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本編

63話 荒野の果てには その7

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「これは・・・」

「美味いな・・・」

「うん、味が濃い」

「肉の味か・・・いや、肉の味も良いが」

「塩気じゃな、それと辛味か?」

「確かに、辛いですな」

「この黒い粒か?」

「そのようですね」

「しかし・・・」

「うん、美味い」

一行は市場の端にあった腰掛けを三つ程占領し、タロウが買って来た串焼きに噛り付いている、口から出るのはその称賛と少しばかりの観察結果であった、

「これをつけてみて下さい、また味が変わって美味しいですよ」

タロウが差し出したのはヘラが刺さった小さな壺である、その壺は帝国風の意匠が施されたそれなりに手間のかかった品に見えた、

「む、なんじゃ?」

「これが・・・マスタード・・・カラシとも言いますね、こっちではシナピスと呼んでます、なのでそう呼ぶのが良いかと、少量をつけて食べるのですが、これも辛いので、ホントにごく少量をつけて試してみて下さい、辛味と酸味が美味しいのですよ」

「ほう、それは興味深い」

早速と学園長は手を伸ばし、他の面々も興味津々で学園長の感想を待つ、

「む、確かに辛い、いや、辛いが美味いぞ、なんだ、肉の味を引き立てる・・・しかし、辛い、うん、辛い、鼻にくるな、いや、美味いぞ、ほどよくすっぱい、これは良い」

楽しそうに辛い辛いと連呼する学園長である、

「つけ過ぎですよ」

「何を言う、小指の先程もつけとらん」

「小指の爪ほどで十分なんです、ちょっと乗っけるだけですよ」

「それを先に言わんか」

タロウと学園長が騒いでいる隣で、他の面々も恐る恐ると手を伸ばす、そして、

「おお、美味いな」

「うむ、辛いが美味い」

「これはいい、さっぱりしつつ複雑な味がするな」

「うん、肉も良いが何だ、どういう事なのだ」

メインデルトがモグモグと咀嚼しながらタロウを見上げる、タロウは座る席が無かった為、取り合えず立って串に噛り付いていた、

「どういう事と言われましても、まず、買って来たのは牛の串焼きです、焼いただけでも十分旨いんですが、こっちでは塩とコショウという調味料で味付けするのが一般的・・・というか、あれですね、塩はそれほどでもないですが、コショウは貴重な調味料なので、一般家庭ではまず使わないらしいですが、屋台とか店とかでは使わないと売れないくらいに一般的な調味料です」

「むっ、この黒い実がそうであろう?」

「はい、コショウという木の実です、それを乾燥させて磨り潰して振りかけます、こっちではピパーと呼ばれてますね」

「ピパー、ピパーじゃな、で、この黄色いのは?」

「シナピスですね、これも木の実を磨り潰してお酢で溶いた調味料です、少し塩とかも入っているのかな?地方によっては油で溶く地方もあるとか、小麦も若干入れているみたいですが、ドロドロにする為でしょうね、こうやって肉料理とかパンに塗って食べるので、ドロドロの方が使いやすいのです」

タロウが解説している間にも男達の手はマスタードに伸びている、どうやらそこに身分の上下はあまり関係無いらしい、そして、

「ヒデオン、つけ過ぎだ」

「会長こそ、つけ過ぎですよ」

「俺は辛いのが好きなんだよ」

「なら、俺もです」

「待て、お前ら、俺の分はあるだろうな?」

「知るか、早い者勝ちだ」

「む、つけ過ぎは良くないぞ」

「おいおい、いい歳して何て様だ」

リンドもその争奪戦に参加している為抑える者がいない、タロウは思惑通りとニヤリと微笑む、タロウにとって王国の食文化は何とも貧相に感じられるものであった、小麦や大麦、蕎麦を主食とし、数種の野菜と数種の豆類、鳥を中心とした肉、魚は干し魚や川魚があるにはあるが高価で貴重な上に対して美味しくない、調味料としては岩塩と酢が精々であり、胡麻も栽培されているが広く流通している訳では無いらしかった、褒められるのは甜菜糖が広まっている事と、鶏の飼育が盛んである為卵が手に入りやすい事であろうか、山羊乳も都市毎に事情は変わるが重宝されている、酒もエールやワインと言った基本的な酒と数種の果実酒しか見られない、しかしこれらの寂しさは王国の地政を考えれば致し方ない事であろう、王国の立地は大陸の西の端であり、山脈に覆われた広大な平地を主としている、さらに海に面した土地が少なくその為海上交易は発達していなかった、タロウが地中海と呼んだ南側の内海側は都市国家が頑としてその場を譲らす、西方と北方の山脈は王国が蛮族と呼ぶ少数民族と山の民の地である、そして東側には山脈もあるが巨大な森林地帯がある、その山脈はハイランダーと呼ばれる友好的な少数民族の中心地であり、森林地帯はエルフの領土である、エルフは王国を含め他の種族とは一切の付き合いが無い、そうなると、王国は巨大な陸の孤島と言える立地なのである、そして、唯一陸路として開かれていたのが問題の荒野であった、それもそうであることは数日前までまったく知られていなかったが、

「まぁまぁ、また買ってきますから、喧嘩なされないで」

タロウが余裕の笑みで一行を見下ろす、ムゥと情けない顔でルーツが手にするマスタードの壺を睨む大人達である、

「そういう事ならば仕方ないが」

「タロウ、木の実であれば、王国でも栽培できるのか?」

「おぅ、それは気になるな」

クロノスと学園長がタロウを見上げた、

「はい、可能ですね、この植物は寒い地方でも良く育つと聞いてます、種も売ってますから、可能でしょうね」

「それは良い、学園長、出来るな?」

「うむ、早速取り掛かろう、ピパーとシナピスであったな」

「あっ、シナピスは育てられると思いますが、ピパーはどうでしょう・・・難しいかもしれません」

「なんだ?言ってる事が違うぞ」

「そう、怒らんでください、全く別の種なんですよ、シナピスは栽培できると思いますが、ピパーは暖かい所でないと難しいでしょうね、帝国でも南方の方でしか栽培されて無いらしいです」

「むぅ・・・それは致し方ないか・・・いや、儂の温室であれば何とかならんか?」

「温室ですか?」

「うむ、学園の儂の研究室じゃ、タロウ殿一度参られよ」

「それは面白そうですね、是非、ですが、取り合えず、普通に栽培するのは・・・いくらでも暖かい地方が良いかと」

「南方で良ければ、スヒーダムではどうだ、あそこは暑いくらいだぞ」

「スヒーダムですか?」

「おう、イザークも丁度来ている、あれにやらせよう」

「待て、イザークが来てるのか?招集は明日だろう?」

「別件で呼び出したんですよ、王妃様とうちの王女様が」

「なんでまた」

「色々ありましてね」

「・・・王族も大変だな・・・」

「まったくですよ」

急に深刻そうに頷き合うクロノスとメインデルトである、何気にメインデルトも王族に振り回される立場なのであった、事あるごとに王城に呼び出されてはあれこれと難題を相談されている、それに応えるメインデルトもアンドリースもそれだけ有能で信頼されているという証なのであるが、

「じゃ、次はブタの串焼きですね」

タロウは一行の手にした串が綺麗に無くなり、若干名残惜しそうにその串を口に咥えている様を見て踵を返した、

「おう、他に旨いものがあればそれも頼む」

「はいはい」

クロノスの無茶ぶりを朗らかに返すタロウであった、そして、

「うむ、ウシも良いがブタも美味いな」

「こっちのが好きだな、俺は」

「うん、臭みの無いイノシシだな」

「おう、それも上等なイノシシだ」

「獣臭さも少ないですな」

どうやらブタも好評らしい、

「そうですね、俺もブタの方が好きです、これも優秀な家畜ですよ、ウシと違って乳はとれませんし、労働力にはなりませんが、多産です、なので、食肉用として見ると、比較的にウシよりも安価なのですよ」

「そうなのか・・・タロウ」

クロノスがジロリとタロウを見上げる、

「分ってます、学園の準備が出来ましたらどちらも連れてきますよ」

「簡単に言うもんだ」

メインデルトが呆れている、

「まぁ、タロウだからな、これはそういうやつなんだ」

クロノスがブタの串も平らげて満足そうに踏ん反り返る、

「そうか・・・いや、王国の為となればそれも良い、何よりまた食したいな、この肉は旨い・・・これは確実だ」

「だな」

とメインデルトの言葉に一行はウンウンと頷かざるを得ない、

「でだ、少し真面目な話しをするとだな」

豚の串焼きを平らげてクロノスがタロウを見上げる、リンドがこれはいかんなと気を利かせて近くの腰掛けを引っ張ってきた、タロウはすいませんと一言置いてそれに腰を落ち着けた、

「うん、さて・・・軍団長、どう見る」

クロノスはまずは同僚であり先輩であり、かつての上官へ意見を求めた、

「・・・そうだな・・・要塞の折りに言っていたな、あそこが荒野の端であると証明するには実際に歩く必要があると」

メインデルトが串を口に咥えたままその考えを語りだす、

「はい、それが一番確実・・・そうですね、ルーツやリンドさんの意見を入れなければ・・・ですが」

「そうだな、俺としてはタロウ殿の此度の情報、信じて良いものと思っているが、他の軍団長を納得させるには俺とエメリンス、リンド、クロノスも合わせて説得するしか無いと思うが、例え実際にあの要塞を見せてこの街に連れて来ても、だから何だと言うやつも出てきそうでな・・・俺も先の行軍を見なければ・・・いくらでも文句は付けられるだろう・・・」

「それは致し方なかろうな」

クロノスも同意のようである、

「うん、転送陣は大変に便利なものであるのは分かるがな、恐らく見知った土地から見知った土地への移動でも無い限り、その信憑性はどこまでも疑問視されてしまうだろうな」

「だな・・・では、どうだ、懐疑的な部隊から数名ずつ出して荒野を行かせるか?」

「それも良いと思うが、荒野を10日であったか?」

メインデルトが学園長へ顔を向ける、

「はい、私が聞いた限りではあの要塞・・・大河ですな、あそこまでは10日はかかるとの事です」

学園長が丁寧に答える、

「挙句、あの土地では騎馬は難しいのではないか?」

「はい、私はロバで行きましたな、それでも3日で音を上げました、大河等見ることも無く引き返しましたわ」

「だろうな・・・ふむ・・・そして、その荒野が主戦場になる・・・というか、モニケンダムを考えればそうしたい所だ・・・わざわざ街の近くに敵を引き込む必要は無いし、モニケンダムには城塞も無い・・・後の治安を考えれば主戦場は離れれば離れる程良かろうな」

「全くだ」

メインデルトとクロノスが同時に腕を組み、リンドらも深刻そうに考え込む、タロウはまぁ悩むよなーとのほほんと構えており、ルーツはヒデオンと小声で話し合っている、

「明日、陛下の裁可を求めよう、荒野への斥候部隊はな・・・で、俺としてはまず、タロウ殿の情報は正しいものとして動く、そうなると開戦は年明けであったか?」

「そう・・・ですね、あくまで私が耳にした段階では、しかし」

「分っている、先に延びる事もあれば前倒しにもなろう、侵攻は現場で判断されるだろうからな」

「ですね」

タロウはニコリと微笑む、

「失礼ですが、発言を」

ルーツが真顔を軍団長二人に向けた、

「なんだ、畏まって」

クロノスがニヤリとからかう、

「そりゃ、お前、大将なら別にいいがさ、軍団長には失礼だろうさ」

「お前な、俺だってそうなんだよ」

「ならそう扱うか?これでも礼儀はわきまえているんだぞ」

「あー、ふざけるな、で、なんだ?」

メインデルトが二人を睨みつけた、

「はい、当商会としてはまず、あの要塞に監視を付ける事を進言します」

「ほう・・・なるほど、確かにそれも可能か・・・」

「えぇ、俺とヒデオン、それと他数人で持ち回りになりますが・・・で、恐らくですが、かの要塞を中心にして現地演習が持たれると思うのですよ」

「そうだな・・・少なくとも荒野に順応しなければならないだろう」

「それもあったな、こっちはどうしたもんだか、騎馬は使えんぞあの地では・・・いや、それはいい、で、どうする?」

「俺はそうでもないですが、その演習を観察すれば、ヒデオンや他の面子であればですが、どのような用兵かも探れるでしょう、そうなると参考どころか、相手を手玉に取ることも可能になります」

「それは良いな・・・」

「はい、上手く行けば・・・です、今回ばかりは上手く行かせるとは断言できませんがね」

「確かにな、で」

「はい、出来れば帝国語を話せる者がいれば雇い入れたい所です、この街にも常駐させておきたいですね、恐らくですが要塞の情報が噂程度としてもこの街に入るものと思います、要塞への出入りの商人もおりましょうし、後送される兵もいるでしょうから」

「うむ、それも確かだな」

「タロウでよかろう」

クロノスがタロウを伺うが、タロウは実に渋い顔である、

「なんだ、嫌なのか?」

「・・・正直・・・その・・・」

「あー、分った、分かった、お前はこっちで助言して貰わなければな・・・その方が有益そうだ、色々と」

クロノスがグニャリと口の端を上げる、

「であれば、例の書簡を翻訳している商人が居りますな」

リンドが思い出したように口を開く、

「あー、そっか、都市国家の商人であれば王国語も帝国語もいけるか・・・」

「他国の人間を巻き込むのは、どうかと思うぞ」

「タロウだって他国の人間だぞ」

「・・・そうだったのか・・・なら、いいか」

「良いも悪いも人によるだろ」

「そりゃそうだ」

「では、そうなると・・・」

と市場の端で男達は遠慮無く帝国に対する策を話し合う、道行く者が怪しそうに見つめるも、言葉が分らねばただの騒々しい雑音である、どこぞの国の商人の悪巧みであろうとすぐに興味を無くした様子であった、そしてタロウは熱い討論が続く中、そろそろ買い物に行きたいなぁと次に行こうと思っていた店の方向へ顔を向けるのであった。
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