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本編

61話 計略と唄う妖鳥 その3

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議事進行役はヨリックであった、

「本日の議題は三点、始めの一点は現状報告、次の一点は対応協議、最後の一点は人事になります」

静かに会議は始まった、まず現状報告として出されたのがタロウが齎した魔族に関する情報である、下座に座る緊急会議として集められた面々は突然始まった重大な案件にその声を無くし、学園長と事務長は自分達が聞いて良い事なのかと実に不安に感じる、ユーリはタロウからは軽く適当な感じでは聞いていたが、より詳細なその報告に、タロウの調査能力は相変わらず大したものだと舌を巻く、

「以上一点目の魔族に関する現状報告となります、質疑に移ります」

ヨリックは茶に手を伸ばして喉を潤し、傍らの黒板を確認する、単純に手元の資料を読み上げその内容が箇条書きされただけの黒板なのであるが、やはり緊張してしまう、国政を左右する会議の司会なのである、それは致し方無いことであろう、何気にヨリックは王家の執事としては最も年若い、それでも30代半ばなのであるが、こういった会議での議事進行役は初めてであったりする、実はこの会議は御前会議ではあるが正式な会議では無い、故に上司からは良い機会であるから議事進行の経験を積むようにと言い含められていたりする、

「宜しいか」

まず始めにロキュスが発言を求める、ヨリックがどうぞと促すと、

「昨日の会議でも聞いたが、まずその情報の真偽を確認したい、クロノス殿下より信頼できる者からの情報であると聞いてはいるが、どのようにその地に渡ったのか、また、どうやって調査がなされたのか、一晩考えたがまるで理解できぬ、クロノス殿下如何か」

ロキュスはジッとクロノスを睨む、しかし、ロキュス本人は気付いていた、ボニファース達と共に現れたタロウの姿を確認しそういう事かと全てを理解したのである、その上での質問であった、タロウの存在とその実力を知る者は少ないと思われる、故にまずはその存在を明確に公言し、認める事が信頼性の担保にも繋がるであろう、ヨリックはクロノスへと視線を移し、クロノスが軽く頷いたのを確認してクロノスへ発言を求める、

「まずは真偽に関してだが・・・よいな?」

クロノスは一応とタロウへ確認をとる、クロノスとタロウはこの会議の前に軽く打合せをしていた、タロウは何とも渋い顔であったがそれも仕方がないであろうとクロノスの対処案を受け入れる事としてこの場にいる、乗り掛かった舟と言えばそうであるし、自分が言い出しっぺである事を否定する事は難しい、

「まずは私が言った信頼できる者というのがこちらのタロウ・カシュパルである、先の大戦の折には見かけた者もいるであろうし、この場にはより親密な者もいるが、かつては私と共に戦場を駆け魔王討伐・・・その場にも居た勇者である」

オオッと小さく驚きの声が上がった、魔王討伐時の状況を知る者は少ない、正規軍である各軍団とヘルデル軍は城塞を攻略し、その間隙を縫って数十人の選抜隊が魔王ただ一人を狙ってその居城に攻め込んだ、その決死隊とも呼ばれた精鋭の中で生き残ったのは九名とされる、クロノス一派とされるクロノスを含めた六人とその侵攻を助け辛くも生き残った近衛の精鋭三人であった、しかし、大戦後クロノス一派のうちその功績を表立って受けたのはクロノスのみで、他の五名は名前すら公表されていない、近衛の三人も多くを語らず勇退している、正式では無いとはいえ公式の場でその隠された五人の内の一人が名前と共に姿を現したのは初めての事であった、

「この事実はロキュス相談役、貴方もだが陛下も御存知である、だろう?」

「確かに」

クロノスはニヤリと微笑み、ロキュスは静かに頷いた、若干茶番にも感じられるが伝えられた真実は重い、ボニファースは平然としているが、その脇を固める二人の軍団長も目をむいている、会議が始まる前には珍妙な服を着た妙な人物をクロノスが連れているなと訝しく思っており、ボニファースの手前もあって特に口を出す事は無かったが、本来であればそのような異様な者はその場で叩き出すのが当たり前で、自分達はおろかボニファースに近付けただけで近衛はその責を問われるであろう、

「その上でだ、俺もロキュス相談役から質問されてな、確かに思ったのだ、どうやってかの地に渡ったのか、どうやって情報収集したのか、答えられるか?」

クロノスはタロウへ視線を向けた、タロウはこれも事前に聞いていた段取り通りであるとはいえ、なんとも堅苦しい事だなと思いつつ、

「では、僭越ながら」

と軽く咳をしてヨリックを伺う、ヨリックはどうぞ続けて下さいと先を促した、

「はい、まずはどこから話せば良いか・・・そうですね、大戦が終了した後のことです・・・」

タロウは長話になるかなと思案しながらも、恐らく三年前の状況から説明しなければ難しかろうと口を開く、曰く、大戦後、自分は北ヘルデルの沿岸部を中心にして魔族の残党を故郷の国に返すべく活動していた事、それにより魔族の言葉を学び、ある程度の知己を得たこと、さらにその魔族の土地に関する情報もその際に仕入れていた事などである、しかし、タロウの説明には嘘があった、まずはタロウは一人では無かったこと、魔族の言葉はその際に学んだものでは無い事がそれである、

「なんと・・・それは背反行為ですぞ」

「まったくだ、魔族を見かけたら殺せ、それが戦後の不文律であったであろう」

タロウの説明に納得出来ない者が思わず大声を上げてしまい、ヨリックがすぐさま叱責した、御前会議では自由な発言は許されない、無論声を上げた者はそんな事は理解しているが、そうせざるを得なかったのである、

「そうですね、私もそう思います」

タロウはしかし怯む事なく穏やかに受け止めた、これには何を言ってるのかと呆れた溜息が漏れる、

「ですが、私の国には一つ格言がありまして」

タロウは勿体ぶって間を取ると、

「敵を知り己を知れば百戦危うからず・・・正確に言えば私の国の言葉では無いのですがね、しかし、皆様なら理解できるのではないですか?この意味が」

タロウは静かに一同を見渡す、皆その言葉を内心で咀嚼し、そして、

「なるほどな・・・上手いことを言う・・・」

ボニファースその人が理解を示し、その両脇の軍団長もうんうんと頷いた、

「はい、軍を指揮する者であればより理解できるものと思います、その上で、私は当時一冒険者でありました・・・やはり魔族軍は強かったですし勇猛でした、手にする武具もその鎧も立派なものです、それは皆様が認める事と思いますが、私がそれ以上に目を見張るべきと思ったのが北ヘルデルの城塞でした、詳しくは分かりませんがあれほどの城塞をかの地を領有していた数年間で構築し、さらに立派な城まで建設しています、今のクロノス殿下の居城ですね、こちらに自生するゴブリン達ではとても為しえない所業です・・・と思います、そこで気付いたのですよ、彼らはこちら側に匹敵する技術を持っていると、であれば会話も可能であろうと思い、さらにその本拠地がどうなっているのかと興味を持ちました」

「それで敵を知る為に向こうに加担したと?」

ロキュスがジロリとタロウを睨む、

「加担したとは思ってません、当時こちら側に残っていた魔族を放置していては北ヘルデルでの人的被害は抑えられなかったと思っております、ましてこちらも疲弊しています、大規模な山狩り等は難しいでしょうし、あれ以上死体を増やす必要もありません、かといって捕虜にした所で会話は不可能でした、当時は・・・今もですが・・・それにただでさえ疲弊した北ヘルデルで無駄飯ぐらいの捕虜を増やすのはまさに無駄です、そしてこちらが殺しに行くとなれば、向こうも死兵となって死に物狂いで反抗するでしょう、それこそ無駄な戦闘です・・・となれば・・・」

「逃がすのが懸命か・・・」

ボニファースが呟く、ボニファースとしてもタロウの考えには賛同しかねるらしい、若干の嫌悪感を滲ませた言葉であった、

「はい、そして、それは有効であったと思います、もしあの時に逃がさなければ北ヘルデルの山脈は今頃手が付けられないほどに荒れていたものと確信しております、それと、これも意外かもしれませんが、彼らもまた帰りたがっていました、彼らにも家族はあり、帰る場所があったからですね」

「そうなのか・・・」

確かに意外だとザワザワと呟きが漏れる、

「当然です、先程も言いましたし報告にもあります通り、彼らにはちゃんとした社会と文化と技術があります、文明として客観的に評価するにこちらのそれと変わりません、場合によっては向こうの方が優れているかもしれません」

文明とはまたと学園長が目を見張る、まさに自分が探求し収集してきたそのものである単語がこのような場で聞けるとは思っていなかった、

「長いな、で、質問の答えは?」

クロノスが話題の修正を試みる、

「はい、そういった経緯もありまして、その過程で、まずは大陸の存在、街の存在、国の存在を見聞きしました、向こうの言葉を学んだ後ですね、最初のうちは大変に警戒されましたが、向こうとしても話せる私が貴重だったのでしょう、逃亡させる段取りの報酬として向こうの情報を得ました、そして・・・」

「海を渡ったと?」

「はい、半年前ですね、より詳しく話しますと季節風がこちらの土地から向こうの土地に流れる時期です、年明けから春の間です、それを掴まえれば、そうですね・・・約10日程度で小舟でも到着は可能でした」

「なんと・・・」

「そんなに近いのか?」

「・・・信じられん」

再びザワザワと呟きが漏れる、

「それはいいのか?」

クロノスが眉根を寄せて小声でタロウに確認する、これは重大な情報である、こちらから向こうの大陸へ渡る事が容易であると公表してしまったのだ、好戦的な者には垂涎ものの情報である、

「大丈夫だろう、嘘だから」

「・・・えっ?」

タロウも小声で答えた、これには開いた口が塞がらない様子のクロノスである、

「取り合えずこれが渡航の方法です、次が情報収集に関してですね」

タロウはヨリックの隣の黒板を確認する、そこには事務官によって細かく議題内容が記されていた、

「はっきりと言いますが、向こうの土地には私達と同じ平野人も居ます」

「えっ・・・」

さらなる重大事がタロウの口から発せられ、これにはクロノスも目を見開き、全員の驚愕の視線がタロウに集まる、

「故になのですが、向こうの言葉を理解できれば情報収集は容易でした、単に向こうの平民に紛れれば良いだけですからね」

「待て、それはこちらから拉致した者とかではないであろうな」

クロノスが慌てて確認する、

「勿論だ、連中こっちの平野人は捕虜にはしていなかっただろう?無論言葉は通じないとかいろいろ問題はあったのだろうが、完全にこちら側を排除するつもりだったんだよ、土地を奪うのが目的だったのだろうな、それはほれ先日説明した事情もあってな、あの魔王はこちらに国ごと移住する腹積もりであったのかもしらん、憶測で申し訳ないがな」

タロウがあっさりと口にしたかつての魔王の真意に三度ザワザワと騒がしくなるのであった。
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