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本編

62話 アメとメダカとお嬢様 その4

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「ホントに大丈夫ですの?」

「不安・・・ですね・・・」

「・・・ソフィアさんのやることですから信じましょう」

「そう・・・よね・・・」

「でも、こちらのは美味しそうですわよ・・・」

「それはわかります・・・」

ソフィアが厨房から持ち込んだのは岩塩であった、さらにソフィアはうーんと首を傾げつつ、ちょっと失礼と一言置いてユーリの前に置かれていたお茶の盆から茶葉を取り出すと、それらをゴリゴリとすり鉢で粉末にしてしまう、そして取り合えずと塩を少量、干し果物と同様に飴に練り込んだ、作業そのものはライニールが引き続いて行ったのであるが、茶はまだいいとして塩に対しては誰もがそれでいいのかと不安そうな顔になっている、

「でねー」

とライニールの手元を見ながらソフィアが口を開いた、

「ふと思ったんだけど、味ってね、甘い、しょっぱい、すっぱい、苦い・・・しか無いと思うんですよー」

とのんびりと語る、

「で、このアメって、甘いでしょ?」

「それはそうじゃろうな」

レアンが不思議そうにソフィアを見上げた、

「するとね、あと残るのは、しょっぱい、すっぱい、苦いなんですね、で、このブドウのアメとかリンゴのアメってすっぱいでしょ」

「確かに」

一同は同時に頷く、

「ブドウの味とリンゴの味はしますけど、それは風味?というか香りがそうさせているような気がするんですが、それはまぁ置いておいて、で、そうなると・・・」

「ふん、だから、塩と茶葉か・・・」

レインがフンスと呆れたような感心したような曖昧な吐息を吐く、

「そうなのよ、塩であればしょっぱくなるし、茶葉・・・特にこの葉っぱはそのままだと苦いからね、どうなるかなーって」

ソフィアはニヤリと微笑む、王国に於いての茶とは厳密に言うと茶ではなかった、原料たる茶樹は王国内では一部でしか生産されておらず、それも極少量である為流通していないと言って良い、では彼らが飲用している茶とは何かと言えば、野草や茶の代替品であった、本来は薬草として煎じて飲んだり、粉末にして薬として飲用していたものを、茶を飲むという習慣のみを取り込み、それに合わせて改良して常飲しているのである、その為、茶と一言で言っても味は千差万別で、さらにその薬効も多岐に渡り、それと同時に毒草等も混じる事があり問題も多い、大変に危ないものと言えるが、単純に良い香りのするお湯を嗜み、その時間を共有するという楽しみが優先された結果、貴族から始まったこの習慣は平民にも広く浸透する事となった、挙句、地方地方でその地の特産と言える茶が開発され茶の文化は静かに隆盛期を迎えていたりもする、ちなみにその希少な本来の茶を生産しているのがエレインの姉が嫁いだ先であったりするが、エレインはその事は知りえなかった、

「しかし、アメは甘いのだぞ」

ムッとレアンはソフィアを睨む、

「そうですねー」

「しょっぱくしてどうするのだ?」

「美味しいと思いますよー」

どこまでもソフィアは適当である、

「本当だな?」

レアンは訝し気な視線をソフィアから外さず、ユスティーナはまったくこの子はと目を細めた、

「むー、ソフィーは料理上手なのー、意地悪だけど嘘は言わないのー」

ミナがレアンを睨みつけた、

「しかしだな・・・塩味だぞ」

「絶対美味しいのー」

むーと睨み合う二人であった、

「まぁまぁ、これは私も美味しいと思いますよー」

そこを仲裁したのが珍しくもライニールである、

「むっ、お前までなんだ?」

「そうですねー・・・お嬢様も御存知のはずですよ」

ライニールが飴を棒状に形成しながらニコリと微笑む、

「何がじゃ」

「ほら、銀細工の職人や鍛冶屋なんかもそうですが、ああいう熱い場所での仕事だと、岩塩を舐めながらエールを飲んで仕事しているでしょ」

「・・・それは知っておる」

「ですよね、だとするとです、この塩味のアメはそういう職場の人に重宝されるのではないかなって・・・思ったんですが・・・どうでしょう?」

ライニールはニコリとソフィアへ顔を向けた、

「あら、そこまで言ってしまってはつまらないというものですよ」

ソフィアはニヤリと答える、

「・・・えっと・・・ソフィアさん、商売の事まで考えてらしたのですか?」

エレインも目を丸くする、

「商売云々までは考えてないけどね、ほら、アメを舐めるという行為ね、これって何気に珍しい行為なのかなって思ってね、舐めて楽しむ食べ方?っていうのは他にあるかしらって考えたら、思い出したのがライニールさんと一緒でね、岩塩舐めながら仕事してるのよね、鍛冶場とかだと、汗だくだくで、で、エールとか水とかガブガブ飲んでね、なもんで、だったら塩を入れてみたらその代わりになるのかしら・・・とは思ったかな」

ソフィアが首を傾げながら答えると、一同は唖然とソフィアを見るしかなった、確かにその通りなのである、口中で舐め回すという食し方がまず初めてであり、他に似たような行為を探すとなると難しいかもしれないとハタッと気付いた、

「あっ、でも、夏場は氷を含む事はあるかしら、でもあれも魔法を使える人がいないと駄目だから一般的とは言えないわね」

「そうじゃのう、あとはほれ、種をねぶる事はあるぞ」

「だって、それは味を楽しんでいるんじゃなくて、単に口寂しいからでしょ」

「かもしらん」

レインがニヤリと微笑む、すると、

「はい、お嬢様、切り分けて下さい」

作業を終えたライニールがレアンへ細い棒状になったアメを滑らせる、レアンはうむと頷きつつナイフを振るった、

「では、頂いてみようか」

一通り切り終えてレアンはその一粒を手にするが、先程迄とは違って躊躇している様子である、他の面々も訝し気に見つめるだけで手は伸びない、ソフィアは仕方ないここは私かしらと一つを取って口中に放り込んだ、一同の視線がソフィアへ向かう、

「ん、あら、悪く無いわね、もう少し塩は少なくてもいいかも・・・」

ソフィアはこれはこれでと小さく頷く、

「では、私も」

次の飴を用意し茶を練り込んでいたライニールもその手を止めて一粒含む、

「・・・確かに、でも、このくらいの方が職人達には良いかもしれません・・・それに美味しいですね、うん、美味しいです」

エッと一同の視線がライニールへ向かう、

「でしょう、エレインさん、これ売れるわよ」

ソフィアがニヤリと微笑み、そこまで言うならと一同の手がやっと動いた、すると、

「・・・確かに・・・」

「うん、しょっぱくて甘くて・・・これ、好きかも」

「悪く・・・ないわね・・・」

「岩塩の種類を変えてもいいかもね・・・」

「そうですね、でも、いいな、癖になりそう」

「うー、これ嫌いー」

しかし、ミナは駄目らしい、舌の上に飴玉を乗せてソフィアに泣き付いた、

「はいはい、無理しないで出しなさい、お湯飲んで」

「うー、わかったー」

ミナはソフィアの取り出した手拭いに飴を吐き出すと、テッテと茶道具に走り水差しから湯呑にお湯を入れる、

「ふむ、これはこれでありじゃな・・・」

最も懐疑的であったレアンが不機嫌そうにその味を認めたようで、

「そうね、エレインさんどうかしら?」

「はい、良いと思います・・・その、職人さん達に確認してみます」

「ふふっ、そうね」

ニコリと微笑むユスティーナである、そうして、塩飴はどうやら受け入れられた。



「戻ったぞー」

タロウが大荷物を抱え巨大な革袋を背にして食堂へ入ると、

「マズイー」

「これは駄目だわ」

「苦いし、香りも無いし、粉っぽいし」

「あっはっは、こんだけ不味いと面白いですね」

「いや、アンタが笑うなし」

「笑うしかないでしょ」

「かもしらん」

食堂内には悲鳴が響いており、何だこりゃとタロウは足を止める、

「あら、お帰り」

「おう、えっと、お客様?」

タロウは首を傾げる、

「あっ、そうね、御免さない、ちょっと待ってね」

とソフィアは手拭いに飴玉を吐き出し、ユスティーナらは既に吐き出してお湯で口直しである、

「どうしたの?」

「あー、アメの開発?お茶をアメに混ぜてみたんだけど、酷くてね、大失敗だわ」

「こっちのがマシに思えたんだけどねー」

「やってみないと分らないものなんですね」

ユーリも辟易としており、マフダもゴクンとお湯を飲み込み渋い顔である、

「ありゃ、そんな事してたのか?」

「そうなのよ、あっ、紹介するわね」

とソフィアはユスティーナから始めてレアンとライニールを引き合わせる、タロウは、

「これは失礼を、ソフィアとユーリから聞いております、ミナと仲良くして頂いているとか、大変光栄に思います」

大荷物を抱えたまま不格好に深々と頭を下げた、

「こちらこそですわ、ソフィアさんには助けられましたのよ、恩人と言って間違いはありません、ミナちゃんもレインちゃんもね」

ユスティーナが柔らかい笑顔を浮かべる、しかし、口中に残る違和感の為かややぎこちない、

「勿体ないお言葉です奥様、家族揃って礼儀を知らぬ田舎者ですが、どうぞ御容赦頂きたく思います」

大荷物を抱えたままの一般的には失礼に当たる恰好での慇懃な言葉である、そしてよく見ればその服装も以前のそれに戻っていた、王国人から見れば何とも奇妙なダボッとした帝国のそれである、そこへ、

「これなにー」

ミナがタロウの手にする大荷物に頭から突っ込んだ、

「こりゃ、大人の邪魔しちゃ駄目だ」

「邪魔してないよー、これなにー」

「だから、それが邪魔なの」

「まぁまぁ」

ユスティーナが柔らかくタロウを諫め、タロウはあちゃーと赤面しつつすいませんと頭を下げる、

「で、なに?」

ミナがニヤリと勝ち誇ってタロウを見上げた、

「あー・・・うるさくなるから夕飯の後にしようと思ったんだが・・・」

タロウはやれやれと荷物を下ろし、ミナがニコニコとその足に縋りついた、

「じゃ、どうしようかな・・・ソフィア、いや、ユーリがいるか、サビナさん?呼べるか?」

タロウの口からは珍しい名前が出てくる、

「えっ、いいけど、なんで?」

ユーリが素直に問い返した、

「ん、あれだろ、服飾関係の仕事してるんだろ?良いのがあったから大量に買って来たんだ、あっ、マフダさんにもあるんだが・・・それは別にした方がいいな」

「えっ、はい、えっと・・・」

マフダは突然話しかけられ不安そうにタロウを見つめる、

「そうだ、お姉さんと親父さんにお礼言っといて、昨日は楽しかったですって」

エッと硬直するマフダである、

「うん、でだ、そっちの件もあったんだけど・・・取り合えずこれかな?ま、織機も買えるんだけどさ、これどうだ?」

タロウは無造作に革袋を開けて布を数本取り出す、見た目は全くもって手拭いであった、

「なにーこれー」

「見た通りの手拭いだよー」

「えー、つまんない」

「そういう事言う子にはあげないぞ、ほれ、触ってみ」

タロウがその一本をミナに手渡すと、

「うわっ・・・柔らかい、フワフワだー」

ミナの嬌声に一同がエッと驚く、

「だろう、ほれ、ソフィア、ユーリも、奥様も是非、お嬢様もどうぞ」

とタロウは束でソフィアに手渡す、ソフィアは受け取り、

「おっ・・・これもしかして・・・」

と驚きながらも各自に配った、

「分るか?」

「分るわよ、えっ、でも、こっちにもあったの?あったか・・・そうか、それでサビナさん?」」

「だなー」

タロウはニヤリと笑う、ソフィアはまためんどくさい事をとその眉を顰めた、

「わっ、柔らかい・・・」

「確かにフワフワですね」

「凄い手触りが気持ち良い・・・」

「木綿ですか?」

「木綿は木綿だねー」

「えっ・・・これ凄いですよ・・・」

「うん、全然違う」

「タロウ、これって・・・何?」

ユーリが辛抱できずに問い質す、

「あー、こっちでは何て言うのかな・・・」

タロウは首を傾げるが、

「パイル織だな、それも上質だのう」

レインがその布に頬を滑らせ笑顔で答える、

「そうか、じゃ、それだ、パイル織、おれの国ではタオル生地とかタオルとか呼んでたかな、どうだ、良い物だろう?」

「うむ、これは良い品じゃな、縫製もしっかりしておるし、抜けもない」

「そうか、レインが認めるのであれば上等だな」

アッハッハと嬉しそうに笑うタロウに、

「ちょっと、どういう事?」

「詳しく教えて下さい」

「はい、私も、何ですかこれ?」

一同はタオルを手にしてタロウに詰め寄り、

「あー、こうなるんだから・・・もう・・・」

ソフィアはまったくと溜息を吐くのであった。
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