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本編

62話 アメとメダカとお嬢様 その5

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「なるほど・・・学園長の調査も素晴らしいですわね・・・」

「実際に目にすると違いますねー」

「なんで生産されて無いんですか?」

「学園長の記録によると、糸が大量に必要である事とホツレが多くヌケもまた気になる、大量生産するには不向きであるとあります」

「へー、そっか・・・確かにねー、糸の量は増えるだろうねー」

「ですよね・・・でも、この端の縫製が良いと思います、ここが大事なのでわ?」

「そうですね、流石マフダさんは細かい所を見逃さないのね」

「そうだ、私も手を洗って、試してみようかしら・・・」

「そうですね」

とユスティーナとエレインが腰を上げ厨房へ向かった、食堂ではユーリが慌てて呼び出したサビナと職人魂が爆発したマフダが中心になってタオル生地を観察調査しており、リーニーもその輪に加わっている、ここでも可哀そうなのはクレオノート家のメイド達であった、主を中心にして何やら楽しそうなのを背中に感じつつ、ライニールと共に黙々と飴を作っている、もう既に興味の対象は飴からタオル生地に移行しているようなのであるが、屋敷から持参した干し果物も粉にしてしまっている為、ライニールがそれの分だけでも作ってしまいましょうと提案し、ユスティーナはそれもそうねと気もそぞろであったが答えた為、作業を続けざるを得なかったのであった、

「そうねー、あと、付け加えるとしたら・・・」

ソフィアがタオル生地の裏表を確認しながら口を開く、

「まだあるんですか?」

マフダとサビナがサッと顔を上げた、

「あると言えばあるかしら、私が知っている限りだけど、下着に使うと気持ちが良いわよ、肌ざわりが違うのよね、それと、毛糸程じゃないけど温かいわよ」

「あー、それは想像できますね・・・」

「うん、このなんていうか水を吸い取る感じ?が下着としても素晴らしいのよ、アンタらも手拭いとして使って見なさい、ビックリするわよ」

「えー、でもなー」

「貴重じゃないですかー」

「そういうのを貧乏性って言うのよ、使ってみないと分らないものなんだから、なんでも試してみなさいな」

ソフィアは呆れて苦笑いを浮かべる、ソフィアはタロウと放浪中にタオル生地に触れており、その利便性は理解していた、その為、用事があると言ってサッサと逃げ出したタロウに代わり、パイル織について知っている事を適当に説明し、実際に手を濡らしてタオルを使用しその使い勝手の良さも説明している、

「確かにね・・・これで顔を拭っても気持ちよさそうよね」

ユーリは呟きつつタオルに顔を埋めた、

「だからほら、髪を洗った後も少しは楽になるわよ、これがあると」

さらにソフィアが付け加える、

「あー、それは分るなー、さらしの手拭いだとどうしてもあれよね、今一つよね、髪の水分がいつまでも残っちゃって・・・」

「さらしの厚さにもよるけどねー」

その隣では、レアンとミナとレインがタオル生地で遊んでいる、何のことは無い手拭いなのであるが、頭に被ったり、顔を半分覆ってみたりとよくそれで笑い合えるものだと感心せざるを得ない、

「しかし、ミナ、父上はあれか?行商人なのか?」

レアンは手を止めて実に素直な疑問を口にする、レアンからみたタロウは髭面で奇妙な服装の中年男性であった、ユスティーナに対するそれを見る限り、認めてもよいかと思える程度の礼儀は備えており、どうやらミナには甘いらしい事も二人のやり取りで感付く、ソフィアとのそれは全くもって普通の夫婦の距離感であろう、どこか辛辣なのであるが、それは人前である事と、互いの距離が近い為にそうなるもので、他人から見ればよりそう感じるものである、つまり、二人は当たり前の夫婦の間柄と言ってよいとレアンは認識した、しかし、ソフィア達がこちらに来て今日でもう数か月経っており、その間何とはなしにその名が話題に上る事はあれど、まるで姿を見せなかった人物なのである、レアンが本人にあった感触と、長期間不在にするのが当然というか当たり前という点を合わせると、行商人という仕事が最もしっくりと来るものであった、

「ギョーショーニン?」

「商いをする人じゃな」

「えー、えっとー、なんだろー、タロウはねー、タロウだよー」

「それでは答えになっとらんだろ」

「でもでもー・・・ソフィー、タロウって、なにー」

ミナから素っ頓狂な質問が飛び出した、

「なにって・・・なに?」

「仕事じゃ、ソフィアさん、タロウさんは何をされているのだ?」

レアンもソフィアへ顔を向ける、

「あー・・・なんだろ・・・徘徊者?」

「何だそれは?」

「じゃ、風来坊?」

「それは職業か?」

「根無し草かしら?」

ユーリが顔を上げて口を挟む、

「じゃから、それは職業ではなかろう」

「自由人?」

「他には・・・あっ、旅人とかって本人は言ってたわよ」

「じゃから、それで飯が食えるのか?」

レアンは眉間の皺を深くする、

「いやー、ほら、だから・・・って言ったらあれですけど、うん、そんな感じなんで、私達だけでこっちに来ちゃったようなもの・・・なんですよねー」

ソフィアが軽く笑って適当に誤魔化そうとすると、

「何言ってるのよ、アンタは別に田舎でも構わないって言ってたでしょ」

「それを無理に連れて来たのは誰かしら?」

「無理には連れてきてないでしょ、アンタは嫌な事はしない筈よ、絶対に」

「それもそうねー」

ソフィアとユーリが薄い微笑で睨み合う、

「まったく・・・ようはあれか定職は明確では無いのじゃな」

レアンは共謀してはぐらかすつもりだなと二人の思惑を看破し鼻息を荒くする、

「そう・・・ですね」

「まぁ、帰ってきたばかりなんだし、ほっときゃなんか始めるわよ」

「だといいけどねー」

と再び二人は明るく笑い合う、その言葉はタロウに対する信頼感が多分に含まれているものなのであるが、傍で聞いている者には何とも不安に聞こえる言葉であった、

「ええい、なら、クレオノート家で雇い入れるぞ、ミナの父上が無職とは世間体が悪い、ライニール」

レアンが憤然と腰を上げ、ライニールが慌てて振り返る、

「あっ、お嬢様、今はまだ」

「そうですね、落ち着いたばかりなのですから、この街の事もよく分ってないですし」

「そうです、そうです、少し遊ばせてあげて下さい」

「はい、そうしてあげて下さい」

ソフィアとユーリが慌ててレアンを押し止め、その場は何とか収まったのであった。



「ありゃ、少々早かったか?」

タロウがメイドに案内されて入った室内では、クロノスとリンドが学園長と打合せ中であり、その別のテーブルではルーツと見知らぬ男が茶と菓子を楽しんでいる様子であった、その部屋はガラス鏡店の二階、すっかりと会合の場所として使い慣れてしまった部屋である、

「おう、こっちの話しは終わったところだ、何だお前も一枚嚙んだのか」

クロノスが軽く手を上げ、ルーツは茶を舐めつつこちらも軽く手を上げニヤついている、男はスッと鋭い視線をタロウへ向けた、

「何の話しだ?」

「学園祭の件じゃよ」

学園長が振り返る、

「あぁ・・・それですか、まぁ、少しばかり知恵は貸したが、あれはお嬢様達が騒いだ結果だよ」

タロウは頭を垂れて退室するメイドに律儀に会釈をしつつ手にした大荷物と肩に下げた革袋を近場のテーブルに乗せた、

「そうだろうな、あそこのガキンチョ共は何か違うからな」

「クロノス様もそう思われますか?」

「そりゃそうだろ、エレイン嬢は言うに及ばず、周りのチッコイのも中々に見どころがあるぞ、女にしておくには惜しい程のヤンチャぶりだ」

「それはそれは、きっとあれですな、ソフィアさんの影響でしょうな」

学園長は嬉しそうにニコリと微笑む、

「だろうな、女だから良いという事もあろうが、まっ、男だろうが女だろうが元気で有能な若者は良いな、国の宝だよ、先が楽しみだ」

老人のような事をクロノスは口にし、

「まぁ、いい、取り合えず、方向性はそれで良いと思う、陛下には私から報告しよう、もし上手くいかなくても時間はある、平行して他の策も考えるが・・・それが無くても学園を宣伝する為の施策として考えれば悪い事では無いと思う」

リンドへ軽く目配せすると、リンドもクロノスと同意見なのであろう、軽く頷き了承を伝える、

「分りました、ありがとうございます」

学園長はホッと一息吐いて深々と頭を下げた、

「それで進めてくれ、では次だ・・・」

クロノスはサッと腰を上げると、

「何だ、その大荷物は?」

とタロウに歩み寄る、

「浸透工作」

タロウはニヤリと微笑み、ルーツもやっと出番かと腰を上げ、男も続いた、

「ほう・・・では、どうするか・・・リンド、メインデルトを呼んでくれ」

「はい、イフナース様も同席されるとの事です」

「おう、それは聞いている、どっちも頼むよ」

リンドは分りましたと頭を下げて退室した、

「で、タロウ、何だこれは?」

ルーツがニヤニヤしつつポンポンと荷物を叩く、

「ん、お前達の分のこれと装飾品だな、えーと、あんたは?」

タロウが一応とルーツの背後に立つ男へ視線を向けた、

「おう、俺の右腕だ」

ルーツは振り返り、

「ヒデオン、こいつがタロウ、俺の師匠で命の恩人で、王国の救世主、後は何だ・・・あれだ、お前の仕事の発案者だな」

大袈裟な単語を並べタロウを紹介する、

「おいおい、何だそれ?」

タロウが流石に非難するが、

「間違ってないだろう?」

ルーツは厭らしくニヤニヤと微笑み、

「まぁ、間違ってはいないな・・・」

クロノスまでがニヤニヤと同意する、

「ほう、そうなのですか・・・」

いつの間にか近寄っていた学園長が真面目に受け取ったようで、ヒデオンと呼ばれた男も目を丸くしていた、

「おいおい、だからさ、そういうのは勘弁しろと言っているだろう」

「ガッハッハ、だったな、まぁ、話し半分で笑ってくれ、俺の師匠ってのは間違ってないがな、で、タロウ、こいつがヒデオンだ、近衛出身でかなりやる男だぞ、信頼していい」

「お前が認めたならそうだろうな、ヒデオンさん、宜しく頼む」

タロウはあっさりとヒデオンを認め、当のヒデオンは逆にエッと驚き、すぐさま慌てて、

「はっ、会長からお話を伺っております、若輩者ですがどうぞ宜しくお願いします」

先程までのキツイ視線はどこへやらと丁寧なお辞儀を見せた、

「そう固くなるな、めんどくさくてかなわん」

「だな、で、どうする?」

クロノスが腕を組んでタロウを伺う、

「んー、打合せは全員が揃ってからがいいだろうから・・・取り合えず、これ、並べてくれるか」

タロウは荷物の一つに手を掛けるとその中身を取り出し始める、

「並べるのか?」

クロノスが怪訝そうに顔を顰めた、

「ん、ほれ、一応選びたいんじゃないかと思ってな、多めに買って来たんだよ」

タロウは手にした布をクロノスに押し付けた、

「これは?」

「これ」

タロウは自分の服を指差す、

「なるほど・・・まぁ、いい、お前の言う通りにしよう」

クロノスはヤレヤレと手にした布をテーブルに並べ、ルーツと学園長は勿論、ヒデオンは率先して動き回る、

「で、これもなんですがね」

とタロウが取り出しのはナイフであった、

「ん、ん?」

と受け取った学園長が首を傾げた、そのナイフは分厚い鞘に収まっているが刀身は小さく大きく反っていた、王国ではまず見ない型のナイフである、しかし、それがナイフであるとすぐに分るのは人の本能なのであろうか、

「ほう、どれ」

クロノスも受け取り早速と抜いた、その刃はギラリと金属特有のぬめりを伴った輝きを見せ装飾もまた凝っている、

「これは素晴らしい」

「だな、へー、いいなこれ」

学園長はその刃を見つめ、ルーツもクロノスの手元を覗き込む、

「だろ、一応ほら、商人らしくさ、良い物を選んできたんだよ」

「商人らしく?何だこれが必要なのか?」

「おう、こんな感じだ」

タロウはサッ背中を向けた、見ればその革のベルトには似たようなナイフが下げられている、

「へー、気付かなかったな・・・」

「すると、これも衣服の一部という事ですかな?」

学園長がギラリとその眼を光らせた、

「そうなりますね、ま、詳しい話しは後ほど、これもあれですね、お好みで選べるように数は揃えてきましたので」

「何だ、随分とあれだな」

クロノスが何もそこまでと目を細くする、

「まぁな、服装は似合わないと駄目だろ、これもしかりだ・・・で、もう一つ」

タロウはさらに革製のベルトを取り出すと、

「これも大事、商人は良い品を身に着ける、金を持ってない商人は相手にもされないものさ」

「周到だな・・・」

クロノスは呆れつつナイフを収めベルトを受け取る、その革製のベルトも複雑な装飾の入った手の込んだ品である、

「ヒデオン、よく見ておけよ」

ルーツがそっとヒデオンに耳打ちする、

「あいつの考え方は見習うべき所が多い、お前には特に必要な技能になる」

ヒデオンは口元を引き締め黙して頷いた。
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