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本編

62話 アメとメダカとお嬢様 その13

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そして、食堂の黒板を前にしてサビナがパイル織についての講習を始めた、これはパトリシアに乞われた為であったが、近いうちにマフダとリーニーにも同様の内容で講習する事になるであろうとサビナは考えており、美容服飾研究会で発表できる内容でもある、丁度良いかと思いつつ準備不足の感はあったが、これが実質二度目の説明になる為、若干慣れた感じもあった、

「なるほど・・・そうなると、あれですわね、実際にこれを作っている国は我が国よりも織機の技術が高いという事なのかしら・・・」

パトリシアがタオルを手にして鋭い視線を向ける、その口中には飴玉を含んでいた、マフダとリーニーが試作として作っていた飴である、勿論であるが皆の口にそれは収まっており、初めて食するマリアとイザークも思わず歓声を上げてしまっていた、

「はい、そのように考えて宜しいかと思います」

「ん?こちらでも作ることは可能なのであろう?」

イフナースが口を挟むが、

「だから、それでは質が悪かったと説明されたでしょう、技術的な問題となると職人よりもそれらが使う道具に起因することが大きいのですよ」

「材料の質も関係しているかもだろ?」

「それもあるでしょうが、私が見る限り、こちらの木綿糸とそう変わりはないですわ」

「そういうものかね・・・」

パトリシアを相手にして対等に意見を交換するイフナースである、この場に居る者で他にそれが出来るのはウルジュラとソフィアくらいのものであろう、

「そういうものです、そうなると、その織機を持ち込めるとの事ですわね・・・」

パトリシアはギラリと音がするほどの視線をタロウに投げかける、タロウはテーブルの端に座りソフィアの監視の下、小さく静かになっていた、

「はっ、はい、可能であります、姫様」

ソフィアに小突かれタロウは慌てつつも神妙に答える、

「結構・・・エレインさんに任せるのも面白そうですが・・・いや、うん・・・」

パトリシアはそこでふと思い悩む、いつもであればこのような案件はエレインに任せておけばそれなりの形になっていた、それは主に料理関係がそうで、ガラス鏡や下着に関してもそうであったが、今回はエレインもまだ手を付けていない新規の分野である、さらに問題となるのがその織機にしろタオル生地にしろ産地は現状敵国として認識されている国なのであった、タロウが平気な顔をして行き来している様子なのであるが、状況によっては問題になりかねない、若干政治的な問題もはらむかもしれないとの懸念が頭を過ぎる、為政者の端くれらしい思考であった、

「姉様の所でやればー」

ウルジュラが呑気に口をだす、口中の飴玉をコロコロ転がしながら気楽なものであった、

「それは勿論ですわ、しかし・・・生地を作るのであればヘルデルが良いのよね・・・」

パトリシアが悩むもう一つの問題が、ヘルデルとの関係であった、パトリシア自身は服飾関係にはうるさかったが生地そのものの生産までは口出しをしていない、北ヘルデルではそれほど盛んではない事と、ヘルデルが木綿の生産とその加工に於いては王国でも有数であったからである、さらにその加工技術を頼って羊毛やシルクの生糸も集まり、染色技術も必然的に高いものである、故にヘルデル産の生地は質も良く色も多様で、大変に評判が良いのである、

「それは聞いた事がありますね」

マリアもヘルデルの名を聞いて口を挟む、

「あら、マリアさんまで耳にしているの・・・遠いでしょ」

「はい、ですが、北ヘルデルの素晴らしい品を支えているのはヘルデルの生地であるともっぱらの噂・・・いや、噂ではないですね、事実なのであれば」

「そうね、それは事実よ、私としては大変に重宝してますの・・・マリアさんの所まで名が知れ渡っているとなると・・・」

レイモンド子爵領は王都を挟んで反対側である、王都までなら北ヘルデルの名はパトリシアの名と共に轟いているのであるが、マリアの元にまでその名が届いているとなれば、それは王国全土に知れ渡っていると考えても良いかもしれない、

「はい、話題になっておりますよ、友人達の間でも」

マリアがニコリと微笑む、マリアはその人当たりの良さから貴族の友人は多く、そうなるとどうしても服飾の話しや庭の手入れ、裁縫の事等趣味の話しに華が咲く、そうなると服飾に関しては北ヘルデルのパトリシアの名前が当たり前のように取り沙汰され、一度は行ってみたいと羨望の的にもなっていた、さらに不随するようにヘルデルの生地も話題にあがる、パトリシアを支えているのはヘルデルの職人達であると、そう喧伝する商人もいる程である、

「・・・それは、使えるかもな・・・」

イフナースがフムと斜め上に視線を向ける、

「そう思う?」

「ええ・・・姉上、これはこちらで有効活用できるやもしれません、サビナ先生、タロウ、織機云々と生産については少し待ってもらえるか?」

「そうね・・・それが良いかも」

イフナースとパトリシアが同じ意見であるらしい、サビナもヘルデルとの関係は理解している為すぐに察して神妙に頷き、タロウも少し考え、別に俺はどうでもいいんだよなとその真意は口にせずに頷いた、

「では、こんな所ですね、拙い講義で申し訳ありませんでした」

サビナは一同を見渡して謝意で締めた、パトリシアはそんな事は無いですわと笑顔を浮かべる、実際に分りやすく理解しやすい内容であった、すっかりと巻き込まれどうしたものかと渋い顔であったイザークも最終的には感心しつつ楽しんでいたようで、マフダとリーニーも如何にも貴族な人達に囲まれながらも忙しく白墨を動かし集中していた、

「では、次ね、タロウさん、その問題の品を見せて下さる」

パトリシアがニヤリと微笑む、

「あー・・・えっと・・・そうですね」

タロウはビクリと背中を揺らし、どうしたものかと頬をかく、

「ほれ、昨日話したことをそのままでいいでしょ」

ソフィアにニヤリとけしかけられ、それはそうなんだがなとタロウはブツブツと呟きつつ腰を上げると、

「すまない、サビナさん、手を貸してくれ」

と観念したのか踊り子の衣装を近場のテーブルに並べ始めた、その頃、裏山である、

「これは楽しいです」

「でしょー」

とブランコを勢いよく漕いでははしゃぐイージスとミナの歓声が広場に響く、ここ数日人気のなかった広場であったが、久しぶりの来客に冬ごもりに忙しいリスはそのすっかり太った身体を止めてキョロキョロと珍しそうに子供達を眺め、名も知らぬ野鳥達は騒音から逃げ出すように飛び去った、

「寒くないでちゅかー」

枯葉の積もっていた腰掛けを雑に払ってエレインは腰を下ろした、その腕には毛布にくるまったマリエッテが不思議そうにキョロキョロと周囲を見渡している、手鏡にはもう飽きたのか食堂で放り出してしまっていた、

「うふふ、見えるー、リスさんでちゅよー」

エレインが精霊の木の大きな枝の上でこちらを見下ろすリスを指差すが、マリエッテの興味はキャッキャッと楽しそうなイージスとミナに向けられたようで、

「ウーウー」

とどうやら自分もブランコに乗りたいらしい、必死に腕を伸ばして言葉にならない言葉を喚いている、

「そうでしゅねー、乗りたいでしゅかー」

エレインはどうしようかなと考えて、抱いて乗ればいいかしらと腰を上げた、付いて来た乳母が一瞬顔を顰めるが、エレインであれば無茶はしないであろうと口を開く事は無い、エレインは空いたブランコにそっと腰を下ろし、ゆっくりと漕ぎ出す、

「ブランコでしゅよー」

一々説明しつつユラユラと揺れる、両手でマリエッテを抱いている為不安定ではあるものの、両足を地に着けてその動く範囲内で揺れを制御する、

「ブー、ウー」

マリエッテは嬉しそうに笑顔を浮かべて両手をバタバタと振り回す、その目はエレイン越しに揺れる大樹に向かっており、その季節感の無い見事なまでに緑色に輝く葉が見せる清涼な光景を大きな瞳に映し込んでいる、

「うふふ、楽しいでしゅかー」

「バー、ウー」

「マリちゃん、楽しい?」

そこへミナがブランコから飛び降りて駆け寄った、

「ブー」

マリエッテは満足そうな笑顔を浮かべ、

「何て言ったのー」

「楽しいよーって、ね?」

「そうなの?」

「ウー」

「ほらね」

「えー、わかんなーい」

「そっか、わかんないかー」

「えへへー、ほっぺ真っ赤だねー」

「そうね、ちょっと寒いかもね」

「うふふ、可愛いー」

「そうね、可愛いわねー」

エレインは再び涙が溢れてきた、今朝起きた時にはまるで思いもしなかった夢のような状況に包まれている、今日の仕事は王族の予約という事もあって心底緊張して対応に当たったのであるが現れたのはマリアとイージスであり、マリエッテにイザークと姉の一家が勢揃いで遊びに来たのである、それだけでも胸がいっぱいになってしまったが、こうして会える等とは思った事も無い生まれたばかりの実の姪を胸に抱いてとても穏やかな時を過ごしている、これほどの幸せがかつてあったであろうか、グスリと鼻を啜り上げ、涙で歪むマリエッテの笑顔を見下ろし、エレインは誰にどう感謝すれば良いのかと考えてしまう、それはやっと冷静にマリエッテを見つめる事が出来たという事でもあった、

「失礼します」

そこへ乳母が近寄ると、

「そろそろお昼寝の時間です」

優しくエレインに微笑みかける、

「あっ、そうね、そうね、お昼寝も大切よね」

エレインはワタワタと腰を上げ、

「はい、なので、こちらに、ふふ、マリエッテ様も幸せそうです」

「なら、嬉しいけど、御免なさいね、連れ回しちゃって、マリエッテ疲れたかしら」

エレインがそっと乳母の腕にマリエッテを受け渡し、マリエッテはウーウー言いながら若干抵抗して見せるもすぐに乳母の胸で落ち着いた、

「大丈夫ですよ、幼児は思った以上に丈夫です」

「そうなのね、ならいいけど、マリエッテ寒くない?」

自分の胸からは離れたのであるが、今度はエレインが乳母から離れられなくなってしまった、

「マリちゃんおねむ?」

ミナが二人を見上げる、

「そうよ、赤ちゃんは寝るのも仕事なの」

「そうなのー、いいなー」

「そうね、羨ましいわね・・・って、ミナちゃんもこの間まではお昼寝してたじゃない」

「そうだっけー」

「そうよ、ミナちゃんもお昼寝する?」

「えー、ミナもうおっきいからいいー」

「あら、大人ぶちゃってー」

「マリちゃんよりは大人だもん」

「そっかー」

久しぶりに子供の歓声が響き渡った裏山の天辺広場である、針葉樹と広葉樹が乱立するその山は落ち葉が地面に重なり、枝のみとなった寂しい樹木が見え隠れするも、精霊の木の輝く緑の葉によって冬の始まりを感じさせない、レインは一人周囲を適当に散策し、小動物の冬支度に忙しい様を眺め、地面に落ちた果実や栗の食べカスを観察し、これであればこの冬は穏やかに越せるであろうなと満足そうに微笑むのであった。
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