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本編
61話 計略と唄う妖鳥 その21
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「すげー、フカフカだ・・・」
「うん、綿の入った高級品だな、手触りも格別だ、これ生地から違うな」
「背もたれも柔らかい、いいのかな、こんな恰好で」
「少しあれだな、気後れするな・・・」
「うん、汚したくないな」
「この燭台、銀だな・・・」
「見ろ、宝石が埋まってる」
「うわ・・・凄い作りだ・・・」
「良い装飾だな・・・デニス、良く見ておけ、これこそお前に必要だろう」
「ホントだ・・・良く出来ている・・・細かいな」
中央隣のテーブルに腰を下ろした職人達は、コソコソと話し込んでいる、それは実に職人らしい視線であった、座した長椅子の作りや、木と大理石を組み合わせた低めのテーブル、その上にあって彼らを照らす燭台、果ては陽を受けて怪しく輝くステンドグラス等、目に映る物全てが上質で豪奢な作りであり、彼ら年若い職人から見ても一流の仕事である事が明白であり、どうしても職人としてそれらを観察してしまうのであった、
「この絨毯までフカフカだよ」
「まったくだ、これ材料分かるか?」
「分らん、こんなに毛並みの良い獣等いるのかな?」
「勉強になるな・・・」
「うん、これだけでも来た甲斐があるってもんだ」
「まったくだ」
宴も始まっておらず、遊女達も案内を終えると一旦支度に戻っている、本来の楽しみはまだまだこれからなのであるが、職人達は勿論であるが、教導団の男達も贅を尽くしたその淫靡な空間に包まれただけで、ソワソワと落ち着きが無くなり嬉しそうにコソコソと話しては抑えた声で笑い合っている、そこへ、
「おう、揃ってるか」
ノシノシと男が二人遊女の案内で入ってくる、
「会長、御無沙汰しております」
教導団が一斉に立ち上がり、職人達も思わず腰を上げるが知らない顔である、
「あー、構うな、構うな、楽にしとけ」
男はルーツであった、供にしているのは現場隊長のモーゼスである、ルーツはサッと手を上げ、モーゼスも男達に視線で座れと指示する、男達は素直に腰を下ろし、職人達も訳も分からず腰を下ろした、
「おう、タロウ、生きてたか」
ルーツはそのままノシノシとタロウとクロノスの座る中央へ歩み寄る、モーゼスはやれやれと苦笑いを浮かべて近場の席へと足を向けた、
「お前もな、羽振り良いんだろ?」
タロウがニヤリとルーツを見上げる、
「まぁな、お前さんのお陰でなんとかやってるよ」
「なんだ、お前にしては殊勝だな」
「うるせぇ、これでも商会長様だからな、それなりの礼儀ってものを覚えたんだよ」
ガッハッハと機嫌良く笑いルーツはタロウの隣に腰を下ろすと、
「何年ぶりだ?生きているのは分かっちゃいたが、顔を合わせるのは久しぶりだ、変わらねぇな」
タロウの肩へ腕を回す、
「暑苦しいな、なんだお前、男に走ったのか?あまりにもモテなくて」
「あん、何言ってんだ、俺は各街に二人は囲ってるんだぞ、お前こそあの男女とガキの相手で腐ってるんじゃねぇだろうな」
ガッハッハと大笑するとルーツは座り直し、
「いや、元気そうで何よりだ、でっ、大将、まだ始めてなかったのか?」
ルーツはニヤリとクロノスへ視線を向ける、
「まだだよ、主役が来てない」
「ありゃ、イース様だっけ?」
「まぁな、遅れてくるとは演出を良く分かっているなあいつは・・・」
ニヤリと笑うクロノスである、
「で、そいつらは?」
ルーツがジロリと職人達を睨みつけた、片目を閉じてのそれであるが、片目であっても、いやそうであるが故に蝋燭の灯りを受けてギラリと音がするほどの強い視線である、職人達は思わず脊髄反射で背筋を伸ばす、
「ん、この街の友人達だよ、お前のとこと違って堅苦しく無くてな、気楽で良いんだ」
「ほう・・・」
ルーツはクロノスの説明に短く答えるが尚、その視線を職人達から外す事は無い、
「ルーツ、その辺にしとけ、何もないだろ」
タロウも職人達の緊張した様子に気付き、ルーツを窘める、
「ん、そうか?」
ルーツは一度タロウの顔を伺って、視線を外すと背もたれに身を預けた、
「ほれ、お前の所にも一台やっただろ、湯沸し器」
クロノスがまったくと鼻息を荒くする、
「ん、あれはいいな、重宝してるよ」
「あれを作った職人だよ、元はタロウの案だったかな?」
「まぁな、俺はあそこまで上手くは作れなかったが、やはり本職は大したもんだよ、な?」
「いや、はい、すいません、何とかかんとかです・・・」
タロウに微笑みかけられたリノルトは緊張したままどもりつつも何とか答えた、
「ほう・・・そうか、あれは良いな、新商品はどうなっている?」
ルーツが目を丸くしてリノルトへ問う、今度は先程の視線ではない、実に柔らかく楽しそうな視線であった、
「はっ、はい、先日試作品を御確認頂きました、現在量産しております、数が揃い次第納品致します」
しかし、リノルトは背筋を伸ばしたままに固い言葉である、周りの職人達も本能的な脂汗をそのこめかみに感じ、不動であった、
「そうか、それは楽しみだ、大将、2台ほどこっちにもよこせ」
「あん?先に正規軍だろ」
「金ならちゃんと払うからさ」
「それは当然だ、じゃ、リノルト、2台追加だ・・・そうだな、追加分の手数料って事で値段は倍にしていい、支払いはリューク商会だ、金は一括で払うが請求書は二枚書いてくれ」
「待て、そこまでは言ってないぞ」
「何言ってる、折角和やかだったのに、見ろ、汗までかいてるぞ、お前のせいだ、慰謝料と思え」
「慰謝料ってなんだよ、俺は何もしてないだろ」
「しただろが」
タロウもルーツを非難する、
「それはお前、礼儀ってやつでさ」
「聞いたこと無い礼儀だな」
「まったくだよ、あーお前ら、紹介しておく、こいつがルーク、リューク商会の会長で、今日来てる男共の雇い主だ、見た通りのはぐれ者でな、無駄に緊張しなくていいぞ」
クロノスがジロリと職人達を斜めに睨む、職人達はそう言われてもなと視線だけでお互いを確認しあい、ブラスがそういう事ならと愛想笑いを浮かべながらゆっくりと背を丸めた、それが契機となって、他の面々も吐息を吐いて力を抜く、
「そうだ、で、例の視察の件だがな」
ルーツはそんな職人達にはまるで無関心で別の話題を持ち出した、
「どうかしたか?」
「一人追加したい、話しを聞く限りかなりの大事なんだろ?俺の片腕を連れていきたいんだが」
とタロウを交えクロノスとルーツは真面目な口調となっている、職人達はホッとしつつも、やはりクロノス周りの人間は得体が知れないとその認識を再び改めたのであった、そして、遅れて来たであろう教導団の男が数人入って来て、やがて、
「おう、集まってるな」
イフナースが満面の笑みを浮かべて会場入りした、リンドとブレフト、エフモントを連れている、教導団の男達は当然のように起立し、これには職人達も慌てる事無く立ち上がった、そして、クロノスも腰を上げ、タロウとルーツも続く、
「なんだ、今日は堅苦しいものではないのであろう?」
イフナースはその有様に眉根を寄せる、
「そのつもりだがな、そうはいかんだろ、ルーツ、そっちは全員揃ったのか?」
「ん?エフモント、どうだ?」
クロノスの確認をルーツはそのままエフモントに投げた、エフモントは全員揃っておりますと笑顔を見せる、
「らしい」
「そうか、じゃ、これで全員だな、イース、こちらへ、杯を配れ、早速始めよう」
起立したままの男達に遊女が静かに、しかし、素早く杯を配り、イフナースも杯を手にして部屋の中央へ立つ、イフナースは兵士としては小柄な方である、一般的には十分に背は高いのであるが、病の為に痩身であり、必然的に小柄に見えてしまう、まして、クロノスを含め教導団の男達は皆大柄で筋骨も逞しい、さらにその連中が背筋を伸ばして固まっているのであるからその威容に囲まれたイフナースがより小さく見えたとしても致し方の無い事であろう、であるが、その独特の存在感はやはり生粋の王族である、視線が違うわけでもない、顔のつくりが常人と異なるわけでも無い、手足が尋常に長いわけでもなく、そこら辺の少しばかり顔の良い青年と言われればそうであろうと納得するしかない見かけなのであるが、貴族の持つ高貴さは無駄な言葉を労せずとも感じられ、若くして戦場を駆け回った経験が確たる自信としてその内に存在するのであろう、兵士達に囲まれてもそれが当然と萎縮どころかよりその姿を大きく見せる、さらに、その隣には英雄たる人物が控えている、その無形であるが故に人を惹き付ける何かが今まさに、イフナースから無自覚に発せられていた、
「では、だ・・・」
クロノスがゴホンとわざとらしく咳払いをする、静かに物音ひとつ立てずに居並ぶ面々を見渡し、全ての者が杯を手にしたのを確認すると、
「まずは、確認だ、今日の俺はスイランズだ、そう呼ぶように、で、こいつはイースだ、そう呼ぶようにな」
ニヤリと微笑む、クロノスとしては笑いどころのつもりであったのだが、誰もニコリともしない、
「で、先に紹介しょう、こいつがタロウ、俺とルーツの仲間であった男だ、上にも下にも置かなくていいが、俺はかつての大戦の英雄の一人と思っている、そういう事だ、そういう扱いで頼むぞ」
教導団の男達も職人達もエッと驚いてタロウを見つめる、タロウはめんどくさいことをと目を細めた、
「で、職人達だ、お前らも顔を知ってるかもしれんが、お前らの連れ合いが世話になっている筈だな、ま、お前らと違って堅苦しくない友人と思っている、今日はこいつらを見習って軍人らしい態度は慎むように、折角の上手い酒とイイ女達だ、ゆっくり楽しもう」
ここもまた笑いどころであったのだろうが、男達はどうしたものかと口元を若干緩ませた程度で、職人達も困った笑みを浮かべるしかない、
「ん、俺からはこんなもんだ、イース」
クロノスはイフナースへ水を向けた、イフナースはニヤリと口の端を上げると、
「義兄からは以上だそうだ、が・・・そう言われてもな、堅苦しい事に変わりはない」
イフナースは微笑を浮かべて一同を見渡す、これも笑いどころであろう筈が厳めしい顔を崩す者は無い、
「まったく・・・では、命令だ、今日は楽しもう、色々あってな、俺は楽しむときには楽しむべきと思っておる、故に、羽目を外さない程度に楽しむ事を命じる、よいな?」
イフナースは再び一同を見渡すが、反応は少ない、イフナースは実に困ったとその視線をクロノスに向ける、
「ふん、では乾杯だ、今日の良き日に」
クロノスは仕方が無かろうとイフナースの後を継いで声を張り上げた、すると、
「王国に」
その声をかき消すように教導団の一人が大声を上げる、さらに、
「王太子に」
「キセノ軍団に」
「英雄達に」
次々と会場どころか屋敷を揺るがすほどの大声が轟き響いた、そして、
「ケルネーレス王太子に」
最後に叫ばれたその名にドヨリと会場はざわついた、しかし、
「おう、亡き兄ケルネーレスに、乾杯だ」
イフナースがジワリと溢れだす涙を感じつつ杯を掲げた、そして乾杯の斉唱が屋敷を揺らし、宴会は始まったのであった。
「うん、綿の入った高級品だな、手触りも格別だ、これ生地から違うな」
「背もたれも柔らかい、いいのかな、こんな恰好で」
「少しあれだな、気後れするな・・・」
「うん、汚したくないな」
「この燭台、銀だな・・・」
「見ろ、宝石が埋まってる」
「うわ・・・凄い作りだ・・・」
「良い装飾だな・・・デニス、良く見ておけ、これこそお前に必要だろう」
「ホントだ・・・良く出来ている・・・細かいな」
中央隣のテーブルに腰を下ろした職人達は、コソコソと話し込んでいる、それは実に職人らしい視線であった、座した長椅子の作りや、木と大理石を組み合わせた低めのテーブル、その上にあって彼らを照らす燭台、果ては陽を受けて怪しく輝くステンドグラス等、目に映る物全てが上質で豪奢な作りであり、彼ら年若い職人から見ても一流の仕事である事が明白であり、どうしても職人としてそれらを観察してしまうのであった、
「この絨毯までフカフカだよ」
「まったくだ、これ材料分かるか?」
「分らん、こんなに毛並みの良い獣等いるのかな?」
「勉強になるな・・・」
「うん、これだけでも来た甲斐があるってもんだ」
「まったくだ」
宴も始まっておらず、遊女達も案内を終えると一旦支度に戻っている、本来の楽しみはまだまだこれからなのであるが、職人達は勿論であるが、教導団の男達も贅を尽くしたその淫靡な空間に包まれただけで、ソワソワと落ち着きが無くなり嬉しそうにコソコソと話しては抑えた声で笑い合っている、そこへ、
「おう、揃ってるか」
ノシノシと男が二人遊女の案内で入ってくる、
「会長、御無沙汰しております」
教導団が一斉に立ち上がり、職人達も思わず腰を上げるが知らない顔である、
「あー、構うな、構うな、楽にしとけ」
男はルーツであった、供にしているのは現場隊長のモーゼスである、ルーツはサッと手を上げ、モーゼスも男達に視線で座れと指示する、男達は素直に腰を下ろし、職人達も訳も分からず腰を下ろした、
「おう、タロウ、生きてたか」
ルーツはそのままノシノシとタロウとクロノスの座る中央へ歩み寄る、モーゼスはやれやれと苦笑いを浮かべて近場の席へと足を向けた、
「お前もな、羽振り良いんだろ?」
タロウがニヤリとルーツを見上げる、
「まぁな、お前さんのお陰でなんとかやってるよ」
「なんだ、お前にしては殊勝だな」
「うるせぇ、これでも商会長様だからな、それなりの礼儀ってものを覚えたんだよ」
ガッハッハと機嫌良く笑いルーツはタロウの隣に腰を下ろすと、
「何年ぶりだ?生きているのは分かっちゃいたが、顔を合わせるのは久しぶりだ、変わらねぇな」
タロウの肩へ腕を回す、
「暑苦しいな、なんだお前、男に走ったのか?あまりにもモテなくて」
「あん、何言ってんだ、俺は各街に二人は囲ってるんだぞ、お前こそあの男女とガキの相手で腐ってるんじゃねぇだろうな」
ガッハッハと大笑するとルーツは座り直し、
「いや、元気そうで何よりだ、でっ、大将、まだ始めてなかったのか?」
ルーツはニヤリとクロノスへ視線を向ける、
「まだだよ、主役が来てない」
「ありゃ、イース様だっけ?」
「まぁな、遅れてくるとは演出を良く分かっているなあいつは・・・」
ニヤリと笑うクロノスである、
「で、そいつらは?」
ルーツがジロリと職人達を睨みつけた、片目を閉じてのそれであるが、片目であっても、いやそうであるが故に蝋燭の灯りを受けてギラリと音がするほどの強い視線である、職人達は思わず脊髄反射で背筋を伸ばす、
「ん、この街の友人達だよ、お前のとこと違って堅苦しく無くてな、気楽で良いんだ」
「ほう・・・」
ルーツはクロノスの説明に短く答えるが尚、その視線を職人達から外す事は無い、
「ルーツ、その辺にしとけ、何もないだろ」
タロウも職人達の緊張した様子に気付き、ルーツを窘める、
「ん、そうか?」
ルーツは一度タロウの顔を伺って、視線を外すと背もたれに身を預けた、
「ほれ、お前の所にも一台やっただろ、湯沸し器」
クロノスがまったくと鼻息を荒くする、
「ん、あれはいいな、重宝してるよ」
「あれを作った職人だよ、元はタロウの案だったかな?」
「まぁな、俺はあそこまで上手くは作れなかったが、やはり本職は大したもんだよ、な?」
「いや、はい、すいません、何とかかんとかです・・・」
タロウに微笑みかけられたリノルトは緊張したままどもりつつも何とか答えた、
「ほう・・・そうか、あれは良いな、新商品はどうなっている?」
ルーツが目を丸くしてリノルトへ問う、今度は先程の視線ではない、実に柔らかく楽しそうな視線であった、
「はっ、はい、先日試作品を御確認頂きました、現在量産しております、数が揃い次第納品致します」
しかし、リノルトは背筋を伸ばしたままに固い言葉である、周りの職人達も本能的な脂汗をそのこめかみに感じ、不動であった、
「そうか、それは楽しみだ、大将、2台ほどこっちにもよこせ」
「あん?先に正規軍だろ」
「金ならちゃんと払うからさ」
「それは当然だ、じゃ、リノルト、2台追加だ・・・そうだな、追加分の手数料って事で値段は倍にしていい、支払いはリューク商会だ、金は一括で払うが請求書は二枚書いてくれ」
「待て、そこまでは言ってないぞ」
「何言ってる、折角和やかだったのに、見ろ、汗までかいてるぞ、お前のせいだ、慰謝料と思え」
「慰謝料ってなんだよ、俺は何もしてないだろ」
「しただろが」
タロウもルーツを非難する、
「それはお前、礼儀ってやつでさ」
「聞いたこと無い礼儀だな」
「まったくだよ、あーお前ら、紹介しておく、こいつがルーク、リューク商会の会長で、今日来てる男共の雇い主だ、見た通りのはぐれ者でな、無駄に緊張しなくていいぞ」
クロノスがジロリと職人達を斜めに睨む、職人達はそう言われてもなと視線だけでお互いを確認しあい、ブラスがそういう事ならと愛想笑いを浮かべながらゆっくりと背を丸めた、それが契機となって、他の面々も吐息を吐いて力を抜く、
「そうだ、で、例の視察の件だがな」
ルーツはそんな職人達にはまるで無関心で別の話題を持ち出した、
「どうかしたか?」
「一人追加したい、話しを聞く限りかなりの大事なんだろ?俺の片腕を連れていきたいんだが」
とタロウを交えクロノスとルーツは真面目な口調となっている、職人達はホッとしつつも、やはりクロノス周りの人間は得体が知れないとその認識を再び改めたのであった、そして、遅れて来たであろう教導団の男が数人入って来て、やがて、
「おう、集まってるな」
イフナースが満面の笑みを浮かべて会場入りした、リンドとブレフト、エフモントを連れている、教導団の男達は当然のように起立し、これには職人達も慌てる事無く立ち上がった、そして、クロノスも腰を上げ、タロウとルーツも続く、
「なんだ、今日は堅苦しいものではないのであろう?」
イフナースはその有様に眉根を寄せる、
「そのつもりだがな、そうはいかんだろ、ルーツ、そっちは全員揃ったのか?」
「ん?エフモント、どうだ?」
クロノスの確認をルーツはそのままエフモントに投げた、エフモントは全員揃っておりますと笑顔を見せる、
「らしい」
「そうか、じゃ、これで全員だな、イース、こちらへ、杯を配れ、早速始めよう」
起立したままの男達に遊女が静かに、しかし、素早く杯を配り、イフナースも杯を手にして部屋の中央へ立つ、イフナースは兵士としては小柄な方である、一般的には十分に背は高いのであるが、病の為に痩身であり、必然的に小柄に見えてしまう、まして、クロノスを含め教導団の男達は皆大柄で筋骨も逞しい、さらにその連中が背筋を伸ばして固まっているのであるからその威容に囲まれたイフナースがより小さく見えたとしても致し方の無い事であろう、であるが、その独特の存在感はやはり生粋の王族である、視線が違うわけでもない、顔のつくりが常人と異なるわけでも無い、手足が尋常に長いわけでもなく、そこら辺の少しばかり顔の良い青年と言われればそうであろうと納得するしかない見かけなのであるが、貴族の持つ高貴さは無駄な言葉を労せずとも感じられ、若くして戦場を駆け回った経験が確たる自信としてその内に存在するのであろう、兵士達に囲まれてもそれが当然と萎縮どころかよりその姿を大きく見せる、さらに、その隣には英雄たる人物が控えている、その無形であるが故に人を惹き付ける何かが今まさに、イフナースから無自覚に発せられていた、
「では、だ・・・」
クロノスがゴホンとわざとらしく咳払いをする、静かに物音ひとつ立てずに居並ぶ面々を見渡し、全ての者が杯を手にしたのを確認すると、
「まずは、確認だ、今日の俺はスイランズだ、そう呼ぶように、で、こいつはイースだ、そう呼ぶようにな」
ニヤリと微笑む、クロノスとしては笑いどころのつもりであったのだが、誰もニコリともしない、
「で、先に紹介しょう、こいつがタロウ、俺とルーツの仲間であった男だ、上にも下にも置かなくていいが、俺はかつての大戦の英雄の一人と思っている、そういう事だ、そういう扱いで頼むぞ」
教導団の男達も職人達もエッと驚いてタロウを見つめる、タロウはめんどくさいことをと目を細めた、
「で、職人達だ、お前らも顔を知ってるかもしれんが、お前らの連れ合いが世話になっている筈だな、ま、お前らと違って堅苦しくない友人と思っている、今日はこいつらを見習って軍人らしい態度は慎むように、折角の上手い酒とイイ女達だ、ゆっくり楽しもう」
ここもまた笑いどころであったのだろうが、男達はどうしたものかと口元を若干緩ませた程度で、職人達も困った笑みを浮かべるしかない、
「ん、俺からはこんなもんだ、イース」
クロノスはイフナースへ水を向けた、イフナースはニヤリと口の端を上げると、
「義兄からは以上だそうだ、が・・・そう言われてもな、堅苦しい事に変わりはない」
イフナースは微笑を浮かべて一同を見渡す、これも笑いどころであろう筈が厳めしい顔を崩す者は無い、
「まったく・・・では、命令だ、今日は楽しもう、色々あってな、俺は楽しむときには楽しむべきと思っておる、故に、羽目を外さない程度に楽しむ事を命じる、よいな?」
イフナースは再び一同を見渡すが、反応は少ない、イフナースは実に困ったとその視線をクロノスに向ける、
「ふん、では乾杯だ、今日の良き日に」
クロノスは仕方が無かろうとイフナースの後を継いで声を張り上げた、すると、
「王国に」
その声をかき消すように教導団の一人が大声を上げる、さらに、
「王太子に」
「キセノ軍団に」
「英雄達に」
次々と会場どころか屋敷を揺るがすほどの大声が轟き響いた、そして、
「ケルネーレス王太子に」
最後に叫ばれたその名にドヨリと会場はざわついた、しかし、
「おう、亡き兄ケルネーレスに、乾杯だ」
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