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本編
61話 計略と唄う妖鳥 その5
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次の議題は帝国軍の侵攻に関するものである、ヨリックが資料を読み上げるがその内容は静粛を保って耳を傾けるのが難しい内容であったようで、参加者は一々ザワザワと騒がしくなり、その度にヨリックは口を閉じざるを得なかった、本来であれば叱責されるような状態なのであるが、ボニファースも軍団長の二人も司会役のヨリックもその心情は理解できる、その為特に咎める事は無くヨリックの現状報告は済まされた、そして、これは確かに魔族のそれよりも重大で、さらに緊急を要すると誰もが理解する、
「以上になります、こちらの議題に関してまずは陛下よりお言葉を賜ります」
ヨリックはボニファースを指名して口を噤んだ、
「うむ、まずは補足になるのだが・・・」
とボニファースは身を乗り出して両肘を着き両手を組む、その手で口元を隠すようにして一同を見渡し、ヨリックの報告にあった帝国で奪取したとされる報告書は現在翻訳中である事、真偽が定められない事項が多いと自分は考えている事、また、何よりも問題となるのは狙われている地がモニケンダムとアルメレであり、これが一番難解な部分である事が告げられる、これは参加者一同が持った疑問の共通するところであったらしい、軍関係の参加者は大きく頷いており、世事に疎い学園長でさえさもありなんと納得する、事務長やユーリはあまりの事態に呆けてしまっていた、
「でだ、まずは真偽に関して問い質したい、タロウ、これは真実なのであろうな」
ボニファースがタロウを睨みつける、先程まではタロウに対し好意的にも感じられたボニファースであるが、その視線は冷たく厳しい、この議題に関しては特に虚偽や創作であったとなっては只では済まされない、それはタロウも重々理解するところである、故に、
「はい、少なくとも私が見聞きしたあらゆる事物から王国の重大事であると思いまして、かの報告書を盗み出すに至りました、かの報告書の翻訳が進んでいるとすればまずはそれを待つのも宜しいかと思います、その上で私の言葉が虚であるというのであればどうぞ、国外追放なり、斬首なりお咎めを受けましょう」
タロウは随分と物騒な物言いで答えた、それだけ自信があるし、少なくとも帝国の侵攻は真実であると確信もしている、
「そうか・・・クロノスはどう思う?」
ボニファースがクロノスへ視線を向ける、
「そう・・・ですね、私としてはこのタロウこそが、かの大戦で英雄と呼ばれるべき人物と思っております」
突然の告白に驚きの声が低くどよめく、クロノスは魔族との大戦における栄誉を一身に集め、王女と婚姻し、王太子にまで上り詰めた人物なのである、その言葉は自身の否定にも繋がりかねない、
「しかし・・・皆さんも一目で感じられるでしょうが・・・俺から見てもこいつは変人でしてね・・・それだけなら良いのですが、困った事に・・・有能すぎて突飛に過ぎる、これはロキュス相談役も身に染みていらっしゃるかと思いますが、まぁ、それは良いとして、信用に足る人物である事は私が保証します、もし・・・今回の報告が虚偽でありましたら、私の首も差し出します、私はこいつに恩義があります、故にこいつは国外追放程度で済ませていただければ幸いでございます」
褒めているんだか貶しているんだか理解に苦しむ言葉であった、しかし、その身に対してクロノス自らの命を差し出しても助命を嘆願すると明確に言い切ったのである、それだけ信頼しているとの表明に他ならない、
「・・・その言葉、忘れるな」
「はっ」
ボニファースのさらに強い視線をクロノスは正面で受け止める、その隣りのタロウは何もそこまでと困惑した顔であったが、まぁ確かに俺は信用は無いだろうし、どこまでいっても変人扱いなんだよなー、その気は無いんだがなー、この恰好が悪いのかなー等と思いつつ首を傾げる、
「でだ、儂としてはクロノスが命を掛けるとまで言い切ったこの情報は真として動かなければならないと思う、皆もそのように心してくれ」
よいなとボニファースは一同を見渡し、小さく頷く参加者を確認すると、
「でだ、問題は・・・山積だな・・・」
ボニファースは深く溜息を吐いて椅子にもたれかかる、
「では、続きは私が」
アンドリースがボニファースの後を継ぐ、アンドリースがヨリックの許可を得て口にした問題点は、アイセル公クンラート・ミラ・コーレインへの対処、有事の開始時期、有事の最終目的の三つであった、
「まずは・・・アイセル公に対してなのだが・・・」
とアンドリースは黒板を見つめて議題を定めた、アイセル公とはヘルデル公爵の別名である、主だった都市名であれば、中心都市となるヘルデル、モニケンダム、アルメレ、かつてノードと呼ばれた北ヘルデル、それらの周辺をまとめてアイセル地方と呼称しており、その地をかつて治めていたのがコーレイン王家、現在のコーレイン公爵家であった、このアイセル公と王家との確執は根深い、現在、王家の傘下になっているのは先々代の時代に戦争に負けたからなのであるが、そのボニファースの祖父にあたる当時のグランセドラウル王は、コーレイン家の勇猛を称え公爵に任じ当時のヘルデルとノードを領地として認めた、さらにかつてアイセル国であった各地の監督権も許したのである、当時の王としては温情と同時に懐柔策のつもりであったらしいが、当のアイセル公はそうは思わなかったらしい、以後表に裏にと王国への反抗が目につき、それは市井の平民も噂するほどに知れ渡る事態となる、これを重く見た先代の王はさらに懐柔策を試みるがアイセル公は聞く耳を持たず、ボニファースが王位に就き、南部と西部での諍いが落ち着いた頃合いで、いよいよアイセル公との内戦が始まるかと王国内が緊張した所で、ノードに魔族軍の襲来が始まったのであった、これには流石のアイセル公も王国と共闘するしか無く、数年の月日を掛けてなんとか魔族を追い返したのである、しかし、ここでまた確執が生まれる事となる、ボニファースがノードを北ヘルデルと改名し、軍を常駐させる事を決定した挙句、クロノスをその北ヘルデルの公爵に任じたのであった、これはボニファースにすれば魔族の侵攻に対する当然の対処であったが、アイセル公としては領地を削り取られたと感じたらしい、その気持ちも分らないではないし、事実削られている、そしてアイセル公は現在、グランセドラウルに捕られるくらいなら魔族を住まわせた方が100倍マシだと公言する程に悪感情を抱いているらしい、これは完全に新たな戦争の火種といって良い状態であり、現状有事となっていないのはアイセル公の軍備が消耗している事、軍備を再編成したとしても北ヘルデルにある二個軍団を相手にするのは可能であるが、そうなると王都にある二個軍団に挟み撃ちにされる可能性が高く、そうなればまず勝ち目がない事、そして最も頭が痛いのがクロノスの英雄としての人気がアイセル地方内で異様に高い事等である、
「まず、狙われているのがモニケンダムとアルメレ、この情報が正しいとしてだが、どちらもアイスル公の傘下である、しかし、王国の領土でもある、当然なのだがな、しかし・・・軍を大きく展開する事は現状では難しいであろう、恐らく・・・北ヘルデルから軍を動かした時点でアイセル公は何らかの反応を示す筈だ・・・面と向かって来るか・・・背後を衝くか・・・場合によってはその帝国とやらと組んでいる可能性もある・・・魔族との戦いでは轡を並べた者もいるであろうが、しかし・・・初動を誤ると敵を増やす事にもなりかねない・・・」
アンドリースは渋い顔で訥々と語る、アンドリースは比較的に穏健派である、騎士として従軍しそのまま順調に出世した正当な傑物で、その指揮手腕は誰もが認める名将であった、
「だから、敵となる者は早々に排除するべきなのだ、北ヘルデルの軍と第一・第二があればアイセル公など蹂躙できる、難しく考えるからつけ込まれるのだ」
メインデルトが大声を上げた、メインデルトは強硬派である、武闘派と言い直しても良い、先の大戦時には軍団長筆頭として軍を率い魔族軍を壊滅させた名将である、口が悪く人当たりも悪いがクロノスには好意的な人物であったりする、さらにその大戦時の経験もある為、アイスル公に対しては良い印象を持っていない、共闘したのは事実なのであるが、何かにつけ足を引っ張るそのやり方にまずはアイスル公を排せよとボニファースに直談判した程である、
「気持ちは分かるが短絡に過ぎる、第一だ、こちらの軍備もやっと整ってきた所なのだ、騎士の補充も間に合っていないであろう」
「だからと言って抵抗しない理由にはならん」
「抵抗しないなどとは言っていない、合戦になったとして前は帝国、後ろはアイセルでは勝てるものも勝てない」
「だから、アイセルは潰せと言ったのだ、自ら敵を囲うなど愚の骨頂よ」
将軍二人の言い争いである、ボニファースは治めるつもりが無いのか言いたい放題にさせており、しかし、じっくりとその言葉に耳を傾けている、参加者もまた二人の言い分は良く分かるとそれぞれに思考を巡らす、
「獅子身中の虫ですか・・・」
タロウがポツリと呟いた、
「何だそれは?」
クロノスが思わず問い質す、
「あー・・・なんていうか・・・身内の中に敵がいるって感じですかね・・・兵法的には一番厄介ですね・・・」
「なんだ、分かるのか?」
メインデルトはニヤリとタロウを睨む、
「はい・・・あっ、発言良いですか?」
タロウはヨリックに視線を向けた、ヨリックは慌ててどうぞと先を促す、
「はい・・・えっとですね、一つそのアイセル公・・・あの親父と話してみてはどうですか?俺が見る限り・・・それほど・・・その好戦的な人物には見えませんでした・・・」
「どういう事だ?」
突然の随分と馴れ馴れしい言い分にクロノスが片眉を上げる、
「どうもこうも、だって、俺やソ・・・おれの嫁さんも何気にそこにいるユーリもあの親父には世話になったし・・・お前さんだって、喜んでたろう?」
タロウは不思議そうにクロノスを見返す、急に名を出されたユーリは思わずギリッとタロウを睨んだ、
「いや、まったく訳が分からない、どういう事だ?」
「なんだ、気付いてなかったのか?お前さんと一緒になって動いてた頃、良く差し入れ持って来た商人いただろ、やたら良い服着た、太ったおっさん、いつもニコニコしてた」
「・・・いたな、ヘルデルの商人だろう、確か・・・ローレン商会の番頭じゃなかったか?」
「あれ、コーレイン公爵だぞ」
「なにぃ?」
クロノスの高く響く素っ頓狂な声が室内に響く、タロウに向けられていた視線がクロノスへ集中した、
「いや、待て・・・あの商人だよな、食い物やら武器やら何でも取り扱いますって荷車何台も引いて、筵広げてた」
「うん、あれだよ、ほら、ジャラジャラと首飾りぶら下げてさ、あんな商人いるのかよってルーツが笑ってただろ」
「それは覚えてる、そんなもんだろってお前も笑ってた・・・だろ?」
「それだよ、俺も気付いたがルーツは見ただけで分かってたぞ」
「マジ・・・か・・・」
「マジだよ」
クロノスは絶句するしかなく、ボニファースと軍団長二人はどういう事かとクロノスを睨みつけ、一同もまた訝し気に二人を睨む、ユーリはそんな人もいたなとあらぬ方向へ視線を飛ばす、
「あー、すいません、発言を・・・」
クロノスは取り合えずどうしたものかと思いつつ、ヨリックを伺う、ヨリックはそのままどうぞと返した、
「えっとですね、少しばかり恥ずかしい所をお見せしました、その、言い訳染みた言葉になりますが・・・」
とクロノスはしどろもどろにボニファースに向け、タロウの口にした商人に関して説明する、それによればクロノスが冒険者としてタロウらと行動を共にし始め、大戦に本格的に参画した時点から定期的に行商に現れた商人が問題の人物であるらしい、
「いや、当時はその、軍からの支給も少なくて、ほら、冒険者を蔑ろにしてたでしょ、傭兵よりも一段下に置いて・・・」
愚痴のように聞こえるがこれは事実であった、軍としての事情もあったのだが糧食を含め軍需物資の供給に関しては当然であるが正規軍が先である、次いで傭兵で、突発的に参画する事となった冒険者はその次の扱いであった、
「そういう言い方はどうかと思うが」
メインデルトが明確な非難の視線を叩きつける、メインデルトとしては軍を預かる身としてなんとかかんとか工面したつもりであったのだ、毎日のように事務官と意見を戦わせ、傭兵だろうが冒険者だろうが公平に扱ったつもりである、
「そうは言いますが・・・ま、あの頃の事はまた別で・・・で、その、まぁ・・・大変助かったのですよね、我々冒険者部隊としては、食い物も破格でしたし、武器の手入れもしてくれましてね・・・他にも色々、便宜を図ってもらいまして・・・はい、いや・・・しかし、本当なのか?」
クロノスはすっかりその胸中に汗をかいてタロウに確認する、
「本当ですね、どうでしょう、恰幅の良い・・・はっきり言えば太ってまして、髪は赤、背丈は普通くらい、年齢は・・・50代60代?かな、温和で上品な感じの親父・・・まさに親父といった感じで・・・他に特徴と言えば・・・あぁ、左手の甲に大きな傷があったかな?右手だったかな?どうでしょう?」
タロウが勝手に発言するが、ボニファースが、
「それは先代だな・・・」
とポツリと呟く、エッと全員の目がボニファースへと移った。
「以上になります、こちらの議題に関してまずは陛下よりお言葉を賜ります」
ヨリックはボニファースを指名して口を噤んだ、
「うむ、まずは補足になるのだが・・・」
とボニファースは身を乗り出して両肘を着き両手を組む、その手で口元を隠すようにして一同を見渡し、ヨリックの報告にあった帝国で奪取したとされる報告書は現在翻訳中である事、真偽が定められない事項が多いと自分は考えている事、また、何よりも問題となるのは狙われている地がモニケンダムとアルメレであり、これが一番難解な部分である事が告げられる、これは参加者一同が持った疑問の共通するところであったらしい、軍関係の参加者は大きく頷いており、世事に疎い学園長でさえさもありなんと納得する、事務長やユーリはあまりの事態に呆けてしまっていた、
「でだ、まずは真偽に関して問い質したい、タロウ、これは真実なのであろうな」
ボニファースがタロウを睨みつける、先程まではタロウに対し好意的にも感じられたボニファースであるが、その視線は冷たく厳しい、この議題に関しては特に虚偽や創作であったとなっては只では済まされない、それはタロウも重々理解するところである、故に、
「はい、少なくとも私が見聞きしたあらゆる事物から王国の重大事であると思いまして、かの報告書を盗み出すに至りました、かの報告書の翻訳が進んでいるとすればまずはそれを待つのも宜しいかと思います、その上で私の言葉が虚であるというのであればどうぞ、国外追放なり、斬首なりお咎めを受けましょう」
タロウは随分と物騒な物言いで答えた、それだけ自信があるし、少なくとも帝国の侵攻は真実であると確信もしている、
「そうか・・・クロノスはどう思う?」
ボニファースがクロノスへ視線を向ける、
「そう・・・ですね、私としてはこのタロウこそが、かの大戦で英雄と呼ばれるべき人物と思っております」
突然の告白に驚きの声が低くどよめく、クロノスは魔族との大戦における栄誉を一身に集め、王女と婚姻し、王太子にまで上り詰めた人物なのである、その言葉は自身の否定にも繋がりかねない、
「しかし・・・皆さんも一目で感じられるでしょうが・・・俺から見てもこいつは変人でしてね・・・それだけなら良いのですが、困った事に・・・有能すぎて突飛に過ぎる、これはロキュス相談役も身に染みていらっしゃるかと思いますが、まぁ、それは良いとして、信用に足る人物である事は私が保証します、もし・・・今回の報告が虚偽でありましたら、私の首も差し出します、私はこいつに恩義があります、故にこいつは国外追放程度で済ませていただければ幸いでございます」
褒めているんだか貶しているんだか理解に苦しむ言葉であった、しかし、その身に対してクロノス自らの命を差し出しても助命を嘆願すると明確に言い切ったのである、それだけ信頼しているとの表明に他ならない、
「・・・その言葉、忘れるな」
「はっ」
ボニファースのさらに強い視線をクロノスは正面で受け止める、その隣りのタロウは何もそこまでと困惑した顔であったが、まぁ確かに俺は信用は無いだろうし、どこまでいっても変人扱いなんだよなー、その気は無いんだがなー、この恰好が悪いのかなー等と思いつつ首を傾げる、
「でだ、儂としてはクロノスが命を掛けるとまで言い切ったこの情報は真として動かなければならないと思う、皆もそのように心してくれ」
よいなとボニファースは一同を見渡し、小さく頷く参加者を確認すると、
「でだ、問題は・・・山積だな・・・」
ボニファースは深く溜息を吐いて椅子にもたれかかる、
「では、続きは私が」
アンドリースがボニファースの後を継ぐ、アンドリースがヨリックの許可を得て口にした問題点は、アイセル公クンラート・ミラ・コーレインへの対処、有事の開始時期、有事の最終目的の三つであった、
「まずは・・・アイセル公に対してなのだが・・・」
とアンドリースは黒板を見つめて議題を定めた、アイセル公とはヘルデル公爵の別名である、主だった都市名であれば、中心都市となるヘルデル、モニケンダム、アルメレ、かつてノードと呼ばれた北ヘルデル、それらの周辺をまとめてアイセル地方と呼称しており、その地をかつて治めていたのがコーレイン王家、現在のコーレイン公爵家であった、このアイセル公と王家との確執は根深い、現在、王家の傘下になっているのは先々代の時代に戦争に負けたからなのであるが、そのボニファースの祖父にあたる当時のグランセドラウル王は、コーレイン家の勇猛を称え公爵に任じ当時のヘルデルとノードを領地として認めた、さらにかつてアイセル国であった各地の監督権も許したのである、当時の王としては温情と同時に懐柔策のつもりであったらしいが、当のアイセル公はそうは思わなかったらしい、以後表に裏にと王国への反抗が目につき、それは市井の平民も噂するほどに知れ渡る事態となる、これを重く見た先代の王はさらに懐柔策を試みるがアイセル公は聞く耳を持たず、ボニファースが王位に就き、南部と西部での諍いが落ち着いた頃合いで、いよいよアイセル公との内戦が始まるかと王国内が緊張した所で、ノードに魔族軍の襲来が始まったのであった、これには流石のアイセル公も王国と共闘するしか無く、数年の月日を掛けてなんとか魔族を追い返したのである、しかし、ここでまた確執が生まれる事となる、ボニファースがノードを北ヘルデルと改名し、軍を常駐させる事を決定した挙句、クロノスをその北ヘルデルの公爵に任じたのであった、これはボニファースにすれば魔族の侵攻に対する当然の対処であったが、アイセル公としては領地を削り取られたと感じたらしい、その気持ちも分らないではないし、事実削られている、そしてアイセル公は現在、グランセドラウルに捕られるくらいなら魔族を住まわせた方が100倍マシだと公言する程に悪感情を抱いているらしい、これは完全に新たな戦争の火種といって良い状態であり、現状有事となっていないのはアイセル公の軍備が消耗している事、軍備を再編成したとしても北ヘルデルにある二個軍団を相手にするのは可能であるが、そうなると王都にある二個軍団に挟み撃ちにされる可能性が高く、そうなればまず勝ち目がない事、そして最も頭が痛いのがクロノスの英雄としての人気がアイセル地方内で異様に高い事等である、
「まず、狙われているのがモニケンダムとアルメレ、この情報が正しいとしてだが、どちらもアイスル公の傘下である、しかし、王国の領土でもある、当然なのだがな、しかし・・・軍を大きく展開する事は現状では難しいであろう、恐らく・・・北ヘルデルから軍を動かした時点でアイセル公は何らかの反応を示す筈だ・・・面と向かって来るか・・・背後を衝くか・・・場合によってはその帝国とやらと組んでいる可能性もある・・・魔族との戦いでは轡を並べた者もいるであろうが、しかし・・・初動を誤ると敵を増やす事にもなりかねない・・・」
アンドリースは渋い顔で訥々と語る、アンドリースは比較的に穏健派である、騎士として従軍しそのまま順調に出世した正当な傑物で、その指揮手腕は誰もが認める名将であった、
「だから、敵となる者は早々に排除するべきなのだ、北ヘルデルの軍と第一・第二があればアイセル公など蹂躙できる、難しく考えるからつけ込まれるのだ」
メインデルトが大声を上げた、メインデルトは強硬派である、武闘派と言い直しても良い、先の大戦時には軍団長筆頭として軍を率い魔族軍を壊滅させた名将である、口が悪く人当たりも悪いがクロノスには好意的な人物であったりする、さらにその大戦時の経験もある為、アイスル公に対しては良い印象を持っていない、共闘したのは事実なのであるが、何かにつけ足を引っ張るそのやり方にまずはアイスル公を排せよとボニファースに直談判した程である、
「気持ちは分かるが短絡に過ぎる、第一だ、こちらの軍備もやっと整ってきた所なのだ、騎士の補充も間に合っていないであろう」
「だからと言って抵抗しない理由にはならん」
「抵抗しないなどとは言っていない、合戦になったとして前は帝国、後ろはアイセルでは勝てるものも勝てない」
「だから、アイセルは潰せと言ったのだ、自ら敵を囲うなど愚の骨頂よ」
将軍二人の言い争いである、ボニファースは治めるつもりが無いのか言いたい放題にさせており、しかし、じっくりとその言葉に耳を傾けている、参加者もまた二人の言い分は良く分かるとそれぞれに思考を巡らす、
「獅子身中の虫ですか・・・」
タロウがポツリと呟いた、
「何だそれは?」
クロノスが思わず問い質す、
「あー・・・なんていうか・・・身内の中に敵がいるって感じですかね・・・兵法的には一番厄介ですね・・・」
「なんだ、分かるのか?」
メインデルトはニヤリとタロウを睨む、
「はい・・・あっ、発言良いですか?」
タロウはヨリックに視線を向けた、ヨリックは慌ててどうぞと先を促す、
「はい・・・えっとですね、一つそのアイセル公・・・あの親父と話してみてはどうですか?俺が見る限り・・・それほど・・・その好戦的な人物には見えませんでした・・・」
「どういう事だ?」
突然の随分と馴れ馴れしい言い分にクロノスが片眉を上げる、
「どうもこうも、だって、俺やソ・・・おれの嫁さんも何気にそこにいるユーリもあの親父には世話になったし・・・お前さんだって、喜んでたろう?」
タロウは不思議そうにクロノスを見返す、急に名を出されたユーリは思わずギリッとタロウを睨んだ、
「いや、まったく訳が分からない、どういう事だ?」
「なんだ、気付いてなかったのか?お前さんと一緒になって動いてた頃、良く差し入れ持って来た商人いただろ、やたら良い服着た、太ったおっさん、いつもニコニコしてた」
「・・・いたな、ヘルデルの商人だろう、確か・・・ローレン商会の番頭じゃなかったか?」
「あれ、コーレイン公爵だぞ」
「なにぃ?」
クロノスの高く響く素っ頓狂な声が室内に響く、タロウに向けられていた視線がクロノスへ集中した、
「いや、待て・・・あの商人だよな、食い物やら武器やら何でも取り扱いますって荷車何台も引いて、筵広げてた」
「うん、あれだよ、ほら、ジャラジャラと首飾りぶら下げてさ、あんな商人いるのかよってルーツが笑ってただろ」
「それは覚えてる、そんなもんだろってお前も笑ってた・・・だろ?」
「それだよ、俺も気付いたがルーツは見ただけで分かってたぞ」
「マジ・・・か・・・」
「マジだよ」
クロノスは絶句するしかなく、ボニファースと軍団長二人はどういう事かとクロノスを睨みつけ、一同もまた訝し気に二人を睨む、ユーリはそんな人もいたなとあらぬ方向へ視線を飛ばす、
「あー、すいません、発言を・・・」
クロノスは取り合えずどうしたものかと思いつつ、ヨリックを伺う、ヨリックはそのままどうぞと返した、
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とクロノスはしどろもどろにボニファースに向け、タロウの口にした商人に関して説明する、それによればクロノスが冒険者としてタロウらと行動を共にし始め、大戦に本格的に参画した時点から定期的に行商に現れた商人が問題の人物であるらしい、
「いや、当時はその、軍からの支給も少なくて、ほら、冒険者を蔑ろにしてたでしょ、傭兵よりも一段下に置いて・・・」
愚痴のように聞こえるがこれは事実であった、軍としての事情もあったのだが糧食を含め軍需物資の供給に関しては当然であるが正規軍が先である、次いで傭兵で、突発的に参画する事となった冒険者はその次の扱いであった、
「そういう言い方はどうかと思うが」
メインデルトが明確な非難の視線を叩きつける、メインデルトとしては軍を預かる身としてなんとかかんとか工面したつもりであったのだ、毎日のように事務官と意見を戦わせ、傭兵だろうが冒険者だろうが公平に扱ったつもりである、
「そうは言いますが・・・ま、あの頃の事はまた別で・・・で、その、まぁ・・・大変助かったのですよね、我々冒険者部隊としては、食い物も破格でしたし、武器の手入れもしてくれましてね・・・他にも色々、便宜を図ってもらいまして・・・はい、いや・・・しかし、本当なのか?」
クロノスはすっかりその胸中に汗をかいてタロウに確認する、
「本当ですね、どうでしょう、恰幅の良い・・・はっきり言えば太ってまして、髪は赤、背丈は普通くらい、年齢は・・・50代60代?かな、温和で上品な感じの親父・・・まさに親父といった感じで・・・他に特徴と言えば・・・あぁ、左手の甲に大きな傷があったかな?右手だったかな?どうでしょう?」
タロウが勝手に発言するが、ボニファースが、
「それは先代だな・・・」
とポツリと呟く、エッと全員の目がボニファースへと移った。
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