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本編
61話 計略と唄う妖鳥 その24
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「タロー、どういう事だー」
そこへルーツもニヤニヤと笑いながら戻ってくる、その後ろにはリズモンドの姿もあり、そちらもグラスを片手に柔らかな微笑を浮かべていた、
「なにがだよ」
タロウはルーツを睨みつけ、リンドがタロウに代わって詳細を説明する、
「ほう・・・凄いな、じゃ、あれか、これは例のあの国とは別なのか?」
「違うな、これはこれだよ」
「ふーん・・・一山当てれるな・・・」
「ルーツ、一山どころじゃないぞ、これもあれと一緒だ、取り扱いには注意が必要だな」
クロノスがグラスを傾けながらルーツを睨む、
「へいへい、分かってますよ大将」
ルーツが嫌そうに口の端を上げる、その隣ではフィロメナが何やらリズモンドに耳打ちしており、リズモンドはエッと驚いて、
「申し訳ありません、御挨拶が遅れました、娘が大変お世話になっております」
とリズモンドはタロウに向けて深々と頭を下げた、
「ん?今度は何?」
タロウがフィロメナに問うと、
「あー、私達の父親なんです、えっと、養父ってやつなんですけどね」
「へー、そうなのか?」
これはクロノスも初耳であったらしい、目を丸くしている、
「はい、マフダがお世話になっております、それと、六花商会様にも、なので、一言お礼をと思っておりました」
「いや、俺は何もしてないが・・・」
「そんな事ないですよー、だって奥様には髪の洗い方とか、下着とか、爪の手入れとかすんごいお世話になってますからー」
「あー、なんか言ってたな、だからそれは、あれも楽しんでいるから気にしなくていいよ」
「そういう訳にも行きません、お陰で娘達もイキイキとしております」
「そうだな、俺の城でも女どもが偉そうになったぞ」
クロノスがニヤリと微笑む、
「そうなのか?」
「おう、どいつもこいつも現金なもんだ」
「街中も明るくなりましたよー」
「それもあるな、ま、お前が来る前にソフィアがなんだかんだとやったお陰だな」
「ですよねー」
クロノスとフィロメナが微笑み、リンドもうんうんと頷いている、
「そうか、ま、それはほら、あいつに言ってくれ、俺は何もしてないよ、それより、マフダさんの親父さんがやってるのかこの店?」
「そうなんですよー、経営者がこっちで、私が責任者です」
フィロメナがムフンと胸を張り、リンズモンドが小さく会釈をした、
「へー、家族経営ってやつ?」
「そうですねー、ヒセラは別の店の責任者ですね、今日はこっちに来てますけどー」
とフィロメナは他のテーブルではしゃいでいるヒセラへ視線を向ける、先程迄フィロメナと一緒にグラスを運んでいたヒセラであるが、ちゃんと男達の間に腰を下ろして接客中のようである、
「そりゃまた美人姉妹だな」
「えへへー、そう思います?」
「まぁね」
「でも、血は繋がってないんですよ、みんなワケ有りなので、親父がすぐに娘達を拾ってくるもんだから、今うちには15?17人かな?女ばっかりで」
「えっ?」
とタロウも含めてその事情を知らなかった面々がどういうことかとリズモンドを見上げた、
「いや、そんな、驚かれても困ります、そういう性分でして・・・」
リズモンドは厳つい顔を歪めて恐縮した、
「いや、性分で済ませられんだろ、17人?」
「娘ばかりで?」
「多いときは20人くらいかな?」
「えっ?」
とさらに驚く男達である、
「そういう時もありましたが、ほら、こういう商売をしてますとね、どうしても親の無い子と知り合うもので・・・」
「ねー、私もねー、子供の頃に拾われたんですよ、で、なんのかんのでこうやって大きくして貰ったんです」
フィロメナが嬉しそうにリズモンドを見上げる、
「ほー・・・いや、大したものですよ・・・」
リンドが感心し、
「うん、中々出来る事じゃないな・・・」
「俺なんか一人だけでも大変だぞ・・・」
「お前はまた話しが違うだろ」
「だがさ・・・」
「まぁ、いい、座れ、面白そうだ、リズモンドだったな?」
クロノスが空いた席を視線で示す、リズモンドは軽く躊躇いつつも失礼しますと大きく頭を垂れてから席に着いた、
「何だ、顔役とは聞いていたが慈善家もやっているのか?」
「慈善家なんてそんな大層なものではないですよ、遊女屋だの置屋だのやってますとね、どうしてもほら、そういう境遇の子供や女どもに関わるでしょ、そうなると、どうしても情が移るもんで、宿が無いっていうから家に泊めたら、そのまま居着いてしまいましてね・・・」
とリズモンドは困った顔で訥々と語る、
「ねー、で、どうせだから俺の店で働けってなって、でも、マフダとか他の妹もなんですけどー、お前は遊女は無理だーとか、手先が器用だから裁縫やれとか料理人になれーとか、優しいんですよこんな顔だけどー」
ニコニコとほほ笑むフィロメナであった、
「そこは厳しくしないとだろ、遊女も娼婦も無理にやるものじゃあないぞ」
「・・・なんだ、お前、随分とまともだったんだな・・・」
ルーツが真顔でリズモンドを見つめる、
「そりゃあね、経営者としては女共には楽しんで仕事をしてもらいたいですからね、辛気臭い女は抱いてもつまらんでしょう、仏頂面の遊女なんて金になりませんよ、経営的かつ現実的な対応です、夜の仕事は出来る女と出来ない女が明解に存在しますから、そういう女に育てようと思った事もありましたが、無理ですな、どうにも持って生まれた性分なのかなと思い知りました次第で・・・」
「それもそうか・・・」
「ええ、女衒にも矜持ってやつはあるものでしてね、女を食い物にするのは簡単ですが・・・それでは街も人も荒みます」
リズモンドはそう言ってニコリと微笑する、
「ほう・・・素晴らしい・・・」
「うん、いや凄いな・・・そうするとあれか、マフダってあのちっこい子だろ?エレイン嬢の所の?」
リンドとクロノスは素直に感心し、ルーツも素直に驚いている様子であった、
「そうですよー」
とマフダの話題から六花商会の話題に、ガラス鏡店の事などと話しが弾む、さらにリズモンドからはモニケンダムの裏社会の話しやら、娘が多い家での愚痴等が飛び出した、そして、
「よし、タロウ、歌え」
再び酔いが進んだクロノスがタロウをけしかける、
「おう、それがあったな、タロウ、一曲、いや、潰れるまでやれ」
ルーツもそれに乗ったようである、
「あん?あー、俺は構わんが・・・」
タロウは一応とフィロメナとリズモンドを伺った、二人は今度は何だろうと楽しそうに微笑んでいる、
「あー・・・演奏の邪魔になるがいいか?」
タロウは二人へ問いかける、宴が始まってから演台では弦楽器の悠揚とした曲が続いており、それは実に心地良く酔客を落ち着かせつつも酔いの快楽へ誘っている、
「はい、構いません」
「そうですね、私も聞いてみたいです」
フィロメナが腰を上げ演台へ向かい、リズモンドもクロノスとルーツがわざわざ口に出す事なのである、興味が湧かない訳がない、
「そうか、じゃ、どれ」
タロウは勿体ぶって立ち上がると演台へ向かった、演台ではフィロメナが話しをつけたようで、奏者はその手を止めて脇に控えている、
「すいませんね、お邪魔しちゃって」
タロウは柔らかい笑みを浮かべる高齢の奏者に会釈をしつつ、並んだ楽器を見渡し、
「じゃ、これを」
と並んだ楽器の中、その外れに置かれた朽ちかけたラッパを手にした、
「えっ、それでいいんですか?」
フィロメナが目を丸くする、
「はい、取り合えず景気の良い歌から始めましょうか」
タロウはニヤリと微笑み、ラッパに口を当てると軽く吹いて音量を確かめた、その音が会場に響き、何か始まったのかと男達の視線が集まる、
「おう、お前ら、よく聞け、俺達が大戦の折によく歌ってた歌だ」
クロノスが立ち上がり、ルーツも腰を上げる、
「ん、では、皆さん、これは俺の国の歌でして、軍歌って呼ばれてます、軍で歌われる歌ですね、聞いた事もあるかと思いますが、もしよければ一緒に」
タロウはラッパを片手にニコリと微笑む、しかしその言葉には若干の欺瞞があった、タロウがこの歌を披露したのはクロノス達仲間の前だけであり、恐らく歴戦の雄たる教導団の面々でも耳にした事は無いであろう、
「では、雪の進軍」
タロウはラッパに口を付けると、旋律のみでラッパを吹き鳴らす、そのラッパは単純なラッパであった、トランペットのようなピストンもバルブも無い、只の金属の管である、それでもなお、ラッパの旋律は高く低く会場内に響き渡り、聴衆の心を否が応にもかき立てた、
「雪ーの進軍、氷を、踏んで、どーこが川やら、道さえしれーずーう・・・」
ラッパが吹き止みその反響が残る中、タロウは歌いだす、クロノスとルーツもその歌詞を口にしており、聴衆はポカンと見つめていた、
「すーいというのは、酢漬けが一つ」
その歌詞はタロウが翻訳したものであった、収まりの悪い部分やこちらに無いタバコや梅干し等の単語を変えたものである、二番まで歌いタロウは続けてラッパを吹き鳴らした、そこでやっと、聴衆はオオーッと割れんばかりの歓声を上げる、教導団の者達にとって、その歌詞は力強くその心に響くもので、ラッパの力強い音量も相まって凄まじい高揚感に叫ばざるを得なかった、
「着のーみ着のまま、気楽な寝床、背嚢枕に外套かぶりゃーあ」
独特の節回しの歌である、タロウのすぐそばに立つフィロメナは呆然としており、その隣の高齢の奏者も目を丸くするしかない、そして、四番まで歌い終えたタロウはラッパを吹き鳴らして締めとした、ラッパを口から話した瞬間に割れんばかりの拍手と歓声が巻き起こる、
「いや・・・聞いてはおりましたがこれは素晴らしい・・・」
リンドが呆然とタロウを見つめる、
「だろ?軍歌を採用しようと言った意味が分かったか?」
クロノスがニヤリとリンドを見つめる、
「はい、この高揚感・・・熱くなります」
「だな、で、次は恐らく・・・」
クロノスがタロウへ視線を移す、
「では、次はー、少し落ち着きましょうか・・・海ゆかば」
タロウはラッパを構えると今度は一転静かな旋律であった、単純なラッパにこれほどの表現力があるのかと奏者は驚いている、
「うーみー・・・ゆーかばー・・・みーずーくかーばーねー」
一転してゆっくりとした歌詞であった、独特の抑揚でゆったりと紡がれる歌詞に聴衆は静まり返る、
「かーえーりみはーせじー」
それは短い歌詞であった、再び静かな旋律のラッパが響く、
「これも素晴らしい歌ですね・・・」
「うん、だが、だ」
タロウのラッパが終わった瞬間、
「おう、タロウ、あれだ、あれをやれ」
クロノスが大きく叫び、
「どれだよ?」
タロウが問うと、クロノスは二度床を踏み鳴らし、パンと手を打つ、ルーツも続いた、二人の立てる騒音に何事かと視線が二人に集まるが、
「了解、じゃ、皆さんも一緒に」
タロウはラッパを小脇に抱えてクロノスに続いた、ドンドンと床を鳴らし、パンと手を打つ、次第に男達が真似を始め、遊女達も同調する、
「バディユアメイクアビッグノイズ・・・」
これは歌詞なのであろうか、タロウは早口な上にどこの国の言葉かも分からない奇妙な言葉を吐き出す、そして、
「ヘイ、シンギング」
大きく聴衆に腕を振り上げた、何の事だと困惑する中で、クロノスとルーツが、
「ウィーウィル、ウィーウィル、ロックユー」
と上機嫌で叫ぶ、
「へい、みんなも一緒に」
タロウが大きく腕を振って聴衆を煽った、
「ウィ?ウィル・・・?ロックユー?」
半信半疑で呟く者が現れ、やがて、
「そうだ、腹から声を出せ、叫べ、馬鹿になれ、ウィーウィル、ウィーウィル、ロックユーだ」
タロウがやっと正確な言葉を伝え、唱和が広がっていく、
「いいぞ、もっとだ」
さらにタロウが煽り、屋敷が震える程の歌声が会場を包み込んだ。
そこへルーツもニヤニヤと笑いながら戻ってくる、その後ろにはリズモンドの姿もあり、そちらもグラスを片手に柔らかな微笑を浮かべていた、
「なにがだよ」
タロウはルーツを睨みつけ、リンドがタロウに代わって詳細を説明する、
「ほう・・・凄いな、じゃ、あれか、これは例のあの国とは別なのか?」
「違うな、これはこれだよ」
「ふーん・・・一山当てれるな・・・」
「ルーツ、一山どころじゃないぞ、これもあれと一緒だ、取り扱いには注意が必要だな」
クロノスがグラスを傾けながらルーツを睨む、
「へいへい、分かってますよ大将」
ルーツが嫌そうに口の端を上げる、その隣ではフィロメナが何やらリズモンドに耳打ちしており、リズモンドはエッと驚いて、
「申し訳ありません、御挨拶が遅れました、娘が大変お世話になっております」
とリズモンドはタロウに向けて深々と頭を下げた、
「ん?今度は何?」
タロウがフィロメナに問うと、
「あー、私達の父親なんです、えっと、養父ってやつなんですけどね」
「へー、そうなのか?」
これはクロノスも初耳であったらしい、目を丸くしている、
「はい、マフダがお世話になっております、それと、六花商会様にも、なので、一言お礼をと思っておりました」
「いや、俺は何もしてないが・・・」
「そんな事ないですよー、だって奥様には髪の洗い方とか、下着とか、爪の手入れとかすんごいお世話になってますからー」
「あー、なんか言ってたな、だからそれは、あれも楽しんでいるから気にしなくていいよ」
「そういう訳にも行きません、お陰で娘達もイキイキとしております」
「そうだな、俺の城でも女どもが偉そうになったぞ」
クロノスがニヤリと微笑む、
「そうなのか?」
「おう、どいつもこいつも現金なもんだ」
「街中も明るくなりましたよー」
「それもあるな、ま、お前が来る前にソフィアがなんだかんだとやったお陰だな」
「ですよねー」
クロノスとフィロメナが微笑み、リンドもうんうんと頷いている、
「そうか、ま、それはほら、あいつに言ってくれ、俺は何もしてないよ、それより、マフダさんの親父さんがやってるのかこの店?」
「そうなんですよー、経営者がこっちで、私が責任者です」
フィロメナがムフンと胸を張り、リンズモンドが小さく会釈をした、
「へー、家族経営ってやつ?」
「そうですねー、ヒセラは別の店の責任者ですね、今日はこっちに来てますけどー」
とフィロメナは他のテーブルではしゃいでいるヒセラへ視線を向ける、先程迄フィロメナと一緒にグラスを運んでいたヒセラであるが、ちゃんと男達の間に腰を下ろして接客中のようである、
「そりゃまた美人姉妹だな」
「えへへー、そう思います?」
「まぁね」
「でも、血は繋がってないんですよ、みんなワケ有りなので、親父がすぐに娘達を拾ってくるもんだから、今うちには15?17人かな?女ばっかりで」
「えっ?」
とタロウも含めてその事情を知らなかった面々がどういうことかとリズモンドを見上げた、
「いや、そんな、驚かれても困ります、そういう性分でして・・・」
リズモンドは厳つい顔を歪めて恐縮した、
「いや、性分で済ませられんだろ、17人?」
「娘ばかりで?」
「多いときは20人くらいかな?」
「えっ?」
とさらに驚く男達である、
「そういう時もありましたが、ほら、こういう商売をしてますとね、どうしても親の無い子と知り合うもので・・・」
「ねー、私もねー、子供の頃に拾われたんですよ、で、なんのかんのでこうやって大きくして貰ったんです」
フィロメナが嬉しそうにリズモンドを見上げる、
「ほー・・・いや、大したものですよ・・・」
リンドが感心し、
「うん、中々出来る事じゃないな・・・」
「俺なんか一人だけでも大変だぞ・・・」
「お前はまた話しが違うだろ」
「だがさ・・・」
「まぁ、いい、座れ、面白そうだ、リズモンドだったな?」
クロノスが空いた席を視線で示す、リズモンドは軽く躊躇いつつも失礼しますと大きく頭を垂れてから席に着いた、
「何だ、顔役とは聞いていたが慈善家もやっているのか?」
「慈善家なんてそんな大層なものではないですよ、遊女屋だの置屋だのやってますとね、どうしてもほら、そういう境遇の子供や女どもに関わるでしょ、そうなると、どうしても情が移るもんで、宿が無いっていうから家に泊めたら、そのまま居着いてしまいましてね・・・」
とリズモンドは困った顔で訥々と語る、
「ねー、で、どうせだから俺の店で働けってなって、でも、マフダとか他の妹もなんですけどー、お前は遊女は無理だーとか、手先が器用だから裁縫やれとか料理人になれーとか、優しいんですよこんな顔だけどー」
ニコニコとほほ笑むフィロメナであった、
「そこは厳しくしないとだろ、遊女も娼婦も無理にやるものじゃあないぞ」
「・・・なんだ、お前、随分とまともだったんだな・・・」
ルーツが真顔でリズモンドを見つめる、
「そりゃあね、経営者としては女共には楽しんで仕事をしてもらいたいですからね、辛気臭い女は抱いてもつまらんでしょう、仏頂面の遊女なんて金になりませんよ、経営的かつ現実的な対応です、夜の仕事は出来る女と出来ない女が明解に存在しますから、そういう女に育てようと思った事もありましたが、無理ですな、どうにも持って生まれた性分なのかなと思い知りました次第で・・・」
「それもそうか・・・」
「ええ、女衒にも矜持ってやつはあるものでしてね、女を食い物にするのは簡単ですが・・・それでは街も人も荒みます」
リズモンドはそう言ってニコリと微笑する、
「ほう・・・素晴らしい・・・」
「うん、いや凄いな・・・そうするとあれか、マフダってあのちっこい子だろ?エレイン嬢の所の?」
リンドとクロノスは素直に感心し、ルーツも素直に驚いている様子であった、
「そうですよー」
とマフダの話題から六花商会の話題に、ガラス鏡店の事などと話しが弾む、さらにリズモンドからはモニケンダムの裏社会の話しやら、娘が多い家での愚痴等が飛び出した、そして、
「よし、タロウ、歌え」
再び酔いが進んだクロノスがタロウをけしかける、
「おう、それがあったな、タロウ、一曲、いや、潰れるまでやれ」
ルーツもそれに乗ったようである、
「あん?あー、俺は構わんが・・・」
タロウは一応とフィロメナとリズモンドを伺った、二人は今度は何だろうと楽しそうに微笑んでいる、
「あー・・・演奏の邪魔になるがいいか?」
タロウは二人へ問いかける、宴が始まってから演台では弦楽器の悠揚とした曲が続いており、それは実に心地良く酔客を落ち着かせつつも酔いの快楽へ誘っている、
「はい、構いません」
「そうですね、私も聞いてみたいです」
フィロメナが腰を上げ演台へ向かい、リズモンドもクロノスとルーツがわざわざ口に出す事なのである、興味が湧かない訳がない、
「そうか、じゃ、どれ」
タロウは勿体ぶって立ち上がると演台へ向かった、演台ではフィロメナが話しをつけたようで、奏者はその手を止めて脇に控えている、
「すいませんね、お邪魔しちゃって」
タロウは柔らかい笑みを浮かべる高齢の奏者に会釈をしつつ、並んだ楽器を見渡し、
「じゃ、これを」
と並んだ楽器の中、その外れに置かれた朽ちかけたラッパを手にした、
「えっ、それでいいんですか?」
フィロメナが目を丸くする、
「はい、取り合えず景気の良い歌から始めましょうか」
タロウはニヤリと微笑み、ラッパに口を当てると軽く吹いて音量を確かめた、その音が会場に響き、何か始まったのかと男達の視線が集まる、
「おう、お前ら、よく聞け、俺達が大戦の折によく歌ってた歌だ」
クロノスが立ち上がり、ルーツも腰を上げる、
「ん、では、皆さん、これは俺の国の歌でして、軍歌って呼ばれてます、軍で歌われる歌ですね、聞いた事もあるかと思いますが、もしよければ一緒に」
タロウはラッパを片手にニコリと微笑む、しかしその言葉には若干の欺瞞があった、タロウがこの歌を披露したのはクロノス達仲間の前だけであり、恐らく歴戦の雄たる教導団の面々でも耳にした事は無いであろう、
「では、雪の進軍」
タロウはラッパに口を付けると、旋律のみでラッパを吹き鳴らす、そのラッパは単純なラッパであった、トランペットのようなピストンもバルブも無い、只の金属の管である、それでもなお、ラッパの旋律は高く低く会場内に響き渡り、聴衆の心を否が応にもかき立てた、
「雪ーの進軍、氷を、踏んで、どーこが川やら、道さえしれーずーう・・・」
ラッパが吹き止みその反響が残る中、タロウは歌いだす、クロノスとルーツもその歌詞を口にしており、聴衆はポカンと見つめていた、
「すーいというのは、酢漬けが一つ」
その歌詞はタロウが翻訳したものであった、収まりの悪い部分やこちらに無いタバコや梅干し等の単語を変えたものである、二番まで歌いタロウは続けてラッパを吹き鳴らした、そこでやっと、聴衆はオオーッと割れんばかりの歓声を上げる、教導団の者達にとって、その歌詞は力強くその心に響くもので、ラッパの力強い音量も相まって凄まじい高揚感に叫ばざるを得なかった、
「着のーみ着のまま、気楽な寝床、背嚢枕に外套かぶりゃーあ」
独特の節回しの歌である、タロウのすぐそばに立つフィロメナは呆然としており、その隣の高齢の奏者も目を丸くするしかない、そして、四番まで歌い終えたタロウはラッパを吹き鳴らして締めとした、ラッパを口から話した瞬間に割れんばかりの拍手と歓声が巻き起こる、
「いや・・・聞いてはおりましたがこれは素晴らしい・・・」
リンドが呆然とタロウを見つめる、
「だろ?軍歌を採用しようと言った意味が分かったか?」
クロノスがニヤリとリンドを見つめる、
「はい、この高揚感・・・熱くなります」
「だな、で、次は恐らく・・・」
クロノスがタロウへ視線を移す、
「では、次はー、少し落ち着きましょうか・・・海ゆかば」
タロウはラッパを構えると今度は一転静かな旋律であった、単純なラッパにこれほどの表現力があるのかと奏者は驚いている、
「うーみー・・・ゆーかばー・・・みーずーくかーばーねー」
一転してゆっくりとした歌詞であった、独特の抑揚でゆったりと紡がれる歌詞に聴衆は静まり返る、
「かーえーりみはーせじー」
それは短い歌詞であった、再び静かな旋律のラッパが響く、
「これも素晴らしい歌ですね・・・」
「うん、だが、だ」
タロウのラッパが終わった瞬間、
「おう、タロウ、あれだ、あれをやれ」
クロノスが大きく叫び、
「どれだよ?」
タロウが問うと、クロノスは二度床を踏み鳴らし、パンと手を打つ、ルーツも続いた、二人の立てる騒音に何事かと視線が二人に集まるが、
「了解、じゃ、皆さんも一緒に」
タロウはラッパを小脇に抱えてクロノスに続いた、ドンドンと床を鳴らし、パンと手を打つ、次第に男達が真似を始め、遊女達も同調する、
「バディユアメイクアビッグノイズ・・・」
これは歌詞なのであろうか、タロウは早口な上にどこの国の言葉かも分からない奇妙な言葉を吐き出す、そして、
「ヘイ、シンギング」
大きく聴衆に腕を振り上げた、何の事だと困惑する中で、クロノスとルーツが、
「ウィーウィル、ウィーウィル、ロックユー」
と上機嫌で叫ぶ、
「へい、みんなも一緒に」
タロウが大きく腕を振って聴衆を煽った、
「ウィ?ウィル・・・?ロックユー?」
半信半疑で呟く者が現れ、やがて、
「そうだ、腹から声を出せ、叫べ、馬鹿になれ、ウィーウィル、ウィーウィル、ロックユーだ」
タロウがやっと正確な言葉を伝え、唱和が広がっていく、
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この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
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