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本編

62話 アメとメダカとお嬢様 その1

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翌日早朝、

「ほれ、こんな感じに芽が出るんだよ」

「それは分かるぞ、当然じゃろ」

「うー、見えないー」

「豆を植えるには時期が悪いじゃろ」

「植えるんじゃないんだよー」

「ならどうするのじゃ?」

「ふふん、それはもう少ししたら分かるかなー」

「見えないー」

「勿体ぶりおって、はっきりするのじゃ」

「見せろー」

「わっ、おはようございます」

薄暗い朝日の中、食堂ではタロウとレインが壺を覗き込んでおり、ミナはタロウの肩に覆い被さるように抱きついている、そこへオリビアが階段から顔を覗かせた、

「おはよー」

ミナは満面の笑みをオリビアへ向けるが、すぐにその顔は身体ごと横を向いて、

「おう、おはようさん」

タロウがニコリと微笑む、

「むー、ミナが挨拶してたのー、邪魔するなー」

「何だよそれ、俺だってしなきゃ駄目だろ」

「タローはいいの、ミナがするのー」

「訳分からないことを言うんじゃない」

軽い親子喧嘩である、オリビアは朝から元気だなーと微笑みながら、

「あっ、それって結局なんなんですか?」

と三人に近付きレインが覗き込んでいる壺を指差す、

「んー、ふふん、秘密ー」

タロウがニヤリと微笑み振り返ると、ミナの顔がオリビアを向き、

「オリビア、オハヨー」

と二度目の朝の挨拶であった、オリビアはモーと微笑みながらも挨拶を返し、

「あー、もしかして、あれ?罰ってやつ?」

と首を傾げた、

「そうなの、タロウは捕まえとかないと駄目なの、だから、捕まえるのー」

「そっか、そうだよねー」

オリビアはまったくミナらしいなと溜息を吐く、昨晩、タロウはクロノスらとの飲み会とやらで帰宅は陽の落ちた後であった、それなりに楽しんできたのであろう、機嫌良く酔っ払って帰ってきたタロウを待っていたのは、タロウがいないと泣き喚いていたミナと、何とか宥めようと苦心するソフィアと生徒達であった、ユーリやレインは早々に諦めて他人事と相手にもしていなかったが、タロウが帰った途端に、ミナは泣き止むと同時にタロウの身体をよじ登り、ギャーギャーとその耳元で言いたい放題罵詈雑言を浴びせてそのまま疲れて寝てしまったのである、やっと静かになったと生徒達は安堵し、ソフィアも呆れるしかなかった、そして、一晩明けてこの有様である、

「ほら、おねーちゃんも呆れてるぞ、いい加減下りろ」

タロウがミナの背中をポンポンと叩く、

「やだ、罰なの、捕まえとくの」

「だから、悪かったって言ってるだろ」

「それはそれなのー」

「そうなのか?」

「そうなのー」

やれやれとタロウは苦笑いを浮かべるしかない、

「じゃ、他のはどうだ、芽も出とらんぞ」

レインはそんな二人をまるで意に介さずに他の壺を確認している、

「そうだなー、豆によるからなー」

タロウもミナは無視して作業に戻った、見れば手桶の水を壺に注いで軽く洗ってその水は木戸から捨てているらしい、それは壺を仕込んだ日から毎日三人が熟していた作業である、オリビアはそれを傍目には見ていたが手伝う事は無く、一度申し出たのであるが、タロウ曰く、お薦めの豆が決まったら改めてとの事であった、

「大麦はこれでいいね、良い感じに芽が出てきてる、次に移るぞ」

「むっ、そのようじゃな」

「さて、道具はどうするか・・・」

「むー、見せろー」

ジタバタと暴れるミナである、二人はもうどうでもいいとそのまま思案を続け、

「綺麗・・・だとあれだな、汚れちゃうから、綺麗だけど汚い手拭いとかあるか?」

「めんどくさい事を言う」

「仕方ないだろー、新品を使うのは気が引けるんだよなー」

「なら、ソフィアに聞け」

「だなー」

タロウはジタバタと動くミナを乗せたまま厨房へ入り、レインは壺から大麦の一粒を取り出して観察している、

「えっと、レインさん、ホントに何をやっているんですか?」

オリビアはタロウの背を見送ってレインを見下ろす、

「分らん」

レインは即答であった、エッとオリビアは驚く、

「しかし、まぁ、面白いじゃろ、あれはソフィア以上にあれだからな、楽しんで付き合えば良い」

なんとも達観した言葉であった、

「あれがあれ以上にあれですか?」

「そうじゃ、あれ以上のあれじゃ」

オリビアは首を傾げ、レインはニヤリとオリビアを見上げた。



「ミナ、ちゃんと食べなさい」

「ムー、タロウがそっち向いてー」

「こら、暴れるな」

その後朝食となる、いつものトレーに乗ったいつもの朝食が用意されたのであるが、ミナはタロウから離れようとはせず、そうなるとどうしてもテーブルには背中を向けてしまっていた、

「まったく、いい加減になさい!!」

ソフィアの怒号が響いた、そりゃそうなるよなと、オリビアを始めとした早起き組、テラとニコリーネも苦笑いとなる、

「やだー」

「やだじゃない」

「だってー」

「だってじゃない、ミナ、もう大きいんだからいつまでも遊んでるんじゃありません」

「うー、でもー」

「でもじゃない、タロウだって用事はあるんだからね、コラ!!いい加減にこっちを見なさい」

「うー」

背中越しに怒られてミナは渋々と振り返る、

「まったく、いい?ミナ、もうあなたは十分大きいし、お手伝いもできるでしょ、いつまでもそんな恥ずかしい事をしているんじゃありません」

「でも・・・」

「でもじゃない、ほら、降りて、ちゃんと座りなさい」

「うー・・・」

ミナはやっと渋々とタロウから降り、席に着いた、

「それでいいの、いい、ミナ、タロウさんだって私だってお仕事もあるし、付き合いってものがあるの、ミナの事はちゃんと大事に思っているんだから、いつまでも赤ちゃんのような事はしちゃ駄目よ」

「・・・けどー」

ミナは涙を浮かべてソフィアを見上げる、

「なに?」

「昨日はー、タロウが勝手にいなくなったー、ミナに言うって言ったのにー」

ミナにもミナの言い分がある、昨日から続くおむずかりはタロウがミナに黙って居なくなった事が原因なのであろう、

「それはゴメンって謝っただろう・・・」

タロウは申し訳なさそうにミナを見つめる、

「うー、だけどー」

「そうね、ちゃんと謝ったんならミナは許してあげるべきでしょ」

「でもー」

「なら、そうね、ミナが謝っても私もタロウも許してあげないとしたらどうするの?」

「それはだってー」

ミナは俯いてモゴモゴと何かを呟く、而してそれは誰の耳にも届く事は無い、

「いい?許してあげるのも大事な事よ、タロウはちゃんと帰って来たんだし、もういなくならないって約束したんでしょ」

ソフィアがジッとミナを見つめる、

「そうだけど・・・」

ミナは不満そうにソフィアを見上げ、ソフィアはまぁミナの気持ちも分らないではないからなと、

「まったく・・・そうね・・・タロウさんも悪かったと言えば悪かったんだから、次からちゃんとミナに許可を得る事、いいわね?タロウさん・・・ミナは謝られたらちゃんと許してあげる事、いい?」

「あー、俺も怒られてるのか・・・」

「当然でしょ」

ギリッとタロウを睨むソフィアである、

「・・・はい・・・分かりました・・・」

タロウは俯いて了承し、

「ほら、ミナは?」

「分かったー、許すー」

こちらも俯いて呟いた、

「そう、それでいいわ、ほら、食べてしまいなさい」

ソフィアはニコリと笑顔を見せ、どうやら取り合えず騒動は収まったらしい、その後、早起き組が朝食を終えると、

「これは何ですか?」

壁際に並んだ壺の傍に真新しい何かが増えていることにサレバが気付く、それは平たいトレーに寝藁であろうか、板状の藁の束が乗せられた、それだけの何かであって、一目では何なのかもまるで分からない代物である、

「おう、大麦だよー、発芽させてるんだ」

タロウがトレーを片付けながら振り返る、

「へー、えっ、植えるんですか?芽を出させてから?」

ルルとケイスもなんだなんだと腰を上げ、コミンとレスタも背筋を伸ばして視線を向けた、

「植えるわけじゃないかな、ま、ゆっくり見ててよ」

「中、見てもいいですか?」

「いいよー」

サレバが藁を捲るとわっと人だかりができる、

「あっ、ホントだ大麦だ・・・」

「だねー、でも・・・」

「うん、初めて見たかも大麦の発芽か・・・」

「だよね、こうなるんだ・・・」

「へー、面白ーい」

藁の下には濡れた手拭いが敷かれその上に殻付きの大麦が広げられている、かなりの量であるが、その殆どの殻が割れ白い芽が出ている様子であった、

「あー、ミナも見てない」

ミナも駆けだしてその輪に入り込む、

「ありゃ、ミナちゃん見てないの?」

「見れなかったのー、タロウを捕まえてたからー」

「あー、そういう事かー、今度はあれだね、後ろ向いて掴まっちゃ駄目だねー」

「ルル、良いこと言うー」

「あっはっは、褒められちゃった」

「で、これってこのままなの?」

「そうみたいですね」

「どうなるんだろう?」

「根っことか生えて来るんじゃないですか」

「そうだけど・・・そういえば土の下でどうなっているかなんて考えたこともなかったなー」

「確かに」

「こうなるんだねー」

「これはこれで」

「面白いですね」

「うん」

生徒達が額を寄せているその後ろでは、朝食を終えたニコリーネが白湯も飲まずにドンと水槽の前に椅子を置いて画板を構えた、テラは何もそんなに急がなくてもと目を細めるが、それに気付いたミナも生徒の輪から抜け出すとニコリーネの真似をして椅子を持って来て大きな画板をよっこらしょっと抱える、レインも白湯を飲み干しそれに続いた、そこへ、

「おはよー」

朝寝組が起きてくる、

「ありゃ、朝から?」

ジャネットがあくび交じりでボリボリと腹をかき、エレインは半寝ぼけで厨房へ向かった、グルジアもすっかり朝寝組の仲間入りのようである、なんともだらしない有様でエレインの後をついていった、

「はい、これは描かなければなりません」

ニコリーネは爛々と輝く瞳で水槽を見つめ、

「うん、描くの」

「じゃな」

ミナとレインもフンスと鼻息を荒くする、

「あー、気持ちは分かるなー、可愛いもんねー」

ジャネットはうーんと首を右へ左へ傾けつつ水槽を上から覗く、昨日も帰寮して暫くの間水槽から離れる事が出来なかった、他の生徒達と一緒に上から横から眺めてしまい、夕食の支度を終えたソフィアからいつまで見てるのと怒られる程であったのである、

「ジャネット、邪魔ー」

するとすぐさまミナに怒鳴られた、

「あー、はいはい」

ジャネットが何も大声を出さなくてもなーと思いつつ厨房へ向かう、その日もいつも通りに姦しく始まったのであった。
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