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本編

61話 計略と唄う妖鳥 その7

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ガリガリゴリゴリと盛大な騒音の中カトカは背を丸めて集中していた、荒野の端、学園が管理する事となった施設の三階である、ホルダー研究所としてその施設の一部を活用する事となり、その一部屋を作業部屋に使う事として様々な工作機械を持ち込んだ、寮ではその騒音の為に使用を躊躇われていた品々である、幸いと言うべきかつい先日まではその大仰な道具類を使うほどの作業はしていなかった、その必要も無かった為不便さも感じていなかったのであるが、これもつい先日、タロウの来訪によってとんでもない量の赤色の魔法石の原石が持ち込まれ、これにはユーリは勿論であったがカトカも歓声を上げてしまった、無色の魔法石も大事な研究であるが、赤色の魔法石に関しても未知の部分が多い、赤色の魔法石はすでに実用化されている品が試料として手元にあり、さらにその原石とされるものが手に入ったとなれば、その実用化までの工程を解明し、自分達の手で実用化まで漕ぎつける事ができれば、それはそのまま無色の魔法石への応用も可能なのではないかとユーリとカトカは思いたったのである、そして、カトカは口元を布で覆い、髪を無造作に結んでその細く美しい指先を赤色の粉まみれにして背を丸めていたのであった、赤色の魔法石の研磨の為である、

「カトカさん、すいません、手を止めて下さい」

その部屋にゾーイが駆け込んできた、騒音と自分の世界にドップリとはまり込んでいる為にカトカはその大声には気付いていない、

「カトカー・・・あー」

ユーリがゾーイの肩越しに細い背中を歪に丸めるカトカを見下ろす、

「ゾーイさん、ぶっ叩いていいわよ、こうなるとカトカは帰ってこないから」

「帰ってこない?・・・んですか?」

「そうよ、この子集中しちゃうと周りの音が聞こえなくなるのよ、こういう作業とか面白い本とか預けるとこうなるんだわ」

ユーリが流石にゾーイに手を上げさせるのは駄目かなとゾーイを押しのけて室内に踏み入り、軽くカトカの頭をひっぱたく、

「アイタ」

カトカは可愛らしい悲鳴と同時に振り返った、

「もう、なんですかー」

カトカはゴツイ研磨機を片手で止めつつふくれっ面となる、寂しい事にその魅力的な表情はマスク代わりの布によって隠されていた、

「なんですかじゃないわよ、お客さん来るからアンタは隠れてなさい」

ユーリはまったくと呆れ顔でカトカを見下ろす、

「お客さんですか?」

「そうよ、陛下とか軍団長とかめんどくさいお偉いさん」

「えっ」

とカトカは顔を引きつらせる、

「色々あってね、色々なもんだから、あんたは表に出ない方がいいでしょ、この部屋は閉めとくから静かにしてればバレないと思うから、暫くじっとしてなさい」

「はい、分かりました・・・」

カトカはどうやらまたこの所長様はめんどくさい事に巻き込まれているらしいと瞬時に状況を理解した、

「ん、ゾーイさんはロキュス大先生も来るからね、顔出しなさい」

「はい、承知しました」

ユーリはそのままゾーイと共に退室する、カトカは閉められた扉をむーと睨みつけ、

「えー、じゃ、どうしようかなー」

と独り言つ、作業部屋には赤い魔法石の原石を数個持ち込んでいるだけで研磨作業意外にやる事は無い、来客という事であれば騒音を立てるような作業はまず無理である、ユーリが隠れていろとわざわざ言いに来たのは、カトカの為を思ってのことであろう、人前に出る事はさして問題ではないのであるが、カトカの場合はやたらとモテル、こればかりはその容姿もあって仕方無い、問題はそのカトカを見染めて求婚合戦になりかねない事であった、存在そのものが紛争の種になってしまうのである、特に今日来訪するのは軍団の長を務めるお歴々と文官の上位者である、血の気と精力の多い者もいる、用心に越した事は無い、ゾーイはロキュスの目もある為安全と言えば安全なのであるが、カトカに関してはいかにユーリと言えど守り切る事は権力的に不可能であった、故に隠すのである、

「取り合えず・・・整理かな・・・」

カトカは乱雑に積み上げた木箱を見渡す、寮の研究所から持ち込んだ品は使うときに出せばいいかと、持ち込んだその時のままに放置していた、せめて使いやすいようにしておくかと、手にした原石を机代わりの木箱に置いて、粉塵まみれの手をはたく、すると、ドヤドヤと廊下が騒がしくなっている、件のお客様であろう、カトカはこれは余程の大人数だなとユーリの気遣いに感謝しつつ腰を上げた。



「どうだ?向こうと何か違うものか?」

クロノスとイフナースがタロウの背に問いかける、若干離れた平らな巨石の上では学園長がボニファースや軍団長、補佐官やらロキュスを相手にして高説を垂れていた、実に気持ちよさそうである、なにしろこの場にいる者で荒野の経験があるのは学園長だけである、たかだか三日か四日かこの地を彷徨った程度なのであるが、その経験は貴重であった、

「んー、変わらんと思うなー、向こうからこっちを見ても延々とこんな感じだったなー・・・」

タロウは茫洋と荒野を眺めながら答える、一同は会議を終えた後で実際の戦場になる地形の下見という名目で荒野へと踏み入った、荒野は巨大な岩とその合間を埋める僅かな草地で構成されたまさに荒れ地である、人も獣も少なく戦場とするには格好の場所であるが、足元は非常に悪い、学園長の説明を聞かなくてもまっすぐに歩くことすら困難である事は一目で理解できるほどに巨石が邪魔である、二人の軍団長はこれは軍を展開するには少々厄介だし、馬も自由には動けないだろうなと首を捻る、他の補佐官達も意見を同じにするところであった、

「そうか、となると、やはり繋がっているのは確実か?」

「それは確実だと思うよ、少なくとも・・・いや、うん、それは確実だ・・・違うとすれば」

タロウは振り返ると、

「あれだな、向こうではしっかりとした街路が敷設されているな、荒野の端の街と湖の要塞まで」

「それは聞いた、しかし、よくこの巨石を掘り出したものだ」

クロノスが足元にポカリと開いた苦労の跡を見下ろす、

「それはだってやろうと思えばできるだろ、向こうは数万人規模で動員できるんだぞ、で、その掘り出した岩もな、湖に投げ込んで足場にしたり、要塞の外壁に使ったりしてたな、そのままで」

「そうなのか・・・大したものだな」

「まずな、技術的な部分はこっちとそう大きく変わらないんだが、細かく比べれば差異はあるだろうがそんな感じだな、これだってもう一息じゃないのか?」

タロウもクロノスと共に作業跡を見下ろした、タロウは事前にこちら側の事情は聞いている、領主の思惑と開拓者の努力が垣間見えるその作業跡に感心する事はあれど、嗤う事は出来なかった、

「まずな、こっちも軍を入れれば出来ないことは無いだろうが・・・そこまでするかって思ってしまうな」

「しかし、この土地は活用できれば凄まじいのではないか?」

イフナースが腕を組んで首を捻る、荒野は只々広い、もしこの土地を農地に変える事ができればとんでもない収穫量となるであろう、

「それはそうだろうな、実際、向こうでは畑にしていたぞ」

「そうなのか?」

「うん、但し街路の周辺だけだけどな、敷設と工事に当たって広めに巨石を掘り出したんだろうな、で、そこに土を持ってきて埋めて、岩がある所はこっちと同じで手つかず・・・というよりも手を付けられない感じか」

「そりゃそうだ」

「うん、それは分かる」

クロノスとイフナースはなるほどと頷いた、

「で、あれか、殿下の修行はどうします?」

タロウが振り返る、イフナースの魔法修練に関しても正式に依頼された、ボニファース直々にである、それはクロノスからも自分やユーリが担当するよりも確かだと後押しがあった為でもあった、

「おう、どんなもんだ?うちの王子様は?」

クロノスがおどけて笑う、

「・・・早めの方が良さそうだなぁ」

タロウは左目を閉じてイフナースを見つめた、

「そうか」

「はい、失礼ながら陛下、魔力があり余っていますよ、体調不良とかは無いですか?」

「ん?いや、快調そのものだ、呪いから解放されてから体調にはまったく不安は感じられないが・・・」

イフナースが不思議そうにタロウに答える、

「そうですか・・・いや、凄いですよ、クロノス以上ですね、クロノス、お前さん喧嘩したら負けるぞ」

「おい・・・いや、マジか?」

「マジだ、系統自体が違うからだが・・・やるなら殴り合いだな、お前さんユーリやソフィアと喧嘩する気にはならんだろう?」

「・・・それはあれか、イフナースはお前の言うそっち系統って事か?」

「そうみたいだな、実際に修練に入らなければ分からないが・・・ソフィアよりもユーリ寄り・・・そうか、殿下に魔法を教えたのは誰です?」

「誰と言われても困るが・・・ロキュスの弟子の家庭教師だな、普通にこう、教本片手にって感じだが?」

「であれば、やはり、ユーリに近いですね、そうなると・・・教本があると便利かな?ユーリ」

タロウは事務長と共に離れて見守っているユーリを呼びつける、

「魔法の教本は手配できるか?」

「簡単よ、だけど、どういうの?」

「あるだけ」

「また、そんな面倒な事・・・」

「殿下の修練に必要なんだよ」

「あら・・・それ先に言いなさいよ、そうなると、うちの学園で使っているのもあるけど、ロキュス大先生の所のもあった方がいいんじゃない?」

「それは任せる」

「了解」

「ユーリ先生、手間をかけさせるな」

「そんな、王国の為ですもの、この程度は大したことではないですよ」

イフナースの謝意に、ユーリはニコリと微笑み妙に殊勝に答えた、しかし、次の瞬間、

「あん?」

左目を閉じたままであったタロウが近くの巨石に走り寄る、

「どうかしたか?」

また何かあるのかと三人がその背を訝しく見つめた、

「いや・・・まて、ユーリ、ロープか梯子はあるか?」

タロウは左目を閉じたまま振り返る、

「何するのよ」

タロウの奇行に慣れているユーリであるがあまりにも突拍子も無い事にはついていける筈もない、

「この穴に下りてみる、下りるのはいいんだが、登れそうにない」

「どういうことだよ」

クロノスが目を眇めるが、

「これは気付かなかった、面白いぞ、たぶん」

興奮気味のタロウの言葉に、三人はどういうことかと顔を見合わせる、

「いいから、頼むよ、損はさせないからさ」

「はいはい、梯子・・・は無理ね、ロープなら・・・」

とユーリは施設に走り、代わりに何事かと事務長が近寄る、タロウはユーリを待たずに足場を確認しながらソロソロと作業跡に下りて行った、

「おいおい、気を付けろ」

「わかっている、お前らはそこにいてくれ」

「そのつもりだよ」

クロノスと軽口を交わしながらタロウは底に降り立つと、巨石に両手を触れ、それでも足りないのか額を押し当てる、

「また妙な事を・・・」

「変人とは聞いていたが・・・大丈夫なのか?この男・・・」

「何をされているのです?」

クロノスは呆れ、イフナースはこれから師事する事になるタロウに不安を覚える、事務長は素直に疑問を口にした、しかし、当のタロウはそのまま巨石に抱きついて動かない、まったくとタロウを見下ろす三人が顔を見合わせると、タロウはゆっくりと巨石から離れ、

「この辺かな?」

なにやら呟きながら右手を巨石に這わせる、そして、魔力を注ぎ込んだ、途端、バフッという間抜けなしかし巨大な振動が辺りを揺るがし、巨大な砂煙が巨石を中心に舞い上がった、

「なっ」

近くにいた三人はあまりの衝撃に押し倒され、離れていたボニファースを中心とする一段も衝撃を受け倒れ込む、施設からロープを持って出てきた瞬間のユーリも後退った、そして、暫くの間動ける者はいなかった、衝撃波はとっくに過ぎ去り、残されたのは状況が理解出来ないままに倒れ伏した国の要人達と、衝撃は勿論であるが、さらに土埃にまみれたクロノス達、ユーリは何とか立ち上がり状況を確認するべく見渡す、

「陛下、無事ですか」

ユーリは取り合えず最高位者の名を叫ぶ、すると、

「おう、儂は平気じゃ、何があった」

蹲っているがボニファースを中心とした一団は一人二人と顔を上げ、ユーリはそちらはそちらに任せて大丈夫そうだと判断すると、

「クロノス、イフナース殿下」

と土まみれ、砂まみれの三人へ駆け寄る、

「おう、俺は無事だ、イフナース」

「はい、俺は平気です」

「事務長は?」

「いや、私も何とか、いや、これは酷い」

三人とも身体的には大丈夫そうであった、しかしそれよりも頭から被った砂埃と土砂に辟易としている、

「タロウは?」

クロノスが立ち上がり肩から砂を落としながらユーリに問う、

「分かりません、そこにいたのではないのですか?」

「あぁ、穴の底に降りたのだが」

とクロノスが地面を見るとそこにあったはずの穴が無い、それどころかタロウが触れていた巨石を中心にして砂の小山が出来ていた、

「なんだこれは?」

「タロウはどこです?」

「そこの穴の底だ、穴がない、どころか石も無い」

「えっ」

「確かに」

「ちょっ・・・タロウ」

ユーリの甲高い声が響くが答える者は無い、そこへ、ボニファースらも駆けてくる、

「無事か?」

「はい、私達は平気です、陛下は?」

「儂らも大事ない、どういうことだ?」

「わかりません、タロウが何かをやったらしいのですが」

「そのタロウは?」

「わかりません、もしかしたら、この砂の底?」

「おい・・・いや、ユーリ掘れるか?」

「やるわ、どいて」

ユーリが砂に手を置いた瞬間、ボコリと砂山から腕が生えた、

「おわっ」

ユーリが女性とは思えない悲鳴を上げて尻餅をつく、

「タロウか?」

クロノスがすぐさまその手を掴んで引き上げた、根菜のように引き抜かれたのは誰でもないタロウである、タロウは、

「・・・死ぬかと思った・・・」

クロノスに掴みあげられたまま砂まみれの顔でゼイゼイと苦しそうに息を荒げるのであった。
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