678 / 1,050
本編
60話 光と影の季節 その22
しおりを挟む
それから、学園長達はもうよい時間だからと場を収めることとした、生徒達の手前もあり明るく声を張り上げるが、どうしてもリンドの不穏な雰囲気が頭から離れない、これはまたなんぞ問題でも発生したかとその内心をざわつかせる、対して、エーリクは元気なもので、明日も来るぞと蘭々と光る瞳をブラスに叩きつけ、ブラスはやはりこうなるかと顔を引きつらせ頷くしかない、しかし学園長の、
「授業はどうする」
との一喝でエーリクはムーと黙り込む、ブラスがホッとしたのも束の間で、エーリクは何とかするわと捨て台詞を残してのしのしと内庭を後にした、
「ありゃ、大丈夫ですかね・・・」
ブラスが一応と学園長に訊ねると、
「まぁ、頭が冷えれば平気じゃろ、ただ・・・どうかな・・・少し関わらせて貰えんかな?」
学園長はエーリクの背からブラスへ視線を移した、
「はい、それはもう、俺としては有難い面もあります、何せ説明した通りに新しい事ばかりでして」
「そのようですな、これはちゃんと学術的にも記録したいところです、ちゃんと生徒と研究員を手配させますか、エーリク先生も明日になれば落ち着いて話せるでしょうし、それにこの実験が上手くいけば浄化槽にしろ配管にしろ引く手数多になるでしょうから」
事務長の冷静で先を見通した意見である、実際にS字トラップ、タロウ発案の灯り採りと換気を考慮した窓、浄化槽そのものもそうであるし、トイレの造作から配管、風呂に至るまで技術的な視点で見ればこの建築は学ぶところが多い、建設に関してまったくの素人である事務長が見てもそう思えるのであるから、本職であるエーリクが授業をほっぽりだそうとするのも理解出来ない訳ではなかった、
「そうですね、先を考えれば確かにそうです・・・いや、タロウさんが来るまでは普通の増築・・・ま、配管とか浄化槽とか風呂はありましたけど・・・一気にこう、変わってしまいまして・・・」
ブラスは誤魔化すように言葉を濁した、少なくともブラスは学園出身ではあるが一大工に過ぎない、当初からあくまでユーリの指示の下に動いていただけである、そこには何の問題も無い、強いて言うならユーリの気遣いが足りなかったとは言えるであろう、根回しに関しては十分だったようであるが、
「そうだろうな、いや、ソフィアさんの知見も素晴らしいがタロウさんの知見はまた図抜けているように思う・・・不思議な夫婦だな・・・」
「まったくです」
三人はミナと生徒達と共にキャッキャッとふざけながら内庭の片づけを始めているタロウへと視線を移す、その姿を見る限り奇妙な服装と見慣れない凹凸の少ないすっきりとした顔を除けばありふれた優しい父親に見える、しかし、ソフィアの例もあるし、ユーリもまたそうなのであるが、見た目からその実力を推し量るのは難しい、学園長はこれはまた良い人材なのかもしれないとほくそ笑み、事務長もまた夫婦で教師にするのはどうだろうか等と考えてしまう、そうして、騒がしかった内庭が夕暮れと共に静寂に包まれ、その騒がしさは食堂へと移った、今日の夕飯は昨日のチキンカツを使った卵とじと豆類の多い小麦がゆ、カブの煮物であった、卵とじを口にしたミーンとティルはその贅沢な一皿に自分で調理したにも関わらず歓声を上げてしまい、生徒達もこれが一番美味しいと絶賛する、しかし、
「・・・出汁だな・・・」
一人不満そうなのはタロウであった、
「またそれ?」
ソフィアが嫌そうにタロウを睨みつける、
「うん、でもな・・・うん、うん・・・出汁・・・かー」
タロウは不満そうにしながらもその手は動いている、ソフィアは黙って食べればいいのにと呆れ顔で、
「美味しいよー、ミナ、これ好きー」
「ん、旨いよな、俺も好きだ」
ミナの機嫌の良い声にタロウは答えるが、その顔には物足りなさがまざまざと表れていた、
「そんなに嫌なら何とかしなさいよ」
「ん?うん、そうなんだが・・・北ヘルデルで採れたはず・・・まぁ仕方ないか・・・」
ブツブツと呟くタロウに、エレインはピクリと反応し、テラも北ヘルデルの名前を聞き逃さない、しかし、二人共に変に口出しすると大変そうだし申し訳ないかなとここは黙する事を選んだようだ、それ以上に壁際に置かれた毛布の塊に気を取られていたという事もある、そして、夕食を終えると、
「出来た?出来た?」
「まぁ、待ちなさい、ミナ君、急いては事を仕損じるというであろう?」
「なにそれー」
「急いじゃ駄目、失敗する」
「そうなの?」
「そうなんだよー」
もう眠くなる時間であろうにミナはピョンピョンと忙しく、タロウは食器を片付けたテーブルに毛布の塊を持ってくる、ソフィアとティル、今日はルルが片付けの為に厨房に入っており、ミーンは後ろ髪を引かれながら家路についた、食堂の面々は白湯を片手に静かに二人を注視している、
「さて、どうかなー」
「どうかなー」
タロウは毛布の中から鍋を取り出すとその側面に触れ、まだ若干暖かい事を確認し、そっと蓋を取る、ミナは勢い良く鍋を覗き込み、傍に座っていた面々も思わず腰を上げた、しかし、
「えー、変わってないよー」
「そうか?」
「うん、ぐちゃぐちゃのままー」
「そうだなー、失敗かなー」
「えー、失敗?」
「どうだろうなー」
ミナを適当にあやしながらタロウは小指を鍋に差し入れそのまま口に運ぶ、すると、
「うん・・・悪くない・・・かな・・・」
と小首を傾げた、
「そうなの?ミナもいい?」
「いいぞ、ちょっとだけな、まだ完成じゃないぞ」
「えっと、私もいいですか?」
「私も」
「何やったのよ」
と静観を決め込んでいた連中も腰を上げた、
「おう、ちょっと舐めてみてくれ」
タロウはニヤリとほくそ笑む、それぞれの手が鍋に伸び、口元に運ばれると、
「ん・・・甘い・・・」
「ホントだ・・・でも、なんか渋い?」
「あっ、カブの味です」
「カブ?」
「はい、小麦粉で作った麦がゆにカブを絞って入れたんです」
レスタの実に正確な解説に、
「あっ、カブの味か」
「そうだね、生のカブだ」
「えっ、でもなんで甘いの?甘くない?」
「甘いね」
「うん、それは分かる」
「酒ではないのか・・・」
「うー、辛いよー」
生徒達はその甘さに気付いたようであるが、レインはやはり酒ではなかったと肩を落とし、ミナは辛味の方が感じられる様子で下を突き出しタロウを見上げる、
「そっか、でも、多分、大丈夫、さて・・・どうしようかな・・・ソフィアに怒られるかなー、でも、始めちゃったしなー」
タロウは鍋を見下ろして悩みつつ、しかし、ささっと作ってしまうかと鍋を持つと、
「ミナ、ちょっと待ってろなー」
と厨房へ入った、
「えっと、あれは何ですの?」
事情を知らないエレインがレスタに問い質す、
「はい、タロウさんが、美味しいものを作るって言って、作ってました、そのミーンさんとティルさんも手伝ってましたけど、詳しくは・・・その、すいません」
エレインの厳しい視線にレスタは縮こまって答える、エレインとしては別に怒ってるわけではないのであるが、レスタにとっては怖い視線であったのだろう、
「そうなんですか・・・」
エレインはフムと考え込み、
「これは面白そうですね」
「うん、錬金系の技術に似てます」
「そう?」
「はい、無視できないですよ、だって、小麦とカブですよ」
「そうよねー」
研究所組も視点は違えど興味をそそられたらしい、やがて片づけを終えたソフィアがまったくと口をへの字に曲げて食堂へ入ってきた、
「あ、あの鍋はどうなりました?」
ジャネットがいの一番に口を開く、
「あれねー、まったく、タロウさんに好きにやらせるとあれだから嫌なのよ、無駄が多いったらありゃしない」
どうやらソフィアは軽く御立腹らしい、
「ミナー、寝る時間でしょー」
「やだー、タロウが待ってろって言ったー」
「そうなの?もう・・・ま、いっか」
「あの、無駄って何ですか?」
カトカが思わず口を開く、
「あー、あの鍋ね、小麦がゆにカブを絞って入れたんだけど、それをさらに濾してるのよ、残りカスは捨てるしかないなーって、まったく、後先考えないんだから」
「えっ、液体だけを使うんですか?」
「そうみたい、で、さらに煮詰めるんだって、ホント無駄、そのまま食べればいいじゃない、もー」
ソフィアはプリプリと文句を言いつつ腰を下ろす、
「それは・・・」
「ちょっと見に行きましょう」
カトカとゾーイが厨房へ向かい、それなら私もと続々と厨房へ向かう生徒達である、
「まったく・・・あれね、やっぱり好きにさせちゃ駄目ね」
「それはだって、分かり切っているでしょ」
「そうなんですか?」
「そうなのよ、一々型破りと言うか、なんというか」
食堂に残ったのはソフィアとユーリ、サビナとテラの大人達である、ニコリーネもいつの間にか厨房へ入っており、レインも興味が無さそうであったがやはり気にはなるのであろういつの間にやらその姿は無い、そして暫く大人達のグチグチとした会話が続いたと思うと、厨房に歓声が響いた、エッと厨房を睨む大人達である、そして、
「こら、熱いから、冷めてからだ」
「やだー、ちょっと頂戴」
「やだじゃない、みんなで食べるの」
「タロウ、いけずー」
「お前それ意味分かって使ってるか?」
とタロウが鍋をタライに入れて食堂へ運び込み、ミナがその足にまとわりついている、生徒達もそれに続いており、その顔は見事に上気したものであった、
「ティルさん、ちゃんと押さえてありますわよね」
「勿論です、これは画期的です、全然想像も出来ませんでした」
「面白いねー、どういう仕組みなんだろ?」
「これは研究のし甲斐があります、エレインさん詳細を教えていただいても良いですか?」
とザワザワと騒がしい、これにはユーリも流石に腰を上げると、
「どういう事?」
と単刀直入にタロウを睨む、
「どういうって、あー、これな、水飴っていうんだよ」
「ミズアメ?」
「うん、ほら、昨日白砂糖は見せただろ、で、思い出したんだよもしかしたら作れるかなって・・・」
「白砂糖を?」
「うんにゃ、水飴」
「これから白砂糖を作るの?」
ソフィアもタロウを見上げる、
「いや、これはこれ、あれはあれ、ほら、甘いものは大事だからな、市場の野菜で作れないかなーって、思いのほか上手くいったけど・・・うん、少し野菜臭いな、ま、他のやり方もあるからそっちも試すか、もう少しとろみが欲しいんだが、小麦じゃやっぱり駄目かなー」
「その、他のやり方って、どんなやり方なんですか?」
「教えて下さい」
エレインとカトカが猛然とタロウに詰め寄る、タロウは軽く身を引くと同時にその表情を固くして、
「あー、うん、その内な、これと違って時間がかかるから・・・」
としどろもどろに答えた、ソフィアとユーリはタロウの引きつった顔を見て、
「あー、そうだったわねー」
「ねー、なに?変わってないの?」
「みたいねー、特に・・・うん、これは、ゾーイさんもかな・・・ゾーイさん、カトカさん、エレインさん、ちょっと」
ソフィアは三人を呼びつけヒソヒソと耳打ちする、三人はその顔を顰めたり赤くしたりと変化させ、ソフィアはニヤニヤと耳打ちを続けた、
「冷めた?」
「まだ」
「まだー?」
「まだ」
「まだですか?」
「まだです」
怪しい四人を尻目に生徒達はタライを囲む、タライには水が張ってあり、その中央には先程の鍋とは別の鍋が置かれていた、鍋を冷ますためのタライと水であるらしい、
「でな、棒が二本あると面白いんだが・・・」
「編み棒では駄目ですか?」
「それは駄目だろ、ま、それは後でもいいかな、うん、冷めたかな・・・まぁ、こんなもんだろ、スプーンある?」
「あります」
ティルが数本のスプーンをタロウに差し出す、
「ありがとう、じゃ、ちょっと先に失礼するよ」
タロウは鍋の中、若干冷めたであろう水飴をちょいと掬って口に運ぶ、
「うん、悪くないかな、でも、やっぱりとろみが欲しいな、冷めても水っぽい、もう少し煮詰めるべきかな?」
「ミナもー、ミナもー」
「ん、いいぞ、ほれ、喧嘩するなよ」
とタロウはその場から一歩引いた、途端に生徒達が群がる、そして、
「わっ、甘い」
「うん、黒糖以上だ」
「蜂蜜とも違うんですね」
「確かにどれとも違う甘さです」
「野菜の味もあるね」
「だからカブの味だってば」
「トロトロだ、面白い」
「甘くなったー、辛くないー」
「そうだね、甘いし、美味しいねー」
とどうやら好評らしい、そこへ、
「えっと、タロウさん、これもなんですけど、その・・・別のやり方とやらも教えて欲しいんですが・・・」
タロウがどんなもんだとニヤニヤしているとゾーイがタロウの腕をスッと絡め取る、
「私も知りたいです・・・」
カトカはその逆の腕を取った、
「えっ、あっ、待て、教える、教えるから・・・」
タロウは突然の事に顔を赤らめて後退った、しかし、その背後にはエレインが立っていたようで、
「あら、どうしたんです?タロウさん」
何とも艶めかしい声音である、タロウはヒッと思わず小さな悲鳴を上げた、
「あっはっは、こうじゃないとねー」
その様をユーリは腹を抱えて笑い、
「まったくだわ、いい年こいてまったく」
ソフィアまでもがニヤニヤと意地悪そうに微笑む、
「待て、ソフィア、助けろ」
「なにを?」
「何をってお前なー」
「美女に囲まれてるんだから喜びなさいよ」
「あっ、お前の差し金か?」
「そうよー」
「勘弁してくれー」
タロウの切実な悲鳴が響く、テラとサビナは何を慌てているのかと目を細め、ユーリとソフィアはしてやったりとニヤつくのであった。
「授業はどうする」
との一喝でエーリクはムーと黙り込む、ブラスがホッとしたのも束の間で、エーリクは何とかするわと捨て台詞を残してのしのしと内庭を後にした、
「ありゃ、大丈夫ですかね・・・」
ブラスが一応と学園長に訊ねると、
「まぁ、頭が冷えれば平気じゃろ、ただ・・・どうかな・・・少し関わらせて貰えんかな?」
学園長はエーリクの背からブラスへ視線を移した、
「はい、それはもう、俺としては有難い面もあります、何せ説明した通りに新しい事ばかりでして」
「そのようですな、これはちゃんと学術的にも記録したいところです、ちゃんと生徒と研究員を手配させますか、エーリク先生も明日になれば落ち着いて話せるでしょうし、それにこの実験が上手くいけば浄化槽にしろ配管にしろ引く手数多になるでしょうから」
事務長の冷静で先を見通した意見である、実際にS字トラップ、タロウ発案の灯り採りと換気を考慮した窓、浄化槽そのものもそうであるし、トイレの造作から配管、風呂に至るまで技術的な視点で見ればこの建築は学ぶところが多い、建設に関してまったくの素人である事務長が見てもそう思えるのであるから、本職であるエーリクが授業をほっぽりだそうとするのも理解出来ない訳ではなかった、
「そうですね、先を考えれば確かにそうです・・・いや、タロウさんが来るまでは普通の増築・・・ま、配管とか浄化槽とか風呂はありましたけど・・・一気にこう、変わってしまいまして・・・」
ブラスは誤魔化すように言葉を濁した、少なくともブラスは学園出身ではあるが一大工に過ぎない、当初からあくまでユーリの指示の下に動いていただけである、そこには何の問題も無い、強いて言うならユーリの気遣いが足りなかったとは言えるであろう、根回しに関しては十分だったようであるが、
「そうだろうな、いや、ソフィアさんの知見も素晴らしいがタロウさんの知見はまた図抜けているように思う・・・不思議な夫婦だな・・・」
「まったくです」
三人はミナと生徒達と共にキャッキャッとふざけながら内庭の片づけを始めているタロウへと視線を移す、その姿を見る限り奇妙な服装と見慣れない凹凸の少ないすっきりとした顔を除けばありふれた優しい父親に見える、しかし、ソフィアの例もあるし、ユーリもまたそうなのであるが、見た目からその実力を推し量るのは難しい、学園長はこれはまた良い人材なのかもしれないとほくそ笑み、事務長もまた夫婦で教師にするのはどうだろうか等と考えてしまう、そうして、騒がしかった内庭が夕暮れと共に静寂に包まれ、その騒がしさは食堂へと移った、今日の夕飯は昨日のチキンカツを使った卵とじと豆類の多い小麦がゆ、カブの煮物であった、卵とじを口にしたミーンとティルはその贅沢な一皿に自分で調理したにも関わらず歓声を上げてしまい、生徒達もこれが一番美味しいと絶賛する、しかし、
「・・・出汁だな・・・」
一人不満そうなのはタロウであった、
「またそれ?」
ソフィアが嫌そうにタロウを睨みつける、
「うん、でもな・・・うん、うん・・・出汁・・・かー」
タロウは不満そうにしながらもその手は動いている、ソフィアは黙って食べればいいのにと呆れ顔で、
「美味しいよー、ミナ、これ好きー」
「ん、旨いよな、俺も好きだ」
ミナの機嫌の良い声にタロウは答えるが、その顔には物足りなさがまざまざと表れていた、
「そんなに嫌なら何とかしなさいよ」
「ん?うん、そうなんだが・・・北ヘルデルで採れたはず・・・まぁ仕方ないか・・・」
ブツブツと呟くタロウに、エレインはピクリと反応し、テラも北ヘルデルの名前を聞き逃さない、しかし、二人共に変に口出しすると大変そうだし申し訳ないかなとここは黙する事を選んだようだ、それ以上に壁際に置かれた毛布の塊に気を取られていたという事もある、そして、夕食を終えると、
「出来た?出来た?」
「まぁ、待ちなさい、ミナ君、急いては事を仕損じるというであろう?」
「なにそれー」
「急いじゃ駄目、失敗する」
「そうなの?」
「そうなんだよー」
もう眠くなる時間であろうにミナはピョンピョンと忙しく、タロウは食器を片付けたテーブルに毛布の塊を持ってくる、ソフィアとティル、今日はルルが片付けの為に厨房に入っており、ミーンは後ろ髪を引かれながら家路についた、食堂の面々は白湯を片手に静かに二人を注視している、
「さて、どうかなー」
「どうかなー」
タロウは毛布の中から鍋を取り出すとその側面に触れ、まだ若干暖かい事を確認し、そっと蓋を取る、ミナは勢い良く鍋を覗き込み、傍に座っていた面々も思わず腰を上げた、しかし、
「えー、変わってないよー」
「そうか?」
「うん、ぐちゃぐちゃのままー」
「そうだなー、失敗かなー」
「えー、失敗?」
「どうだろうなー」
ミナを適当にあやしながらタロウは小指を鍋に差し入れそのまま口に運ぶ、すると、
「うん・・・悪くない・・・かな・・・」
と小首を傾げた、
「そうなの?ミナもいい?」
「いいぞ、ちょっとだけな、まだ完成じゃないぞ」
「えっと、私もいいですか?」
「私も」
「何やったのよ」
と静観を決め込んでいた連中も腰を上げた、
「おう、ちょっと舐めてみてくれ」
タロウはニヤリとほくそ笑む、それぞれの手が鍋に伸び、口元に運ばれると、
「ん・・・甘い・・・」
「ホントだ・・・でも、なんか渋い?」
「あっ、カブの味です」
「カブ?」
「はい、小麦粉で作った麦がゆにカブを絞って入れたんです」
レスタの実に正確な解説に、
「あっ、カブの味か」
「そうだね、生のカブだ」
「えっ、でもなんで甘いの?甘くない?」
「甘いね」
「うん、それは分かる」
「酒ではないのか・・・」
「うー、辛いよー」
生徒達はその甘さに気付いたようであるが、レインはやはり酒ではなかったと肩を落とし、ミナは辛味の方が感じられる様子で下を突き出しタロウを見上げる、
「そっか、でも、多分、大丈夫、さて・・・どうしようかな・・・ソフィアに怒られるかなー、でも、始めちゃったしなー」
タロウは鍋を見下ろして悩みつつ、しかし、ささっと作ってしまうかと鍋を持つと、
「ミナ、ちょっと待ってろなー」
と厨房へ入った、
「えっと、あれは何ですの?」
事情を知らないエレインがレスタに問い質す、
「はい、タロウさんが、美味しいものを作るって言って、作ってました、そのミーンさんとティルさんも手伝ってましたけど、詳しくは・・・その、すいません」
エレインの厳しい視線にレスタは縮こまって答える、エレインとしては別に怒ってるわけではないのであるが、レスタにとっては怖い視線であったのだろう、
「そうなんですか・・・」
エレインはフムと考え込み、
「これは面白そうですね」
「うん、錬金系の技術に似てます」
「そう?」
「はい、無視できないですよ、だって、小麦とカブですよ」
「そうよねー」
研究所組も視点は違えど興味をそそられたらしい、やがて片づけを終えたソフィアがまったくと口をへの字に曲げて食堂へ入ってきた、
「あ、あの鍋はどうなりました?」
ジャネットがいの一番に口を開く、
「あれねー、まったく、タロウさんに好きにやらせるとあれだから嫌なのよ、無駄が多いったらありゃしない」
どうやらソフィアは軽く御立腹らしい、
「ミナー、寝る時間でしょー」
「やだー、タロウが待ってろって言ったー」
「そうなの?もう・・・ま、いっか」
「あの、無駄って何ですか?」
カトカが思わず口を開く、
「あー、あの鍋ね、小麦がゆにカブを絞って入れたんだけど、それをさらに濾してるのよ、残りカスは捨てるしかないなーって、まったく、後先考えないんだから」
「えっ、液体だけを使うんですか?」
「そうみたい、で、さらに煮詰めるんだって、ホント無駄、そのまま食べればいいじゃない、もー」
ソフィアはプリプリと文句を言いつつ腰を下ろす、
「それは・・・」
「ちょっと見に行きましょう」
カトカとゾーイが厨房へ向かい、それなら私もと続々と厨房へ向かう生徒達である、
「まったく・・・あれね、やっぱり好きにさせちゃ駄目ね」
「それはだって、分かり切っているでしょ」
「そうなんですか?」
「そうなのよ、一々型破りと言うか、なんというか」
食堂に残ったのはソフィアとユーリ、サビナとテラの大人達である、ニコリーネもいつの間にか厨房へ入っており、レインも興味が無さそうであったがやはり気にはなるのであろういつの間にやらその姿は無い、そして暫く大人達のグチグチとした会話が続いたと思うと、厨房に歓声が響いた、エッと厨房を睨む大人達である、そして、
「こら、熱いから、冷めてからだ」
「やだー、ちょっと頂戴」
「やだじゃない、みんなで食べるの」
「タロウ、いけずー」
「お前それ意味分かって使ってるか?」
とタロウが鍋をタライに入れて食堂へ運び込み、ミナがその足にまとわりついている、生徒達もそれに続いており、その顔は見事に上気したものであった、
「ティルさん、ちゃんと押さえてありますわよね」
「勿論です、これは画期的です、全然想像も出来ませんでした」
「面白いねー、どういう仕組みなんだろ?」
「これは研究のし甲斐があります、エレインさん詳細を教えていただいても良いですか?」
とザワザワと騒がしい、これにはユーリも流石に腰を上げると、
「どういう事?」
と単刀直入にタロウを睨む、
「どういうって、あー、これな、水飴っていうんだよ」
「ミズアメ?」
「うん、ほら、昨日白砂糖は見せただろ、で、思い出したんだよもしかしたら作れるかなって・・・」
「白砂糖を?」
「うんにゃ、水飴」
「これから白砂糖を作るの?」
ソフィアもタロウを見上げる、
「いや、これはこれ、あれはあれ、ほら、甘いものは大事だからな、市場の野菜で作れないかなーって、思いのほか上手くいったけど・・・うん、少し野菜臭いな、ま、他のやり方もあるからそっちも試すか、もう少しとろみが欲しいんだが、小麦じゃやっぱり駄目かなー」
「その、他のやり方って、どんなやり方なんですか?」
「教えて下さい」
エレインとカトカが猛然とタロウに詰め寄る、タロウは軽く身を引くと同時にその表情を固くして、
「あー、うん、その内な、これと違って時間がかかるから・・・」
としどろもどろに答えた、ソフィアとユーリはタロウの引きつった顔を見て、
「あー、そうだったわねー」
「ねー、なに?変わってないの?」
「みたいねー、特に・・・うん、これは、ゾーイさんもかな・・・ゾーイさん、カトカさん、エレインさん、ちょっと」
ソフィアは三人を呼びつけヒソヒソと耳打ちする、三人はその顔を顰めたり赤くしたりと変化させ、ソフィアはニヤニヤと耳打ちを続けた、
「冷めた?」
「まだ」
「まだー?」
「まだ」
「まだですか?」
「まだです」
怪しい四人を尻目に生徒達はタライを囲む、タライには水が張ってあり、その中央には先程の鍋とは別の鍋が置かれていた、鍋を冷ますためのタライと水であるらしい、
「でな、棒が二本あると面白いんだが・・・」
「編み棒では駄目ですか?」
「それは駄目だろ、ま、それは後でもいいかな、うん、冷めたかな・・・まぁ、こんなもんだろ、スプーンある?」
「あります」
ティルが数本のスプーンをタロウに差し出す、
「ありがとう、じゃ、ちょっと先に失礼するよ」
タロウは鍋の中、若干冷めたであろう水飴をちょいと掬って口に運ぶ、
「うん、悪くないかな、でも、やっぱりとろみが欲しいな、冷めても水っぽい、もう少し煮詰めるべきかな?」
「ミナもー、ミナもー」
「ん、いいぞ、ほれ、喧嘩するなよ」
とタロウはその場から一歩引いた、途端に生徒達が群がる、そして、
「わっ、甘い」
「うん、黒糖以上だ」
「蜂蜜とも違うんですね」
「確かにどれとも違う甘さです」
「野菜の味もあるね」
「だからカブの味だってば」
「トロトロだ、面白い」
「甘くなったー、辛くないー」
「そうだね、甘いし、美味しいねー」
とどうやら好評らしい、そこへ、
「えっと、タロウさん、これもなんですけど、その・・・別のやり方とやらも教えて欲しいんですが・・・」
タロウがどんなもんだとニヤニヤしているとゾーイがタロウの腕をスッと絡め取る、
「私も知りたいです・・・」
カトカはその逆の腕を取った、
「えっ、あっ、待て、教える、教えるから・・・」
タロウは突然の事に顔を赤らめて後退った、しかし、その背後にはエレインが立っていたようで、
「あら、どうしたんです?タロウさん」
何とも艶めかしい声音である、タロウはヒッと思わず小さな悲鳴を上げた、
「あっはっは、こうじゃないとねー」
その様をユーリは腹を抱えて笑い、
「まったくだわ、いい年こいてまったく」
ソフィアまでもがニヤニヤと意地悪そうに微笑む、
「待て、ソフィア、助けろ」
「なにを?」
「何をってお前なー」
「美女に囲まれてるんだから喜びなさいよ」
「あっ、お前の差し金か?」
「そうよー」
「勘弁してくれー」
タロウの切実な悲鳴が響く、テラとサビナは何を慌てているのかと目を細め、ユーリとソフィアはしてやったりとニヤつくのであった。
0
お気に入りに追加
155
あなたにおすすめの小説
異世界キャンパー~無敵テントで気ままなキャンプ飯スローライフ?
夢・風魔
ファンタジー
仕事の疲れを癒すためにソロキャンを始めた神楽拓海。
気づけばキャンプグッズ一式と一緒に、見知らぬ森の中へ。
落ち着くためにキャンプ飯を作っていると、そこへ四人の老人が現れた。
彼らはこの世界の神。
キャンプ飯と、見知らぬ老人にも親切にするタクミを気に入った神々は、彼に加護を授ける。
ここに──伝説のドラゴンをもぶん殴れるテントを手に、伝説のドラゴンの牙すら通さない最強の肉体を得たキャンパーが誕生する。
「せっかく異世界に来たんなら、仕事のことも忘れて世界中をキャンプしまくろう!」
25歳のオタク女子は、異世界でスローライフを送りたい
こばやん2号
ファンタジー
とある会社に勤める25歳のOL重御寺姫(じゅうおんじひめ)は、漫画やアニメが大好きなオタク女子である。
社員旅行の最中謎の光を発見した姫は、気付けば異世界に来てしまっていた。
頭の中で妄想していたことが現実に起こってしまったことに最初は戸惑う姫だったが、自身の知識と持ち前の性格でなんとか異世界を生きていこうと奮闘する。
オタク女子による異世界生活が今ここに始まる。
※この小説は【アルファポリス】及び【小説家になろう】の同時配信で投稿しています。
異世界転生したので森の中で静かに暮らしたい
ボナペティ鈴木
ファンタジー
異世界に転生することになったが勇者や賢者、チート能力なんて必要ない。
強靭な肉体さえあれば生きていくことができるはず。
ただただ森の中で静かに暮らしていきたい。
気がついたら異世界に転生していた。
みみっく
ファンタジー
社畜として会社に愛されこき使われ日々のストレスとムリが原因で深夜の休憩中に死んでしまい。
気がついたら異世界に転生していた。
普通に愛情を受けて育てられ、普通に育ち屋敷を抜け出して子供達が集まる広場へ遊びに行くと自分の異常な身体能力に気が付き始めた・・・
冒険がメインでは無く、冒険とほのぼのとした感じの日常と恋愛を書いていけたらと思って書いています。
戦闘もありますが少しだけです。
タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から「破壊神」と怖れられています。
渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。
しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。
「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」
※※※
虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。
※重複投稿作品※
表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。
薬華異堂薬局のお仕事は異世界にもあったのだ
柚木 潤
ファンタジー
実家の薬華異堂薬局に戻った薬剤師の舞は、亡くなった祖父から譲り受けた鍵で開けた扉の中に、不思議な漢方薬の調合が書かれた、古びた本を見つけた。
そして、異世界から助けを求める手紙が届き、舞はその異世界に転移する。
舞は不思議な薬を作り、それは魔人や魔獣にも対抗できる薬であったのだ。
そんな中、魔人の王から舞を見るなり、懐かしい人を思い出させると。
500年前にも、この異世界に転移していた女性がいたと言うのだ。
それは舞と関係のある人物であった。
その後、一部の魔人の襲撃にあうが、舞や魔人の王ブラック達の力で危機を乗り越え、人間と魔人の世界に平和が訪れた。
しかし、500年前に転移していたハナという女性が大事にしていた森がアブナイと手紙が届き、舞は再度転移する。
そして、黒い影に侵食されていた森を舞の薬や魔人達の力で復活させる事が出来たのだ。
ところが、舞が自分の世界に帰ろうとした時、黒い翼を持つ人物に遭遇し、舞に自分の世界に来てほしいと懇願する。
そこには原因不明の病の女性がいて、舞の薬で異物を分離するのだ。
そして、舞を探しに来たブラック達魔人により、昔に転移した一人の魔人を見つけるのだが、その事を隠して黒翼人として生活していたのだ。
その理由や女性の病の原因をつきとめる事が出来たのだが悲しい結果となったのだ。
戻った舞はいつもの日常を取り戻していたが、秘密の扉の中の物が燃えて灰と化したのだ。
舞はまた異世界への転移を考えるが、魔法陣は動かなかったのだ。
何とか舞は転移出来たが、その世界ではドラゴンが復活しようとしていたのだ。
舞は命懸けでドラゴンの良心を目覚めさせる事が出来、世界は火の海になる事は無かったのだ。
そんな時黒翼国の王子が、暗い森にある遺跡を見つけたのだ。
*第1章 洞窟出現編 第2章 森再生編 第3章 翼国編
第4章 火山のドラゴン編 が終了しました。
第5章 闇の遺跡編に続きます。
この度異世界に転生して貴族に生まれ変わりました
okiraku
ファンタジー
地球世界の日本の一般国民の息子に生まれた藤堂晴馬は、生まれつきのエスパーで透視能力者だった。彼は親から独立してアパートを借りて住みながら某有名国立大学にかよっていた。4年生の時、酔っ払いの無免許運転の車にはねられこの世を去り、異世界アールディアのバリアス王国貴族の子として転生した。幸せで平和な人生を今世で歩むかに見えたが、国内は王族派と貴族派、中立派に分かれそれに国王が王位継承者を定めぬまま重い病に倒れ王子たちによる王位継承争いが起こり国内は不安定な状態となった。そのため貴族間で領地争いが起こり転生した晴馬の家もまきこまれ領地を失うこととなるが、もともと転生者である晴馬は逞しく生き家族を支えて生き抜くのであった。
転生幼女の異世界冒険記〜自重?なにそれおいしいの?〜
MINAMI
ファンタジー
神の喧嘩に巻き込まれて死んでしまった
お詫びということで沢山の
チートをつけてもらってチートの塊になってしまう。
自重を知らない幼女は持ち前のハイスペックさで二度目の人生を謳歌する。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる