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61話 計略と唄う妖鳥 その10

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タロウは服を洗い終え、一旦宿舎に戻って着替えると食堂へ入った、食堂ではミナがムスッとした顔で壺を並べたテーブルに顎を乗せており、その隣ではミーンとティルが毛布の中身を確認している、

「あー、すまんな、ミナ、待たせたか」

半渇きの髪をかき上げタロウは微笑みかける、着替えた服は王国の標準的な服装であった、ミーンとティルはオオッと驚き目を見張る、やはり目に慣れた衣装である為にタロウの印象は大きく変わった、はっきり言えば、それなりに格好良いと言える中年男性であった事にこの時二人はやっと気づいたのである、

「うー、待ったー、ちゃんとお仕事したのにー」

ジロリとタロウを睨むミナである、

「悪かったって、ゴメンて」

「うー、許さないー」

ブーブーと悪態の止まらないミナにタロウは苦笑いを浮かべ、ミーンとティルはクスクスと微笑み合う、ミナは先程まであーだこーだとはしゃいでいたのであるが、タロウがあまりにも遅いものだからはしゃぎ疲れてこの有様なのであった、そりゃ流石のミナちゃんでも疲れるわよねーとミーンとティルは手を動かしている、

「そっちはどうだ?上手くいったかな?」

タロウはこれは手の付けようがないなとミーンとティルへ問いかける、

「あっ、はい、上手くいってると思います、マフダさん達に手伝ってもらって、分量も量って仕込みました」

ミーンがムフンと胸を張る、

「そっか、見せて貰ってもいいか?」

「はい、どうぞ」

ティルが一歩引いてタロウは毛布の中身を確認する、

「おっ、いい感じだな、この温度を保つのが大事だから、時間はどんなもんだ?」

「えっと、作り始めたのは鐘の音のすぐ後くらいです、なので、もう一つの鐘の後くらいでどうかなと思ってました」

「そっか、じゃ、もう少しかな?ま、午後の半ば過ぎくらいまで待ってもいいかもしらん」

タロウは適当に答える、タロウとしても昨日の水飴作りは初めての事である、それなりに上手くいったと思うがまだまだ彼の知る水飴にはほど遠かった、なによりも甘さととろみが足りていない、材料が違う為であろう事は重々理解している、取り合えず手に入る材料で作る限りこんなもんかなと納得するしかなかったのである、しかし、どうやらミナとお嬢様方には評判が良さそうであった、まぁ、それならそれでいいかと満足もしている、

「うー、タロウ、こっちー、仕事したんだからー」

ミナがバタバタと両手を振り回す、タロウはハイハイとミナの背後に立つと壺の中身を確認し、

「おっ、指示通り、うん、よくやったミナ、偉いぞ」

と大袈裟にミナを褒め称えた、

「でしょー」

「うん、ミナに任せて正解だな、大したもんだ」

さらに褒めるタロウである、ミナはどんなもんだとあっさりと機嫌を良くしたらしい、ニパーと輝くような笑顔をタロウに向ける、

「で、で、どうなるの?どうするの?」

「ん、あっ、そうだなー」

とタロウは壺の一つ一つを確認し、

「おっこれだ」

と一粒を取り出す、

「ほら、割れてるだろ」

「わっ、ホントだ・・・」

ミナが歓声を上げ、ミーンとティルもその手を覗き込む、いつの間に近寄ったのかレインもタロウの隣りで背伸びをしていた、

「ここから芽がでるからな、だんだんと育っていくぞ」

ニヤリとタロウが微笑むが、

「えっと、それでどうするんです?」

「甘くなるのー?」

「育てるのか?」

とそれぞれの疑問が噴出する、

「ふふん、まぁ見てろ、これは戻すと、ダメかな・・・いいかミナ、手で触らないようにするんだぞ、腐っちゃうからな」

「分かったー」

タロウは取り出した一粒はどうしようかと悩みつつ口に放り込む、それは大して旨くない、水でふやけただけの豆である、

「あっ、食べたー、ミナもー」

「こりゃ、まだ駄目だ」

「タロウは食べたでしょー」

「そうだけど、言っただろ触っちゃ駄目なの、触ったのを戻すのも駄目」

「うー、食べたい」

「不味いぞ」

「嘘だー」

「嘘じゃないよ、美味しくなるのはもう少し先」

「えー」

「やっぱり美味しくなるんですか?」

ティルがニヤリとタロウを見上げる、

「好き好きだろうがさ、料理の仕方しだいかな?」

「やっぱりー、タロウさん、ちゃんと教えて下さい」

ミーンも伏し目がちにタロウを見上げる、

「それは後で、どの豆がいいかを検証中なの」

「タロウいけずだー」

「こりゃ、そんな言葉を使っちゃだめだ」

ワイワイと嬌声の響く食堂であった、やがて公務時間終了の鐘が響き、もうこんな時間かとミーンとティルは夕飯の支度の時間だなと階段を見上げた、ソフィアがユーリに呼ばれて三階へ行ったままなのである、

「ソフィアさんまだかな?」

「ん?上か?」

「はい、ユーリ先生が戻って来てなんか話してました」

「あら・・・なら呼んでくれば?」

「そうですね」

タロウは壺を食堂の隅に片付けながら階段を見る、そこへ、

「すいません」

と厨房から声がかかる、

「ブラスさんかな?」

「そのようです」

タロウはそのまま厨房へ入り、ミナも一仕事終えたとその後に付いていった、レインも読書に飽きたのかその背を追い、急に閑散とした食堂内で、ミーンとティルはさてとと首を捻り合ってしまう、

「上・・・行きましょうか?」

「そうですね」

と二人が足を向けた瞬間にバタバタと階段を鳴らしてソフィアが顔を出す、

「あっ、御免ね、じゃ、始めようか」

ソフィアは愛想笑いで二人を厨房に誘った。



「こっちのが使いやすいですね」

「そう?これもいいよ?」

「ルルさん爪固いんじゃないですか?」

「かもなー、レスタのは薄いね、子供みたい」

「子供なんですよー」

「あっ、そうだよね」

「ねーさんは?」

「庭です、先生が来てるらしくて」

「あら、ま、いいか、ねーさんが買ったって言ってたから貸してほしかったんだけどなー、ルルさんのだけじゃ足りないよー」

「そだねー」

「買いに行きます?マフダさんがお店にまだあるよって言ってました」

「そうなんだ、行く」

午後も半ばとなり食堂内ではグルジアを除いた新入生の四人とニコリーネがテーブルを囲んで爪の手入れに忙しい、先程まで学園において美容服飾研究会が開催された、今日の議題は爪の手入れとその装飾である、サビナはマフダとリーニーを助手にして実に懇切丁寧に爪に関する講義を行い、さらに数人の運良く選ばれた数名には実際に施術してみせた、ニコリーネはマフダに誘われて面白そうだと助手見習いとしてちゃっかり参加している、

「でも、爪の手入れなんて考えたことなかったなー」

「ハサミで切るだけだったもんね」

「えっと、王妃様達は皆さん綺麗にされてます、その色も乗せて、上品なんですよね」

「あっ、そうだよね、それ気になってた、綺麗だなーって」

「うんうん、何か違うんだろうなーって思ってましたけど、こういう事だったんですねー」

ルルとレスタとニコリーネはルルが買ったはいいが上手い事使えず放置してた爪ヤスリでその指を熱心に磨いており、コミンとサレバはバタバタと玄関へ向かう、爪ヤスリの購入の為である、グルジアも本来であればこの輪に加わりたかったのであるが、エーリクからそっちが終わったらこっちにも顔を出せと声をかけられており、今は内庭でエーリクらとゴソゴソとやっていた、

「失礼します」

そこへ、マフダとリーニーがヒョイと顔を出す、

「あっ、お疲れ様です、さっきは凄かったですねー」

食堂の面々が顔を上げ、

「すいません、勝手に入って、ジャネットさんが先に行っててって、感じで・・・」

マフダとリーニーは申し訳なさそうにしているが、

「どうぞ、どうぞ、あっ、そうだ、爪の先の方丸めるのってどんな感じがいいんですか?」

ルルが爪ヤスリを片手に早速と指導を仰ぐ、

「はいはい、えっとですね、爪の形によると思います、ルルさんはどんな爪ですか?」

マフダとリーニーはごく自然にその輪に加わった、そこへ、

「お疲れー、ありゃ、みんなで爪磨き?」

ジャネットとケイスも入ってくる、

「そうなんです、凄い勉強になりました」

「だよねー、流石サビナ先生だよね、分かりやすかったー」

「ですねー」

と二人も荷物を置いて席に着く、さらに、

「あっ、お疲れ様です」

とミーンとティルが厨房から顔を出す、

「あー、お疲れー、ミズアメは?」

「それですよ、これからです」

「そっか、じゃ、私たちはそっちだね、ほら、マフダっち、今日はこっちだ」

ジャネットがルルの手をとってキャッキャッと楽しそうにしているマフダに声をかけ、マフダは若干名残惜しそうにしつつ、

「そうですね、今日はそっちです、ルルさん御免なさい」

と腰を上げる、

「いいですよー、ミズアメはどんな感じです?」

「分かんない、今、温め中?それが大事なんでしょ?」

「そうみたいですねー」

「はい、じゃ、見てみるねー」

とミーンとティルが別のテーブルに置かれた毛布の塊に手をかけ、その中心に置かれた鍋の蓋を取り、人差し指で味をみる、

「うん、甘い」

「だね、こんな甘さなんだ・・・確かにカブ臭い?青臭いのか・・・」

初めて食するミーンは目を丸くした、

「どう?良い感じ?」

「どうでしょう、他のも・・・見た目は変わらないですね・・・」

とティルは三つある鍋を次々と試し、

「あっ、違うかな・・・甘さが・・・うん、どうでしょう?」

と振り返ってその場を明け渡す、ジャネットがすぐに手を伸ばし、マフダとリーニーも鍋を囲んだ、こうなると爪の手入れ組もそちらに興味が移ってしまう、自然とその腰が上がり三つ並んだ毛布をまとった鍋を中心に、これが甘い、これが柔らかいと忙しい、

「じゃ、黒板は・・・あ、あった、やっぱりあれですね、カブが多い方が甘くなるんですね・・・」

マフダが誰にともなく呟くと、

「そうみたいだねー、でも、カブの味が強くなるね」

「そりゃそうでしょ」

「ちゃんと仕上げてみないと分からないんじゃない?」

「うん、昨日はほら煮詰めたら青臭さは無くなったよ」

「そだねー、じゃ、これを濾すんだっけ?」

「はい、道具持ってきます、厨房はいっぱいなので、こっちでやりますか」

「そだね、あっ、コンロ持ってくる?」

「あっ、私行きます」

「お願い」

ジャネットを中心にしてミズアメの試作が本格的に始まった。



「へー、出来てるね・・・」

「どうでしょう、タロウさんの言う感じになっていると思うんですが?」

夕食前、内庭の連中も帰路に着き、厨房の仕込みも一段落着いた、ソフィアも食堂に入り、エレインとオリビア、さらに、アニタとパウラも顔を出す、タロウは三つ並んだ鍋を前に置いてその出来具合を確認され、この素早さと熱心さはどういう事なのかと呆れつつも大したもんだと感嘆する、

「うん、良い感じだと思うよ、じゃ、どうしようかな・・・串でいいか、あったよね?」

タロウはソフィアをヒョイと伺う、ソフィアは若干離れた場所でまったくとこちらも呆れ顔であった、

「あるわよ、使う?」

「うん、お嬢様方が多いからみんなでやらないと喧嘩になるだろ」

「あっ、私持ってきます」

ミーンが厨房へ走り、すぐさま藁箱に入った串を丸っと持って来た、

「ありがとう、じゃ、やって見せるねー」

タロウは串を二本取り上げ、その若干厚みのある持ち手の方で水飴を掬いあげる、

「あの、そのまま食べるんじゃないんですか?」

グルジアの純粋かつ正しい疑問に、

「こうするとより美味しくなる・・・まぁ、見てな」

タロウはニヤリと微笑み、二本の串の先に水飴を器用にまとわりつかせると、グネグネと捏ね始めた、エッと女性達の視線が集まる、しかし、タロウはそのまま捏ね続け、白濁した水飴が真っ白に染まると、

「うん、こんな感じ、ミナ、舐めてみ」

とミナに手渡した、

「うん」

とミナはピョンと飛び跳ねパクリと口に含む、

「んー、美味しい、甘ーい、昨日と全然違うー」

「だろー」

してやったりと微笑むタロウであった、

「えっ、どういう事ですか?」

エレインがやもたてもたまらず口を開く、

「うん、やってみれば分るよ、最初に何もしない水飴を舐めて、その後で、じっくり練った水飴を舐めてみな、全然違うから」

タロウはニヤニヤと串をそれぞれに配り始めた、

「練ればいいんですか?」

「そうだよ、掬う時は柔らかいから気を付けてな、練る時は空気を混ぜ込むように練るんだよ、あっ、この鍋の水飴が一番出来がいいと思う、取り合えずこれでやってみ?」

「混ぜ込むように・・・」

女性達は吸い込まれるように鍋に手を伸ばし、一度舐めて味をみてからタロウの動作を真似て二本の串でこねくり回す、皆、真剣な表情で会話も無い、

「うふー、美味しいよー、ソフィアも、ソフィアもやってー」

「はいはい、ミナはやらなくていいの?」

「いいの、タロウがやってくれたの、美味しいのー」

「そっか、じゃ、私も」

ソフィアも漸く腰を上げた、

「ん、良く練るのがコツってやつだ、練れば練るほど旨いらしい、ま、好みだがな」

タロウはニヤニヤと串をソフィアに手渡す、

「そうなの?」

「おう、あっ、でな、段々と固くなるだろ?」

「そうですね、固くなってきました」

「うん、白くなってる、なんか楽しい・・・」

「そだねー」

「垂れないくらいで十分だと思うぞ、ミナに渡したくらいでいいかな?」

「分かりました、これくらいですか?」

「おう、良い感じだ、それで舐めてみ?」

「はい・・・ん、んー?」

「あっ、ホントだ、なんか違う」

「うん、美味しいっていうか・・・」

「はい、甘みが柔らかくなってます」

「上品ですね、なんだこれ?」

「なっ、面白いだろ?」

ニヤリと勝ち誇るタロウであった。
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