703 / 1,050
本編
62話 アメとメダカとお嬢様 その1
しおりを挟む
翌日早朝、
「ほれ、こんな感じに芽が出るんだよ」
「それは分かるぞ、当然じゃろ」
「うー、見えないー」
「豆を植えるには時期が悪いじゃろ」
「植えるんじゃないんだよー」
「ならどうするのじゃ?」
「ふふん、それはもう少ししたら分かるかなー」
「見えないー」
「勿体ぶりおって、はっきりするのじゃ」
「見せろー」
「わっ、おはようございます」
薄暗い朝日の中、食堂ではタロウとレインが壺を覗き込んでおり、ミナはタロウの肩に覆い被さるように抱きついている、そこへオリビアが階段から顔を覗かせた、
「おはよー」
ミナは満面の笑みをオリビアへ向けるが、すぐにその顔は身体ごと横を向いて、
「おう、おはようさん」
タロウがニコリと微笑む、
「むー、ミナが挨拶してたのー、邪魔するなー」
「何だよそれ、俺だってしなきゃ駄目だろ」
「タローはいいの、ミナがするのー」
「訳分からないことを言うんじゃない」
軽い親子喧嘩である、オリビアは朝から元気だなーと微笑みながら、
「あっ、それって結局なんなんですか?」
と三人に近付きレインが覗き込んでいる壺を指差す、
「んー、ふふん、秘密ー」
タロウがニヤリと微笑み振り返ると、ミナの顔がオリビアを向き、
「オリビア、オハヨー」
と二度目の朝の挨拶であった、オリビアはモーと微笑みながらも挨拶を返し、
「あー、もしかして、あれ?罰ってやつ?」
と首を傾げた、
「そうなの、タロウは捕まえとかないと駄目なの、だから、捕まえるのー」
「そっか、そうだよねー」
オリビアはまったくミナらしいなと溜息を吐く、昨晩、タロウはクロノスらとの飲み会とやらで帰宅は陽の落ちた後であった、それなりに楽しんできたのであろう、機嫌良く酔っ払って帰ってきたタロウを待っていたのは、タロウがいないと泣き喚いていたミナと、何とか宥めようと苦心するソフィアと生徒達であった、ユーリやレインは早々に諦めて他人事と相手にもしていなかったが、タロウが帰った途端に、ミナは泣き止むと同時にタロウの身体をよじ登り、ギャーギャーとその耳元で言いたい放題罵詈雑言を浴びせてそのまま疲れて寝てしまったのである、やっと静かになったと生徒達は安堵し、ソフィアも呆れるしかなかった、そして、一晩明けてこの有様である、
「ほら、おねーちゃんも呆れてるぞ、いい加減下りろ」
タロウがミナの背中をポンポンと叩く、
「やだ、罰なの、捕まえとくの」
「だから、悪かったって言ってるだろ」
「それはそれなのー」
「そうなのか?」
「そうなのー」
やれやれとタロウは苦笑いを浮かべるしかない、
「じゃ、他のはどうだ、芽も出とらんぞ」
レインはそんな二人をまるで意に介さずに他の壺を確認している、
「そうだなー、豆によるからなー」
タロウもミナは無視して作業に戻った、見れば手桶の水を壺に注いで軽く洗ってその水は木戸から捨てているらしい、それは壺を仕込んだ日から毎日三人が熟していた作業である、オリビアはそれを傍目には見ていたが手伝う事は無く、一度申し出たのであるが、タロウ曰く、お薦めの豆が決まったら改めてとの事であった、
「大麦はこれでいいね、良い感じに芽が出てきてる、次に移るぞ」
「むっ、そのようじゃな」
「さて、道具はどうするか・・・」
「むー、見せろー」
ジタバタと暴れるミナである、二人はもうどうでもいいとそのまま思案を続け、
「綺麗・・・だとあれだな、汚れちゃうから、綺麗だけど汚い手拭いとかあるか?」
「めんどくさい事を言う」
「仕方ないだろー、新品を使うのは気が引けるんだよなー」
「なら、ソフィアに聞け」
「だなー」
タロウはジタバタと動くミナを乗せたまま厨房へ入り、レインは壺から大麦の一粒を取り出して観察している、
「えっと、レインさん、ホントに何をやっているんですか?」
オリビアはタロウの背を見送ってレインを見下ろす、
「分らん」
レインは即答であった、エッとオリビアは驚く、
「しかし、まぁ、面白いじゃろ、あれはソフィア以上にあれだからな、楽しんで付き合えば良い」
なんとも達観した言葉であった、
「あれがあれ以上にあれですか?」
「そうじゃ、あれ以上のあれじゃ」
オリビアは首を傾げ、レインはニヤリとオリビアを見上げた。
「ミナ、ちゃんと食べなさい」
「ムー、タロウがそっち向いてー」
「こら、暴れるな」
その後朝食となる、いつものトレーに乗ったいつもの朝食が用意されたのであるが、ミナはタロウから離れようとはせず、そうなるとどうしてもテーブルには背中を向けてしまっていた、
「まったく、いい加減になさい!!」
ソフィアの怒号が響いた、そりゃそうなるよなと、オリビアを始めとした早起き組、テラとニコリーネも苦笑いとなる、
「やだー」
「やだじゃない」
「だってー」
「だってじゃない、ミナ、もう大きいんだからいつまでも遊んでるんじゃありません」
「うー、でもー」
「でもじゃない、タロウだって用事はあるんだからね、コラ!!いい加減にこっちを見なさい」
「うー」
背中越しに怒られてミナは渋々と振り返る、
「まったく、いい?ミナ、もうあなたは十分大きいし、お手伝いもできるでしょ、いつまでもそんな恥ずかしい事をしているんじゃありません」
「でも・・・」
「でもじゃない、ほら、降りて、ちゃんと座りなさい」
「うー・・・」
ミナはやっと渋々とタロウから降り、席に着いた、
「それでいいの、いい、ミナ、タロウさんだって私だってお仕事もあるし、付き合いってものがあるの、ミナの事はちゃんと大事に思っているんだから、いつまでも赤ちゃんのような事はしちゃ駄目よ」
「・・・けどー」
ミナは涙を浮かべてソフィアを見上げる、
「なに?」
「昨日はー、タロウが勝手にいなくなったー、ミナに言うって言ったのにー」
ミナにもミナの言い分がある、昨日から続くおむずかりはタロウがミナに黙って居なくなった事が原因なのであろう、
「それはゴメンって謝っただろう・・・」
タロウは申し訳なさそうにミナを見つめる、
「うー、だけどー」
「そうね、ちゃんと謝ったんならミナは許してあげるべきでしょ」
「でもー」
「なら、そうね、ミナが謝っても私もタロウも許してあげないとしたらどうするの?」
「それはだってー」
ミナは俯いてモゴモゴと何かを呟く、而してそれは誰の耳にも届く事は無い、
「いい?許してあげるのも大事な事よ、タロウはちゃんと帰って来たんだし、もういなくならないって約束したんでしょ」
ソフィアがジッとミナを見つめる、
「そうだけど・・・」
ミナは不満そうにソフィアを見上げ、ソフィアはまぁミナの気持ちも分らないではないからなと、
「まったく・・・そうね・・・タロウさんも悪かったと言えば悪かったんだから、次からちゃんとミナに許可を得る事、いいわね?タロウさん・・・ミナは謝られたらちゃんと許してあげる事、いい?」
「あー、俺も怒られてるのか・・・」
「当然でしょ」
ギリッとタロウを睨むソフィアである、
「・・・はい・・・分かりました・・・」
タロウは俯いて了承し、
「ほら、ミナは?」
「分かったー、許すー」
こちらも俯いて呟いた、
「そう、それでいいわ、ほら、食べてしまいなさい」
ソフィアはニコリと笑顔を見せ、どうやら取り合えず騒動は収まったらしい、その後、早起き組が朝食を終えると、
「これは何ですか?」
壁際に並んだ壺の傍に真新しい何かが増えていることにサレバが気付く、それは平たいトレーに寝藁であろうか、板状の藁の束が乗せられた、それだけの何かであって、一目では何なのかもまるで分からない代物である、
「おう、大麦だよー、発芽させてるんだ」
タロウがトレーを片付けながら振り返る、
「へー、えっ、植えるんですか?芽を出させてから?」
ルルとケイスもなんだなんだと腰を上げ、コミンとレスタも背筋を伸ばして視線を向けた、
「植えるわけじゃないかな、ま、ゆっくり見ててよ」
「中、見てもいいですか?」
「いいよー」
サレバが藁を捲るとわっと人だかりができる、
「あっ、ホントだ大麦だ・・・」
「だねー、でも・・・」
「うん、初めて見たかも大麦の発芽か・・・」
「だよね、こうなるんだ・・・」
「へー、面白ーい」
藁の下には濡れた手拭いが敷かれその上に殻付きの大麦が広げられている、かなりの量であるが、その殆どの殻が割れ白い芽が出ている様子であった、
「あー、ミナも見てない」
ミナも駆けだしてその輪に入り込む、
「ありゃ、ミナちゃん見てないの?」
「見れなかったのー、タロウを捕まえてたからー」
「あー、そういう事かー、今度はあれだね、後ろ向いて掴まっちゃ駄目だねー」
「ルル、良いこと言うー」
「あっはっは、褒められちゃった」
「で、これってこのままなの?」
「そうみたいですね」
「どうなるんだろう?」
「根っことか生えて来るんじゃないですか」
「そうだけど・・・そういえば土の下でどうなっているかなんて考えたこともなかったなー」
「確かに」
「こうなるんだねー」
「これはこれで」
「面白いですね」
「うん」
生徒達が額を寄せているその後ろでは、朝食を終えたニコリーネが白湯も飲まずにドンと水槽の前に椅子を置いて画板を構えた、テラは何もそんなに急がなくてもと目を細めるが、それに気付いたミナも生徒の輪から抜け出すとニコリーネの真似をして椅子を持って来て大きな画板をよっこらしょっと抱える、レインも白湯を飲み干しそれに続いた、そこへ、
「おはよー」
朝寝組が起きてくる、
「ありゃ、朝から?」
ジャネットがあくび交じりでボリボリと腹をかき、エレインは半寝ぼけで厨房へ向かった、グルジアもすっかり朝寝組の仲間入りのようである、なんともだらしない有様でエレインの後をついていった、
「はい、これは描かなければなりません」
ニコリーネは爛々と輝く瞳で水槽を見つめ、
「うん、描くの」
「じゃな」
ミナとレインもフンスと鼻息を荒くする、
「あー、気持ちは分かるなー、可愛いもんねー」
ジャネットはうーんと首を右へ左へ傾けつつ水槽を上から覗く、昨日も帰寮して暫くの間水槽から離れる事が出来なかった、他の生徒達と一緒に上から横から眺めてしまい、夕食の支度を終えたソフィアからいつまで見てるのと怒られる程であったのである、
「ジャネット、邪魔ー」
するとすぐさまミナに怒鳴られた、
「あー、はいはい」
ジャネットが何も大声を出さなくてもなーと思いつつ厨房へ向かう、その日もいつも通りに姦しく始まったのであった。
「ほれ、こんな感じに芽が出るんだよ」
「それは分かるぞ、当然じゃろ」
「うー、見えないー」
「豆を植えるには時期が悪いじゃろ」
「植えるんじゃないんだよー」
「ならどうするのじゃ?」
「ふふん、それはもう少ししたら分かるかなー」
「見えないー」
「勿体ぶりおって、はっきりするのじゃ」
「見せろー」
「わっ、おはようございます」
薄暗い朝日の中、食堂ではタロウとレインが壺を覗き込んでおり、ミナはタロウの肩に覆い被さるように抱きついている、そこへオリビアが階段から顔を覗かせた、
「おはよー」
ミナは満面の笑みをオリビアへ向けるが、すぐにその顔は身体ごと横を向いて、
「おう、おはようさん」
タロウがニコリと微笑む、
「むー、ミナが挨拶してたのー、邪魔するなー」
「何だよそれ、俺だってしなきゃ駄目だろ」
「タローはいいの、ミナがするのー」
「訳分からないことを言うんじゃない」
軽い親子喧嘩である、オリビアは朝から元気だなーと微笑みながら、
「あっ、それって結局なんなんですか?」
と三人に近付きレインが覗き込んでいる壺を指差す、
「んー、ふふん、秘密ー」
タロウがニヤリと微笑み振り返ると、ミナの顔がオリビアを向き、
「オリビア、オハヨー」
と二度目の朝の挨拶であった、オリビアはモーと微笑みながらも挨拶を返し、
「あー、もしかして、あれ?罰ってやつ?」
と首を傾げた、
「そうなの、タロウは捕まえとかないと駄目なの、だから、捕まえるのー」
「そっか、そうだよねー」
オリビアはまったくミナらしいなと溜息を吐く、昨晩、タロウはクロノスらとの飲み会とやらで帰宅は陽の落ちた後であった、それなりに楽しんできたのであろう、機嫌良く酔っ払って帰ってきたタロウを待っていたのは、タロウがいないと泣き喚いていたミナと、何とか宥めようと苦心するソフィアと生徒達であった、ユーリやレインは早々に諦めて他人事と相手にもしていなかったが、タロウが帰った途端に、ミナは泣き止むと同時にタロウの身体をよじ登り、ギャーギャーとその耳元で言いたい放題罵詈雑言を浴びせてそのまま疲れて寝てしまったのである、やっと静かになったと生徒達は安堵し、ソフィアも呆れるしかなかった、そして、一晩明けてこの有様である、
「ほら、おねーちゃんも呆れてるぞ、いい加減下りろ」
タロウがミナの背中をポンポンと叩く、
「やだ、罰なの、捕まえとくの」
「だから、悪かったって言ってるだろ」
「それはそれなのー」
「そうなのか?」
「そうなのー」
やれやれとタロウは苦笑いを浮かべるしかない、
「じゃ、他のはどうだ、芽も出とらんぞ」
レインはそんな二人をまるで意に介さずに他の壺を確認している、
「そうだなー、豆によるからなー」
タロウもミナは無視して作業に戻った、見れば手桶の水を壺に注いで軽く洗ってその水は木戸から捨てているらしい、それは壺を仕込んだ日から毎日三人が熟していた作業である、オリビアはそれを傍目には見ていたが手伝う事は無く、一度申し出たのであるが、タロウ曰く、お薦めの豆が決まったら改めてとの事であった、
「大麦はこれでいいね、良い感じに芽が出てきてる、次に移るぞ」
「むっ、そのようじゃな」
「さて、道具はどうするか・・・」
「むー、見せろー」
ジタバタと暴れるミナである、二人はもうどうでもいいとそのまま思案を続け、
「綺麗・・・だとあれだな、汚れちゃうから、綺麗だけど汚い手拭いとかあるか?」
「めんどくさい事を言う」
「仕方ないだろー、新品を使うのは気が引けるんだよなー」
「なら、ソフィアに聞け」
「だなー」
タロウはジタバタと動くミナを乗せたまま厨房へ入り、レインは壺から大麦の一粒を取り出して観察している、
「えっと、レインさん、ホントに何をやっているんですか?」
オリビアはタロウの背を見送ってレインを見下ろす、
「分らん」
レインは即答であった、エッとオリビアは驚く、
「しかし、まぁ、面白いじゃろ、あれはソフィア以上にあれだからな、楽しんで付き合えば良い」
なんとも達観した言葉であった、
「あれがあれ以上にあれですか?」
「そうじゃ、あれ以上のあれじゃ」
オリビアは首を傾げ、レインはニヤリとオリビアを見上げた。
「ミナ、ちゃんと食べなさい」
「ムー、タロウがそっち向いてー」
「こら、暴れるな」
その後朝食となる、いつものトレーに乗ったいつもの朝食が用意されたのであるが、ミナはタロウから離れようとはせず、そうなるとどうしてもテーブルには背中を向けてしまっていた、
「まったく、いい加減になさい!!」
ソフィアの怒号が響いた、そりゃそうなるよなと、オリビアを始めとした早起き組、テラとニコリーネも苦笑いとなる、
「やだー」
「やだじゃない」
「だってー」
「だってじゃない、ミナ、もう大きいんだからいつまでも遊んでるんじゃありません」
「うー、でもー」
「でもじゃない、タロウだって用事はあるんだからね、コラ!!いい加減にこっちを見なさい」
「うー」
背中越しに怒られてミナは渋々と振り返る、
「まったく、いい?ミナ、もうあなたは十分大きいし、お手伝いもできるでしょ、いつまでもそんな恥ずかしい事をしているんじゃありません」
「でも・・・」
「でもじゃない、ほら、降りて、ちゃんと座りなさい」
「うー・・・」
ミナはやっと渋々とタロウから降り、席に着いた、
「それでいいの、いい、ミナ、タロウさんだって私だってお仕事もあるし、付き合いってものがあるの、ミナの事はちゃんと大事に思っているんだから、いつまでも赤ちゃんのような事はしちゃ駄目よ」
「・・・けどー」
ミナは涙を浮かべてソフィアを見上げる、
「なに?」
「昨日はー、タロウが勝手にいなくなったー、ミナに言うって言ったのにー」
ミナにもミナの言い分がある、昨日から続くおむずかりはタロウがミナに黙って居なくなった事が原因なのであろう、
「それはゴメンって謝っただろう・・・」
タロウは申し訳なさそうにミナを見つめる、
「うー、だけどー」
「そうね、ちゃんと謝ったんならミナは許してあげるべきでしょ」
「でもー」
「なら、そうね、ミナが謝っても私もタロウも許してあげないとしたらどうするの?」
「それはだってー」
ミナは俯いてモゴモゴと何かを呟く、而してそれは誰の耳にも届く事は無い、
「いい?許してあげるのも大事な事よ、タロウはちゃんと帰って来たんだし、もういなくならないって約束したんでしょ」
ソフィアがジッとミナを見つめる、
「そうだけど・・・」
ミナは不満そうにソフィアを見上げ、ソフィアはまぁミナの気持ちも分らないではないからなと、
「まったく・・・そうね・・・タロウさんも悪かったと言えば悪かったんだから、次からちゃんとミナに許可を得る事、いいわね?タロウさん・・・ミナは謝られたらちゃんと許してあげる事、いい?」
「あー、俺も怒られてるのか・・・」
「当然でしょ」
ギリッとタロウを睨むソフィアである、
「・・・はい・・・分かりました・・・」
タロウは俯いて了承し、
「ほら、ミナは?」
「分かったー、許すー」
こちらも俯いて呟いた、
「そう、それでいいわ、ほら、食べてしまいなさい」
ソフィアはニコリと笑顔を見せ、どうやら取り合えず騒動は収まったらしい、その後、早起き組が朝食を終えると、
「これは何ですか?」
壁際に並んだ壺の傍に真新しい何かが増えていることにサレバが気付く、それは平たいトレーに寝藁であろうか、板状の藁の束が乗せられた、それだけの何かであって、一目では何なのかもまるで分からない代物である、
「おう、大麦だよー、発芽させてるんだ」
タロウがトレーを片付けながら振り返る、
「へー、えっ、植えるんですか?芽を出させてから?」
ルルとケイスもなんだなんだと腰を上げ、コミンとレスタも背筋を伸ばして視線を向けた、
「植えるわけじゃないかな、ま、ゆっくり見ててよ」
「中、見てもいいですか?」
「いいよー」
サレバが藁を捲るとわっと人だかりができる、
「あっ、ホントだ大麦だ・・・」
「だねー、でも・・・」
「うん、初めて見たかも大麦の発芽か・・・」
「だよね、こうなるんだ・・・」
「へー、面白ーい」
藁の下には濡れた手拭いが敷かれその上に殻付きの大麦が広げられている、かなりの量であるが、その殆どの殻が割れ白い芽が出ている様子であった、
「あー、ミナも見てない」
ミナも駆けだしてその輪に入り込む、
「ありゃ、ミナちゃん見てないの?」
「見れなかったのー、タロウを捕まえてたからー」
「あー、そういう事かー、今度はあれだね、後ろ向いて掴まっちゃ駄目だねー」
「ルル、良いこと言うー」
「あっはっは、褒められちゃった」
「で、これってこのままなの?」
「そうみたいですね」
「どうなるんだろう?」
「根っことか生えて来るんじゃないですか」
「そうだけど・・・そういえば土の下でどうなっているかなんて考えたこともなかったなー」
「確かに」
「こうなるんだねー」
「これはこれで」
「面白いですね」
「うん」
生徒達が額を寄せているその後ろでは、朝食を終えたニコリーネが白湯も飲まずにドンと水槽の前に椅子を置いて画板を構えた、テラは何もそんなに急がなくてもと目を細めるが、それに気付いたミナも生徒の輪から抜け出すとニコリーネの真似をして椅子を持って来て大きな画板をよっこらしょっと抱える、レインも白湯を飲み干しそれに続いた、そこへ、
「おはよー」
朝寝組が起きてくる、
「ありゃ、朝から?」
ジャネットがあくび交じりでボリボリと腹をかき、エレインは半寝ぼけで厨房へ向かった、グルジアもすっかり朝寝組の仲間入りのようである、なんともだらしない有様でエレインの後をついていった、
「はい、これは描かなければなりません」
ニコリーネは爛々と輝く瞳で水槽を見つめ、
「うん、描くの」
「じゃな」
ミナとレインもフンスと鼻息を荒くする、
「あー、気持ちは分かるなー、可愛いもんねー」
ジャネットはうーんと首を右へ左へ傾けつつ水槽を上から覗く、昨日も帰寮して暫くの間水槽から離れる事が出来なかった、他の生徒達と一緒に上から横から眺めてしまい、夕食の支度を終えたソフィアからいつまで見てるのと怒られる程であったのである、
「ジャネット、邪魔ー」
するとすぐさまミナに怒鳴られた、
「あー、はいはい」
ジャネットが何も大声を出さなくてもなーと思いつつ厨房へ向かう、その日もいつも通りに姦しく始まったのであった。
0
お気に入りに追加
155
あなたにおすすめの小説
異世界キャンパー~無敵テントで気ままなキャンプ飯スローライフ?
夢・風魔
ファンタジー
仕事の疲れを癒すためにソロキャンを始めた神楽拓海。
気づけばキャンプグッズ一式と一緒に、見知らぬ森の中へ。
落ち着くためにキャンプ飯を作っていると、そこへ四人の老人が現れた。
彼らはこの世界の神。
キャンプ飯と、見知らぬ老人にも親切にするタクミを気に入った神々は、彼に加護を授ける。
ここに──伝説のドラゴンをもぶん殴れるテントを手に、伝説のドラゴンの牙すら通さない最強の肉体を得たキャンパーが誕生する。
「せっかく異世界に来たんなら、仕事のことも忘れて世界中をキャンプしまくろう!」
異世界転生したので森の中で静かに暮らしたい
ボナペティ鈴木
ファンタジー
異世界に転生することになったが勇者や賢者、チート能力なんて必要ない。
強靭な肉体さえあれば生きていくことができるはず。
ただただ森の中で静かに暮らしていきたい。
25歳のオタク女子は、異世界でスローライフを送りたい
こばやん2号
ファンタジー
とある会社に勤める25歳のOL重御寺姫(じゅうおんじひめ)は、漫画やアニメが大好きなオタク女子である。
社員旅行の最中謎の光を発見した姫は、気付けば異世界に来てしまっていた。
頭の中で妄想していたことが現実に起こってしまったことに最初は戸惑う姫だったが、自身の知識と持ち前の性格でなんとか異世界を生きていこうと奮闘する。
オタク女子による異世界生活が今ここに始まる。
※この小説は【アルファポリス】及び【小説家になろう】の同時配信で投稿しています。
異世界で趣味(ハンドメイド)のお店を開きます!
ree
ファンタジー
波乱万丈な人生を送ってきたアラフォー主婦の檜山梨沙。
生活費を切り詰めつつ、細々と趣味を矜持し、細やかなに愉しみながら過ごしていた彼女だったが、突然余命宣告を受ける。
夫や娘は全く関心を示さず、心配もされず、ヤケになった彼女は家を飛び出す。
神様の力でいつの間にか目の前に中世のような風景が広がっていて、そこには普通の人間の他に、二足歩行の耳や尻尾が生えている兎人間?鱗の生えたトカゲ人間?3メートルを超えるでかい人間?その逆の1メートルでずんぐりとした人間?達が暮らしていた。
これは不遇な境遇ながらも健気に生きてきた彼女に与えられたご褒美であり、この世界に齎された奇跡でもある。
ハンドメイドの趣味を超えて、世界に認められるアクセサリー屋になった彼女の軌跡。
貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた
佐藤醤油
ファンタジー
貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。
僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。
魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。
言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。
この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。
小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。
------------------------------------------------------------------
お知らせ
「転生者はめぐりあう」 始めました。
------------------------------------------------------------------
注意
作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。
感想は受け付けていません。
誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。
魔力∞を魔力0と勘違いされて追放されました
紗南
ファンタジー
異世界に神の加護をもらって転生した。5歳で前世の記憶を取り戻して洗礼をしたら魔力が∞と記載されてた。異世界にはない記号のためか魔力0と判断され公爵家を追放される。
国2つ跨いだところで冒険者登録して成り上がっていくお話です
更新は1週間に1度くらいのペースになります。
何度か確認はしてますが誤字脱字があるかと思います。
自己満足作品ですので技量は全くありません。その辺り覚悟してお読みくださいm(*_ _)m
腐った伯爵家を捨てて 戦姫の副団長はじめます~溢れる魔力とホムンクルス貸しますか? 高いですよ?~
薄味メロン
ファンタジー
領地には魔物が溢れ、没落を待つばかり。
【伯爵家に逆らった罪で、共に滅びろ】
そんな未来を回避するために、悪役だった男が奮闘する物語。
今日も誰かが飯を食いに来る。異世界スローライフ希望者の憂鬱。
KBT
ファンタジー
神の気まぐれで異世界転移した荻野遼ことリョウ。
神がお詫びにどんな能力もくれると言う中で、リョウが選んだのは戦闘能力皆無の探索能力と生活魔法だった。
現代日本の荒んだ社会に疲れたリョウは、この地で素材採取の仕事をしながら第二の人生をのんびりと歩もうと決めた。
スローライフ、1人の自由な暮らしに憧れていたリョウは目立たないように、優れた能力をひた隠しにしつつ、街から少し離れた森の中でひっそりと暮らしていた。
しかし、何故か飯時になるとやって来る者達がリョウにのんびりとした生活を許してくれないのだ。
これは地味に生きたいリョウと派手に生きている者達の異世界物語です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる