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本編

62話 アメとメダカとお嬢様 その6

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その日の夕食後である、ミーンは本気でテラやニコリーネのように事務所に住み込むべきかしらと悩みながら後ろ髪を引かれて帰宅の途に着き、まだ夕陽が差し込む食堂内には早々に壺の光柱が三本立ち並んだ、どうやらゾーイがもう一個新しく作ったらしい、そして、バタバタと皿洗いを終えた生徒達がさっさと食堂へ戻って来て、キョロキョロと周りを見渡しながら席に着く、微妙な緊張感が食堂を支配していたのだ、そこへ、

「ほら、みんな待ってるんだから、下手に勿体ぶらないの」

「いやさ、だから、マフダさんがいないとさー」

「それは大丈夫だって言ったでしょ」

「けどなー」

とソフィアがタロウを引きずるように食堂へ入ってくる、二人もまた片付けを終えた所である、

「ほら、みんな静かに待ってるでしょ」

「あー・・・あのなー、そんなに期待されても困るぞー」

タロウは実に嫌そうに眉を顰めてボリボリと頭をかいた、

「いいから、座んなさいよ、随分あれね、ケチ臭くなったわね」

ユーリが白湯を飲みつつタロウを睨む、

「むー、どうしたのー?」

ミナがどうやらいつもの雰囲気とは違うなーと水槽の前からソフィアの元へ駆け寄る、

「大したことじゃないんだけどねー、タロウさんがへそ曲がりだからー」

「へそ曲がり?」

ミナがタロウを見上げ、

「あー、そうかもしれんがさ、こっちにも事情ってものがあるもんでな」

「なら、こっちにも事情があるわよ」

ユーリがニヤリと微笑む、

「そうですね、マフダさんが帰る時に面白い事を言っていたのですよ」

そこへ口を挟んだのがエレインである、

「今朝、どういうわけか父親と姉が妙にソワソワして機嫌が良かったとか、妹も気付いて問い質したらしいのですが、二人共にすっとぼけていたのだとかなんとか・・・マフダさんは妙だなーと思ったそうで、何かあったんですか?」

エレインはニコニコとした冷たい笑顔をタロウへ向ける、エレインも一端の大人の女性になりつつあり、マフダの言う姉が自分とも仲の良いフィロメナであり、その父がモニケンダムの裏の顔役である事も理解している、その意味に関しては本当に理解しているかは疑問があるが、現時点ではエレインとその周辺に悪影響は無く、ましてその見えない保護下にあったりもするのであるが、それはエレイン自身は知る由も無かった、

「エレインさんね、そんな怖い顔されても、俺は別にだって・・・さ・・・」

タロウはどうやらこれは浮気でも疑われているのかと焦り始める、しかし、そういう場合は最もうるさくするべきはソフィアであった、エレインでも生徒達でもユーリでも無い、そのソフィア自身はいつもと変わらずノホホンとしており、しかし、食堂内の女性達の気持ちも分るのであろう、その女性達の味方側に立っている様子である、

「まぁまぁ、えっとですね、まず、タオルの事を伺いたいのですけど、いいですか?」

サビナがどうにも話しが進まないなと軽く腰を上げてタロウの注意を奪う、

「いいぞー、それなら簡単だ」

タロウはこれ幸いと飛びついた、

「ありがとうございます、先程みんなで検証したのですが、改めて確認したいと思うのです」

とサビナがパイル織に関する学術的な見解を口にした、学園長の資料とそれを元にして自分でまとめた資料、ソフィアから口頭で告げられた具体的な利点等々、数枚の黒板を取り出しタオルを一枚テーブルに置いて長々とした講義になる、

「へー、大したもんだ、合ってると思うぞ、うん」

タロウは腰を下ろして真面目に聞き入り、詳しい話は食後にしましょうと、タオル生地そのものに触ることが出来たが詳細は後回しにされてしまった生徒達、カトカやゾーイ、テラとニコリーネ、ティルもへーと感心している、

「ありがとうございます、他に付け加えることとかありましたら、お願いしたいのですが・・・」

サビナは中腰でテーブルに並べた黒板を見下ろして、再度タロウに確認する、ニコリーネとティルはサビナさんってやる時はやる人なんだなと目をむいている、どうしても研究所員の中では今一つパッとした華の無いサビナである、その大柄な容姿の為に目立つ事は目立つのであるが、どうしてもカトカやゾーイと比べると大変に失礼だが一段劣って見えた、まぁ、研究所員よりもその所長が悪目立ちする為、それに比べれば大した差ではないのであるが、

「特にないかな・・・あるとすれば・・・あぁ、そうだ」

タロウは腰を上げて暖炉の脇にほっぽり置いた荷物に手を掛ける、この食堂内の独特の雰囲気の原因の八割方はこの荷物に対する興味であったりもするのであるが、それを放置していたタロウはまるで気付いていなかった、

「ほい、さっきはほら、お客様もいたからね、一人3枚くらいはあるかな、喧嘩しないでわけて使いなよ」

タロウはタオルの束をゴソリと取り出して近くに座っていたニコリーネに手渡す、エッと女性達の驚きと歓喜の声が上がった、

「ミナもー、ミナもー欲しいー」

ミナがダダッと駆け寄った、サビナの講釈を眠そうに聞いていたミナであるが、歓声でハッと目を覚ましたらしい、

「えっ、ミナにはさっきも上げただろう?」

「もっとー、もっと欲しいー」

「まったく、ほら、みんなでわけなさい」

とミナにもタオルの束を預ける、

「いいなー、ユーリにはー?」

ユーリがニヤニヤと猫撫で声を上げた、

「ん?足りないか?まぁ、もう一束あるからな、ほれ、こんだけあれば十分だろ」

どうやらそのタオルの束は三束あったらしい、一束あたりの正確な数量は分らないが確かにそれだけあれば関係者全員が数枚手にする事ができる程の量であることは理解できる、

「わっ、何よ、本気にしないでよ」

ズイッとタオルを突き出されたユーリは恥ずかしそうに顔を顰めた、

「いらないのか?」

「いるけどもさ」

ユーリはどうにも調子が崩されるなと溜息をついてその束を受け取り、さっそくと食堂内の面々に配っているニコリーネと共に分け始めた、女性達は歓喜の声でそれを受け取り、早速とその手触りを楽しんでいる、

「でだ、どうする?織機も手に入れられるけど、こっちでも作るか?」

タロウは腰を上げてサビナに問う、

「あっ、それです、それを聞きたかったのです」

エレインがサッと腰を上げた、

「えっ、あー、そうだよねー、商会さんの方がそういうのには積極的かな?」

「はい、これは売れます」

エレインがキリッとタロウを睨む、

「だろうね、うーん、じゃどうしようかな、ちょっと時間くれるか?立て込んでるからな・・・なんでもかんでもやってると・・・」

とタロウは首を傾げる、すると、

「これなにー?」

ミナがタオルの束は床に投げ捨てタロウの荷物から何かを取り出した、

「あっ、お前はー、もー」

タロウが流石に顔を顰めるが、エレインがミナの手にする物を見た瞬間、

「えっ、それも布ですか?」

と悲鳴のような嬌声を上げ、一同の視線がエレインに集まりミナへと移る、

「えへへー、薄いー、軽いー、サラサラー」

ミナは両手でそれを広げて楽しそうに笑っており、タロウは、

「あー、仕方ないなー・・・マフダさんに頼もうと思ったんだが・・・」

「えっ、マフダですか?もしかして、それが、それですか?」

エレインは再び嬌声を上げる、

「うん・・・あー、どうしようかな・・・そっか、エレインさんとテラさんに頼んでしまった方が早いのか、そうするか・・・いい?」

タロウがエレインへ確認する、

「は・・・はい、その内容によりますが、承ります」

エレインはそう答えるしかなく、テラも腰を浮かしてコクコクと頷く、

「ん、じゃ、頼むね、えっと、じゃ・・・ミナ、全部出して並べるぞ」

「全部?」

「そうだ、ミナが出しちゃったんだから手伝えよ」

「わかったー、出すー」

ミナは嬉々として荷物に顔を突っ込み、タロウはそうなるととテーブルを見渡し、

「ちょっと場所開けてな、汚れると困るから」

その言葉に一同はバタバタと腰を上げ、タロウの近くのテーブルはあっという間に綺麗になる、まったくとソフィアは目を細めて呆れており、ユーリもこう毎日騒がしいと困るわねと溜息を吐かざるを得ない、そして、

「そうそう、で、これが胸で、こっちが下」

「これはなんですか?」

「それは顔を隠すんだよ」

「えっ、隠すんですか?」

「そうだよ、眼だけを出す感じかな」

「これが帯になるんですか?」

「そうそう、取り合えずこんなもんかな?」

タロウの指導の下、ミナが次々と取り出した薄布は女性達の積極的な手伝いもあって綺麗にテーブルに並べなられた、それは三人分の衣装になるらしく、結局テーブルはもう一個追加され、ソフィアとユーリは壁際の椅子に逃れて眺めているが、それ以外の面々はその衣装を好奇の目で見下ろしている、

「この生地は?」

サビナが出揃ったようだとその一枚に触れる、

「ん、そうだね、ま、ゆっくりいこう」

タロウはニヤリと微笑み、

「でだ、まずはこれがね、とある国の踊り子さんの衣装になります」

「踊り子?」

「えっ、衣装ってやっぱりこれ服なんですか?」

「スケスケでヒラヒラですよ・・・」

「・・・えっ、服?」

ドヨドヨと女性達は囁き合う、みなその布を並べながらその感触を実感したのであるが、ミナがはしゃいでいた通りに軽く薄く、光どころか肌の色まで透ける代物であった、王国で流通しているどのような布とも似ていない、強いて言うならその手触りはシルクに近いがシルクのような光沢は少なく、ましてシルク特有の光沢を持った白色でもない、色味としては薄い赤、薄い黒、薄い青色である、そして、それらは木製のテーブルの上にあって、その木目すら透けて見せている、

「えへへー、不思議な色ー」

「じゃなー」

ミナが楽しそうにスリッパを脱いで椅子に立ち、レインはその隣でニヤニヤと微笑んでいる、

「うん、でね、経緯を話せば・・・まぁ、どこまで話していいかは分らんからだけど、いろいろあってね、マフダさんの面倒見てくれって頼まれてさ」

「エッ?」

と一同の視線がタロウに突き刺さる、

「なんだよ、ほら、あの子あれだろ、服を作りたいとかでエレインさんのところにいるんだろ?」

タロウはぼやかしながら答えている、流石のタロウもマフダの姉が遊女でその養父が裏社会の実力者である事を公言する事は憚られた、恐らくであるがマフダは隠しているであろうし、この時点でそれを知っている者が誰かも分らない、エレインがどうやら知っていそうではあり、そうなるとテラもその事情を受け入れてマフダを雇っている事が何となくは察せられたが、他の女性達に対しては恐らくやや神経質な問題になるだろうなと判断する、

「そうなんですけど、あっ・・・そっか、マフダさんは女性の魅力を引き出す服を作りたいって・・・」

エレインは初めてマフダと会った時の事を思い出す、その大きな野望を忘れていた訳ではないが日々が忙しくすっかりと失念していたのであった、

「だろ、で、これだ」

タロウはニコリと微笑む、しかし、

「えっと、これ本当に衣装なんですか?」

ルルが心底不思議そうに問う、

「そうだぞ」

「えっと、どうやって着るんです?」

「どうって・・・裸に直接」

「他には無いんですか?」

「他?」

「ほら、上着とか、外套みたいなのとか?」

「無いよ」

エッと一同の視線が再びタロウへ突き刺さる、

「これ、下着・・・ですよね?」

カトカが不安そうに上目遣いに見つめる、タロウは目を逸らしつつ、

「あー・・・そういう解釈だったか、えっとね、これだけ、素肌にこれを纏って、踊るんだよ、カッコイイぞ」

タロウがシレッと答えると、ややあって、エーっと巨大な悲鳴が食堂を振るわせた。
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