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61話 計略と唄う妖鳥 その20

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遊女屋「セイレーンの羽」はモニケンダムの市場から続く歓楽街の一角、高級街とされ、主に貴族や富裕層が通う店の並びの奥にあった、対象とする顧客の為に馬車での乗り入れが可能であったり、夜でも松明の灯りが焚かれていたりとその一角だけは夜でも明るく、また、如何にもな風体の厳つい門衛が各店の前には二人は立っている為にその通り限定とは言えるが治安も良い、大人が安全にかつ安心して遊ぶ場としてしっかりと整備されている、故に高級であるとも言えるのであるが、この街路を作るのに並々ならぬ努力を注いだのが誰でもないリズモンド・グレアその人であり、グレア商会と表でも裏でも名乗っている裏社会の一巨頭である、実際にこの一角に並ぶ店の半分はグレア商会が経営する店であり、残りの半分はその傘下にある店である、実質的に高級歓楽街を仕切っているのはリズモンドと表現して間違いはなかった、

「すごいね、こんな街並みがあるんだなー」

タロウがその高級歓楽街に一歩踏み入って目を丸くした、肩から大きな革袋を下げており、中身は誰にも言ってないのであるが、時折陶器のぶつかる危なっかしい音が響いている、

「なんだ、お前は初めてか?」

クロノスがニヤリと微笑む、

「そりゃ、お前、この街に来たのはつい先日だぞ」

「それもそうか」

ガッハッハとクロノスは上機嫌で笑うが、そのクロノスもこの一角に踏み入るのは初めてであったりする、その一角は広い街路を中心にして等間隔で松明用の柱が立ち並び、店舗であろう屋敷はレンガか分厚い木の塀で囲われていた、さらに門衛の厳しい視線がのんびりと歩くクロノス一行を遠慮無く威嚇してくる、この一角に歩いて来る者が珍しいのであろう、歩行者はクロノス一行以外に無く、代わりに数台の馬車が行き交っており、クロノス達を邪魔くさそうに追い抜いていく、

「えっと、いいんですかね、俺もこの辺に来るのは久しぶりで・・・」

ブラスがチラチラと周囲を見渡して不安げにしており、その後ろに続くリノルトやバーレントも落ち着かない様子であった、

「何だ、堂々としていれば良いのだ、ここは公道であろう、何者が歩いていようが咎められる理由は無い」

クロノスがそうだろうと自信満々に振り返る、

「それはそうでしょうけど、俺達だとほら、こんな奥まで来ることないんですよ、な?」

「そうですね、精々ほら、入口付近の遊女屋ですかね」

「だよなー」

ブラスとリノルトとバーレントがしみじみと頷き合った、

「なんだだらしないな、お前らは、見ろ、デニスは堂々としているぞ、見習え」

ガッハッハとクロノスは笑い、ブラス達はしかめっ面で最後尾を歩くデニスを振り返った、デニスは平然としており、それどころか門衛の厳しい視線を睨み返している様子である、

「いや、こいつはだって・・・」

「初めてだろ、ここら辺」

「知らないだけなんですよ、子供なんだから」

ブラス達の非難に、

「んだよ、おたおたすんなよ、大人の癖に」

デニスはジロリと兄達を睨み返した、

「なんだ、御機嫌斜めか?」

タロウもニヤリと振り返る、

「いや、招待されてからお袋とコッキーにギャーギャー言われてましてね、親父は丁度良い社会勉強だって笑ってたんですけど、お袋がまだ早いって、な?」

バーレントがデニスの不興の理由を語ると、

「そうなんすよ、姉貴なんか今朝もブーブー言ってましたから、なら、お前も来いよって言ったら喧嘩になるしー」

「あっはっは、そうか、女どもなぞそんなもんだ」

クロノスが快活に笑い飛ばす、

「まったく、俺だって色々やってるんだからさー」

さらにブーブーと愚痴るデニスであった、そのままデニスの愚痴を大人達が窘めながらも笑いに変え、一行は目的の店に着いた、歓楽街の最奥、一際巨大な屋敷である、

「ありゃ、なんだお前ら入っていればいいだろう」

店の前には男達が屯していた、皆、筋骨隆々とした偉丈夫である、

「はっ、今日はお招き頂きありがとうございます」

その内の一人がクロノスに気付いて軍隊式に直立不動となり、他の面々もその場で居住まいを正す、

「あん?だからこの間も言っただろう、固くなるなよ、酒が不味くなる」

クロノスは嫌そうに目を細めるが男達が力を抜く事は無い、

「まぁまぁ」

エフモントがその一団の中から顔を出し、

「ほれ、みんな、お許しが出たようだ、気楽にいこう」

と声を掛ける、そこでやっと男達は怒らせた肩を下ろすが、その顔の緊張は取れていない、

「まったく、こんなもんで勘弁してください、スイランズ様」

「そうだな、で、何してるんだ?」

クロノスが仕方ないかと溜息交じりでエフモントに問う、

「はい、イース様もスイランズ様もいらっしゃってないですから、先に店に入っては失礼と、皆、待っておったのですよ」

「気にするなとリンドには言っておいただろう」

「そういう訳にはいきません、そういうものです」

エフモントが柔らかい笑みで理解を求めると、

「そうですな、やはりリューク商会の精鋭となると人物も出来ておるようです」

リンドがツイっと顔を出す、

「おう、準備は?」

「はい、出来ておるようです、商会長も気合を入れておりました、さっ、どうぞ」

リンドがクロノスを招き入れ、男達はサッと場所を開ける、これにはブラス達はやっぱりクロノスは王太子様なんだなとその認識を新たにし、ため口で馴れ馴れしく話していた事に後ろめたさを感じてしまう、

「ん、ほれ、行くぞ、お前ら、こんな大人数で店の前に立っていたら何の抗争かといらん心配をしてしまうわ」

クロノスは歩きながら男達を睨みつける、これには男達も苦笑いを浮かべるしかなく、店の門衛であろう大男もかすかにその頬を綻ばせる、

「まったくだ、ほれ、行くぞ」

エフモントも促し、やっと男達はクロノスを先頭にして店に吸い込まれた、

「なんか・・・俺ら場違いじゃないか?」

リノルトが呆気に取られて呟くと、

「なんだよ、今更かよ」

「今更ってさ・・・さっきのはあれだろ、軍の教導団だろ?」

「らしいぞ、流石に良い身体してるよな」

「そういう問題か?」

「まったく、ほれ、行くぞ」

若干怖気づいた三人をタロウは笑いつつ誘い、さらに先程の勢いはどこへやったのか静かになってしまったデニスを引っ張るように男達の後に付いていく職人達とタロウであった。



屋敷内は午後の半ばだというのに大量の蝋燭に照らされていた、赤い絨毯と輝くような大理石の彫像がその灯りを照り返し、高貴であるが、妙に淫靡な独特の雰囲気を醸成している、クロノスにとってはよく行く遊女屋の装飾とそう違いは無い、しかし他の男達からすれば初めて踏み入る空間であろう、物珍しそうにキョロキョロと視線を走らせてしまうのは致し方が無い事であった、

「いらっしゃいませ、お待ちしておりました」

玄関口で満面の笑顔と煌びやかな服装で出迎えたのはフィロメナである、蝋燭の灯りに照らされたその顔は派手な化粧が施されているが、その薄明りの中にあってこそ彼女の美貌をより引き立たせていた、

「おう、世話になる、少し待たせたか?」

クロノスは慣れたものでズカズカと歩を進め、

「そんな、待つのも仕事のうちでございます、それどころか待てば待つほど恋焦がれるというものですわ」

「それは嬉しいな」

ガッハッハとクロノスは大口を開けて笑った、何とも遊び慣れた風である、

「さっ、こちらへ、えっと、お客様が一番偉い人で良いのかしら?」

「あー、もう一人来るな、そっちのが偉いぞ、だから、そいつを中心に置いてくれ」

「分かりました、では、こちらへ」

フィロメナに誘われ一同はゆっくりと店内へと歩を進めた、屋敷は貴族建築に則った作りのようである、中央の玄関口から広い廊下に繋がり重厚な階段が正面に据えられている、店はその右側にあり、扉を潜るとそこも大量の蝋燭で独特の雰囲気に包まれた大広間となっていた、丈の低いテーブルと布張りの長椅子が整然と並び、壁際には酒樽が積まれた丈の高いテーブルとこちらも丈の高い木製の椅子が並んでいる、さらに演台が奥にあるようで、その演台上には豪奢な楽器類が並んでいる様子であった、

「ほう、これは凄いな、大したものだ」

クロノスは軽く目をむいた、正直な所モニケンダムの最高級店とは聞いていたがそれほど期待はしていなかったのである、精々北ヘルデルのそれと同格程度と考えていたが、この設えを見るに王都のそれと同格と評しても間違いはないであろう、

「お褒めに預かり光栄です」

扉のすぐ隣でリズモンドが深く頭を下げた、

「おう、確か、リズモンドであったな、世話になる」

「こちらこそお越し頂きありがとうございます、スイランズ様」

そのままクロノスはフィロメナの案内に従い部屋の中央付近のテーブルに誘われ、男達はキョロキョロと店内を物珍しそうにしながらその後に従っている、

「皆さま、御着きです、対応を」

リズモンドが声を掛けると、奥の部屋から女性達が音も無く現れた、皆、フィロメナ同様に派手な服装と濃い化粧を施し、そして柔らかい笑顔である、

「タロウ、お前はこっちだ、ブラス達も近くがいいな、他の者は好きに座れ、どうせ歩き回るだろ」

クロノスはさっさと席に着いて大声で指示を出す、これも如何にも慣れた風であった、そういう事ならと男達は遊女の案内のまま席を定め、タロウとブラス達は中央付近へと足を運ぶ、

「さて、じゃ、イースとルーツが来るまでは少し話すか」

クロノスは腰を下ろしたタロウにニヤリと微笑を見せる、

「ん、そうだな、何かあるか?」

「いろいろあるがさ、お前さんのおかげで忙しいぞ、今日もこれが無かったら王都で会議だったわ」

「だから、それは俺のせいじゃないだろ」

「半分はお前のせいだよ、荒野のあれで大騒ぎなんだよこっちは」

「それだってお前・・・俺は気付いただけだよ、黙っとけば良かったか?」

「あっはっは、そう眉間に皺を寄せるな、感謝はしてるんだよ」

「なら、そう言えよ」

「俺はへそ曲がりなんだよ」

「知ってるよ」

「で、それはなんだ?」

クロノスはタロウが足元に置いた革袋へ視線を向ける、

「ん、土産だよ、少し酒が進んだら見せてやる」

「ほう・・・なんだ?食い物か?」

「内緒だ、が・・・お前さんには毒かもしらん」

「なんだそりゃ」

「楽しみにしていろ」

ニヤリと微笑み返すタロウであった。
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