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本編

60話 光と影の季節 その22

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それから、学園長達はもうよい時間だからと場を収めることとした、生徒達の手前もあり明るく声を張り上げるが、どうしてもリンドの不穏な雰囲気が頭から離れない、これはまたなんぞ問題でも発生したかとその内心をざわつかせる、対して、エーリクは元気なもので、明日も来るぞと蘭々と光る瞳をブラスに叩きつけ、ブラスはやはりこうなるかと顔を引きつらせ頷くしかない、しかし学園長の、

「授業はどうする」

との一喝でエーリクはムーと黙り込む、ブラスがホッとしたのも束の間で、エーリクは何とかするわと捨て台詞を残してのしのしと内庭を後にした、

「ありゃ、大丈夫ですかね・・・」

ブラスが一応と学園長に訊ねると、

「まぁ、頭が冷えれば平気じゃろ、ただ・・・どうかな・・・少し関わらせて貰えんかな?」

学園長はエーリクの背からブラスへ視線を移した、

「はい、それはもう、俺としては有難い面もあります、何せ説明した通りに新しい事ばかりでして」

「そのようですな、これはちゃんと学術的にも記録したいところです、ちゃんと生徒と研究員を手配させますか、エーリク先生も明日になれば落ち着いて話せるでしょうし、それにこの実験が上手くいけば浄化槽にしろ配管にしろ引く手数多になるでしょうから」

事務長の冷静で先を見通した意見である、実際にS字トラップ、タロウ発案の灯り採りと換気を考慮した窓、浄化槽そのものもそうであるし、トイレの造作から配管、風呂に至るまで技術的な視点で見ればこの建築は学ぶところが多い、建設に関してまったくの素人である事務長が見てもそう思えるのであるから、本職であるエーリクが授業をほっぽりだそうとするのも理解出来ない訳ではなかった、

「そうですね、先を考えれば確かにそうです・・・いや、タロウさんが来るまでは普通の増築・・・ま、配管とか浄化槽とか風呂はありましたけど・・・一気にこう、変わってしまいまして・・・」

ブラスは誤魔化すように言葉を濁した、少なくともブラスは学園出身ではあるが一大工に過ぎない、当初からあくまでユーリの指示の下に動いていただけである、そこには何の問題も無い、強いて言うならユーリの気遣いが足りなかったとは言えるであろう、根回しに関しては十分だったようであるが、

「そうだろうな、いや、ソフィアさんの知見も素晴らしいがタロウさんの知見はまた図抜けているように思う・・・不思議な夫婦だな・・・」

「まったくです」

三人はミナと生徒達と共にキャッキャッとふざけながら内庭の片づけを始めているタロウへと視線を移す、その姿を見る限り奇妙な服装と見慣れない凹凸の少ないすっきりとした顔を除けばありふれた優しい父親に見える、しかし、ソフィアの例もあるし、ユーリもまたそうなのであるが、見た目からその実力を推し量るのは難しい、学園長はこれはまた良い人材なのかもしれないとほくそ笑み、事務長もまた夫婦で教師にするのはどうだろうか等と考えてしまう、そうして、騒がしかった内庭が夕暮れと共に静寂に包まれ、その騒がしさは食堂へと移った、今日の夕飯は昨日のチキンカツを使った卵とじと豆類の多い小麦がゆ、カブの煮物であった、卵とじを口にしたミーンとティルはその贅沢な一皿に自分で調理したにも関わらず歓声を上げてしまい、生徒達もこれが一番美味しいと絶賛する、しかし、

「・・・出汁だな・・・」

一人不満そうなのはタロウであった、

「またそれ?」

ソフィアが嫌そうにタロウを睨みつける、

「うん、でもな・・・うん、うん・・・出汁・・・かー」

タロウは不満そうにしながらもその手は動いている、ソフィアは黙って食べればいいのにと呆れ顔で、

「美味しいよー、ミナ、これ好きー」

「ん、旨いよな、俺も好きだ」

ミナの機嫌の良い声にタロウは答えるが、その顔には物足りなさがまざまざと表れていた、

「そんなに嫌なら何とかしなさいよ」

「ん?うん、そうなんだが・・・北ヘルデルで採れたはず・・・まぁ仕方ないか・・・」

ブツブツと呟くタロウに、エレインはピクリと反応し、テラも北ヘルデルの名前を聞き逃さない、しかし、二人共に変に口出しすると大変そうだし申し訳ないかなとここは黙する事を選んだようだ、それ以上に壁際に置かれた毛布の塊に気を取られていたという事もある、そして、夕食を終えると、

「出来た?出来た?」

「まぁ、待ちなさい、ミナ君、急いては事を仕損じるというであろう?」

「なにそれー」

「急いじゃ駄目、失敗する」

「そうなの?」

「そうなんだよー」

もう眠くなる時間であろうにミナはピョンピョンと忙しく、タロウは食器を片付けたテーブルに毛布の塊を持ってくる、ソフィアとティル、今日はルルが片付けの為に厨房に入っており、ミーンは後ろ髪を引かれながら家路についた、食堂の面々は白湯を片手に静かに二人を注視している、

「さて、どうかなー」

「どうかなー」

タロウは毛布の中から鍋を取り出すとその側面に触れ、まだ若干暖かい事を確認し、そっと蓋を取る、ミナは勢い良く鍋を覗き込み、傍に座っていた面々も思わず腰を上げた、しかし、

「えー、変わってないよー」

「そうか?」

「うん、ぐちゃぐちゃのままー」

「そうだなー、失敗かなー」

「えー、失敗?」

「どうだろうなー」

ミナを適当にあやしながらタロウは小指を鍋に差し入れそのまま口に運ぶ、すると、

「うん・・・悪くない・・・かな・・・」

と小首を傾げた、

「そうなの?ミナもいい?」

「いいぞ、ちょっとだけな、まだ完成じゃないぞ」

「えっと、私もいいですか?」

「私も」

「何やったのよ」

と静観を決め込んでいた連中も腰を上げた、

「おう、ちょっと舐めてみてくれ」

タロウはニヤリとほくそ笑む、それぞれの手が鍋に伸び、口元に運ばれると、

「ん・・・甘い・・・」

「ホントだ・・・でも、なんか渋い?」

「あっ、カブの味です」

「カブ?」

「はい、小麦粉で作った麦がゆにカブを絞って入れたんです」

レスタの実に正確な解説に、

「あっ、カブの味か」

「そうだね、生のカブだ」

「えっ、でもなんで甘いの?甘くない?」

「甘いね」

「うん、それは分かる」

「酒ではないのか・・・」

「うー、辛いよー」

生徒達はその甘さに気付いたようであるが、レインはやはり酒ではなかったと肩を落とし、ミナは辛味の方が感じられる様子で下を突き出しタロウを見上げる、

「そっか、でも、多分、大丈夫、さて・・・どうしようかな・・・ソフィアに怒られるかなー、でも、始めちゃったしなー」

タロウは鍋を見下ろして悩みつつ、しかし、ささっと作ってしまうかと鍋を持つと、

「ミナ、ちょっと待ってろなー」

と厨房へ入った、

「えっと、あれは何ですの?」

事情を知らないエレインがレスタに問い質す、

「はい、タロウさんが、美味しいものを作るって言って、作ってました、そのミーンさんとティルさんも手伝ってましたけど、詳しくは・・・その、すいません」

エレインの厳しい視線にレスタは縮こまって答える、エレインとしては別に怒ってるわけではないのであるが、レスタにとっては怖い視線であったのだろう、

「そうなんですか・・・」

エレインはフムと考え込み、

「これは面白そうですね」

「うん、錬金系の技術に似てます」

「そう?」

「はい、無視できないですよ、だって、小麦とカブですよ」

「そうよねー」

研究所組も視点は違えど興味をそそられたらしい、やがて片づけを終えたソフィアがまったくと口をへの字に曲げて食堂へ入ってきた、

「あ、あの鍋はどうなりました?」

ジャネットがいの一番に口を開く、

「あれねー、まったく、タロウさんに好きにやらせるとあれだから嫌なのよ、無駄が多いったらありゃしない」

どうやらソフィアは軽く御立腹らしい、

「ミナー、寝る時間でしょー」

「やだー、タロウが待ってろって言ったー」

「そうなの?もう・・・ま、いっか」

「あの、無駄って何ですか?」

カトカが思わず口を開く、

「あー、あの鍋ね、小麦がゆにカブを絞って入れたんだけど、それをさらに濾してるのよ、残りカスは捨てるしかないなーって、まったく、後先考えないんだから」

「えっ、液体だけを使うんですか?」

「そうみたい、で、さらに煮詰めるんだって、ホント無駄、そのまま食べればいいじゃない、もー」

ソフィアはプリプリと文句を言いつつ腰を下ろす、

「それは・・・」

「ちょっと見に行きましょう」

カトカとゾーイが厨房へ向かい、それなら私もと続々と厨房へ向かう生徒達である、

「まったく・・・あれね、やっぱり好きにさせちゃ駄目ね」

「それはだって、分かり切っているでしょ」

「そうなんですか?」

「そうなのよ、一々型破りと言うか、なんというか」

食堂に残ったのはソフィアとユーリ、サビナとテラの大人達である、ニコリーネもいつの間にか厨房へ入っており、レインも興味が無さそうであったがやはり気にはなるのであろういつの間にやらその姿は無い、そして暫く大人達のグチグチとした会話が続いたと思うと、厨房に歓声が響いた、エッと厨房を睨む大人達である、そして、

「こら、熱いから、冷めてからだ」

「やだー、ちょっと頂戴」

「やだじゃない、みんなで食べるの」

「タロウ、いけずー」

「お前それ意味分かって使ってるか?」

とタロウが鍋をタライに入れて食堂へ運び込み、ミナがその足にまとわりついている、生徒達もそれに続いており、その顔は見事に上気したものであった、

「ティルさん、ちゃんと押さえてありますわよね」

「勿論です、これは画期的です、全然想像も出来ませんでした」

「面白いねー、どういう仕組みなんだろ?」

「これは研究のし甲斐があります、エレインさん詳細を教えていただいても良いですか?」

とザワザワと騒がしい、これにはユーリも流石に腰を上げると、

「どういう事?」

と単刀直入にタロウを睨む、

「どういうって、あー、これな、水飴っていうんだよ」

「ミズアメ?」

「うん、ほら、昨日白砂糖は見せただろ、で、思い出したんだよもしかしたら作れるかなって・・・」

「白砂糖を?」

「うんにゃ、水飴」

「これから白砂糖を作るの?」

ソフィアもタロウを見上げる、

「いや、これはこれ、あれはあれ、ほら、甘いものは大事だからな、市場の野菜で作れないかなーって、思いのほか上手くいったけど・・・うん、少し野菜臭いな、ま、他のやり方もあるからそっちも試すか、もう少しとろみが欲しいんだが、小麦じゃやっぱり駄目かなー」

「その、他のやり方って、どんなやり方なんですか?」

「教えて下さい」

エレインとカトカが猛然とタロウに詰め寄る、タロウは軽く身を引くと同時にその表情を固くして、

「あー、うん、その内な、これと違って時間がかかるから・・・」

としどろもどろに答えた、ソフィアとユーリはタロウの引きつった顔を見て、

「あー、そうだったわねー」

「ねー、なに?変わってないの?」

「みたいねー、特に・・・うん、これは、ゾーイさんもかな・・・ゾーイさん、カトカさん、エレインさん、ちょっと」

ソフィアは三人を呼びつけヒソヒソと耳打ちする、三人はその顔を顰めたり赤くしたりと変化させ、ソフィアはニヤニヤと耳打ちを続けた、

「冷めた?」

「まだ」

「まだー?」

「まだ」

「まだですか?」

「まだです」

怪しい四人を尻目に生徒達はタライを囲む、タライには水が張ってあり、その中央には先程の鍋とは別の鍋が置かれていた、鍋を冷ますためのタライと水であるらしい、

「でな、棒が二本あると面白いんだが・・・」

「編み棒では駄目ですか?」

「それは駄目だろ、ま、それは後でもいいかな、うん、冷めたかな・・・まぁ、こんなもんだろ、スプーンある?」

「あります」

ティルが数本のスプーンをタロウに差し出す、

「ありがとう、じゃ、ちょっと先に失礼するよ」

タロウは鍋の中、若干冷めたであろう水飴をちょいと掬って口に運ぶ、

「うん、悪くないかな、でも、やっぱりとろみが欲しいな、冷めても水っぽい、もう少し煮詰めるべきかな?」

「ミナもー、ミナもー」

「ん、いいぞ、ほれ、喧嘩するなよ」

とタロウはその場から一歩引いた、途端に生徒達が群がる、そして、

「わっ、甘い」

「うん、黒糖以上だ」

「蜂蜜とも違うんですね」

「確かにどれとも違う甘さです」

「野菜の味もあるね」

「だからカブの味だってば」

「トロトロだ、面白い」

「甘くなったー、辛くないー」

「そうだね、甘いし、美味しいねー」

とどうやら好評らしい、そこへ、

「えっと、タロウさん、これもなんですけど、その・・・別のやり方とやらも教えて欲しいんですが・・・」

タロウがどんなもんだとニヤニヤしているとゾーイがタロウの腕をスッと絡め取る、

「私も知りたいです・・・」

カトカはその逆の腕を取った、

「えっ、あっ、待て、教える、教えるから・・・」

タロウは突然の事に顔を赤らめて後退った、しかし、その背後にはエレインが立っていたようで、

「あら、どうしたんです?タロウさん」

何とも艶めかしい声音である、タロウはヒッと思わず小さな悲鳴を上げた、

「あっはっは、こうじゃないとねー」

その様をユーリは腹を抱えて笑い、

「まったくだわ、いい年こいてまったく」

ソフィアまでもがニヤニヤと意地悪そうに微笑む、

「待て、ソフィア、助けろ」

「なにを?」

「何をってお前なー」

「美女に囲まれてるんだから喜びなさいよ」

「あっ、お前の差し金か?」

「そうよー」

「勘弁してくれー」

タロウの切実な悲鳴が響く、テラとサビナは何を慌てているのかと目を細め、ユーリとソフィアはしてやったりとニヤつくのであった。
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