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62話 アメとメダカとお嬢様 その9

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若干時が戻ってガラス鏡店では、メイド達と今日はケイランが出勤しており店の準備に励んでいた、暖炉前の応接テーブルではエレインとテラとアフラが本日の打合せ中となる、

「先にパトリシア様、それから王妃様達とウルジュラ様もいらっしゃる予定です」

アフラが手にした黒板を確認しながら二人に告げる、

「えっと、それほど重要な方なのですか?」

エレインは不安そうに問いかける、本日は午前も午後も王家名義で予約されていた、お披露目会の折りにされた予約であり、エレインが見るに今日のアフラは妙に丁寧過ぎる、普段から事務的な事柄については丁寧なアフラであるが、今日はより丁寧というよりも慎重と表現するのが正しい程に言葉を選び、愛想も少ない、

「そう・・・ですね、詳細を伝える事は出来ませんが、午前のお客様は大変大事な方です、午後は王妃様の御友人となります」

アフラが顔を上げて真摯にエレインを見つめる、エレインはやはり若干の違和感を感じ、テラも王族以外でそこまで気を使う存在があるのかしらと口元を引き締めた、

「わかりました、私どもとしましては全てのお客様に満足して頂きたいと考えております、心を込めて応対させて頂きます」

エレインはキリッと目元に力を入れる、

「そうして頂ければ幸いです・・・そうですね・・・午前のお方は私かパトリシア様にある程度任せて頂ければと思うのですが、午後のお客様は王妃様にお任せして宜しいかと思います、逆に・・・ティルさんを付けて頂ければそつなく熟してくれるものと思います・・・それと、商品に関してですが、持ち帰れる品は数を確保するようにお願いしていたと思うのですが・・・」

アフラは柔らかい笑顔を浮かべてより具体的な内容へと進んだ、エレインはテラに確認しつつ答え、テラも今日と明後日に関しては特に念入りに準備をしていた、

「分りました・・・では、打合せはこのくらいで大丈夫かと思います、ま、こちらの対応よりもあれですよね、ガラス鏡を見ればそちらに気が向きますからね、何とかなるでしょう・・・そうだ、アメの準備はされてますか?」

アフラはやっとその肩から力を抜いたようである、事前準備はこんなものかなと全く別の話題を口にする、

「あっ、はい、アメに関してはまだ・・・準備と言えるほどの事はしておりません」

エレインはテラへ視線を向ける、テラも、

「はい、つい先日教えて頂いた品なので・・・生産に関しても販売に関してもこれからですね」

と残念そうに目を伏せる、

「あら・・・パトリシア様もなんですが、ウルジュラ様も大変気に入っておりまして、今日もあれば出すようにとの事だったのですね」

「そうなんですか・・・えっと・・・」

「事務所でマフダさんとリーニーさんが試作する予定ですね、今日・・・、あっ、そうしますと・・・うん、例の件は如何いたしますか?」

テラがエレインを伺う、

「それもありますのよね・・・アフラさん、パトリシア様に寮へ足をお運び頂く事は叶いますでしょうか」

「・・・何かありましたか?」

アフラの瞳がギラリと輝く、

「はい、あのですね」

とエレインはタロウが持ち込んだ二つの品、パイル織の手拭いと踊り子の衣装について説明する、

「なるほど・・・それは結構、大いに結構です」

アフラはニヤリと微笑む、

「ティルさんからも報告書が上がると思いますが、折角なので・・・ただ、午前のお客様に失礼になるのではないかと思うのですが・・・」

エレインが難しいかもなと顔を曇らせるが、

「いいえ、それも合わせて大いに結構なのですよ」

アフラは再びニヤリと微笑む、エレインとテラはどういう事なのかと眉を顰めた、

「あっ、こちらの事です、なので、そうですね、午前のお客様の応対が済みましたら、パトリシア様は寮の方へ・・・ウルジュラ様もそちらでいいと思います、そうなるとあれですね、午後はエレインさんは挨拶だけでもと思いますが、その辺は無理はしないようにして下さい」

「ハァ・・・」

アフラがどこか慌てたように段取りを口にする、エレインとテラは大事なお客様なのよねとやはり違和感を感じてしまった、

「で、他にはありますか?」

「・・・そうですね、アメに関しては報告済みですし・・・あっ」

とエレインは水槽を思い出し、

「やはり寮に足を運んで頂くのが良いと思います、もう一つ素晴らしい品がありまして、こちらにも設置したいと思っているのですが、少し先になるかと・・・」

「まぁ・・・」

アフラはまだあったのかと目を丸くする、

「えっと・・・ソフィアさんの御主人の件は・・・」

「ええ、勿論聞いてます・・・アメに関しても、他についても・・・面識もありますし、先日もお会いしております」

「そうですか・・・そのタロウさんが・・・」

「えっと、不躾な事を聞きますが、あの方は一体どういう方なのでしょう?」

大変珍しい事であるが、エレインの言葉を遮ってテラが本質的な疑問を口にする、エレインも同じ疑問を持っていたのであろう、思わずコクコクと頷いてしまった、

「どういうと言われても・・・」

アフラはウーンと首を捻る、エレインとテラであれば彼が英雄の一人である事は既知である筈で、アフラとしては同じ戦場には居たが直接関わる事は少なく、つまり顔見知り程度の付き合いしか無かった、

「その・・・ソフィアさん以上にとんでもないのですよ」

エレインが純粋すぎる評価を口にする、

「あら・・・」

「そうですね、私もあのような・・・才・・・というのか、力というのか・・・何ともその得体が知れなくて・・・」

テラは一流の商売人であり、社会人経験も長い、人を見るという点に関しても優秀な人物であるが、そのテラを以てしても理解が難しいとその顔にありありと表れている、

「うーん・・・すいません、私の口からは何とも・・・悪い人間では無い事だけは確実で、良い人・・・は良い人だと思うのですが・・・確かに得体は知れないですね」

アフラは悩みつつ言葉を選びながら答えるしかない、エレインとテラはそうですよねと同時に溜息交じりに呟いた、そして、取り合えず応対の打合せを終えアフラは一旦北ヘルデルに戻る、エレインとテラはその場でケイラン達とティルとミーンも加えて簡単な打合せを済ませた、そこへ、

「お連れしました」

アフラがスッと扉を開けた、エレイン達は慌てて整列する、

「御機嫌用皆さん」

パトリシアがアフラの横からサッサと入って来た、従者を一人従わせている、

「御機嫌麗しゅうパトリシア様、申し訳ありません、廊下でお迎えするべきでした」

エレインが深々と謝意を示し、他の者も大きく頭を垂れる、

「あー、構いませんよ、座っていいかしら」

パトリシアはまるで気にする事は無く、応接席に腰を落ち着け、

「お腹が大きくなって来るとね、どうにもあれね、立ってるのが億劫で」

幸せそうに微笑むパトリシアに、エレイン達もつられて優しい微笑みを浮かべた、

「アフラ、先方さんを呼んできなさい、待たせては失礼だわ」

「はい、こちらへお連れする前に殿下へ目通りするようにとのクロノス様の命ですが、宜しいでしょうか?」

「あー、そうね、そうして頂戴」

パトリシアは何とも雑に指示を出すと、

「さて、エレインさん、アフラから聞きました、ティルもこっちに来なさい、その生地とはなんですの?」

先程のアフラを超える強く怪しく輝く瞳をエレインに向ける、エレインはニコリと笑みを浮かべると、

「はい、まずは、こちらです」

と懐からタオル生地の手拭いを取り出す、

「これ・・・あら・・・あら、あらあら」

早速とパトリシアは手を伸ばし、アフラはすまし顔で退出した、エレインはテラと共に応接席に着き、ティルはその隣に控える、仔細を知らないケイラン達も何事かとエレインの背後に回った、

「こちらがパイル織と呼ばれる生地だそうです、タロウさんはタオルと呼んでおりました」

「・・・あの男ね、まったく・・・」

パトリシアはタオルを手にして口の端をグニャリと曲げる、

「・・・あの・・・何か、失礼が・・・」

エレインがまずかったかなと小さく焦った、

「いいえ、大した事ではないのだけれど、あの男だけは・・・」

パトリシアは鼻息を荒くするも、タオルをまさぐるその手は動き続ける、

「帰ってきたとは聞いてたし、お陰でクロノスはやたら忙しくなるし、それはいいんですけどね・・・そうだ、エレインさん、あの男の弱点は聞いたかしら?」

「弱点ですか?」

エレインはキョトンと首を傾げ、テラとティルはどういう事かと不思議そうな顔になる、

「弱点よ、私もね、ユーリ先生から後になって聞いたもんだから、もう、怒っていいんだか笑うべきなんだか、分らなくてね」

パトリシアは今度はニヤニヤと思い出し笑いを浮かべた、

「えっと・・・あっ、もしかして」

エレインはユーリの名でとある助言を思い出した、ユーリ曰くタロウを思い通りに動かす方法であるらしく、それはまた大変に使い手を選ぶ手法であった、

「そうよ、聞いた?」

「はい、伺いました、ユーリ先生から」

「そっ、失礼だわよねー、ホントに」

パトリシアは再び鼻息を荒くする、テラとティルはいよいよ良く分からないなと顔を見合わせ、その後ろの面々も何のことやらと首を傾げる、

「ふふっ、でも、ふと思ったんですけど、そうなると、ソフィアさんはどう思っているのかなって」

「あー・・・それはだって、お互い惚れてるらしいわよ、あの二人」

「えっ、それはそうなんでしょうけど、その、ソフィアさんだって、とても綺麗・・・というよりも可愛らしいじゃないですか」

「そこよ、あの男の面倒な所は、私なんかね、露骨に逃げられるのよ、なんのかんのと理由を付けて、大戦が終わってからもね、クロノスとはよく話すくせに私が顔を出すと、いつの間にか居なくなっているのよ、どう思う?普通はだって、嫌われていると思うでしょ、私としても別に仲良くする必要は無いけど、クロノスの仲間だからってちゃんと相手しやっているのによ、不愉快な男だと思ったものだわよ」

「それは・・・そのパトリシア様が美しすぎるのが宜しくないかと・・・」

エレインの言葉は本来であれば過剰な御世辞に聞こえるものであった、テラやティルはエッと逆に驚いてエレインを見つめてしまう、

「それもあったんでしょうけどね、あいつの場合はそれ以上なのよ・・・まぁいいわ、で、これは良いわね、生産は可能?染色も出来るわよね」

とパトリシアは話題をあっさりと切り替えた、エレインは微笑みつつその疑問に答えるが、事情を良く分かっていない他の面々はなんともスッキリしない、しかし、パトリシアとエレインの会話に口を挟んで事の真相を問い質す訳にもいかず、ただ悶々としてしまう、

「なるほど・・・いいわね・・・サビナ先生に話しを聞けるかしら?」

「はい、寮の方へお越し頂ければ、可能でしょうか?」

「勿論よ、どうせそうなるしね、その踊り子の衣装も気になりますし、もう一つもね」

パトリシアがさてどうしたものかと手にしたタオルを見つめ、どうせそうなるとの表現にエレインが首を傾げた瞬間、

「お連れしました」

アフラが再びあっという間に客を連れて戻ったようである、従業員は慌てて整列し、エレインとテラもサッと立ち上がる、

「さっ、どうぞ」

アフラが振り返りニコリと笑みしてその場を空けた。
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