上 下
718 / 1,050
本編

63話 荒野の果てには その3

しおりを挟む
「リンドはどうだ?」

クロノスが次に腹心へ発言を求める、リンドは少し悩むと、

「はい、私も取り合えずはタロウ殿の意見に賛同致します」

と静かに答え、

「理由としましては、ルーツ殿の意見が尤もである事と、勘ですね」

と続けた、

「勘?」

「はい、ルーツ殿の観察に付け加えるとすればこの気候でしょうか、北ヘルデルは既に冬です、ヘルデルもだいぶ寒くなっているとの事でしたが、こちらはモニケンダムとほぼ同じ程度に暖かい・・・暖かいは言い過ぎですがね、少なくとも寒いと悲鳴を上げる程ではありません、少々風が強いと思いますが・・・」

「それだけか?」

「現状では、できればその要塞内を見学したいと思いますが、難しいでしょうな」

リンドがニコリとタロウを伺う、

「そうですね、私としてもそれが一番手っ取り早いとも思ったのですが・・・流石に言葉も通じない商人が自由に出入りできる所では無いですね」

「待て、ではお前はどうやって中を見て来たのだ?」

メインデルトが食って掛かる、

「・・・そうですね、幾らでもやりようはあるもので・・・その辺は俺よりもルーツの方が得意ですよ」

と何故かルーツに押し付けた、

「おいおい、それを俺に教えたのはお前だろうが」

これにはルーツも非難せざるを得ない、

「そうか?まぁ、そういう感じでやりようはあると、御味方とは言え手の内は隠すものです」

ニコリとタロウは微笑むも、メインデルトとエメリンスはいよいよ怪しいと眉を顰める、

「タロウ、物言いには気を付けてくれ、メインデルトもエメリンスも国の重鎮だ、からかう様な口を使うな」

クロノスが抑えに回り、タロウはそうですね失礼しましたと再びニコリと笑顔で会釈する、

「・・・まったく・・・お前は把握しているんだろうな」

メインデルトがクロノスを睨む、

「それはある程度、かつてはタロウとルーツのその技術でもって魔王の居場所を特定して討ち取ることが出来たのです、戦場に於いては特に有効で、平時であっても有効ですよ、はっきり言いますがルーツのお陰でヘルデルやモニケンダム、マーメールの各都市からの情報が逐次入っております、軍団長も目にしていると思いますが」

「なに・・・そうか、あの定期連絡はお前の仕事か・・・」

今度はルーツを睨むメインデルトである、

「へへ、有効活用頂ければ幸い、今のところは表立った動きはありませんがね」

ルーツがニヤリと微笑む、マーメールとは地方名である、ヘルデルと同じようにかつては王国と正面切って争いその傘下に落ちた地方であった、ヘルデルとの違いはかつての支配者が公爵に任じられる事無く一族郎党処刑された事であろうか、以後その地は表面上は王国の都市として安定した統治下にあるのであるが、独立の機運が高くそれは為政者よりも平民に顕著であった、

「そういう事か、これがお前の言っていたカゲとか言うやつか?」

「いや、これはまだ情報を集めているだけの枝葉・・・のようなものでね、まぁ、貴方には話しても良いかと思うが・・・」

とクロノスは一瞬悩み、

「うん・・・その情報にしろ、その収集手法にしろ、それをどう活かすかにしろ、それを教えてくれたのがタロウなんですよ」

「ナニ?」

メインデルトとエメリンスがタロウを睨みつける、タロウは何もここで話すことではないだろうと、口をへの字に曲げた、

「ですので、カゲに関してはまだこれからなんですが、情報の重要性に関しては各軍団長皆に重要視されていると思います、いや、そうなっていると思っておりますが・・・そうなって欲しい・・・かな?まっ、取り合えず今後考えるべきはその取り扱いと、どこまで何をどうするか、そして、どう活かすか・・・でね、これは陛下とも時折話しておりますし、ルーツ個人に頼るべきではないとも思いますので、難しい所です」

「大将、それを俺が居る前で言うのかよ」

ルーツがニヤリと微笑む、

「何度も言っているだろう、だから、ヒデオンにしろモーゼスにしろ有能な奴を任せているのだ」

「それはそうだがよ、結局ほれ・・・」

「ここでする話しではないですな」

ルーツの言葉を遮りリンドが柔らかく二人を諫めた、確かにとクロノスとルーツは押し黙る、しかしメインデルトとエメリンスは納得していない様子であった、

「この話しは別の席でゆっくりと、陛下も御存知の上での事であります、王国に仇なすものでは無い事だけは御理解下さい」

リンドがメインデルトとエメリンスに諭すように告げる、二人も陛下の名を出されては黙るしかなく、まして、リンドも把握しているのであればクロノスの暴走によるもので無い事は理解できた、

「分った・・・しかし、説明はあるのであろうな」

「はい、いずれは公になるかと、しかし、そうすることで混乱する事も考えられます、なので当分は知るべき者は限られる事を御理解下さい」

リンドの冷静な言葉にメインデルトは頷くしかなかった、

「では、ここはこんなものかな?」

クロノスが収まったようだと周囲を改めて見渡す、

「皆さんが良ければ、この高台を見つけるのも一苦労だったのですよ、中々に素晴らしい景観でしょ」

タロウがやれやれと要塞へ視線を移す、実際にタロウは昨晩要塞を一望出来る場所を探して暗闇の中をウロウロと散策したのだ、転送陣を設置した巨大な岩塊を見つけた時はこれだと歓喜し、眺望も素晴らしいこの場所はまさに景勝地と呼ぶにふさわしいと自画自賛していたりもする、

「何を呑気に」

「そりゃだって、折角ここまで足を運んでもらったんだぞ、楽しまないとさ」

「遊びじゃないんだぞ」

「半分遊びだよ、少なくとも今の俺達は仕事半分観光半分の商人一行だ、紛れる為にも楽しまないとな」

「違いねぇ」

ルーツがアッハッハと笑い、クロノスは笑いごとかと叱責する、その三人独特のやり取りにメインデルト達は何とも困った顔にならざるを得なかった。



「ここがノーバ・バネフィシア、訳すと新たな祝福の街となるのかなと思います」

要塞から一度屋敷に戻ると一行はすぐさま次の転送陣を潜った、その先は荒野の果てに建設された街である、

「いよいよですなー」

学園長が楽しそうに微笑む、転送陣は街外れのボロ屋の納戸に設置されたらしく、大柄な者はやや窮屈な思いをして潜り抜けたのであるが、転送陣を隠し、怪しい一団が出入りする事を考えればその場所は大変に有効であると誰もが感じる、

「そうですね、では歩きながら説明致します」

タロウはまずはと街の中心部へ向う事とした、

「モニケンダムよりも、アルメレに近い感じかな?」

「そうですね、モニケンダムは農業が盛んであると聞いていますが、こちらはそれほどではないです、盛んになるとしてもこれからだと思います、森にしろ野原にしろ開墾が必要でしょう」

「その辺は兵士の力を借りないのか?」

「どうでしょう、この街も先程の要塞と同じで若い街です、その上、皇帝が作った街でもありまして、退役軍人を中心にして入植させたとも聞いております、なので、本当の意味でこれからの街なのだと思います、それこそモニケンダムに攻め入った後でも、王国との戦争が激しくなった後でも、この街は最前線として重要な拠点になるでしょう、なので、為政者としても力の入れ所を探っている状態だと思いますね」

「確かに、あまり前向きに捉えたくはないが、冷静に見れば要塞との中継点だからな、何をするにも重要な都市となるであろうな」

「そうなんです」

主にタロウと学園長があーだこーだと楽しそうに話し、他の面々はその会話を耳に入れながらキョロキョロと周囲を見渡して歩いていく、その街は街がいきなり存在し、その周囲に広がるべき田畑や牧場等が極端に少ないように見えた、これはタロウの説明そのままであり、今後開発されていくのであろうとクロノス達はボンヤリと考えてしまう、荒野とは違って森も雑草の茂る丘も見える、しっかりと開墾すれば良い畑になるであろう、それでも若干の農家らしい建物群はあり、一同が出て来たボロ屋を含めた一角から抜け出ると歩行者と荷車が行き交う街道に当たった、

「で、まずは、これが街道です、先ほどは遠目に見ましたが、何と言ったかな、36番シェザー街道ですね、確か」

タロウが若干うろ覚えでその街道を指差す、

「これは広いな・・・」

「確かに」

「作りも頑丈そうですね」

「うむ、それに、なんだ、人が歩く場所を分けているのか?街中でも無いのに?」

「そのようですな・・・素晴らしい」

一同はその広さに目をむいた、王国で敷設される街道の倍ほどもあり、馬車であれば四台は並んで走れる程に広い、さらに、歩行者用の通路が両端に設置されているようで、街道を歩く者と馬車とが完全に別れて通行している様子であった、王国においては王都であってもこれほどに広い街路は敷設されていない、

「名前の由来ですが、シェザーとは皇帝の意味になります、正確には皇帝とはシェザールとかシェザーレとか呼ぶんですが、こういった品名や街道名等に皇帝の名を冠する時はシェザーと短縮して使うようです」

「ほう、それは面白い」

「そうですね、で、36番目の皇帝が敷設した街路という意味になりまして、帝国では街路には出資者の名前を冠するのが普通なのですが、こういった辺境の街路には金を出す者がいなかったのでしょうね、そうすると発注者である皇帝の名が冠されます」

「ほうほう、するとあれか36本も辺境に向けて皇帝が金を出したという事か」

「そう考えて間違いは無いです、実際、帝都周辺や大きな街に繋がる街路はほぼ全て有力貴族とか高名な金持ちの名が付いてます、ま、いろいろと事情があると思いますが、それは歴史家の仕事なのでしょうね」

「じゃろうのう、いや、興味深い、実に興味深い」

学園長は満面の笑みで小躍りするように街道に足を踏み入れた、実に楽しそうである、

「しかし、ここまで広くする必要があるのか?」

クロノスが当然の疑問を口にする、

「広ければ広いだけ便利だろ」

ルーツが真っ直ぐに伸びる街路を眺めて感心している、実際にその街路は長くどこまでも直線で続いており、街の端から外を見る限り果てが無いようにすら感じる、

「だろうがさ、手間も金もかかるんだぞ」

「確かにな」

クロノスとメインデルトが渋い顔となる、王国で街道の敷設となると大仕事であった、兵を動かすだけで済めば良いが実際は資材の搬入から拠点の移動、それに伴う糧食の確保等々、軍団長としては何とも地味でめんどくさいだけの仕事なのである、

「そうですね、ですから出資者を募るのですよ、せめて金策だけでも楽になります」

「それだ、それでその出資者は何を得るのだ?」

「その名が永遠に残ります、恐らくですが帝国が滅びたとしても街道は残ります、こんな便利なもの壊す必要が無いですからね、そうなると恐らくそのままの名が使われるでしょう」

「それはまた・・・」

「そうなのかもしれんが・・・」

クロノスもメインデルトもその理屈にはそれで良いのかとしかめっ面になる、

「ま、あれです、それは副次的な効果でしてね、やはりあれです、街道に自分の名前や家門の名前、一族の名前とかが付けば誇らしいですし、領民としても嬉しいのではないですか?それとその経路についても口出し出来るでしょう、もう少し伸ばせとか、こっちの村を通せとか、地方としては街道のあるなしで流通が大きく変わりますからね、そういう意味で領地の活性化にもなります、もし商売をしているのであれば宣伝にもなります、なので、なんとか商会街道なんてのもありますよ、あくまで王国風に言うのであればですが」

「・・・なるほど、宣伝か・・・」

「なんとも・・・逞しい」

「まったくですな」

為政者達はフルフルと頭を振り、ルーツはそういうもんかと鼻で笑う、学園長は、

「いや、それこそ利と実を取る見事な策じゃ」

と楽しそうにはしゃぐのであった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

異世界キャンパー~無敵テントで気ままなキャンプ飯スローライフ?

夢・風魔
ファンタジー
仕事の疲れを癒すためにソロキャンを始めた神楽拓海。 気づけばキャンプグッズ一式と一緒に、見知らぬ森の中へ。 落ち着くためにキャンプ飯を作っていると、そこへ四人の老人が現れた。 彼らはこの世界の神。 キャンプ飯と、見知らぬ老人にも親切にするタクミを気に入った神々は、彼に加護を授ける。 ここに──伝説のドラゴンをもぶん殴れるテントを手に、伝説のドラゴンの牙すら通さない最強の肉体を得たキャンパーが誕生する。 「せっかく異世界に来たんなら、仕事のことも忘れて世界中をキャンプしまくろう!」

ゴミスキル『空気清浄』で異世界浄化の旅~捨てられたけど、とてもおいしいです(意味深)~

夢・風魔
ファンタジー
高校二年生最後の日。由樹空(ゆうきそら)は同じクラスの男子生徒と共に異世界へと召喚された。 全員の適正職業とスキルが鑑定され、空は「空気師」という職業と「空気清浄」というスキルがあると判明。 花粉症だった空は歓喜。 しかし召喚主やクラスメイトから笑いものにされ、彼はひとり森の中へ置いてけぼりに。 (アレルギー成分から)生き残るため、スキルを唱え続ける空。 モンスターに襲われ樹の上に逃げた彼を、美しい二人のエルフが救う。 命を救って貰ったお礼にと、森に漂う瘴気を浄化することになった空。 スキルを使い続けるうちにレベルはカンストし、そして新たに「空気操作」のスキルを得る。 *作者は賢くありません。作者は賢くありません。だいじなことなのでもう一度。作者は賢くありません。バカです。 *小説家になろう・カクヨムでも公開しております。

転生受験生の教科書チート生活 ~その知識、学校で習いましたよ?~

hisa
ファンタジー
 受験生の少年が、大学受験前にいきなり異世界に転生してしまった。  自称天使に与えられたチートは、社会に出たら役に立たないことで定評のある、学校の教科書。  戦争で下級貴族に成り上がった脳筋親父の英才教育をくぐり抜けて、少年は知識チートで生きていけるのか?  教科書の力で、目指せ異世界成り上がり!! ※なろうとカクヨムにそれぞれ別のスピンオフがあるのでそちらもよろしく! ※第5章に突入しました。 ※小説家になろう96万PV突破! ※カクヨム68万PV突破! ※令和4年10月2日タイトルを『転生した受験生の異世界成り上がり 〜生まれは脳筋な下級貴族家ですが、教科書の知識だけで成り上がってやります〜』から変更しました

異世界転生したので森の中で静かに暮らしたい

ボナペティ鈴木
ファンタジー
異世界に転生することになったが勇者や賢者、チート能力なんて必要ない。 強靭な肉体さえあれば生きていくことができるはず。 ただただ森の中で静かに暮らしていきたい。

この度異世界に転生して貴族に生まれ変わりました

okiraku
ファンタジー
地球世界の日本の一般国民の息子に生まれた藤堂晴馬は、生まれつきのエスパーで透視能力者だった。彼は親から独立してアパートを借りて住みながら某有名国立大学にかよっていた。4年生の時、酔っ払いの無免許運転の車にはねられこの世を去り、異世界アールディアのバリアス王国貴族の子として転生した。幸せで平和な人生を今世で歩むかに見えたが、国内は王族派と貴族派、中立派に分かれそれに国王が王位継承者を定めぬまま重い病に倒れ王子たちによる王位継承争いが起こり国内は不安定な状態となった。そのため貴族間で領地争いが起こり転生した晴馬の家もまきこまれ領地を失うこととなるが、もともと転生者である晴馬は逞しく生き家族を支えて生き抜くのであった。

25歳のオタク女子は、異世界でスローライフを送りたい

こばやん2号
ファンタジー
とある会社に勤める25歳のOL重御寺姫(じゅうおんじひめ)は、漫画やアニメが大好きなオタク女子である。 社員旅行の最中謎の光を発見した姫は、気付けば異世界に来てしまっていた。 頭の中で妄想していたことが現実に起こってしまったことに最初は戸惑う姫だったが、自身の知識と持ち前の性格でなんとか異世界を生きていこうと奮闘する。 オタク女子による異世界生活が今ここに始まる。 ※この小説は【アルファポリス】及び【小説家になろう】の同時配信で投稿しています。

異世界で趣味(ハンドメイド)のお店を開きます!

ree
ファンタジー
 波乱万丈な人生を送ってきたアラフォー主婦の檜山梨沙。  生活費を切り詰めつつ、細々と趣味を矜持し、細やかなに愉しみながら過ごしていた彼女だったが、突然余命宣告を受ける。  夫や娘は全く関心を示さず、心配もされず、ヤケになった彼女は家を飛び出す。  神様の力でいつの間にか目の前に中世のような風景が広がっていて、そこには普通の人間の他に、二足歩行の耳や尻尾が生えている兎人間?鱗の生えたトカゲ人間?3メートルを超えるでかい人間?その逆の1メートルでずんぐりとした人間?達が暮らしていた。  これは不遇な境遇ながらも健気に生きてきた彼女に与えられたご褒美であり、この世界に齎された奇跡でもある。  ハンドメイドの趣味を超えて、世界に認められるアクセサリー屋になった彼女の軌跡。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

処理中です...