いやつ、それなのに一番高い肉よりも美味しくなるんだよ」
「聞いたけどさ・・・だってさー」
ブノワトは不満そうに口を尖らせた、食べたことの無い料理の話しである、懐疑的になるのは致し方ない事であろう、
「まぁね、あれは食べてみないとだわね」
ソフィアもニヤリと笑顔を浮かべる、ソフィア自身もタロウのやることだからと実際に口にするまでは半信半疑であった、しかし、肉挽き機に関しては既製品でもあり、タロウの作る料理は概ね好意的に捉えられる、時折異常に手間がかかったり無駄が多い場合があるが、それでも味は良いのであった、困ったものである、
「ですよね、だから、今日貸す事にしたんです、ブノワトも絶対気に入るから、使うべきよ」
「はいはい、やってみるけどさ」
ブノワトはまったくと目を細める、今一つ仲間外れ感があり素直になれないのであった、
「で、ですね」
とアンベルは手にしていた革袋をそっとテーブルに置き、スッとソフィアに差し出す、
「なに?」
「あの、お礼といってはなんですけど、その・・・義母さんも仕事を頂けた上にこんな凄いものまで任せてくれて、せめて挨拶とお礼はしなきゃねって、なって・・・その・・・気持ちです」
アンベルはそっと上目遣いでソフィアを見つめる、ブノワトから事前にソフィアは手柄やら金銭には無頓着であると聞いている、それは今日ギルドで仕事中に挨拶に行きたいとブノワトに頼んだ時に伝えられた事であったが、そうは言ってもすでに義理の母からお礼の品を持たされており、それを持ち帰るのは嫁として実に情けない事でもあった、ここは何としても受け取って貰わないとと真剣な瞳となる、
「気持ちって言われても・・・」
ソフィアは一転渋い顔となった、ブノワトはやっぱりなとソフィアを伺い、
「そういわないで、受け取って下さい、実家で作った冬キャベツです」
と言い添えた、すると、
「あら、それは嬉しいわね」
ソフィアは途端明るい顔となる、そして、
「もう出回っているの?冬キャベツ」
「えっ、あっ、はい、そろそろですね」
「はい、そろそろです」
断られるかと思っていた二人はソフィアの明るい顔に拍子抜けしてしまった、
「私もほら出不精だからね、買い物はミナとレインに任せているんだけど、最近はそれも少なくなってねー、駄目なんだけどさー、見てもいい?」
「はい、どうぞ、えっと、あれです、今朝採れた採れたてなので、美味しいと思います」
アンベルは慌てて革袋を開き、見事なキャベツを一玉取り出した、
「あら、立派ね」
「そうなんですよ、うちの母ちゃんはキャベツだけは上手なんです」
ブノワトが嬉しそうに笑顔を見せる、
「そんな事言って、怒られない?」
「大丈夫です、自分でもそう言ってますから、カブとか玉ねぎなんかも植えるんですけど、そっちは今一つなんですよねー」
「へー、そうなんだ、土が違うのかな?」
「多分そうです、工場じゃなくて家のほうで畑を作っているんですが水はけが良すぎるんですよ」
「あー、それあるわよね、キャベツってそうらしいわよね」
とキャベツの育て方でワイワイと姦しくなる三人である、そこへ、
「ねーさんいるー?」
とジャネットが階段から顔だけを覗かせた、
「いるけど、なに?」
「新作出来たよー、試してみー」
ニヤリと微笑むジャネットを、
「新作?」
ブノワトがギラリと睨みつける、
「うん、新作、今日出来たばかりだよー」
「いいんですか?」
ブノワトの視線がそのままソフィアへ向かう、
「いいわよー、そうだ、あれもお願いしたかったのよね・・・ブラスさんに頼もうかと思ってたのよ」
「あれとは?」
すっかりブノワトは以前のノリに戻ったらしい、アンベルはその遠慮もなにも無い様においおいと義理の妹を見つめてしまう、
「蒸し器ってタロウは言ってたけどね、肉挽き機とはちがって簡単な構造だから出来るでしょ、見る感じ木で出来てるからね、あれだ、ザル?あれをもう少し立派にした感じ?」
「やります、やらせて下さい」
食い気味に即答するブノワトであった、
「そう言うと思ったわ、じゃ、キャベツは有難く頂くわね」
ソフィアは用件はこれで済んだのかなと二人を伺うが、ブノワトはもう蒸し器に興味が移ったようで、アンベルは若干引いており、
「あっ、はい、どうぞ、少ないかもしれなくて申し訳ないんですが」
アンベルは慌てて社交辞令を口にする、
「全然よ、ありがたく頂くわね」
とソフィアが腰を上げると、ブノワトも勢い良く立ち上がり、
「ジャネット、美味しいの?」
キッとジャネットを睨みつける始末である、
「勿論ださー」
階段の手すりの間から顔を出してジャネットはニヤニヤとほくそ笑み、
「じゃ、下でいい?」
「うん、行くわ、義姉さんも行きましょう」
と気合の入った様子である、アンベルはいいのかなと困惑しつつも腰を上げた、そして三人が食堂に下り、供されたのは二品である、一つは湯気をまとった真っ白く丸い料理、もう一つは湯呑に入った黄色いスープのような料理であった、
「・・・これは?」
ブノワトの厳しい視線が二つの品に突き刺さる、
「こっちが蒸しパンで、こっちがカスタードプリンと呼ぶらしいです」
その隣で満面の笑みでその二つを頬張るアニタが答えた、
「パンなの?」
「パンですね、材料はまんまパンです」
ケイスが答え、
「カスタード?」
「カスタードですね、店で出してるのと近いのですが、これはより上品ですよ」
パウラが答える、二人もまた幸せそうに二つの品を試していた、
「あー、あんたら食べ過ぎないでよ」
ソフィアがまったくと呆れている、ハーイと調子の良い返事が響くが、どこまで本気か分かったものではない、
「まったく、じゃ、ブノワトさんね、それ食べたら厨房にお願い、蒸し器を見せるから」
とソフィアは頂いたキャベツを胸に抱いて厨房へ入り、
「わかりました」
ブノワトは心ここにあらずと空返事が口を吐く、そしてゆっくりと蒸しパンに手を伸ばした、
「ん?下の葉っぱは?」
「あっ、それは食べちゃ駄目ですよ、蒸し器に入れるとくっついちゃうから敷いているらしいです」
「へー・・・柔らかいわね・・・」
「そうなんですよ、パンとは思えないんです」
「ねー、このパン絶対売れるよね」
「うん、確実」
「プリンも絶対だよ」
「うん、それも確実」
「どうしようか、ハンバーグにする?これにする?」
「それはまた後でだねー、ゆっくり相談したいなー」
「そだよねー」
とジャネット達はその味を楽しんでおり、ブノワトは蒸しパンを口に運び、アンベルも遠慮しながらも供されたそれを口に運んだ、そして、
「んー・・・」
と同時に声にならない呻き声を上げ顔を見合わせる義理の姉妹であった。
「まったく・・・まぁいいけど・・・」
ソフィアは呆れるしかなかったが、まぁいつもの事ねと楽しむ事にした、しかし以前よりもその参加者が増えた事もあり厨房は何とも手狭となり、そうなると食堂に道具を持ち込んでの作業となる、これも最近では珍しくない光景であったが、そこへ、
「失礼します・・・」
来客であった、今度は誰だーとミナが玄関に走り、すぐに戻ると、
「ソフィー、ねーさん来たー、もう一人ねーさんもいるー」
と良く分からない事を叫ぶミナである、はいはいとソフィアが玄関へ向かうと来客はブノワトであった、もう一人連れているが初めて見る顔である、
「あら、いらっしゃい、どしたの?」
前掛けで手を拭いながらソフィアが二人を迎えると、
「すいません、忙しい所」
ブノワトは珍しくも恐縮した顔であり、その隣の女性もまた若干緊張している様子で、ソフィアは何か大事かしらと、
「別に忙しくはないけど・・・騒がしいわよ、それでもよければどうぞ」
二人を招き入れた、途端、
「ねーさん、チーッス」
ジャネットの明るい大声が響き、
「ブノワトねーさんだ、お久しぶりです」
と食堂内の面々が賑やかに二人を出迎えた、
「ありゃ・・・またなんか始めたの?」
ブノワトはすぐに察して苦笑いを浮かべ、隣の女性も食堂内の様子に困惑している、
「そうなのよ、まったく、この娘達はね、逞しいというか意地汚いというか・・・」
「逞しいはいいですけど、意地汚いは違いますよー」
「そうですよ、そこはがめついにしましょう」
「それ、より酷くなってない?」
「そう?じゃ、貪欲とか?」
「だから、酷くなってるってば」
「そうかなー?」
「そうでしょうよ、もっと上品にしないと、なんかないの?」
「逞しいとか?」
「それは先に言ってるじゃない」
「じゃ、やっぱり、がめついだよ、うん」
「だからー」
とギャーギャーと楽しそうに喚きつつも何やら作業を続ける女生徒達であった、
「もう・・・じゃ、2階に上がるか、ここはうるさくてかなわないわ」
ソフィアはブノワトに目配せし、二人と共に階段を上がる、そして腰を落ち着けると、
「すいません、えっとですね」
ブノワトが早速と口を開いた、
「先に、こちら、アンベル義姉さんです、えっと、兄貴の奥さんです」
と隣に座った女性を紹介する、アンベルは物珍しそうに室内を見回していたがすぐに背筋を伸ばして会釈する、
「あら、ブノワトさんのお兄さんとなると、リノルトさんね、へー、こんな綺麗な奥さんだったんだー、初めましてかな?すれ違う程度では会ってるかしら?」
ソフィアは大袈裟な笑顔を浮かべてアンベルを見つめる、
「はい、えっと、そうですね、ちゃんと御挨拶をするのは初めてで、すいません、アンベルです、夫も義妹もというかお仕事でもお世話になっております」
ゆっくりとアンベルは頭を垂れた、
「そんな事無いわよー、面倒な事ばかり言って嫌なお客でしょ、御免なさいねー」
「そんな、そんな事無いです、お陰様で家業は忙しくさせて頂いております、感謝しかないです」
アンベルは慌てて答えた、ソフィアの言葉は定型の挨拶分といって良い程によく聞く台詞であり、アンベルもまたよく使われる定型文での返しである、
「ならいいんだけどね、ちゃんと儲けてる?」
「はい、それは勿論です、って、これは違うかな?」
調子の良いソフィアに合わせてアンベルも思わず調子良く答えるが、太っ腹なお客にそう聞かれて肯定で答えるのはどうなのだろうと首を捻った、
「違わないわよ、忙しくしてちゃんとした仕事で儲けている所にはちゃんとした仕事が集まるものよ、儲けていない工場に仕事を頼む人はいないものだわ」
ソフィアはニコリと微笑む、ブノワトとアンベルはそれもそうだと笑顔を見せた、
「で、どうしたの?挨拶回り?」
ソフィアが首を傾げてブノワトに問いかける、アンベルに関しては特に聞いていないが、ブノワトはガラス鏡協会だなんだで忙しいと耳にしている、そんなブノワトがわざわざ足を運んだのである、ソフィアは何か重要な用件だろうと比較的に静かな二階のホールへわざわざ二人を誘ったのであった、
「あっ、えっとですね、挨拶回りと言えばそうなんですが・・・」
ブノワトはそっとアンベルを伺い、アンベルは、
「はい、その、改めてお礼と挨拶をと思いまして」
と口を開き、
「昨日の肉挽き機ですね、家でも使わせてもらいまして、義母と一緒に何じゃこりゃって、騒ぎになって、で、教えてもらった通りに調理しましたら・・・それこそ家中がひっくり返るくらいに騒ぎになって」
とアンベルは昨日の状況をどこか恥ずかしそうに説明する、
「あっ、使ってみた?あれすごいわよね」
ソフィアは笑顔で受けた、
「はい、だって、旦那がですね、わざわざ屑肉を買って来たんですよ、で、私も義母さんも怒っちゃって、そしたらこれを使えば美味くなるって、自信満々で言い切って、で、多分初めてじゃないかな?夕飯の手伝いしたの」
ソフィアの笑顔に助けられアンベルは早口となってしまう、昨日の興奮を思い出したのであろう、隣で聞いているブノワトはいつも冷静な義姉にしては珍しいなと驚いている、
「そっか、リノルトさんには試食無かったからね、ちゃんと伝わればいいなとは思ったけど、美味しく出来たなら伝わったみたいね」
「それはもう、はい、あんなに美味しい肉料理は初めてで、食べ終わってからまた作りました」
「あらそうなの?実はここでもね、学生達が足りないって騒ぎになってね、わざわざ追加で作ったのよ、どこも一緒ね」
「へー・・・そんなに美味しいの?」
ブノワトが思わず疑問を呈す、
「うん、言ったじゃない、絶対ビックリするよ、それも固い屑肉だよ、一番安いやつ、それなのに一番高い肉よりも美味しくなるんだよ」
「聞いたけどさ・・・だってさー」
ブノワトは不満そうに口を尖らせた、食べたことの無い料理の話しである、懐疑的になるのは致し方ない事であろう、
「まぁね、あれは食べてみないとだわね」
ソフィアもニヤリと笑顔を浮かべる、ソフィア自身もタロウのやることだからと実際に口にするまでは半信半疑であった、しかし、肉挽き機に関しては既製品でもあり、タロウの作る料理は概ね好意的に捉えられる、時折異常に手間がかかったり無駄が多い場合があるが、それでも味は良いのであった、困ったものである、
「ですよね、だから、今日貸す事にしたんです、ブノワトも絶対気に入るから、使うべきよ」
「はいはい、やってみるけどさ」
ブノワトはまったくと目を細める、今一つ仲間外れ感があり素直になれないのであった、
「で、ですね」
とアンベルは手にしていた革袋をそっとテーブルに置き、スッとソフィアに差し出す、
「なに?」
「あの、お礼といってはなんですけど、その・・・義母さんも仕事を頂けた上にこんな凄いものまで任せてくれて、せめて挨拶とお礼はしなきゃねって、なって・・・その・・・気持ちです」
アンベルはそっと上目遣いでソフィアを見つめる、ブノワトから事前にソフィアは手柄やら金銭には無頓着であると聞いている、それは今日ギルドで仕事中に挨拶に行きたいとブノワトに頼んだ時に伝えられた事であったが、そうは言ってもすでに義理の母からお礼の品を持たされており、それを持ち帰るのは嫁として実に情けない事でもあった、ここは何としても受け取って貰わないとと真剣な瞳となる、
「気持ちって言われても・・・」
ソフィアは一転渋い顔となった、ブノワトはやっぱりなとソフィアを伺い、
「そういわないで、受け取って下さい、実家で作った冬キャベツです」
と言い添えた、すると、
「あら、それは嬉しいわね」
ソフィアは途端明るい顔となる、そして、
「もう出回っているの?冬キャベツ」
「えっ、あっ、はい、そろそろですね」
「はい、そろそろです」
断られるかと思っていた二人はソフィアの明るい顔に拍子抜けしてしまった、
「私もほら出不精だからね、買い物はミナとレインに任せているんだけど、最近はそれも少なくなってねー、駄目なんだけどさー、見てもいい?」
「はい、どうぞ、えっと、あれです、今朝採れた採れたてなので、美味しいと思います」
アンベルは慌てて革袋を開き、見事なキャベツを一玉取り出した、
「あら、立派ね」
「そうなんですよ、うちの母ちゃんはキャベツだけは上手なんです」
ブノワトが嬉しそうに笑顔を見せる、
「そんな事言って、怒られない?」
「大丈夫です、自分でもそう言ってますから、カブとか玉ねぎなんかも植えるんですけど、そっちは今一つなんですよねー」
「へー、そうなんだ、土が違うのかな?」
「多分そうです、工場じゃなくて家のほうで畑を作っているんですが水はけが良すぎるんですよ」
「あー、それあるわよね、キャベツってそうらしいわよね」
とキャベツの育て方でワイワイと姦しくなる三人である、そこへ、
「ねーさんいるー?」
とジャネットが階段から顔だけを覗かせた、
「いるけど、なに?」
「新作出来たよー、試してみー」
ニヤリと微笑むジャネットを、
「新作?」
ブノワトがギラリと睨みつける、
「うん、新作、今日出来たばかりだよー」
「いいんですか?」
ブノワトの視線がそのままソフィアへ向かう、
「いいわよー、そうだ、あれもお願いしたかったのよね・・・ブラスさんに頼もうかと思ってたのよ」
「あれとは?」
すっかりブノワトは以前のノリに戻ったらしい、アンベルはその遠慮もなにも無い様においおいと義理の妹を見つめてしまう、
「蒸し器ってタロウは言ってたけどね、肉挽き機とはちがって簡単な構造だから出来るでしょ、見る感じ木で出来てるからね、あれだ、ザル?あれをもう少し立派にした感じ?」
「やります、やらせて下さい」
食い気味に即答するブノワトであった、
「そう言うと思ったわ、じゃ、キャベツは有難く頂くわね」
ソフィアは用件はこれで済んだのかなと二人を伺うが、ブノワトはもう蒸し器に興味が移ったようで、アンベルは若干引いており、
「あっ、はい、どうぞ、少ないかもしれなくて申し訳ないんですが」
アンベルは慌てて社交辞令を口にする、
「全然よ、ありがたく頂くわね」
とソフィアが腰を上げると、ブノワトも勢い良く立ち上がり、
「ジャネット、美味しいの?」
キッとジャネットを睨みつける始末である、
「勿論ださー」
階段の手すりの間から顔を出してジャネットはニヤニヤとほくそ笑み、
「じゃ、下でいい?」
「うん、行くわ、義姉さんも行きましょう」
と気合の入った様子である、アンベルはいいのかなと困惑しつつも腰を上げた、そして三人が食堂に下り、供されたのは二品である、一つは湯気をまとった真っ白く丸い料理、もう一つは湯呑に入った黄色いスープのような料理であった、
「・・・これは?」
ブノワトの厳しい視線が二つの品に突き刺さる、
「こっちが蒸しパンで、こっちがカスタードプリンと呼ぶらしいです」
その隣で満面の笑みでその二つを頬張るアニタが答えた、
「パンなの?」
「パンですね、材料はまんまパンです」
ケイスが答え、
「カスタード?」
「カスタードですね、店で出してるのと近いのですが、これはより上品ですよ」
パウラが答える、二人もまた幸せそうに二つの品を試していた、
「あー、あんたら食べ過ぎないでよ」
ソフィアがまったくと呆れている、ハーイと調子の良い返事が響くが、どこまで本気か分かったものではない、
「まったく、じゃ、ブノワトさんね、それ食べたら厨房にお願い、蒸し器を見せるから」
とソフィアは頂いたキャベツを胸に抱いて厨房へ入り、
「わかりました」
ブノワトは心ここにあらずと空返事が口を吐く、そしてゆっくりと蒸しパンに手を伸ばした、
「ん?下の葉っぱは?」
「あっ、それは食べちゃ駄目ですよ、蒸し器に入れるとくっついちゃうから敷いているらしいです」
「へー・・・柔らかいわね・・・」
「そうなんですよ、パンとは思えないんです」
「ねー、このパン絶対売れるよね」
「うん、確実」
「プリンも絶対だよ」
「うん、それも確実」
「どうしようか、ハンバーグにする?これにする?」
「それはまた後でだねー、ゆっくり相談したいなー」
「そだよねー」
とジャネット達はその味を楽しんでおり、ブノワトは蒸しパンを口に運び、アンベルも遠慮しながらも供されたそれを口に運んだ、そして、
「んー・・・」
と同時に声にならない呻き声を上げ顔を見合わせる義理の姉妹であった。
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しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
いきなり異世界って理不尽だ!
みーか
ファンタジー
三田 陽菜25歳。会社に行こうと家を出たら、足元が消えて、気付けば異世界へ。
自称神様の作った機械のシステムエラーで地球には帰れない。地球の物は何でも魔力と交換できるようにしてもらい、異世界で居心地良く暮らしていきます!
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